どうしてこうなった(前編)

【6】

それは会場の端。波が打ち寄せる、地図で言えばH-2エリアの海岸。



「改めて聞くぞ。お前はこの女を斬るつもりか?」
「その女が、危険だというのなら」

頬に傷のある赤毛の侍が、銀髪の少女を斬るべきか迷っていた。

銀髪の少女は、人を殺して血まみれになっていた。

蝶々仮面の男は、知りあったばかりの少女を侍の斬撃から護ろうとしていた。

少し離れた場所で、茶髪の女子高生が、この状況に責任を感じていた。



【1】

一ノ瀬弓子クリスティーナは、憔悴していた。

突然のことだった。
白いスーツの男は、殺し合いをしろと言った。
本来なら正義感の強い弓子も、この時ばかりは思った。

何でもいいから、早く帰してほしい。

眼の前で小さな女の子が理不尽に殺されたというのに、そんなことを同時進行で考えてしまった。
そんな、らしくない己の醜悪さに気がついて、自己嫌悪に沈むうちに、どこかの海岸に転移させられていた。

これは罰なのだろうかとぼんやり考えた。
危険な魔法の杖を、少し魔法に精通したからといって使いこなせた気になっていたから、罰が当たったのだろうか。
でも、『人を殺した罰』として『殺し合え』というのも奇妙なことだと思った。
それから、やっと気がついた
帰ってもどうせ、あの現場には“間に合わない”。
今から帰っても、あの人を助けることはできない。

彼女が返りたかったのは、東京の六本木だった。
彼女は、ここに来るまで、そこにいた。
血まみれで、砕けたコンクリートの破片で埃まみれになって、ひどい格好で、そこにいた。
その格好のまま、ここに来た。

ライバルの、でも親しい仲の、友達の師匠を、姉原美鎖を、魔力の暴走で瀕死にしてきたところだった。

殺意があったわけではなかった。
しかし、それが何の言いわけになるのか。
気を緩めたとたんに、ケリュケイオンの杖が自動反応した。
自動で生成された光の剣が、喧嘩相手の体を貫いた。

首に穴があいていた。
血が大量に流れていた。
処置をしなければ、そのまま死んでしまう傷だった。

違う。

この期に及んで、逃げようとしている。
弓子は、卑怯な楽観視を訂正した。
姉原美鎖は、あの時点で死んでいた。
首に致命傷を負っていた。
心臓がとまっていた。
ちゃんと、脈拍がとまっているのを確認した。
弓子は、人を殺したのだ。

人殺しになったから、だからこそ弓子は、こんな場所に呼ばれたのかもしれない。
でも、それなら、何も悪くないこよみたちが呼ばれているのもおかしな話だと気づいた。

参加者名簿に、姉原美鎖の名前はなかった。
彼女のライバルである弓子がいるにも関わらず、彼女の弟子である森下こよみがいるにも関わらず、美鎖はこの場にいない。
弓子が負っていた傷や魔力は全て回復させられているのに、姉原美鎖は回復して参加者に呼ばれていない。
それは、つまり姉原美鎖はどうしても呼べないということで、つまり、やはり彼女はもう――。

一ノ瀬弓子クリスティーナは、意志の強い少女だった。
死んでいる姉原美鎖を見た時も、それでもまだ心は折れなかった。
姉原美鎖の遺体が転移してしまった時も、責任を持ってその行方を確認しようと決意していた。
人を殺してしまったのだと理解しても、その罪を自覚し、せめて自分のなすべきことをやろうとしていた。
責任感から、その心を支えていた。
しかしその決意も冷めぬ間に、六本木から相当に遠いだろうこの地に呼ばれた。
姉原美鎖の行方を、確認できなくなった。
一人しか帰れないと言われた。
その帰る方法とは、他者を殺すことだと言われた。
数十人を蹴落として生き延びろ、と命令された。
もっと罪を重ねなければ、生き残れないことになった。



弦が、とんだ。



張り詰めて張り詰めて、切れないように耐えていた糸が、それまでの強さが嘘のように容易く切れてしまった。

ちょっと喧嘩しただけで人を殺してしまった弓子が、果たして命がけの戦いで人を殺さずにいられるか?


