崖の上の魔女

越前リョーマのスタート地点は、G-1エリアだった。
地図を覚えている人なら、この時点で「ちょっと待て」と言うかもしれない。
G-1エリアは一面海じゃないか、と。
正確に言うと、彼はG-1エリアとF-1エリアの境界ギリギリからスタートしていた。
そこはすなわち、
「たかっ……」
崖の真下、打ち寄せる波しぶきがすぐそこまで迫る、幅1メートルほどのわずかな岩場だった。
下から見上げた限りでは正確な高度は分からないが、高さ三十メートルはくだらないだろう。
「何考えてんだよ、あのオッサン……」
もちろん、『今から殺し合って生き延びろ』と命令する人間の思考回路なんて、考えるだけ無駄なことかもしれない。
……だがしかし、この状況は『殺し合え』以前に、スタート時からすでに『死』に近くないだろうか。
断崖の傾斜は、限りなく垂直に近いように見えた。
下手な参加者なら、ちょっと足を踏み外した拍子に海に落ちてアウトだと思う。
もしくは、泳いで脱出しようとして溺死するか。

問い、この崖を登れますか?

越前リョーマの回答……まぁ、頑張ったらいけるんじゃない? 前に上った崖よりは低いし。

登ることを選んだ。
本当なら、こんな手元もおぼつかない夜中に動かず、陽が昇るのを待つべきなのかもしれない。
しかし、残念ながら海には『満潮』というものがあったのだった。
ほんの数十分の間で、何だか打ち寄せる波がじわじわと高くなってきたので、上に逃げることにした。
ジャージの裾を絞っていた紐を外し、ディパックの懐中電灯を首から吊るす。
ついでに支給品として入っていた『それ』も取り出し、ズボンに差しこんでおく。
夜の岩肌は冷たかったけれど、季節が良かったおかげか以前ほどは寒くなかった。
ひとつ足場を確保するたびに、右手を一度離して懐中電灯を付けて、次の足場を探す。
岩肌は足場になる突起が思いのほか多く、覚悟していたよりは楽だった。

その状況だけはいつかの修行と似ているけれど、内実は全然違う。
この崖を登りきったとしても、そこにあるのは負け組コートではなく、謎の白スーツに拉致された殺し合いの現場だ。
どうしてこんな目に遭っているのかなど、完全に想像力の外だった。
それでも『すごくくだらない企みに巻き込まれた』ことぐらいは分かる。
打開する方法なんて分からないけれど、くだらないことだと分かっているのに参加するつもりはなかった。
どうすればいいのかは分からないけれど、分からないなら分からないで考えても仕方ない。
手塚部長はじめ先輩も三人ばかり呼ばれているようだし、ひとまずは合流することを考えよう。



そんなことを考えていた時だった。
休憩地点に決めていた頭上の突き出た岩棚で、懐中電灯の灯りが灯った。
「……やれやれだね」
どうやらリョーマ以外にも、難儀な場所に飛ばされた参加者がいたらしい。
吉と出るか、凶と出るか。
乗っていたら危険には違いないが、接触しないわけにはいかない。
リョーマはもしもの自体に備えて、腰にさしておいた『それ』を確認した。



