オープニング(妄想実現)

悲鳴と嗚咽。次いで吐瀉物が床を打つ音が耳をつき、柚木は覚醒した。
目を開くと、部屋の中央に横たわっている男が目に飛び込んできた。
男の頭部は内側から爆薬で吹き飛ばされたように形が崩れていて、ところどころから白い頭蓋骨が露出し、脳漿が漏れていた。
ハッサクに釣り針を射して抜いてを繰り返したらあんな風になるだろうか。脳漿は果実、頭蓋骨は果実を覆う薄皮を思い起こさせる。
そんな事を考えながら、柚木は男から漂ってくる血の匂いから顔を逸らした。

部屋を眺めると男や女、老人や若者、肥満や細身、様々な人間が集っていた。
悲鳴を上げ、混乱を呈している者は多くいたが、柚木のように平静を保っている者も決して少なくはない。
隅に蹲っている若く善良そうな女性は、柚木がまどろみの中聞いた嗚咽をもう一度上げ、もう一度吐瀉していた。

とうとう始まったのだ。そう思った。

相互処刑制度。俗にBR法とも呼ばれるそれは、地球の許容量を遥かに超えて増え続ける人間への間引きをスムーズに行うため、
時の日本政府が制定した制度の一つだ。ニ年に一度、国民の中からランダムに二十人から五十人程度を選出し、
最後の一人になるまで殺し合いを強いる。殺し合いがスタートしてから制限時間である三日が過ぎた後、最後まで生き残った一人は、
元の生活に戻る事が出来、日本中から英雄と称えられる。三日経過した時点で、二人以上が生き残ってしまっている場合、
政府の手により生き残り全員が処刑される事となる。

柚木がBR法に選別された旨を示す手紙が届いたのが一カ月程前。東京で開かれた説明会に参加したのが二週間前。
説明会で告知された通り、沖縄のとある町の公民館にやって来たのが昨日だ。
公民館では、説明会で説明されたルールや反則事項の再確認を行い、
それから殺し合いの舞台となる島の地図と参加者名簿が配られた。
十時の消灯と同時に事前に配られていた睡眠薬を飲んで眠りにつき、次の日、船に乗り舞台である離島に移動した。
簡単な食事をとった後再び眠らされ、島の小学校の教室、つまりこの部屋で目覚めた。監督官の説明通りに事が進んでいる。

柚木は上着の内ポケットに手を入れ、事前に準備しておいたハンドガンが収まっているのを確かめ、ほっと息を吐いた。
ここぞとばかりに値を釣り上げるヤクザから大枚を叩いて入手した品だ。出来ればアサルトライフルを手に入れたかったが、
嫁に残さなければならない金を考慮すると、諦めざるを得なかった。


唐突に、天井近くに取り付けられたスピーカーがざらざらしたノイズを発した。
部屋のどよめきは一瞬で静まり、皆が一斉にスピーカーへと視線を向けた。
配布されたマニュアルによるとこれから最後のルール説明が行われ、その後、いよいよ殺し合いが開始される。

いや、その前にこの死体について何か触れられるか……。
柚木は部屋の中央の死体に目をやる。彼はこの死体が何者なのか気付いていた。

『どうも皆さん、お早う御座います。監督官代表の早川です。どうもどうも。最後のルール説明といきたいんですがね、その前にですね、
 皆さんの目の前にある死体についてご説明したいと思います。彼はですね、政治家の金村忠利さんです。皆さんもよくご存知ですね?
 彼はBR……じゃなくて相互処刑制度が制定された年に総理大臣を務めておられた御方です。
 彼はですねえ、相互処刑制度を制定した時は自分が選別されるなんて事、夢にも思わなかったんでしょうね。
 まあ、それも仕方がない事なのかもしれませんね。BR法……ゴホン、相互処刑制度もこの五十年間でずいぶん改定されてきましたからね。
 初めの数回は公務員は選別の対象外でしたからね。ちなみに税金を払いまくった人も選別を免れていました。
 それが今では完全ランダムですから、いい世の中になりましたねえ』

部屋にいる何人かが政府への憎悪を顔に浮かべ、不平不満を呟く。柚木もまた、早川の言葉を聞いて歯が浮くような思いがした。
実際のところ、今ではランダムとはとてもじゃないが言えない選別となっている。
公務員やコネや金を持つ有力者が選別を免れた昔の方が、遥かに公平だった。



