救いなど無い

40話:救いなど無い


病院のすぐ近くに建つ民家の一つの内部で、
石川昭武は放送により友人の死を知り衝撃を受ける。

「ひ、平崎が…! 畜生…何で…!」
「昭武…」

悲しみに暮れる青狼青年を気遣う同行者の中年男性、川田喜雄も、
唯一の知り合いであり自分が営む食堂の常連客、志水セナが放送で名前を呼ばれた。
ただ親しいと言う訳でも無かったのでそれ程悲しんでいる様子は無かったが。

「ふざけんなよ…くそっ…許さねぇ…許さねぇぞ…柴田ァ、セイファート…!」
「落ち着けよ昭武……」
「……すまない…川田さんも、確か知り合いが……」
「ああ、呼ばれた。まあ…そんなに仲良く無かったけどよ……」
「……」

昭武は制服の裾で涙を拭う。
まだ同じく友人の香瀧宏叔、教師の立沢義の名前は呼ばれていない。
彼らを捜さなければ。まだ落ち込むには早い。

「禁止エリアは…遠くだな、どれも」
「ああ」
「…それじゃ、放送も聞いたし、行こう」

昭武と喜雄は荷物を纏め、再び病院へ向かい始めた。


病院一階。須牙襲禅、レオーネ、立沢義、本間秀龍、葛葉美琴の五人が第一回放送を聞いた。

「…何てこった……」

須牙襲禅は同僚が二人共、再会もせずに死亡した。

「お姉ちゃん…」

レオーネは姉の無事を確認し内心喜んだが、周りの雰囲気を見て大っぴらにはしなかった。

「平崎君…!」

義は教え子の一人が死んだと聞かされ、ショックを受け涙する。

「……」

秀龍は知り合いはいなかったが、教え子の情報を貰っていた義を気遣った。

「朱雀さん…! そんな…」

美琴は知り合いの女性が名前を呼ばれた。
知り合いや家族の名前が呼ばれた者、呼ばれなかった者も重い表情を浮かべていた。
放送後、狐獣人の少女、美琴が嗚咽を漏らし始めた。

「うっ……ぐっ」
「葛葉さん…」

義が美琴の傍に行き宥める。
学校こそ違ったが自分の教え子と同じ高校生である美琴に対し、
教師である義は自然と教え子達と同じように接するようになっていた。

「一人になっちまったな…ったくあいつら、もっと頑張れっつの…」

襲禅はどこかから見付けてきた煙草を吹かしながら言う。
同僚二人、朝倉清幸と一色利香はどちらも優秀な警官だった。
この殺し合いの中、恐らく二人は脱出のための手段を模索していただろう。
だが死んでしまった。急襲されたのか、同行者を庇ったのか、交戦の末敗北したのか、
或いはもっと別の何かかは分からない。

「襲禅さん…」
「レオーネか…良かったな、お前の姉貴、呼ばれなかっただろ」
「うん…」
「何だよ、嬉しくねぇのか?」
「そうじゃないけど…」
「……喜んどけよ。お前は幸せなんだから。知り合いが、家族がまだ生きてるんだからよ」
「……」

そうは言われても、とてもそのような雰囲気では無かった。

「…すみません、俺、ちょっと……」
「どうしたの本間さん」
「……お手洗い、の方に……」
「ああ…行ってらっしゃい」

黒と白の竜、秀龍が、気が引けつつも便所へ向かうために立ち上がり、通路の奥へ歩いて行った。


一階の男性用トイレで、秀龍は収納されているそれを取り出し用を足す。

「こんな状況でも小便は出るんだな…はぁ」

正直な所、放送で知人の名前が呼ばれ沈んでいる者が多い中、
用を足すためにその場を離れると言うのはかなり勇気が必要だった。

「……もう半分近くも死んでるなんて」

たった四時間の間に、23人もの参加者が死亡してしまった。
自分が今こうして生きていられるのは奇跡に近いと秀龍は考える。
最初、立沢義と遭遇した時、自分が病室でGに耽っていた時にもどこかで死者が出ていたのだろう。

「…どうなるんだよ、俺…俺達……」

自分や、仲間達の行く末が不安になる秀龍。
だが、その答えは秀龍に限り出される事になった。
シュル、と、背後から秀龍の首に白い帯のような物が巻かれた。
直後、凄まじい力で、秀龍の首が絞め上げられる。

「あがっ!? …ガ……アア……!」

ぎり、ぎり、と、容赦無く帯紐には力が込められ秀龍は呼吸を強制的に遮断された。
口から涎を垂らし、何とか紐を解こうともがくが徒労に終わった。

(く、苦しい…このままじゃ、死ぬ…! だ、誰だ…誰……!?)