◆  ◆  ◆

赤と白の2色カラーの、カプセルみたいなボールだった。
森下こよみは、説明書に書かれている通りにスイッチを押した。

ぽん

煙玉のような音をたてて、モンスターが表れた。

「か、かわいい!」
森下こよみは目をまるくして、見知らぬ生き物を前にそわそわする。
人種、国籍、性別を問わず様々な人種が集められたこのバトル・ロワイアルだが、第一声が『かわいい』だったのは彼女ぐらいのものだろう。
ピンク色のまんまるい体。
青くて大きな、瞳。
くるりとカールしたひと房の撒き毛と、三角の耳。
「魔物(デーモン)なのかなぁ。でも魔法コードは感じないよね。
ぷーのタマゴもコードの正体が分からなかったけど、見えるだけは見えてたし」
ぎゅっと抱きしめてもふもふしたいのを我慢して、こよみはその『プリン』を観察する。
森下こよみは、これでもれっきとした魔法使い見習いなのだ。
不思議な力が、時として人危険をもたらすことをちゃんと知っている。
相手がどんなに可愛くたって、正体が分からないものにうかつに手を出すべきではない。
たとえ今、いかにもマスコット然とした小動物が現れて
「殺し合いを終わらせてあげるから僕のお願いを聞いて!」と言われたとしても、きちんと怪しむぐらいの賢さはあった。
ただ、付属の説明書によれば、少なくともこのモンスターボールの持ち主の言うことを聞く仕様らしい。
ということは、少なくともこよみの味方をするものだと思っていいのだろうか。
フシギセイブツの青くてウルウルした大きな瞳をじっと観察する。可愛い。
フシギセイブツのぴこぴこした短い手足を観察する。可愛い。
結論。可愛い……違う違う。
結論。たぶん悪いものではない。少なくとも悪意はない。というか、そうであってほしい。
「それに敵意があるなら、とっくに『ここ』から突き落とされてるよねぇ……」

そしてこよみは、改めて現状を確認する。

そこは、こよみの転移させられたスタート地点だった。
F-1エリアだった。より正確に言うと、F-1エリアとG-1エリアの境界近くだった。
そして、崖の中腹だった。
こよみがいるのは、おそらく断崖絶壁の3分の2ほどの高さの位置。
ちょうど平らな岩だなが広がってできた、かろうじて安定した場所だった。
広さはピクニックシートひとつぶん。
下を恐る恐る見れば、闇の黒と、ぼんやり浮かび上がる更に黒い海面。
上を見上げれば、ほぼ垂直にそそり立つ絶壁。

問い、この崖を登れますか?

森下こよみの回答……むむ、無理です! 絶対無理!
あたし、運動神経ゼロだし、百メートル走二十秒台だし、走ると転ぶし、ラクロス部もテニス部も途中退部だったし。
それに高いところ苦手だし、暗いところもどっちかって言うと嫌いだし、魔法もひとつしか使えないし、現代魔法使いのくせに機械苦手だし……え? 最後は関係ない?

そんな、スタート時からいきなり詰んでいるかのような位置にこよみは飛ばされていた。
だからこそ、この場所を脱出できる何かがあったらいいなと支給品を確認していたのだ。
そして、出て来たのはピンク色をしたカー●ィみたいなモンスター。
とても崖登りができる生き物ではなさそうだ。
「ごめんねプリンちゃん。私に支給されたばっかりに遭難させちゃって……」
しょぼーん、と音が聞こえてきそうなほどにうなだれる。
「……やっぱり、『あの人』に頼るしかないのかな」
眼下の岩壁を改めて見おろす。
思いっきり身を乗り出して確認したのは、ちかちかと光る懐中電灯。
そう、実はその岩壁を登って来る懐中電灯の光があったのだ。
しかも、どんどんこよみのいる中腹へと近づいてきている。
夜中にこんな崖を登るなんて、すごいというか無謀というか。
しかし、某栄養ドリンクのCMみたいな修羅場をくぐっているだろう人なのは間違いない。
もっとも、それはその人がゲームに乗っていないならの話。
「……でもこのままだと鉢合わせするし、やっぱり私からも知らせた方がいいよね。
どっちみち『ここ』から出られそうにないし」
こよみは覚悟を決めて、自らも懐中電灯を点ける。
こちらの存在も気づいてもらうために。
身を乗り出して懐中電灯の灯りを左右に振ると、すぐ下にいた光が驚いたようにびくりと揺れた。
こよみの心臓がどきどきと破裂しそうに高鳴る。



