黒い天使

猫が好きだ。


特にヒマラヤンが大好きだ。
仲間が命がけで戦っている時も、川を流されている猫を優先して助けるぐらいには好きだ。
もし猫耳をつけた敵が現れたら、百回に一回くらいは攻撃を躊躇してしまうかもしれない。
だから、その『支給品』を持ち歩くわけにいかなかった。


「さぁ、好きなところに行くといいよ。僕と一緒にいると危ないからね」
支給食料からソーセージを一本取り出すと、その『支給品』の前に置いてやった。
そのヒマラヤン猫は、僕と目を合わせると、

「ほあらぁ」

変わった鳴き声で一声、鳴いた。
お礼を言ってくれたのかもしれない。
そして、剥き身のソーセージにはぐはぐとかぶりつく。
美味しそうに食事をしている動物というのは、いつ見てもほほえましい。特に猫は。
「ずいぶんと人懐っこい子だね。まぁ野良のヒマラヤンなんてそういないし、きっと誰かに飼われていたんだろうけど……」
少し未練をこめてその猫の頭をひと撫ですると、その場に放置して立ち去る。


連れて行くわけにはいかない。
この場所はどうやら殺し合いの場で、僕は手を汚す覚悟を決めてしまったのだから。


猫と充分な距離をおいてから、改めてディパックを確認した。

広げたのは参加者名簿だ。
改めて、見間違いじゃないのか確かめておく必要がある。
「アイズに浅月に亮子……それに雨苗雪音。
この子は確か、浅月が二年前に担当した事件の重要参考人だった子だ。
二年前に事件が解決したっきり、どうなったのかは聞いてないけれど。
他に僕の知る限りのブレード・チルドレンはいない……だいいち、あの広間にはどう見ても高校生には見えない年代の人間がいた。
つまり、この『実験』はブレード・チルドレンの大量処分が目的、というわけでもないらしい」
僕たちブレード・チルドレンがこんな所に呼ばれたのは、不可解だけれど納得できないわけじゃない。
いや、鳴海清隆は、つい数日前まで僕の『ブレード・チルドレン皆殺し計画』に反対して説得にかかっていたのだから、
そのブレチル同士で殺し合いを企画するのは、おかしいのかもしれない。
しかし、どのみち清隆にはブレード・チルドレンを生かしておく意思がないことを僕は知ってしまった。
ならば、鳴海清隆が捨て駒でしかない僕たちをどう扱おうとも、
その目的が不可解でこそあれ、『そんなことあるはずがない』と言うことはないだろう。
それこそが、僕が来日を数日後に控えていた理由であり、『ブレード・チルドレン狩り』なんてものを始めた理由でもある。
そう、この名簿がおかしいのは『彼ら』の名前が書かれていることだ。


「名簿には、僕を含めて五人のブレード・チルドレン。
そして……鳴海歩とミズシロ火澄!」

そう、名簿にははっきりと、その二人の名前があった。
二人とも、それほど深くを知る関係ではない。
ミズシロ火澄は一度会っただけの仲だし、鳴海歩に至っては、人づてに話を聞いただけで顔を合わせたこともない。
それでも、僕は鳴海歩自身も知らない、彼の重大な秘密を知っていた。

鳴海歩は、表向きは『天才鳴海清隆の弟』というだけの、普通の高校生。
しかし、裏の世界では『ブレード・チルドレンを救う者』として担ぎ出されていた、未来の救世主。
しかし、裏の世界のさらに裏で秘匿されていた正体は、『ミズシロ火澄という“悪魔”を殺す為だけの存在』。
清隆と同じく殺す側に成長することこそあれ、救世主としての役割は期待されていなかったのだ。
そんな鳴海歩を、その未来の殺害対象であるミズシロ火澄と共に拉致し、
縁もゆかりもないだろう多種多様な人種とひとくたに集めて殺し合えと言う。

