あなたならどうしますか?

坂崎嘉穂は、正真正銘の一般人である。
だから、体内で魔法発動コードを組んで光の剣をバンバン出したり、人間を異次元に吹き飛ばしたり、
そばに立ち守ってくれる背後霊を出現させてオラオラしたりすることなんかはできない。
そういうのは、生粋の魔法使いである姉原美鎖や一ノ瀬弓子、そして魔法使い見習いである森下こよみの仕事だ。
ただ、コンピュータや機械に関してはちょっとばかり詳しい。
3分間で目ざまし時計をバラバラに分解したり、自作のコンピュータウイルスを世界中のPCにばらまいたりする技能を持つ女子高生は日本中探してもなかなかいないだろうし、そういう意味では嘉穂は『一般』人とは言えないかもしれない。
電子計算機損壊等業務妨害。立派な犯罪者だ。
その延長戦上で、美鎖から魔法を発動するコンピュータプログラムの書き方も習っているから、知識の上では『魔法』の仕組みもそこそこ知っている。
おかげで、友人の森下こよみらと『魔法』絡みの事件に巻き込まれた時は、参謀っぽい役割を果たしたりもしている。

だから、『殺し合い』などという非常時に対しても、『まずは森下たちを探すか』と思える程度には冷静になれた。
しかし、背後からの襲撃者に気づくこともできなかったし、一瞬の間に距離を縮められ、喉もとに刀をあてられて、どうすることもできなかった。
坂崎嘉穂は一般人なのだから。



「これから言うことには正直に答えてくださいね」
嘉穂の動きを封じた謎の襲撃者は、刀をあてたまま嘉穂に命令した。
若い男の声だ。
嘉穂の背後に、ワープでもしてきたのかと思うほどの速さだった。
というより、刀をあてられて、そこで初めて後ろに人がいると分かったといっていい。
だから嘉穂には、男が相当の――それこそ超人と言っていい域の――使い手だということしか分からない。
「あなたは、この『実験』に――」
「乗っていない。もっとも、この状況なら誰でも乗っていないと答えるかと」
「それもそうですね」
首筋をつたう冷や汗の冷たさを感じながら、嘉穂は考えて言葉を選ぶ。
「もうひとつ言うと、あたしは直接的な戦闘力を持たない。なので、その速さがあれば、脅さなくても一瞬で殺害することが可能。
だから、この刀をはずしてくれるととても嬉しい」
内心は穏やかではないが、けっこう冷静に話せている方だと思う。
魔法使い同士の戦いに間近で立ち合ったり、PCが創り出した魔物(デーモン)に殺されかけたりと、それなりに修羅場をくぐってきたおかげかもしれない。
「……そのようですね」
声の主が、ゆっくりと刀を降ろした。
嘉穂は振り向く。
まだ、少年といっていい年齢の男だった。
嘉穂と同じぐらいの年に見える。
あどけない顔でにこにこと笑っているのが、少し恐かった。
水色の羽織袴に、羽織りの下はワイシャツ。明治時代の書生のような格好だった。
状況が状況でなければ、レイヤーの人かと思ったかもしれない。
「二つ目です。志々雄真実、もしくは緋村剣心。この両名に心当たりは?
片方は、身体に包帯を巻いた男性で、もう片方は顔に十字傷のある男性なのですが」
嘉穂はどう答えるべきか一瞬考え、答える。
「知らない。ここに来て、人に出会ったのはあなたが初めてだから」
……もし青年が殺人も辞さない考えの持ち主で、『情報が聞ければ用済みだ』という方向に考えれば嘉穂は殺される。
それならば、嘘をついて「会った場所まで案内する」とか「協力関係にあり、合流の約束をしている」などと言った方が、それだけ長く生かしてもらえるかもしれない。
しかし、嘉穂は『緋村剣心』『志々雄真実』なる人物がどういう人なのかも知らない。予備知識なしに嘘をついても、すぐにばれるだろう。
だから嘉穂は正直な答えを返した。
嘉穂の言葉を聞いて刀をおさめてくれたのだし、青年は多少なりとも余裕を残している(と、願いたい)。
なら、信頼関係を作れる可能性も多分にある。この場合、嘘をつくのはむしろ逆効果だ。
「そうですか。なら、最後の質問です」
『最後の質問』と来た。
嘉穂は緊張で身体をこわばらせる。
しかし『最後の質問』は、嘉穂の意表をつくものだった。