その時だった。
コードが動いた。



「魔法コード……上から?」
ざわざわする。
崖の真上から注がれる、刺さるような視線と、何かがうごめく気配。

「これも、コードなのかな……いつものざわざわと、少し違うざわざわなんだけど」

魔法の素は、見るものではなく自然と感じられるものだと、弓子が言っていた。
今ではこよみも、それを感じることが少しずつ得意になっている。

目で見えるのでもない。耳で聞こえるのでもない。でも分かる。
ぐるぐると、渦をまいている。
そこだけ、世界の法則が違う。
そこだけ、世界が構築し直(コード)されている。

こよみはヤマブドウの茂みの奥、見えない闇をじっと見つめた。

間違いない。
“何か”がいる。

懐中電灯を頭上に向けても、それの姿を見ることはできない。
いいものかもしれない。しかし、悪いものかもしれない。
もしかして、ゲームに乗った人間が真上で待ち構えていて、こよみたちを攻撃するコードを組んでいるのかもしれない。
いや、こよみはともかく、『下の人』は気づかれていないかもしれない。
こよみの岩棚はけっこう崖から突き出た位置にあり、懐中電灯の光が遮られている可能性もある。
……狙われている人がこよみだけなのは良いことかもしれないけれど、『下の人』が乗っていた場合、挟み撃ちになってしまう。
どうしよう。

仕方なくこよみは、支給されたモンスター相手に相談をした。
「プリンちゃん……えっと、真上の植物の茂ってるところに、なんかいる、と思う」



◆  ◆  ◆

「なんだ、あいつは」

ツルは崖の上、ヤマブドウの茂みの中から、その人間のメスを睨んでいた。

あの無礼な白スーツは歯ぎしりするほど気に食わなかった。
でも、ツルは最後の一人になる以外に、ここから抜け出す方法を思いつけなかった。
そして、最後の一人しか生きて帰れないというのなら、ツルの生かしたい相手は決まっている。
上弦。上様。
ツルの最愛の主人であり恩人であり育ての親であり、生きている理由そのもの。
ならば簡単だ。上様以外の参加者をさっさと殺しつくしてしまえばいい。

『力』を感じる能力にこそ疎いが、あの暗い場所にいた連中が人間ばかりだということぐらいは分かった。
そして、人間風情に使い魔のツルが不覚を取るはずがない。
狼や獅子に『変化』すればたいていの生き物は瞬殺できるし、実際に吸血鬼の『従者』を倒したことだってある。
上弦が人間の二十人や三十人相手に手こずるとも思えないし、上弦を勝ち残らせるのはそう難しくはないだろう。
ただ、上様はとても情け深いお方だから、ツルを殺して生還するやり方を躊躇われるかもしれない。
だからこそ、ツルの方が頑張らなければいけない。
殺すべき対象の中には、上弦の想い人で、しかも上弦と同階級の吸血鬼もいるのだから。
正直、ソイツにあまりいい感情は持っていない。
というか、上弦を泣かせた男にツルが良い感情を抱けるはずもなかった。
そんな男を上弦が好いているというのだから、なおさら。
とはいえ、上弦がアイツに生きて欲しいと言うのなら、ツルは上弦の幸せを選ぶ。
上様が優勝した時に、願いを叶える権利でアイツを蘇生させてやるだけのこと。
ツルよりもあの男が大事だと突きつけられるのは痛いけれど、どっちみちその時点でツルは死んでいるのだ。
だから、嫉妬する恐れもない。
ツルは一点の曇りもなくそう決めて、参加者を探す為に歩きまわっていた。
『犬』に変化して人間の臭いを探るうちに、最初の獲物はすぐに見つかった。
人間の子どものメスが、切り立った崖の中腹に座り込んでいたのだ。
あんな場所では、ちょっと突きとばしただけで転落死してしまうだろう。
楽な獲物を見つけたとツルはほくそ笑んだが、しかしすぐに問題に気づいた。
ちょっと突き飛ばすのはいい。問題は、どうやって突き飛ばしに行くか。
まず、崖を降りられる動物というものが限られている。
普段よく化けている豹や狼などの四つ足肉食獣では、転落する危険がある。
そして、獲物のいる岩棚の強度が分からない。
鹿や高山ヤギなど、下手に重量のある動物に化けては、着地の際に岩を踏み崩してしまう危険がある。
ならば、鳥に変化して空中から攻撃するのはどうか。しかし、この真夜中に鳥目では、獲物に正確な狙いがつけにくい。
フクロウなどの夜目が効く動物に化けることも考えたが、それらの夜行性鳥類は滑空飛行によって狩りをする。
断崖を垂直に急降下するような飛び方には向いていないのだ。
そこにあるのに手が届かないじれったさにイライラしながら、ツルは待ちに徹することにした。

