06 小説


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【1日目・夜・谷間の小径・須鹿満千夫】
 よろめきもつれる脚に、なんとか力を込めて、緩やかな坂道を走る。
 走ると言うより、よろめくという方が正確だろうが、本人としては走っているつもりなのだ。
 下生えの草が脚に絡まる。それを無視してさらに走る。
 いつ、後ろから撃たれるか。そう考えると、足を止める事など出来ない。
 はじめの場所、つまりは、例の鉄の棺から起きた最初の場所で、独りの中年と少女を見かけた。
 蹲り、這い蹲っていた茂みの中から様子をうかがうと、そこに居たのは、まるで絵本か何かから出てきたような、女の子だった。
 彼女が、中年の男の顔を伺うようにして声を掛ける。
 中年男は、何を考えているのか、惚けたようにして少女を見ている。
 いや、見ては居なかった。どうやら何かを思い出しているのか、或いは見とれているのか。
 視線は少女に向いているのに、少女のことは見えていなかったのだ。
 何故そうだと分かったか。
 少女はごく自然な動きで、中年男の足下に置いてあったバッグの、その口からはみ出た木の柄を握ると、それを引き抜いた。
 それは、錆びた鎌だった。所謂、草むしりなどに使う、小さな鎌。
 持ち手の具合を確かめるように数度握りしめると、それを何のためらいもないかの素振りで、中年男に対して振るったのだ。
 男は、それでも何が起きたのか把握できておらぬようで、再びの少女の鎌を受ける。
 そこでようやく、ひぃ、とも、ひゃあ、ともつかぬ、息の抜けるような声をあげて、よたよたと走り出した。
 少女はそれを追う。
 そして、ミチオも又、追い立てられるかによたよたと走り出す。
 中年男は、ミチオの潜んでいる草むらの方へと逃げてきたのだ。

 ミチオが走る。
 その後ろを、中年男が逃げる。
 そして、恐らくその後ろを、あの少女が追っている。
 ギャングスタもどきの小太りの男の後ろに、くたびれた中年男が走り、その後ろをフリルの付いたドレスを着た少女が、錆びた草刈り鎌を手に追いかけてくる。
 傍目に見れば、どうしようもなく間抜けで、現実味のない光景だったろう。
 だがしかし、ミチオは必死だ。必死で走り、逃げまどっている。

 そのミチオがビクリと立ち止まったのは、谷間になった獣道の途中で、だ。
 パン、と高い音。 
 初めて聞く音であった。
 しかしその、初めて耳にする破裂音が何なのかは、ことこの状況では、容易に見当が付いた。
 銃声。ドラマや映画のそれに較べて、遙かに軽い、まるで風船が割れたようなその破裂音は、銃声なのだ。
 ミチオは慌てて、径の横にある木の陰へと入り、また四つんばいになって茂みを掻き分ける。
 とにかく、その誰かに見えない場所にいかねば。
 自分が撃たれたのかどうかも分からぬのに、そう思った。
 そう思ったはたからさらにパン、パンと音がして、ミチオは速度を上げて這い進んでいった。

【1日目・深夜・寂れた作業場・須鹿満千夫】 
 開けた丘の上に差し掛かり、ミチオは出るべきかどうか迷う。
 迷うが、この丘を進まなければ、背後の雑木林から銃を撃った何者か、或いはあのフリルを着た少女が、追いかけ迫ってくるかもしれない。
 そう思うと、居ても立っても居られない。
 立ち止まり逡巡したのは数秒。ば、っと大股に走り出す。
 走り出して、丘の高いところに着て、ミチオはほっとする。
 建物が見えたのだ。
 半ば廃屋のようなその建物に、ミチオは何とか駆け込もうと必死になる。
 とにかく遮蔽物がある事が有り難い。
 そう思って入ったはなから、今度は拳銃の銃口を向けられることになる。