あの時、弓子がケリュケイオンを制御できなかったのは、全力の姉原美鎖を相手に余裕を失っていたからだ。
この実験の参加者が、皆、美鎖のような実力者ばかりではないだろう。
だが、決して少なくないはずの参加者が殺し合いに乗り、生きる為に、あるいは誰かを生かす為に、
殺意と覚悟を持って弓子に襲いかかってくることだろう。
それに、この殺し合いでは役に立つ武器が支給されているという話だった。
魔法使いである弓子だって生身の人間だ。
銃器などで急所を撃たれれば致命傷になるし、それらを警戒しながらの行動となると緊張を強いられる。
弓子のスタミナとて無限ではない。連戦を重ねれば、いずれ追い詰められる時も来るだろう。
つまり、弓子に殺意はなくとも、余裕をなくして戦う状況は遠からずやって来る。
そうなった時に、また禍ちを犯さずにいられるだろうか。
暴走した原因となったケリュケイオンの魔杖は、手元にない。
しかし、ケリュケイオンの杖が主催者に奪われているとなれば、なおいっそう事態は酷い。
ケリュケイオンの杖には、伝説の魔女の遺産が封印されている。
中世のヨーロッパで十万人を呪い殺した幾万もの魔法コードが、その杖に眠っている。
弓子自身はその杖を制御できなかったが、だからといって見知らぬ誰かに譲渡していいものではないのだ。
ましてや、殺し合いを企画するような極悪人の手に渡ればどうなるか。

弓子の失態だった。
ケリュケイオンの杖を使って人を殺してしまったのも弓子の責任なら、いつのまにか拉致されてしまったことも、
危険物の杖を奪われてしまったことも弓子の力のなさが招いたことだ。
杖を手に入れた者が、杖の力で災厄を起こしたら弓子のせいだ。
それ以前に、また弓子と関わった人が、巻き添えで傷ついてしまったらそれも弓子のせいだ。
今の弓子には暴走する魔法の杖はないけれど、杖と一緒に自信と気力も失ってしまった。
安定した魔法コードの生成には、安定した精神と集中力が不可欠。
対象物、環境、明度、使い手の体調、それらが変化するだけでもコードは微妙に変わる。
ましてや、使い手の心が折れていればどうなるか。
今、誰かが剣のコードで弓子を攻撃でもすれば、防性コードを貼る間もなく刺殺されてしまうだろう。
逆に、弓子が剣のコードを組んだとしてもそれが武器として形を成すかどうか。
剣を呼んだつもりが、別の、もっと壊滅的な呪いを呼んでしまうことにもなる。

切れてしまった弦は、響かない。


「あ……」


懐中電灯の光が、弓子を包んだ。
いつから、そこにいたのだろうか。
顔を上げると、目が合った。
人がいた。
弓子と同じように、似あわぬディパックを背負っていた。
茶髪の、どこかの学校の制服を着た女の子だった。
どこにでもいる女子高生に見えた。
少女は、弓子を見て怖がっているようだった。
そう言えば、弓子は血まみれなのだった。
殺人現場からそのまま帰って来たように見えなくもない。

銀色の髪と紫の瞳をした弓子は、奇異の目で見られることに慣れていた。
しかし、今は。
今の弓子は血まみれで、
汚れていて、人を殺していて、また誰かを傷つけるかもしれなくて、
少女は、そんな弓子にかける言葉を迷っていて、
弓子は少女を怖がらせていて、
弓子は口を開いた。
何かを言わなければと思った。
しかし、



誰とも会いたくない、と思った。



「わたくしに近づかないでください。またわたくしの“呪い”が、誰かを殺してしまうかもしれませんから……」



【3】

蝶々仮面の男、パピヨンは腹を立てていた。

理由のひとつは、参加者名簿の彼の名前が、『蝶野攻爵』と表記されていたことにある。
彼は既に『パピヨン』という名で新たな生を生きている。
その名を覚えていていいのは、たった一人だけだ。
もうひとつは、支給品がどれもイマイチなものだったことにある。
一つ目は、長い鉄棒だった。
先端に輪っかのような突起がついており、ホムンクルスであるパピヨンの怪力をもって振り回せばそれなりの破壊力を発揮するだろう。
しかし、普段からは大きくかけ離れた戦い方になるだけに、不安もある。
彼の戦いの本領はニアデスハピネスの汎用性とホムンクルスの身体能力、再生力を組み合わせたトリッキーな戦法にある。
棒術はむしろ、武藤カズキの得意分野だった。
二つ目は、テディベアだった。ひとかかえもある、ずいぶんくたびれたぬいぐるみだ。

