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19 名前:Only,Lonely,Glory! 1/20:2007/04/08(日) 01:38:30 ?2BP(125)
カサリカサリと枯葉を踏み、彼らは深い森を行く。
周囲に咲き乱れる白い花。そういえば白は葬送の色だ、と森を歩きながら凌統は思う。
淡い桃や薄青は混じれども、どの花も基調は白。献帝の嫌がらせだろうか。
付きまとう嫌な感覚を打ち消そうと、足元の石を蹴っ飛ばそうとしたその時。
母犬が唸り声を上げ、身を低くした。
――誰か居る!?
馬謖の袖を引き、探知機を覗き込む。
犬の視線の先に該当する光点はない……ように感じられるが。
まさか、察知できない……首輪が壊れている?
武器を構え、来訪者に備える。
がさがさと大きい音を立て、鼻息も荒く現れたのは――
「……おい、あれ何に見える?」
「…………牛?」
「まごうことなき牛ですね」
「あぁ、全くの牛だな……」
「鼻息荒いな。牛」
「どうします? 牛」
「こっちに突進して来そうなの気のせいか? 牛」
牛ではなんかどうしようもない。牛だし。
凌統、馬謖、陸遜の3名はじりじりと後ずさった。
「たぶん気のせいではないかと。牛」
「でしとかにょとかに続け。新ジャンル『語尾が牛』」
「なんでもいいから……取り合えず、逃げろー!!」
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20 名前:Only,Lonely,Glory! 2/20:2007/04/08(日) 01:42:02
脱兎の如く回れ右、全速力で奔る彼らの後ろにぴったりと追随する牛!
牛、奔る!!
「が、街亭から無傷で帰還した私の逃げ足を舐めるなあぁぁ!」
「それ自慢になりませんよ馬謖さん!!」
「壊滅状態の合肥から生還した俺の逃げ足も舐めるなあぁぁ!」
「凌統それ割と自虐的ですよ!? えええと、僕の逃げぎゃふっ!?」
足元の小石に足を取られて転倒する陸遜。
その尻の上を軽やかに走り抜ける牛!
「ううっ、陸遜殿あなたの尊い犠牲はしばらくは忘れないぞー!」
「いや俺らも遠からず同じ道を! 軍師なら何とかしろ馬謖ー!!」
「無茶言うな! 兵法は牛を対象としてない!!」
そして、しばらく後。
ぜーぜーと大の字に転がって荒い息の凌統と馬謖、そして暴れ牛の死骸がそこにあった。
凌統の渾身の銃撃で何とか『牛に突き殺される』という将として最悪の死に方は免れたが、
精神的な疲労は結構なものである。
牛追い祭りならぬ牛に追われ祭りだ。
「お疲れ様でした」
「解せない、なんで、陸遜殿、だけ、元気なんだ、ぜぇぜぇ」
「や、だって僕早々にリタイアしましたんで、体力が温存されてますし」
「……とりあえず、今日の飯は、焼肉だな、豪華だぞ、感謝しろ……
つーか、良く考えたらお前がそんなド派手な赤い服なんて着てるからだろ馬謖!」
「赤じゃないぞ紅梅色だ!」
「似たようなもんだろ!?」
ミョルニルではたかれた馬謖の頭から、スコーンと実にいい音がした。
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21 名前:Only,Lonely,Glory! 3/20:2007/04/08(日) 01:43:42
不毛な口喧嘩を繰り広げつつ、馬謖がぼてっと寝転がったまま探知機に手を伸ばす。
眠っていない時はほぼ常時それを確認するのが、既に彼の癖になっているらしい。
姜維たちの無事、そして自分たち一行の周囲の安全を確認する――
決まりきったパターンになりつつあるその行為。
だがちらりと陸遜が横目で見た馬謖の顔は、常と違って青ざめていた。
鞄から探知機の説明書を取り出し、猛烈な勢いでめくり始める。
「馬謖さん、どうかしたんですか?」
「……や、……え、いや、あ」
何か言いたいのだが言葉にならないらしい。
焦れた陸遜は馬謖から探知機を引ったくり、絶句した。
「……え、ちょっと、嘘でしょう」
荊州に残してきたはずの姜維と関興の光点が、消滅していた。
すなわち死亡。洞窟周囲に残る光点は、司馬懿を示すひとつだけ――
陸遜の脳裏に黒の書物が過ぎる。
太史慈に聞いたその効能、洞窟周囲に外敵は無し。暴れ牛でも出なければだが。
ならばこれは、呪いの書による司馬懿の暴走?
