7-190 炎の女神と傀儡の軍師

161 名前:炎の女神と傀儡の軍師 1/8 投稿日:2006/08/11(金) 13:48:55
「アンタ、ぼやぼやしてないで暇なら兎か猪でも捕まえて来とくれよ」
「いや、だがなぁ、その間にお前に何かあったらと思うと」
「アタシを誰だと思ってんだい? この祝融様がそんじょそこらの男どもに負けるはずがないよ。
 女に飯食わせるのが男の甲斐性ってモンだろ」
一日目に兎を捕まえたおかげで節約できたパンという食料も、もう底をつこうとしていた。
南の物であれば食用の植物も少しは分かるのだが、漢の植物は見たこともないものばかりで、
さすがに口に入れようという気にはなれない。
動物の肉はどこのものでも普通食えるだろう、と考えた祝融に尻をはたかれ、
孟獲は素手はきついなあとぼやきながらもサーマルゴーグルを手に立ち上がった。
―――その瞬間、孟獲は急に真剣な目付きになり、祝融を庇うように手を広げた。
「そこに居るのは誰だ! こそこそしてないで出て来い!」
夫が叫ぶ一瞬前まで木の陰に何者かが居る気配に気付けなかった祝融は、自分の不甲斐なさに憤慨すると同時に
やっぱりうちの人は頼りになるねぇ、と改めて夫に惚れ直す。
この人に出会うまではどの男も自分より弱っちくて、そんな弱者にいつかは嫁がなくてはならない女に生まれた事を心底嘆いたものだ。
がさがさ、と音がして、孟獲がにらむ方から2人の青年が姿を現した。
前に居る方は良く言えば賢そう、悪く言えば小生意気そうな文官。
その後ろに付き従うように付いてくるのはおそらく武官だろう。
雑魚というほど弱そうではないけど、こんな小僧ではうちの人に敵いっこないね、と祝融は思う。
ふたりとも敵意はないと表すように両手を軽く上げている。
しかし武官が腰から下げている長い棒、あれはおそらく銃だ。
油断は禁物、そして出来ればあれを奪いたい。



162 名前:炎の女神と傀儡の軍師 2/8 投稿日:2006/08/11(金) 13:51:11
「孟獲殿と祝融夫人とお見受けしました。私は諸葛亮先生の弟子で馬謖と申します」
文官の方が拱手して笑顔を浮かべながら言う。
「お二方の御武勇は先生からよく伺っています。お目にかかることができ、光栄に存じます」
「諸葛の先生のお弟子さんかァ! 道理で頭良さそうな顔してると思ったぜ」
孟獲ががっはっは、と豪快な笑い声を上げながらぐりぐりと馬謖の頭を撫ぜた。
アンタ何いきなりそんな信用しちゃってるんだい? しっかりおしよ。
祝融は心の中で溜息をついた。旦那は腕っ節が強い代わりに頭はあまり回らない。
まあいい。夫の足りぬ部分を補う事こそ妻の務めだ。
「これは私の部下で凌統と申します。ここまで2人で旅をして参りましたが、
 見ての通りお2人のように武に通じているとはいいがたく」
凌統と言うらしい武官が若干不服そうな顔をしたが、孟獲との体格差は自覚しているのか無言で拱手した。
「もし宜しければ、お2人のお力をお借りしたいと思いまかりこしました。
 凌統とて全く使えぬというわけではありませんし、私の知識はお2人の武勇があれば生かせる場面もあると存じます」
「ふ~む? つまり、智恵を貸すから俺たちに守って欲しいって事かい?」
「はい、そういうことでございます。弱き者が強き者に縋るは自然の理。
 もちろん我々が足手纏いになったときは、遠慮なく切り捨てていただいて構いません」
漢人ではあるが、自分達を南蛮の蛮人と馬鹿にする態度がないのは物が分かっている証拠であろう。
あの諸葛亮の弟子というのが本当であれば頭も良いはずだ。
「かぁちゃん、どうするよ?」
祝融が抱いていた警戒心は、彼らが下手に出てきたことでほとんど霧散してしまっていた。
そう、一旦仲間になったフリをして、こいつらが寝ている間に武器を奪って逃げてしまうのもいい。
さすがに殺すのは少し可哀相だろうか。まぁ、やりようはいくらでもある。
「そうだねぇ。まぁ、いいんじゃないのかい?」
下手に出てくる者は自分より弱い者。裏切られてもすぐ殺せる。
そんな考えが通ってしまう素朴な場所に生まれ育った南国の夫婦は、そう簡単に判断してしまった。