論外。

ただ三つ目については、有用性は別として興味をひくものだった。
それは携帯電話だった。
説明書がついていた。
わざわざ説明書など付けなくとも、携帯電話の使い方など昨今は誰でも知っている。
しかしその携帯電話は、説明を要するだけの機能を備えたものだった

『ジオイドの魔法コードがアプリとして保存されています。
実行すると半径10メートル以内のジオイド面を任意で捜査することができます。』

ジオイド面の意味は、地学や物理をかじっていれば誰でも分かる。
現代で、アプリの使い方を知らない日本人はそういないだろう。
しかし、『魔法コード』とは何なのか。
パピヨンのあくなき探究心と向上心をくすぐるのに、それは充分なものだった。
ちなみに、アプリの配布先のHPのサーバーなどは全て聞いたことのないものだった。
支給品ひとつの為に、一から会場内限定ネットワークをつくったのだとしたら大変な手間だ。
おそらく、ネット環境を利用した支給品が他にも複数あると思われる。

脱線した。

機嫌を悪くした最大の理由は、勝手な都合で『殺し合い』を強制されたことにある。
パピヨンは他者に利用されるのが大嫌いだったし、この実験に乗って得になることなど一つもなかったからだ。
あの『清隆』と名乗った男は、生き残れば『願い』を叶えてやると言っていた。
しかしパピヨンは、今の生におおむね満足しており、特に叶えたい願いもない。
否、たとえ願いがあったとしても、それはパピヨン自身の力で叶えてこそのものだ。
以前は、世界を丸ごと滅ぼしてやりたいと願ったこともあった。
しかし、宿敵武藤カズキと決着を付けたあの夜、パピヨンは自覚させられた。
もう、そんな憎悪はパピヨンの中から消えていることを。
それにもし安易な殺人を働けば、同じくこの会場にいる武藤カズキと津村斗貴子が黙ってはいないだろう。
別に敵をつくることを恐れはしなかったが、貴重な張り合い相手からつむじを曲げられてしまうのは望ましくない。
ホムンクルスと錬金戦団の長きにわたる戦いが終わり、切望していた武藤カズキとの決着を着け、パピヨンは半永久的に生きることを余儀なくされた。
しかし、新しい人生もパピヨンは悪くないと思っていた。
血沸く戦いと臨死の恍惚こそないが、思いがけない発見も、貴重な張り合い相手もいる。
大勢の人間が、愛をこめて「パピヨン」という名前を呼んでくれる世界。
退屈ではあったが、満ち足りている世界。

だからパピヨンには、殺し合いに乗る理由などなかった。
ただ、その“願いを叶える”技術自体には、心魅かれた。
しかしそれは、あの白スーツをどうにか陥落させて聞き出せばいいことだ。
そんな風に苛立ち七割、期待三割で胸を満たしつつ、パピヨンは浜辺をぶらぶらする。

銀髪の女がいた。

銀髪の服は血だらけだった。しかし怪我はしていなかった。返り血だった
何をする様子でもなく、立っていた。
ただ、海を見ていた。酷く投げやりな目だった。燃え尽き症候群のように見えなくもなかった。
つまり銀髪の女は流血沙汰を含む修羅場にいた可能性が高いということだ。

