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365 名前:1/4 投稿日:2006/07/26(水) 05:35:17
「皆の者、朕は嬉しいぞ~」
その慇懃無礼な献帝の声が、夜闇に包まれた森林の静寂を壊す。
音に反応して、辺りでも大きな木、その大降りの枝の乗る男が目を閉じ眉間にしわを寄せた。
―今夜は静かだな―彼がそう思った矢先にこんな不愉快な音が耳に入る。
(・・・ふん・・・こんな場で穏やかな夜を望むなんて事が、そもそも無意味ってものか)
内心の不快感を表すように張コウは舌打ちした。

『張角以外の誰にも会っていない』
それが彼の幸運でもあり、また不運でもある。
前夜は銃声や怒声、悲鳴は耳に届いたものの、さほど近くもなかったし戦闘を行う事もなかった。
おそらくだが、知った者も声を上げてはいなかったと言える。
そして十分に竹刀を扱い
『通常の剣よりはずっと軽い。威力は低いが急所を突けば致命傷や悶絶に至る』
と、前向きな結論を出す時間もあった。
身のこなしなら、自分はかなり長じている。
強者以外なら不意を突いてノドや鳩尾、金的を攻撃できる自信がある。
問題なのは、彼の志を知る人間が現在1人もいないという事か。
曹操はおろか、他の魏の重臣にすら会っていない。
そうこうしている間に、すでに楽進や徐晃が死んでいる。
このままでは、多くの『理解してくれるかもしれない』人間がいなくなるかもしれない。



366 名前:2/4 投稿日:2006/07/26(水) 05:37:43
『現時点では殺すべき対象』の献帝の声が響く中、張コウはまた物思いに耽る。
(だが、信用してくれるか・・・?)
現時点での彼の最大の疑問、不安はそこにあった。
あるいは今生き残っている者とて、殺戮を楽しんでいるかもしれない。
自分とて、曹操や夏侯惇、夏侯淵、司馬懿達を完全に信用するか?というとやはり疑問だ。
心底ではあまり誰も信頼していない。信用したくない。
それと同じように、自分とて曹操達にそう思われているかもしれない。
元々自分はどこか熱くなりやすいところがあるが、やや酷薄に近い。
殺しが格段に好きとは言わないが、決して嫌いではない。
それどころか、この場において曹操が王の器たらねば、殺してしまうかもしれない。
―自分ひとりが生き残って王になろうと、自分に治めきれるとは思わない―
―将軍として生きたいから、献帝を殺す―
―『殺したくないから』『殺しあうのはイヤだ』そんな思いは微塵もない―
献帝殺害の理由も、やや攻撃的なそんな理由からだ。
そんな自分が『手を組んで献帝殺害』と言ったところでいったい何人が信用するだろうか?
(・・・掲げた主義にしては、似合わない性格だな)
わずかにでも己の武器に殺傷能力があることを確認できると、そんな己の性格を再確認できる。
ふと自嘲の笑いが浮かんだ。そのまま、また一休みしようと眼を閉じる。



367 名前:3/4 投稿日:2006/07/26(水) 05:39:27
『顔良』

だが献帝が発したその名前に、張コウはふと眼を開ける。
(死んだか、顔良・・・お前らしいというか、早い死に様だな。さて、そのご主君は?)
かつて同僚であった人間に彼なりの餞別を送った後、彼は袁紹の事を思う。
ここ一昼夜、彼はなぜかよく袁紹のことが頭に浮かんでいた。
別に袁紹は特に好きでも嫌いでもない。強いて思うなら優柔不断な奴だと印象づいている。
なのになぜだろう?
彼はその理由についてまた考える。
すでに袁家の臣の大半が散っているからか?
それとも、己が袁家を離れた原因である郭図が死んだからか?
それとも・・・?
「袁紹にも、王の素質はあると・・・ひょっとしたらオレがそう思っているからか?」
彼が自分に言い聞かせるようにそう呟く。
その後、献帝の声は止まり、また穏やかな静寂が辺りに広がった。

枝に吊り下げたバッグから備品を取り出し、服にしまう。
そのまま、竹刀と水の容器を取り出し水を口に含み、うがいをして吐き出す。
左手にその水の容器を、右手に竹刀を手に持ったまま、張コウは枝から地面に飛び降りた。
『そろそろ動くか』
そう考えたのだ。
軽く屈伸をした後に視線を上げ、高い枝に吊り下げたままの空のバッグを一瞥する。
罠に使えない事もないが、置いて行ってもいい。
そもそもバッグという疑似餌に引っかかる奴はろくな道具を持っていないだろう。



368 名前:4/4 投稿日:2006/07/26(水) 05:40:56
(まずは水を補充するか。小さな川くらいならその辺にいくらでもあるだろう。
 水源を絶たれて失敗した、山頂好きの誰かさんの先例もあるしな)
思い笑いながら、少しだけ疑問が浮かぶ。
今の自分の肉体は若い。だが、老いた頃の戦の経験をなぜ最近の様に思い出せるのか。
気にはなるが、それは1人で考えるより誰かと相談したほうがいいだろう。
(水を補給した後は曹操殿・・・まあ袁紹殿でもいいが・・・を探すとするか・・・。
 この擬似の剣よりいい武器を持っている奴から、不意を突き武器を奪い取ってもいいかな。
 あまり銃とは戦いたくないが・・・)
袁紹も候補に入ったが、彼にとって王の器たるのはやはり曹操である。
ひとまずは、曹操と会うことを最重要目的に据える。
(だが・・・)
一呼吸おいて水の器を下に置き、地面から枯れ葉を拾い、中に舞い上げる。
(だが、もしオレから見て王の器たらねば、その時は・・・)
右手を振り上げる。
「まさかな・・・そんなはずはないか」
竹刀の軽く鋭い風切り音が枯れ葉に当たり、葉は砕け割れ地に落ちた。

曹操に会う時、彼はどのような思いを抱いているのだろうか。
それはまだ、彼自身もわからない。

@張コウ【竹刀】
※洛陽西の森林から、許昌へ。
※手を組むのは曹操以外に袁紹でもいいか、と考えてきています。
※やや攻撃的になってきました。

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最終更新:2007年11月17日 21:24
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