7-189 幼い想い

153 名前:幼い想い 1/8 投稿日:2006/08/11(金) 05:07:27
今は夜。しかし夜のいつだろう。
曹幹につれられこの民家に入ってから、もうずいぶんの時が経っているかのように感じる。
三日目なのか四日目なのかも釈然としてない。
曹幹の支給品であるらしい白い鳩は、もう眠りに落ちていた。
だが華雄と曹幹、そして曹丕には眠ることはとうていできそうにない。
外に降り続ける豪雨の音はうるさかったし、敵が来るかもしれない、という不安もある。
だがそれらよりもずっと、曹丕の容態が第一だった。
肩の傷から病原が入ってきたのであろう。
体は紅潮し、肌はさわり続けていれば火傷するのではないのかと熱く、意識は朦朧で、目は虚空を見つめている。
華雄の存在をわかっているかもどうかすら定かではない。
ときおり全身から絞り出される、かすかな、しかし十分に苦しさを感じ取れるうめき声を聞くたびに、
曹幹はただ純粋に、彼を想った言葉で呼びかける。
とおさま、とおさま、しっかりして、くるしまないで、とおさま――
曹丕はわかっているのか、いないのか、曹幹の声を聞くと、少し落ち着きはじめる。
ただ、時が経つにつれて、曹丕が苦しむ頻度――いや、つねに苦しんでいるのだろうが――は多くなっていった。
そんな状態では、まったく寝ることはできない。
華雄には、汗を拭くことと、手ぬぐいを替えることと、見守ることしかできない。悪くなっていく曹丕の容態に、不安は徐々に大きくなっていく。
「水だ………」
曹丕が、弱々しく呟いたのは、その不安が破裂しそうになった時だった。
それはうめき声ともわからず、豪雨の音にかき消されかけていたが、次にいった言葉は、確かに文字をなしていた。
「水が来る……早く……弟を………」
「とおさま!」
曹丕は、自分の存在を認識しているようだった。
弟と、とおさまという掛け合いは矛盾しているように思えたが、今は曹丕の言葉を理解するのが先だ。



154 名前:幼い想い 2/8 投稿日:2006/08/11(金) 05:08:35
「水とはなんだ? 水が来る、とは」
しかし曹丕は、もうしゃべれないようで、またもとの様子へ戻った。
曹幹が勢いよく立ち上がった。
「おいしゃさま! とおさまをつれてって! みずがくる!」
だから水とはなんなのだ、と思いつつも曹幹の語気には鬼気迫ったものが感じとれ、華雄は曹丕の体を持ち上げ、背負った。
もしや、水とは……まさに文字通りだが……
背負われた曹丕が、呟いた。
「わ…わたしの……ことは………」
そこで途切れたが、華雄は曹丕が言わんとしていることはわかった。なんという親子愛だろうか。いや、兄弟愛?
まあこれを聞き入れれば、曹幹に殺されかねないのでしないが。
民家の戸を開け、外に出る。豪雨が容赦なく華雄と曹丕を打ち付けた。家の中を見れば、曹幹が鳩を抱えて走って来る所だった。
水が迫り来る音は、もう華雄にも聞こえていた。

まったく不運だ。
まず、AK47カラシニコフを失ったのが第一の不運だ。
あの長い銃は、よく于禁の腕になじんでくれた。
さわり心地は悪くなかったし、見た目も落ち着きがあって于禁は好きだった。当てようと思えば、よく当たってくれた。
あれがないと、なにかそわそわした気になる。
代わりに、カラシニコフと比べるとかなり短い銃(なのか?)を二丁拾ったが、なんだかこれは、持ってると馬鹿になってくる気がする。
銃に走っている赤い線も気持ち悪いし、手にもなじまない。
試し打ちもしたが、「うおっまぶしっ」となんら脈絡もないことをなぜか口走ってしまった。性能は問題なさそうだったが。
第二の不運は、鄴城に入った途端、いきなり洪水が襲ってきたことだった。