「おい、そこの女。何があった?」

「……どなた?」
銀髪の女は、パピヨンの一張羅を見て怪訝な顔をする。
「この蝶人パピヨンを知らんのか? この間も東京タワー上空に現れたところだぞ」
「あいにくと、特撮モノには興味がありませんので」
悪の怪人のコスプレだと勘違いされている。
舞踏会に駈けつけられるほど紳士的な格好だというのに。
「あいにくと俺は悪の手先でも正義の味方でもない。この世界を愛し、この世界のあらゆるモノを欲する『蝶・人』さ。
そこでだ。お前の知っていること、ここに至るまでに何が起こったのか全て教えろ。
もし“呪い”や“魔法コード”と言った単語に聞き覚えがあるなら、それも教えろ」
生気のない瞳に、狼狽が横切った。
何かを知っている狼狽だった。
当たり。
パピヨンは口の両端をにまりとつりあげる。
「それは……“魔法コード”に関しては、確かに関係者ですわ」
「そうか。なら全て教えろ」
パピヨンの命令にも、女は気分を害した風ではなかった。
けれど、ひどく濁った眼でパピヨンを見た。
「命が大事なら、関わらないことをお勧めしますわ」
「俺が関わるべきかどうかは、お前が決めることじゃない」
「わたしは、“魔法”を使って人を殺しました。また殺してしまうかもしれません」
それきり女は会話する意思を失った。
パピヨンに背中を向けて、海岸沿いをふらふらと歩く。
目的地があるわけではなく、ただ歩く為に歩いているだけという歩き方だ。
気に入らなかった。
女は、説明する意思がなかった。何でもいいから早く会話を切り上げたそうだった。
パピヨンは誰にどう思われても少しも堪えない。しかし、女はパピヨンを嫌ったわけではなかった。
『透明な存在』でも見るように、どうでもよさそうに無視したのだ。
その、パピヨンを無視したということが、気に入らなかった。
女の、何もかもを諦めたような目が、気に入らなかった。
『人を殺した』からと、それだけで折れてしまったらしいことが気に入らなかった。
現実から逃げているような態度も、気に入らなかった。

眼の前に課題があるのに、自力で何も為そうとしない人間。
己に限界を感じたところで、諦めてしまった人間。
パピヨンの気に入らない人種と、今の彼女は近い態度をしていた。

「俺はどっかの偽善者のように人助けする趣味はない。しかし、お節介はさせてもらうぞ」

だからこそパピヨンは、その女を放置するわけにはいかなかった。

「ここは大きなお世話、小さな親切。情報を聞き出し終えるまではかまってやるとするか。
『魔法』とやらも非常に興味深いしな」
己の欲望に忠実なパピヨンは、気に入った相手に執着する。
そして、気に食わない奴ほど大事にする。
それが好意であれ悪意であれ、暇を潰すものがなければ、パピヨンの長い長い人生はたちまち退屈になってしまうからだ。
何より、この女は貴重な情報源だ。
どうやら女は『魔法で人が殺せる』程度の知識と技術を持っているらしい。
何より女の自棄な態度は、何か己の限界に直面して諦めたような、自信を喪失したような、そんな印象を受けた。
つまり、それだけ深く足を突っ込んでいたらしいということだ。
パピヨンにとって、女と接触を持つメリットはずいぶん高くなっていた。
パピヨンは空中へ大きく跳躍すると、彼女の頭上を飛び越えて先回りする。
「甘いな、女。この『蝶人パピヨン』が、たかだか『人が殺された』ぐらいで臆すると思ったか?」
女は戸惑ったように何かを言いかけ、

「おい、そこの異人の女」

剣を帯びた声に、パピヨンの問答は遮られた。
防砂林から、鋭い目をした赤毛で和装の男が現れた。



【4】

琴吹ななせは、頭が真っ白になっていた。

よくよく考えれば、逃げ出すことはなかったのかもしれない。

異常な格好をしているとはいえ、相手は同年代の女の子だ。
確かに、あの女の子は人を殺したと言っていた。
でも殺し合いに乗っているなら、わざわざ“近づかない方がいい”なんて警告をするのはおかしい。

だいいち、たとえ殺していたとしても、例えば事故とか正当防衛とか、とにかく事情あってのことかもしれないのだ。
それに、最初に近づいたのはななせの方だったのに。
近づくにつれて懐中電灯に照らされた少女の、血まみれの惨状が目に入った。
その、ホラー映画のような格好に、現実感だとか勇気を根こそぎ持っていかれて、話しかけようとしたこともすっかり忘れさっていた。

