眼鏡置き機とチャイナ娘

神楽は眠かった。

眠れない夜だった。
眼がギンギンに冴えて、苛々はマックスだった。
でも、色々と頑張って、やっと眠りの世界に入ることができた。


夢を見た。
メルヘンな空間に、たくさんの人間がいた。
知らない白スーツの男が、殺し合いをしろという意味のことを言った。
それを止めようとした、神楽より年下に見える女の子が殺された。
首を爆破されて、殺された。

そこで、眼が覚めた。


「嫌な夢だったアル」

色々と血の匂いとか質感とかリアルな夢だった気がするけど、あれは夢だ。
ぼんやりと開けた両の眼で判断すれば、視界は真っ暗ではないか。
きっとまだ夜なのだ。
明日は朝早くから仕事だと銀ちゃんが言っていた。
やっと眠れたところなのだから、夢の余韻が残っている内に眠っておかないといけない。


それ以上考えるのも億劫になってきて、神楽は考えるのをやめた。

彼女が着ていたのはいつもピンクパジャマではなくいつもの中華服で、かかっていたのも毛布ではなく、
風の吹きだまりに集まった落ち葉だったのだが、絶妙な眠気の中にいた神楽はたいして気にとめなかった。

「ぐぅ」



※  ※

「清隆、どうせどっかから見てるんだろ……?」

浅月香介は、どこに続くとも知れない闇の向こうを睨み据え、呼びかけた。

仲間内では間抜けメガネ担当を演じることの多い彼だが、それは周りの連中が反則的に有能すぎるだけ。
実際は何度も命がけの戦いに勝利し、何度も修羅場をいくつもくぐってきたのだ。
『実験』と呼ばれたからには、参加者は何らかの手段で行動を観察されていることぐらいすぐさま予想できたし、
そうなれば、浅月の声が鳴海清隆に届いている可能性も低くないと承知していた。

「俺には、お前の考えてることは分からねえ。
どうやったら、お前をぶっ飛ばしに行けるのか分からねえ。
けど、俺はお前を絶対に許さねえ。
弟がお前を止めるのでも他の方法でも、
もし俺がお前の前に再び立つ機会があったら、お前を刺す。
誰もお前を殺せないなら、殺された方がマシだってぐらいの痛みを与えてやる。」


浅月香介は、己に誰かを裁く資格があるとは思わない。
浅月は、己の所業に無自覚ではない。
浅月は、己や仲間たちがいつ殺されても文句の言えない身分だと知っている。
これまでも、死刑を求刑されてもおかしくないだけの――現行法では18歳未満の死刑はないけれど――人間を殺し、
いつ誰かに刺し殺されてもおかしくないだけの恨みを買って来た。

だから、鳴海清隆がいまさら「やはり君たちには死んでもらうことにした」と言い出したところで、驚きムカつきこそすれ、誰を恨み憎むこともなかった。



しかし、
浅月香介は、誰よりも、仲間思いな男だった。

「理緒は、心からお前を信じてた。
俺たちがさんざんお前を信用できないって言っても、アイツはお前を信じてた。
お前の為にずっと働いて、お前の為に何人も殺してきた。それはお前が一番分かってたはずだ!」

竹内理緒が、鳴海清隆を誰よりも信頼していたことを、浅月は知っている。
鳴海清隆から邪魔者の排除を引き受け『爆炎の魔女』と恐れられていたことを知っている。
そんな己を、理緒が影で自虐し、時に卑下していたことも知っている。
それでも彼女は、『理緒たちにも救われる資格がある』という、鳴海清隆の言葉を信じてきたからこそ、彼の手助けをし続けて来た。

「救われたがってる奴を救ってやると言って、都合のいいように利用して、
用済みになれば虫けらみたいに殺す権利なんかどこにもねぇ!
たとえお前が神で俺たちが悪魔の子でも、許されていいはずがねぇ!」

闇夜の虚空に、叫び声が吸い込まれた。
怒りを叫びに変えてぶつけると、浅月は大きく息を吐いた。


言いたいことは言った。だからもう冷静になれ。

浅月は頭を冷やす。
どんな手段を使ってでも生き延びろ、と清隆は言った。
そんなことを命令する理由も目的も一切分からないが、少なくともその命令に従ってやるつもりはない。
まず、あの腹心の竹内理緒が殺された時点で、鳴海清隆が浅月たちブレード・チルドレンを助ける意思があるのか疑わしい。
確かにルール上は誰でも最後の一人になる余地があるように聞こえたが、しかし最後の一人が生還させてもらえるという保障はないのだ。

