第二話(24バトルロワイアル)

まただ。また頭ががんがんする。またこの気分。最悪の目覚め。無理やり起こされたみたいな不快な感じ。

睡眠ガスの効力が切れて間もない頃、こなたは目覚めた。何やら大音量で学校のチャイムが鳴り響いている。
一瞬、今までの学校に戻ってきたのかと錯覚したが、すぐに拡声器か何かで拡張されたケツホルデスの声が聞こえてきて、現実に引き戻される。

『さあ、いよいよ午前零時。みんな起きたかしら?それじゃあゲーム開始よ。頑張って殺し合ってね』

「ほんと馬鹿げてるよねえ……」
こなたはどこか他人事のように呟いた。いつだってこなたは呑気だ。こんな状況になっても彼女の性格は変わらなかった。
こなたは背負わされているデイパックを地面に置き、改めて中身を確かめる。
大型のサバイバルナイフを恐る恐る取り出し、そっとポケットに入れておいた。
出来れば使いたくはない。でも、使わなければいずれ死んでしまう。生きたいと思うのなら、使わねば……
24時間ルールにより、必ず一人は殺さなければならない。殺さずに逃げ続けるという選択肢は残されていない。

私は、自分の命のために他人を犠牲に出来るのかな
改めて心に問いかけてみると、答えなんて出てこない。自分の命と他人の命を天秤にかけると、重いのはどちらだろう。
そう問われると、なんだかんだで自分の命を選んでしまうのだが、だからといってこなたは自分が人を殺せるとは思えなかった。

やる美の事を思い出すだけで、吐きそうなくらい悲しくなってくる。とてもじゃないけど、この悲しみを繰り返すなんて考えたくもない。
だから殺したくなんかない。でも、殺さなければ自分が死んでしまうわけで……
思考はループし、振り出しに戻る。どれだけ考えても、思考は結論に辿り着かない。

「考えるだけ……無駄かな。『その時』になってみないと、分からないよね……
 私は人を殺してまで生きたいのかな。それともそんな事するくらいなら死んでもいいやって思うのかな……」
答えは出ない。

こなたがデイパックを背負い、立ち上がろうとしたその時だった。前方の茂みが不自然に揺れた。
直感ですぐに分かった。誰かが隠れている。こなたはポケットに手を突っ込み、ナイフを握りしめる。
私を殺す機会を窺っていたのだろうか。それとも……

「誰? 出てきてよ。私、武器なんて持ってないよ」
「…………」
「殺したりなんか……しないよ。絶対」
「……ほ、本当ですか……?」
女の子の声が返ってきた。声色からして明らかに怯えているみたいだ。こなたはなるべく落ち着いた声を出そうと努めた。
「本当だよ。私は殺すつもりなんてないよ」
「で、でも殺さないと死んじゃうんですよ?誰だって死にたくないじゃないですか。あ、貴方だってそうですよね?」
「それはそうだけど……」
こなたの返答を聞いて女の子が短い悲鳴を上げた。まるで今にも殺されてしまうといった声だ。混乱している。

「し、死にたくないのなら誰かを殺さないと駄目じゃないですか……」
「私に人が殺せるとは思えないよ」
「24時間経ったら首輪が爆発するんですよ……」
「そうだね……でも殺せる気がしない。殺したくなんかないし……バトルロワイアルなんて、馬鹿げてると思う」

女の子はしばらく黙りこんだ。どうしたのだろうか。
女の子は一向に茂みから姿を現さない。そもそも女の子は危険人物ではないのだろうか?
こなたにばかり質問をして、自分の事は決して語らない。本当はこなたを騙そうとしているのではないか。
本当は殺し合いに乗っているのでは? 茂みの中からこなたの命を狙っているのでは?

沈黙は不安を肥大化させる。こなたはポケットの中でますます強くナイフを握りしめた。
ちゃんと扱えるかどうかはともかく、ナイフの馬鹿げた重厚感は、こなたを強く勇気づけてくれる。

「私も、私なんかに……人殺しができるなんて思えないです……!」
女の子の声が涙声に変わっている。茂みの中で泣いているみたいだ。
「初めは勇気を出して殺さないといけないと考えていました……でも、怖い。
 人殺しなんて私には出来ない!したくなんかないもん!」

女の子の言葉に、こなたの緊張は少しだけ緩んだ。そうだ。この子は私と同じで、どうしようもなく怖いだけなんだ。
頑張って作った笑顔を茂みに向かって見せて、こなたは言った。

「それじゃあ、私達の寿命は、あと24時間ってことかもしれないね。
 ま、先の事なんて考えずに、残り少ない人生は謳歌するってのはどう? ここには漫画もゲームもないけどさ。
 精一杯頑張って充実した24時間を過ごすってのもアリじゃないかな」
しばらくの沈黙の後、ふふっという可愛らしい笑い声が茂みの中から聞こえてきた。

「寿命……ですか。その考え方いいですね……
 人を殺してまで生きるなんて、やっぱり嫌ですよね。無理ですよね……」
「ま、殺さなくても24時間経つまでは首輪は爆発しないんだからさ。
 とりあえずは後で考えるでいいんじゃない? 保留ってことで」
「…………そうですね。保留、いいですね。考えたところで仕方がないんですよね」
「そういう事」

再び訪れた数分間の沈黙の後、茂みから恐る恐る女の子が出てきた。
見るからに危なっかしい。不安で不安で仕方がなかったのだろう。顔色も良くない。

「やあ、私は泉こなただよ。よろしく」
手を挙げて、のんびりとした声をかけてみる。とりあえずは自己紹介だ。
「あ……わ、私は萩原雪歩っていいます」


こなたと雪歩の二人は地面に座り込み、それぞれ支給品を吟味していた。
雪歩のランダム支給品は仕込杖。雪歩はこなたに説明する。一見唯の杖だが、先端が鞘になっており、抜くと細く短い刃が現れる。
奇襲にはもってこいの武器だろう。もっとも、雪歩はこの武器を使う事など考えてすらいないが。

