絶望の片翼

「歩、お前はまだこの世界に、多くの希望が見えるんか……?」



テレビ塔の展望台から、ミズシロ火澄は下界を見下ろしていた。
このゲームが始まるより前から、彼はそうしていた。
本来の彼は、テレビ塔で人生に関わる待ち合わせをしていた。
そんな時に、あの奇妙な空間に呼ばれ、知り合いの男から信じがたい命令を聞かされ、そして再び転移させられた時、このテレビ塔にいた。
しかし、そこが元いた塔と違う塔だということは、時間帯が昼から夜になっていること、眼下の景色がビル群から森林に変わっていることで分かる。
そして、どうやら彼の『待ち合わせ相手』もこの場所に呼ばれているらしい。
「夢でもみとるんやろか……」
ミントグリーンの長い前髪の下からのぞく瞳には、哀しげな光が宿っている。
その光の正体は、疲労と困惑と――そして、諦念。

それは、殺し合いを強要されたからではない。
いや、原因は間違いなく殺し合いを強要されたことにある。
しかし、同じく巻き込まれた参加者たちのように、理不尽を押しつけられた怒りや、いつ死ぬか分からない状況に恐怖したが故のことではない。
殺し合いに呼ばれたことによって、彼の一番の『願い』がついえそうになっているからだ。



ミズシロ火澄は、一番目の願いと、二番目の願いをかかえていた。
一番目の願いは、『鳴海歩という少年と、残りの人生を共に生きること』。
二番目の願いは、『それが叶わないなら、鳴海歩の手で殺してもらうこと』。
そして火澄は、どちらとも叶わずに、『独りで死ぬこと』を最も恐れていた。

だからこそ、彼は鳴海清隆から殺し合いを強要され、火澄に向けたとしか思えない言葉を聞かされて茫然としたのだ。

――まさに“誰が誰に殺されるか分からない”というわけだ。

あの言葉は、挑発に偽装した火澄へのメッセージなのだろうと思う。
何故なら、火澄はそれまで『鳴海歩以外の人間が火澄を殺すことはできない』と聞かされてきたからだ。
火澄がそんな話を信じてしまったのには、彼が十歳の時に聞かされた『預言』が大きく関係している。
彼は、ある『人類を滅ぼそうとした男』の一族として生まれてきたというのだ。
それだけ聞けばバカバカしいおとぎばなしのような預言だが、その預言を裏付けるような奇跡がそれから何度も起こることになる。
――将来、人類を滅ぼす『悪魔』になる。だから、その前に『神』に殺される、と。
その神さまこそが、鳴海歩だった。
逆に言えば、彼は『鳴海歩以外には殺されない』ことになっている。
その運命を立証するかのように、火澄は何度も命拾いをしてきた。
今まで多くの人間が、人類の為に『悪魔』の火澄を殺そうとしてきたが、そのたびに奇跡が火澄の命を救った。
頭に銃口を当てられたにも関わらず、その発砲が不発弾に終わる。
そんな、奇跡のような偶然が、当たり前のように火澄の命を繋いできた。
自殺すら失敗したほどだ。
ところが十三歳になったときに、今度は別の事実を聞かされたのだ。

曰く、実はミズシロ火澄と鳴海歩は、それぞれの兄――ミズシロ・ヤイバと鳴海清隆――の遺伝子を元に生まれた、人類最初のクローン人間だった。
曰く、十六年前のクローン技術だったが故に、その技術は不完全なものだった。
曰く、火澄と歩の体は、遺伝子の時限爆弾を抱えているようなことになっている。
曰く、二人の余命はあと数年。遅くとも、成人するまでに衰弱して死に至る。

何だそれは、と叫びたかった。
その瞬間から、そんな馬鹿げた運命を理解した時から、彼は人生の色々なことを諦めた。

つまり、彼の人生は、成人を迎える前に若くして衰弱死するか、その前に鳴海歩に殺されるか。二つに一つの死を迎えることになる。
そして火澄は、その運命を受け入れた。
諦めて、受け入れた。
同じクローンであり、唯一の理解者であり、同じ運命を背負った鳴海歩に殺されるなら、それはそれで悪くないと思ったから。

そんな火澄まで『“誰が誰に殺されるか分からない”殺し合い』に呼ぶということは、『鳴海歩にしか殺されない呪い』が解けたとでも言うのだろうか。
「さんざん人に殺されろ殺されろ言うて来て、今度は『殺し合え』かい……何やねん」
今までに何度もそうしてきたように、鳴海清隆への悪態をつく。
「俺の『呪い』がそない簡単に消せるんなら、『ブレード・チルドレンの呪い』かて清隆の力で何とかしたらええやん。
歩やブレチルが血を吐くような想いで頑張る必要ないやんけ……それを潰そうとした俺が言える台詞でもないか」
にわかには信じがたいことだ。
ましてあの『鳴海清隆』という男。
何かに真面目に取り組んでいたかと思えば実はふざけていただけだったり、逆に楽しい悪ふざけの顔をして酷く惨忍な計略を実行する男だ。
つまり、火澄は清隆が信用できない。
「しかし、こいつも参加しとるとなると、笑い話にはできんよなぁ……」
名簿を眼の前でひらひらさせる。