例えば、メスが懐中電灯を付けた時。
灯りがついた瞬間を見計らって、鳥に変化して飛びかかればいい。

じりじり待つ内に、メスが身を乗り出し、灯りをつける。
(途中、謎のピンクボールが出て来たのはまぁ良いとしよう)
好機が来たと、ツルは胸躍らせる。
『変化の力』を身体にたくわえる
その身体から羽毛を生やすために。両足を鍵爪にする為に。
そして、人間のメスに即座に襲いかかるために。
メスがくるり、と上を向いた。
崖の上を、ツルが隠れているヤマブドウの茂みを、真剣にじっと見つめる。
そして懐中電灯で、ツルのいる茂みを照らす。
そこにツルがいることに、気づいたかのように。
「なんだ、あいつは」
少女が謎のピンクボールを抱きしめて何か話している。
ピンクボールが、少女と同じく上を向く。強い視線でツルをにらんだ。

みわわん

ピンクボールの瞳から、見えない何かが放たれ、ツルを射止める。
ツルの体が、突如として重くなった。
地面についていた手が、身体の硬直によってバランスを崩す。
支えを失った身体がずるり、と滑る。
がくん、と重力につかまる感覚。
「ふぎゃっ……!?」
何が起こったのかも分からぬまま、ツルは、落下した。



◆  ◆  ◆

それが、“かなしばり”という技だということを、こよみは知らない。
しかし、警戒したプリンが“何か”をしたことだけは伝わった。
プリンの丸い体で、ちかちかとコードに似たものが弾けるのも見えた。

そして、

「ふぎゃっ……!?」
ずどん、とこよみのすぐ隣に、それは落ちて来た。
岩棚がぐらぐらと揺れ、こよみは両手をついて座り込む。
「ってー……」
身体の大きさは小学生ぐらい。懐中電灯の灯りに、ポニーテールが少しだけ移った。
女の子だ。


こよみは恐る恐る手をのばす。
「あの……だいじょうぶ?」
女の子に劇的な反応が起こった。
「何だ人間。ツルをしてやった気になって、情けでもかけたつもりか?」
「え……?」
「こんな殺し合いで塩を送るとは、ずいぶんおめでたい頭をしているらしいな。
……まぁ、その情けに免じて、楽に殺してやる」

突き飛ばされた。

「ひゃっ……」

落ちそうになったこよみの背中を、何かが支えた。
ちいさいけど、温かくてしっかりした何かだった。

それが何なのか確認するより早く、プリンがこよみの前に出る。
丸い体を更に丸くして、集中していた。
たぶん、さっきの技をかけているのだろう。
ツルと名のった少女が硬直し、苦しそうに歯噛みしている。



