第三十六話≪それは皮肉と呼ぶには余りにも≫
遠くから銃声が聞こえてくる。どこかで誰かが戦ってんだな。
俺もさっさと他の参加者見つけ出してキルスコアを稼がなきゃいけないんだが、
この島思ったよりも広いんだな。あの鮫男と会ってから一人も出会わない。
こうしてる間にも頭数はどんどん減っているかもしれないし、早くしないとターゲットがいなくなっちまう。
しかし、だ。適当に入った宝石店にリボルバー拳銃が置いてあるとは思わなかったな。
多分、対強盗用に店主が用意した物だろうな。
生まれて初めてだぜ……本物の銃をこの手に握るのは。
「やっと着いたな。ここが島役場か」
塀の陰から、コンクリート造二階建ての島役場の建物の様子を見る。
結構目立つ建物だから、誰か先客がいる可能性が高い。
今自分がいるのは島役場の裏門。建物裏には変電設備や職員の物と思しき軽自動車が二台、裏口らしき扉がある。
ガラス窓を順々に見ていき、建物内部に動く影が無いか確かめる。
すると、動く影は無いが、ある一角だけブラインドが下ろされている。
他にブラインドが下ろされている窓は無い。
もし俺があの島役場の中に隠れるとすれば……外から見えないようにブラインドやカーテンで窓を遮蔽する、な。
って事は、だ……。
「へへへ……行ってみっか」
俺は物音を立てないように忍び足で、姿勢を低くしながら裏門から島役場の敷地内へ侵入し、
ブラインドが下ろされた窓の所へと向かった。
◆
ブラインドが下ろされた部屋――応接室のソファーに座りながら、
豹獣人の女性――立沢義は、自身の支給武器であるコルトM1911を眺めていた。
私の手に握られているオートマチックピストル。
アクション映画や戦争映画でよく目にする奴だ。
確か、どこかの特殊機関でも制式採用されていた気がする(何の機関だったかは思い出せない)。
玩具でも何でも無い本物の拳銃が今私の手に握られている。
正直信じられない。まさか教師の私がこんな大型の拳銃を持つ事になるなんて。
私があの変態眼鏡男から助け出した少女、篠崎廉は今トイレに向かっている。
この応接室からそう離れてはいないから、恐らく一人でも大丈夫だろう。
ここに避難してきた当初は大きなショック状態で震えが止まらなかったけど、
今はだいぶ落ち着いてきたようで良かったわ。
しかし……今、何人が生き残り、何人が死に、何人が殺し合いに乗り、何人が脱出を画策しているのだろう。
参加者は50人もいるらしいけど、現在時刻9時50分。ゲーム開始時に午前6時12分だったから、
ゲーム開始からもう3時間40分ぐらい経っている。
恐らく、というより間違い無く死者は出ているだろう。数人、いやもしかしたら十人を超えているかもしれない。
もし、襲われたら、この銃で戦わなくちゃならいわね。
特に――篠崎さんは守らなければならない。
彼女も私と同じように無理矢理この殺し合いに参加させられた上、
邪な男に危うく貞操を奪われかけるという、女性として耐え難い苦痛を味わった。
とても一人にする訳にはいかない。
もしかしたら、私はどこかで篠崎さんと、自分の教え子達の影を重ねているのかもしれない。
篠崎さんも教え子達と同じ高校生だから、かな。
「ふう……篠崎さん、トイレ長いな……」
篠崎さんがトイレに向かって長いので、少し心配になってきた。
ちょっと様子を身に行ってみようかな……同じ女性だから大丈夫でしょ。多分。
しかしその時、裏口の方から妙な物音がした。
この応接室はオフィスの一角に擦りガラスの壁で仕切りを作ったようなスペースで、
オフィスのすぐ傍にはこの島役場の裏口があった。
私は咄嗟に身を伏せ、床に這い蹲るようにしながら進み、応接室から出て机の陰から様子を見た。
紺色のスーツを着た青と白の狼獣人の男が、拳銃を持ちながら辺りを見回してる。
「いんのか……いるんだろ? 出てこいよ……へへへ」
男の台詞から判断するに、どうやら殺し合いに乗っているらしいわね。
何て事……見つかったら確実に銃撃戦になるわ。
そう言えば篠崎さんは……っ!?
「えっ……?」
自分の正面にある扉が開き、篠崎さんがそこで立ち尽くしていた。
さっきまでいなかった訪問者に驚いているのだろう。
ちょっと待って、多分、と言うか完璧にあの男から篠崎さん丸見えじゃ――。
「見つけたぁ~!」
パンッ! パンッ! パンッ!
