シン・アスカはその光景を呆然と見詰めていた。
赤色と白色が交差し、激突し、弾け飛ぶその光景。
最初はシンもこの光景が何なのか理解できなかった。
ただシンとてモビルスーツを駆り、幾数の戦闘を戦い抜いてきたエースパイロットである。
高速戦闘ならお手の物。
最初の内は見えなかった戦闘も、観察を続ける事によって大体の把握が可能になっていた。
この赤色と白色の正体は、
(―――人間!?)
それは人と人との戦いであった。
赤色のコートを纏った男と白色のコートを纏った男が、戦闘を行っていたのだ。
人間離れした速度を以て繰り広げられる戦闘。
その戦闘は、遺伝子操作を受け身体能力を引き上げられたコーディネーターであるシンからしても、異常の一言であった。
殺し合いを止めようと決意していたシンだが、この戦闘には流石に口を閉ざす。
介入など出来る筈がない。
モビルスーツの一機でも用いなければ、こんな化け物達の戦いなど止められるとは思えなかった。
眼前の男達は本当に人間なのか、どうかしら疑わしくなってくる。
少なくともシンには、そう思えた。
そんなシンを傍目に戦闘は熾烈さを極めていく。
どうやら白コートの男が劣勢に立たされてきているようだ。
(どうする……?)
シンは思案する。
殺し合いは止めようと思う。
こんな殺し合いなど間違っているし、こんな殺し合いで人が死んで良い筈がない。
だから、出来る限り殺し合いを止めようとシンは決意していた。
だが眼前で繰り広げられる戦いはどうだろう?
自分が止められる範疇を超越している。
充分な装備があったとしても止められる気がしない。
仮に片方が敗北し殺害される事態になったとしても、自分は割って入れるのか。
止めろ、と。
勝負はついた、これ以上やる必要はない、と。
あの戦闘に勝利した化け物の前へと立ち塞がれるのか。
(―――無理だ)
考えるまでもなかった。
心の奥底から感情が圧し上がり、その愚考を否定する。
それは圧倒的な『死』の感覚であった。
(殺されるのが……落ちじゃないか……)
シンとて何度も命賭けの戦場に立ってきたエースパイロットである。
だが、違う。
戦場で感じる恐怖とはまるで違う。
あのフリーダムとだって戦い合う事はできた。
だが、眼前の化け物達は違う。
次元が違うのだ。
自分など抵抗もできずに殺される。
何をどうしようと敵う筈がない敵。
その先に待ち受けるのは、絶対の『死』。
「……あ……」
恐怖に揺れるシンを置いて、戦場は変調を来していた。
化け物達の戦いに大声を上げて横槍を入れる、これまた赤コートの男。
飄々とした風に声を張り上げ、小馬鹿にするかのような軽い態度で化け物達を前にする。
止めろ。
殺されるぞ。
頭で叫べど、身体は動かし方を忘れてしまったかのように動かない。
シンは、この心に巣喰う感覚に覚えがあった。
たった数年前に感じた絶望。
抗う事もできず、逃げる事しかできなかった。
逃げて、逃げて、逃げて―――だけど、逃げ切れなくて。
みんな死んだ。
母が、父が、妹が。
爆炎の中に消えていった。
あの、感覚。
自分の弱さを思い知らされた、あの時の感覚。
だから、強くなろうと、決意した。
そして決意のままに、力を付けてきた。
強くなった筈だった。
その振り方を間違え、道を踏み外しそうにもなったが―――それでも力は付けた。
力の振り方は間違ってしまったが、力は付けた筈であった。
その筈なのに、
また、思い知らされた。
所詮、自分の力はちっぽけなものなんだと。
「……ああ……」
そして、シンの視界の中でソレは行われた。
乱入者に対して執行された一方的な殺戮劇。
二人の化け物が一斉に乱入者へと襲い掛かり、その胴体を素手で貫く。
戦慄すら覚える光景だった。
膝が、折れる。
視界は下へ向き、這い蹲るように身体が落ちる。
無力感が身体から力を奪い取り、吐き気が込み上げる。
モビルスーツの戦闘とはまるで違う、余りに生々しい人の『死』。
自分は動く事も声を上げる事もできなかった。
誰も殺させないと決意したのに、
その筈だったのに、
自分はまた何も出来なかった。
「……あ、あああ……」
家族を失った時と、
ステラを失った時と、
自分は、
何も変わっちゃいない。
「…………あああああぁぁぁあああああああああああああ…………」
涙が溢れ出していた。
何時の間にか戦闘を行っていた化け物達は何処かに消えていた。
残されたのは無力に打ちひしがれる少年と、腹に貫通傷を創った物言わぬ死体だけであった。
◇
(埋めて……あげよう)
虚ろな表情でシンが立ち上がったのは、絶望の現実から数分後の事であった。
ふらふらと頼りない歩調でシンは死体の方へと近付いていく。
そこにはやはり惨劇があった。
死体から漏れた血液だけで地面は真紅に染め上げられ、小さな水溜まりが形成されている。
これを惨劇と云わずなんと云うのか。
「……ごめん、俺、何もできなかった」
死体に触れるシン。
ふと、思う。
自分と同じ立場に立った時、『彼』だったらどう行動していたのか。
フリーダムを駆り、数多の戦場に乱入しては誰も殺さずに場を収めようとしていた『彼』。
未だにそのやり方が正しいとは思えない。
だが『彼』の気持ちは知った。