「ホールドアップ。とりあえず、何がどうなったのか教えて」

こよみの肩越しに『銃口』が向けられ、後ろから、闖入者の声がした。
振り向くと、彼はいた。
帽子をかぶった男の子が、肩肘を岩棚につき、もう片方の手でその『銃口』を少女に向け、岩棚によじ登るところだった。
もしかして、この岩盤を登って来たのだろうか。ちょっと信じがたい話だ。
以前に出会った、六年生の聡史郎少年と変わらない歳に見えるのに。
そしてこよみは、背中を支えてくれたのが彼だったのだと気づく。
少年はプリンをいかがわしげに見つめながらも、『銃口』はしっかりとツルに向けている。
とりあえず、ツルがこよみを突き飛ばしたことは把握しているらしい。
ツルは現れた第三者に虚をつかれた顔をして――――

――はじけるように笑いだした。

「あははははははっ! 何だそれ、玩具じゃないか! そんなものでツルを倒せると思うなんて、人間の餓鬼は馬鹿だなぁ!」



人間のオスが持っていた大きな『水鉄砲』に、ツルは腹を抱えて笑う。
なめられた、という怒りも力に変えて、金縛りの状態から無理やり『変化』した。
両手がオオワシの翼に、両足が鍵爪に変わる姿を見て、オスとメスがぎょっとする。
そんな餓鬼どもの様子が、滑稽で愉快だった。

“かなしばり”による圧迫も、気流を得る為の滑走も全て無視して、矢のようにツルは飛びだす。



ポニーテールの少女がオオワシに変身するという光景に、さすがのこよみも現実感を失う。
オオワシによる電光石火の体当たりがプリンを直撃し、岩棚から弾き飛ばされる。
プリンの丸い体が断崖を転がり落ちかけ、少年が動いた。
左手でプリンの小さな手をつかんで落下を阻止。
ボールを保持するキーパーのような格好で、プリンを抱えて岩壁に尻もちをつく。
オオワシは体当たりの勢いもそのまま、獲物の品定めをするように旋回した。



ツルの方は、日中と異なり上昇気流の得られない悪条件に態勢を崩し、必死に羽ばたきながら空中で大きく旋回。
慣れない大型鳥類への『変化』に内心舌打ちしながらも、旋回時にしっかりと『獲物』の位置を見定める。
ピンクボールを抱えて尻もちをつくオスときょとんとするメスを確認。
まずは、未だ水鉄砲を手放さない間抜けなオスの目をくり抜いてやろう。
ツルは勝利を確信して、時速130キロの飛行速度で矢のような急降下突撃をお見舞いする。

シュバッ、と勢いの良い音がして、毎秒80発の水弾が発射された。

ツルには、誤算がひとつ。

ツルが嘲笑した水鉄砲は、――6メートルもの射程を誇るものの――確かにただの水鉄砲だった。



しかし、その水鉄砲に装てんされた水は、
野鳥退治を目的に調合された、高濃度のハバネロ水だった。



時速200キロ近くのサーブを見慣れているリョーマにとって、時速130キロそこそこの体当たりはそれほどの速さではない。
そして狙撃の経験がなくとも、己に向かってまっすぐ飛んでくるものを撃つことはそう難しくない。
ついでに言うと、リョーマには――決して威張れたことではないが――オオワシを退治した経験もある。
だから、リョーマの撃った水の弾丸は、あやまたずオオワシの顔面で破裂した。

「ぎゃっ……がああああああああああああっっっ!!!」

野生動物に似つかわしくない人間じみた悲鳴を上げて、ツルは空中をバタバタとのたうち回る。
攻撃の勢いを殺せず、一度岩壁にぶつかって跳ね返った。
灼熱の焼きごてを押し付けられたような苦痛に、捕まったセミのごとく死に物狂いではばたき、その羽根が岩肌に舞い散る。

「ぎあっ……ぐっ……くそっ、くそっ、ちくしょおおおおおっ!!」

しかし、ツルは負けられないものを背負っている。
これは、最愛の主人を助けるための戦いだ。
ツルの上様への想いは、たかが辛いだけの水に撃ち落とされるものだったのか。いや違う。
ツルはただ気力と根性のみで羽ばたき、空中での滞空を維持し、再び攻撃に移ろうとした。



