〝文学少女〟と恋する幽霊【ゴースト】

天野遠子は激怒した。
必ず、かの邪知暴虐の主催者を除かねばならぬと決意した。
遠子には魔法が分からぬ。
遠子は、聖条高校の妖怪である。本を読み、本を食べて暮らしてきた。
けれども、邪悪に対しては人一倍に敏感であった。



◇  ◇

「あの清隆という人は、きっと文学の面白さを知らないんだわ。
殺し合いなんかより、夏目漱石全集を百回ぐらい読んでレポートでも書いてる方が、よっぽど楽しいし、ためになるのに」
三つ編みの長い髪をぶんぶん揺らしながら、天野遠子は怒っていた。
ディパックをしょって山道を歩きながら、怒っていた。
「何の罪もない人たちが、たった一人になるまで殺し合うなんて
……きっと活字になったら、生臭い臓物スープの味がするに違いないわ!
きっとスープの膜には油じゃなくて血が浮かんでるのよ。出汁に使った豚の足が丸ごと入ってたりするのよ……」
豊かな想像力でその味を“想像”してしまい、顔を青ざめさせる。
ぶんぶんと頭を振って、頭の中を大好きな本のことで満たした。
「同じ臓物なら、トマス・ハリスの『羊たちの沈黙』が食べたーい!
『羊たちの沈黙』はトルコ料理のイシュケンべみたいな味ね。
登場する人間はみんな狂気じみてねじ曲がっているのに、物語は絶妙の均衡で成り立ってつじつまが合って、結末は不気味だけどすっきりしてるの。
くさみが抜けない羊のむつこい胃袋をゆっくり味わえば、レモンの酸味とお塩のあじ付けと、肉汁の絶妙なハーモニーが広がるのよ。
あ~想像したら今度はおなかすいてきた~……心葉くんお手製のおやつ、食べたいなぁ」
ディパックの中には二日分の食糧が入っていたけれど、遠子はそれを食べる気がしなかった。

天野遠子は、本を食べる。

普通の食べ物が食べられないわけではない。
ただ、普通の人間が本をやぶいて食べても味がしないように、天野遠子は普通の食べものを味わうことができない。
この二年間、彼女においしいご飯やおやつを料理して、もとい、執筆してくれた後輩のことを思い出して、目じりがさがる。
「だめだめ、私は心葉くんから卒業するって決めたんだから
……でも、こんな殺し合いに巻き込まれて心葉くんの未来が終わってしまうのも絶対だめ。
だからこの場だけ、もういっかい、私が心葉くんを守らなきゃ」
地図E-8の図書館を目指して、彼女は南下していた。
そこには、“文学少女”である遠子の大好きな場所、図書館がある。
だからこそ心葉も、遠子が図書館に行くと発想して合流できる可能性が高い。
しかしC-7エリアにいた彼女は、図書館にたどりつく前にその建物にぶつかった。
ツタの絡まった白い教会が、森の中で孤独に立っていた。
その寂しげなたたずまいは、遠子を感傷的な気持ちにさせた。

教会には思い出がある。去年の梅雨明けに出会った、とある“幽霊”をめぐる事件。
花嫁衣装をまとった少女と、黒衣の男の、美しくも哀しいシルエット……。
そう言えば、あの事件からだった。腹黒い後輩に怪談が苦手だと知られてしまい、意地悪のネタにされるようになったのは。
今では、たくさんの宝物の、欠片のひとつだ。
過ぎ去った心葉との思い出が胸をよぎり、遠子の決意を固めさせる。
図書館には急がなければならない。
でも通り道にある以上は、この教会も探索した方がいい。
人がいるかもしれないし、心葉だけでなく、弟の流人や後輩の女の子たちの手がかりだって必要なのだ。
遠子は、教会の古めかしい扉の前に立つ。
両開きの扉は遠子の身長よりずっと縦に長く、お化け屋敷の入り口を連想させる。
そう言えば、あの思い出の教会も幻想的で雰囲気があったけど、この教会もなかなか迫力がある。
ところどころ壁がはがれかけていて、西洋のホラー映画に出て来る教会みたいで、しかも暗くて、まるで今にも出そ

それ以上想像することを、遠子の本能が拒否した。
「べ、別に幽霊が出そうとか思ったりしてないわよ。そうよ、幽霊なんて怖がるのは子どもだけなんだから。
だいいち幽霊なんていないんだから。“文学少女”は怪談を読んでも怪談を信じたりはしないんだから……」
そばにいつもの後輩がいるかのように言いわけしつつ、天野遠子は教会の扉に手をかけた。



