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「免罪のワールド/制裁のワード」(2011/09/05 (月) 21:02:03) の最新版変更点
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「おい魅音……! も、もうちょっとゆっくり歩いてくれ……!」
「何だカイジさん、体力ないなー。こんなんじゃ我が部活メンバーに遅れとっちゃうよ~」
バトルロワイアル開始してから一時間と三十分ほどが経過したその時、魅音とカイジの両名はC-6の住宅街を歩いていた。
武器はスタンガンが一つだけ。
どうにも頼り無い装備ではあるが泣きごとは言っていられない。
二人とも最大限の警戒を持って殺し合いの会場を歩いていく。
目指すはC-6の端にある図書館。
七十二時間という制限時間の中で奇跡を起こす為、深夜の行軍を続けていた。
「はぁ……何て体力だ、アイツ……」
繰り広げられる深夜の行軍に、先に根を上げ始めたのはカイジであった。
日がなグータラ生活を送ってきたカイジと、部活と称し野山を駆け回る魅音とでは根本的に体力が違う。
最近は地下での強制労働により身体を(それこそ拷問的なまでに)動かしていたカイジだが、地上に出てからは大して運動はしていない。
やはり体力的な差は大きかった。
(それにしても静かだな……)
今現在カイジ達が歩いている住宅街は、音一つない何とも静かなものであった。
聞こえるのは二つの足音と呼吸音、それと時折の会話ぐらいである。
思わず疑ってしまう。
実は殺し合いなんて冗談で、何にも起きちゃいないんじゃないかと。
淡い希望を抱いてしまう。
それが幻想だと理解していても、精神がそんな安らぎを求めてしまう。
(……駄目だ、気を引き締めろ……この殺し合いには兵藤が関わっているんだ……あの悪魔がっ……!)
カイジは小さく首を振り、心を改める。
カイジは知っていた。
あの悪魔は言ったことを必ず実行するという事を。
それが命に関わる凄惨な内容であろうと、絶対に実行するという事を。
焼き土下座や指の切断、鉄骨渡りに地下での強制労働。
自らの愉悦を満たす為ならば人道など二の次。
金と権力を振りかざして、どんな事でも行う。
それが帝愛グループ。
それが兵藤和尊という人間であると。
カイジは身を持って知っている。
ズキリ、と右手と左耳の古傷が痛んだ。
右手と左耳の傷―――それはカイジの敗北の印。
おそらく一生消える事のない敗北の傷痕であった。
「カイジさん、大丈夫?」
ふと気づけば、魅音が立ち止まりカイジへと振り向いていた。
俯き右手を抑えるカイジを心配そうに見つめている。
「……大丈夫だ……」
「……なら、良いけどさ。何かあったなら相談してね。私たちは仲間、一蓮托生なんだから!」
カイジはまるで眩しいものを見るかのように眼を細めた。
魅音は底抜けに明るく、他人を気遣うことのできる少女であった。
カイジからすれば久しく出会っていない人種。
裏切りの連続を経験し、借金地獄へと落ち、知らぬ間に心が荒んでいたカイジには、魅音がとても眩しくみえる。
俺にもこんな時があったのか、とらしくもない事を考えてしまう。
「じゃ、張り切って行きますか! そろそろ図書館にも着くと思うし」
「そうだな……行くか……!」
何処までも明るい魅音に、カイジも釣られて笑顔を浮かべる。
それがこの殺し合いに連れられて初めての笑顔だという事に、カイジは気付いているのか。
それが久しく浮かべていない本心からの笑顔だという事に、カイジは気付いているのか。
ともあれ、カイジと魅音は先へと歩みを続ける。
十数分後にある出会いを知らずに―――二人は歩いて行く。
◇
「お、やっと到着だね」
「よ、ようやくか……」
そして二人はC-6の図書館へと辿り着く。
住宅街の外れにあった図書館。
それは図書館にしては相当に大きく、縦に長い六階建ての建物であった。
外見はまるで立方体を六つ縦に重ねたかのような造形になっており、カイジには余り見覚えのない造形であった。
中に入ると、そこは吹き抜けになっており、天窓からは星空と満月が見える。
これが昼間ならば図書館全体が降り注ぐ陽光に照らされることになるのだろう。
「……広いね」
「ああ……」
中は広く、玩具や遊具のある幼児を遊ばせておくコーナーや、ガラス窓で覆われた喫煙コーナー、自動販売機が並べられた休憩コーナーもある。
ど真ん中を突き抜けるように立ち、図書館全体を支えている支柱も、施設そのものの広さによりそれ程目立つこともない。
殺し合いの会場に置いてあるものとは思えない程に、設備の整った空間であった。
「んじゃ、どうしよっか。取りあえず情報の整理でもやっとく?」
「そうだな……これからの行動についても詳しく決めておこう……」
カイジと魅音は中へ進み、適当な椅子に腰を掛ける。
だいぶ疲労が溜まっていたのか、カイジは椅子に座ると四肢を伸ばして大きく息を吐いた。
カイジの横に腰掛けながら、魅音はそのカイジの様子に苦笑する。
「お疲れだね、カイジさん」
「まあな……てか、お前は大丈夫なのかよ……?」
「おじさんは大丈夫だよ。元気、元気!」
魅音の笑顔が虚勢だと、カイジは一目で見抜いた。
当然だ、見た目は大人びているとはいえ魅音はまだ子ども。
そんな子どもが殺し合いを強制され、見知らぬ場に拉致されている。
加えて友人も拉致され、同様に命を握られている現状だ。
こうして笑っていられるのも奇跡的といえる。
その精神に掛かるストレスは相当なものなのだろう。
「……無理すんなよ……」
「へ?」
「お前はまだガキなんだ……一人でそんな抱え込むじゃねえってことだ……」
「……」
「……俺達は仲間なんだろーが」
視線を合わせずにカイジは言い放った。
やはりその顔を照れくささに朱に染まっている。
似合わねぇな、とはカイジ自身が一番感じていた。
子どもを諭すなど、自分みたいなダメ人間が行うような事ではない。
もっと相応しい人間がやるべきだ、とカイジは思う。
心の中で、カイジは小さく溜め息を吐いた。
「……ぷっ、はは! あはははは!」
「おい、笑うんじゃねえよ……! 俺だって恥ずかしいんだ……!」
案の定、魅音に笑われてしまった。
カイジはいよいよ顔を真赤にして、声を上げる。
その顔が魅音の方へと向いた。
「いやー、ごめんごめん。でも、カイジさんの心遣いは嬉しいよ」
そして視線があった。
からかうような声とは裏腹に、気恥ずかしげな顔を浮かべる魅音と。
正面からぶつかる視線に、カイジは言葉を飲み込み黙り込んでしまう。
思えば、女性とこんな間近な距離で話すのは本当に久し振りかもしれない。
(な、なに考えてんだ……! 相手はまだガキだぞ、おいっ……!)
