7-216 武人の魂


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299 名前:武人の魂 1/5 投稿日:2006/09/02(土) 02:06:17
関羽と裴元紹は、幽州の桜桑村に辿り着いていた。重要な地だからだろう、桃園も縮小されながらもしっかりと残っている。
暫く探索を続けてみたが、禁止エリアになる寸前のこの地域にはもはや人っ子一人いない。
「やはり誰もいませんね、旦那」
裴元紹は桃を齧りながら、静まり返った村内を見渡す。
「……今はな。だが見ろ」
関羽は指し示す。桃園にはまだいくつも桃が実っていたが、関羽らが獲った枝以外にもいくつか痕が見える。
「それに、この家もだ」
歩を進めた狭い民家には、ばかでかい酒壷が転がっていた。無論、中身は完全に空である。
「すげえ、これを空けるだなんてちょっとやそっとじゃ出来ないっすよ」
「だが、一人でこの酒壷は空けられているようだ」
そう言う関羽の目に、どこか懐かしむような色が浮かんでいることを裴元紹は気付かない。
「漢広しと言えども、これだけの大酒を食らえる奴はそうそういまい」
「と、言うと」
「うむ、翼徳に違いない。しかも、おそらくつい先程出発したという感じだ」
武神と称えられる者ともなれば、気配の残り具合でその程度は平気でわかる。
「で、張飛殿はどこに行かれたと思います?」
その問いに、関羽はしばし黙り込む。
なにせ関羽と兄弟達は中華を所狭しと駆け回ったのだ。縁の地などいくらでもある。
「ここからだと……平原か。あるいはさらに下って予州」
「徐州はどうです?」
「馬鹿者、先程の放送を聞いていなかったのか」
実は、関羽の危惧はそこにある。
青州に続いて徐州が禁止エリアになったことで、幽州からの脱出路はともかく、南下のルートはほぼ限られてしまう。
弓矢や拳銃程度のものならまだしも、射程の長い銃をもって待ち伏せされては関羽と言えど厳しい。
西進して并州に入る手もあるにはあるが、地盤が緩んでいる険路に入るのはもっと危険なのだ。



300 名前:武人の魂 2/5 投稿日:2006/09/02(土) 02:10:49
「……と、言うわけだ。脱出を狙って攻撃してくる連中がおそらくいるだろう。この戦いでは最早戦術の基本だからな」
「なるほど。呂布辺りが南皮で待っていると厳しいですね」
「その時はその時だ。全力で刃を交えるのみ」
関羽の心配はそこだけではない。長兄の劉備は機を見るに敏な人だから、こちらに向かっていたとすると汝南か新野まで戻るはずだ。
だが翼徳は。単独行動であろうと多人数行動であろうと、腕は立つが騙され易いあいつの身が心配である。
槍や矛や剣をもっての一騎打ちなら、翼徳を破れる者など二人といまい。だが敵だけでなく身内の謀略に遭った時……。
「旦那、そろそろ時間が」
そんな関羽の思考は、裴元紹の声に遮られた。
「……うむ。念のためそろそろ出ておくとするか。まずは平原に行くぞ」
「はい。先導は任せておくんなせえ」
意気揚々と裴元紹が家屋を出る。それに続いて関羽が出て──

「いかん!」

向けられた壮絶な殺気に気付くのとほぼ同時、複数の矢が一斉に関羽を襲う。
手傷のせいではなく完全に不意を突かれていたからだろう。反応が鈍い。まさかとは思ったが……。
──州境ではなく禁止エリア内に『狩人』がいるとは!
「ちいっ!」
撃ったのは三十歩離れた林の中だ。方天画戟で全て撃ち落せるか──否、無理だ。
刹那の間に計算を終えるが、かといって全弾回避も不可能。散弾状に拡がった矢の雨は、一矢二矢と身体を傷つけるだろう。
(毒であってくれるな……!)
戟を回旋させて出来る限り弾き飛ばし、次弾装填の隙に討つ。
そう決めて一歩前に踏み出そうとした時、視界を関羽に劣らぬ巨体が遮った。
「っ!?」
直後、ほぼ同時に十度の鈍い音が鳴った。



301 名前:武人の魂 3/5 投稿日:2006/09/02(土) 02:13:26
「裴元紹!!」
彼は身を挺して関羽を守っていた。目論見通り全弾自らの身体に吸い込み、そして倒れる。
「どうです、俺だってやりゃあでき……ゲフッ」
臓腑に届いたのか、小さく血を吐く裴元紹。
「しばし待て……すぐに手当てをしてやるぞ!」
言って、関羽は敵へと駆ける。その疾さは、嵐の中を天へと駆ける青龍のそれに似ていた。

「ちっ……」
次弾装填を終えながら、『狩人』の張燕は舌打ちをした。
必勝を期して放った矢は、目標を貫くことはなかった。
討てばこの上なく先の展開が楽になると踏んでかかったのだが……ぬかったか? ……いや。
まだまだ形勢は圧倒的に有利だ。いくら関羽と言えど、この毒矢を受ければすぐに動けなくなる。
そう、一矢でも命中すればあとはどうにでもなるのだ。手榴弾は弾き返されないとも限らないが、この矢なら当たれば最後だ。
距離は二十五歩。よく狙え。まだ早い。もう少し引き付けろ。そう、あと一瞬。
いつの間にか早鐘のようになる心の臓を抑えつけ、照準を半寸でも正確にすべしと狙いを定める。
「死ねっ!」
真っ向から向かってくる関羽に向けて、張燕は十本の矢を一斉に放った。