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22 名前:Only,Lonely,Glory! 4/20:2007/04/08(日) 01:45:25
ふぅーっと母犬が唸り声を上げた。森の一点を見据え、ぐるるると低く喉を鳴らす。
なんだ、また牛か!?と悲鳴を上げる馬謖を他所に、凌統も同じ方向を見据えて銃剣を構える。
「おい馬謖、探知機見てるんじゃなかったのか?
お前の目玉はうずらたまごか?」
軽口を叩きながらも、凌統の頬を汗が伝う。冷や汗。
数秒後に馬謖たちも感じとったのは、圧倒的なまでに吹き付けてくる殺気だった。
探知機に目を落とす。人間の規格外の速度で突進してくる光点がひとつ。
「……くそっ」
失われた光点に気をとられ、自らの周囲を見落としたらしい。
まだ主の姿も見えないのに、冷たい烈風の如き闘気が叩きつけられる。
ガチガチと妙な音がする。
震える自身の奥歯が立てている音だと彼らが気付くまでには、数秒の時間を要した。
ヒュオンッ、と風を切る音。
「…………ッ!」
視認すら難しい速度で飛来したそれを凌統が避け得たのは、ほとんど奇跡と言って良かった。
直接触れてもいないのに、その衝撃波のみで凌統の右袖を切り裂いたそれ。
一振りの青龍偃月刀が地に突き立っていた。
「――逃げろ!」
「でもっ、凌統」
「いいから行け! 邪魔だ!」
「行きますよ、馬謖さん……!」
なかなか動こうとしない馬謖の袖を掴み、逆の腕に仔犬を抱えて陸遜が身を翻す。
ここに居ても自分たちに出来ることはない。
ならば一旦退き、策を考えるのが軍師の仕事。
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23 名前:Only,Lonely,Glory! 5/20:2007/04/08(日) 01:47:49
【side 呂布】
俺の中には獣が棲んでいる。
呂布は常々そう感じていた。ほんの幼い頃から、ずっと。
そいつは時々癇癪を起こしたように荒れ狂い、俺の周りの人間を傷付けた。
その獣のエサは闘いだ。俺が闘えば獣は満足し、大人しくなる。だから闘う。
子供の頃は、近所のガキ大将をシメた。
すこし大きくなって、村を襲った盗賊を倒した。
その次は軍に入り、敵軍の兵士を殺した。
敵軍の将を殺した。
たくさん殺した。
もう、長い長い付き合いだ。
……だから、分かる。
今、自分の中で暴れているコレは、あいつじゃない。
殺セ殺セ。聞こえる声はあいつと同じ。とてもよく似ている。
でもあいつは何を殺すかなんて指定しない。その選択権は常に俺にあった、だから上手くやってこれた。
これは異物だ。俺を操ろうとする異物だ。
俺は誰の言いなりにもならない。
貂蝉が望めば養父も殺した。陳宮が請えば戦に出た。
だがそれは、あくまで俺が選んだことだ。
(劉備ヲ殺セ)(関羽ヲ殺セ)(張飛ヲ殺セ)
五月蝿い。俺に指図するな。
(殺セ、セセセ)
五月蝿い!
闘えば静かになると思った。俺の獣と同じように。
その相手が劉備でなくても関羽でなくても、張飛でなくても。
寧ろその3人は嫌だった。異物如きの言いなりになるのは業腹だ。
(殺セ殺セ殺セ)
黙れ黙れ黙れ!
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24 名前:Only,Lonely,Glory! 6/20:2007/04/08(日) 01:53:02
付近を探れば、3つの気配が感じられた。
2つは問題にならないほど弱そうでがっかりする。道端のねこじゃらし程の価値もない。
だが、1つはそこそこ骨がありそうだった。
――よし、闘おう。
だがすぐに殺しては、獣は満足しない。『闘い』でなければいけないのだ。
この異物もそうだろう、俺の獣と似ているのだから。
自分の手を見る。立派な刀。
駄目だ、と思った。武器を使うと、すぐに雑魚は死んでしまう。
そこでそれを思い切り投げた。その気配の主めがけて。
避けられないなら、闘いとして成立しない程度の相手でしかないだろう。
……手応えはなかった。呂布は満足し、口角を少し上げる。
すぐには殺せない。この獣もどきが鎮まるまでは、死んでもらっては困る。
※ ※ ※
去る仲間たちを背に、凌統は青龍偃月刀を引き抜いた。
――重い。だが銃剣よりも確実に頑丈だ。
がさりと音がして、血走った目の大男が現れる。
「りょ、呂布……」
この遊戯の開始直後。
呂範を一刀で真っ二つに切り裂いたその姿に怯え、全力で逃げたことが否応無く思い出される。
生物としての本能が足を竦ませる。立っていられるのが不思議なほどの震え。
今すぐにでも逃げ出したい。たとえ背から斬り殺されても、この場から立ち去りたい!
