7-194 骨肉

177 名前:骨肉 1/18 投稿日:2006/08/16(水) 21:27:50
「西で、誰かが戦っている」
黙々と雨の中夜の道を歩いていた最中、曹彰は呟いた。
「銃の音だ。洛陽の宮中で聞いた、あの銃と同じような轟音と、それとは違う音も聞こえる。撃ち合ってるんじゃない。誰かと誰かが、同じ相手を撃っているんだ」
一方、袁紹は銃声なんてまったく聞こえていなかったので、曹彰を訝しんだ。
「妖槍に操られたあとだから、幻聴が聞こえんのも無理はないだろうが……」
曹彰は露骨に不愉快な表情を浮かべたため、曹仁が慌てて補足した。
「孟徳と孟徳の子供たちは、みんな耳が良いんだよ」
「ふぅむ、初耳だな」
なお袁紹は信じなかったが、気が付けば曹彰はどこかへと勝手に進んでいた。
「おい、曹彰! どこへ行く!」
曹彰は袁紹の呼びかけに制止し、振り向く。その顔は決意に満ちていた。
「決まってる。止めにいくんだ」
それだけ言うと、曹彰は再び進み始める。曹仁と曹洪がすぐに続き、袁紹も結局、ついていくことにした。



178 名前:骨肉 2/18 投稿日:2006/08/16(水) 21:28:50
運がない。最高に運がない。
当初は阿会喃を追うことにしたのだが、途中からは阿会喃がどこにいったかわからず、ただ闇雲に歩くだけだった。
そして着いた集落で、突然襲われた。
敵は二人。しかも片方は宮廷で威力を見せつけられた『機関銃』とおぼしきものであるし、もう片方も銃を持っている。
こっちの持っていた武器は突然様子のおかしくなった阿会喃に奪われたし、あったとしても近距離用の剣だった。銃には到底敵わない。
逃げるしかない。
家や木など、不幸中の幸い障害物は多かった。その障害物を盾に張虎と曹熊は逃げ続けていた。
何度聞いても聞き慣れない、機関銃の銃声が鳴り響く。張虎は恐怖に顔を張り詰めたまま、銃声の方向へと振り向いた。闇に浮かぶ、奇っ怪な武器を持った二人。
その二人をある人が見れば、地獄からやってきた鬼に見えるかもしれない。ある人が見れば、死と破壊の神に見えるかもしれない。
張虎には、心臓を締め付けるほどの恐怖の具現化だった。
バァウゥン と爆発音ともとれる大きな音が聞こえ、瞬間的に腹部から衝撃と焼ける痛みが広がった。
「ちょ、ちょ、張虎!」
曹熊の声は上ずっており、歯はガチガチと震えていたが、倒れゆく張虎を見捨てず――反射的にかもしれないが――受け止めることはできた。
張虎を引きずって、曹熊はそばの家影に入る。機関銃の連続音が聞こえ、家の壁が飛び散っていった。
張虎は激しい痛みを感じながら、自分の腹部を見下ろしていた。銃声からすると単発だったように思えるのだが、腹部全体が朱にまみれてグチャグチャになっていた。
「ど、どどど、どう、す、すれば……」
曹熊の震える声を聞く。機関銃の音を聞く。何も考えられない。意識が薄れていく。



179 名前:骨肉 3/18 投稿日:2006/08/16(水) 21:29:54
魏延の散弾銃が、一人を仕留めた。
ならば残る一人は俺が、と夏侯淵は散弾銃の引き金を引く。
片方――確か曹操の正室の末子で、熊といったか。影の薄い、病弱な――が
もう助からないであろう片方――なんだか既視感を感じる――を担いで家影へ隠れ、散弾銃は当たらなかった。
この状況下、仲間を見捨てない人情は評価しよう。だが、もう終わりだ。
小気味のよい連続音とともに、家の壁が散っていく。家との距離は、あと二十歩もない。夏侯淵は機関銃を撃ち続けながら、走る。
曹熊らが隠れていった家の影に回り込んだ。その姿は見えなかったが、戸があるのを発見した。血痕が戸へと続いている。
「いいか、こいつは俺だ。お前は手を出すなよ」
背後の魏延に語りかける。魏延は、言われなくてもわかってますよ、という風に散弾銃を下ろした。
機関銃を袋へ入れ、突撃銃を取り出す。機関銃はもう弾丸の無駄だ。そうして戸に向かって構えながら、勢いよく戸を開けた。
いきなり死体が倒れていた。腹部が潰れたざくろの実のようになっていた。
もしかしたら生きていたかもしれないが、即座に頭を撃ち抜いたので後からはわからない。
狭い家の中を一応探してみるも、予想通りもう片方は見つからなかった。
「人情の評価は取り下げるが、悪知恵は、評価してやる」