男の喜びの色が混ざった声の直後に、三発の乾いた銃声がオフィス内に響いた。
私は顔から血の気が引いていくのを感じた。
しかし、運良く弾丸は篠崎さんを逸れ、木製のドアに一発、壁に二発着弾した。
私は机の陰から上半身を乗り出し、男に向かって発砲した。
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
引き金を引く度、重い反動が手の先から私の腕、肩に伝わる。
オートマチックから放たれた銃弾は、男の周囲の机の上に置いてあったファイルやパソコンに当たった。
ファイルから飛び散った書類が白い紙吹雪となって舞い散る。
よくよく見れば「綺麗」とも受け取れなくも無い光景だけど、そんな余裕は無い事は十分分かっている。
「篠崎さん、逃げて!」
私はドアの向こう側に隠れている篠崎さんに向かって叫んだ。
私の位置からじゃ姿は見えないけど、さっきの銃撃の時隠れる様子は見た。
「え!? でも、立沢さんは!?」
「私も後から必ず行くわ! 今は早く逃げて!!」
ここであの男をどうにかしないと、しつこく追撃されるかもしれない。
追撃中に他の殺し合いに乗った人にでも出くわしたらもはや絶望的だ。
だから今は篠崎さんだけでも無事に逃がしたかった。
一人で行かせるのは心苦しかったけど……いや、何ここで死ぬみたいな事思っているの私は。
「絶対に行くから! だから早く!!」
パンッ! パンッ! パンッ!
そうこうしている内にも再び男が発砲してきた。
白い紙吹雪が舞い、穴の空いた筆入れと壊れたボールペンや修正ペンなどの筆記用具が
私の頭上から降り注ぐ。もう一刻の猶予も無い。
「わ、分かりました! 死なないで下さい! 立沢さん!!」
篠崎さんがそう言った直後、廊下を走って行く足音が聞こえた。どうやら本当に退避したようね。
早く私も、あの男をどうにか鎮圧して、篠崎さんの後を追わないと……。
「おい」
頭上から声が聞こえた。
「――!!」
私は上を向く代わりに、身体を思い切り右方向へサイドステップさせた。
でも、遅かった。
パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!
「がああああああ!!!」
右足と背中に計四発の銃弾を浴びた。
まるで焼けた何かが体内と足を突き抜けるような、今まで感じたどの痛みとも違う痛覚が襲ってきた。
喉の奥から鉄錆の味がする液体が口から流れ出る。
私は、そのまま床にうつ伏せに倒れ、そして――。
◆
やったぜ、二人目だ。背の高いスーツ姿の豹獣人の女だ。
見る限り、俺と同じ会社員(女ならOLって言った方が良いか?)、いや、女教師って感じだな。
うーん、結構イイ身体なんだけど、俺、猫科には興味無いし。
まあそれはそれとして、この女の持っていた銃を頂戴しますかね。
へえ……コルトガバメントか。カッコいいじゃん。
予備の弾薬はこの豹女のデイパックの中だろうな。すぐ近く探せばあるだろ。
俺はコルトガバメントを拾い、立ち上がった。
そして身を翻して応接室らしき部屋に入ろうと、足を進めようとした時だった。
ガシッ
……何だ? 何かが俺の足を掴んでるんだけど。
ちょ、痛い、痛い痛い痛い痛い! 何この力やべーんですけど!?
ガシッ
次は上着の腰の辺りを掴まれてる。
ちょっと、ちょっと待てよ、誰だよこんな力で俺の足と服を掴んでるのは?
ここには俺以外誰も……。
……まさか。
俺は、恐る恐る、後ろを振り向――
ガブッ!! ……メキッ、バキッ!!
え? ちょ、何だよ、コレ?
何で、死んだはずの豹女が、俺の首に食らい付いてるんだ?
今、鈍い音したんだけど……声が出ない。って言うか、首から下の感覚が無い。
……あ、あれ? 何だか、眠たくなってきたな……ってちょっと待てよ。ちょっと待てよ!
嘘だろ? なあ、俺、ここで死ぬってのかよ?
嫌だ、そんな、死にたくない。死にたくない。ああでも、もう音も聞こえない。何も感じない。
視界も段々暗くなってきて、眠たい。眠たい。ねむたい。
い、いやだ。しに、たくない。
し、にたく、な
生鎌治伸の意識はそこで終わった。そしてもう二度と戻る事は無かった。
◆
私は、ソファーに座っていた。
もう、動く気力が無い。力がほとんど入らない。何だかとても眠い。
さっき、狼獣人の男が、机の上から私目掛けて発砲した時、もしあの時サイドステップしてなかったら、
私は脳天を撃ち抜かれて即死していたわね。
まあ結局、致命傷になっちゃったみたいだけど、でも、あの男を倒す猶予は貰えたみたい。
あの青白の狼獣人の男は、今はもうただの死体。
オフィスの床に首が有り得ない方向に曲がったまま倒れて息絶えている。
男に撃たれた時、死んだ振りをして、男が隙を見せたのを見計らい、背後から首を噛んで首の骨を折ってやったわ。
ふふふ。豹の顎の力って凄いでしょ?