圧倒的な力の差。抗うことなど、出来ようはずも無い。
忠実な犬だけが、彼の傍らに寄り添う。その暖かさにほんの僅か勇気付けられる。
――ここですぐに俺が逃げたら。馬謖も陸遜殿も死ぬ。
せめて時間を、彼らが逃げ切れるだけの時間を!
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25 名前:Only,Lonely,Glory! 7/20:2007/04/08(日) 01:55:38
【side 馬謖&陸遜】
「りっ、くそん殿っ、りょ、凌統が」
「息切れてるんなら走りながら喋らない! 舌噛みますよ」
しばらく駆け通し、殺気が追ってこないことを確認してようやく彼らはその場にへたり込んだ。
「な、なんだ、なんなんだあれ、人間か?」
「相当名のある武人には違いないでしょうね。
趙雲か夏侯惇か、あるいは――呂布か」
「ちょ、それじゃ凌統が危険じゃないか……!」
「分かっています! だからといって僕たちがあそこにいて何の役に立つんですか!」
馬謖にも勿論、分かってはいるのだ。自分たちが居た所で足手纏いにしかならないと。
何が出来る。今自分たちに何が出来る?
はっと思い出し、馬謖はごそごそ鞄を漁って師に渡された書付を取り出す。
困った時に開けろ、と渡されたそれ。正に今がその時だ。
壱の数を振られた包みをそっと開く。
『助けを借りよ』
ごくごく簡潔な一文。誰の助けかも書かれていない。
誰の。きっと陸遜ではない。諸葛亮自身でもないだろう。
誰の。誰の! 縋るような心地で探知機を覗き込む。
……居た。自分たちのほど近くに、正体不明の光点がひとつ。
常であれば決して近付かないだろう。
しかし今の馬謖には、何かの啓示の様に感じられた。
「あっ、馬謖さん、どこへ」
探知機を手に駆け出す。仲間を救う鍵がそこにあると信じて。
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26 名前:Only,Lonely,Glory! 8/20:2007/04/08(日) 02:04:14
【side 凌統】
気のせいか、初めて見たときよりも呂布の腕力は増しているように思えた。
呂布に武器はない。拳と脚だけの攻撃なのに、凌統は全身に細かい傷を負う。最高まで鍛え抜かれた肉体は、時に刃物より鋭い。
「くっ」
シャッ!
人間の動きが発するには、あまりにも鋭い音。胸元ギリギリに岩より硬い拳が振りぬかれる。
一度でもまともに喰らえば、それはきっと致命傷だ。
だが腕力と引き換えに、呂布の目からは知性の光が失われていた。
ゆえに攻撃は単調。ある程度の武人なら、見切るのは難しくない……しかし避け続けるには限界がある。
「ぬぅ……」
それでも再び、ギリギリで鉄拳をかわす。代わりにそれは木の幹に吸い込まれた。めきめきめきぃ、と音を立て幹が軋む。
辛うじて倒壊は免れた木は、しかしもはや生き返ることは無いだろう。幹の半分以上が折れてしまっている。
「くっ、そ! どんな馬鹿力だよ!」
こんなものを直接喰らえば、人間の内臓など一瞬で挽き肉だ。
巨体は面倒くさそうに手足を振り回しているだけなのに、凌統の体力はどんどん削られていく。
手にした青龍偃月刀で受け流し、またはギリギリで回避し、受ける傷を最小限に抑える。
「くっそぉ! 何で切れねーんだよ!? 呂布も人間だろ、人間のはずだろ!?」
青龍偃月刀の重い一撃も、呂布の皮膚に赤い線を残す程度。
呂布だって人間だ。その身体は肉のはずだ。鋭い刃物を生身の肉にぶつけているのに、なんで切れない!
筋肉ではじく? 筋肉も肉だろ、有りえねぇ! なんだよ、鎧の方がまだ柔らけぇよ、どんな化け物だよ!