「僕は、この後どうすればいいと思いますか?」

「……は?」
困惑する嘉穂に向かって、青年は己の来歴を語り始めた。



※  ※

青年の名前は、瀬田宗次郎。
明治政府の転覆を企てたテロリスト、志々雄真実の片腕だった男だ。
志々雄という人間の在り方を一言で表せば「弱肉強食」。
強い者が弱い者を淘汰することは自然の摂理であり、正義であり、明治日本が欧米列強に国力で追いつく唯一の手段である――と確信してやまない男だった。
宗次郎も、そんな志々雄の片腕として、敵対者の粛清に加担してきた。
数え八歳で志々雄に見出されてから十年。
その間に、多くの人間をその手にかけた。
その中には、当時の日本政府を牽引していた偉人、大久保利通も含まれる。
「だった」が付くということは、過去のことである。
十字傷の男との戦いが、瀬田宗次郎という人間を、根本から変えた。
変えた、というより、かつて失ったものを取り戻した、と言った方が正しいかもしれない。
それは、忘れていた“感情”。
「弱い者は生き残れない」という志々雄の教えを盾にする内に忘れていた、人を殺す痛み。
傷つけるのも傷つけられるのも嫌だという怒り。
本当は人を殺したくなかったという悲しみ。
そして、他人の道具になるのではなく己の信念で戦うことの喜び。
感情を取り戻した宗次郎は、もはや志々雄に盲目に従うことが出来なかった。

――真実の答えはお主自身が今まで犯した罪を償いながら、勝負ではなく自分の人生の中から見出すでござるよ。

答えとは、己の人生から見つけるもの。
その言葉は、それまで聞いたどんな言葉よりも厳しく、胸を打った。

だからこそ宗次郎は今までの己を改め、志々雄真実から離反して新たな生き方を探すことにしたのだ。
炎上する志々雄の要塞を見届けて、宗次郎は旅だった。
“本当のこと”を知る為に。
そんな決意をもって旅を続けていた矢先に、この舞台に上げられてしまったのだ。
しかも、死んだはずの志々雄真実までこの遊戯に参加しているという。
炎上した要塞の中で実は生きていたのか、それとも本当に死者蘇生の秘術があるのかは分からない。
ただ、少なくとも宗次郎の知る志々雄ならばゲームに乗るだろう。
志々雄の性格からして、“清隆”にも反感は抱くだろうが、かといって己が生きる為に人を殺すことを躊躇わないはずがない。
宗次郎にしても、まだ死ぬつもりはない。
新たな人生の入り口にたったばかりだし、“償い”の方法も分からない。
宗次郎自身、まだやらねばならないことがあると感じている。
しかし、殺し合いに乗るということは、再び志々雄の考えに同調するということだ。
たとえ志々雄に味方しなくとも、宗次郎がゲームに乗り、生きる為に無辜の弱者を殺戮した時点で、『弱肉強食』という考えを肯定したことになってしまう。
これまでも大勢の人間を手にかけたのだから、今さら『殺人』への躊躇いはない。
しかし『できれば殺したくない』という『感情』も、まぎれもなく宗次郎の本心。
だが、『ゲームに乗らない』ままでいれば、この世界では遅かれ早かれ死んでしまうらしい。
何もできない現実を前に死んでしまったのでは、結局『弱肉強食』を『己が食われる番になった』という形で肯定したことになるのでは……。
故に、宗次郎には分からなかった。

