7-246 故郷へ

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117 名前:故郷へ 1/15 投稿日:2006/11/01(水) 07:21:30 二人の旅は、終わりを向かえようとしていた。 二人は実際には、西涼はおろか涼州にもたどり着けない。涼州に行き着くためには、必ず雍州を通らなければならない。 荊州と雍州との境に踏み出すその瞬間、旅は唐突に終わる。 夜通し歩き続けた馬超と馬岱は、そろそろ陽が昇ろうとする時間に、荊州北西部の魏興郡へ着いていた。 もうすぐだ。 馬岱は今いる岩だらけの荒野の、地平線を見つめながら歩く。 もうすぐ、なんだ………… 雍州と荊州の境は、この殺風景な荒野にある。あと一時間もしないうちに、雍州に入る。 二人には、少なくとも馬岱には疲労もあり、眠気もあった。それでも決して足を休めることなく先へと進む。 死ぬための旅。 非道く暗い旅に、馬岱はほとんど何も言わずに歩いてきた。馬超に話しかけられたら、必要最低限の返事をするだけで、馬超も強いて馬岱と話そうとはしなかった。 「岱、休むか?」 だから、突然そう言われて馬岱は驚いた。 旅の終焉を目前にして、優しく穏やかな、何事もなかったかのような声を出せる馬超に。 「いい加減疲れたし眠いだろう。朝も近い」 「いいよ、俺はまだ大丈夫。速く行こう」 まったくの嘘だ。足は棒のようで、瞼は今にも閉じきってしまいそうだ。それでも、休むなんてことは想像すらしていなかった。 そもそも、今の自分達にとって休むなんてことは無意味すぎる。 アニキは何を考えているのだろうか。 自分達が何をしようとしているのか、わかっているのだろうか。 「そうか、俺は疲れた」 「……アニキ?」 馬超はザックを下ろし、その場に座り込んだ。 後ろで呆気にとられる馬岱をよそに、馬超はザックを探り始める。 まさか、また手榴弾が出てくるのではないのか? …………!! 「アニキ!」 「ん?」 馬超は首を少し傾けながら振り向いた。ザックから引き上げた手にあったのは、手榴弾ではなく拳大の木の実だった。 ---- 118 名前:故郷へ 2/15 投稿日:2006/11/01(水) 07:22:21 「食おう、岱」 そう言われてしまえば、そうするしかない。 馬岱は馬超に近づいて、隣に座った。 木の実はすぐに皮を剥かれて四等分にされた。かつて男の喉を切り裂いたダガーで。 馬超は実を切ってすぐに口に放り込んだ。馬岱は少し躊躇したが、馬超に倣った。 それから幾つかの果実を食べ、腹を五分ほど満たした。 「朝まで休もう」 きっぱりと言い切られ、馬岱は戸惑う。 「だけど……」 「休んだほうがいい」 馬超の強引ともいえる口調に、馬岱は押し黙るしかなかった。 もう旅が……旅が終わるというときに、なぜ休もうとするのだろう。 それにアニキらしくなく、強引な口ぶりだ。 まさか、俺が死のうとするのを止めるため? それとも、この旅の意味を気付いていなくて? どっちも……違う気がする…… アニキは……何を……思って…………眠い…… 瞼が重い。体の力が抜けていく。 夕刻から一時も休まずに歩いてきた疲労の蓄積が、座り込んでから徐々に溢れ出てきていたようだった。 馬岱の様子を見ていた馬超が、心配そうな表情で語りかけてきた。 「岱、寝てていいぞ。俺が見張りをしよう」 「けど、アニキも疲れて……」 「疲れてない、とは言えんがまだ大丈夫だ。岱は俺と会う前の分も溜まっているんだろう」 言われてみれば、確かにそうかもしれない。董卓との戦い。何者かの、凄まじくも一瞬のことだった襲撃。陳宮の死。 それらによる肉体的、精神的な疲労が、今になって出ているのかもしれない。 でも……だけど……俺は眠れない。 アニキが……アニキがいつ……俺のために……眠っている間は……アニキを止めることはできない…… それに…… なんだろう……この予感は……とても……不吉な…………眠い………… ---- 119 名前:故郷へ 3/15 投稿日:2006/11/01(水) 07:23:21 夜目の利く黄忠の目には、遠くに、百歩歩いても足りない遠くに、座り込む二人の姿が見えていた。 馬超と馬岱、ということが黄忠にはわかった。 その体躯、服、持っている物も、黄忠にはわかる。 遠くの標的に矢を当てるには、優れた弓矢と、弓の技術、そして遠きを近きのように見れる視力を持たなければならない。 