凌統が流す血はどんどんその量を増し、いつの間にか全身は朱に染まっていた。
対して刀による僅かな切り傷を除けばほぼ無傷の呂布。
それはあまりにも絶望的な状況だ。
―――だが。
凌統は守りにおいてだけ、背中に庇うものがあるときだけ、限界以上の力を発揮する。
半数の兵が抜けた江陵の本陣を、二十歳にも満たない若さで曹仁軍の手から守りきった南郡攻略戦。
雷撃の如き張遼の怒涛の攻勢を、旗下三百騎で食い止め主君を生還させた合肥の戦。
「はっ、畜生! 化け物退治は俺の守備範囲じゃねーってのになぁ……!」
そして今も―――不思議ともう、足は震えない。
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27 名前:Only,Lonely,Glory! 9/20:2007/04/08(日) 02:06:03
【side 馬謖&陸遜】
それに殺気は無かった。
「助けてくれえぇぇぇぇ」
と鼻水と涙を撒き散らしながら走ってくる奴に殺気も何もあったもんじゃないか、と甘寧は思う。
さてここで問題なのは、その変な奴がまっしぐらに突進してくるのがどう考えても自分に向かってだということだ。
なんでだ。なんで俺のほう来るの。やめれマジやめれ。鼻水拭け。
もし甘寧が数日前の諸葛瑾を目撃していたら、その様子にさぞ既視感を覚えたことだろう。
戸惑いながらシグ・ザウエルを取り上げ、一応狙いを付ける。
だが危機感やその類のものはあまり感じない。というか、これは引く。関わりたくない。
「だーずーげー……でひゃひゅっ!?」
奇怪な声と共に木の根に蹴つまづいてすっころび、ずざざざざーと痛そうな音を顔面で立てながらスライディング。
甘寧の足元を通り抜ける。繰り返すが顔面からスライディングしながらだ。惨状が予測される。
ごくり、と甘寧は唾を飲んだ。
これはイヤだ。なんだかよくわからんが、本格的に関わりたくない。関わったら運の尽きだと直感が告げている。
関わったら負けだ。そろりと甘寧は一歩後退した。
……右足が動かない。
足首をがっちりとうつ伏せたままの不審人物に掴まれていた。
ぶんぶんと足を振る。とれない。
ぶんぶんぶんとさらに振る。とれない。
文官くさい風情のくせに意外と握力が強い。
「……あーもう、なんなんだ! なんなんだお前、離せ!!」
「いやだ! 助けてくれ!」
「何からだ!? 熊でも出たのか?」
「熊じゃなくて牛……ではなく!」
甘寧の右足首を掴んだまま、それはがばっと顔を上げた。
うっわひでぇ、と甘寧は顔をしかめた。
涙と鼻水といま擦りむいた血、詳細を描写するのが憚られるほどのどろどろっぷりだ。
「仲間がすごい強そうな男に襲われているんだ、頼む、助けてくれ」
すごい強そうな男。
強い奴と戦いたい、という欲求がややくすぐられるが、殿の仇を取るのが最優先だ。
悪いが今は関わっている余裕が無い。
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28 名前:Only,Lonely,Glory! 10/20:2007/04/08(日) 02:07:23
「知らねーよ。自分でなんとかしろ、離せ」
「しかしその服、孔明先生のだろう! これは天啓なんだ、間違いない! 助けろ!」
「孔明先生ィ? ……お前諸葛亮の縁者か何かか?」
「弟子だ!」
なるほど諸葛亮には世話になった。働かされたが。
しかしその弟子にまで恩があるかといえば、否だ。
「……やっぱ知らね。離せ。俺は荀イクの糞野郎を殺りに行くんだ」
そう吐き捨てた瞬間、その諸葛亮の弟子の声が一段低くなった。
「荀イク? 詳しく話せ。なんなら力になってやる」
「や、お前に何か出来るとも思えねーんだけど。お前弱そうだし」
それ以上にあんまりお前に関わりたくない。顔ぐちゃぐちゃだし。鼻水拭え。いや、俺の服の裾でじゃなくて!
