【1日目・深夜・寂れた作業場】
廃工場、というと多少大げさだ。
古びた作業場、と言えば、成る程しっくり来る。
高樹朝子は、そこの地面に座らされている。
正座で、だ。
その横にも1人、猪首で背の低い男が、やはり朝子同様に座らさせられている。
「ああ? だから何やったんだよ? おめーはよ?」
甲高い声の恫喝。
壊れた天井から漏れる月明かりに、男が手にした鈍い鉄塊が浮き上がる。
男は、名を庚山啓一と名乗った。
ヤクザ、だそうである。
その真偽は分からぬが、粗暴で知性の無い言動を観れば、誰もがそうだと信じるだろう。
又、襟足を長めに伸ばし後ろになでつけた髪と、安っぽく派手な柄シャツも、この男のタチの悪さを主張しているように思えた。
男の語った裏社会での武勇伝など、アサコには全て分からぬものだったが、それでも男の言うことを聞かねばならぬ理由があった。
それが、拳銃だ。
目覚めてから。
事態が飲み込めず、どうすれば良いかも分からず、ただとにかく、広い草原の真ん中にいる事が怖くて、隠れ潜むように彷徨い歩いた。
そしてようやく見つけたこの古びた作業場へと、アサコは吸い込まれるようにして入る。
そこで、既に1人の男が正座をさせられ、頭に向けて拳銃を突きつけられているのを見て、すぐさま逃げるという判断も出来ないまま、命令されたとおり地面に座ったのだ。
逃げれば、撃つ。
言うことを聞かなくても、撃つ。
ケイイチはそう2人に宣言した。
とにかく今この場において、2人ともそれを覆すだけの力を持っていなかった。
今、ケイイチに詰問されているのは、その後慌てふためきながら走り込んできた、小太りの男だった。
趣味の悪いゾンビのイラストがプリントされたTシャツに、迷彩柄のハーフパンツ。
一見するとケイイチと同類に思われたが、拳銃を向けられてすぐさまお手上げになる辺り、見かけ倒しの小心者なのだろう。
「だから、その、車…で」
「轢いたンか?」
「ダチが…助手席で……」
途切れ途切れに出てくる言葉から察するに、車で事故を起こし、同乗していた友人を死なせてしまった、という事らしい。
「ンだよ、ダセェなてめぇ」
蹴り飛ばす真似をして、小太りの男を座らせる。
ひ、っと声を上げて慌てて座る姿は、本当に情けなくみっともなかった。
だが ―――。
アサコは思う。
彼の言葉が真実ならば、彼は私とは違う。
彼は確かに友人を死なせたのだろう。
私は、違う。
私は、死なせたのではない。殺したのだ。
事故で、友人を死なせた男。
自らの手で、人を殺めた女。
その2人が、何故か同じ島に誘い出され、「咎人」「殺人者」と一括りにされ、さらにはこうやって銃で脅され座らされている。
あまりにも。あまりにも、おかしな話だ。アサコはそう思う。
「…っち、まあ、しゃあねぇか」
作業台らしき机に寄りかかりつつ、銃で一堂をねめ回し、ケイイチはそうボヤく。
「コロシをやったのは3人のウチ2人…。しかもしょっぺえ内容だしな。
まあ、全部が全部俺みたいな武闘派連中だったら、やってらんねぇけどよ」
ヒヒヒ、と笑う。
コロシをやったのは内2人。
その言葉に、アサコは隣の小男を見る。
彼も、事故や過失ではなく、殺意を持って人を殺したのであろうか?
小男はしかし何の反応も見せずに、ただじっと暗い目をして座っているだけだ。
その男の向こうにいる、先程の小太りの男と目が合う。
小太りの男の方は、先程の「内2人」という言葉に、アサコと小男の2人を見ていたのだ。
怯えと、戸惑いが、その細い目の中に現れていると、アサコはそう感じ、顔を伏せた。
「ま、いいだろう。おめぇら、これから俺が言う事をよぉ~っ…く聞けよ」
改めて、ケイイチがそう宣言する。
「俺たちはチームを組む。分かるか? おい」
不意に出たその言葉の意味を、三者三様に受け止めようとし、しかしすぐには理解できなかった。
「鈍ぃな、バカが。
この島に今何人の人殺しが居ると思ってんだ? それを1人で片っ端から片付けるなんて、しち面倒くせぇ真似、やってられっか?
だからよ、組むんだよ。手分けして殺して回りゃ、労力は少なくて済むだろ?」
何を言っているのだろうか、この男は。
アサコには理解できない。
「手分けして」等と、まるで鬼ごっこか何かをするときのように気軽に言う。
手分けして? 何を?
殺して回る? 誰を?