155 名前:幼い想い 3/8 投稿日:2006/08/11(金) 05:09:37
曹幹が放った鳩は、この豪雨の中で信じられない力強さで空を飛び上がり、悠然と城の上空を飛び去っていった。
鳩がもし地上の風景を見下ろせば、それが見えただろう。
囂々と、迫り来る水の大群。城壁が水を受け止め、跳ね返す。しかし開け放たれていた城門からは、水が次々突入していった。
華雄たちがいるのは中心部に近い民家の集まりで、城壁に登ろうにも、距離があった。
華雄は今まで中にいた民家の屋根を見上げた。高さは大人二人分ほどか。これならいける。
「意地でもしがみつけ!」
といって、華雄は曹幹を屋根にぶん投げた。放射線を描いて屋根の上に落下し、転げ落ちずにしがみついたのを見届けると、華雄は家の中から急いで食事台を持ってきた。
台の上に乗って、飛ぶ。腕が屋根の上に届き、掴み、自分と曹丕の体を持ち上げきった。
屋根の上から、水が城に流れて来るのが見える。力強い流れだったが、ゆっくりと眺めている暇はない。
曹幹を持ち上げ、そばの別の屋根に投げる。今乗っている民家の半分ほど高かった。華雄も続いて跳躍する。
しかしそれ以上は、逃げ場がなかった。
水が、来る。
水の勢いはさほど激しくなく、民家を壊すほどではなかった。だが、屋根の端を越えるまで水位はあった。
水は入り続けているから、もっと水位は上がるだろう。
雨が水を打つ音と水流音に混じって、曹幹のツバを飲む音が聞こえてきた。この期になっても泣こうとしないとは、えらい子だ。
ふと、水とともに、遠くから太い流木が流れてくるのが目についた。
根本から抜けたようで、荒々しく伸びた太い根は存在感があった。
その木が流れにのって近づいてくる。表面の木の皮がとげとげしく、痛そうだな、と思ったが、何をどう考えても、すがるべきものはそれしかなかった。
曹幹もわかっているようで、こちらと流木を交互に見つめている。
流木は近づいてくる。水位は上がってくる。
水が屋根のほとんどを飲み込んだ時、流木はもう目と鼻と先だった。
「飛べ!」
華雄は流れゆく流木へ跳躍した。左腕で曹丕を押さえながら、右腕で幹にかじりついた。下半身が水に落ち沈み、その流れに危うく曹丕を離しそうになる。
直後、曹幹がいないことに気が付いた。流されたか? いや………



156 名前:幼い想い 4/8 投稿日:2006/08/11(金) 05:12:36
急いで曹丕の体を幹に乗せ上げ、吹毛剣を引き抜く。曹丕の右肩の傷跡に、剣を突き立てた。曹丕の肩とともに、下の幹をも貫く。
曹丕は呻きもしなかった。意識はあるはずだが、呻くだけの体力がないのか、感覚に鈍くなっているのか。
曹丕を一時でも押さえないでいい分、左腕が余った。左腕で、水中で必死に自分の脚にしがみついていた曹幹を引き上げる。
曹幹は曹丕の隣に乗せ、そのまま左腕で曹丕と曹幹を幹に押さえつける。剣は曹丕の右肩に突き刺さったままだが、曹丕の体を流さないためには必要だ。
曹幹は剣に気が付いて、華雄を責めるような目でみる。そうしなければ、自分か曹丕かが助からなかったことに気が付かないのか。
それとも、『とおさま』をこれ以上苦しめるより、自分が死んだ方がよかったというのか。

三人は長い時間、流木とともに城内を流れていた。
雨は徐々に止んでいった。しかし水の勢いは変わっていない。
さすがの華雄も、水流にかなりの体力を奪われた。曹幹は憔悴して虚ろになりかけ、曹丕は顔が真っ青になっていた。一応、死んでいない。
まだ水没しきっていない建物も少なくなく、中でも、巨大な銅雀像を備え付けた台は、堂々とそびえ立っているように見える。
そう運良くたどり着けはしないはしないだろうが。
いつ水流に呑まれるかもわからない状況、華雄は苦い実を噛み潰すかのような心境だった。
そんな心境にそぐわぬ、間の抜けた陽気な鳴き声が、突然聞こえてきた。
ぽーぽー ぽっぽー ぽーぽー ぽー
それまでぐったりしきっていた曹幹が、がばっと顔を上げた。鳴き声は上空から聞こえてきたので、華雄は空を見上げる。
ぽーぽー ぽーぽっぽー ぽーぽーぽー
黒い空を背景に、白い体を輝かす鳥は、曹幹が放した白鳩だった。いや、出て行ったのだから違うのかもしれないが、少なくとも曹幹はそう信じたことだろう。
ぽーぽーぽー ぽーぽっぽー ぽー
「とおさま。もうすぐだからね。もうすぐ………」
鳩に勇気付けられたのか、曹幹は曹丕に声をかけていた。しかし、その声はすぐに遮られた。何かが軽く爆発したかのような音だった。
華雄にとっては、以前に、よく耳にしていた懐かしい音だ。
そういえば、今回はまだ機関銃の音しか聞いていない。などと思っていたら、鳩が落ちてきた。
純白だったはずの体に、赤い染みが広がっていた。