「ふっ、こっちが1人だと誰が言った! 他にも仲間は居るし、私より」
甘寧の、というか自分の師匠の服でずびびーっと鼻をかみながら偉そうに何か言いかけたとき、
「甘将軍!」
甘寧にとっても聞き覚えの有る声がそれを遮った。
「……陸家の都督殿じゃねーか」
新たに現れた人物、陸遜とはさして親しかったわけではないが、面識はもちろん有る。
そして油断ならない相手であろう事も分かる。
シグ・ザウエルの狙いを、鬱陶しいだけで特に害はなさそうな足元の変な文官から陸遜へと移した。
「甘将軍。凌統が……おそらく呂布、か夏侯惇。もしくは趙雲。
誰であるにしろ間違いなく名のある猛将に、ひとりで立ち向かっています」
「凌統ゥ? 公績がなんでそんな奴らに喧嘩売ってんだ? 負けるだろ、それ」
「凌統が売ったわけではありません、突然襲われて、僕たちを庇うために迎撃するしかなかったんです。
筋違いな願いかもしれませんが、どうか彼を助けてあげてください。お願いします。……お願いします」
陸家の坊っちゃんはこの変な奴のツレか。
深々と頭を下げる陸遜に、どうしたものかと甘寧は手に持つ銃をいじる。
まぁかつてはいろいろあったが、凌統は自分の身内であると今は思っている。
それに猛将というのにも興味がある。武人の血が騒ぐのだ。だが、
「公績には悪ぃが、俺には用事があるんでね。俺は――」
「凌統はお前を尊敬していると言っていた」
ずずーっと鼻をすする音と共に、足元から声がした。
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29 名前:Only,Lonely,Glory! 11/20:2007/04/08(日) 02:08:17
「甘興覇は強くて格好良いだけでなく、器の大きい素晴らしい男だと凌統は言っていた」
「ああん?」
「ガキみたいに親の仇親の仇と因縁を付けていた自分を許し、さらに弟分とまで呼んでくれた、
まさに英雄と呼ぶに相応しい大きな男だと言っていた。自分もあんなふうになりたいと、憧れていると」
「……」
「頼む。助けてくれ。甘将軍、貴方だけが頼りなのだ」
瞬きもせずに見上げ、じーっと視線を合わせてくる。
そんなにらめっこに負けたのは……甘寧だった。
「ちっ。仕方ねぇなあ! そこまで慕われては仕方ねぇ! おい、公績はどっちだ!」
「このまま真っ直ぐ北だ。私たちが通った跡を辿ればいい」
「わーった。待ってろ、公績!」
軽々とした身のこなしで駆けていく甘寧の背を見送り、陸遜が呟いた。
「……馬謖さん、凌統は本当にあんなこと言ってたんですか?」
視線を宙にさまよわせ、微妙な笑みを貼り付かせて馬謖が答える。
「……まぁ、有名な美談だからな」
「つまり、言ってないんですね。あとで凌統に殴られるんじゃないですか、貴方」
「ひとり分の命が私のコブくらいで贖えるなら、それは安いものだろう?」
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30 名前:Only,Lonely,Glory! 12/20:2007/04/08(日) 02:11:57
【side 凌統】
幹を折られた木の数を数えるのを、凌統はとっくに止めていた。
殴られる、受ける、蹴られる、かわす、延々とそれを繰り返す。
かわすたびに森の木が傷付けられるが、それを申し訳なく思う余裕など何処にもない。
呂布の手や足がかすった全身の傷から、真っ赤な雫が滴り続ける。
果てしなくも思える回避運動は、いずれ終焉を迎えるだろう。凌統には容赦なく疲労が蓄積されていくのだ。
そうなる前に、その均衡を自分から崩さなければならない。どうやって?
自問自答。右に逃げても左に逃げても、呂布の拳は迫ってくる。
襲い来る拳を避けて右へ、次をかわす為に左へ、左、後ろ、右、望まぬ剣舞を何処かで断ち切らねば未来は無い。
いまや身軽さだけが命綱。それだけが凌統がまだ生きていられる理由。
身の軽さ……
非常時にも関わらず、いやだからこその走馬灯だろうか。
幼い自分が故郷の大木を軽々とよじのぼる。根元には笑う父の姿。そんな光景が頭を過ぎる。
父には登れないような高さまで行けるのを、とても誇らしく思っていた。
――呂布の巨躯を見る。
(大人の父には登れないような――)
それはいわゆる、いちかばちかの賭けだった。
凌統は飛び退り呂布との間を開け、青龍偃月刀を近くの木に立てかけてそれを足場に駆け登る!