でも……。
ごめんなさい、篠崎さん。私、絶対に追いかけるって約束したけど、もう、駄目みたい。
もう座っているのも辛い。私はソファーに横になった。
背中から流れ出た血液がとても生温かく感じる。
もう痛みも感じなくなっていた。
いくら眠気を振り払おうとしても、もう自分の意思ではどうにも出来ない。身体がもう生命を維持出来なくなっているから、ね。
だんだん意識が遠退いて行く。視界が暗くなっていく。
色んな事を思い出す。両親の事。友人の事。教え子達の事。そして――篠崎さん。
ああ、これが走馬灯って、やつか。
篠崎さん……本当にごめんなさい。篠崎さん、こんな……理不尽な………殺し合いに……飲まれちゃ……駄目よ………。
篠崎……さん…………生き……延びて…………。
立沢義の瞳は、完全に閉じられた。
その死に顔は、とても安らかに見えた。
◆
「……嘘」
応接室の、豹獣人の女教師の死体の前で、呆然としている、桃色の髪を持った灰色のブレザーの少女。
篠崎廉は、一度は島役場から脱出し、近くのバイクショップの中に身を潜めていたが、
やはり義の事が心配になり、危険を覚悟で島役場に戻ってきたのだ。
そして、オフィスに転がっている、先程の襲撃者の狼獣人の男の死体をまず発見した。
首が有り得ない方向に曲がり、強い力で噛み付いた跡があった。
きっと立沢さんだ、と廉は直感的にそう思った。つまり立沢さんは勝ったのだ、と。
そして廉は義の姿を探した。そして、それはすぐに見つかった。
――冷たくなった、立沢義を。
「立、沢、さん?」
廉が震えた声で呼び掛ける。だが、当然返事は返ってこない。
「立沢さん。ねえ、立沢さん。立沢、さん」
廉の声に、徐々に嗚咽が混じり始める。
「い、嫌あ。嫌あああああああああ………!!」
遂に、少女の涙の堰は決壊した。
廉は義の死体に縋り、泣きじゃくった。
「どうして……どうしてですか! ひぐっ、絶対追いかけるって、言ったじゃないですかぁあああああ」
あの時、立沢さんは自分に言ってくれた。「後から必ず行く」「絶対に行く」と。
なのに、なぜこんな所で、冷たくなって眠っているのか。
暴漢に襲われ、貞操を奪われようとした時に助けてくれた。
島役場に避難した後、ショックと恐怖で震える自分に優しい言葉を掛けてくれ、慰めてくれた。
一緒にコーヒーを飲んだり、楽しく雑談を交わしたりもした。
襲撃された時、危険を顧みず、自分を逃がしてくれた。
廉にとって義は自分の母親と同じような、偉大な存在となっていたのだ。
でも、もう立沢義という人物はこの世にはいない。
気が付いた時、廉は自分の胸に、自分の支給武器である大型リボルバー拳銃・ブラックホークの銃口を押し当てていた。
もう、嫌だった。何もかも。もう疲れ切っていた。
「立沢さん、ごめんなさい。でも……」
自分を保護してくれた人はもういない。自分は人を殺してまで生きる勇気なんて無い。
自分を助けてくれた立沢さんには申し訳無いとは思った、が。
「もう、疲れちゃった」
それだけを言い残し、廉はブラックホークの引き金を引いた。
◆
一人の勇気ある女性が、一人のか弱い少女を救おうと、命を引き代えに敵を倒した。
だが、彼女の死は結局、少女に最悪の選択をさせる事になってしまった。
それは皮肉と呼ぶには、余りにも無残で、凄惨で、悲しくて――。
【生鎌治伸 死亡】
【立沢義 死亡】
【篠崎廉 死亡】
【残り31人】
※G-3島役場内に生鎌治伸、立沢義、篠崎廉の三人の死体が放置されており、
それぞれの死体の脇には以下のアイテムが放置されています。
生鎌治伸=S&WM10"ミリタリー&ポリス"(2/6) 、デイパック(基本支給品一式、38S&WSP弾(24)、
マイナスドライバー、 上田聖子の水と食糧、堀越辰夫の水と食糧)、コルトM1911(3/7)
立沢義=デイパック(基本支給品一式、コルトM1911の予備マガジン(7×10))
篠崎廉=スタームルガー ブラックホーク(5/6)、デイパック(基本支給品一式、357マグナム弾(60))
※G-3島役場周辺に銃声が響きました。
※G-3島役場一階オフィスが荒れています。
最終更新:2009年10月03日 20:17