一瞬とはいえ、中学生の少女を『女』として認識してしまった自分に失望しながら、カイジは再度視線を逸らす。
腕を組み、正面を見て話題を変えようと口を開き―――、
―――そこで、見た。
数分前の自分達と同様に図書館へと入ってくる人物の姿を。
そして、カイジは今度こそ本当に言葉を失う。
「? カイジさん?」
放心するカイジを見て、魅音は怪訝な表情を浮かべる。
カイジの視線に釣られて視界を動かすと、そこには一人の男がいた。
短髪を金に染め、ジーンズとTシャツにYシャツを羽織っただけのラフな服装の男。
魅音には見覚えのない男であった。
咄嗟に身構える魅音。
スタンガンを握る手に力が込められる。
「……カ、カイジ……さん……」
男は愕然とした表情でカイジを見つめていた。
魅音のことは視界にすら入っていないようであった。
ただ呆然とカイジを見ている男。
それきり言葉を発する者はいなくなり、たっぷりと十秒程の沈黙が流れていく。
その沈黙の中、最初に言葉を発したのは、最初に閉口した伊藤カイジであった。
「……さ……はら……?」
十秒程の沈黙も彼の心中を平常に戻すには足りなかったのであろう。
カイジは未だ信じられないといった様子で、その名前を呟いた。
佐原。
二度と出会うことはないと思っていた人間の名前を、カイジは呟いた。
◇
「へー、そんな事があったんだ。良かったね、助かって」
「ああ……まあ、治療費だなんだで借金は増えちまったけどな……」
それから更に数分後、佐原はカイジ達と机を挟んで対面に座っていた。
佐原の口から語られたのは軽い自己紹介と、鉄骨渡りの後からこの殺し合いに参加させられるまでの経緯であった。
佐原の話によると、鉄骨渡りの時地上にはレスキューようの巨大なマットがあり、参加者の一部はそのマットに落下し助かったのだという事。
だが、風に流されたり、打ち処が悪かったりと結局生還したのは石田と佐原の二人だけ。
その二人も無傷とはいかず相当な大怪我を負い、帝国グループが支援する病院に入院。
治療費という多額の負債を抱えさせられたとの事である。
だが、この殺し合いに参加させられた経緯はハッキリとしてなく、カイジ達同様に気付いたら参加させられていたらしい。
佐原はニコニコとへつらいながら経緯を話していた。
カイジはその佐原の態度に記憶があった。
カイジとコンビニでバイトをしていた時と同じで、猫を被っている。
普段の生活ではこのお茶らけたキャラで通しているのだろう、と適当に分析しながらカイジは口を開く。
「……本当に久し振りッすね、カイジさん……」
「ああ……本当に驚いてるよ……」
そう言うカイジの表情は先程までよりも更に深い笑顔だった。
死んでいたと思っていた仲間の生存に、何よりその仲間との再会にカイジは喜びを隠せない。
「いやあ、連絡できなくてホントに申し訳ありませんでした……アイツ等、四六時中俺のこと監視してるみたいでして……」
「気にすんな、俺も連絡の取れねえ所にいたからよ……」
佐原は支給品の500mlの飲料水を飲みほすと、空のペットボトルを捨てに立ち上がる。
自販機が並ぶ休憩コーナーへと歩いて行った。
「それで、これからどうするんですか……カイジさんは勿論、魅音も殺し合いには乗らないんだろう……?」
ペットボトルを専用のゴミ箱に捨てると、佐原はポケットに手を突っ込み、小銭を取り出す。
何処からか盗んできたのだろうか、ランダム支給品として入っていたのだろうか。
それはさて置き、佐原は小銭を自販機へといれる。
買ったのは三本の缶コーヒーであった。
「これから、か……。佐原さんとカイジさんにはもう一人知り合いがいるんだよね?」
「ああ、石田って人がいる……。そうだな、石田さんには伝えたい事が山ほどある……早めに合流したいところだが……」
「石田かぁ~……あの人、大丈夫なんスかねえ……」
そう言ってカイジ達に缶コーヒーを手渡す佐原。
コーヒー渡し終えると先ほど同様に、カイジ達の対面へ腰を下ろす。
佐原の話によると石田もあの鉄骨渡りから生還しているらしい。
ならば、参加者名簿にある『石田光司』はカイジの知る『石田光司』である可能性が高いだろう。
確かに情けない印象の強い石田であるが、カイジは知っている。
その根柢にある、その臆病の奥にある、意地、強さ、矜持を。
カイジは知っている。
「大丈夫さ……いざという時のあの人は、俺よりもずっと強い……」
「あの石田が、鉄骨渡りをクリアしたカイジさんよりもぉ……? 有り得ないっスよ、それは~……」
「お前は先に進むのに集中してて見てなかったろうがな……あの人はスゴいよ、本当に……」
「へぇ~。石田さんかー、何だか会ってみるのが楽しみになってきたなー」
何とも納得いかない表情でポケットの小銭をいじくる佐原に、笑顔でカイジを見る魅音。
二人が見せる正反対の反応に苦笑しかけながら、カイジは次の話題を持ち出す。
「魅音、お前の友だちも殺し合いに呼ばれてるんだろ……? 前原と竜宮っていったか……」
「えぇ……!? マジかよ、それ……!」
「うん。でも……心配することないよ! 二人とも『部活』で相当に鍛えられてるからね~」
やはり強がりだ、とカイジには感じる。
どんなに大人びた容姿をしていても精神的にはまだ中学生の子ども。
友人が気掛かりになるのは当然。むしろその感情を推して、他人の心配ができるだけでも相当な強さであろう。
「……まずは前原達や石田さんとの合流を目指そう……何をするにもまずは仲間が必要だ……」
「そうっスね……じゃあ、当分は適当に施設でも回って他の参加者探しですか……」
「そうだねえ。……でも、外を出歩いてたら殺し合いに乗ってる人とも会っちゃうかもしれないよ?」
魅音の言葉にカイジは一度頷き、口を開く。
「そうだ……だが何処かに籠城するにせよ、出歩くにせよ、危険は付き纏うさ……なら、危険を犯してでも攻めるべきだ……!」
「それに72時間っていう制限時間もありますしね……」
カイジの言葉に魅音も無言で頷く。