163 名前:炎の女神と傀儡の軍師 3/8 投稿日:2006/08/11(金) 13:53:45
「ふう、食った食った」
「アンタ、行儀が悪いよ。ほら、口の周りちゃんと拭いて!」
「ふふ、さすがの孟獲殿も奥方には勝てないご様子ですね」
「それを言われると辛いなァ」
凌統の手によるという焼き兎を振る舞われて、孟獲と祝融は久しぶりに人間らしい食事だと舌鼓を打った。
香り高い草をまぶしたり中に詰めて焼いたらしいそれは南にはない味で、ついついそれぞれが丸々一羽平らげてしまう。
馬謖と凌統はもう自分たちは食べたから要らないと言ったが、兎はそう簡単に捕まってくれる獣でもない。
おそらく自分達の食い扶持を削って差し出してくれたのだろう。
武器は貰って行くにしろ、殺すのだけは勘弁してやろうと祝融はこっそり思った。
食事の後は自然と歓談の時間になった。といっても、凌統は寡黙な性格らしく、
ほとんど口を開かずに少し離れて回りの様子を警戒している。
馬謖は諸葛亮が南に攻め込んできた際は留守を任されていたらしく、南の風土や文化について聞きたがった。
南にしかいない象の話や、さまざまな効能を持つ泉。色鮮やかな果物や陽気で熱い民族性。
子供のように目を輝かせて話の続きをせがむ馬謖に、ついつい調子に乗って話し続けてしまう。
凌統もやはり気になっているらしく、無言のままではあるがちらちらと視線を送ってきては
慌てて空を見上げて聞いていない振りをする。
こっちに来て聞けばいいのにねぇ。
この場にはいない息子の一人が、少しひねくれた性格ゆえに素直に話の輪に入れずに
今の凌統のような態度を取っていたのを思い出して、祝融はちょっと可笑しくなる。
「こっちへおいでよ、武官さん。アンタも一緒に話そう」
祝融の呼びかけに、凌統は一瞬顔を赤くして、「……いえ」と一言だけ発するとさらに離れた場所に行ってしまった。
あらあら、ますますあの子に似てるねぇ……。
母性本能を刺激されて祝融はくすりと笑った。



164 名前:炎の女神と傀儡の軍師 4/8 投稿日:2006/08/11(金) 13:55:22
「今日はアタシ達が見張りをしてあげるよ。アンタ達はぐっすり寝な」
「いいえ、でも、祝融殿―――」
「いいっていいって。子供は寝て育つモンなんだからね」
外見上祝融はふたりよりほんの僅か年上か、という程度なのだが、母性本能を刺激されてしまった祝融にとっては
馬謖も凌統も幼い子供と同じ扱いである。
「アンタも、いいよね?」
「あぁ、かあちゃんがいいなら構わないぜ」

そんなやりとりがあったしばらく後、並んで眠る馬謖と凌統の隣、祝融は空を見上げて郷愁に浸っていた。
この遊戯とやらには参加していない子供達。一体今頃何をしているんだろうねぇ……
そんな祝融を現実に引き戻す言葉が、低く小さく孟獲から放たれた。
「かあちゃん。行くぞ」
「えっ、行く……って?」
きょとんとする祝融に、厳しい表情で孟獲が告げる。
「生き残れるのはひとりだけだ。そして俺の目的はお前を生かすことだ。
 これ以上一緒にいれば、こいつらにも情が移っちまう。……その前に去ろう」
そう。生き残れるのはひとりだけ。
そんな事は初めから判っていたはずなのに、改めて告げられて祝融は胸が重くなった。
「銃だけはもらっていこう。殺すのは嫌だから、気付かれねぇように……」
凌統が抱くようにして眠っている銃剣を抜き取ろうと、そっと手を伸ばす。
いい子だから起きないどくれよ。アンタらを殺したくはないよ……
夫婦の全神経が凌統に集中する。