それだけの隙と時間があれば、こよみが動くには充分だった。



こよみは、崖の上で彼女がコードをうごめかせるのを見た。
その同じコードを使って、ツルという少女が鳥へと変化するのを見た。
だから、それはきっと『変身』のコードなのだと分かった。
そのコードを使って少女が殺し合いに乗るというのなら、こよみはそれを止めなければいけない。
当たり前のように、こよみはそう決めた。
舞い落ちるオオワシの羽根を、空中でつかむ。
変化した姿がコードによって維持されているなら、羽根の一枚にだってコードは流れている。
オオワシはPC本体で、羽根はそこから伸びたケーブルの先端だと思えばいい。
こよみはケーブルの差し込み口になればいい。

全ての知覚を、手の中の羽根に集める。
羽根には電流が流れている。
熱くて冷たい奔流だ。
奔流はこよみの指先に触れ、手のひらに流れ込み、手首を経由して右腕を一気に駆け上がる。
肩を通過して、心臓へ脳へ、こよみの中心へ。
体で渦巻く、熱さと冷たさがカフェオレ状態になったさざなみ。それをしっかりと制御する。

組みかえる。
こよみの知っている、別の“流れ”へと変えてしまう。


右手から流れ込んだ奔流は、こよみの左手からほとばしった。
それは光の羅列。
0と1を描く数字が細い糸状に連なり、指先からほとばしる。
羅列のラインは空中へと放たれ、空中に溶け、そして――

「……ほへ?」



オオワシの変化が解けた。



音もなく、何の溜めもなく、時間にすれば一秒もかからず、
ツルは本来の形態――小さな子狐――の姿に戻る。

「え?」
「あ、あれ?」
こよみもリョーマも、流石にその姿は想像していなかったらしく、揃って困惑の表情を浮かべる。

問い、この状況で、オオワシが狐の姿になったら、その後はどうなりますか?

越前リョーマの回答……そりゃ落ちるでしょ。
森下こよみの回答……落ちます、よね。も、もしかしてやり過ぎましたか? ごめんなさいっ。

ツルの回答……え? ………………えぇ?


重力にひっぱられ、変化の解けたツルの体はそのまま落下を開始した。
しかし、ツルとて齢数百歳の化け狐。緊急時の対処を知らないわけではない。
(落ちる!? ……どうにかして着地! 着地を!)
唐突な変化の解除にも思考を切り替えてみせ、せめて岩肌につかまろうと着地に備えた姿勢を取った。

しかし、『それ』は無慈悲に、ツルの真上で煌めいた。

変化の解除とほぼ同時、何の先触れもなく出現した『それ』は、空中で優雅に一回転。
満月に照らされて、きらりと光の弧を描く。

そして、等加速運動にのっとってそれは降下を始める。
すなわち、空中で足掻くツルの頭上に、落下。
ツルの視界が、『それ』の影で暗くなる。
「へっ――」


がごっ


それは、金だらいだった。
大きさはひとかかえほど。深さは小さめのビニールプールほど。
中に大根を丸ごと入れて、じゃぶじゃぶと洗えそうな立派な金だらいだ。
何故かツルの頭上に出現した立派な金だらいが、その脳天を直撃した。


それが、とどめになった。
気絶したツルの体は金だらいと共に、夜の海へと吸い込まれていった。
二つの水音が、ほぼ一つの音に重なって響く。


【G-1/海上/一日目深夜】

【ツル@吸血鬼のおしごと】
[状態]狐形態、頭に大きなコブ、気絶、金たらいの上、海上漂流中
[装備]なし
[道具]支給品一式(一緒に海に落ちました)、不明支給品1~3(確認済み)
金たらい(六時間ほどで消滅します)@現地調達
[思考]基本:上様(上弦)を優勝させる
1・気絶中
2・上様を優勝させる為に皆殺し
※参戦時期は6巻、亮史の本拠突入直前です。