72時間のタイムリミットがある限り、カイジの案に反対する理由はなかった。
危険を避けてばかりいてはゲームのクリアなど出来る筈がない。
それは『部活』を通して数多のゲームをしてきた魅音にも同意できる事であった。
「じゃあ、一先ずは図書館の中を探索しよう……! それと念の為、飲み物はできるだけ買っていった方がいいな……」
「んじゃ、俺、飲み物買っときますよ……カイジさんと魅音はこの中探索してて下さいよ……」
「よろしくね、佐原さん」
「何かあったら直ぐに知らせろよ、佐原……」
「大丈夫っスよ、任せて下さい……!」
そうして三人は別れ、それぞれ役割を果たそうとする。
佐原はデイバックの中を探り、これから行う事に必要な物品を見つけ出す。
カイジと魅音は佐原に背中を向け、六階建ての図書館を見上げる。
これを全部探索するのは中々に骨が折れそうだと思いながら、カイジは魅音へと視線を送った。
魅音は施設の行き届いていた図書館を珍しげに見ていた。
確か結構な田舎出身だとか言ってたな、とカイジは思い出す。
「おい、行くぞ……時間が惜しい……」
と、カイジが声を掛けたその時である。
―――ドカン、と後ろから音が轟いた。
「―――あ」
そう、声を上げたのは魅音であった。
何故だか身体を前に倒しながら、魅音は呟いた。
身体を前に傾ける魅音を見て、カイジは自身の感じる時間がいやに引き延ばされているように感じた。
ゆっくりとなった世界の最中で、ゆっくりと前方に倒れる魅音。
その顔には驚きしかなかった。
「……は……?」
魅音を見るカイジの顔にもまた驚きしかなかった。
視界の中では、ついに魅音が倒れ伏せる。
腹這になった魅音はそれきり何も言わない。
その表情も見えなくなってしまった。
「……魅音……?」
呆けるカイジを置いて、ドンという音が更に響いた。
カイジの顔の直ぐ横を、何かが音を経てて通過する。
痛みがきたのは、その直後。
熱い、何だか熱をもった痛みであった。
その痛みにカイジの意識は現実へと帰還する。
元通りになった体感時間の中、カイジは跳ねるように身体を動かし、後ろに振り返った。
「あー……ダメっスね……上手く当たらねえや……」
そこには、休憩コーナーで飲み物を買っている筈の佐原がいた。
佐原の手からは、か細い白煙が上がっている。
いや、白煙は佐原の手から上がっている訳ではない。
白煙は、佐原が握っている小型の拳銃から上がっていた。
「魅音には上手く当たったんだけどな……やっぱ、アンタ運があんだよ……」
「さ……はら……?」
「……動くなよ、カイジ……」
呆然のカイジを前にして佐原は一人言葉を紡ぎ、銃を構える。
「……佐原っ……お前……!」
信じられない光景に思考が止まりかけていたカイジであったが、ようやく状況が掴めてきたようであった。
自分は、佐原に、命を狙われている。
魅音は、佐原に―――撃たれた。
「遅ぇんだよ、カイジ……お前はここがどういう場所なのか分かってねえ……!」
気付けば、カイジは走り出していた。
佐原に背中を向け、一目散に。
立ち向かおうなどという感情は寸分も湧き立たなかった。
ただ、逃げる。
胸中からせり上がる恐怖に任せて、全力で逃げ出す。
「逃がすか……!」
が、駄目だった。
佐原の撃った弾丸が足を掠める。
当たった訳ではない、薄皮一枚が抉られた程度だ。
だというのに、カイジは足をもつらせて転倒してしまう。
寸分の痛みが恐怖心と混ざわって、本来の運動能力を削っていた。
カイジが行った決死の逃亡は僅か五メートルの距離しか離せなかった。
そんなカイジに佐原はゆっくりと近付いてくる。
接近し確実にカイジを仕留めるつもりなのだろう。
カイジは更に逃げようともがくが、手足が上手く動いてくれない。
完全な恐慌状態。
寸前にまで迫る余りにリアルな死に、カイジは冷静さを失っていた。
「お前は甘い……! 一度目の鉄骨渡りの時も、二度目の鉄骨渡りの時もそうだ……!
命の懸った土壇場でも他人の事を気に掛ける……!」
一歩、また一歩と、佐原が近付いていく。
カイジも必死の思いで身体を動かすが、全く意味をなさない。
「ここでだってそうだ……! こんな殺し合いの中だってのに、俺を疑おうともしなかった……!
激甘だっ……そんなんだから死ぬんだよ、カイジっ……!」
ふと、カイジの手に何かが触れた。
ドロリとした生暖かい液体。
それは魅音の体から流れた鮮血であった。
背中から胸部を貫いた弾丸は、魅音の身体から余りに大量の血液を絞り出す。
床一面を濡らす血液の量は、素人目にもその命が助からない事を示していた。
その血液の感触に、視覚に流れ込んでくる命の液体に、カイジは動きを止める。
そして、カイジの視線は殺人鬼たる佐原へと向けられた。
その瞳には、今までに無かった光が灯されている。
カイジは確固たる意志を以て、佐原を睨み付ける。
「……何でだ……何で殺し合いに乗ったっ……!」
その言葉には、力強さがあった。
一瞬前までのパニック状態からは考えられない、力強さが。
次に驚くのは佐原の番であった。
先程までとは明らかに違う。
何がこの男を変えさせたのか、佐原には分からなかった。
「こんな子どもを殺して……それでもお前は生き残りたいのかっ……!? こんな状況でさえも他人を心配しできるガキを殺してっ……!
こんな状況でさえ他人を想うことができるガキを殺してっ……! それでもてめえは生き残りたいのかよ、佐原ぁ……!!」
カイジの恐怖を塗り潰したのは怒りであった。
出会ってからたった二時間しか経っていない少女。
互いの過去も、互いの趣味さえも知らないような仲。
まだ信頼関係のしの字にすら至っていない、希薄な関係。
魅音とカイジの関係はその程度の筈だ。
その筈なのに―――カイジは怒る。
しかも、その怒りは死に対する恐怖すら呑み込む程に、強大で苛烈なものであった。
この状況を打開する策がある訳ではない。
ただ許せない。
魅音を殺害した佐原が、許せない。
だから言葉を吐く。
それだけであった。
「うるせぇ……うるせぇんだよ、カイジ……!