 ケイイチと名乗った、いかにも粗暴そうな男に言われ、ミチオは正座をさせられている。
 ヤクザだ、という。見た感じ、痩せて貧相な体つきだが、そう言われると何とも言えぬ凄味があるように感じられ、ミチオは目すら合わせられなくなる。
 拳銃を片手に、ケイイチは得々と語り出す。
 仲間になれ、手分けをして他の連中を殺そう。
 多分、大きく口を開いていた。
 ぽかん、とするとはこのことだと思う。
 何を言っているんだ、この男は? そう思うが、口には出来ない。
 混乱した頭の中の奥、その一部が妙に落ち着いて冷静に、男の言葉を咀嚼する。
 なるほど、こいつ、俺たちを手下にしてポイントを集めさせる気だ。
 1人100点持たされているポイント。終了時には、100万円分になるという話。
 馬鹿げた殺人ゲームの賞金にしては、安い。
 いや、ミチオも含め (そしてさっきの言によれば先に座らせられていた2人も)、この殺人ゲームに参加させられているものが皆殺人者だというのであれば、成る程殺人者の命など安いものなのだろう。
 だが、そういう問題ではない。
 安いから、高いから、という問題ではない。
 即物的というかなんというか、疑いもせずそれに乗ることも含めて、ミチオにとってこの男は、異常な人間だった。
 誰が好きこのんで、人を殺すものか。
 そう思うが、しかしではどうすれば良いのか?

 男は、二組に分かれる、と言った。
 ミチオと、横にいる小男。そしてケイイチとその向こうの女。
 南北に別れて殺して回り、昼の12時にもう一度ここへ来い、という。
 そして、ミチオ達がちゃんと戻ってくるようにと、今持っている100ポイントを取り上げた。
 0点のまま逃げ回っていても、終了時にはまず基本の100ポイントが取り上げられる。
 100ポイントが無ければ、元の生活には戻して貰えないという。
 それはつまりどういう事か?
 考えたくない。考えられない。
 こんな殺人ゲームを企画する者達だ。それがただ単に「帰れない」というだけのものとは、とうてい思えない。
 となれば、誰かを殺して少なくとも100ポイントを奪うか、やはりここに戻ってきて許しを請うか……。
 どちらも、考えたくなかった。

「行けよ、デブ、チビ!」
 追い立てられるようにして、ミチオ達は作業場を出る。
 またもどたどたと走り出し、小男と連れ立って外へ出て、ミチオはとにかくまずは、この作業場から早く離れたかった。
 しかし。
 数メートル走ったところで、もう1人の小男が側にいないことに気付く。
 振り返ると、小男は外に出てはいるが、まったく作業場から離れていない。
 建物の周りをうろうろとぶらついているのだ。
 早く逃げたい。ミチオはただそのことだけを考えていた。しかし、ケイイチに指定されたこの相方は、何をのんびりしているのか、逃げる気は無さそうだ。
 恐る恐る、再び作業場に近づく。
 小男は何かを探しているようだった。何を探しているか分からないし、何で探しているかも分からない。何かを落としたのか、とも思ったが、それを問うのも躊躇われた。
「自称…ラッパー」
 視線も向けず、小男がそう語りかけて来た。
「じしょ…自称、じゃねー…よ」
 反射的にそう返すが、思いの他声が響き、小声になる。
「友達、殺したの?」
 さして大きくないボリュームの声だが、やけに通って聞こえる。
 言われて、ケイイチの言った事を思い出す。
 3人のうち、ミチオ以外の2人は、事故や過失ではない。殺し、をしたのだという。
「あれ…は、けど…事故…だけど……」
 殺した。
 その事を思い出し、ミチオはまた、頭がぐらぐらし始める。
「須鹿満千夫。男、23歳、無職。
 罪、交通事故による過失致死。
 備考、自称ラッパー。
 間違いない?」
 小男がそう続けた。
 ミチオはその言葉が浸透するのに時間が掛かった。
「間違いない?」
 重ねて問われ、うんうんと首を縦に振る。言葉が出ない。自称、は余計だが、確かにその通りだ。
 そこで漸く、小男は地面に落ちていた何かを拾い上げてから、上を向いてぼそりと呟く。
「じゃあ、やっぱあいつはヤクザじゃない、か…」
 ミチオには全く脈絡の分からぬ流れだったが、小男はそれで何かを納得したようだった。
 暫く、空を見上げたまま思案して、それからやおら背を伸ばし、手に持った棒状の物、――― 土の付いたスコップだ ――― を持って作業場の中に入っていく。
 何を、する気だ?
 ミチオがそう疑問に思ったそのとき、ばこん、という大きな音が聞こえてきた。

