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28 名前:1/7 投稿日:2006/10/11(水) 01:15:55
錦馬超とはよく言ったものだと思う。
その見事な武勇や鮮やかな馬術はもちろん、
西涼という土地柄が為し得たのだろう彫りの深い顔立ち、
馬家の跡取りとして育った故に身に付いている所作の美しさ。
それらの美徳はごく自然に、馬超の一部だった。
錦が、それを成す糸の輝きも、綾の妙も、織られた柄の見事さも
その全ての美しさを自然にはらんでいるように。

幼い頃からこの美しい従兄弟は馬岱の誇りだった。
そしてただ一人の主君であった。
誰に打ち明けたこともなかったが、蜀に下った後もずっと。
馬超が星になってからも、ずっと。

共に歩く従兄弟の美貌は全く変わらない。
馬岱が憧れ、尊敬し、忠誠を誓った錦馬超そのままである。
だが、何かが足りない。
例えば、その瞳に宿っていた苛烈な炎が。
例えば、側に控えるだけで肌に感じた風格が。
錦を織りなす綺羅糸が、どこか欠けている感じがした。

「……岱?」
気がつけば、その横顔を凝視していたようだ。
馬岱は慌てて視線を逸らし、その不自然さに気づいてまた視線を戻した。
やはり、変わらない。
こちらを見るときの首の傾げかたも。色素の薄い瞳の色も。
そう、馬超の“器”は何も変わっていない。



29 名前:2/7 投稿日:2006/10/11(水) 01:16:47
「……どうした?」
「あ、いや……アニキ、疲れてない?」
取り繕うような馬岱の問いかけに、馬超はゆるゆると首を横に振った。
だがその返答とは裏腹に馬超は静かに歩みを止めた。
ぼんやりと立ち尽くす馬超を、馬岱もただ見ているしかできなかった。

洛陽を出た時、馬超がこの殺戮ゲームに乗ったように見えたのは気のせいだったのだろうか?
今の馬超からは、覇気が全く感じられない。
時折馬岱にだけ見せる穏やかな表情だけが全てである。
殺戮を望む者たちから、この無気力な従兄弟を守らなければ。
今の馬岱はむしろ、そんな使命感に駆られていた。

馬超はゆっくりと腰を下ろしザックに手を入れた。
やはり疲れてきたのかもしれない。
水が飲みたいのかもしれない。道中採った果物もあったはずだ。
馬岱も追従するように腰を落ち着けて、ザックを漁り食べ物を探す。
馬超はザックから取り出した物体をふ、と背後に投げた。

「なッ……!」
突然の馬超の行動に、高順は驚愕する暇も与えられなかった。
とっさに目を庇い、地に伏せ転がるのが精一杯だった。
訳が分からないまま、第二撃が高順を襲う。
熱かった。




30 名前:3/7 投稿日:2006/10/11(水) 01:17:36
「ア、アニキ!」
馬超の行動に驚いたのは馬岱も一緒である。
ここまで襲ってくる爆風に僅かに眉根を寄せながら、
馬超はもう一つ手榴弾を放った。
全く躊躇いのないその動作は、鳥に餌を放るような仕草だった。
誰かいる。影が動いた。人がいるのだ。馬超は人を殺そうとしている!
止めなければ。
殺さなければ殺される。そんな世界律など忘れて、馬岱はただ止めなければ、と思う。
だが馬岱の手は馬超に届かない。
ふわ、と躍り出た馬超の背中が、何故かとても脆いものに見えた。
かつては何よりも頼もしいと思っていた従兄弟の背中が。

とうの昔に克服したはずの感情が高順を支配していた。

恐怖。

高順が殺戮の予感に酔っていたことは事実である。
あの二人。どちらがより強い武人だろうか。二人がかりでこられた場合どうか。
馬超と馬岱を値踏みしながら、戦いの前の高揚感を噛み殺していた。
だが馬超のあまりに自然な動作。
ザックに手を入れたのも、食べ物でも取り出すようにしか見えなかった。

高揚感であれ嫌悪感であれ、戦う時―――言ってしまえば、人を殺す時―――人の精神とは揺らぐものだ。
気配を気取られぬよう、普通はそれを押し殺す。



31 名前:4/7 投稿日:2006/10/11(水) 01:18:42
だが馬超からは押し殺した殺意さえ感じられなかった。
歴戦の武人であるが故に、高順はその事実に戸惑う。
例えば呂布。彼が放つ殺気は並の兵卒ならそれだけで怯むほどの威圧感がある。
そして迸る殺意のままに武器を振るう。殺気が肌に届く前に、戟が首に届くのだ。
圧倒的な存在感。凄まじい速さ。それらが呂布の強さの一端を担っていると言えよう。
今の馬超はそれと真逆だった。
威圧感もない。殺意もない。ただ不気味な虚ろだけがある。

