野良犬の牙はいまだ抜けず


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 男が、一人泣いていた。
 真っ暗な市街地の中で立ち尽くしたまま、ボロボロと両の瞳から涙をこぼしていた。
 男は手に入れた筈だった。
 地獄のような地下労働施設から這い出し、絶対に出ないとされた千倍パチンコを策謀により当て、掴んだ。
 艱難辛苦を乗り越え、掴んだ筈だったのだ。
 未来を、輝かしい未来を……掴んだ筈だった。
 男の名は伊藤カイジ。
 様々な博打地獄を潜り抜けてきた伝説の賭徒である。

「何で……何でだ……」

 希望が大きければ大きい程、絶望もまた強大なものへと成長する。
 その事象は現在のカイジにも当てはまっていた。
 漸く掴み取った未来、仲間と約束した未来、希望に包まれた筈の光輝く未来……この手からすり抜けていった未来。
 幾ら涙を流せど感情は解放されない。

「ふざけんな……ふざけんなよ、兵藤っ……! 何でお前らは纏わりつく……何で俺ばかりに纏わりつくっ……! 折角……折角っ……!」

 もうこりごりだった。
 たった数百枚の紙に自由を奪われ、家畜のように労働を強いられる毎日。
 人権なんて言葉など何処にも存在しない生活。
 現在の状況は、それら抜け出した筈の生活と何ら変わらない。
 いや、寧ろ更に最悪なものへと変貌していると言っても良い。
 首輪型の爆弾により命を握られ、見知らぬ人々との殺し合いを強要されている……あの地下労働施設よりもずっと酷い、正真正銘の地獄。
 他人から疎まれ、利用され、挙げ句連れてこられたのはこんな殺し合い。
 もう嫌だった。
 こんな人生、もうこりごりだった。

「何で……何で俺ばかりがこんな目に……何で……何で……何で……!」

 宿敵に対して向けられていた憤りは、何時しか自身の人生への絶望へと移り変わっていた。
 漸く入手した回帰へのチャンスも、この殺し合いにより破綻した。
 自分のようなクズには、まともな人生を送る事すら許されないのか。
 自分のようなクズには、努力する為の機会すら与えられないのか。
 どうすれば良かったのだ。
 どうすれば自分はまともな人生を送れていたのだ。
 誰でも良い、教えてくれ。
 誰でも良いから―――。

「ちくしょお……ちくしょお……ちくしょおっ……!!」

 何分、十何分と時間が経過していくが、静寂の慟哭は止まる気配を見せず。
 カイジは両の瞳から涙を流したまま、自身への呪怨を吐き出し続ける。
 強く握られた拳が音をたて、震える。
 食いばしった歯が音をたて、震える。
 カイジの身体が心を支配する感情に、震える。
 カイジは、心中を占める憤りに、周辺へ注意を傾ける事を忘れていた。

「あの~……」

 ―――だから、カイジはその存在に気が付く事が出来なかった。
 自分の直ぐ後方へと近付いていたその存在に、伊藤カイジは気が付く事が出来なかった。

「なっ……!」

 その声が鼓膜を叩くと同時にカイジは現在の状況を思い出す。
 兵藤の口から語られた『ゲーム』……バトルロワイアルという名の殺し合い。
 迂闊だった。既にバトルロワイアルは開始しているのだ。
 つまり現在自分が立つこの場は、様々な人間が互いに殺し合いを行っている戦場。
 そんな戦場に身を置きながら、自分が取っていた行動は棒立ち。
 棒立ち……戦場で棒立ち……有り得ぬ呆けっ……!
 重なる不幸に気を取られていたとはいえ、棒立ち……!
 どうぞ撃って下さいと……どうぞ殺して下さいと言っているようなもの……!
 圧倒的油断……これには流石のカイジも猛省っ……!

(くそっ……何をしていやがる……こんな最悪の地獄の真っ只中で、俺は何をしていやがるんだっ……!)

 心の中で自身への叱咤を叫びながら、カイジは後方へと振り返る。
 緊張のせいか、身体からは不自然なまでの汗が吹き出している。
 振り向くまでの一瞬が、カイジにはとてつもなく長く感じた。

「だ、誰だ、てめぇは!?」

 上擦った声で問い掛けるカイジの視界に、一人の少女の姿が飛び込む。
 ポニーテールに結ばれた鮮やかな緑髪、その幼い顔付きからすれば相当に豊満な
 部類に入るグラマラスな身体……そこにはまごうことなき少女が一人立っていた。