何も知らねえてめえが、『死』を経験した事もねえてめえが、一端に語ってんじゃねえ……!」
だが、佐原とて引けぬ道理がある。
道理があるからこそ、引き金を引いた。
他者を、仲間を、全てを蹴落とす覚悟をもって引き金を引いたのだ。
「お前は知らねえ……あの恐怖をっ……『死ぬ』恐怖をっ……!」
佐原の口も止まらない。
タカが外れたかのように舌が回る。
積もった感情が、爆発する。
「俺は『死んだんだ』……確かに一度っ……あの鉄骨から落ち、地面に激突してっ……!」
それは佐原の悲鳴であった。
抗えきれない恐怖に壊れそうな心。
その心を救済する為の、無意味な悲鳴。
でも、言わないと、吐き出さないと、心が壊れてしまいそうだった。
佐原の両目からは堰き止めきれぬ涙が零れていた。
「耳を切り裂く空気の音をっ……迫ってくる地面の恐怖をっ……何をどうしても助からねえ恐怖をっ……! てめえは知ってんのかよっ……!
死んだと思ったんだ……それで目を覚ましたら……助かったんだと思ったらっ……この地獄だぞっ……!?
死んで助かったと思ったら、また死ねって言われたんだっ……! この恐怖が分かんのかよ……!?」
涙を流して、鼻水を零して、唾を撒き散らせて、佐原は吼える。
己の感情を、咆哮にしてぶちまける。
「もう嫌なんだっ……死にたくねえんだっ……! 死にたくない……死にたくない……死にたくないっ……!
俺はもう死にたくないんだよ、カイジぃ……! だから……だから……殺すしかねえだろうがぁあああああああああ!」
立ち止まっていた佐原が、魅音の死体を踏み越えて大きく一歩踏み出す。
距離はもう2メートルと離れていない。
素人の腕であっても十分に狙った箇所を撃ちぬけるだろう。
カイジは動けない。
恐怖にではない、怒りにでもない。
ただ、やるせなさに動けない。
佐原は、やはり佐原だったのだ。
ただ狂わされた。
あの悪魔に、
帝愛グループに、
―――兵頭和尊に、狂わされた。
「死ねぇぇぇぇええええええ、カイジぃぃぃぃぃいいいいいいいい!!」
そして、引き金が絞られる。
寸前で、聞こえた気がした。
逃げて、と。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
引き金が絞られるよりも先に、佐原の身体が大きく跳ねた。
それは余りに不自然な挙動。
まるで強力な電撃を流されたかのような、そんな挙動。
糸が切れた人形のように倒れる佐原。
佐原の右脚には、押し付けられている物があった。
それはスタンンガン。
あの少女が装備していた筈の、武器。
「…………逃げ………て………」
今度は、はっきりと、聞こえた。
今にも欠き消えそうな、震えた、声。
カイジは全力で逃げ出していた。
声に押されるように、必死で足を動かす。
止めどない涙に視界が滲み、何がどうなっているのかすら分からなくなっても、カイジは足を止めない。
走る、走る、走る。
涙に溢れる瞳の奥に、ゲーム開始当初は存在しなかった光を灯して、カイジは走る。
その光は、数多の賭博地獄を潜り抜けてきた時の、いや今までのソレをも遥かに超越した光。
伝説の博徒が、真なる覚醒に至るその片鱗を見せていた―――、
【一日目/深夜/C-6・市街地】
【伊藤カイジ@賭博破戒録カイジ】
[状態]頬と右脚に傷
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品×1~3(武器はなし)
[思考]
0:ちくしょう……ちくしょうっ……!
1:ゲームの転覆を狙う。絶対に殺し合いには乗らない
◇
「痛ぇ……いて……え…………いや、だ………死にたく…………ねえ………」
そして、図書館に一人の男が取り残される。
佐原は泣きながら、もがいていた。
スタンガンの衝撃に麻痺を来した身体。
命に関わる事はないだろうが、その痛みと動かない身体が佐原に『死』を連想させていた。
恐怖が心を蝕む。
動かぬ身体でもがき、『死』から逃亡しようとする佐原。
カイジに言った事の大半は嘘っぱち。
鉄骨から落ちた時、地上にマットなど敷いてなかった。
入院なども適当に口から出た嘘だ。
この殺し合いに参加している『石田』があの『石田』かなんて知る訳がない。
鉄骨から落ち、迫る地面に震え、地面と激突し、痛みが身体を突き抜け、意識を失った所で、記憶は途切れている。
目が覚めれば、この殺し合いに連れてこられていたのだ。
カイジに話したのは、ただその場を取り繕おう為に吐いた嘘。
死なない為に、生き残る為に、カイジ達を騙す為に、カイジ達を殺す為に吐いた嘘だ。
「死にたく…………ねえ…………」
ただカイジに吐露した『死』への恐怖は本当であった。
怖い。
生きたい。
死にたくない。
佐原は、本当に『死』を恐れていた。
だから、彼は幸運だったのかもしれない。
いたぶられることもなく、その脳髄を拳銃で貫かれたのだから。
バン、という音が静寂の図書館に響き渡る。
佐原の身体がビクンと跳ね、それきり動きを止めた。
床を染め抜いていた魅音の血液に、新たなものが加えられる。
その血は、二度目の生を『死』という幻想に振り回されて終わった哀れな男の血液であった。
「……これが人間の本質だ、アムロ」
物言わぬ死体と化した佐原を見下ろす男がいた。
男は苦しげに顔を歪めて、二つの死体を見つめる。
3階のフロアから、男は今回の惨劇の一部始終を見ていた。
自分を犠牲に他を守った少女。
他人の死に心の底から怒り、恐怖を押し込めた男。
『死』への恐怖から保身に走った男。
三者三様の人間性を見せた惨劇は、結局のところ保身に走った男の一人勝ちで終わった。
その結果に、男は一言だけ言葉を零す。
男の名はシャア・アズナブル。
地球に住む人類に絶望し、反旗を翻した男。
この惨劇は、シャアにとってどう映ったのか。
シャアはそれきり口を閉ざし、しばらくの間二つの死体を見つめていた。
&color(red){【園崎魅音@ひぐらしのなく頃に 死亡】}
&color(red){【佐原@賭博黙示録カイジ 死亡】}
&color(red){【残り77名】}
【一日目/深夜/C-6・図書館】
【シャア・アズナブル@機動戦士ガンダム 逆襲のシャア】
[状態]健康
[装備]アムロの拳銃(9/10)@機動戦士ガンダム 逆襲のシャア
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品×0~2
[思考]
1:一先ず生き延びる事を優先させる。
[備考]
※インテグラの銃@HELLSING、詩音のスタンガン@ひぐらしのなく頃にが佐原たちの死体の傍に落ちています
|Back:[[When They Cry]]|時系列順で読む|Next:[[ケンカとは先に手を出した方の負けである]]|
|Back:[[When They Cry]]|投下順で読む|Next:[[ケンカとは先に手を出した方の負けである]]|