―――その刹那だった。



165 名前:炎の女神と傀儡の軍師 5/8 投稿日:2006/08/11(金) 13:58:08
反応できたのは孟獲だけだった。
太い棍棒のような枝が振り下ろされる。
孟獲の後頭部を狙ったそれを、太い腕でぎりぎり受け止める。
嫌な音がした。骨にひびがいったかもしれない。
振り下ろしたのは凌統でも馬謖でもない青年。
いつの間に!!
「アンタっ」
ブーメランを少し離れた場所に置いたことを悔やみつつ、徒手空拳ながら夫を援護しようとした祝融の喉元に、
光る刃が突きつけられる。
刃の先には、眠っていたはずの凌統。少し悲しそうな目。
飛び退って離れようとするが、何故か足が動かない。ふらつく、いや……これは……
足が絡み仰向けにどうっと倒れる祝融。棍棒を持つ青年に殴りかかった孟獲も、ほどなくして同じように倒れる。

「……おい起きろ馬謖。本気で寝るな馬鹿軍師」
「うーん、むにゃむにゃ、もう食べれ……いや、起きてるって」
仰向けに倒れ伏した夫婦を、起き上がった馬謖が悲しげな目で見下ろした。
「残念だ、孟獲殿、祝融夫人。武器を奪おうとさえしなければ、そのまま行かせてさしあげたかった」
「アンタたち……毒を盛ったのかい」
「あぁ。でもあんた達が明日の朝まで動かなければ、間違えて食事に毒草を混ぜてしまったと謝った上で
 解毒になる薬草を探す予定だった」
「油断したね……」
そうだ。馬謖は諸葛亮の弟子だと名乗ったではないか。
あの隙も何もない軍師に教えを請うものが、何の策もなしに近寄ってくるはずが無かったのだ。
「にしてもホント効果出るのぎりぎりでしたね~。もうちょっと遅かったら間に合わなかったんじゃないですか?
 あ、孟獲殿、祝融殿、僕は関興、字は安国って言います、よろしく。
 ずっと木の上に居たんで、そりゃまあ隠れてたんだけど気付いてもらえなくて寂しかったです」
三人目の青年が、場違いにヘラヘラ笑いながら軽く手を上げた。



166 名前:炎の女神と傀儡の軍師 6/8 投稿日:2006/08/11(金) 14:00:38
「……んで、どうするんだ馬謖。この後」
「へっ? あー、いや……考えてなかった」
「お前って絶妙に考えが浅いよな」
毒が回って動けない夫婦の頭上で3人の青年が若干間の抜けた会議を始めた。
「粗大ゴミの日に出すのはどうでしょう?」
「いや、生きてるから生ゴミだろ。じゃなくて人をゴミ言うな関興」
「そういえば燃えないゴミって生意気だと思わないか?
 燃える気が無いから燃えないんだろう。頑張ればあれ絶対燃えるぞ」
「いや中には溶けるもんも……いや馬謖真面目に考えろって」
「あっそうだ、ゴミ捨て場ってよく猫居ますよね。仔猫見せて萌え死なせるのはどうでしょう」
「猫……燃え……? よく分かんねーけど猫居ないぞ」
「じゃあチビちゃんで。仔犬でもなんとか」
どんどん脱線する馬謖と関興を定期的にどつきつつ、凌統が結論を出した。
「……殺しちゃう? すっぱりと」
途端に無言になって夫婦を見下ろした三人に、孟獲は焦った。
「いや、降参降参! おめーらには負けた! だからこのまま見逃しちゃくんねーかな」
「馬謖殿、あんな事言ってますけど」
「うーん……でもいつか牙を剥かんとも限らんし、私ら以外、特に問題は丞相や周瑜殿にも危害を加えるやも」
「いやいやいや、本当に降参だ! 南に引っ込んで誰とも戦わないことにする!
 これでいいだろ!?」
「それ、本当ですか?」
「あぁ、もう俺らは誰とも戦わねえって南の王の名にかけて誓う」
「アタシも、火の神の名に懸けて誓うよ」
全面降参を誓った夫婦に、じゃあこのまま置いてくか、と凌統と関興が思ったそのときだった。