百発百中、養由基・李広の再来とも謳われた黄忠にも、その力はあった。 観察するうちに、馬岱の上体が揺れ、前に倒れていく。地面に衝突する前に馬超が受け止め、ゆっくりと地面に寝かせた。 眠ったようだな、と黄忠は判断した。 馬超はしばらくこちらの方向へ背を向けて、座り込み続けた。ザックの中を探ったりもした。 時間が経つうち、馬超は突然立ち上がり、馬岱を慎重に背負い上げる。 重量を減らすためか、持っていた大きな武器をそばの岩の上に置き、先へと進んでいった。 黄忠は距離を保ったまま、馬超を追尾する。 黄忠は馬超の鋭さをよく知っている。 涼州の険しい地で育ったゆえか、元来の気質なのか、おそらく両方なのだろう。 馬超は気配や音、臭い、影、風、またの物体の位置や状態の変化など、“何者かがいる印”にとにかく鋭い。 狙撃するには、近づく必要がある。しかし、拳銃の射程内に入る前に肩につり下げている銃器をこちらに向けてくる可能性は高い。撃ち合いとなれば圧倒的に不利だ。 あえて近づき、敵意のないことを偽り安心させる手もあるが、鷹のように鋭い馬超の目から本心を隠し通し続けれるかは疑問だった。 だが諦められない。あの銃は宮廷で献帝の部下が持っていた、弾丸を怒濤の勢いで連射できる銃によく似ている。おそらく、すべての支給品の中でも上位の部類だろう。 ゲームはまだ続く。あれを手にすれば、この先はるかに有利だ。 手にしなければ、不利だ。 ゲームに身を委ねた黄忠にとって、それは深刻な問題だった。 ---- 120 名前:故郷へ 4/15 投稿日:2006/11/01(水) 07:24:32 黄忠は馬超が岩に置いていった武器を眺めた。 狼牙棍。鎧が発展した未来において重宝された武器ということを、黄忠は知らない。 これもまた、鎖鎌のように使えるものかもしれない。 興味本意で未知の形の武器を岩から持ち上げた。 すると、それまで棘のついた金属部に隠れていた物が岩から滑り落ち、空中で止まった。 ……小刀? 持ち手に環状の空洞が空いた形の小刀が、上下に二十本ほど連なっていた。二十本の小刀の上には、黒い球体。下部には輪の付いた蓋のようなものが見える。 球体の輪と、小刀の空洞すべてを、一本の植物の蔓が通り、両端は結ばれている。 そして黒い球体は、別の蔓によって狼牙棍先端の棘に縛り付けられている。 考える間もなく、小刀の重みに耐えかねて球体の蓋が開いた。 黄忠の全身を阿寒が巡った。 後方から爆発音が聞こえた。 馬超が振り返れば、遠くに赤い光が見え、すぐに消えて暗闇となった。 馬超は慎重に、寝ている従弟をその場に下ろした。 そして幼い頃いつもそうしてやったように、彼の黒髪を優しく撫でた。 不要であろうジャベリンは地面に転がしておき、手榴弾の入ったザックを左肩にかける それからMP5を両手に持ち上げ、静かに、それでも迅速に、光のあった方向へ進んでいった。 ---- 121 名前:故郷へ 5/15 投稿日:2006/11/01(水) 07:25:42 涼州の雪原を、四つの騎馬が駆けていく。 先頭の一人は、他の三人とはだいぶ差を付けている。馬は疾風のように駆けているのに、馬上の少年は涼やかな顔だった。 少年は一度後ろを振り返り、三つの騎馬が遠くに見えるのを確認すると、手綱を緩めて速度を段々と落としていった。 馬が止まるころに、ようやく三つの騎馬が少年に追いついた。三人とも、先を駆けていた少年より幼い少年だった。 「休、鉄、遅いぞ」 「アニキが速すぎるんだ」 休と呼ばれた、“アニキ”より幼い少年が吠え立てる。 「ずるいぞ! 一人だけいい馬乗って!」 「この馬、お前が乗ったときはどうだったかな」 「う……」 言葉に詰まる休を、休より幼い鉄と呼ばれた少年が慰める。 「しょうがないよ。昔からアニキは凄かったじゃないか。それに休兄だって、並の騎兵よりかはうまく駆れるんだから」 「そういう問題じゃねえっ」 アニキは二人を見ながら微笑むと、一番幼い少年に声をかけた。 「岱、お前は上達したじゃないか。休達と併走できるなんて」 岱と呼ばれた少年は、褒められるのが恥ずかしいのか、頬を赤くさせた。 「そ、そんな……従兄上が教えてくれたおかげです」 「教えをよく呑み込むのも才能さ」 アニキは親愛の印に、岱の頭に手を伸ばし、その髪をゆっくりと撫でた。岱は頬のみか、顔一面を赤くさせていく。