180 名前:骨肉 4/18 投稿日:2006/08/16(水) 21:31:51
音が止んだ。
曹彰が向かっていったのは、野外の集落だった。
三方を田圃に囲まれ、残る一方は雑草が高く生い茂っており、その雑草をかき分けて曹彰たちは進んでいた。
「この集落におるのか?」
袁紹が問いかけてくる。曹彰は、たぶんそうだが、音は止んだと伝えた。
集落に出た。
あちこちに、銃撃の跡が残っている。地面に薬莢が転がっていたり、弾丸が刺さっていたり、あるいは家が破壊されていたりした。
それらの跡をたどると、やがて地に滲んだ血痕が見つかった。血痕は近くの家に続き、開けっ放しの戸から倒れている男が見えた。
頭を一発、腹部を何発も撃たれたようだ。明らかに死んでいたが、曹洪は念のため脈を取った。
「こいつは張遼のせがれだ」
曹洪は悲しそうに言った。
「蜀の北進を防いだ司馬懿指揮下の将だった。父には到底及ばないが、命令を忠実にこなす将だった」
今にも泣きそうな曹洪をよそに、袁紹は死体のそばにしゃがんでいろいろと探っていた。表情から察するに、不可解なことがあるらしい。
「何をしてる?」
「いや……」
袁紹は持ち上げた死体の頭部を元に戻す。
「この死体、状況からするに、家の外で腹部を撃たれたあとに家の中で頭部を撃たれたらしい」
「そりゃあ、頭を撃たれた後に動けねえからな」
「腹部も相当な致命傷だ。これを受けた後で、動けるとも思えん」
袁紹は立ち上がり、説明を続ける。
「こいつは腹部を撃たれたあと誰かに家の中まで動かされたわけだ。もちろん攻撃者の方じゃないだろう。動かす理由がない」
つまり、どういうことか。曹彰は気付いた。
「一緒に逃げていた奴が家の中まで動かして、血痕を餌に逃げたと?」
「そうだ。血痕を追った攻撃者は、とりあえずこいつにとどめを刺したわけだ。逃げた方を追ったかはわからん」
胸糞悪い話だ。一方は二人を執拗に追って殺そうとし、一方は相棒を囮に残る一人が逃げたのだ。義も情もなにもない。
四人は家を出た。破壊の跡を探したが、新しいものは見当たらなかった。



181 名前:骨肉 5/18 投稿日:2006/08/16(水) 21:32:25
魏延と夏侯淵は集落のうち一件に身を休めることにした。
ゲーム開始からまったく寝ていない。疲労は積もり続けている。寝ないことは第一線の将である彼等には慣れているが、やはり寝れるうちに寝るべきであろう。
まず夏侯淵が寝ることにし、魏延は見張り番となった。
背を壁に任せるや寝てしまった夏侯淵を見て、殺してやろうかとも思ったが、こいつを殺すのは、もっと先のことだと思い直す。
その後は散弾銃の調整をしたり、諸葛亮はどう殺してやろうかと想像したりしながら時を過ごす。
やがて夜も本格的に深くなって、雨は止んでいった。
夏侯淵はまだ寝ている。壁を背に、機関銃を両手に、武器の入った袋を肩にかけている。
用心深いが、魏延が散弾銃の引き金を引けばいとも簡単に殺せるはずだった。
殺してやりたい。
再びその思いがよぎる。より強烈に、鮮明に。
頭はやめよう。天下に名高きこの猛将が、苦しみ悶えながら死ぬ様子が見てみたい。
あるいは絶望や恐怖に血の気の引いた表情を、あるいは驚愕と憤怒に真っ赤になった表情を、見てみたい。
散弾銃を構える。慎重に、標準を定める。いや、ハルバードを使うか? まず肩を斬り落として―――