あり得ない。

清隆は“誰が誰に殺されるか分からない”と言っていたけど、そんなことはあり得ない。
ミズシロ火澄が、鳴海歩以外の人間に殺される、なんてことはあり得ない。
ミズシロ火澄とは会ったことがある。鳴海清隆と同じ“絶対的な存在感”を持った男だった。
決して戦いの術に秀でているわけではない。決して人知を超えた力を見せつけたわけではない。
にも関わらず“僕にこの少年を殺すことはできない”と思わせる、いるだけで周囲を圧倒するカリスマ。
あんな男が、そこいらの人間――どんなに戦闘力が強かろうと――にあっさりと殺されるわけがない。
実際に、もう何十人何百人と殺してきた僕が『できない』と思ったのだから。
そうでなければ、僕もこんなこと――全てのブレード・チルドレンと共に心中すること――を、企むはずがないのだ。

鳴海歩以外に殺せないはずのミズシロ火澄と、火澄を殺すまでは生かしておきたいはずの鳴海歩を“殺し合い”に招待している。
ということは、つまり……。

「この『実験』を通して、鳴海歩にミズシロ火澄を殺させるつもりなのか……?」

鳴海歩という少年に、僕は会ったことがない。
でも、聞くところによれば、彼は清隆に比べてどうにも凡庸な、劣化コピーのような存在らしい。
そんな彼を“悪魔を殺す神”として成長させる為の、荒療治の場が、この『実験』じゃないか。

“呪い”という謎の要素や、無作為に集められたとしか思えない参加者も、
清隆のシナリオでは、歩君を成長させ、二人を殺し合わせる為の、何らかの役割を担う予定なのかもしれない。


だとしたら、この『実験』が終わるころには、
僕が殺そうと殺すまいと、ブレード・チルドレンの破滅は決定的になるんじゃないか?
もし歩君が火澄を殺して『実験』が終わるとしたら、その時点で火澄の存在を隠しておくことはできない。
僕が先んじて壊すまでもなく、その時が来ればブレチル全員が絶望を知ることになる。

だとしたら、

僕がブレード・チルドレンの皆にしてあげられることは、
いや、この『実験』に巻き込まれた全ての生贄にしてあげられることは、


一刻も早く『実験』を進行させて、せめて苦しむ時間を長引かせないことぐらいじゃないか?


なんだ。
清隆の説得を振り切って、『ブレード・チルドレン狩り』を選んだのに、
清隆の言いなりにならずに、自分の終わり方を自分で決められたと思ったのに、
やることは結局、清隆の手伝いじゃないか。


でも、僕には他のやり方が分からない。
生きる希望が見当たらない以上、僕は“どう死ぬか”という選択肢しか選べない。


いつもの僕なら、縁もゆかりもない一般人を殺すなど、決して認めない。

“殺すべき人間以外は、どんなに不利になっても、絶対に殺さない”。
それが、僕が殺しをする上での絶対の掟。


ブレード・チルドレンを狩るハンターと戦ってきた時も、ハンター以外の人間は絶対に殺さなかったし、
彼らを狩る側に回ると決めてからは、もう彼ら以外の命を奪わないと誓った。
それは、罪人の僕が、ただひとつだけ守って来た矜持。
僕が血に狂った殺人鬼ではないと証明する、最後の良心。

ただ連れて来られただけの参加者も殺害するというのは、その掟を破り捨てることだ。
けれど、最後の一人しか生き残れないというのならば、彼らもこの場ではチルドレンと同じ、いずれは死んでいく生贄の一人だ。
それに、精神的に堪えるという意味では、身内であるアイズや浅月たちを殺すことだって、苦痛に変わりない。
皆を殺す覚悟を決め、真っ先にアイズを殺そうと決めている今の僕なら、赤の他人を殺すことだってきっとできる。
それに、三十人余りのブレード・チルドレン――戦闘訓練を受けた子どもも多々いる――を殺すのに比べれば、
無作為に集められた殺し合いで十数人程度を殺す方が、作業としてははるかに楽なはずだ。
人数の上では総数七十人と多いけれど、今もこの会場のあちこちで殺し合いが勃発していることを思えば、僕が殺すべきノルマはずっと少ない。
二十人も殺してしまえば、ゲーム進行に貢献するのは充分だろう。

それは逆に、アイズたちを先に殺されてしまうかもしれない、ということでもある。
その時は、この手にかけずに済むことに安心すべきなのか、
それともこの手にかけてやれないことを苦しむべきなのか
どちらにせよそこは、『運命』とやらに決めてもらうことにしよう。



