どうしてこうなった(後編)

【4(承前)】

ななせは突然の出現に驚き、その彼の頬に大きな刀傷があるのを見てさらに委縮する。

「すまない。怖がらせてしまった」

しかしその彼は、ななせの顔を見て慌てたように深々と謝罪した。
持っていた鋸のような形の刀を、二人の間の地面に置く。
ななせを斬るつもりはないし、ななせ自身がその刀で反撃しても構わないということだろうか。
刀と言えば、その格好もさっきの少女とは逆の意味で変だ。
まるで、時代劇の侍のような和装。
しかし、その逆ベクトルにおかしな格好が、かえってななせの動揺を鎮めるのに役立った。
彼はななせと目を合わせる。最初の印象よりずいぶん穏やかな、優しそうな顔になっていた。

「大丈夫だ。俺は相手が危険人物ではない限り、刀を向けたりしない。
だから、何があったのか、誰かから逃げていたのか、教えてほしい」
ななせを安心させるためにつくったぎこちない笑顔が、
がんばって笑おうとする時、夕歌を探してくれると言った時の、井上心葉を連思い出させた。



ただでさえ、男子と話すのは苦手なのだ。
以前よりだいぶマシになったとはいえ、それでも一生懸命に話そうとするほど、言葉につまり、どもってしまう。
でも、それでも頑張って分かりやすく伝えなければいけない。
少なくともこの人は、本当にななせのことを心配してくれているのだから。
言葉は淡々として不器用なものだったけれど、ななせの話を辛抱強く、何も言わず待ってくれた。
そして、『呪いが使えると言われた』だの『誰か殺されたかもしれない』だのと要領を得ない話を、口をはさまずに聞いてくれた。
ななせ自身、どう説明していいのか分からないところもあった。
ここに来るまでのことと、ここに来てからのことで頭がごちゃごちゃになりそうで。
だから混乱を必死に抑えつけて、ぽつりぽつりと話した。
浜辺で、血みどろの外国人らしき銀髪の少女と出会ったこと。
彼女が、人を殺したと告白したこと。
ただならぬ感じから、つい逃げ出してしまったこと。
逃げた後で、少女の事情をきちんと聞かなかったと後悔していること。

「分かった。それなら、その人が本当に人を殺めたのかどうか、俺が行って確かめてこよう」

「でも……もしかしたら、本当に危険な人なのかもしれないし」
「大丈夫だ。こう見えて腕に自信はあるし、刀もある。
それに、武器を持たない君を襲わなかったというなら、武器を持った俺を攻撃する確率はなお低いだろう。
それでも一応用心は必要だし、話がこじれるかもしれないから、君にはここで待っていて欲しい」
「でも、逃げて来たのは私なのに、緋村を危険な場所に向かわせるなんて……」
少女のことを気にしているのはななせなのに、彼を危険かもしれない少女の元へ送り出すのは罪悪感があった。
それに、彼はよく見ればななせよりも年下ではないか。
「いいや、どっちみち殺し合いをするつもりがないなら、他者と接触して情報を得ることは重要になる。それに……」
少年は、穏やかな表情に少しだけ照れを混ぜた。


「それに、こう見えて結婚を約束した相手もいるんだ。俺はこんなところで死んだりはしない」



【2】

彼は、このふざけた殺人遊戯でいかに行動すべきかを考えていた。

彼はまず、見慣れぬ材質の荷籠から、支給された個別武器を取り出した。
「この刀は……奇剣、か?」
鋸のようないびつな刃の、長い刀だった。一般的な武士が身につける大刀よりも、ずっと長い。
刃には鋸のようにぎざぎざと牙が並んでいる。刀身は油らしきもので、一面にべとべとしていた。
彼には、その油の正体がすぐに分かった。
人の肉の油だ。
相当数の人の血を吸ってきたにも関わらず、その油をぬぐうことなくそのままにしている。
言わばそれは、人を斬ることを楽しむ為の刀。
「趣味の悪い刀だ」
しかし、命のやり取りが行われる場で刀の種類をどうこう言ってもいられない。
むしろ、人斬りを生業とする己に刀が支給されたのだから、運の良さを喜ぶべきなのだろう。