凌統も関興も、孟獲も祝融も。四人とも優れた武人だった。
だからこそ、気付けなかった。
殺気も闘気も全く無く。顔にかかった髪を払うように、ただ無造作に。

馬謖が握った銃剣が、孟獲の首に振り下ろされた。



167 名前:炎の女神と傀儡の軍師 7/8 投稿日:2006/08/11(金) 14:03:01
空気が凍る。
噴き出す赤。鉄の匂いが弾ける。
「アンタああぁぁあああああああああァ!!!!!」
酷く高い祝融の絶叫。
馬謖が孟獲の首に刺さった刃を横に払う。
飛び散る血飛沫。
返り血を浴びて、焦点の定まらない目で馬謖が笑う。
全ての動きが遅くなる。
凌統が馬謖に手を伸ばし、銃剣を奪い取る。抵抗は無い。
孟獲の口が開く。漏れる空気に音が乗る。
「…しゅく……逃げ…………」
それっきり南蛮の王は動かなくなる。
自由の利かぬ身体を意志の力だけで動かし、血の涙を流して祝融が吼える。
「貴様ぁああああアア!!!」
飛び掛る祝融。無表情で馬謖が一歩引く。
祝融の視界が白く染まる。
硬い靴の先で思いっきり顎を蹴り上げられたことを理解しないまま、
口の端から血を垂らして食い下がる。
ようやく動いた関興が、祝融をねじ伏せる。
「殺す! 殺す! 絶対に殺してやる!!
 返せ、アタシの夫を返せぇぇえええええ!!!」
馬謖が暗い目で微笑む。
「戦うか? 戦うならお前にまだ意味はある。
 私でも誰でもいい。殺せ。殺し尽くせ」
くふふふふ、と笑みを漏らしながら持ち物を拾い、馬謖は身を翻す。
そのまま暗い森へ消えていく。
彼の仲間だった2人は、戸惑いを顕にした表情で、それでも彼を追った。

後に残された祝融は血と涙を垂れ流しながら、もう動かない夫に復讐を誓った。
殺してやる。絶対に。アタシの炎で、必ず焼き尽くしてやる。
―――地の果てまで逃げ惑え。一番残酷な方法で殺してやる。馬謖!!



168 名前:炎の女神と傀儡の軍師 8/8 投稿日:2006/08/11(金) 14:07:03
しばらく進んだ後、凌統と関興の目の前で突然馬謖は倒れた。
警戒しながら近寄り、呼吸を確かめる。穏やかだ。
ただ平和な、少し間抜けな顔で、馬謖は眠っているだけに見えた。
しかし孟獲の返り血が付着した服が、あくまで現実を突きつける。

「……関興」
「……はい」
「こいつ、おかしいよ。狂ってる。殺す、か?」
「本人の……本人の釈明を待ちましょう。それまでは」

重い沈黙の中、仲間のはずの馬謖を縛り上げる。
酷く暗い気分に襲われ、凌統は顔を自分の膝に埋めた。犬の母子がそっと寄り添う。
関興は祈るように手を組み、空を見上げている。
明日がとても遠く思えた。


【孟獲 死亡確認】
※ユニット<<後追う南蛮夫婦>>消滅。祝融はピンユニット化。


@祝融[毒]【なし】
※馬謖を殺す事が目的となりました
※毒の効果で二日はろくに動けません
※孟獲と祝融のアイテムは関興が持っていきました
※凌統が山菜類を祝融のすぐそばに置いていったため、餓死の心配はありません

<<既視感を追う旅/3名>>
凌統【銃剣、犬の母子】馬謖【探知機】関興【ラッキーストライク(煙草)、ジッポライター、ブーメラン、サーマルゴーグル】
※荊州南部と楊州南部の堺。
※暗澹とした気分で馬謖の目覚めを待ちます。
※探知機で近づく人間を察知可能。馬謖が直接認識した相手は以後も場所の特定が可能
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最終更新:2007年11月17日 18:30
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