「あの、こなたさん。名簿見ましたか?」
「んー? まだだよ」
こなたは質問に答えながら、デイパックから名簿を取り出し目を通す。
参加者の名前が五十音順に明記されていた。こなたはクラスメイト達の名前をいくつも見つけた。

「知り合い、いますか?」
「うん。14人いる。やる美は死んじゃったから……生きているのは13人だけど……」
こなたの表情に影が差すのを見て、雪歩は慌てて何度も頭を下げる。
「ごめんなさいごめんなさい……うう、私なんてヒドイ事を……穴掘って埋まってます」
やる美が死んだ事は確かに悲しいが、雪歩に悪意がない事は分かっていたので、それほど傷ついてはいなかった。
実際に地面に穴を掘ろうとする雪歩を笑いながら止める。

「ごめんなさい……私、見て分かるとおり駄目駄目なんです……」
項垂れて落胆している雪歩をこなたは楽しそうに見る。
「うーん、雪歩ちゃんはなんとも庇護欲を刺激するキャラだねえ。ナイスネガティブ!
 そんな事よりさ、雪歩ちゃんの知り合いはいないの?」
「私の知り合いは、7人参加しています……同じ事務所の、友達なんです」
「事務所……? なんの?」

雪歩は少し恥ずかしそうにもじもじしてから、答えた。

「あの、私一応アイドルやってるんです。駄目駄目ですけど……
 知り合いの7人も同じようにアイドルやってて、それで事務所が同じで……」
それを聞いた途端、こなたの目はきらきらと輝き始めた。
「なるほどぉ。ゆきぽちゃん可愛いもんね」
「そ、そんな事ないですよ……私なんて」
照れている雪歩をにやにやと眺めるこなた。視線はおっさんのそれである。

「そういえば、ゆきぽちゃんの名前が二つあるけど、これは印刷ミスかなあ」
「……どうなんでしょうか。同姓同名の他人……」
「たった40人の中に同姓同名の他人がいるなんてなかなかないと思うけど……
 まあ、これが印刷ミスじゃないとしたらそういう事なんだろうね」
紛らわしいなあ、と呟きながらこなたは名簿を眺めている。

自己紹介も済み、互いに名簿を確認しあったため、話題が尽きてしまった。
こなたは地図と周りの地形、そしてコンパスを凝視して、今自分達がどこにいるか割り出す。
雪歩は話をしていないとすぐに顔が暗くなっていく。こなたは現在位置を特定しながら、
なんとかして励まそうとしたが、なかなか上手くいかない。

「残り、24時間しかないんですね……」
雪歩が空に瞬く星を見つめながら、ぽつりと呟いた。目には涙が潤んでいる。
今までの人生を振り返り、しみじみとしているのだろう。
「24時間もある、そう考えてみない?」
雪歩は沈黙したままだった。

「ゆきぽちゃん。私のランダム支給品トランプだったんだよね。ここから少し歩いたところにさ。民家があるみたいだから、
 丁度いいからそこでトランプして遊ばない? 何時間かわからないくらい寝すぎて、お腹もすいたからそこで夜食も食べようよ」
「それは、いいですね……でも殺し合いの最中なのに……」
こなたは強く雪歩の腕を掴み、無理やり引っ張る。雪歩にこれ以上ネガティブになって欲しくなかった。
自分まで暗い気持ちになってしまう。トランプでも何でもいい、一時的でも構わない。少しでも楽しい気分で過ごしたい。

「ゆきぽちゃん。私さっき言ったよね。充実した24時間を過ごそうってさ。
 殺し合いなんかとりあえず忘れよ。いいよ、したくもない事を嫌々するなんてそんなの嫌だし」
こなたに引っ張られながら、雪歩は弱弱しく「はい」と答えた。こなたの強引さが功を奏したのか、
雪歩の顔に明るさが戻る。そうだ。殺し合いなんて嫌なことはとりあえず忘れてしまえばいい。
とりあえず、24時間経過するまでは、私は生きていられるのだから……
雪歩は歩く。こなたの言いなりになり、自分が致命的な現実逃避をしている事に気づかずに。


────そう。これからの24時間を人生最高の24時間にしよう。
ゆきぽちゃんをネガティブになんかさせない。私達は人なんて殺せないのだから、24時間後に死ぬのもほぼ決定しているようなものだ。
焦る必要はない。まだまだ時間はあるもの。死の恐怖におびえるのは、24時間後が間近に迫ってからにしよう。
それまでは……楽しい気分で過ごしたい。殺し合いなんて、バトルロワイアルなんて関わりたくない。

例えそれが、死んだやる美や、ゲーム転覆を宣言したやる夫への裏切りだとしても……

────例え現実逃避だとしても、ね。

【一日目/深夜/06-E 林】

【泉こなた@やる夫スレ常連】
[状態]:健康、不安
[装備]:サバイバルナイフ
[所持品]:基本支給品一式、トランプ
[思考・行動]
基本:殺し合いはしたくないけど死にたくもない。
1:とりあえず現実逃避して楽しい気分になりたい

【萩原雪歩@アイドルマスター】
[状態]:健康、不安
[装備]:仕込杖
[所持品]:基本支給品一式
[思考・行動]
基本:殺し合いはしたくはないけど死にたくもない。こなたと一緒に行動する


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最終更新:2009年09月16日 21:54
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