襲撃者の顔を見ようとしたが、その前に意識が遠退いてくる。

(い、嫌だ、やめてく、れ…死にたくない…嫌だ…誰か…助け……て)

ボキッ。

鈍い音と共に、抵抗していた黒と白の竜はガクリと脱力した。
目からは涙、口からは泡と涎、血反吐を吐き、飛び出したままのそれからは、
黄色い液体が床に流れ落ちた。
頸骨がへし折れたのである。

「……フフ」

襲撃者―――青と白の毛皮に蝙蝠のような翼を持った人狼は、
にいっと口を歪め、鋭い牙が窓から入り込む日光に反射し白く輝く。


「遅い、ですね…本間さん」

用を足しに向かったにしては妙に帰りが遅い秀龍を心配する美琴。
確かに少し遅過ぎるとその場にいた全員が思い始める。

「私、見てくるわ…」
「あ、立沢さん…気を付けて下さい」

義が様子を身に、SVS-1936自動小銃を携え秀龍が歩いて行った通路の奥へと向かった。

「ん…? 誰だ?」

入口付近で見張っていた襲禅が病院に近付いてくる二人の人影を発見し、
装備していた短機関銃IMIウージーを構える。
美琴、レオーネもそれぞれ身構えた。

「待ってくれ! 俺達は殺し合いをする気は無い」

灰色のブレザーを着た青狼青年が両手を上げ戦意が無い事を訴える。
隣にいた中年男性も同様だった。

「……俺は須牙襲禅だ。名前は?」
「い、石川昭武」
「川田喜雄」

ウージーを突き付けられながら二人は名前を言う。
しばらくして、襲禅がウージーを下ろし警戒を解いた。

「…分かったよ。入れ。他にも仲間がいる」
「あ、ありがとう…信じてくれて…あ、あんた警官?」
「そうだ」

石川昭武、川田喜雄の二人は襲禅に連れられ病院の中へと入った。

「石川昭武…? おい、お前んトコの先生が俺らの仲間にいるぞ」
「え? 立沢先生がいるのか!?」
「良かったじゃねぇか昭武」
「ああ…で、どこに?」
「ん…あれ? おい、立沢は? レオーネ、美琴」

秀龍に続き義もいなくなっている事に気付き襲禅が二人に尋ねる。

「あの、本間さんの帰りが遅いんで様子を見に行きました」

美琴が答えた。それを聞き、襲禅は顔をしかめる。

「…おいおい、秀龍の奴、まだ戻ってねぇのかよ?」

遅いと言うレベルでは無い。もしや何かあったのでは。
嫌な予感が襲禅の胸をよぎった。

ダァン!

そして銃声により、予感は現実となった。
一発の銃弾が美琴とレオーネを貫通し、二人はその場に倒れ込んだ。

「!!」

驚いた襲禅、昭武、喜雄の三人が倒れた二人に駆け寄ろうとしたが、
奥の通路から自動小銃を携えた青白の有翼の人狼が姿を現した。
そして、残った三人に向け自動小銃を乱射する。

ダァン! ダァン! ダァン!