182 名前:骨肉 6/18 投稿日:2006/08/16(水) 21:33:51
「子廉、もうやめよう。大分時間が過ぎた。もう集落を出ているに決まっている」
開けられた窓から、突然声が聞こえてきて魏延は我に返った。そういえば、見張るのをやめてしまっていた。
「まだだ、子考。絶対に許せん。根掘り葉掘り探して、とっちめてやる」
興奮した声が続く。おそらく死体を見つけたのだろう。魏延は夏侯淵を起こすことにした。
会話は続く。もう二人いるようだ。自分たちを捜していることがわかる。窓からそっと見ると、そう遠くない位置で、止まって話している。
「曹洪、曹仁、曹彰に、おそらくは袁紹」
夏侯淵は潜み声で話す。
「曹彰は音に敏感だ。下手に音を立てるな。銃は持っていたか?」
「いや、接近戦用の刃物だけだった」
「そうか。殺すぞ」
殺す。一点の迷いもない言葉。自分の親族でも、子供でも、夏侯淵は容赦なく殺せるのか。
必要がなくなれば、魏延も殺すだろうことは明白だ。その前に、殺さなければ。
「なんだ? あの家の窓は開いているようだが」
チッ、と夏侯淵が舌打ちするのが聞こえる。すでに機関銃を構え、戦闘態勢に入っていた。
「まさか!」
「待て曹洪。近づくのは危ない。もし敵がいるのなら、銃を持っているはずだ」
夏侯淵が右手の指を三本立てていた。
「だからって、こっちから逃げるのは……」
二本。
「ああ、逃げても気付いているのなら追われるだけだ。なら」
一本
こちらに走ってくる足音が聞こえた。
手が握られた。魏延は戸を蹴破った。



183 名前:骨肉 7/18 投稿日:2006/08/16(水) 21:34:54
「なら、」
と、曹彰は全速力で走り出した。
曹仁と袁紹は慌てて制止させようとしたが、曹洪はよしきたとすぐに準じた。
「待てい! お前等!」
という袁紹の声と同時に、例の家の戸が勢いよく倒れ込んだ。
咄嗟に、曹洪は横に飛ぶ。
宮廷で聞いた、あの連続的な轟音聞こえてきた。曹洪は敵のいた家の、ひとつ手前の家の影に身を隠す。
轟音は止んだ。顔を少し除かせ、前方を見る。
男が、二人。闇夜で顔はよくわからないが、一人は見覚えのある風貌だった。
まさか、いやまさかな。
曹彰は曹洪とは反対側に避けたようだ。大樹の裏に隠れているのが見える。袁紹と曹仁の姿は、見当たらなかった。おそらく回り込んだのだ。
しかしこれからどうするか。
剣を握る。もともと双剣用だった剣で、短く軽い。自分には不釣り合いだ、と曹洪は思った。
二人の男は、前へと進んでいった。片方が曹彰へ、もう片方は曹洪へ向かう。
こちらに近づくたびに、男の顔は鮮明へとなっていった。
馬鹿な。そんな、そんなことがあるものか。
轟音。
曹洪はたまらず逃げ出した。銃撃と、その事実から。
あいつは、あいつは―――



184 名前:骨肉 8/18 投稿日:2006/08/16(水) 21:35:36
曹彰は大樹から身を躍り出した。
右手に持つは、やや刃こぼれした、双剣の片割れ。
こちらへ向かってきた男――漢中で矛を交えた、蜀の魏延――は即座に発砲する。しかし全速力で走る曹彰には、さすがの散弾も当たらない。
一気に魏延との距離を詰める。十歩はあった魏延との距離も、一瞬で半分になっていた。
猛獣と戦うには、猛獣に負けない身のこなしが必要だ。そして目の前の男は、猛獣の眼をしている。
魏延はもう一度発砲した。その時には、曹彰は空を飛んでいた。周りの時間だけが止まったかのような、長く、高い跳躍だった。
散弾が下を通り過ぎる。曹彰は剣を振り上げ、眼下の魏延に思いっきり叩きつけた。
魏延は銃を横にして、正面から空中からの攻撃を受け止めた。金属がぶつかり合う、耳をつんざくような音が響く。
曹彰はなお飛んでいる。右脚を振り動かし、銃の下から蹴りをいれる。魏延も対応できなかったようで、曹彰の脚が魏延の胸に叩き込まれた。
曹彰が着地したときには、魏延はわずかに歪んだ銃を取り落とし、地面へ衝突していた。つかさず、剣を突き落とす。
しかし魏延は眼を鋭く光らせると、素早く両足を起きあがらせて曹彰の剣持つ腕に攻撃を加えた。そのまま後転し、立ち上がる。
『やるじゃねーか』
曹彰と魏延が、同時に発する。曹彰は剣を構え直し、魏延は背負っていたハルバードを引き抜いた。