|[[野良犬の牙はいまだ抜けず]]|伊藤カイジ|Next:|
|[[野良犬の牙はいまだ抜けず]]|&color(red){園崎魅音}|&color(red){死亡}|
|&color(cyan){GAME START}|&color(red){佐原}|&color(red){死亡}|
|&color(cyan){GAME START}|シャア・アズナブル|Next:|
「おい魅音……! も、もうちょっとゆっくり歩いてくれ……!」
「何だカイジさん、体力ないなー。こんなんじゃ我が部活メンバーに遅れとっちゃうよ~」
バトルロワイアル開始してから一時間と三十分ほどが経過したその時、魅音とカイジの両名はC-6の住宅街を歩いていた。
武器はスタンガンが一つだけ。
どうにも頼り無い装備ではあるが泣きごとは言っていられない。
二人とも最大限の警戒を持って殺し合いの会場を歩いていく。
目指すはC-6の端にある図書館。
七十二時間という制限時間の中で奇跡を起こす為、深夜の行軍を続けていた。
「はぁ……何て体力だ、アイツ……」
繰り広げられる深夜の行軍に、先に根を上げ始めたのはカイジであった。
日がなグータラ生活を送ってきたカイジと、部活と称し野山を駆け回る魅音とでは根本的に体力が違う。
最近は地下での強制労働により身体を(それこそ拷問的なまでに)動かしていたカイジだが、地上に出てからは大して運動はしていない。
やはり体力的な差は大きかった。
(それにしても静かだな……)
今現在カイジ達が歩いている住宅街は、音一つない何とも静かなものであった。
聞こえるのは二つの足音と呼吸音、それと時折の会話ぐらいである。
思わず疑ってしまう。
実は殺し合いなんて冗談で、何にも起きちゃいないんじゃないかと。
淡い希望を抱いてしまう。
それが幻想だと理解していても、精神がそんな安らぎを求めてしまう。
(……駄目だ、気を引き締めろ……この殺し合いには兵藤が関わっているんだ……あの悪魔がっ……!)
カイジは小さく首を振り、心を改める。
カイジは知っていた。
あの悪魔は言ったことを必ず実行するという事を。
それが命に関わる凄惨な内容であろうと、絶対に実行するという事を。
焼き土下座や指の切断、鉄骨渡りに地下での強制労働。
自らの愉悦を満たす為ならば人道など二の次。
金と権力を振りかざして、どんな事でも行う。
それが帝愛グループ。
それが兵藤和尊という人間であると。
カイジは身を持って知っている。
ズキリ、と右手と左耳の古傷が痛んだ。
右手と左耳の傷―――それはカイジの敗北の印。
おそらく一生消える事のない敗北の傷痕であった。
「カイジさん、大丈夫?」
ふと気づけば、魅音が立ち止まりカイジへと振り向いていた。
俯き右手を抑えるカイジを心配そうに見つめている。
「……大丈夫だ……」
「……なら、良いけどさ。何かあったなら相談してね。私たちは仲間、一蓮托生なんだから!」
カイジはまるで眩しいものを見るかのように眼を細めた。
魅音は底抜けに明るく、他人を気遣うことのできる少女であった。
カイジからすれば久しく出会っていない人種。
裏切りの連続を経験し、借金地獄へと落ち、知らぬ間に心が荒んでいたカイジには、魅音がとても眩しくみえる。
俺にもこんな時があったのか、とらしくもない事を考えてしまう。
「じゃ、張り切って行きますか! そろそろ図書館にも着くと思うし」
「そうだな……行くか……!」
何処までも明るい魅音に、カイジも釣られて笑顔を浮かべる。
それがこの殺し合いに連れられて初めての笑顔だという事に、カイジは気付いているのか。
それが久しく浮かべていない本心からの笑顔だという事に、カイジは気付いているのか。
ともあれ、カイジと魅音は先へと歩みを続ける。
十数分後にある出会いを知らずに―――二人は歩いて行く。
◇
「お、やっと到着だね」
「よ、ようやくか……」
そして二人はC-6の図書館へと辿り着く。
住宅街の外れにあった図書館。
それは図書館にしては相当に大きく、縦に長い六階建ての建物であった。
外見はまるで立方体を六つ縦に重ねたかのような造形になっており、カイジには余り見覚えのない造形であった。
中に入ると、そこは吹き抜けになっており、天窓からは星空と満月が見える。
これが昼間ならば図書館全体が降り注ぐ陽光に照らされることになるのだろう。
「……広いね」
「ああ……」
中は広く、玩具や遊具のある幼児を遊ばせておくコーナーや、ガラス窓で覆われた喫煙コーナー、自動販売機が並べられた休憩コーナーもある。
ど真ん中を突き抜けるように立ち、図書館全体を支えている支柱も、施設そのものの広さによりそれ程目立つこともない。
殺し合いの会場に置いてあるものとは思えない程に、設備の整った空間であった。
「んじゃ、どうしよっか。取りあえず情報の整理でもやっとく?」
「そうだな……これからの行動についても詳しく決めておこう……」
カイジと魅音は中へ進み、適当な椅子に腰を掛ける。
だいぶ疲労が溜まっていたのか、カイジは椅子に座ると四肢を伸ばして大きく息を吐いた。
カイジの横に腰掛けながら、魅音はそのカイジの様子に苦笑する。
「お疲れだね、カイジさん」
「まあな……てか、お前は大丈夫なのかよ……?」
「おじさんは大丈夫だよ。元気、元気!」
魅音の笑顔が虚勢だと、カイジは一目で見抜いた。
当然だ、見た目は大人びているとはいえ魅音はまだ子ども。
そんな子どもが殺し合いを強制され、見知らぬ場に拉致されている。
加えて友人も拉致され、同様に命を握られている現状だ。
こうして笑っていられるのも奇跡的といえる。
その精神に掛かるストレスは相当なものなのだろう。
「……無理すんなよ……」
「へ?」
「お前はまだガキなんだ……一人でそんな抱え込むじゃねえってことだ……」
「……」
「……俺達は仲間なんだろーが」
視線を合わせずにカイジは言い放った。
やはりその顔を照れくささに朱に染まっている。
似合わねぇな、とはカイジ自身が一番感じていた。
子どもを諭すなど、自分みたいなダメ人間が行うような事ではない。
もっと相応しい人間がやるべきだ、とカイジは思う。
心の中で、カイジは小さく溜め息を吐いた。
「……ぷっ、はは! あはははは!」
「おい、笑うんじゃねえよ……! 俺だって恥ずかしいんだ……!」
案の定、魅音に笑われてしまった。
カイジはいよいよ顔を真赤にして、声を上げる。
その顔が魅音の方へと向いた。
「いやー、ごめんごめん。でも、カイジさんの心遣いは嬉しいよ」
そして視線があった。
からかうような声とは裏腹に、気恥ずかしげな顔を浮かべる魅音と。
正面からぶつかる視線に、カイジは言葉を飲み込み黙り込んでしまう。
思えば、女性とこんな間近な距離で話すのは本当に久し振りかもしれない。
(な、なに考えてんだ……! 相手はまだガキだぞ、おいっ……!)