全身に火傷を負いながらも、どうにか迎え撃とうとする高順。
滑るように近づき、馬超はMP5の弾をばらまくように連射する。
牽制のためなのか、殺すつもりで撃っているのか、それすらもわからない。
無表情のまま、機関銃の反動に髪を揺らす馬超はまるで壊れた人形のようだ。
脚が熱かった。だが高順は倒れない。
混乱し、恐怖する中でなんという精神力だろう。
武人の誇り、あるいは戦士としての習性が今の高順を支えている。

陥とせぬ陣はない、と讃えられた高順。
陣とは、ただ圧倒的な力で叩き潰せばよいというものではない。
陣を読み、弱みを突き、崩す。
陥陣営と呼ばれる所以は、ただ武力のみにあらず。その眼力にある。



32 名前:5/7 投稿日:2006/10/11(水) 01:19:35
しかし。
この男の気が、殺意が、陣が―――読めない。

天下無双と謳われた呂布。最強の武人とはああいう男だと思っていた。
しかし、この男は。
呂布とは対極にありながら、等しく強い。
……だが。“これ”は……“人”なのか?
その感覚が、高順に恐怖を覚えさせる。

人を殺す時にも、虫を潰すほどにも動揺しない。
息をするように、歩くように、人を殺せる。
それが、『最強である』ということなのか……?


馬超は玩具に飽きた子供のようにMP5を放り捨てた。
腰に括りつけていたダガーを抜き、す、と動く。
高順は狼牙棍を強く握りしめる。あまり感覚は無かった。
しかしあれほどの爆撃でも武器を手放さないとは。
自分でも少し呆れた。きっと自分は骨の髄まで戦人なのだろう。
ならば最期まで、そうありたい。
残された全ての力で、武器を振るう。

ふわりと飛び込んできた馬超。わずかに身体を捻り、狼牙棍をかわす。
逆手に持ったダガーで高順の喉笛を抉る。
絶叫は声にならない。


強さとは何なのか?
“これ”が最強の武人の行き着くところなのか?
ならば、今まで自分がしてきた戦いは全て児戯に過ぎないのか?
問いかけの中、高順の意識は沈んだ。



33 名前:6/7 投稿日:2006/10/11(水) 01:24:17
男は倒れた。
馬岱は凍り付き、棒立ちになっていた。

……あれは、“何”だ?

馬超の姿をした“何か”は、ダガーの血を振り払い鞘に納めた。
男の持っていた武器とさっき放った自分の銃を拾い上げ、こちらへやってくる。
ひ、と喉に悲鳴が貼り付く。
わずかに後ずさる馬岱。だが背を向けて逃げることは出来なかった。
端正な顔立ちも、薄い色の瞳も、優雅な所作も、全部そのままだったから。
例え返り血に染まっていても。
自分も殺されるのだろうか、と妙に静かな気持ちで馬岱は待っていた。
馬超が来た。
「よかった」
馬超の言葉に、馬岱は顔を上げる。
「よかった。岱が無事で」
馬超は笑っていた。初めて、空虚ではない瞳で。
ああ。
馬岱はその時自らの罪を悟った。

俺の、せいなのか。

馬岱はあの時馬超から逃げた。
乗り気かもしれない。自分を殺すかもしれない、と。
そんなことなど、あるはずはなかったのに。
いや。
アニキにだったら、アニキのためだったら、殺されても、よかったのかもしれないのに―――。

「アニキ……」
涙が止まらなかった。
「岱……。どうして泣くんだ?」
僅かに困惑した様子で馬超は言う。



34 名前:7/7 投稿日:2006/10/11(水) 01:26:00
幼い頃よくそうしてやったように、馬超が馬岱の髪を撫でる。
血塗られた手が馬岱を汚す。
懐かしいその仕草と、噎せ返るような血の匂いに馬岱はまた涙する。
「アニキ……。
 帰ろう、西涼へ……。」
振り絞るような声で馬岱は言った。

もう戻れない。
姜維たちのところへも、諸葛亮のところへも。
今はいいかもしれない。しかし、いつまた馬超が『馬岱のために』不意に人を殺すか、わからなかった。
これ以上、『馬岱のために』と馬超が血で汚れていくことが、耐えられなかった。
西涼が禁止エリアであることは、もちろん馬岱は知っている。
馬超は知っているのか、知らないのか、興味がないのかわからない。
ただ、懐かしい故郷の名を聞いて、嬉しそうに目を細めた。
「そうだな……。
 帰ろう、岱」
あの時、自分が見捨てなければ、こうはならなかったのかもしれない。
自分が壊してしまった、綺麗な従兄弟。
「帰ろう、故郷へ……」
二人の、死ぬための旅が始まった。



【高順 死亡確認】

<<馬家の従兄弟/2名>>
馬超【高威力手榴弾×5個、MP5、ダガー、ジャベリン、狼牙棍】馬岱【シャムシール、投げナイフ×20】
※禁止エリアである西涼へ。現在地は荊州。
※諸葛亮の捜索と<<めるへんトリオ>>らとの合流は断念しました。
※馬岱のアレルギー症状は落ち着きました。

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最終更新:2007年11月17日 19:55
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