それに、この殺し合いの場には、幼なじみで『妹』の高町亮子もいる。
理緒の首が吹き飛んだとき、共に悲鳴を上げていたのだから間違いない。
彼女を犠牲にして生き延びようとは思わないし、逆に彼女を最後の一人にしようと企もうものなら、馬鹿なことをするなと彼女の鉄拳が飛んでくるだろう。
それに、鳴海歩もいた。
様々な雑音が飛び交うあの広間で、浅月は確かに「兄貴っ」という呼びかけを聞いたのだ。
たとえこの場を生き延びたとしても、鳴海歩という『ただ一人子どもたちを救える者』が死んでしまえば、ブレード・チルドレンは遠からず殺される。
つまり、浅月にとって生かすべき対象は(他にも仲間が参加しているかもしれないが)少なくとも二人。
護るべき対象として高町亮子。指揮を仰ぐ対象として、鳴海歩。
亮子との合流は最優先事項だ。
あの幼なじみは『殺るぐらいなら殺られる方を選ぶ』と公言するほど正義感が強い。
こんな殺し合い騙し合いの場には向いてないだろう。
そして、違う意味で鳴海歩とも合流したい。
『神を越える可能性がある神の弟』の預言を抜きにしても、あの男は浅月よりよほど頭が回る。
浅月よりはずっとマシな考えを思いつくはずだ。
以前の戦いで『好きに使え。必要なら命も賭けてやる』と啖呵を切った手前もあるし、策があるのならできる範囲で手伝ってもいい。

簡単な行動方針をまとめ、浅月はずれてきたディパックを背負いなおした。


「さて、大声を出しちまったし一旦移動するか。それから支給品を――」


ふにっ


踏んだ。

柔らかく、それでいて硬い、丸みをおびた“何か”だった。
ぞわり
悪寒が靴の裏から一気に頭のてっぺんまでかけあがる。
足元もおぼつかない暗闇で、何を踏んだのかも分からない。
しかし“踏んではいけないものを踏んだ”と直感する。
こわごわと、足元を懐中電灯で照らす。


浅月の靴の下には、中学生くらいの少女の顔があった。


「のわっ!!」
(なんでこんなとこに倒れてるっていうか寝てんだよ。
これ別に死体じゃねーよなこんな。目と鼻の先で死なれてたら気づくよな)
おののきながら、熱い湯のみに触ってしまった時と同じ反射で、浅月は足を引っ込め――
がっちりと、その足首を少女の手が捕まえた。

「何してんだテメー……」

地獄の底から響く声、とはこのことか。
「な……足が動かねえ……」
右足を、少女のものとは思えない万力が締め付け、浅月を身動きとれなくする。
風の吹きだまりによって集められた落ち葉の山から、少女のギラギラした眼がどす黒い念を放っていた。
限界ギリギリまで縦にくわっと見開いた角膜の中で、ブラックホールのような瞳孔が浅月を吸い込もうとする。
何なんだ、この女は。



むぎゅ、と不愉快な体重を鼻に乗せられて、神楽は最悪の目覚め方をした。

ここちよい眠りの導入を妨害された多大な怒りは、そのまま足を顔にのっけた男へと向かう。
男が叫んで、足を引っ込めようとする。
月灯りに照らされて、『メガネ』のフレームが、きらりと光った。
その、メガネのきらりだけを見て、神楽は納得する。
ああ、そうか、あのダメガネが、また何かダメな失敗をして、この神楽さまの顔に蹴躓きやがったのだ。

よく考えればいつも押入れの上の段で寝ている神楽に新八が躓いたというのはおかしいのだが、
寝起きの頭にまともな思考力を期待してはいけない。

神楽はぐわしっと、その『メガネ』の足首を捕まえた。



「踏んだな……」
浅月は、平気で人を殺せる程度には容赦がないし、仲間を守るために自分の身を顧みず自爆スイッチを押した度胸さえある。
しかし今は、少女の怨嗟に本気で恐怖していた。
それは、“怒らせてはいけないものを怒らせた”という本能から来る恐怖。
「ダメガネ風情が、このあたしの顔を踏んだな……」
「だ、ダメガネ……!?」
初対面の相手に向けるとも思えない罵り言葉は、しかし予想以上の効力で浅月の胸をグサリと突き刺す。



――ヒビ入っちまったしはずしとこうかな、メガネ
――えー。そんなの絶対にダメだよ!
――そうだよ! 「マヌケメガネ」じゃない香介なんて香介じゃないよ!



それは、彼のトラウマを絶妙に抉りだす罵倒だった。
「そのメガネを叩き割って、無個性なキャラにしてやる……」
少女が更なる力をこめると浅月はあっけなくすっ転び、そのまま少女の潜伏する山へと引きずり込まれる。
浅月の体をどんどん飲み込む落ち葉は、さながらアビスゲートのごとく。
ちょっと待てこの落ち葉どんだけ深いんだよと突っ込む間もなく浅月の視界は闇に染まり、