とはいえ、彼はその刀で殺し合いに乗るつもりはなかった。
今更、殺生をしてはならないなどとキレイごとを言うつもりはない。
既に、何十人殺してきただろうか。
両手には、とうに血の匂いが染みついている。
彼だけではない。
何らかの思想を持って動く志士なら誰もが、直接であれ間接であれ他者を蹴落とし、手を汚し、修羅を歩く覚悟を持って生きているだろう。
しかし、それは“次の時代をつくる”という大義あってこそ。
あの男は、己の欲求の為に無辜のばかり民を集めて『殺し合い』を主催しようというのだ。
彼が見知ってきた、どんな外道にも劣る振舞いだった。
ただ、彼には参加者を縛る『呪い』とやらに対抗するすべがなかった。
ならば彼はいかに振舞うべきか。
『呪い』に対抗できないならば、対抗できる力を持った者を探し、その人物に協力する。
彼は、そう考えた。
いくら何でも、『殺し合え』と命令されて『分かりました』と殺し合う者ばかりとは思えない。
必ず、仲間を集めて主催者に逆らおうとする者たちもいるはずだ。
現に、あの奇妙な空間には『清隆』と呼ばれた男に憎しみの目を向ける者たちもいた。
ならば、同じく対主催を掲げる者を、探し出して護る。
そして、その者たちを阻む者、殺し合いに乗った者を始末する。
障害をすかさず排除するような汚れ役は、人斬りにしかできないことであり、また、己のような人斬りができる唯一のことだろう。
彼の仕事は、ある維新志士直属の暗殺請け負い人だ。
たとえ本意でなく戦う者でも、一人を殺すことで、他の数十人を助けられるなら。
その大義を通す為なら、彼には手を汚す覚悟があった。



「井上、井上、井上っ」



悲鳴のような呼び声に、彼は左前方を注視した。
見慣れぬ洋装の少女が、一心不乱に走ってくる。
闇の中で、躓いて転びかけた。
どうやら、状況も把握できずに、何かから文字通りやみくもに逃げているらしい。
となると、誰かに襲われた可能性もある。見捨ててはおけない。

「そこの人! 何があった?」
「きゃっ……!」

少女の顔が青ざめるのを見て、突然に呼びとめたのは失敗だと悟る。
服装こそ奇妙な洋装だが、命のやり取りなどしたことのなさそうな、市井の少女に見えた。
こんな状況で刀を持った男に呼び止められたら、動揺して当然だ。
彼は、今の仕事に就いてから染みついた冷たい表情を捨てるよう努力する。

「すまない。怖がらせてしまった」

先ほどまでの『人斬り』としての思考を切り替え、なるべく穏やかに話しかけた。



【5】

「茶髪の少女から聞いた。君が、既に人ひとり殺したという話は本当か?」
「……はい、殺しましたわ」
浜辺にいたその女は、驚くほど素直に彼の問いに答えた。
虚ろな瞳は、この国ではまず見られない紫色をしている。
血まみれのドレスを着た、銀の髪と紫の瞳を持つ少女。
ななせという少女の言と一致している。
(銀髪とは聞いていたが、やはり異人、か……)
そしてその隣には、異常を通し越して奇矯な扮装をした蝶々仮面。
こちらは、少女とは違う意味で異質すぎて、逆にどう話しかけたものか困る。
異人、という点も彼の対応を困らせていた。
外交に関しては全く門外漢の彼だが、所属する本来の思想は――少なくともこの元治元年の夏の時点では――尊王攘夷、すなわち外国人の排斥派だ。
しかし、いくら何でも人種で人に偏見を持つほど頑迷ではない。
ましてや、このような『実験』の場で、国籍の違いを理由に争うなど愚かの極みだということも承知している。

問題は、彼がそういった――舶来の文物に関する知識を、全く持たないということだ。

主催者が言っていた“呪い”にしても、どこかの国にそういう超常の術が存在するのではないかと、半ば本気で想ってしまうほどだ。
しかしそのように超常の術を受け入れてしまうと、少女の示すものは何ら判断材料として使えなくなってしまう。
見た限りでは、ななせという少女が言っていたほど危険そうではないし、むしろ戦意を喪失しているようにも見える。
しかしそれは演技なのか、それとも彼女の危険性が戦意とは関係のないところにあるのか、
あるいは演技をごまかす術でも存在するのではないか。
色々なことに疑い深くなり、己の判断力や殺気を感じる力に自信が持てなくなる。
ましてや、彼はほんの数日前まで、どこに密偵が紛れ込んでもおかしくない長州藩士の隠れ家で生活していた。
なまじ、世の中には驚くほど巧みな『演技力』を持つ人間がいると知っているだけに、迷ってしまう。
それが、ななせと話した時とうって変わり、目つきを鋭く剣呑にした原因だった。