「彼、金村忠利さんは選別された事に納得がいかず、彼の後援団体を総動員して現日本政府に抗議を繰り返しておりました。
 東京で行われた説明会にも結局一日も参加せず、昨日の公民館にもとうとう現れませんでしたね。そんな事、我々は許しません。
 許しませんとも。許しませんが、何を言っても参加してくれないものですから、まあ、ちょっとばかし歪な形ですが、
 金村さんには見せしめとして参加して頂きました。ホント言うと、こんな事したら制度的に少し問題があるんですがね、
 特殊なケースとして、私、監督官の権限をちょっと使わせて頂きました。皆さんもこのような形で命を落とさないよう、
 ルールを守り、正しく処刑し合って下さいね」

あくどい台詞をペラペラのたまいやがって……。柚木は胃がむかむかした。

そのままの調子で、早川は今までに何度も繰り返してきたルール説明をもう一度繰り返した。

  • 相互処刑は11月1日正午から11月4日正午までの三日間とする。
  • 三日経過した後、生き残った一人は賞与と人権が与えられ、元の生活に戻る事が出来る。
  • 三日経過した後、二人以上生き残っていた場合、監督官の手により生き残り全てが処刑される。
  • 島の住民や監督官に危害を加える事を禁止する。
  • 島からの脱出を禁止する。また、島の北側に移動する事も禁止する。
  • その他、相互処刑進行に不都合な行動をとる事を禁止する。
  • 禁止事項を犯した者にはペナルティが適用される。


今までの人生通り、するべき事を冷静にこなしていけば、
今回の災厄だって必ず切り抜けられる。……その筈だ。柚木は自分に言い聞かせる。

生まれてから今まで、乗り越えられなかった壁など無かった。
選別された時も、悲観などせずに、絶対に生き残ってやると心に誓った。
事実、そこらの一般人が相手なら必ず優勝できる自信が彼にはあった。
その自信にヒビが入ったのは、昨日配布された参加者名簿を見た時だ。

『では、事前に説明した通りデイパックを配りますね。中にはこちらで用意したささやかな武器と水筒とパン、
 コンパス、ペン、ラジオ、それから島の地図と名簿、マニュアルが入ってます。ラジオではゲームの開始や終了を宣言したり、
 死亡者の報告を3時間毎に放送したりするので、失くさないようにして下さいね』

早川がそう言うと、柚木の正面にある引き戸を開けて、武装した監督官が数人入ってきた。
一人一人にデイパックを配っていく。部屋にいるうち、何人かは彼らを見るなり目の色を変え、口々に喚き立てる。

『はいどうも。皆さん受け取ったようですね。では、五十音順に退出して頂きましょうかね。
 あ、五十音順ってのは"本名"の方ですからね、名簿に載せてある名前ではありませんからね!
 全員が退出した後、正午を持って相互処刑開始をラジオにて宣言させて頂きます。
 それまでは誰かを殺したりしないで下さいよ!それは禁止事項ですからね!』

現在の時刻は10時半。恐らく、ゲーム開始まで隠れ家を探す人間が大半だろう、柚木はそう考える。
や行の柚木の退出は最後の方になる。殆ど全員の本名を把握できるが、その分、身を隠す場所を探す時間が少ない。

『では、トップバッターは伊集院礼人さん!お願いします!』

眼鏡を掛けた痩せ型の青年が無言で立ちあがり、監督官の案内に従い部屋を出ていく。
その体型とぼさぼさの髪も相まって、陰気な印象を受ける。柚木は名簿を眺めながら、伊集院の"名簿名"を推測したところ、
『麻薬中毒者』、『ハッカー』、『脱獄囚』辺りが相応しい様な気がした。
『漫画家』も不健康なイメージがあるので、それっぽい気がする。
根拠もへったくれもない無責任な推測なのだが、今の段階では柚木自身が抱いている偏見に基き、
参加者一人一人を名簿名に当て嵌めていくしかない。危険人物の当たりがつけばいいのだが……。