【1日目・深夜・寂れた作業場】
 ばこん、という大きな音がした。
 ぐらん、と頭が揺れる。
 痛み、というより衝撃で、音が頭蓋の中をはね回っているようだった。
 多分、数歩よろめいた。よろめいたことが自覚出来た直後に、再び衝撃が響く。
 鼓膜の中でうわんうわんと増幅されたものが、三半規管を通じて脳を揺らす。
 熱い。耳から、顎から、そして後頭部と、熱が広がる。
 目の前に黒い壁があった。地面だ。倒れていたのだ。ばたばたと手足を動かし…たつもりになり、横目に背後を見る。
 人が居た。小さな黒い影が、月明かりの逆光に浮かび上がる。
 貌は見えない。見えないが、こいつはさっきのチビだ、と分かった。
 おかしい。こいつとは組んだはずだ。瞬間そう疑問が浮かんだが、すぐに真っ赤な膜に覆い隠され、そのまま潰される。
 ケイイチは、幼い頃からほとんどの場面で、間違えた選択をし続けてきてしまった。
 その結果この島へ来て、人を殺せと命じられ、そしてまた、ここで命を落とす事となった。
 最初に間違えたのはいつのことなのか。
 酒乱で貧乏な父親の家に生まれたことか。小学校の頃に友達の格好良い筆箱が羨ましくて盗んだことか。
 中学の頃に唯一仲の良かった友人が虐められているのを、見過ごして逆に虐める側に付いたことか。ほとんど不良しか居ない工業高にしか入れず、そこも半年で中退したことか。
 先に中退した先輩のつてで、ヤクザの下働きで金を稼ぎ始めたことか。そこで扱っていた商品に手をだし、あまつさえ横流しをしてしまったことか。その結果、人を殺したことか。
 瞬時に浮かんでは消えていったそれらの記憶が走馬燈というものなのかどうか、分かりはしない。分かりはしないが、やはりどれもこれも、ろくなでもない記憶ばかりだった。
 最初に間違えたのはいつのことなのか。
 誰からも答えを得られぬまま、ケイイチは喉からちをごぼりと吐き出し、数度痙攣して絶命した。


 静かだった。
 静かなこの空間に、荒い息だけが微かに響く。
 ミチオは、今度ばかりはまるで動けずに、ただひっくり返りそうな胃の痙攣だけが彼を現実に繋ぎ止めている。
 殺した。間違いなく、あの小男はひょろりとしたヤクザを、殺した。

 泥の着いたスコップを手にして、のっそりと作業場の中へ戻る。
 どうにも出来ず、まごついているウチに、大きな音がした。
 逃げたい。ミチオは瞬時にそう思った。逃げたい。しかし、何故だか脚がまともに動かない。
 へたり込むよう、這い蹲るようにして、何とか手足を動かしていると、結局大きく開いた作業場の入り口の前に来てしまった。
 そして、見た。
 女が、作業台の上に居た。乱れた髪と服に、露わにされた乳房と太腿が、月明かりになまめかしく映った。
 しかし、その目は大きく見開かれ、地面のある一点を見つめている。
 そこに、それがあった。
 赤黒い色に染まる、見覚えのある安っぽい柄シャツ。
 ついさっきまで生きていたはずのモノ。
 今度こそ、ミチオは一歩も動けなくなった。動けず、ただ息が苦しくて、喘いでいる。
 女がいつの間にか居なくなっていたが、そんなことはどうでも良かった。とにかくミチオの視界にあるのは、あの赤黒く染まった痩せたヤクザだったものと、その傍らでスコップを杖代わりにして荒く息をしている小男だけだった。