謎の変身少女とか、プリンの技とか、疑問は多かったけれど、とにかく危機は回避された。
そのことを理解して、こよみとプリンと少年は深々と溜息。
二人並んで、岩壁にもたれて座る。
「何、あれ……?」
少年が尋ねる。
「よく分からないけど……落ちてきて、襲ってきたの。
あ、でも下の方でコードが動いてるから、まだ生きてると思う」
「コードって何……?」
「コードっていうのは……えっと、魔法の素、みたいな。
本当はコンピュータのプログラムなんだけど……あれ? コードの方が先にある呼び方だったっけ……」
「……やっぱり、いい。今、一気に言われてもたぶん余裕ないから」
「あ、うん……えっと。さっきはプリンを助けてくれてありがとう。それから、落ちそうになった時も……」
「別に。何となく手が出ただけだから……」
「うん」
「ないと思うけど一応聞いとく。あんたは、殺し合いに乗ってないんだよね……」
「うん……あ、そうだ。わたし、森下こよみ」
「越前リョーマ」
「リョーマくんだね。あっちはプリン」
「あの風船みたいなのが?」
「……うん。風船みたいになっちゃったのが」

プリンの体が、ふよふよと浮いていた。
その丸い身体が、アドバルーンのように膨らんでいる。

その丸い瞳に微かに得意げな色を浮かべて、プリンはその短い手で己のふくらんだ体をぺしぺしと叩いた。

「乗れって言ってるのかな?」
「他のことを言ってるようには見えないけど」
「乗れるのかな? どうしよう……」
「乗りたくないなら、自力で登るしかないけど」
「だ、ダメ。それはダメ。崖なんて登ったことないもん。
っていうか、登ったことある人なんてなかなかいないよ。
山岳部とかロッククライミング部とかの人ぐらいだよ」
こよみがそう言うと、リョーマは奇妙な反応をした。
気まずそうに目を逸らし、ぐい、と帽子をずらして、表情を隠す。

こよみは、もしかして、と察する。
(あるんだ……きっと、ロッククライミングとかぜんぜん関係ない理由で崖を登ったことが、あるんだ……)


【F-1/崖の中腹/一日目深夜】

【越前リョーマ@テニスの王子様】
[状態]健康、疲労(小)
[装備]ハバネロ水入りウォーターガン(水量80%)@よくわかる現代魔法
[道具]基本支給品一式、不明支給品0~2(確認済み)
[思考]基本・どうにかして元の世界に帰る
1・プリンに乗って崖の上へ
2・この場からできるだけ離れる。
3・部長、不二先輩、菊丸先輩と合流したい。
※参戦時期は少なくとも秋以降です。
※こよみを同い年か少し年下の少女だと思っています。

【森下こよみ@よくわかる現代魔法】
[状態]健康、白華女子高校の制服、疲労(小)
[装備]プリン@ポケットモンスターSPECIAL
[道具]基本支給品一式、不明支給品0~2(未確認)
プリンのモンスターボール
[思考]基本・殺し合いには乗らない
1・プリンに乗って崖の上へ
2・この場からできるだけ離れる。
3・嘉穂ちゃん、弓子ちゃん、聡史郎さんと合流
※高校二年生時点からの参戦です。

【ブルーのプリン@ポケットモンスターSPECIAL】
ブルーの手持ちレギュラーの一匹。ニックネームは“ぷりり”。
原作中で確認された技は“うたう”“かなしばり”“トライアタック”“おうふくびんた”“すてみタックル”“まるくなる”。
身体を風船のように膨らませることで気球のように空を飛んだり(人間三人を体の上に乗せて飛べるほどでかくなる)
追手がやってくる通路をふさいだりと随所で活躍。
というか、ポケモンバトルでの活躍より、風船として活躍している時の方が多(ry


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最終更新:2011年08月17日 22:35
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