157 名前:幼い想い 5/8 投稿日:2006/08/11(金) 05:13:22
まったく、うるさい鳥だ。
しかし一発で撃ち落とせるとは、この銃の精度も、俺の腕も悪くはない。
于禁は忌み嫌っていた銃を、少しだけ気に入ることにし、城壁の上に座りこんだ。
城壁の上から見た光景は、一種の爽快感があった。許都には自分の家があったが、鄴都はよく偉そうに曹丕が居座っていた所だった。
その都が、水に呑まれて沈んでいく。
威光を輝かした魏の宮殿も、その大半は沈み落ちている。水面の上にあるところも、何かがぶつかったのか、所々破壊されていた。
いきなり洪水が来たときには、完全に巻き込まれて危うく死ぬ所だったが、城壁の階段に打ち上げられて今に至れば、この不運に少しは感謝することもできる。
とはいえ、不運は不運だ。
この水は当分は引かないだろうから、その間はまったく何もできない。殺すべき敵を探すこともできずに、ただじっと待っているしかないのだ。
第一、この都に曹丕がいたとすれば、もう死んでいる可能性が高い。助かることができるのは、城壁の上か、まだ水没していない建物の上部だ。
前者はもう確認した。確実にいない。後者にしても、可能性は低いと思われる。洪水はほとんど突然来たし、わざわざ入り口から遠ざかった高い場所にいる意味はない。
勝手に自然災害で死なれても、味気がない。この手で、俺が受けた苦しみも何倍にも返してやらなければ意味がないのだ。
鳩を落とした後、こちらへ向かってきている流木が目についた。この洪水で引っこ抜かれたのだろうが、立派な木だった。
流木はこちらに向かってきた後、水流によって方向転換した。その時に、見えた。
あいつだ。

華雄は城壁の上に、その男を見つけていた。
男は殺気をまきちらしながら、口を醜くゆがめ、二つの拳銃を手に取っていた。
この殺気は間違いなく、孫堅と黄忠とともに項羽と戦っていたときのものだった。
華雄は孫堅の顔を思い浮かべた。実に楽しそうな、あの死顔だ。
そういえば、俺が先に死んだときは、あいつはどうなったのだろう。優勝してもおかしくはないし、のたれ死んでもおかしくないな、と思う。
そんなことを思うのは、まあ、俺がもうすぐ死ぬからだろう、と思う。



158 名前:幼い想い 6/8 投稿日:2006/08/11(金) 05:14:48
「いいか、なにがなんでも、木にしがみつけ! 医者からの最後の忠告だ!」
華雄は左腕を曹幹達から離した。曹丕が剣の固定だけで大丈夫かと心配だったが、もう余裕はない。
両腕を使って、流木に身を乗り上げ、すぐさま二人に覆い被さった。
程なく銃声が聞こえてきた。背中に、切れ味の悪い熱した刃物を、無理矢理刺されたかのような感覚が響く。
それが何回も、何回も続く。銃声と水流音に混じって、「おいしゃさま!」という声が聞こえてくる。その声のあとも、銃声は続く。
永遠に続くかとも思ったが、そのうち、銃声と新たな痛みが対応しなくなってきた。
やがて、銃声は止んだ。
「おいしゃさま!」
もう一度曹幹の声が聞こえた。とても、悲しみが籠もった声だった。
傷は、いくつあるだろうか? 十以上はある。二十以上あるだろうか。三十以上あって、四十以上もあるかもしれない。わからない。
「しなないで!」
また曹幹の声が聞こえた。泣いている声だった。それで、この子供は、この子供なりに、自分の状況を理解しているのだろうとわかった。
自分が今、何のためにここにいるのか、それをきっと理解している。理解した上で、何をすべきかを考え、最善を尽くしている。
危険を承知で、医者を捜し、危機にあっても、純粋に『とおさま』を想う。
お前は、俺よりもずっと立派だ。そう言おうとしたが、声にならなかった。
何かにぶつかる衝撃があって、自分の体が、宙に浮くのが感じられた。
「おいしゃさま!」
それが最後に聞こえた曹幹の声。華雄は水面に叩きつけられるのと同時に、孫堅の跡を追った。