 数分、或いは数十分。
 どのくらいの間か分からぬが、時間が止まったかのようにそうしていた。
 気がつくと、スコップを持った小男は、ミチオの正面に来て座り、相変わらずの暗い目でこちらを見ている。
 蛙に似ているな、等と不意に思った。座り方もあるし、平たく丸い顔と、少し離れ気味の目が、両生類のそれを連想させる。
 そう言えば、ひょろりとしたあのヤクザは、何とはなしに蛇のような印象もあったかもしれない。となると、蛇に丸呑みにされる前に、蛙がその首を落としたという事か。
 そんな事を呆然と、そしてとりとめなく考えているこの時点で、既にミチオは当初の混乱からは落ち着きつつも、同時に現実感を失っていたのだろう。
 目の前のこの蛙じみた小男は、ついさっきスコップで人を殴りつけ、さらには喉を切り裂いて殺したばかりだというのに。
「…モトヤマ、だ」
 ミチオの意識が自分に向けられていることに気がついたのか、男は口を開く。
 数秒考えて、それが自己紹介なのだと言うことに気付く。
「俺は、アンタと違う。事故じゃない。俺の意志で、人を、殺した」
 ゆっくりと、けれども明確に、一音一音を区切るように、そう語る。
 ひぐ、と、息を飲み込む。
 殺した、というその言葉が、急に重く、現実味を帯びてきた。
「さっきの、あの女…。アイツも、だ。アイツは、惚れた男にダマされて、揉めて、殺した。まあ、痴情のもつれ、ってヤツだ」
 一瞬、僅かに悩ましい様な表情をして、それからまたゆっくりと言葉を探す。
「コウヤマ…この男は、ただのチンピラ。ヤクザってのは嘘だ。盃貰ってるわけじゃない。武勇伝も、まあ多分大嘘だろう。カチコミだので斬った張ったしてたって事も無いだろうしな。
 多分、ドラッグの売人か何かやってて、その流れで、誰かに無理矢理吸わせるか何かして、殺しちまった。
 ただの、馬鹿なチンピラ…だろう」
 ミチオは思い返す。そう言えば、さっきといい、何故このモトヤマという男は、人のことをこんなによく知っているのだろう?
 その疑問に答えるように、男は来ていた自分のベストの内ポケットから、手帳を取り出す。
「どーもね。この企画運営している奴らは、何か含みがあるんだかな…。
 俺のバッグに、こんなもんが入ってた」
 見せられたそれの表紙には、「参加者情報」 と書かれている。
 バラパラと捲られるその中身は、名簿のように人名と、いくつかの情報が書かれており、そこには自分の名前も、さっきのケイイチという男の名前もある。

 庚山啓一 (コウヤマ・ケイイチ)
 男・24歳・組織暴力団の準構成員
 罪:薬物の過剰摂取を促しての暴行過失致死

「俺、についての情報も正しかったし、アンタやあの女に関しても正しい…みたいだった。
 となれば、まあこのコウヤマに関しても、ヤツ本人の口から出た事より、このリストの方が恐らく正しい…だろ?」
 そう、なのだろう。唐突に1人2人、或いは数人に関してのみ嘘情報を入れておく、というのも何か不自然だ。嘘を書くならこんなものを渡す必要は無い。いや、混乱させたいだけかもしれないが、そこまでややこしく、裏の裏まで勘ぐろうというのは、ミチオには出来ない。
「だから、こいつは、排除した」
 その言葉に、得体の知れぬぞっとした響きを感じ、ミチオは少しだけ後じさる。
「…お前は、殺さんよ」
 その僅かな動きを感じ取ってか、モトヤマが言う。
「お前は、俺のストーリー上、殺さない。あの女も、さ。
 俺のシナリオじゃ、俺が殺すのは、こいつみたいな、他人を殺して稼いでやろう、と考える。そんなヤツだけだ」 
 なんで? そう口から出そうになるが、声がかすれて言葉にはならない。
 ならないが、モトヤマはその疑問を読み取ってか、続けてこういった。
「この話は、最初に俺が考えた。だから、俺がエンドマークをつける」
 ミチオにとってその答えは、ますますこの男を不気味で理解不能な存在にするものにしかなっていなかった。



【参加者資料】

須鹿満千夫 (スガ・ミチオ)
男・23歳・無職
罪:交通事故による過失致死
備考:自称ラッパー、ゾンビT
ポイント:0 

元山洋 (モトヤマ・ヒロシ)
男・38歳・小説家
罪:知人女性の殺人
備考:参加者情報のリスト、スコップ、改造トカレフ
ポイント:300 


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05 交接 07 『絶海の孤島・ミステリーツアー』1日目朝の放送
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