7-251 失ったものは

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151 名前:失ったものは 1/6 投稿日:2006/11/18(土) 04:12:33 深夜。 無機質な声が闇に響いたとき、曹幹は陳羣の膝からハッと身を起こした。 その声が父――正確には兄の名を呼ぶ。 その間、曹幹はじっと一点を見つめていた。 静かに瞬くあの星を。 「ちびは、寝たのか」 同じく放送で目覚め、うつ伏せになったままリストに印を付けていた郭嘉は 目が冴えてしまったのか、行儀の悪いその格好のまま うだうだと起きていたようだった。 陳羣が寄越す不味い薬草汁のお陰だろう、身体の調子はもう大分良い。 脇腹は相変わらずしくしくと痛むが、 もともと常にどこか壊れていたようなこの身体だ。どうということはない。 傷か多少痛むほうが、かえって頭が冴えていい。 陳羣は郭嘉の問いかけに静かに頷き返しただけだった。 曹幹が羽織っていた賈クの支給品は、あの時軒下で火花を発していた。 危険かもしれない。曹幹にはこの民家で失敬した服を着せ 光学迷彩スーツと剣はとりあえず陳羣が預かっている。 静かに曹幹の眠りを見守る陳羣。 主君の子息をちび呼ばわりするとは、などと ぎゃあぎゃあ言い返してくると思っていた郭嘉はやや拍子抜けした。 曹幹を起こさないように静かにしているのかと思ったが どうもそうではないようだった。 ---- 152 名前:失ったものは 2/6 投稿日:2006/11/18(土) 04:13:56 「……知っていらしたのでしょうね」 曹丕の名が呼ばれた時、曹幹は何かを確かめるように星を見ていた。 曹幹は、曹丕の死を知っていた。 恐らくは、見届けたのだ。その幼い瞳で。そして声を失った。 『この子は、この幼さで母を失い、今父である儂をも失う……  丕……。幹を、頼む』 曹操は臨終の際、曹丕にそう言い遺したという。 当の曹幹はまだ幼すぎて父の死を理解できず、 政務の合間を縫って遊んでくれたり、 面白い話を語って聞かせてくれる曹丕を父だと思って育った。 『私は、お前の兄なのだよ』 とうさま、とあどけない声で呼ぶ曹幹に 曹丕はそう言って涙を浮かべたこともあった。 「六年」 ぽつりと陳羣は言った。 「それも、たった六年足らずでした」 曹丕が即位し、儚くなるまで僅か六年。 皇帝としての激務をこなしながらのその六年のうち、 兄が心安らかに過ごせた日々は、 幼い弟が存分に兄に甘えられた日々は果たしてどれほどあっただろう? 正直なところ、郭嘉には皇帝となった曹丕を思い描くことができない。 郭嘉の中では、曹丕は十代の少年のままだ。 まだ幼さの残る体躯には不釣り合いな、冷めた瞳を持った少年だった。 ---- 153 名前:失ったものは 3/6 投稿日:2006/11/18(土) 04:15:28 郭嘉が曹操に仕える少し前に兄を亡くし、急に長子となったその少年は 兄が死んだ戦に従軍していたのだと人から聞いた。 その瞳は、兄の死を見たのだろうか。 今のこの幼子と同じように。 身内との縁が薄かったこの二人の兄弟は、 幼い頃から幾人に先立たれたのだろう。 いったい幾つの命を見送ったのだろう。 曹幹との出会いが鍵となったのか、陳羣は鮮明に思い出した。 晩年の記憶。老いた自分が、幾つもの命を看取った記憶を。 苦い後悔ばかりだった。 「私は……」 今こうして年若い郭嘉を目の前にしていると、 その苦さはなお苦く、毒のように陳羣を蝕んだ。 「わたしは……文若殿を、裏切った……!」 文官たちの憧れの的であり、 皆がこぞって冠の形や朝服の着こなしを真似たりもした荀令君。 その荀イクと曹操の対立。そして荀イクの死。 清流派の筆頭である荀イクの死は、皆に決断を迫った。 