さすがに意表をつかれた呂布が躊躇した。
その隙に、葉の揺れる音を立てながら隣の枝へと飛び移る。
不満そうな唸り声がし、青龍偃月刀が勢い良く凌統目掛けて投げられた。
飛来するより先に偶然、隣の木の枝へ移ろうとしていた凌統は僥倖を得る。
「避ケルナ!」
しかし当たらなかった偃月刀は地に落ちるし、落ちたそれを呂布は拾える。
いや、そのような手間をかけるより、凌統の居る木を殴り折ったほうが早いかもしれない。
樹上の凌統に再び、青龍偃月刀が襲い掛かる。
だが風を切って飛ぶ刃は、不思議なほどに命中しない。
まるでそれ自身が凌統を傷付けることを拒んでいるように。
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31 名前:Only,Lonely,Glory! 13/20:2007/04/08(日) 02:13:44
幼い頃を思い出しながら、凌統はわざと枝を揺らす。
自分の居場所を僅かずらして教えるためだ。
何故だか落ち着きを失っている呂布は、平素なら気付くであろうその小細工に気付けない。
そんなささやかな罠を仕掛けつつ、凌統は木から木へと飛び移る。
幼い頃ほど上手くは行かないが、決して捨てたものでもない。
俺ってもしかして先祖が猿なんじゃね?と進歩論的に実は正しい事を考えつつ、凌統は苦笑いを浮かべた。
※ ※ ※
木の根に足を取られる、木と木が密すぎて通れないという現状に焦れ地上の呂布は顔をしかめる。
これでは闘いにならない。エサを与えなければ、身の内で獣が暴れだす。
手綱を離れて暴れだせば、俺の全てが乗っ取られてしまう。
こんなとき、いつも思い出す光景がある。
初めて殺した人間の姿だ。よく一緒に遊んだ少女の死体。血にまみれた自分の剣。
何が原因だったのかはもう思い出せない。ただ、真っ赤なその姿だけが瞼に焼きついている。
劉備だの関羽だのを殺すのは構わない。
だがそれが自分の意思でないことが怖い。自分が望まずに人間を殺してしまうのが怖い。
助けてくれ。貂蝉、厳氏、陳宮、母上……誰か……。
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32 名前:Only,Lonely,Glory! 14/20:2007/04/08(日) 02:15:51
※ ※ ※
呂布はどこまでも追ってきた。
命懸けの高鬼だ。鬼に捕まるか、諦めて鬼が立ち去るか、どちらかしか終わりはない。
ふと親犬の姿が消えていることに気付く。
たしか呂布の足に噛み付いたり、体当たりで拳を逸らしてくれたりしていたのだが……
到底敵わぬ事を悟り、逃げたのだろうか。ならばそれでいい。自分のために、むざむざ死なせるのは嫌だった。
合肥で麾下三百を失った悪夢が頭を過ぎる。
ピ。
突然奇妙な音がした。空耳かと凌統は思う。
ピ。……ピ。
違う。空耳ではない。確かに聞こえる。どこから?
ピ。…ピ……ピ……
自分の首元から。
どことなく聞き覚えがある気がする。
(「な、なんじゃ、儂のこの首輪が鳴っておる?」)
(「ああ、周りの人は一応離れておいた方がいいですよ、危ないから」)
(「陛下、何をなさ……!!!!」)
一瞬で顔から血の気が引いた。
ここはどこだ。益州の北。禁止区域のすぐ傍。……踏み込んでしまった!!
戻らなきゃ。戻る。戻るんだ!
禁止区域と呂布。問答無用の爆死より、抗う余地のある呂布の方がまだマシだ!
枝を揺らして南へ駆ける。そして気付く。帰る道が、樹上に無い!
へし折られた幹。足場には到底出来ない。そして足元には、呂布が間もなく追いつく。
飛び降りる? どう降りても、体勢を整える前に呂布の拳が自分に突き刺さる様が見えた。
……ならば。
腰の銃剣を抜き、凌統は呂布目掛けて飛び降りる!
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33 名前:Only,Lonely,Glory! 15/20:2007/04/08(日) 02:17:54
※ ※ ※
逃げる一方だった獲物がこちらへ向かってくる。
祈りが天に通じたか。すぐにエサを与えてやるからしばし待て、と体内の異物に呟く。
恐怖で頭がおかしくなったか、自棄を起こしたのか、あろう事か自分目掛けて降ってくる。
もちろんその程度で、この呂布をどうにか出来るはずも無い。
振りかざされる妙な形の剣の軌跡を、呂布は軽々回避する。
ぱん、と軽い音がした。
左耳が一瞬で熱を持つ。
自分の耳が吹き飛ばされたと、呂布はすぐには気付かなかった。
左の音が聞こえない。
たかが。
たかがエサごときに。道端のぺんぺん草と変わらぬ雑魚ごときに!