柚木はふと思い出して、『政治家』に斜線を引いた。『政治家』はすでに死んだ。
どうせなら、『暗殺者』か『スナイパー』辺りが死んでくれれば良かったのに。残り29人。




【参加者名簿】
○アイドル            ●政治家
○アクションスター          ○大学教授
○暗殺者                 ○脱獄囚
○医者              ○探偵
○野人              ○超能力者
○格闘家.               ○天才
○歌手              ○忍者
○狩人              ○ハッカー
○吸血鬼.               ○富豪
○巨漢              ○魔法使い
○警察官.               ○麻薬中毒者
○サイボーグ              ○漫画家
○侍                ○ヤクザ
○住職.                ○傭兵
○スナイパー            ○霊媒士

名簿を見る度、呆れてしまう。よくもこれだけバラエティ豊かな人材を集めたものだ。
人気のあるアメコミヒーローを集め、最も強いものを決めるという映画を見た事があるが、
今回のBRの参加者選出にも、その映画と似たようなB級臭さが感じられる。
国民の中からランダムに選出するというのは間違いなく嘘。それは薄っぺらな建前でしかない。

生き残りを予想するトトカルチョでは、
数々の戦場で武功をあげた歴戦の英雄『スナイパー』が一番人気、
ノーベル賞を受賞した若き天才物理学者『大学教授』が二番人気
彼らに次いで、豊富な財力で強力な銃器を揃える事が出来る『富豪』や
数々の難事件を解決へ導き、世界最高の頭脳と称される『探偵』、
獣として育ち、密林の帝王としてアマゾンに君臨する『野人』などが票を集めている。

殆ど詳細不明の人物なのだが、何かしらのロマンを掻き立てられるのか、
『暗殺者』、『吸血鬼』、『サイボーグ』、『超能力者』、『忍者』、『魔法使い』、『霊媒士』なども票を集めている。
ヤケクソになったファンが票を投じまくった『アイドル』や『歌手』もかなり人気だ。

『医者』など後ろから数えた方が早い。そりゃそうだ。人を治す医者など、殺し合いからは最もかけ離れた職業だ。
だが、医者は医者でも、柚木は外科医。人の身体を弄くりまわしてきた経験は、殺し合いの場においても役に立つだろう。
そう思うと、柚木の自信に走ったヒビが消え、絶対に生き残ろうという思いが強くなる。

『では、最後に柚木敏夫さん。頑張って下さいね』
柚木は名簿をジャージのポケットに押し込み、誘導する監督官に着いていく。
「……なあ、あんたは誰に賭けた? 教えてくれないか」
 なんとなく、前を歩く監督官の背中に話しかけてみた。
「私は『格闘家』に賭けました。『スナイパー』や『富豪』もいいですけど、もう年でしょう?
 『暗殺者』が人気なのもヤラセと偏向報道の結果でしょうしね。
 『探偵』は頭はいいんでしょうけど、なんだかオタクっぽくて運動不足そうだしね」
「なんだ、あんたは消去法で『格闘家』を選んだのか?」
 そう言うと監督官は振り返り、自分の頭をつつきながら自信満々に言った。
「総合的に考えての結果ですよ。見たところ若いし強いし度胸もある。ある程度考える脳味噌もあるでしょうよ。だからです」
 すると、格闘家は若い男性なのだろうか。監督官など政府関係者のみが誰が誰なのかを知っている。
思わぬところでいい情報を貰ったのかもしれない、柚木は心中でほくそ笑む。

「でも彼は他の参加者に比べて無名だし、案外弱いんじゃないか? それに、銃相手に拳で立ち向かうのは厳しい気がするがね」
「格闘家が銃を使ったら駄目っていうルールはないでしょう?」
「そりゃそうだな」
「なんとか手に入れていますよ。絶対。総合的に考えて最も潜在能力が高いのは間違いなく彼なんです」
 そう言い切り、監督官は柚木を小学校の外に追い出した。
「頑張って下さい。健闘をお祈りします」
「ああ。三日後また会おう」
 監督官は一瞬面食らったようだったが、すぐに噴き出して、柚木に頭を下げた。

【政治家・金村忠利 死亡】
【残り29人】

GAME START 投下順 [[]]
GAME START 柚木敏夫 [[]]
GAME START 金村忠利 死亡

GAMESTART 早川 [[]]

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最終更新:2011年04月09日 23:24
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