一瞬とはいえ、中学生の少女を『女』として認識してしまった自分に失望しながら、カイジは再度視線を逸らす。
腕を組み、正面を見て話題を変えようと口を開き―――、
―――そこで、見た。
数分前の自分達と同様に図書館へと入ってくる人物の姿を。
そして、カイジは今度こそ本当に言葉を失う。
「? カイジさん?」
放心するカイジを見て、魅音は怪訝な表情を浮かべる。
カイジの視線に釣られて視界を動かすと、そこには一人の男がいた。
短髪を金に染め、ジーンズとTシャツにYシャツを羽織っただけのラフな服装の男。
魅音には見覚えのない男であった。
咄嗟に身構える魅音。
スタンガンを握る手に力が込められる。
「……カ、カイジ……さん……」
男は愕然とした表情でカイジを見つめていた。
魅音のことは視界にすら入っていないようであった。
ただ呆然とカイジを見ている男。
それきり言葉を発する者はいなくなり、たっぷりと十秒程の沈黙が流れていく。
その沈黙の中、最初に言葉を発したのは、最初に閉口した伊藤カイジであった。
「……さ……はら……?」
十秒程の沈黙も彼の心中を平常に戻すには足りなかったのであろう。
カイジは未だ信じられないといった様子で、その名前を呟いた。
佐原。
二度と出会うことはないと思っていた人間の名前を、カイジは呟いた。
◇
「へー、そんな事があったんだ。良かったね、助かって」
「ああ……まあ、治療費だなんだで借金は増えちまったけどな……」
それから更に数分後、佐原はカイジ達と机を挟んで対面に座っていた。
佐原の口から語られたのは軽い自己紹介と、鉄骨渡りの後からこの殺し合いに参加させられるまでの経緯であった。
佐原の話によると、鉄骨渡りの時地上にはレスキューようの巨大なマットがあり、参加者の一部はそのマットに落下し助かったのだという事。
だが、風に流されたり、打ち処が悪かったりと結局生還したのは石田と佐原の二人だけ。
その二人も無傷とはいかず相当な大怪我を負い、帝国グループが支援する病院に入院。
治療費という多額の負債を抱えさせられたとの事である。
だが、この殺し合いに参加させられた経緯はハッキリとしてなく、カイジ達同様に気付いたら参加させられていたらしい。
佐原はニコニコとへつらいながら経緯を話していた。
カイジはその佐原の態度に記憶があった。
カイジとコンビニでバイトをしていた時と同じで、猫を被っている。
普段の生活ではこのお茶らけたキャラで通しているのだろう、と適当に分析しながらカイジは口を開く。
「……本当に久し振りッすね、カイジさん……」
「ああ……本当に驚いてるよ……」
そう言うカイジの表情は先程までよりも更に深い笑顔だった。
死んでいたと思っていた仲間の生存に、何よりその仲間との再会にカイジは喜びを隠せない。
「いやあ、連絡できなくてホントに申し訳ありませんでした……アイツ等、四六時中俺のこと監視してるみたいでして……」
「気にすんな、俺も連絡の取れねえ所にいたからよ……」
佐原は支給品の500mlの飲料水を飲みほすと、空のペットボトルを捨てに立ち上がる。
自販機が並ぶ休憩コーナーへと歩いて行った。
「それで、これからどうするんですか……カイジさんは勿論、魅音も殺し合いには乗らないんだろう……?」
ペットボトルを専用のゴミ箱に捨てると、佐原はポケットに手を突っ込み、小銭を取り出す。
何処からか盗んできたのだろうか、ランダム支給品として入っていたのだろうか。
それはさて置き、佐原は小銭を自販機へといれる。
買ったのは三本の缶コーヒーであった。
「これから、か……。佐原さんとカイジさんにはもう一人知り合いがいるんだよね?」
「ああ、石田って人がいる……。そうだな、石田さんには伝えたい事が山ほどある……早めに合流したいところだが……」
「石田かぁ~……あの人、大丈夫なんスかねえ……」
そう言ってカイジ達に缶コーヒーを手渡す佐原。
コーヒー渡し終えると先ほど同様に、カイジ達の対面へ腰を下ろす。
佐原の話によると石田もあの鉄骨渡りから生還しているらしい。
ならば、参加者名簿にある『石田光司』はカイジの知る『石田光司』である可能性が高いだろう。
確かに情けない印象の強い石田であるが、カイジは知っている。
その根柢にある、その臆病の奥にある、意地、強さ、矜持を。
カイジは知っている。
「大丈夫さ……いざという時のあの人は、俺よりもずっと強い……」
「あの石田が、鉄骨渡りをクリアしたカイジさんよりもぉ……? 有り得ないっスよ、それは~……」
「お前は先に進むのに集中してて見てなかったろうがな……あの人はスゴいよ、本当に……」
「へぇ~。石田さんかー、何だか会ってみるのが楽しみになってきたなー」
何とも納得いかない表情でポケットの小銭をいじくる佐原に、笑顔でカイジを見る魅音。
二人が見せる正反対の反応に苦笑しかけながら、カイジは次の話題を持ち出す。
「魅音、お前の友だちも殺し合いに呼ばれてるんだろ……? 前原と竜宮っていったか……」
「えぇ……!? マジかよ、それ……!」
「うん。でも……心配することないよ! 二人とも『部活』で相当に鍛えられてるからね~」
やはり強がりだ、とカイジには感じる。
どんなに大人びた容姿をしていても精神的にはまだ中学生の子ども。
友人が気掛かりになるのは当然。むしろその感情を推して、他人の心配ができるだけでも相当な強さであろう。
「……まずは前原達や石田さんとの合流を目指そう……何をするにもまずは仲間が必要だ……」
「そうっスね……じゃあ、当分は適当に施設でも回って他の参加者探しですか……」
「そうだねえ。……でも、外を出歩いてたら殺し合いに乗ってる人とも会っちゃうかもしれないよ?」
魅音の言葉にカイジは一度頷き、口を開く。
「そうだ……だが何処かに籠城するにせよ、出歩くにせよ、危険は付き纏うさ……なら、危険を犯してでも攻めるべきだ……!」
「それに72時間っていう制限時間もありますしね……」
カイジの言葉に魅音も無言で頷く。