そういうことを、ななせは走りながら、断片的に思い返していた。

高そうな洋服が、びりびりに裂けていた。
裂けた洋服の右半身に、べっとりと血が染み込んでいた。
右頬から首筋にかけても、同じように血がついていた。
潮の香りとは別に、鉄くさい臭いがした。まだ、血が渇いていなかった。
つい今しがた、ぼろぼろになって返り血を浴びる行為をしてきましたと、その惨状が語っていた。

返り血などホラー映画やドラマでしか見たことのないななせにも、すぐに分かる。
ちょっとやそっとの傷では、あんな返り血はつかない。
それこそ、人一人が失血死するぐらいの血を誰かが流さなければ……。

それに、あの女の子からは、ある種の“ただならぬ感じ”を受けた。
正体の知れない苦しみとか絶望とか妄信とかを発していて、そういう怖いものが血みどろの彼女を武装していた。
そういうモノを発する人間を、ななせは何人か知っている。
そういう人間と相対する恐怖に、ななせは覚えがある。
例えば、“井上ミウ”の名前が出ると、酷く苦しそうな、拒絶するような顔をする井上心葉。
例えば、“天使”という怪人のことを、とりつかれたようにハイになって信仰していた、現在行方不明の親友。
例えば、ここ数日、執拗に呪いのメールを送って来るようになった、“ミウ”という謎の少女。
そういう“闇”にあてられると、自分がとても弱く力を持たない、別世界の人間のように錯覚して、何も言えなくなってしまう。

そう、あの女の子も、確かに“呪い”と言った。

――またわたくしの“呪い”が、誰かを殺してしまうかもしれませんから……
――何よそれ。……あんた、人を呪い殺せるとか言うつもり?
――そうですわね。私は、“クリストバルドの呪い”を継いでいますから。

そこで会話を終わらせて、とにかく逃げ出してしまったのは“呪い”という言葉に過敏になっていたからかもしれない。

彼女の得体の知れなさや、ななせの知らないことを知っているという見透かした様子が、
つい数日前から頻繁に届くようになった、メールの送り主を連想させた。

――心葉に近づくな。泥棒猫。
――お前は心葉のことを何も知らない。
――人のものを盗ろうとしたら呪われる
――呪われろ。
――呪われろ。
――呪われろ。
――呪われろ。

始まりはいつだったのだろう。
この間までは、森ちゃんと放課後にクレープを食べたり、夕歌とメールをしたり、井上と一緒に資料整理をしたり、そんな毎日だった。
そんな当たり前の、幸せな毎日だったはずだ。
それが、夕歌が行方不明になって、家は幽霊屋敷になったみたいに荒れ果てていて。
“ミウ”から呪いのメールが来るようになって、井上も何だか苦しい顔をするようになって。
夕歌を探したけれど、どこに行ったのか全然わからなくて、そうしたら、夕歌の家族が一家心中をしていたと聞かされて。

胸が押し潰されそうになって、気づけば家を飛び出し、夜の町をさまよっていた。
夕歌の家に向かっていた。
窓ガラスが破れ、電気もつかなくなり、お化け屋敷のようになった家でうずくまっていた。
謎の“天使”に連れて行かれた夕歌のこと。
“ファントム”から“呪われろ”というメールを送られたこと。
気がつけば、白いスーツの男に拉致されたこと。
“魔女の口づけ”がどうのと言われたこと。殺し合えと言われたこと。
頭を吹き飛ばされた女の子のこと。血まみれで人を殺したという少女のこと。
呪いを持っていると言ったその子のこと。
どこまでが夢で、どこからが現実なのだろう。

「井上、井上、井上っ……」
ここにいない、でもどこかにいる会いたい人の名前が、口をついて出ていた。

もしかして、あたしはとっくに現実の世界を踏み外していたんじゃないか。
踏み外してはいけない、危ない世界に落っこちていたんじゃないか。
だとしたら、帰る方法なんて――



「そこの人! 何があった?」
「きゃっ……!」



進行方向に、小柄な男が回り込んでななせの逃走を止めた。



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最終更新:2011年05月24日 23:06
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