04 酔魔


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 やはり、酒は、駄目だ。
 そう思い、それでも一口飲む。
 コップに無造作に注いだ酒をあおるその姿は、まさに飲んだくれという態である。
 だが、やらずには居られない。
 怖い、のだ。
 何が怖いか。
 このゲーム? この島? 他の誰か?
 違う。
 臼庭浩次が怖いのは、自分自身だ。
 暗闇の中、1人壁を背に座り込み、コウジは再び、酒を舐める。
 そうしてじっとしていると、汗ばむ程度には気温があるというのに、それでもときおり、ぶるりと震えが来る。
 寒さではない。ただ、怖いのだ。自分自身が。

 酔うと、見境が無くなる。
 そのことを自覚したのは、専門学校の頃のコンパで、だ。
 酒そのものには強いらしく、そう簡単には酔わない。酔わないから、自分は酒に強いと思っていた。
 しかしある一線を越えて酔ってしまうと、コウジはどうしようも無くなる。
 何人か、友人知人に怪我人を出した辺りで、ようやくコウジは自分の酒乱癖を知った。
 記憶を無くしたその時間に、そうとう手ひどく彼らを痛めつけたらしい。
 それ以来、ずっと酒を控えてはいる。
 飲みたいときはなるべく1人で飲み、大勢の時はあくまで舐める程度。
 もとより、簡単に酔う方ではない。
 1人酒で限界を試し、記憶を無くすのがどのくらいからかも分かってきた。
 無くすであろう限界量の、3分の1程度までを、自分の飲む量と決めた。
 そうして、コウジは楽しい酒の付き合い方を覚えた。
 覚えられたと、そう思っていた。

【1日目、夜、古民家】

 やはり、酒が必要だ。
 這うような姿勢で藪を掻き分け、スコット・戸向は考えている。
 自分のこと、この島のこと、ゲームのこと、それら全てが、彼の淀んだ思考の中で渦を巻き、渾然となってそう訴えている。
 怖い、のだ。
 何故自分がこんな目に遭っているのか。遇うはずもないこと。有り得ないこと。だというのに、今それが起きている。
 スコットは褐色の肌から落ちる汗を、左手で拭う。
 蒸したような南国の気温と、何より緊張が肌を伝う。
 彼は3年前、同僚等と共に酒を飲み、そのままジープを走らせて、少女を殺した。
 地位協定、というものがある。
 当時在日米軍の海兵隊として居留していた彼は、本国アメリカに戻り、そこで裁判に掛かることになった。
 判決は、5年の懲役。しかし2年半で外に出た。刑務所の部屋数が足りなかったからだ。
 現在の彼は、「元」海兵隊員だ。
 もとより、軍人向きかというと、そうとは言えない。
 確かに、頭をカラッポにしてトレーニングをする事は出来る。
 余計なことを考えないで済むのは、彼にとっては楽なことだった。
 しかし、軍人としては決定的に足りないものがあった。
 タフネス。身体的なそれではなく、精神的なそれだ。
 彼は、臆病なのだ。
 臆病であることがばれるのは、軍の中では致命的だ。
 そのため、虚勢に虚勢、ハッタリにハッタリを重ね、周りの誰に対しても、そして自分自身に対しても、「タフガイ」を演じてきた。
 酒の力を借りて。

 やはり、酒が必要だ。
 スコットは混乱した頭でそう考える。
 日系三世。ほとんど知らぬ祖父の故郷で人を殺し、逃げるように(或いは逃がされるように)アメリカへと戻り、軽微な懲役で「罪を償った」彼が、今何故かその日本人達に混ざり、殺し合いをしろと言われている。
 怖い。
 自分はこんなツアーに参加した覚えはない。あれ以来、スコットは抜け殻のように日々を過ごしていたのだ。日本のツアーになど参加するものか。
 だから、彼は、「拉致、誘拐」されているのだ。
 その上でさらには、何らかの薬品か、或いは催眠術か何かで、自分が楽しいツアーの参加者だと、思いこまされていた。
 人殺しだと言うことすら、忘れて。
 人殺し? 違う、アレは事故だ。
 確かに、酔ったスコットと仲間達は、まともな運転をしていたとは言えないし、さらに言えば面白がって少女を追いかけたりもした。
 ナンパを断られた腹いせに、からかってやろうとしただけだったが、その結果少女はジープと壁の間で磨り潰された。
 だが、アレは事故だ。
 ただの事故だ。
 殺人者ばかり居る島だなんて、冗談じゃない。
 他のツアー参加者が真実殺人者なのか。それは分からない。
 分からないが、どちらにしろ ―――。
 酒が、必要なのだ。