視界が怒りで赤くなる。
すぐには殺さないと思っていたことなど、既に思考に無かった。
微塵の容赦も無い拳が体勢の崩れている凌統に突き刺さる。
吹き飛ばされた凌統の体が木の幹に打ち付けられ、そのままずるずると崩れ落ちた。
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34 名前:Only,Lonely,Glory! 16/20:2007/04/08(日) 02:20:29
※ ※ ※
……もうダメだ、と凌統はついに自覚した。
額から垂れた血とそれが流れこんだ目を、ぐいっと拭う。世界の赤さが少しだけ薄れるが、それだけだ。
手の届く所に青龍偃月刀が転がっていた。呂布が近くに置いていたのだろう。
掴んで引き寄せた。重い。酷く重い。
それでも戦士としての本能が凌統を足掻かせた。
青龍偃月刀を杖にして、震える足で弱々しくも立ち上がる。
自らの血でぬるぬると滑る手。失血で視界は霞み揺れる。
酷く冷たい目で、薄赤い呂布が自分を見ていた。
素手の相手に対し刃物を持つ、それだけのアドバンテージを与えられてなお、力の差はかくも圧倒的だった。
「雑魚メ……死ネ」
振り上げられた呂布の拳が逆光と相まって、奇妙に神々しく見えた。
膝が折れそうになる。この場に崩れ落ちることが出来れば……楽だ。
もういいじゃないか。俺は十分頑張った。敵う訳も無い相手に、十分抗った。
そしてあれが振り下ろされれば、俺はもう楽になれる。
十分時間は稼いだはずだ。馬謖も陸遜殿も、後は自分でどうにか――
『凌統殿~、諦め良すぎますよー』
苦笑をはらんだ明るい声が耳を掠めた、気がした。
――凌統が握るのは、関羽の青龍偃月刀。
『ほら、せっかくの武器、杖にしてないで』
声につられて、重い重いそれを持ち上げる。
――この名刀は関羽の死後、息子である関興に受け継がれた。
『右手はもうちょっと上です。そうすると支点がずれるから……ほら、結構持ちやすいでしょ?』
――そしてそれを持つ関興は死した父の霊に導かれ、
『さぁ、ちゃんと前を見て。敵も疲れてますよね?』
獅子奮迅の活躍をしたと三国志演義には記されている――
正当な持ち主が使い手を認めた時、青龍偃月刀は真の力を発揮する。
凌統が再び闘志を取り戻したのは、二代目の主である死した友、関興の守護を得たが故だろうか?
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35 名前:Only,Lonely,Glory! 17/20:2007/04/08(日) 02:21:55
冷艶鋸とも呼ばれる刀を握る手に、暖かい何かが添えられた気がした。
もう少し。もう少しだけ、頑張ってみよう。
僅かながら生気を取り戻した凌統を呂布が訝しげに眺めたのは束の間、直ぐに鉄より硬い手刀が飛来する!
ぶつかり合う金属音こそしない。だが異様に硬い呂布の筋肉は刃物さえ受け付けない。
既に人間ではない何かの高みに達した呂布に、凌統は防戦を強いられつつも隙を伺う事を諦めない。
立つのもやっとの状態で、それでも闘う凌統を、戦の女神が哀れんだのだろうか。
呂布の背後、左側から、赤い塊がごそりと現れた。
それが何なのか、凌統にもすぐには分からなかった。
凌統に付き従っていた大きな犬。
樹上を逃げる主人のために、懸命に地上でそれを助けていた忠犬の姿だった。
シロという名の由来であった体毛は、もはやその面影も残さぬほど血に塗れ。
それでもなお、主人の為に――
飛び掛る犬。
左の音が聞こえぬが故に気付かず、大きく体勢を崩す呂布。
崩れた体勢からも翻る拳。吹き飛ぶ犬。
しかし勇敢な犬の命と引き換えに、僅か一瞬の死角が生まれる――!
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36 名前:Only,Lonely,Glory! 18/20:2007/04/08(日) 02:25:42
『行けええぇぇっ!!』
「うおおおぉぉッ!!」
一切の防御を顧みず、凌統は全身を弾丸と変えて飛び込みその刃を振り下ろす!
びしゃああぁぁ、と血の雨が降り注いだ。
左肩から右脇腹にかけて袈裟懸けに斬り裂かれ、さすがにたまらず呂布がよろける。
……深い。だが致命傷ではない。
ぐおおぉ、と呂布が咆哮し、怒りのままに岩より硬く重い拳を振り下ろす。
体勢の崩れた凌統に抗う術は無く、ぱん、と赤い血の花が弾ける。
……それが自分のものでないと気付くのに、凌統は数秒の時間を要した。
「おいアンタ、俺の身内に何してんだよ?」
血の流れる肩を押さえた呂布の懐に、矢のように飛び込む影。凌統を庇って立ちふさがる。
飛びのきながら、血走った目で呂布が呻く。
「…………興、覇?」
「よう公績。生きてっか?