『彼』は何処までも優しいだけだったのだ。
だから、誰も死なないよう、誰も殺させないよう、力を振るった。
自分同様、その力の振るい方は間違っていたのかもしれない。
でも、自分と違い『彼』には信念があった。
決して揺らぐ事のない信念が。
そんな『彼』は決して敵う筈のない敵を前にした時、どう行動するのだろう。
『彼』―――キラ・ヤマトは。
「ごめん……本当に、ごめん……」
シンは涙を止める事ができなかった。
拭えども拭えども、涙が溢れてくる。
その涙は、自分の無力さに対しての涙なのか。
何度も流し、その度にもう流さなくていいように強くなろうと決意をしてきた。
その決意に見合う努力はしてきたつもりだった。
なのに、現実は幾度と立ち塞がる。
自分の非力さが、許せなかった。
「ヘイ、何で泣いてんだ少年」
不意に、声が聞こえた。
それは本当に直ぐ近くから聞こえたようにシンには感じた。
だが、シンは声の方向に顔を上げる事ができなかった。
ただ声に含まれた純粋な疑問に、言葉を返す。
「……人が、死んだんです」
「Oh……そりゃ大切な人だったのか?」
「いえ……知らない人です」
「? なら何で泣く。知らない奴が死んだところで、お前にとっては痛くも痒くもないだろうが」
「……救えたかもしれないんです……俺にもっと力があれば……!」
問答は続く。
シンからすれば胸中の感情を吐露するだけの、
質問者からすれば純粋な疑問を解決する為だけの、
そんな問答。
「そんなもんかねぇ……」
質問者は知っている。
家族の為に流す涙というものを。
ある所に、力に心を囚われた人間がいた。
その人間は、力を手に入れる為にと妻を悪魔に差し出した最悪の男であった。
そんな男には娘がいて、娘は父親であるその男を殺害する為に力を付けていた。
そして、娘の銃弾は男の命を捉えるに至り、男は死んだ。
どうしようもなくゲスで心根の腐ったに人間であったが、娘はそんな男の死に涙を流した。
家族だからだ。
どうしようもなくゲスで心根の腐った男であっても、それは娘にとって父親であったからだ。
だから、涙を流したのであろう。
質問者にも、兄がいた。
一生理解できないであろう、決して分かり合う事のできないであろう兄であった。
何度も言葉を交え、何度も殺し合った。
結果として、兄はもう二度と出会う事のないだろう世界へと堕ちていった。
おそらくは永遠の離別。
そして質問者は、涙を流した。
兄との離別に、思えば頬を涙が伝っていた。
家族だからだ。
一生理解できないであろう、決して分かり合う事のできないであろう男でも、兄であったからだ。
だから涙が流れたのであろう。
質問者は家族の為に流す涙を知っている。
だが、シンの流す涙の意味は分からなかった。
知ってみたいと思った。
他意はなく、ただ純粋に知ってみたいと思った。
だから、質問をし、話を聞いた。
話を聞いて、でも分かる事はできなかった。
ただ、漠然と本当に何となくではあるが、理解のとっかかり位は掴めた気がした。
だから、質問者は無言でシンの肩へ手を置いた。
俯いていたシンが、顔を上げた。
その顔には変わらぬ涙が流れていた。
そして、
「う、うわああああああぁぁぁぁあああああああああ!!?」
「うお!?」
何故だが、物凄い勢いで驚かれた。
いや、シンからすれば当然だろう。
死んでいたと思っていた男が、平然と立ちあがっているのだから。
これで驚くなという方が無理である。
実の所いうとシンが死亡したと思っていた人間は、普通に生存していたのだ。
二人の化け物から腹を貫かれて、それでも生存せしめている。
男の正体は悪魔と人間のハーフである半魔半人―――ダンテ。
シンはそれに気付かず自らの罪を責めた。
そしてダンテは純粋な疑問から質問を投げかけた。
それは、奇妙な奇妙な出会いだったのかもしれない。
数多の挫折を知り『涙』を流しては、強さを求めるコーディネーターと、
無類の強さを誇りながら、人間が流す『涙』の意味を知りたがる悪魔と人間のハーフとの、
奇妙な出会い。
今はただ驚きだけが二人を包んでいた。
【一日目/深夜/A-3・森林】
【ダンテ@Devil May Cry】
[状態]腹部に貫通傷(治癒中)
[装備]フランベルジェ@とある魔術の禁書目録
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品×0~2
[思考]
0:何でそんな驚いてんだよ…
1:殺し合いを止める。ひとまずは他の参加者と会いたい
2:傷が治るまで休息をとる
3:赤コートの大男(アーカード)と白コートの男(レガート)を警戒
[備考]
※制限の存在に気が付きました
※Devil May Cry3終了直後から参戦しています
【シン・アスカ@機動戦士ガンダムSEED DESTINY】
[状態]健康、驚愕
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品×1~3
[思考]
0:ゆ、幽霊!?
1:殺し合いを止める。誰も殺させない
2:キラ・ヤマトと合流したい
[備考]
※原作スペシャルエディション終了後、オーブでのキラとの和解後から参戦しています
最終更新:2011年03月17日 20:31