「君は、襲われてそうなったのか? それとも、積極的に誰かを襲ってそうなったのか?」
もし彼が「君には殺意があったのか?」と聞いていたのなら、彼女は即座に「いいえ」と否定していただろう。
しかし彼はそう聞かなかった。
だから、その言葉は弓子を責める言葉になった。
あの時、姉原美鎖は危険だから帰ってほしいと言った。
その警告を無視して、邪魔をするなら力づくでもと喧嘩を仕掛けたのは弓子の方だ。
あの事故を生んだ原因は弓子にある。彼女は、そう考えた。
「平和的に近づいてきた相手を襲った結果、殺してしまいました。加害者はわたくしです」
「では、これからも人を殺すと言ったことは本当か?」
もしここで彼が、「君は殺し合いに乗っているのか?」と聞いていれば、彼の誤解は解けていたかもしれない。
だが、彼はそう聞かなかった。
「はい――」
だから弓子は肯定をして、



「ちょっと待て。女と先に話していた俺を無視して、勝手に会話を始めるとはどういうことだ」



蝶々仮面の男が、弓子を庇うようにして二人の間に立った。



「そもそも、さっきからなんだお前は。人にものを尋ねる時は、自分から名乗るということを知らないのか?」
せっかくのお節介を邪魔されたことから、パピヨンは不機嫌に割り込んだ。
せっかく女をパピヨンのペースに持ち込もうとしていたのに、剣呑な態度で水を差されたという苛立ちもある。
「俺は緋村……剣心。一介の浪人だ」
彼は、噂で知られた通り名ではなく、本名を名乗った。
たとえ非常時とはいえ、世間に秘匿されている『人斬り』だということを、ここで名乗るわけにはいかないと判断したためだ。
パピヨンはその『浪人』という時代錯誤な言葉と、同じく時代錯誤な衣装に眉をひそめたものの、
「嘘だな……お前のその眼は、とても『一介の』存在には見えない」
ひとまず、当面の危険性について言及した。
「『殺すと決めた者は全て殺す』という眼だ。おそらく、過去に複数の人間を殺傷したことがあるだろう。
似たような眼をした女を知っているから、分かる」
そう、その荒んだ人相が、どこかのブチ撒け女の、最も荒れていた時期と酷似していた。
それも、パピヨンの警戒度を上げていた理由のひとつ。
「確かに、人を殺したことがある。しかし、この殺し合いに乗るつもりはない。
それに、故あってこの身の正体を明かすわけにはいかない」
彼一人だけの秘密ならともかく、身元を明かす行為は雇い主である桂小五郎一派の身をも危うくする行為だ。
彼にとっては、己の生存率を下げてでも、守らねばならない機密だ。
「己には語れないほど後ろぐらいところがあるのに、この女は人を殺したから危険だと言う。筋が通らないな。
そもそも俺が見た限り、この女は人を襲うようには見えないが……」
銀髪の女は、どう見ても戦意を喪失している。
にも関わらず赤毛の侍は、過剰な警戒を抱き、殺意すらにおわせている。
あまりに過敏な対応だと言わざるをえない。
別に、パピヨンは眼の前で困っている人間を放っておけないというお人好しではない。
しかし、明らかな愚行を行っており、それを愚行と気づけない赤毛の男にはイライラした。この手の頭が悪い人種とは、いまいち剃りが合わない。
そしてどうやら、今の女には自衛の意思がない。
誤解があると理解できないわけではないだろうに、何も言えないでいる。
思考と対応が追いつけていないのだ。
パピヨンが間に入らなければ、そのまま赤毛の侍に切り捨てられかねない萎れようだ。
「それに、この女から“呪い”の情報を得ようとしていたのは俺だ。
もしお前が女の返答次第で刀を振るうようなら、見過ごしてはおけないな」
女が立ち直ったら、その時はたっぷりと借りを返してもらうことにしよう。
勝手にそう決めて、パピヨンは女に味方することにした。
「その女はまた人を殺めるかもしれないと言っている。
ことと次第によっては、犠牲者が出る可能性もある。それを看過はできない。
お前がどんな情報目当てかは知らないが、まずは事実をはっきりさせる方が先だ」
「この女が誰を殺すかなど、俺にはどうでもいい。
少なくとも俺の知り合いは、こいつに殺されるほど弱くはないだろうしな。
俺は欲しいものを得る為に、生かしたい奴を生かしておくだけさ」
パピヨンの言葉のどこかが気に障ったらしい。
氷のような殺気が一段と濃くなり、赤毛の侍は声を低くした。
「俺の周りにいる人たちは皆……敵でも味方でも、大義の為、人の為に、正義だと思うことをしようとしている」
そう言えば、この少年にも、顔に『ひと筋の』傷がある。
それが、険のある目つきをより凶暴に見せていた。
どおりで、すぐにぶち撒け女を連想したはずだ。
「けど、お前にはそれがない。あるのは己の欲望を満たすこと。
それで犠牲が出ても知ったことじゃないというその態度が、気に入らない」
……どうやら、この侍とパピヨンは本当に相性が悪いらしい。
『大義』の為ならば殺人も為そうとする、その正義。
偽善を『偽善と呼ばれる行為』だと自覚していないだけ、どこかの偽善者よりもよほどタチが悪い。
「そうだな、俺もお前のように、問答無用の類は苦手だ」
少年の挙動を警戒しつつ、長い鉄棒を準備運動のようにくるくると弄ぶ。
(――手加減に失敗しても怒るなよ。何せ戦闘は久しぶりなんだ)
パピヨンを責めるような顔をした、頭の中の武藤カズキに言いわけした。