三人共銃を持っていたが、発砲する間も無く身体を貫く熱に倒れた。
喜雄は心臓に銃弾が命中し、即死だった。
襲禅は肺を銃弾が貫通、昭武は腹部に命中、どちらも致命傷である。
有翼の人狼――マティアスは、血の海となったロビー周辺を見渡し満足そうに笑う。
翼を使って飛行し屋上から病院内に侵入したが、こうも上手く事が運ぶとは。

「フフフ……」

マティアスは笑みを浮かべながら、襲禅達の武器を回収する。
その時、青い毛皮に覆われた手がマティアスの獣足を掴んだ。

「ん」
「げほっ…! テ、メェ……! 立沢先生を……どうした………!」

血を吐きながら、昭武が怒気の籠った口調でマティアスに問う。

「立沢……ああ、あの虎耳の女? 殺したよ」
「……!」
「殺す前に、ちょっと……ヤらせて貰ったけどね」
「な……!?」

有翼の人狼の股間にぶら下がるそれは、何かの粘液に塗れ、
先端からは僅かに糸を引く白い液が出ていた。
全てを悟り、マティアスの足を掴む昭武の手に力が入る。

「こ、のぉぉおおおぉお……!!」
「いやぁ、気持ち良かったよ。おっぱいも大きくてね……それで、いい加減足、放してくれる?」

ガスッ!!

「ウガァ!!!」

もう片方の足で、昭武の腹を思い切り踏み付けるマティアス。
昭武の口から夥しい量の血反吐が吐き出された。

「ご……ぉあ…あぁああぁああああああぁあああああ!!!」
「ヒヒヒヒヒヒヒッ!! ガキが!! いきがるんじゃね~ぇ~よ!!
ホラ! ホラ! ホラ! 痛い? 痛いよねぇ!? ん?」

何度も、何度も、マティアスは昭武を踏み付けた。

「うぎゃああぁ、あ、アエ、あうあー、ぁ、ああああ」
「あれ~? 泣いてるの? 泣いてるのぉ? でも許さないよぉwwwwwwあはwwww
面白そうだねぇお前。もっと遊んであげるよ」

涙に滲む昭武の視界に移り込んだマティアスの顔は、
今まで見た事の無い、邪悪な笑みを浮かべていた。
マティアスは鋭い爪の付いた手を舐め、目を見開き、牙を露わにして嗤った。



「う……あ…あ、あぁああぁああアアアァアアアァ゛ッア゛ァア゛――――――!!!!」




「……うう」

レオーネは鳩尾当たりの痛みに耐えながら目を覚まし身体を起こす。

「あれ…私…どうなったんだっけ」

どうやら気を失っていたようだが、なぜ自分は気を失っていたのだろうか。
記憶を辿ろうとするレオーネの鼻に、濃密な血の臭いが入り込む。

「……!?」

そして周囲を見渡し、愕然とした。
そこは病院と言う清潔な場所には全く似つかわしく無い、赤色に彩られた世界だった。
まずカーキ色のブレザーを着た狐の少女の死体が横たわっている。
そして先程入ってきた二人組の内一人の中年男性の死体がある。
この二人の死体は原型を留めていた分マシであった。

「あ……ああ!? 何、これ……!?」

レオーネの視線の先には――大きな肉の残骸が血溜まりに広がっていた。
壁や天井にまで肉片や血の跡が飛び散っている。
白い棒状の物は骨だろう。ピンク色のものは脳だろうか。チューブ状のものは――――。

「う、うぉうええぇええ」

堪らず、レオーネは戻した。
今まで見た事も無い凄惨な死体である。
――死体? 誰の?
レオーネは勇気を振り絞ってもう一度、肉の残骸の方を見て、調べた。
赤く染まった布の切れ端は衣服の残骸だろうか。
毛皮のようなものも見える。血で赤くなってはいたが、青、白、茶色が確認出来た。
顎の骨と牙からして、狼。それも二人。男――――。

「こ、これ……襲禅さんと、石川、さ、ん……!? あ、ああ、そんな、何で!? 何でこんな」

ついさっきまで一緒に行動していた狼警官が、
ついさっき自分達のいる病院にやって来た狼の高校生が、

一緒に肉の塊となっている。

非情などと言うレベルでは済まされない現実に、レオーネはただただ呆然とするばかり。

「……襲禅さん……こんなのって…死に顔さえも分からないなんて………。
……そうだ、立沢さんは……本間さんも……」

レオーネは傷口を押さえながら、トイレに行ったきりの秀龍と様子を見に行ったきりの
義を捜しに向かった。

そして一階男性用トイレにて二人を発見する。
死体となった二人を。

「あ……あ」

秀龍は首の骨をへし折られていた。
義は……白い帯か何かで猿ぐつわをされ、衣服を引き裂かれ全裸にされ、
喉笛を切り裂かれて絶命していた。
その局部からは白く濁った液が垂れ落ち、身体にも付着していた。
性的暴行の末に殺されたようだった。
見開かれたままの瞳からは涙が流れ、恐怖と絶望の色が見て取れる。