◇  ◇

雪村舞は、教会の中を、ふよふよと浮遊しながら悩んでいた。
悩みの種は、目下、足元に落ちているディパックだ。
――どうしようかなー。このディパック。
雪村舞は“幽霊”なのだ。
いったい、もう死んでいる人間を“殺し合い”に参加させるとはどういうことだろう。
本当に舞も参加者扱いなのか、名簿を読んで確認したいところではある。けれど、その名簿に触れない。
そう、触れないのだ。
幽霊だから舞の体は透けているし、ふよふよ浮いてるいるし、霊感のある人にしか見えない。
鏡にも映らないので、“魔女の口づけ”とやらも見ることができない。
ディパックに触ることもできない。
――『実体化』してもいいけど、『力』はとっておきたいし……でも、支給品が配られてるのに持ち歩けないのも勿体ないし……幽霊って不便だわ
舞が持っている『心の力』を使えば、一時的に実体化をして物に触ることもできる。
しかし何せ、実体化は『力』を消費する。
幽体――つまり『心の力』のかたまりである舞は、力を使いきると消滅してしまう。乱発することはできないのだ。
まして、ここには大好きな月島亮史と、親友のレレナも呼ばれている。
二人を守るためにも、力は温存しておかないといけない。
守る必要もなく、月島亮史が強いことは知っている。
身震いするほどの強さと、敵と見做した相手に対する惨忍さも、小学校での戦いぶりを見て知っていた。
しかし月島亮二は、つまるところ吸血鬼だ。
水を浴びれば火傷をするし、十字架を見れば怖がる。
今は夜中だからいいものの、朝がくれば陽の当たらない場所に隠れないといけないし、寝ているところを杭で貫かれたら一撃で死んでしまう。

――決めた! もったいないけどディパックは放置! とにかく月島さんを探して守ろう。それにレレナも!
それで、陽がのぼったら月島さんを襲う奴ら、みんな化かして追い返してやるんだから!
気持ちをすぱっと切り替えると、闘志をこめて両の拳を握りしめた。
そうと決まったら、『変化』を思い出すためにもリハーサル。
雪村舞はイメージする。
幽体である舞は、自由な姿にその身を変えられる。
俗に『化けて出る』と呼ばれるものだ。
レレナに化けて敵をかく乱したこともあったが、今回は練習として一番恐ろしげな容貌をイメージする。
顔が、ハリウッドの特殊メイクのように変わっていくのが分かる。
角を生やそう。
牙も生やそう。
強くて怖そうにしよう。

ぎしぎし、と教会の正面ドアが開いた。



◇   ◇

天野遠子の目線で、この時の状況を語ろう。


お化けなんていないお化けなんていない、と呟きながら、勇気を出して観音開きのドアに手をかけた。
重たい教会の扉をぎしぎしと開けたら、そこには長い黒髪と白い服の幽霊が、ごつい牙と角の生えた般若のような顔で恨めしげに浮んでいた。

目が合った。



「いやああああああああああああああっっっっ!!!」



◇  ◇

遠子はメロスのように走った。
教会の椅子を蹴飛ばし、玄関口の階段を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。
――深夜だけど。



【C-7/教会の外/深夜】

【天野遠子@“文学少女”シリーズ】
[状態]健康、恐怖、逃走中
[装備]聖条高校の制服
[道具]支給品一式、不明支給品1~3(確認済み)
[思考]
1・いやああああああああああっ!
2・心葉くんや流人、ななせちゃんや千愛ちゃんが心配
※参戦時期は、卒業後です(ただし制服です)。

【雪村舞@吸血鬼のおしごと】
[状態]健康、怖い顔に変化中
[装備]いつもの白パジャマ
[道具]なし(ディパックは放置)
[思考]1.え? あたしが見えるの?
2.逃げた少女を追う。
3.月島さんとレレナを探し、守る。上弦、ツルは最大限に警戒。
※参戦時期は、少なくとも5巻終了後から消滅するまでの間。
※舞の姿は、霊感の無い人にも見えるようになっています。ただし「節電モード(薄くなった状態)」にすれば見えません。
※「実体化」しない限り、物理的ダメージを負うことはありません

※舞のディパックがC-7教会の中に放置されています。


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最終更新:2011年05月21日 23:04
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