「あ……えと、わ、私は園崎魅音って言います! その……何か声が聞こえたから、近付いてみたんだけど……」

 初っ端から警戒心を前面に出しまくるカイジに、少女―――園崎魅音は恐縮の様子を見せながら、言葉を紡ぐ。
 その様子からは戦意は見られないが、カイジもそう簡単に警戒を解く訳にはいかない。
 一歩後退り、何が起きても対応できるように身構え、魅音を睨む。

「あの……泣くのは良いんだけど、そんな堂々と突っ立ってると他の人に見つかっちゃいますよ?
殺し合いに乗ったヤバい人も彷徨いてるかもしれないし……」

 そんなカイジの視線にたじろぎながらも、魅音は口を動かす。
 その口調に怯えの色が含まれている事に、カイジは直ぐさま気が付いた。
 こんな異常事態の中だ。この少女も少女なりの勇気を振り絞って自分に声を掛けてきたんだろう。

「と、というかお兄さん、殺し合いに乗ったりなんかしてないよね? 実は危険人物でした~~、何てオチが着いたらおじさんパニクっちゃうよ、ハハ……」

 言葉の多用は、その恐怖を押し殺そうとしての物なのだろう。
 声が僅かに震えていて、その笑顔も引きつっている。
 少女の様子を冷静に観察しながら、カイジは小さく後悔を感じていた。
 勇気を捻出して声を掛けた少女に対して自分が取った行動は―――恫喝。
 ……最悪だ。
 見たところ少女はまだ中学生か高校生程の年齢。
 そんな少女が恐怖を抑えて取った行動に、大人である自分は恫喝で応えてしまった。
 自身も恐怖していたとはいえ、恫喝は最悪。
 これは流石に最悪。
 ……自身の対応にカイジは大きな後悔を覚えていた。

「……乗ってねぇよ」

 ―――だから、気付けば口を開いていた。
 その後悔に罰の悪そうな顔を浮かべ、カイジは言葉を零していた。

「え?」
「乗ってねぇって言ったんだ……俺は人殺しをするつもりはない。あんな悪魔の言いなりになんかなってたまるか」

 気の抜けた少女の返答に、カイジはそっぽを向いたまま再び自身の意志を口にする。
 罪悪感が消失したかと思えば、次に浮かんだ感情は気恥ずかしさ。
 こういうところで素直になれないのが、伊藤カイジという男であった。

「え、あ……ははははは! そうなんだ、良かった! 良かった! ホント安心したよ!
もう後先考えないで声掛けちゃったからさ、もしかしてやっちゃったかな、とか思ってたんだけど……いや、良かった!」

 小さく呟かれたカイジの言葉は、少女の笑い声に易々とかき消される。
 少女が見せた喜びの表情に、カイジは思わず頬を弛ませていた。
 ……とはいえ、やはりながら、明後日の方向を向いたままではあったが……。

「……そういえば……何でお前、俺なんかに声掛けたんだ……?
そんな怖かったんなら、黙って離れてりゃあ良かったじゃねえか」

 と、此処でカイジが、この奇妙なむず痒さから解放される為に話を逸らす。
 出来るだけ真剣な顔を魅音へと向け直し、どうでも良いような質問を問い掛けた。

「う~ん、何でって言われても……さっきも言ったけどホント後先考えずだったんだよねえ。
泣き声なんか結構遠くまで聞こえてたし、ほっといたら殺されちゃうかもって考えたら思わずね」
「は……? お前、本当にそんな理由で声かけたのか……? そんな考え無しで……?」
「む、失礼だね。その考え無しのお陰で命を救われたのかもしれないのにさ」

 カイジの無粋な言い様に頬を膨らませる魅音。
 そんな魅音を前にしてカイジはただ純粋に驚愕していた。
 この異常すぎる現状で、怖れを乗り越え他人の為をもって行動した少女。
 考え無しと言ってしまえばそこまでだが、少女の行動はカイジにとっては信じられない程に驚愕の行動であった。

(……何だよ、コイツ………………すげぇ良い奴じゃん……)

 ―――カイジの人生は裏切りの連続だった。
 事の始まりはバイト仲間の連帯保証人になってしまった事。
 バイト仲間は借金を放り出し雲隠れ……その30万の借金は、法外な金利により300万に膨れ上がってカイジの物へとなった。

 そして、始まるは賭博地獄。

 帝愛が元締めとなり開催されるギャンブルに身を投じ、その過程で様々な裏切りを受け、生き延びてきた。
 一度は地獄に落ち、それでも仲間達を救済する為に、自分の生還の為にと戦い、そして最後の最後でまた裏切られる。
 何度自分を犠牲にしようと、仲間の為に何度身を切ろうと、最後には裏切られた。