この殺人遊戯の中で、どうあるべきかが。



※  ※

「自分で答えを見つけると言ったのに、人に助言を求めるのも違うと思います。でも、僕一人ではぜんぜん考えが浮かばなくて……」

まさか、こんなところで、教科書に出て来る偉人の暗殺秘話を知ることになるとは思わなかった。
それも、目の前の青年が殺したという。
他にも、大勢の人間がこの青年に殺されたらしい。
でも嘉穂は、その青年が最初ほど恐くなくなっていた。
なぜなら瀬田宗次郎は、もはや笑っていなかったのだ。
それどころか、哀しげに見えなくもなかった。
……燃え落ちる志々雄真実の居城を見つめていたという時も、この青年はこんな顔をしていたのかもしれない。
坂崎嘉穂は、現代に生きる女子高生だ。
死にかけた経験こそあるものの、生きる為に殺し合ったことなんてない。
だから、青年に諭せる言葉を嘉穂は知らない。
例えば緊急避難による殺人とか、この状況での殺人が罪に問われるかとか、そんなことを論じても意味がない。
……だから、自分の知っている事で話をすることにした。



「例えば、町に大怪獣が現れたとする」



「はい?」

「ピンと来ないなら黒船でも地震を起こすオオナマズでもいい。そういう怪物が町を襲った時に、怪物退治に立ち向かえる力を持った人は少ない。
大半の一般人は、逃げ出すか踏みつぶされるか、災害を前に受け身でいることしかできない」
「そうですね。緋村さんみたいな人ならともかく」
世の中を変える力を持った人間は少数派だ。
世の中にいる大半の人間は、選択肢を持つ余地もなく踏みつぶされてしまうことになっている。
宗次郎は「どうしたらいいか分からない」と言ったが、そもそも『どうするか』という選択肢を持てる人間の方が少ないのだ。
志々雄真実の奴隷にされていたとかいう村人のように。
でも、

「でも、そういう時に何ができるかで、人間の価値は決まる」

「……坂崎さんは、何ができるんですか?」
「『魔法使い』を探す」
「魔法……?」
今後は、嘉穂が身の上話をした。
嘉穂が暮らしているのは、青年の時代より百年以上後の時代だということ。
友人が、現代を生きる魔女から、魔法を習っていること。
青年は最初こそ驚いたような反応をしたものの、感心したように相槌をうちながら聞く。
やはりこの男、感情の欠落とか関係なくどこかズレている。
『現代魔法』のくだりは、とりあえずおおざっぱに省略して「コードという魔法の素を身体に流すことで、魔法を発動できる」と説明した。
何せ、相手は明治時代の出身だ。
コンピュータとかプログラムとか魔法コードとか以前に、まず筋肉に電気信号を流すとは何ぞや、というところから長々と説明しなければならない。

ともかく、嘉穂の友人は魔法を習っており、その彼女らもこの会場に呼ばれていることを話した。
友人の森下こよみ。自称ライバルの一ノ瀬弓子クリスティーナ。そして、魔法使いではないが、森下こよみの師匠の弟、姉原聡史郎。
他にもゲーリー・ホアンという魔法使いが来ているのだが、こいつは“魔女のライブラリ事件”で美鎖たちを殺そうとした危険人物なので、警戒対象にした方がいい。
とにかくも、こよみらが呼ばれていることが、嘉穂にとっては問題になる。

森下こよみは、たったひとつしか魔法が使えない。
たったひとつの、しかし使いようによっては万能の魔法だ。
それは“たらい召喚コード”。
金だらいを召喚する。
それだけでは実用性に乏しいことこの上無い。
しかし、敵から魔法攻撃を受けた場合には大いに有効となる。
森下こよみは、その身体にどんな魔法コードを流しても“たらい召喚コード”になってしまう。
逆に言えば、彼女が触った魔法は、全て“たらい召喚コード”に変わってしまうのだ。