必中の矢は、確実に関羽の胸目掛けて飛んでいく。
張燕は確実に目標を捉え、そして放った。
──だが、彼は直後に信じられないものを見る。




302 名前:武人の魂 4/5 投稿日:2006/09/02(土) 02:17:02
矢が放たれてそれが飛来し、直撃する瞬間。
「!?」
視界から関羽の姿が消えた。
「……なっ……横か!?」
消えてはいなかった。関羽は矢を捉えた瞬間、速度を保つどころか急加速しながら鋭角に曲がったのだ。
それがどれほど脚に負担がかかるのか、いやそもそも消えたと錯覚するほどの動きを実行できる将が一体何人いるというのか。
張燕は戦慄しながらも、次弾装填をしつつ関羽の動きを捉えようとして……また見失う。
「な……!?」
距離はもう十歩を切った。
左右にもいない。直進でもない。となると……。
「上かッ!」
言って、見ることなく咄嗟に後ろへ飛ぶ。その鼻先を急降下した刃が突き抜けていった。

「ぐっ……」
潜んでいた大木は、両断されていた。純粋な斬撃武器とは言いがたい戟で、だ。
「……なんという豪力だ」
風など吹いていないのに、じりじりと圧される。張燕とて一流の武人だ。それが圧倒的に気圧されている。
「ッ!」
距離は五歩。僅かな生存の可能性に賭けて、張燕は踵を返す。
五歩の圏なら良くて相討ち。だが追いかけっこなら自身がある。そのうち隙を見て矢を撃ち込んでやる。林を抜け、村の建物の陰に走りこもうとして。
張燕の身体は、その瞬間二十歩の距離を零にしていた。
「……」
声も出ない。
戟を投擲され、そのまま貫かれ、飛ばされて縫い付けられた。
かなわない。まさかここまでとは。兵一万に匹敵する膂力とは、これほどのものなのか。
華雄、顔良、文醜、ホウ徳など、かつて関羽に敗れた猛将達が考えたであろうことを思って、張燕は意識を手放した。

恐るべきは関羽の武。五虎のうち、膂力は張飛、技は趙雲、弓は黄忠、馬術なら馬超と言われた。
だが総合力で見れば関羽に及ぶ者はなかっただろう。計り知れないという言葉が、まさに似合う男である。



303 名前:武人の魂 5/6 投稿日:2006/09/02(土) 02:20:19
「裴元紹、大丈夫か……!?」
戦いを終えて戻ると、関羽の顔色が変わった。どうやら、矢には毒が塗られていたようだ。目に見えて裴元紹の容態が悪くなっている。
「……見てましたよ、旦那。やっぱ強いや」
目の色が濁り、呼吸は尋常ではない。相当強い毒が塗られていたに違いない。
「待っていろ。今傷口を開いて毒を吸い出す」
血に塗れた刃を拭き取り、呉子の如く毒血を抜かんとする関羽。だが。
「いけません。こんな下郎のためにそこまでしてくださらなくとも」
「だが、このままでは毒が回って死んでしまうぞ」
「……いいんです」
「裴元紹!」
思わず声を荒げる関羽に、裴元紹は震える腕を突き出して止める。
「もう……時間がないんです。旦那には一刻も早く幽州を出てもらわにゃいかんのですよ」
死に瀕した声。だが不思議と涼やかで意思のこもった強い声だった。

「それに……あの最強の男関羽様を守って死ねたなんて、らしくねえくらいでっけえ手柄です」
「……」
「最初はなんで周倉の野郎がいねえで俺がって思いましたけど、今は本当に満足っすよ」
「……裴元紹」
「もし永らえたとしたって、足手まといになるのも時間切れを誘発するのも俺の武人の誓いに反することです、だから」
見えているのかはわからないが、しっかりと関羽のいる方を見据えて裴元紹は言う。
「だから、ここで俺を殺してってくだせえ」
わかってはいたのだろう。だがその言葉は関羽の心を震わせた。
「死ぬのはいいんです。あんな英傑だらけの中で生き残れるとも思ってなかったっすから。でも旦那に迷惑をかけるのは御免です。どうせなんとか助けられないかとか考えてるでしょう」
「む……」
図星だった。
「……正直言うと、毒で死ぬのも爆死するのも、待ち続けるのは怖いんす。だから、殺してくれってのは俺からの願いです」
「そうか」
「天下の関羽様を守り、そしてその手にかかれるなら生き残るより価値はでかいです。さ、時間もないですし、苦しむ戦病者を楽にすると思って」



304 名前:武人の魂 6/6 投稿日:2006/09/02(土) 02:22:40
「裴元紹、何か言い残すことは」
得物を上段に振りかぶったのがわかったのだろう。苦しいはずだというのに、裴元紹はつとめて笑顔を維持する。
「じゃ、一つだけ」
「聞こう」
何もなく、荒涼とした空気すら漂うその場所で。
「……貴方だけは、己の道を貫いてくだせえ」
生き残れ、ではなく『道を貫け』と裴元紹は言った。
「しかと聞き届けた。裴元紹よ……ありがとう、そしてさらばだ」
方天画戟が振り下ろされる瞬間、裴元紹は満面の笑みを浮かべたように見えた。

張燕の武器を回収した後、懐かしき地を一瞥して背を向け、関羽は平原へと向かう。
だがその足取りは、決して重くはなかった。

【張燕、裴元紹 死亡確認】

関羽[全身打撲(治癒中)]【方天画戟、猛毒付き諸葛弩(残り矢20本)・手榴弾×3】
※平原へ。劉備と張飛を探しつつ、ひとまず予州まで南下。
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