22:怖心忘我
「……」
険しい表情のままであった。柴犬獣人の青年三枝嘉隆は。
森の中で一人の男を殺害した後、他の参加者の姿を捜している内、いつしか彼は広い公園へと来ていた。
ブランコや滑り台、小規模ながらアスレチックも存在している。
だが遊んでいる子供も家族連れもカップルも今はいない。
「……!」
そして一人の和服姿の老人を発見する。
イングラムM10短機関銃を握った右手にぐっと力が入った。セレクターはフルオートにしてある。
銃口を相手に向けて撃てば良いのだ。そうすれば相手は蜂の巣だろう。
嘉隆はそう考えていた。
「ん?」
老人――額賀甲子太郎が嘉隆に気付く。そしてその手に銃らしき物が握られているのにも。
(…むう。どうも友好的では無いな、あ奴も殺し合う気でいるのか?
全く…病院の時の紫前少年と言い、どうしてこうも馬鹿な事をする若者が多いのか)
病院にて自分に襲い掛かった虎少年と目の前の殺気立たせている柴犬青年を重ね、
嘆息を吐く甲子太郎。そして手にした仕込杖をいつでも抜刀出来るよう構える。
「……うおああぁあ!」
嘉隆がイングラムM10の銃口を甲子太郎に向け、引き金を引いた。
ダダダダダダダダッ、と、銃弾が発射された。
だが、そのほとんどが、甲子太郎の少し前の地面に当たったり、空気を切り裂くのみに終わる。
イングラムM10は弾をばらまくのが前提の短機関銃で射程距離も命中精度も低い代物である。
近距離ならば絶大な威力を発揮するが、それには嘉隆と甲子太郎の距離は離れ過ぎていた。
そんな事知る由も無い嘉隆はなぜ一発も当たらないのか不思議に思いつつ再度射撃を開始した。
ダダダダダダダダダダッ
今度は僅かに甲子太郎を捉えるも、老人とは思えぬ身軽さで銃弾を回避され、またしても当たらず。
そうこうしている内に弾が切れた。非常に早い連射サイクルのためマガジンが空になるのも早い。
「くそっ!」
嘉隆が悪体をつきながらマガジンを交換しようとした。
「遅いよ」
だが次の瞬間には仕込杖を抜刀した老人が自分の目の前まで迫り――――。
ガキッ!!
イングラムM10が嘉隆の手から弾き飛ばされ、直後、強烈な蹴りが嘉隆の腹に入り、
彼は数メートル後ろに吹き飛ばされブランコの柵に背中を強か打ち付ける。
「がぁっ! げほっ、ゴホッ、う゛、ぅうううう! ぉのお…クソジジイ!!」
激痛に耐えながら、腰の辺りに差した自動拳銃シグP210を引き抜こうとする嘉隆。
「無駄じゃ無駄じゃ。お前さんではわしには勝てんよ」
「…何だと? どう言う事だよ」
「ふっふっふっ…年の功と言う奴じゃ」
「……(何だよこの爺…イラつくな!)」
この上無く余裕かつ優位な様子の老人を牙を剥き出し憎悪する柴犬青年は、
シグP210を取り出し銃口を甲子太郎に向けた。
「なあ、殺し合いなどやめんか? あんなどこの馬の骨とも知れん包帯男の言う事を聞く事などなかろうて」
「うるせえんだよ!! …じゃあ聞くけど、あんた何か考えあんのかよ? この殺し合い止める方法を?
何か考えあんのか!? なあ!?」
「いやあ、無いな」
「…ハァ? 馬鹿じゃねーの! 何も考えねーくせに殺し合いすんなとか言うのかよ?
首に爆弾付いた首輪はめられてんだぞ! 逃げたら死ぬ、無理に外そうとすれば死ぬ、殺し合いしなくても死ぬ!
……殺し合うしかねーだろ? それしか生き残る道が無いってんなら俺はそうするよ!!
それにな、俺はもう、一人殺してんだ、戻れないんだよ!!」
「……!」
既に殺人を犯していると言う柴犬青年に、甲子太郎の表情が引き攣る。
「死にたくねぇんだよ! こんな所で! 死んでたまるかァ!!」
ダァン!!
はずみでP210の引き金を引いた。銃弾は甲子太郎の左頬を掠め、血が流れた。
(! …今のは危なかったな…しかし、この男…説得は無理か?)
「ハァ、ハァ、ハァ、誰にも邪魔させねぇ! 殺してやる! 殺す! 殺す! ヒャハ、アハハ!!」
血走った目で涎を垂らし、凄まじく興奮しながら、嘉隆は言った。傍から見ればとても正気には見えない。
そして再び発砲した。今度は甲子太郎の頭上の空気を切り裂くのみに終わる。
「ぶっ殺して――――」
カチッ
「……?」
更に発砲しようとした時、嘉隆は違和感を感じる。そしてP210を見る。
スライドが後退したまま固定されている、つまり、弾が無くなった事を知らせていた。
先刻森の中で一人殺害した時、P210の中に入っていた8発の内6発を使い、残りは2発になっていた。
それを嘉隆は失念していた。そしてその隙を甲子太郎は逃さなかった。
一気に距離を詰め、仕込杖を嘉隆の胴体目掛け横に思い切り薙ぎ払う。
鮮血が地面に飛び散った。
「…あ、ァ、ああぁあ!! ぎゃひぃあ゛っ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
ドクドクと血が流れる傷を押さえ、嘉隆は布を裂くような悲鳴をあげながら地面に倒れのたうち回る。
「ぎゃあぁあああああぁああぁあ!!!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!! い゛っ、アぁぁああああああ!!!!!」
「……残念だが、お前さんを生かしておくのは危険だ」
冷厳な口調で、嘉隆を見下ろしながら甲子太郎が言った。事実上の死刑宣告。
そして、仕込杖の刀身を、嘉隆の胸元に突き刺した。
ビクンッと身体がはね、それを最後に、三枝嘉隆は動かなくなった。
「やってしまった……」
出来れば殺したく無かった。この青年も、結局はこの殺し合いの犠牲者の一人。
死にたくないと言う思いから自分を見失い凶行に走ってしまった。それは紫前少年にも言える。
そしてこの青年や紫前少年と同じような事になっている参加者が他にもいるのかもしれない。
もっとも、自ら好んで殺し合いを行う者もいるのだろうが。
「…全く…本当に酷いゲームじゃ」
この殺し合いの主催と思われる男、宮原克行に対し、甲子太郎は改めて怒りを露わにした。
【三枝嘉隆 死亡】
【残り28人】
【朝/F-5公園】
【額賀甲子太郎】
[状態]左頬に傷
[服装]着物
[装備]仕込杖
[持物]基本支給品一式
[思考]
1:殺し合いを止める。首輪をどうにかしたい。襲われたら戦うが出来るだけ殺したくは無い。
2:……。
[備考]
※紫前武尊を知っています。
最終更新:2011年04月02日 22:30