カノン・ヒルベルト。

既に死んだ人間の名前だ。
そして、ブレード・チルドレン――簡単に言うと、『成人すると殺人鬼になる呪いのもとに生まれた子どもたち』――の一人でもあった。
そして、それは今の火澄にとって、それ以上の意味を持っていた。
カノン・ヒルベルトを殺したのは、他ならぬミズシロ火澄だから。

鳴海歩は、どう考えても希望のなかった『ブレード・チルドレンの救済計画』に、残りの人生を費やそうとしていた。
しかし、鳴海歩はクローンの事実を知らない。
鳴海歩は子どもたちが成人するよりも先に死んでしまうから、子どもたちを救える可能性はほぼゼロなのだと知らない。
そこで火澄は歩に『残り寿命』の事実を教え、子どもたちから手をひかせようとした。
その手始めに、火澄はカノン・ヒルベルトを殺した。
間違いなく、銃弾を六発も身体に打ちこんで殺した。
それは、歩の為ではなく火澄自身の為だった。
鳴海歩を、己のもとに繋ぎとめるために。
鳴海歩が、ブレード・チルドレンの救世主を名乗り続けるならば、『ブレード・チルドレン殺し』の火澄とは決別するしかない。
しかし、歩が救済計画を諦めてくれるなら、残りの人生を火澄と共にいつづけることができる。
鳴海も火澄も、互いが唯一の理解者だということを知っている。
子供たちの救済を諦めた歩が、火澄を拒む理由はない。
『ブレード・チルドレンたちを選ぶか、火澄を選ぶか』の、撤回できない二者択一を突きつけて、その『答え』を聞く為に、火澄は歩をテレビ塔で待っていた。

だからこそ、カノン・ヒルベルトが蘇生したのならば、火澄の計画は前提がひっくり返る。

火澄と子どもたちが決別する理由がなくなるのなら、『チルドレンか火澄か』のどちらかを選ぶ必要はない。
ましてや、あの清隆の言葉で『火澄の呪いが無効になったかもしれない』と歩が考えればどうなるか。
ブレード・チルドレンの呪いを解く希望をも見出して、再び足掻こうとするかもしれない。
歩は諦めが悪い。
しかし火澄は、あまりに絶望してきたことで心が折れ、既に諦めてしまっている。
なら、清隆の狙いが何であれ、殺し合いがどうなろうと、遠からず食い違う時がやってくるのではないか。
ならば、いずれ火澄は歩に取り残される……。
(歩とは、できれば死ぬまで一緒の方が良かったんやけどな……あーあ、俺の願いは、ほんのささいなことやったのに)
一番に望んだのは、『歩と一緒の未来』。
(それが叶わんのなら……せめて、せめて歩に殺してもらうか。でもアイツ、それも嫌がるやろな)
ましてや、この「殺し合い」という状況こそ問題だった。
殺し殺されのこんな状況では、誰が敵に回るか分からない。
しかし逆に言えば、『誰が人を殺してもしょうがない状況』だとも言える。
カノン・ヒルベルトのように誰かを殺してみせたところで、『こんな状況だから許す』というお人好しも少なからずいるだろう。
少なくとも歩はそういうお人好しだった。
(ほなら……もっとたくさん殺したら、歩も俺を殺してくれるかな)
ぼんやりと、悪魔のような考えを思い浮かべる。
(殺されん限り人を殺して回るって歩に言うたら、さすがの歩も俺を止めてくれるやろか……)

誰がいるとも知れない、下界の景色を眺めて火澄は呟く。
「そういや、キリエちゃんがゆうてたなぁ……」
一度人を殺した者は、心の据わり方がまるで変わる、と。
今なら、それがよく分かる。
例えカノン・ヒルベルトが生き返ったのだとしても、火澄は覚えている。
ヒルベルトを殺したことを。
その手で、拳銃を撃って人を殺した実感を。
既に自分は、人殺しになっているということを。

「ちょっと前までは、誰も殺したくないと思ってたはずやのにな……」



【A-6/塔の最上階/深夜】

【ミズシロ火澄@スパイラル~推理の絆~】
[状態]健康、精神的疲労
[装備]月臣学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品1~3(確認済み)
[思考]基本:鳴海歩に殺してもらう
1・とりあえず塔を降りて誰か探す。(鳴海歩を最優先)
2・カノン・ヒルベルトが生きとるなら……また誰かを殺すしかないか
※参戦時期は、スパイラル14巻、テレビ塔で歩と対決する直前です。


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最終更新:2011年05月07日 11:40
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