分からない。アサコには分からない。この男の言っていることが、ではない。この男の思考が、アサコには分からない。
手分けして草むしりをしましょう。手分けしてお掃除をしましょう。
まるでそう言うのと同じ様な感覚で、手分けして殺して回りましょう、と、そう言ったのだ。
他の2人も、同じように感じたのだろう。
小太りの男は、アサコ達とケイイチを交互に見ている。
もう1人の小男は、確かに相変わらず姿勢も変えずに座っているが、僅かにその短い首を、さらに縮こまらせた(ように感じた)。
「な、単純な、算数の話だわな。今ここに4人いる。二組に分かれて…そうだな、北と南に行く。
んで、協力しながら殺してく、と。そうすりゃ労力は四分の一だぁな」
ケイイチの表情は、陰になってよく見えない。見えないが、それでもアサコには、その痩せて凶暴な顔が、薄ら笑いを浮かべているのが見えるようだった。
おかしい。この男は根本的におかしい。何から何まで…異質だ。
逆らう、とか、異議を唱える、とか、そういう気持ちが全く沸き上がらなかった。
怖いから、銃を持っているから、というだけではない。
何を話しても、通じるわけがないという断絶を、アサコは感じていた。
ただし、この判断は、後に些か変わることとなる。
ケイイチは、小男と小太りの2人から、まずはそれぞれのポイントを奪った。
そしてその2人に、「行けよ、デブ、チビ」 と言って、外へと追いやる。
昼の12時にもう一度ここへ来い、と言ったが、そのときどうするつもりだというのか。
恐らく、また2人の持っているポイントを奪う気だ。
組む、だの、チーム、だのと言っているが、そんなものじゃあない。
鵜飼いの鵜のように、獲物を捕ってこさせて、それを奪う。そのつもりなのだろう。
言うことを聞けば殺さないでやる。そう言った。そう言ったが、そんなものが信じられるわけがない。
ポイントを奪い尽くしたら、用済みなのだ。殺すつもりに決まっている。
アサコはそう、現実味のないまま考えていた。
どうせ殺されるならいっそのこと…とは、もはや考えられない。
窮地に追いやられ、一か八かで決死の戦いを挑む、なんてのは物語の中だけの英雄的行為で、現実の人間はそうはいかない。
追いやられ、虐げられても尚、何もせず運良く助かる可能性に縋る。
そういうものだ。
まして、アサコには、今そうまでして生き延びたいという欲求が無い。
死ぬならば死ぬでも構わない。そういう自暴自棄な気持ちの方が強い。
いや、自分のような愚かな女は、死んだ方がマシなのだ。そうも思う。
不倫の果てに、男に騙され、挙げ句相手を殺してしまう。
そんな馬鹿な女に、生きる価値も意味もありはしない。
「おい、立てよ」
ケイイチが、銃を突きつけてそう促す。
こんな馬鹿な女1人になっても、銃で脅しつけているのは、決して油断をしないという証明だろうか。
のろのろと立ち上がり、外へ向かって歩き出そうとするのを、ケイイチが留めた。
「違ぇよ。乗れ」
示した先は、先程の作業台。
それで、ケイイチの意図が分かった。
「…いや」
意図せず、そう声が漏れた。
怯えたその声に嗜虐心を刺激されたのか、ケイイチはへらへらと下卑た笑みを浮かべ迫ってくる。
「おいおい、俺たちゃこれからチームを組むんだぜ? 一心同体、って奴よ。
嫌がることじゃねぇだろ? あ?」
後じさるが、その腕をつかまれ、作業台にうつぶせに押し倒される。
右手に銃を持ったまま、左手でアサコの尻をなで回し、スカートを捲り上げ股の間を乱暴にこね回す。
愛撫、等というものではない。ただ単に、壊れても良い玩具を弄り回している。そんな手付きだ。
下着を腿まで下ろすと、露出した陰部をまたも捏ね回す。痛い。ただ痛い。身を捩って身悶える度に、後頭部に鉄の塊がごつごつと当たる。
「でけぇケツだな、おい。ケツまでボーボーじゃねぇか。ま、嫌ぇじゃねえぜ、そーゆーのよ」
言いつつ、かちゃりと音がする。
ベルトをゆるめ、ファスナーを下ろしている。
本気なのだ。
本気で、するつもりなのだ。
こんなときに。いや、こんなときだからなのか。
この男は、アサコをねじ伏せ、蹂躙するつもりなのだ。
アサコは半ば恐慌状態になりながら、はっきりとその事が分かった。分かって尚、何も出来ぬ事に絶望していた。
大きな音がした。
ばこん、というその音は、作業場の中に大きく響いた。
不意に、身体に掛かっていた重さが消える。
続けて、何度も何度も、音が聞こえた。
目の端に映る光景の中、暗い闇の中、何かが高く掲げられ、振り下ろされる。
数回、数十回ほど続く、規則正しい音と、規則正しい悲鳴。
暫くしてそれら全てが止み、うめき声とも悲鳴ともとれぬ声が、再びざくりと地面を抉る音と共に聞こえなくなると、後には2人の人間の荒い息だけが残された。
自分と、もう1人。
暗闇で、ぬらりとした赤い飛沫を浴び、血に染まったスコップを手にした、1人の男が、息を吐きながら立っている。
その姿が、トタンの剥がれた天井から降り注ぐ光に照らされ、黒々と浮かび上がっていた。
【参加者資料】
高樹朝子 (タカギ・アサコ)
女・31歳・教員
罪:痴情のもつれの末の殺人
ポイント:100
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08 嬲
庚山啓一 (コウヤマ・ケイイチ)
男・24歳・組織暴力団の準構成員
罪:薬物の過剰摂取を促しての暴行過失致死
ポイント:300
【死亡】
最終更新:2011年11月13日 08:42