185 名前:骨肉 9/18 投稿日:2006/08/16(水) 21:36:06
袁紹は曹彰の応援のため、そして曹仁は曹洪の応援のため、回り込みながら走っていた。
曹仁の耳に、再び轟音が聞こえてくる。とても近い。
曹洪が目の前の家影から飛び出してきた。
「子廉!」
「嘘だ! 嘘だ! 絶対に嘘だ! あり得ない! 嘘だ!」
曹洪はひどく錯乱して、顔には恐怖に満ちていた。まるで、見てはいけない物を見てしまったかのように。
「何があったんだ!? お前らしくもない!」
「ちくしょう、嘘だ! あんな奴が、あんな奴が、妙才なわけがない!」
「……なんだって?」
聞き間違いか? いや、そんなわけがない。孟徳、元壌、子考、子廉、そして妙才。
弓に長け、奇襲を得意とし、猛勇を誇っていた。五人のうちでは、一番剛胆な性格。
典軍校尉夏侯淵、三日で五百、六日で一千………
「呼んだか?」
夏侯淵が、ぬっと現れ出た。曹洪を追い、銃を手に持って。
近く、とても近くで、轟音が鳴った。



186 名前:骨肉 10/18 投稿日:2006/08/16(水) 21:37:06
「袁紹、邪魔をするな!」
袁紹が村正をもって曹彰と魏延の戦いに参入したところ、味方のはずの曹彰に怒鳴られた。
「これは一対一の勝負だ! お前みたいな軟弱物は、すっこんでろ!」
燃え立つ曹彰。剣で男のハルバードを受け止め、脚で男を蹴り上げようとするが、後ろに跳ね避けられてしまう。
そこを、袁紹の村正が襲う。男は身をしゃがませ避け、立ち上がりながらハルバードで斬り上げてくる。
「どけ! この足手まとい!」
やはり曹彰が怒鳴る。
『旦那、ひどい言われようですねぇ』
「恩人だということを完全に忘れておるな」
曹彰は剣術と体術のかぎりを尽くして男を攻め立てれば、男はハルバードを巧みに動かして対応する。袁紹も見てるだけにはいかないので攻撃し、曹彰に怒鳴られる。
決着は、容易につきそうにない。



187 名前:骨肉 11/18 投稿日:2006/08/16(水) 21:38:09
「弾切れ……か」
トンプソンM1A1機関銃は、十数発を撃って静まっていた。もう予備の弾丸はない。使いすぎたな、と後悔する。
ベレッタM92Fを取り出し、撃とうとする。しかし倒れいく曹洪の後ろから、斧を持った曹仁が向かってきた。
背後へ跳ねながら、撃つ。胸に当たるはずだったが、ぶれて脇腹に命中した。
曹仁の斧を、拳銃で受け止める。曹仁の力は思った以上で、拳銃を弾き飛ばされた。
背負っている袋からAK-47を引き抜く。横へ走りながら、構える。撃つ。
連射したが、曹仁の腹部に数発命中しただけに終わり、これも斧で強く弾かれた。
仕方がない。夏侯淵は曹仁の斬撃をかわし続けながら――怪我のためだろう、ずいぶん鈍くなっていた――発煙手榴弾M15を投げる。
小さな缶が破裂し、黙々と煙が出続け、周囲を白く巻いた。夏侯淵は煙に紛れ、弓矢を取り出した。
矢筒から抜いた矢をつがえながら、煙の外まで出る。
矢先を煙の中へ合わせる。時を待つ。
煙が晴れてきた。曹仁はいなかった。