159 名前:幼い想い 7/8 投稿日:2006/08/11(金) 05:15:22
殺せたか、殺せなかったか。あるいは死んでいたか。
流木の上に現れた時、曹丕はひどい状態だった。
なぜか剣が肩に刺さってたし、顔はほぼ死人だった。
もう長くはない。というより、死んでるかもしれない。どっちみち、あの流木にしがみついてるだけでは、水に呑まれるに決まっている。
それでも殺してやりたかった。死んでも殺してやりたかった。だから撃ちまくった。
曹丕を殺せたかは、大男に庇われたため、判断がつかない。
このまま、死亡者放送に曹丕の名前があったとしても、胸には釈然としないものが残るにちがいない。その場合は、怒りをどこに向ければいいのか。
まず、曹丕の死体を探し出して、弾を使い切るまで撃ってやろう。山刀で、何度も何度も切り裂こう。
だが、怒りは残る。
虞翻は探し出して、殺す。関羽も探し出して、殺す。だがそれで、怒りが消えるとも思えない。
俺はどうなる?
典韋を殺したように、あらゆる人間を殺しそうな気がする。
劉備も、孫権も、曹操も、殺しそうな気がする。荀攸も、張コウも殺しそうな気がする。
参加者リストの端から端まで、殺しそうな気がする。優勝したら、献帝だって殺しそうだ。
それは、少し、恐ろしいことのような気がする。
流木が去っていった方向を見つめる。何かが、一瞬、光った。

曹幹はするべきことを知っていた。
まず、曹丕を流木に刺し留めていた剣を抜くことにする。
剣はたいして重くもなく、曹幹の手にもするりと抜けた。不思議なことに、血はついていなかった。
剣を脇に置くと、肩に巻かれていた血まみれの湿布を外す。傷から血が流れ続けているのがわかる。
流れる水をすくい上げ、傷口を洗う。
華雄から貰っていた薬草を服の中から取り出すと、木の破片を使って磨り潰し、傷に塗る。
次に上半身の服を脱ぎ、服の一番綺麗な場所を選んで、剣で切り取る。それを、傷口の上に巻く。
曹丕の濡れた体を、手で拭う。延々とその作業を続ける。
曹丕の体は高熱を発さなくなったかわりに、ひどく冷たくなっていた。だから曹幹は拭い終えると、まだ暖かい自分の体を、曹丕にくっつけた。
「とおさま、しなないで。とおさま、幹はここにいるよ。とおさま、だから、しなないで………」
曹丕はもう呻かなかったし、意識もなかった。ヒュウ、ヒュウ、と口から風が出入りするだけだった。



160 名前:幼い想い 8/8 投稿日:2006/08/11(金) 05:16:04
<<パパじゃないよお兄ちゃんだよ/2名>>
曹丕[右肩負傷・ひどい衰弱]【なし】曹幹【吹毛剣】
※流木は銅雀台に乗り上がったようです。曹丕の回復を待ちます。
※他の荷物はすべて流されたようです。

@于禁[左耳破損、右手小指喪失、全身軽傷、洗脳?]【山刀(刃こぼれ、持ち手下部破損)、煙幕弾×3、ガン鬼の銃(陰陽弾×25)】
※鄴城壁上にいます。水が引いたら、曹丕を探すようです。

【華雄 死亡確認】
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最終更新:2007年11月17日 18:27
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