……俺の弟分をよーくも、痛い目にあわせてくれたな、おっさん!」
かつて親の仇と憎み、そして後に生死の交わりを結ぶに至った男の背を認め。
凌統はその場に崩れ落ちた。
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37 名前:Only,Lonely,Glory! 19/20:2007/04/08(日) 02:27:57
※ ※ ※
信じられなかった。
耳を吹き飛ばされた。
体を切り裂かれた。
肩を撃たれた。
常に最強であった自分が、いかに油断していたとは言えこんなに傷を受けた。
その事実に自分自身の芯が揺らぐ。
信じられず、信じたくもなかった。
有り得ない。有り得ない!
だから頭に『それ』が染み込んできたとき、諾々と従ってしまったのだ。
獣もどきが猛るのは変わらない。だがそれに似た、またさらに別の何か。
(――そっちにいるのは私の獲物だ。お前は東に行け――)
文章にすらならないその意思の塊を、あえて言葉に変えるならこのような感じだろうか。
呆然としたまま呂布は身を翻し、ふらふらと東へ歩き始める。
「お、おい、ちょっと! おいコラ、闘えよ!」
甘寧の声は呂布に届かない。
その背を追おうとした甘寧を、足元に倒れた友人の姿が押しとどめる。
「っだー! 闘わせろよ、コラー!!」
ひとしきり吼えた後、不満げに息を漏らし、甘寧は倒れている凌統をつついた。
一応生きているようなので、なんとか弟分を救うという目的には間に合ったか。
「公績、大丈夫か? うっお、ひどい怪我だな……」
気を失った友人を担ぎ上げ、木陰の草地へ寝かせる。
呂布が去ったことを察知したらしい陸遜と馬謖が、辺りを窺いながら駆け寄ってきた。
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38 名前:Only,Lonely,Glory! 20/20:2007/04/08(日) 02:32:39
<<既視感を追う遊撃隊/3名>>
凌統 [満身創痍、気絶]【関羽の青龍偃月刀、銃剣、魔法のステッキミョルニル】
馬謖【探知機、諸葛亮の書き付け(未開封美品)×2】
陸遜【真紅の花飾り、P90(弾倉残り×2)、ジッポライター、仔犬(チビ)】
※益州北部。洛陽城の観察を試みる予定でしたが、姜維と関興の首輪反応の消滅を確認したため行動方針を再検討します
※司馬懿がDEATH NOTEの影響下にある可能性を把握しています
※探知機で近づく人間を察知可能。馬謖が直接認識した相手は以後も場所の特定が可能。
※関興の声が本当に関興の霊だったか、失血で朦朧とした凌統が見た幻だったかは不明です
※馬謖の軽症は時間経過により自然治癒しました
※母犬(シロ)は死亡しました
@甘寧【シグ・ザウエルP228、天叢雲剣、コルト・ガバメント、点穴針、諸葛亮の衣装】
※荀イク討伐が目的ですが、弱った凌統を非武官しか居ない所に放置していくわけにもいかないと思っています。
※<<既視感を追う遊撃隊>>と一緒に居ます。
@呂布[洗脳、身体能力上昇、左肩から右脇腹にかけて深めの傷、右肩被弾、左耳破損]【DEATH NOTE】
※DEATH NOTEの影響下にあります。DEATH NOTEには劉備、関羽、張飛の名前が書かれています。
※DEATH NOTEの効果で上記三人の居場所が漠然と解りますが、今のところDEATH NOTEの影響に抵抗しているようです
※益州北部から東へ移動中。
@劉備【李典棍、塩胡椒入り麻袋×5】
※荊州北部。<<親子の面影+水鏡門下生>>を探して彷徨っています
@司馬懿 [洗脳、身体能力上昇]【赤外線ゴーグル、付け髭、RPG-7(あと4発)香水、DEATH NOTE、陳宮の鞄、阿会喃の鞄】
※基本的にDEATH NOTEに記名された生存者3名を狙いに行きますが、邪魔をする者は排除しようとします。
※現在地は荊州北部。劉備が近くに居ることを感じています。
もうひとりのノートの持ち主に対し、漠然とした意思を伝える事ができるようです