188 名前:骨肉 12/18 投稿日:2006/08/16(水) 21:38:48
銃を二丁拾った。
長いものと短いもの。
長い方は、曹仁が強く打ち付けた部分が歪んでいて使い物になるかはわからなかったが、短いほう十分使えそうだった。
腹が痛い。あの、張虎という張遼の息子も、同じようにこの痛みを味わったのだろう。いや、自分よりもっとひどいか。
銃で夏侯淵を撃つこともできた。ただ、それはしたくはない。曹洪を背負って、その場を駆け足で離れた。
そう、あれは夏侯淵だ。妙才だ。揺るぎない事実だった。認めたくなかったが、認めざるをえなかった。
「し、子考、すま、す、す、すま………」
「喋るな。怪我に触る」
曹洪は首の右端から腰の左端まで、一直線に撃たれていた。もう、長くはない。それも認めたくはないが、やはり、事実だ。
ひゅんっ、と風を切る音が聞こえた。
背負っていた曹洪が、大きく揺れた。走ったまま振り向くと、曹洪の後頭部に、銀色の矢が伸びていた。
「子廉……な、そんな……」
もう一度、音がした。



189 名前:骨肉 13/18 投稿日:2006/08/16(水) 21:39:49
曹彰にハルバートで斬ろうとするも、剣で防がれ、もう一人の、袁紹と呼ばれていた男が剣を振るってくる。
それを長い柄で受けるが、腕に重圧がかかり、痛みが走る。袁紹は見たところ、怪力には見えない。ならば、その剣が?
飛び退く。形勢不利だ。
魏延は二人に背を見せ、逃げ始めた。格好悪いが、仕方がない。
曹彰は制止を呼びかけてきたが、追ってくる気配はない。もう片方が心配なのだろう。
夏侯淵はちゃんとやっただろうか? 機関銃の轟音はもう聞こえてこない。やられたか、やったか。
どちらにせよ、夏侯淵とはここでお別れだ。一緒にいるのも楽しくないわけじゃあないが、夏侯淵といたら何をしでかすかわからない。自分も、夏侯淵もだ。
しかし、銃がないのは困る。早く誰かから、銃を奪わなければ。



190 名前:骨肉 14/18 投稿日:2006/08/16(水) 21:41:31
夏侯淵との距離が遠かったせいか、運がよかったせいか、曹洪はなお生きていた。
意識が一層と遠のく。ただ、あの音、あの風切り音は、妙才の矢だな、とわかった。
自分の次は、子考だろう。妙才の矢は正確無比だ。怪我を負って、自分を背負っている子考が避けれるとは思えない。
風切り音が聞こえた。
自分の体は、まだ動くか? 子考を、子考を助けなくてはいけない。



191 名前:骨肉 15/18 投稿日:2006/08/16(水) 21:43:20
足をすくわれた。何かの力で、右脚が上がったのだ。走っていた曹仁は、バランスを崩して倒れる。
倒れる最中に、矢が頭上すぐを通った。そうか、子廉が矢に気付いて、足を引っかけたのだろう。
ぬかるんだ地面と曹仁の体が合わさる。衝撃で、腹がより激しく痛んだ。
曹洪が背中にいないことに気が付く。倒れた時に、放してしまったのだ。
腹の痛みに耐えつつも、なるべく速く、立ち上がる。
うつ伏せに倒れている曹洪を、見る。遠くで矢を引き絞っている夏侯淵を、見る。
銃を夏侯淵に向ける。もう迷いはない。引き金を引く。
銃声と風切り音。



192 名前:骨肉 16/18 投稿日:2006/08/16(水) 21:44:04
曹熊は家の中で、銃声を聞き続けていた。
夏侯淵たちが休んでいた家のすぐ隣、曹洪が最初の銃撃のときに隠れた家の壁の、その家。
曹熊は集落から脱出することより、集落に残って息を殺し潜むことを選んだ。
なにせ病弱な身なので、足は自身がない。あの猛将二人にすぐに追いつかれてしまうと思ったから、家の中に入ったのだ。
少しだけ開けた、裏手の方の窓から外の様子を見る。
夏侯淵の姿が見えた。矢を引いている。
かつて叔父上と呼んだその男は、ただ冷淡に、興奮を顔に浮かべることもなく、狙いをつけていた。
狙いの先は、曹洪か曹仁だろう。彼等の姿も、先程確認することができた。曹洪は夏侯淵に撃たれ、曹仁は斧をふるって夏侯淵に対抗していた。
矢を放した。風切り音が、曹熊の耳にはよく聞こえる。まるで巨大な岩が、頭上から恐ろしい速さで降ってくる音に聞こえた。
直後に、銃声。これと同じ銃声は、一度聞いていた。夏侯淵の体が、静かに、後ろへ倒れ始めた。