形骸化した漢に殉ずるのか? 魏による纂奪を認めるのか?と。 穎川の名家が二つも曹操に背いたとなれば、 文官たちに走った動揺は決定的な亀裂となってしまう。 それが内乱を呼び、大きな戦となり全てが無に帰すよりは。 ---- 154 名前:失ったものは 4/6 投稿日:2006/11/18(土) 04:18:20 少しずつ積み上げてきた平和が崩れ、 自分が徐州で味わったような地獄を人々がまた味わうよりは。 漢に殉じた荀イクに対し、陳羣は魏を選んだ。 「でも……それも、詭弁かもしれない……」 自分は、ただ失うことが怖かったのかもしれない。 長く続いている荀家に対し、 陳家は陳羣の祖父から栄え始めた、悪く言えば成り上がりだ。 「家を……、自分を、守るためだったのかも……  泰が、息子が、可愛かっただけなのかもしれない……!」 眠る曹幹と、息子の陳泰の幼い時の姿がふと重なった。 それを涙で濡らさぬよう、陳羣は顔を手のひらで覆った。 荀イクの息子たちは、才があるにもかかわらず冷遇されていた。 陳羣が制定した九品官人法の下で、だ。 それでも陳羣は黙っていた。 陳羣は荀イクの娘を娶っていたから、身内贔屓と思われるかもしれない。 第一、制定者が中正官に口を出すわけにはいかない。 しかし、心の片隅でこうも思ってはいなかったか。 不遇な荀イクの息子たちを見て、 自分もぼろを出せば泰が苦労をするのだ、 だから黙っていたほうがいい、と―――。 郭嘉を見る。 まだ若い頃ならば。彼が生きていた頃ならば、 自分は声高に叫んでいたのではなかろうか。 こんなことは間違っている、と。 ---- 155 名前:失ったものは 5/6 投稿日:2006/11/18(土) 04:20:36 誰もがなあなあで済ませてしまっていることでも、 間違っているならば間違っているのだと叫ぶ。 曹操が褒めた美徳を、陳羣は若さと共にいつしか失ってしまっていた。 郭嘉を正すためにと張り切っていた頃は堂々と書いていた上奏文も、 草案も全て破棄し誰にも知られぬようひっそりと書くようになり、 陳羣は高位にあるのに何も仕事をしないと謗られた。 世渡りと愛想笑いばかりが上手くなった父は、 息子の目にどう映っていたのだろう? 「……あんたも親父になったのか。  文若の娘なら、美人だろ?  老いらくの恋は激しく、子供は目に入れても痛くない、ってやつ?」 重い沈黙が苦しくて、郭嘉はそんな軽口を叩いた。 からかわれて怒るかと思った陳羣は微かに笑って、 鐘ヨウ殿には負けますよ、とだけ答えた。 郭嘉は鐘ヨウの生き様を最初は面白がって聞いていたが、 全て聞き終わるころにはげんなりした顔で やっぱあのじーさん化け物だ、と言った。 「……文若殿に、謝らなければ……」 苦しげな陳羣の呟き。 「やめておけ」 自分でも意識せず、何故かそう言っていた。 こめかみに冷たい汗が滲む。 これは、ただの勘かもしれないが。 「……やめておけ」 今度は自分の意志ではっきりと、そう言った。 ---- 156 名前:失ったものは 6/6 投稿日:2006/11/18(土) 04:21:43 ちなみに。 陳羣の死後、曹叡は陳羣が密かに上奏していた文章を公開した。 人々はその的確さに感嘆し、陳羣に対する評価を改めたという。 <<不品行と品行方正と忘れ形見/3名>> 郭嘉[左脇腹負傷]【閃光弾×1】 陳羣【光学迷彩スーツ(故障中)、吹毛剣】 曹幹[睡眠中、失声症]【なし】 ※現在冀州南部の民家。休息中。夜が明けたら陳留へ。 ※賈クに教わった、誰かが近づくと小石が落ちる罠が張ってあります。 ※陳羣は生前の記憶を全て思い出しました。 @魯粛【圧切長谷部】 ※彼らの元へ向かっている?

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