72時間のタイムリミットがある限り、カイジの案に反対する理由はなかった。
危険を避けてばかりいてはゲームのクリアなど出来る筈がない。
それは『部活』を通して数多のゲームをしてきた魅音にも同意できる事であった。
「じゃあ、一先ずは図書館の中を探索しよう……! それと念の為、飲み物はできるだけ買っていった方がいいな……」
「んじゃ、俺、飲み物買っときますよ……カイジさんと魅音はこの中探索してて下さいよ……」
「よろしくね、佐原さん」
「何かあったら直ぐに知らせろよ、佐原……」
「大丈夫っスよ、任せて下さい……!」
そうして三人は別れ、それぞれ役割を果たそうとする。
佐原はデイバックの中を探り、これから行う事に必要な物品を見つけ出す。
カイジと魅音は佐原に背中を向け、六階建ての図書館を見上げる。
これを全部探索するのは中々に骨が折れそうだと思いながら、カイジは魅音へと視線を送った。
魅音は施設の行き届いていた図書館を珍しげに見ていた。
確か結構な田舎出身だとか言ってたな、とカイジは思い出す。
「おい、行くぞ……時間が惜しい……」
と、カイジが声を掛けたその時である。
―――ドカン、と後ろから音が轟いた。
「―――あ」
そう、声を上げたのは魅音であった。
何故だか身体を前に倒しながら、魅音は呟いた。
身体を前に傾ける魅音を見て、カイジは自身の感じる時間がいやに引き延ばされているように感じた。
ゆっくりとなった世界の最中で、ゆっくりと前方に倒れる魅音。
その顔には驚きしかなかった。
「……は……?」
魅音を見るカイジの顔にもまた驚きしかなかった。
視界の中では、ついに魅音が倒れ伏せる。
腹這になった魅音はそれきり何も言わない。
その表情も見えなくなってしまった。
「……魅音……?」
呆けるカイジを置いて、ドンという音が更に響いた。
カイジの顔の直ぐ横を、何かが音を経てて通過する。
痛みがきたのは、その直後。
熱い、何だか熱をもった痛みであった。
その痛みにカイジの意識は現実へと帰還する。
元通りになった体感時間の中、カイジは跳ねるように身体を動かし、後ろに振り返った。
「あー……ダメっスね……上手く当たらねえや……」
そこには、休憩コーナーで飲み物を買っている筈の佐原がいた。
佐原の手からは、か細い白煙が上がっている。
いや、白煙は佐原の手から上がっている訳ではない。
白煙は、佐原が握っている小型の拳銃から上がっていた。
「魅音には上手く当たったんだけどな……やっぱ、アンタ運があんだよ……」
「さ……はら……?」
「……動くなよ、カイジ……」
呆然のカイジを前にして佐原は一人言葉を紡ぎ、銃を構える。
「……佐原っ……お前……!」
信じられない光景に思考が止まりかけていたカイジであったが、ようやく状況が掴めてきたようであった。
自分は、佐原に、命を狙われている。
魅音は、佐原に―――撃たれた。
「遅ぇんだよ、カイジ……お前はここがどういう場所なのか分かってねえ……!」
気付けば、カイジは走り出していた。
佐原に背中を向け、一目散に。
立ち向かおうなどという感情は寸分も湧き立たなかった。
ただ、逃げる。
胸中からせり上がる恐怖に任せて、全力で逃げ出す。
「逃がすか……!」
が、駄目だった。
佐原の撃った弾丸が足を掠める。
当たった訳ではない、薄皮一枚が抉られた程度だ。
だというのに、カイジは足をもつらせて転倒してしまう。
寸分の痛みが恐怖心と混ざわって、本来の運動能力を削っていた。
カイジが行った決死の逃亡は僅か五メートルの距離しか離せなかった。
そんなカイジに佐原はゆっくりと近付いてくる。
接近し確実にカイジを仕留めるつもりなのだろう。
カイジは更に逃げようともがくが、手足が上手く動いてくれない。
完全な恐慌状態。
寸前にまで迫る余りにリアルな死に、カイジは冷静さを失っていた。
「お前は甘い……! 一度目の鉄骨渡りの時も、二度目の鉄骨渡りの時もそうだ……!
命の懸った土壇場でも他人の事を気に掛ける……!」
一歩、また一歩と、佐原が近付いていく。
カイジも必死の思いで身体を動かすが、全く意味をなさない。
「ここでだってそうだ……! こんな殺し合いの中だってのに、俺を疑おうともしなかった……!
激甘だっ……そんなんだから死ぬんだよ、カイジっ……!」
ふと、カイジの手に何かが触れた。
ドロリとした生暖かい液体。
それは魅音の体から流れた鮮血であった。
背中から胸部を貫いた弾丸は、魅音の身体から余りに大量の血液を絞り出す。
床一面を濡らす血液の量は、素人目にもその命が助からない事を示していた。
その血液の感触に、視覚に流れ込んでくる命の液体に、カイジは動きを止める。
そして、カイジの視線は殺人鬼たる佐原へと向けられた。
その瞳には、今までに無かった光が灯されている。
カイジは確固たる意志を以て、佐原を睨み付ける。
「……何でだ……何で殺し合いに乗ったっ……!」
その言葉には、力強さがあった。
一瞬前までのパニック状態からは考えられない、力強さが。
次に驚くのは佐原の番であった。
先程までとは明らかに違う。
何がこの男を変えさせたのか、佐原には分からなかった。
「こんな子どもを殺して……それでもお前は生き残りたいのかっ……!? こんな状況でさえも他人を心配しできるガキを殺してっ……!
こんな状況でさえ他人を想うことができるガキを殺してっ……! それでもてめえは生き残りたいのかよ、佐原ぁ……!!」
カイジの恐怖を塗り潰したのは怒りであった。
出会ってからたった二時間しか経っていない少女。
互いの過去も、互いの趣味さえも知らないような仲。
まだ信頼関係のしの字にすら至っていない、希薄な関係。
魅音とカイジの関係はその程度の筈だ。
その筈なのに―――カイジは怒る。
しかも、その怒りは死に対する恐怖すら呑み込む程に、強大で苛烈なものであった。
この状況を打開する策がある訳ではない。
ただ許せない。
魅音を殺害した佐原が、許せない。
だから言葉を吐く。
それだけであった。
「うるせぇ……うるせぇんだよ、カイジ……!