――割れた眼鏡なんてかけても意味がないだろう?
――お前に俺の気持ちが分かるか……


嗚呼、何で最後の走馬灯が眼鏡のことなのだろう。



しばしの間、落ち葉の山がガサガサガサっと揺れたり跳ねたりのたくったりして、
やがて静かになった。


【浅月香介 死亡】


【残り66に……



「チクショー、何で妹を殺されて十分もしない内に、コスプレ娘の寝顔を踏んで半殺しにされなきゃならないんだよ……」
……おや、生きていた。
メガネのレンズにヒビが入り、登場話からボロボロになりながらも、浅月は落ち葉の山から這い出して来た。
がさがさと落ち葉の山を払ってやると、ひとしきり暴れた中華服の少女が寝ぼけ眼をこすりながら起き上がる。
「ごめんアル。てっきり新八かと思って、手加減の加減を間違えたアル」
「『手加減できなかった』じゃなくて『手加減の加減を間違えた』ってことは、あれでまだ手加減してたのかよ……」
「それで、お前は誰ネ? 『メガネの方が本体の会』の副会長か?」
「嫌な会だな……つーか、会長誰だよ」
「ウチの雑用アル。メガネをかけると、酢昆布362枚分の強さからコースケ3人分の強さにパワーアップするアル」
「いや、酢昆布一枚分に何の強さもねーよ。コースケって誰だよ。
せめて昆布か人間か単位そろえろよ」
珍妙な格好に違わず、言動も珍妙だ。
だが少なくとも、こんな環境で寝ぼけていた少女が殺し合いに乗りそうには見えない。
――殺し合いを理解していたかも怪しい。
これだけ騒いでも近づく気配がないということは、近くに他の参加者はいないのだろう。
浅月は地べたに座り込んで、照明代わりの懐中電灯を地面に突き立てた。
「浅月香介。お前と同じで殺し合いに呼ばれた参加者だよ」



「殺し合いの参加者……?」
眼の前のメガネは、そう言った。
神楽の眼は覚めている。
聞き違いではない。
てっきり夢だと思っていた。
けど、こうして見知らぬ山の中にいて、眼の前に見知らぬ男がいるということは、
つまりあれは現実だったのかもということで。

そう言えばこいつは、先ほど『妹を殺された』とか呟いていなかったか……?

「もしかして、さっき死んじゃった子、お前の妹だったアルか……?」

「あぁ、たくさんいる弟や妹の一人だよ……」
その男は、泣いていたのでも、しょげかえっていたのでもなかった。
ただ、座り込んで、黙り込んで、膝の上で拳を握っていた。
握られた拳から、じわりと血がにじんでいた。

少しだけ、意味のない仮定を考えた。
(わたしが死んだら……あのバカ兄貴も、少しは悲しむアルか……?)
いや、それはないだろう。少なくとも、今は、まだ。
意味のない仮定だ。
神楽には死ぬつもりはないし、そもそもあのバカ兄貴が悲しむかどうか以前に銀時や新八がきっと悲しんでくれる。
でも、ひとつ分かったことがある。

それは、この男が、悪い人間ではないということ。

神楽はそんな男に、どうしてやったらいいのか分からなくて、
とにかく、例えば傷の手当てでもするものでもないかとディパックを探して、
そして、ビニール袋に入った『それ』を見つけた。



「はい」
ディパックを探っていると、さっきの小娘が右手を差し出していた。
手の中には、棒状のお菓子。
それは、誰にでも買える安価なお菓子。

うんまい棒コーンポタージュ味。

それだけでなく、左手には大量のお菓子が入ったスーパーの袋も差し出している。
「腹が立つ時は、暴れるかやけ食いするといいアル。
銀ちゃんはお酒飲めばいいっていうけど、お前は未成年だからこれで我慢するよろし」

もし前後の状況を知らない者が、この行為だけを見たら、例えば志村新八なら大いに驚いていただろう。
あの神楽が、自らの食べ物を、それも、んまい棒(名称は少し違うが)を、人に分け与えている光景に。


浅月は、ぽかんとその菓子を眺めて、
それを差し出す少女の、やけに殊勝になった表情を見て、
「ああ、そうだな」

この『殺し合い』に呼ばれてから、初めて笑うと、
うんまい棒を受け取り、包装を破いて、かじった。


【A-7/森の中/一日目深夜】

【浅月香介@スパイラル~推理の絆~】
[状態]ボコられ済み
[装備]なし、メガネにヒビ
[道具]基本支給品一式、不明支給品1~3(未確認)
[思考]基本・理緒の仇を取りたいが、まずは亮子を守る。
1・ひとまず、菓子を食べながら支給品を確認
2・知り合いとの合流(高町亮子、鳴海歩を優先)
※参戦時期は少なくとも10巻終了後です。
※名簿をまだ見ていません。

【神楽@銀魂】
[状態]健康、寝起き
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、大量のおかし@魔法少女まどか☆マギカ、
不明支給品0~2(未確認)
[思考]基本・殺し合いには乗らない
1・銀ちゃん、新八と合流
2・銀ちゃんたちが見つかるまではダメガネ2号に付き合ってやってもいい

【大量のお菓子@魔法少女まどか☆マギカ】
佐倉杏子がホテルに溜めこんでいた菓子袋の中の一つ。
○まい棒の他にも、ポッキーやポテトチップスなど色々と入っている。



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最終更新:2011年06月14日 21:13
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