「つまり、金だらいが降って来る“そげぶ”みたいなものかと」
「“そげぶ”って何ですか?」
「……わからないならわからないでいい」

その理屈で考えれば、こよみの体に“魔法の刻印”を刻むことは不可能に思える。
とはいえ、たらい召喚コードにも弱点はある。
一度にひとつのコードしか変換できないのだ。
例えば、“魔女の口づけ”に何百種類ものコードを刻んでいたりしたら、こよみは手が出せない。
全てをたらいに変換するより、こよみの体力と精神力が尽きる方が早いからだ。
つまり、森下こよみに魔法をかけることは、手段は限られるが不可能ではない。

しかし、この会場にはもう一人、嘉穂の知りあいで特異な能力の持ち主がいる。
姉原聡史郎。現代魔法の第一人者、姉原美鎖の弟だ。
姉原聡史郎は『魔法使い殺し』という稀有な体質を抱えている。
大ざっぱに言うと、あらゆる魔法を受け付けない、という体質だ。
つまり、聡史郎に『魔法』の仕掛けを施すことは絶対に不可能なのだ。
しかし現実に聡史郎はこのゲームに参加させられている。
つまり、聡史郎も“魔女の口づけ”を施されていることになる。
嘉穂の知る“魔法無効化能力を持つ二人”が、二人とも魔法をかけられている。
どちらか片方だけなら、“何かとんでもない反則級の裏技を使った”と考えることもできるが、そんな事態が二つも重なっている。
つまり、

「私たちの知っている“魔法”と、主催者の言っていた“魔法”は、完全に別の体系のモノだという可能性が」
「つまり、仮説を補強する為に森下さんや姉原さんを探しながら、並行して『別体系の魔法』に通じている人を探すということですか」
「その通り」
先程まで迷子のように方針を決めかねていた割に、考えを理解するのは早い。
ここらへん、国家転覆計画の片棒を担いでいただけはある。
「それから、一ノ瀬にも。ここにいる知り合いの中では、一ノ瀬が経験も知識も一番豊富な魔法使いだから、この“刻印”が私たちの知る魔法の産物かどうか、より判断材料を持っているはず」
「なるほど……しかし、そんな技術者が参加してるかも分かりませんし、確実性に欠ける気もしますけど」
「どっちみちあたしには優勝を狙う力も度胸もない。それにあたしは、大怪獣に真正面から向かって行くキャラでもない」
そんな暇があったら、PCに向かうだろう。
PCでできる範囲の、しかし最大限のことをするだろう。
それが嘉穂のスタイルだ。
嘉穂は軽く肩をすくめて、
「正面から戦うばかりが戦闘ではないと思われ」
笑ってみせた。
普段笑わない嘉穂は、だからこそここぞという時に笑ってみせる。
「……面白い人だなぁ」



強くないのにかといって弱くも見えない人を見たのは由美さん以来だとか、そんなことを青年は言った。
こうして、
「坂崎さんと一緒にいた方が、僕の答えを見つけやすそうな気がします」
そんな理由で、瀬田宗次郎は坂崎嘉穂に同行することになったのだった。



【E-4/森の中/一日目深夜】

【坂崎嘉穂@よくわかる現代魔法】
[状態]健康、白華女子学院の制服
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、不明支給品1~3(未確認)
[思考]基本:自分なりの方法で殺し合いに反抗する
1.宗次郎と行動を共にする。(少なくとも自分に危害は加えないと判断)
2.一ノ瀬弓子、森下こよみ、姉原聡史郎との合流
3.ゲーリー・ホアン、志々雄真実を警戒。
※参戦時期は、少なくとも高校二年生時。
※坂崎嘉穂の考察……“魔女の口づけ”には、自分たちの知る“魔法”と異なる体系の“魔法”が関わっている。

【瀬田宗次郎@るろうに剣心】
[状態]健康、坂崎嘉穂に対する興味
[装備]シズの刀@キノの旅
[道具]基本支給品一式、不明支給品0~2(確認済み)
[思考]基本:自分に何ができるのかを探す。
1.坂崎さんを手伝う。
2.状況次第では緋村さんとも協力。
3.志々雄さんに会ったら、どうしようかな……。
※『京都編』終了後からの参戦です。

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最終更新:2011年07月04日 01:28
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