 這うようにして忍び込んだ民家は、半ば廃屋同然で人の住んでいた気配はない。
 生活の気配はないのにもかかわらず、台所を漁ると、様々な日用品や保存食、飲み物が貯蔵してあった。
 貯蔵庫代わりに使われているのだろうか? とも思えたが、恐らく違う。
 使われているのではなく、用意されていたのだろう。
 しかしスコットには今、そのようなことを考えている余裕は無い。
 調味料の入れてある戸棚を開くと、そこにあった料理酒のパックに手を伸ばし、プラスチックのキャップを開け喉に流し込む。
 さして度数の強くないその料理酒が、焼けに喉に染みた。
 呼吸が出来ぬほどに。

 背後から締め上げられ、料理酒の紙パックを取り落とす。
 腰に差していたコンバットナイフに手を伸ばそうとするが、右脇の下から腕を差し込まれていて、ばたばたと空を切るばかりで何も掴めない。
 チョークスリーパーではない。頸動脈ではなく、完全に喉の気道を締め上げられている。
 苦しい。その何者かの太い腕をひっかくが、まるで効果はない。
 足が、台所の戸棚を蹴り上げ、中に入っていたいくつかの調理道具が散乱する。
 包丁が目に入り、それに左手を伸ばそうとするが、ぐいと身体全体を引き寄せられる。
 視界が天井を向き、ぐるりと回転をして、地面に組み伏せられる形になった。
 そのまま、ごきりと、そんな音がしたのを聞いた気がする。
 するが、スコットにはそれを確認する術はもう無かった。


 暗闇の中を、ぬらりと立ち上がる影がある。
 長身で、筋肉質。
 髪を短く刈り上げている。
 ふらふらと、あるいはゆらゆらと、身体が揺れているようだった。
 近づけば、真っ赤に血走った目と、呻くような荒い呼吸が、その者の尋常ならざる様子を現しているのが分かる。
 急に、男は嗚咽して、吐いた。
 吐いた液体からは、胃液の酸っぱい匂いと、何よりもアルコールの匂いが立ち上る。
 飲み過ぎた、というより、飲んで暴れたのが、嘔吐の原因だった。
 たった今、コウジは1人の男の気管を潰し、頸椎を折って絶命させた。
 そのことを、きちんと認識しているかどうかは、怪しいところだ。
 彼が鉄の棺から目覚めたすぐそばにあった民家。
 この建物は石塀に囲まれた古民家の様で、沖縄かどこかのものに似た作りだ。 
 ここで彼は、泡盛を見つけた。
 泡盛を舐めているうちに、自らに課した制限などするりと忘れ、前後不覚なほどに酔った。
 たいていの場合、人は酔うと力が出なくなる。
 しかしコウジの場合、酔うことで力の制限が出来なくなる。
 おそらくは、その限界を更に超えて飲めば、一般的な酔っぱらい同様に無害になるのかもしれない。
 しれないが、この時点のコウジの酔いは、最悪だった。
 彼は整体師をしている。専門学校で鍼灸も習い、ある点では医者よりも人体の仕組みに精通している。
 もともとの筋力、握力もかなり高い彼が、見境無くその力を振るうというのは、格闘家が拳を振るうのに似た危険性を持っていた。
 吐いた分を取り戻そうとするかに、コウジは地面に倒れていた紙パックの料理酒を飲む。
 盗人に奪われそうになった、最後の酒。
 全てを一気に飲み干すのが惜しくなり、キャップを閉めて自分のバッグにしまう。
 ふう、と一息ついたコウジが考えた事は、この残りが切れる前に、どこかで酒を探さねば、という事であった。
 今し方絶命させた男の荷物にも武器にも、さらにはゲームの要であるはずのポイントにも、まるで目もくれずに、ふらふらと戸口から出て歩き出す。
 何処かの建物に行けば、或いは酒があるかも知れない。それだけを考えて。



【参加者情報】
臼庭浩次 (ウスバ・コウジ)
男・28歳・整体師
罪:酔った上での暴行致死
備考:泥酔
ポイント:100

スコット・戸向 (スコット・トムカイ)
男・25歳・元海兵隊員
罪:酔った上での過失致死
備考:日系三世。見た目はアフリカン・アメリカン。
【死亡】



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