 エスポワールでも―――、

 『沼』との戦いの時でも―――、

 今までの人生でも―――、



 ―――何時もそうだった。


 そんなカイジだからこそ、魅音の行動が異様なまでに光輝いて見えた。

 他人の為に命を賭すその困難さを知るカイジだからこそ、魅音の行動が崇高なものに感じた。

「……お前、良い奴だな……」
「え? そ、そうかな? 別に普通の事だと思うけど」

 魅音も、そこまで深く考えていた訳ではないだろう。
 ただ単に楽観的な思考回路を有していて、その末にあのような行動を取っていたのかもしれない。
 だが……いや、だからこそ……カイジは尊敬の念を覚える。
 その純粋な思考に、その清流の如く澄み切った思考に……カイジは驚嘆を覚える。

「……園崎っていったな……俺はカイジ、伊藤カイジだ。こんなヤバい状況で何だが……よろしくな」

 だから自然と右手を差し出していた。
 この尊敬の感情を、この喜びの感情を、この感謝の気持ちを少しでも伝えたくて―――カイジは右手を差し出す。
 自分より五つも六つも年下の少女へと、右手を差し出す。

「うん、よろしくね、伊藤さん」

 魅音は、天真爛漫な笑顔を浮かべさも当然のようにカイジの右手を握った。
 心地良い温もりが右手を伝い、カイジの胸中に熱い感情を迸らせる。

「カイジで良いよ……小っ恥ずかしい……!」
「フフ……じゃ、改めてよろしく、カイジさん!」
「ああ、よろしく頼むぞ園崎……」
「あ、なら私の事も魅音って呼んでよ。仲間はみんな下の名前で呼ぶし」
「え……? あ、ああ、分かった……魅音だな、魅音……」
「うんうん、それでOK! 私も名字で呼ばれるの何となく苦手でさ~」

 絶望に一度はくすぶり掛けていた炎が、勢いを取り戻していた。
 少女が見せた希望に、絶望に捕らわれ掛けていた男の心が燃え上がる。

(そうだ……! こんな狂った殺し合いでも仲間はいる……! 俺達は手を取り合い、貴様達と対抗する事が出来る……!
見ていろ、兵藤……俺は……必ず……必ず……お前の前に再び舞い戻る……! この腐った殺し合いをぶち壊し、貴様と決着を付けてやるっ……!)

「見てろよ、兵藤……!」

 無意識の内に口から漏れる決意。
 その瞳の色は、今までも様々な奇跡を打ち出してきた博徒のそれ。
 どんな逆境にあろうと決して諦めず、破戒への道を探し続けた伝説の博徒―――伊藤カイジ。
 彼の新たな戦いが此処からまた始まったのだ―――。



■ □ ■ □



 そして遭遇から数分後、魅音とカイジの二人は森林から移動し、麓にあった住宅街へと足を踏み入れていた。
 互いに周囲を警戒しあいながら歩き続け、手頃な家の中へと土足で入り込む。
 家の内部が無人である事を確認し、二人は互いの持つ情報を交換し合う事にした。

「魅音の知り合いはこの前原ってのと竜宮ってので間違いないのか……?」
「……うん……喚ばれたその二人だけみたい」
「……そうか……」

 殺し合いに参加させられている魅音の仲間の存在を知り、カイジの内には灼熱の怒りが込み上げていた。
 コイツらはまだ年端もいかない子供……社会の汚さも人間の汚さも何も知らない純粋な子供達。
 そんな奴等でさえも、こんなクソみたいな殺し合いに参加させられている。
 死にたくなければ仲間と殺し合えと言われているのだ。
 とっくの昔に理解していたとはいえ、兵藤の度を越えた残虐性に改めて腸が煮えくり返る気持ちであった。

「……カイジさんの知り合いも参加させられてるの?」
「……いや、居ない……筈だ……」
「? ……筈だってどういう事?」
「分からねぇんだ……」
「分からない……?」
「……確かに知った名前はある……でもコイツらは死んだ筈なんだ……! 奴ら帝愛のゲームに参加して……精一杯抗って……死んじまった筈なんだ……!!」

 参加者名簿に記載されていた情報はカイジを混乱の渦中へと放り込んでいた。
 そこに記されていたのは佐原と石田光司という名前。
 この二人は、後のカイジの人生に多大な影響を与えた人間である。
 死と生の狭間に身を置きながらも最期まで他人を思い続けた石田光司。
 死と生の狭間に身を置きながらも最期まで我を失わなかった佐原。
 二人がいなければ自分はあのゲームで死んでいただろう。
 あの二人の姿が在ったからこそ……自分はあのゲームから生還できたのだ。