「それじゃあ、せいぜい華々しいカーニバルをはじめようか」

ちなみに、今現在の僕の体は、支給された奇妙な防護服で武装されている。
ゴムと金属の中間のような奇妙な素材の上から、おそらく特殊合金と思われる甲冑を貼り付けた全身武装の鎧だ。
顔にまで戦国武将の鎧かぶとのような面頬が当てられている。
鏡があれば、サイボーグと鎧武者を混合したような異形の男が映るだろう。
ブレード・チルドレンの皆にもその正体が僕だとは分からないかもしれない。
説明書には『装甲』としか書かれていなかったが、その信頼性は確かなものだ。
何せ、試しに蹴りを入れたり叩きつけたり折り曲げようとしてみたけれど、硬度、伸縮性ともに僕が知るあらゆる防護服を凌駕していた。
人間なら内臓破裂で殺せるぐらいの力をこめて蹴ったのに、傷ひとつ変形しなかった。
この鎧を開発できる技術レベルは、既存のそれより数十年は進んでいるはずだ。
しかし、今の僕には最高の『支給品』だった。
いくら常人離れした“戦闘反射”を持っていても、結局のところ僕も人間だ。
銃弾を避けることはできるけれど、銃弾が当たってしまえば怪我をするし、
麻酔弾で撃たれれば無力化されてしまう。
防護服に頼りきるのも良くないけれど、丈夫な防弾ジャケットがあるにこしたことはない。

そして僕の右腕には、三つ目の支給品、イングラムM10サブマシンガン。
命中精度は悪いが、破壊力と連射に定評のある機関銃だ。
これだけの装備があれば、充分に殺戮を行うことができる。



「まずは、南下して住宅街の方に行ってみようかな……?
人も集まりそうだし、歩君と火澄を見つけたら、出会えるようにそれとなく誘導してやるのもいい……」


この戦いは正義ではない。
いずれ誰かに壊されてしまうぐらいなら、己の手で壊す。
それだけだ。


【F-2/川の南岸/一日目深夜】

【カノン・ヒルベルト@スパイラル~推理の絆~】
[状態]健康
[装備]装甲@吸血鬼のおしごと、
イングラムM10サブマシンガン(残弾32/32、予備マガジン32×5)
[道具]基本支給品一式
[思考]基本・『実験』を早く終わらせる為に殺し合いに乗る
1・ブレード・チルドレンでなかろうと殺す。
2・アイズ、浅月、亮子はできれば直接手にかけてやりたい。
3・アイズ・ラザフォードは、殺せる機会が来るかは分からないが、殺せると思っている。
4・機会があれば、鳴海歩がミズシロ火澄を殺すように仕向ける。
※参戦時期はスパイラル5巻、来日する直前です。
(鳴海歩とは面識がないものの顔を知っています。ミズシロ火澄とは面識があります。結崎ひよののことは完全に知りません)
※アイズを刺す前なので、アイズ含む“本来なら躊躇いを覚えそうな相手”も、殺せると思い込んでいます。


※カルピンがF―2に放たれました。

【装甲@吸血鬼のおしごと】
対吸血鬼戦を想定して造られた強化服。
展延性にすぐれた特殊合金を、軍用の衝撃吸収強化繊維で覆ったことで、あらゆる物理攻撃からほぼ全身をガードする。
(完全に露出をふさいだ『全天候型』装甲も存在するが、今回支給されたのは視覚や聴覚の制限されないプロテクター型のもの)
その強度は、月島亮史(重さ数トンの鉄塊を持ち上げる怪力)が、「壊すのに骨が折れそう」と言っていたことから、推して知るべし。

【カルピン@テニスの王子様】
越前リョーマの飼いネコ。生後二歳半のオス。
必殺技は後ろ足猫キック。テニスボールにじゃれるのが大好き。



Back:019「家探しの話(問題編)」―Life goes on― 投下順で読む Next:021眼鏡置き機とチャイナ娘
GAME START カノン・ヒルベルト Next:28Gun with Wing

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年08月30日 20:32
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。