琴吹ななせは、少年の安否を気に掛けながらも、彼の言葉通りに待っていた。

一ノ瀬弓子クリスティーナは、己を庇おうとする蝶々仮面の男に、戸惑っていた。

パピヨンは、気に入らない女を赤毛の侍から庇っていた。

緋村剣心こと『人斬り抜刀斎』は、銀髪の女が処断対象になるのかどうか、その判断を迷っていた。



こうして深夜の渚で、人斬りと人食いが対峙することになった。


【H-2/浜辺/深夜】

【緋村剣心@るろうに剣心】
[装備]無限刃@るろうに剣心
[道具]基本支給品一式、不明支給品0~2(未確認)
[思考]基本・暗殺者、緋村抜刀斎として、対主催の邪魔になる者を始末する
1・目の前の仮面の男と、血まみれの女性を……斬る?
2・ゲームには乗らないが、襲われたら容赦しない。
3・ゲームを打倒して、京都に帰る。
※参戦時期は抜刀斎時代、禁門の変の直後です。
※無限刃の発火機能に気づいていません。
※蝶々仮面の男(と、あるいは銀髪の少女)を危険人物だと認識しました。

【蝶野攻爵@武装錬金】
[状態]健康
[装備]先端に輪のついた鉄棒@吸血鬼のおしごと
[道具]基本支給品一式
大五郎@テニスの王子様
携帯電話(withジオイドのコード)@よくわかる現代魔法
[思考]基本:殺人に躊躇はないが主催者は気に入らない
1・「魔法」の知識を得る為に目の前の少女を保護
2・なんだこの赤毛は……
3・武藤カズキ、津村斗貴子と合流したい
4・ニアデスハピネスを探したい
※ピリオド終了後からの参戦です
※目の前の男は、殺し合いにのっているかはともかく危険人物だと認識しました。


【一ノ瀬弓子クリスティーナ@よくわかる現代魔法】
[状態]健康、血まみれ、
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、不明支給品1~3(未確認)
[思考]基本・元の世界で姉原美鎖の無事を確認したい。でもどうしたら…
1・目の前のやり取りに茫然
2・こよみ、嘉穂に会わす顔がない…
※姉原美鎖を誤殺した(と思い込んだ)直後からの参戦です。

【H-2/防砂林の中/深夜】

【琴吹ななせ@“文学少女”シリーズ】
[状態]健康、不安
[装備]聖条高校の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品1~3(未確認)
[思考]基本・殺し合いはしたくない
1・緋村が心配だけれど、ひとまず信じて待つ。
2・井上……

【先端に輪っかのついた鉄棒@吸血鬼のおしごと】
月島亮史が学校を舞台にした攻防戦で、宿直室から拝借して武器にした鉄棒。
作者によると、『バスケットゴールを出し入れする道具(みなさんの学校にもあると思いますよ)』らしい。

【大五郎@テニスの王子様】
菊丸英二のテディベア。すわりが悪く、よく倒れる。
器物でしかもモブなのに、人気投票で50票も獲得した熊。

【ジオイドのコード@よくわかる現代魔法】
支配下にいる物体に影響するジオイド面を傾ける魔法。
ようするに、その場にいる全員が急な坂道にいる状態になる。
作中では、自分自身に使用して加速に用いたり、敵に使用して転倒させるなどした。

【無限刃@るろうに剣心】
志々雄真実の愛刀。
刀身に塗り込められた人の油が、刀を振るった時の摩擦熱で発火して『焔玉』を生みだす。
他にも、志々雄の包帯に仕込んだ火薬で誘爆を起こさせる『紅蓮腕』、
刀身全体を燃え上がらせて炎の竜巻を創り出す『火産霊神』という奥義がある。


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最終更新:2011年05月28日 00:00
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