 ―――そんな二人の名前が、何故かこの名簿には載っている。
 何故か、死んだ筈の二人の名前がこの名簿には載っている。
 カイジにはこの事態が示す意味を理解する事が出来ない。
 幾ら考えれど、この事態について納得のいく説明を浮かぶ事は出来なかった。

「……同姓同名の他人って可能性は?」
「……当然そう……死者が蘇生するなんて事は有り得ない……この佐原と石田光司は全くの別人の筈だ……」
「なら……」
「分かってる……それは分かってるんだ! ……ただ……どうしてもその考えが付きまとって離れねぇ……
もしかしたら二人は生存していたのかもって……それでこのゲームに参加させられてるのかもって……そう、考えちまうんだ……!」

 カイジ自身、同姓同名という可能性に何度も何度も行き着いていた。
 だが、あの帝愛が関わっている以上、この二つの名前が自分と無関係とはどうしても思えないのだ。
 万が一の、億が一の事態が有り得るかもしれない。
 もしかしたらまた二人に出会えるのかもしれない……そんな淡い期待を胸に抱いてしまう自分が居るのだ。

「カイジさん……」
「……悪かった……この名前については考えなくても良い……先ずは魅音の仲間を探す事の方がずっと大事だ……」
「……で、でも……」
「……今は少しでも信憑性のある情報を頼りにした方が良い……全くの他人かもしれねぇ奴等を探す暇があるなら、確実に居る仲間を探すべきなんだ……!」
「……うん、分かったよ」

 カイジは無理矢理に佐原達についての思考を静止させる。
 この二人の正体や、奴ら帝愛の真意なんて幾ら考えれど分かる訳がない。
 今はもっと別に考えるべき事が在る筈。
 この殺し合いを生き延びる為に、この殺し合いを潰す為に、他に考える事が在る筈だ。
 ――そう考え、カイジは思考の矛先を別の物へと移していく。

「……そういえば奴はランダムにアイテムを与えると言ってたな……もしかした
ら何か武器になりそうな物を支給されてるかも……」
「あ、私はもう確認したよ。武器になりそうな物は……このスタンガンだけだね。
まぁ、違法改造されてるしそれなりに心強いんだけど……銃とかが相手だとやっぱり頼りないかな」
「…………俺も……ダメだな。武器になりそうな物は何もない……訳の分かんねえもんばっかだ」
「ん~、武器がスタンガンだけってのも心細いねえ」
「……じゃあ先ずは武器の確保と仲間の捜索に努めよう……魅音の仲間は勿論、他の殺し合いに乗ってない参加者達ともコンタクトを取りたい……」
「うん、その方が良いみたいだね。……よし、じゃあ行きますか!」

 周囲は比較的静かだが、殺し合いはもう開始している。
 もしかしたら既に死者の一人や二人は出ているのかもしれない。
 こうして情報交換をしている一秒一秒でさえ、もしかしたら致命的な事態を引き起こしている可能性もある。
 それに兵藤は七十二時間……つまり三日間というタイムリミットを語っていた。
 仲間の探索に首輪の解除、会場からの脱出……成すべき事は山のように在るのだ。
 時は金なり……いや、この場では時は命なりと言っても良い。
 最低限の情報を交えた二人は、数分の時を過ごした一軒家から早々に出て行った。
 一先ず目指すは最も近い位置にある施設―――図書館。
 カイジと魅音は逸る気持ちを抑えながら、道なりに歩みを進めていく。

 彼等の行く末にはどんな未来が待ち受けるのか―――、
 伝説の賭博師はこの殺し合いでも奇跡を導く事が出来るのか―――、
 曲者揃いのメンバーを纏めるリーダーは仲間と再会する事が出来るのか―――、

 ―――知り得ぬ未来に恐怖を覚えながら、二人は眼前の道を進んでいく。



【一日目/深夜/C-4・住宅街】
【伊藤カイジ@賭博破戒録カイジ】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品×1~3(武器はなし)
[思考]
0:ゲームの転覆を狙う。絶対に殺し合いには乗らない
1:魅音と行動。一先ず図書館へ
2:魅音の仲間、強力な武器を探す
3:「佐原」に「石田光司」……? まさかな……

【園崎魅音@ひぐらしの鳴く頃に】
[状態]健康
[装備]詩音のスタンガン@ひぐらしの鳴く頃に
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品×0~2(武器はなし)
[思考]
0:ゲームの転覆を狙う。殺し合いには乗らない
1:カイジと行動。一先ず図書館へ
2:仲間達を探す。できれば強力な武器も欲しい
3:カイジの仲間も探してあげたい

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