何も知らねえてめえが、『死』を経験した事もねえてめえが、一端に語ってんじゃねえ……!」
だが、佐原とて引けぬ道理がある。
道理があるからこそ、引き金を引いた。
他者を、仲間を、全てを蹴落とす覚悟をもって引き金を引いたのだ。
「お前は知らねえ……あの恐怖をっ……『死ぬ』恐怖をっ……!」
佐原の口も止まらない。
タカが外れたかのように舌が回る。
積もった感情が、爆発する。
「俺は『死んだんだ』……確かに一度っ……あの鉄骨から落ち、地面に激突してっ……!」
それは佐原の悲鳴であった。
抗えきれない恐怖に壊れそうな心。
その心を救済する為の、無意味な悲鳴。
でも、言わないと、吐き出さないと、心が壊れてしまいそうだった。
佐原の両目からは堰き止めきれぬ涙が零れていた。
「耳を切り裂く空気の音をっ……迫ってくる地面の恐怖をっ……何をどうしても助からねえ恐怖をっ……! てめえは知ってんのかよっ……!
死んだと思ったんだ……それで目を覚ましたら……助かったんだと思ったらっ……この地獄だぞっ……!?
死んで助かったと思ったら、また死ねって言われたんだっ……! この恐怖が分かんのかよ……!?」
涙を流して、鼻水を零して、唾を撒き散らせて、佐原は吼える。
己の感情を、咆哮にしてぶちまける。
「もう嫌なんだっ……死にたくねえんだっ……! 死にたくない……死にたくない……死にたくないっ……!
俺はもう死にたくないんだよ、カイジぃ……! だから……だから……殺すしかねえだろうがぁあああああああああ!」
立ち止まっていた佐原が、魅音の死体を踏み越えて大きく一歩踏み出す。
距離はもう2メートルと離れていない。
素人の腕であっても十分に狙った箇所を撃ちぬけるだろう。
カイジは動けない。
恐怖にではない、怒りにでもない。
ただ、やるせなさに動けない。
佐原は、やはり佐原だったのだ。
ただ狂わされた。
あの悪魔に、
帝愛グループに、
―――兵頭和尊に、狂わされた。
「死ねぇぇぇぇええええええ、カイジぃぃぃぃぃいいいいいいいい!!」
そして、引き金が絞られる。
寸前で、聞こえた気がした。
逃げて、と。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
引き金が絞られるよりも先に、佐原の身体が大きく跳ねた。
それは余りに不自然な挙動。
まるで強力な電撃を流されたかのような、そんな挙動。
糸が切れた人形のように倒れる佐原。
佐原の右脚には、押し付けられている物があった。
それはスタンンガン。
あの少女が装備していた筈の、武器。
「…………逃げ………て………」
今度は、はっきりと、聞こえた。
今にも欠き消えそうな、震えた、声。
カイジは全力で逃げ出していた。
声に押されるように、必死で足を動かす。
止めどない涙に視界が滲み、何がどうなっているのかすら分からなくなっても、カイジは足を止めない。
走る、走る、走る。
涙に溢れる瞳の奥に、ゲーム開始当初は存在しなかった光を灯して、カイジは走る。
その光は、数多の賭博地獄を潜り抜けてきた時の、いや今までのソレをも遥かに超越した光。
伝説の博徒が、真なる覚醒に至るその片鱗を見せていた―――、
【一日目/深夜/C-6・市街地】
【伊藤カイジ@賭博破戒録カイジ】
[状態]頬と右脚に傷
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品×1~3(武器はなし)
[思考]
0:ちくしょう……ちくしょうっ……!
1:ゲームの転覆を狙う。絶対に殺し合いには乗らない
◇
「痛ぇ……いて……え…………いや、だ………死にたく…………ねえ………」
そして、図書館に一人の男が取り残される。
佐原は泣きながら、もがいていた。
スタンガンの衝撃に麻痺を来した身体。
命に関わる事はないだろうが、その痛みと動かない身体が佐原に『死』を連想させていた。
恐怖が心を蝕む。
動かぬ身体でもがき、『死』から逃亡しようとする佐原。
カイジに言った事の大半は嘘っぱち。
鉄骨から落ちた時、地上にマットなど敷いてなかった。
入院なども適当に口から出た嘘だ。
この殺し合いに参加している『石田』があの『石田』かなんて知る訳がない。
鉄骨から落ち、迫る地面に震え、地面と激突し、痛みが身体を突き抜け、意識を失った所で、記憶は途切れている。
目が覚めれば、この殺し合いに連れてこられていたのだ。
カイジに話したのは、ただその場を取り繕おう為に吐いた嘘。
死なない為に、生き残る為に、カイジ達を騙す為に、カイジ達を殺す為に吐いた嘘だ。
「死にたく…………ねえ…………」
ただカイジに吐露した『死』への恐怖は本当であった。
怖い。
生きたい。
死にたくない。
佐原は、本当に『死』を恐れていた。
だから、彼は幸運だったのかもしれない。
いたぶられることもなく、その脳髄を拳銃で貫かれたのだから。
バン、という音が静寂の図書館に響き渡る。
佐原の身体がビクンと跳ね、それきり動きを止めた。
床を染め抜いていた魅音の血液に、新たなものが加えられる。
その血は、二度目の生を『死』という幻想に振り回されて終わった哀れな男の血液であった。
「……これが人間の本質だ、アムロ」
物言わぬ死体と化した佐原を見下ろす男がいた。
男は苦しげに顔を歪めて、二つの死体を見つめる。
3階のフロアから、男は今回の惨劇の一部始終を見ていた。
自分を犠牲に他を守った少女。
他人の死に心の底から怒り、恐怖を押し込めた男。
『死』への恐怖から保身に走った男。
三者三様の人間性を見せた惨劇は、結局のところ保身に走った男の一人勝ちで終わった。
その結果に、男は一言だけ言葉を零す。
男の名はシャア・アズナブル。
地球に住む人類に絶望し、反旗を翻した男。
この惨劇は、シャアにとってどう映ったのか。
シャアはそれきり口を閉ざし、しばらくの間二つの死体を見つめていた。
&color(red){【園崎魅音@ひぐらしのなく頃に 死亡】}
&color(red){【佐原@賭博黙示録カイジ 死亡】}
&color(red){【残り80名】}
【一日目/深夜/C-6・図書館】
【シャア・アズナブル@機動戦士ガンダム 逆襲のシャア】
[状態]健康
[装備]アムロの拳銃(9/10)@機動戦士ガンダム 逆襲のシャア
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品×0~2
[思考]
1:一先ず生き延びる事を優先させる。
[備考]
※インテグラの銃@HELLSING、詩音のスタンガン@ひぐらしのなく頃にが佐原たちの死体の傍に落ちています
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