193 名前:骨肉 17/18 投稿日:2006/08/16(水) 21:44:39
自分が全身が震えているのがわかる。歯がガチガチ鳴っているのがわかる。
阿会喃といた頃のほのぼのとした時間が、まったくの嘘のようだ。張虎は殺され、今まさにここで、血みどろの争いが起こっていたのだ。
曹熊は少しの間、恐怖に震えながらも子考を巡らせた。夏侯淵は、倒れたまま動かない。曹洪も夏侯淵に全身を撃たれたのだから無理だ。
では曹仁は? 夏侯淵の矢の標的は、おそらく曹仁。曹仁も夏侯淵に撃たれていた。そんな状態で、夏侯淵の矢を避けれるとは思えない。
曹熊は窓を完全に開け、身を乗り出した。曹仁と曹洪が、矢を立てて倒れているのを確認する。
窓に体を通し、地面に降り立つ。まず夏侯淵の方に寄る。鼻の横に、赤い点がぽつりと刻まれていた。
右肩にかけていた袋を夏侯淵からひっぺがし、今度は曹仁と曹洪の方向へ駆け寄る。
曹洪はうつ伏せになって矢を後頭部に生やし、体を斜めに撃たれていた。曹仁は仰向けに倒れ、胸の左寄りに矢が刺さり、腹部をいくつか撃たれていた。
曹仁の右手に、銃が握られていた。曹熊はそれをもぎ取る。そばに長い銃もあったが、どうやら歪んでしまっている。
これでいい。速く、速くここから去ろう。
急に、足首にヒヤリと冷たい感触がふれた。
見ると、死んでいたはずの曹仁の右手が、銃を奪われた右手が、曹熊の足首を掴んでいた。
「う、うわぁあああああ!!!」
曹熊は初めて銃を撃った。曹仁の額に、ぽっかりと赤い穴が空く。
「熊!」
不意に、自分の名前を呼ばれた。見上げると、夏侯淵の死体の向こうに、兄の曹彰ともう一人の男が立っていた。



194 名前:骨肉 18/18 投稿日:2006/08/16(水) 21:45:13
目の前のこの状況を、いったいどうすれば理解できるというのか?
夏侯淵が、顔に銃弾を受けて死んでいた。
そこから離れた所に、曹洪が矢を後頭部に生やし、曹仁は曹熊に撃たれていた。
なんで? これは? 熊が機関銃を持っていたほうの男だったのか? いや、背格好からすると、妙才叔父上が?
なんで三人そろって、死ん、死んで、いる? 死んでいる? 嘘だ……
熊はどうして? どうして子考叔父上を? 二人に刺さっている矢はなんなのだ?
「こ、こ、こ、殺す、つもりなんか」
遠くで曹熊が、弁解していた。
「熊! どうしたんだ! 説明してくれ!」
「いきなり、捕まれたから、死んでたと、思ってたのに、驚いて、咄嗟に……」
それ以上はもう何も言わず、曹熊は走り去っていった。
曹彰と袁紹は、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

<<荀イク孟徳捜索隊/2名>>
袁紹【妖刀村正】曹彰[強いショック]【双剣の片方(やや刃こぼれ)ごむ風船】
※現在地は豫州潁川西部。残った武器をどうするかは決めていません。

@魏延[右腕・顔面右側に火傷(痛み止め済)]【ハルバード(少し融けています)】
※とりあえず南に向かうことにします。

@曹熊[ひどい錯乱]【ベレッタM92F】
※どこかへ走り去っていきました。

【張虎 曹洪 夏侯淵 曹仁 死亡確認】
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最終更新:2007年11月17日 18:36
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