「ひ、酷い……誰が……こんな事を」

ガクガクと震えその場にへたり込むレオーネ。
恐らく自分を撃った人物の仕業だろうとは思っていた。
トイレの二人も、ロビーの四人も。
だが、姿を見ていない。

「……もう、嫌だ…こんなのもう嫌だよぉ……うっ…うっ……」

一瞬にして孤独に落とされた雌獣竜の少女は、孤独感と絶望感に襲われ嗚咽を漏らし始めた。

「お姉ちゃん……お姉ちゃん……!」

どこにいるかも分からない、最愛の姉を呼びながら、レオーネは泣き続けた。


エリアE-4住宅街のとある民家。
血で汚れた身体を、マティアスはシャワーで洗い落としていた。
身体中に付いた血が、湯と共に排水溝へ吸い込まれて行く。

「ふぅ…大量に武器が手に入ったし…良い女とヤれたし、取り敢えず満足かな」

シャワーを浴び終え、身体をバスタオルで拭き、居間で一息付く。
カーテンは閉め切ってあるため外からは見えない。

「しばらく休むか…久々に解体やって、疲れたし……」



【本間秀龍    死亡】
【立沢義    死亡】
【葛葉美琴    死亡】
【川田喜雄    死亡】
【石川昭武    死亡】
【須牙襲禅    死亡】
[残り19人]



【一日目/午前/F-3病院一階】

【レオーネ】
[状態]鳩尾付近に貫通銃創、絶望、慟哭
[装備]朱雀麗雅の刀
[持物]基本支給品一式、癇癪玉(5)
[思考・行動]
 基本:お姉ちゃんを見付ける。殺し合いから脱出したい。
 1:……。
[備考]
 ※朝倉清幸、一色利香、四宮勝憲、朱雀麗雅、石川昭武、香瀧宏叔、平崎吉治の
 情報を得ました。


【一日目/午前/E-4住宅街・黒崎家】

【マティアス】
[状態]右脇腹から背中に掛け貫通銃創(処置済)
[装備]レイ・ブランチャードの半自動小銃(0/10)
[持物]基本支給品一式、レイ半自動小銃装弾クリップ(5)、S&WM500(3/5)、
 .500S&W弾(10)、IMIウージー(32/32)、IMIウージーマガジン(5)、Nz75(15/15)、
 Nz75マガジン(2)
[思考・行動]
 基本:殺し合いを楽しむ。
 1:獲物を捜す。
[備考]
 ※レオーネの生存に気付いていません。



※病院一階ロビー付近に原型を留めていない石川昭武、須牙襲禅の死体と、
原型を留めている川田喜雄、葛葉美琴の死体が放置されています。
また一階男性トイレに本間秀龍と立沢義の死体があり、立沢義の死体の口には
根性鉢巻が巻かれています。
※以下の物が残されています。
FNポケットモデルM1906(6/6)、ポーション(5)、スピードリング(肉塊に埋もれている)、
SVS-1936自動小銃(6/15、作動不良中につき発射不能)、SVS-1936自動小銃マガジン(5)、
調達した医療道具、エロ本(5)、ロングソード



ある意味幸せな死に方 時系列順 出来るなら、戻りたい、あの頃に
ある意味幸せな死に方 投下順 出来るなら、戻りたい、あの頃に

オヤジはそんな高位存在だったのか 石川昭武 死亡
オヤジはそんな高位存在だったのか 川田喜雄 死亡
Jam Cession 須牙襲禅 死亡
Jam Cession レオーネ お姉ちゃん、寂しいよ
Jam Cession 葛葉美琴 死亡
Jam Cession 立沢義 死亡
Jam Cession 本間秀龍 死亡
消えゆく命の灯 マティアス カウントダウンBR

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最終更新:2010年12月27日 17:33
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