その様子を見て、またアニキが微笑む。 「あーっ、岱だけずるい!」 「アニキ、僕の髪も撫でてよ!」 「…………」 髪を撫でられる感触に、馬岱はほとんど微睡みながら薄く目を開けた。 ぼやけた視界に、見慣れた後ろ姿が見えてくる。 アニキ、武器を持ってどこに行くんだろう。 狩りに行くんなら、俺も連れてってほしい。戦に行くなら、俺も戦列に加えてほしい。 けど、どっちも違う気がする…… なんだろう、この予感は。行ってしまったら、いけない気がする。もう手の届かない場所に行ってしまう気がする。 止めなくてはいけない気がする……でももう……あんなに遠い…… ---- 122 名前:故郷へ 6/15 投稿日:2006/11/01(水) 07:26:42 両腕両足は大丈夫、というにはずいぶん痛かったが、とりあえず動かせるようだ。 四肢を使って、痛みを耐えながら黄忠は起きあがった。 自分の体を見下ろす。 服が焼けこげ、穴が空いていたりやぶれていたり、大きな破片が突き刺さっているのが見える。皮膚は焼けたり血が流れていたりで、赤く、また黒かった。 体中が痛く、感覚を失って痛みすらない場所もある。焼けた箇所が、空気にしみてズキズキする。 しかし、生きている。 生きているのだ。 馬超は尾行者は死んだか、相当の怪我を負ってると思いこんでいるだろう。あれほどの威力の武器なのだから、まともに受ければ死んでいるのが普通だ。 黄忠は阿寒と武人の勘に従って、狼牙棍を投げた。 ただでさえ重いものであろうに、短刀が二十も付いているのだから、常人では持ち続けることも難しい。馬超もそのことは計算してたに違いない。 それでも黄忠は投げた。 それから全力で逃げ出した。 全盛期の体なら、もうちょっと投げれただろうし、もうちょっと逃げれただろうに……なんでワシだけ老人のままなんじゃ…… 痛みを耐えながら、黄忠は前方を見る。 馬超が、近づいてきていた。 しつこいのう。 黄忠は右手に拳銃グロック17を握りしめ、立ち上がった。 両足の痛みがいっそう大きくなるが、その痛みに耐えさえすれば、普通には動けそうだ。 走って逃げるか? 馬超はおそらく、追ってはこない。自分と従弟の防衛が目的なら、深追いはしない。 だが、武器はどうなる? 武器は手に入らない。あの強力な武器は。この非道い体が治るにはしばらくかかる。手負いの体だというのに、拳銃だけで生き残るのは厳しい。 それに、馬超の手の内にもう一つ強力な武器があるのもわかった。それも、欲しい。 形成はますます不利になった。だからこそ、逃げるわけにはいかない。 幸いこの荒野には隠れることができ、盾にもできる岩が多くある。 馬超とて、この暗闇の中で動き続けるこちらの位置をぴたりと当てることはできないはずだ。 あの爆発物に気を付けながら、慎重に接近していけば、あるいは…… 黄忠は痛みを抑えて歩き出した。 ---- 123 名前:故郷へ 7/15 投稿日:2006/11/01(水) 07:27:47 爆発した場所へ近づくごとに、血と硝煙の臭いが漂ってくる。 ただし肉の焦げた臭いはしない。爆発を受けた相手は、すでに遠くに離れている。 逃げたのか? 辺りを見渡す。ほとんど暗闇で何も見えない。見えないが、何かが蠢く気配があるように感じられた。 馬超は元来た道を少し戻り、振り返ると、岩陰に身を伏せた。 岩陰から少しだけ顔を除かして、前方を見渡す。 右斜めが気になった。 その方角へ、耳を集中させる。 かすかに吹く風の音。 風に吹かれて、砂が地肌を滑る音。 滑る音が止み、砂の上から重みがかかる音。 肉の焦げた臭い。 馬超は手榴弾を大きく投げつけた。 黒い球体が暗闇に消えると同時に、馬超は岩陰から少し出てMP5を連射した。 ダ・ダ・ダ・ダ・ダ・ダ・ダ・ダ・ダ・ダ・ダ 黒い球体が、あの爆弾だと気付いたときには、馬超の銃が轟音を鳴らせていた。幾多の弾丸がそばを通り抜け、黄忠は急いで岩陰に飛んだ。 このままじっとして爆発に巻き込まれたら死ぬ。しかし爆発を避けるために岩陰から飛び出したら、ばらまかれる弾丸に少なからず当たってしまうだろう。 ならばもう、選択は一つしかない。 馬超の豪腕によって投げられた黒球は、弧を描きつつも恐ろしい速度で黄忠に迫ってくる。 グロック17。黄忠はこれを手に入れた時、誰も寄りつかない漢中最北部で、一人射撃練習を行ったのだった。 百発百中ではないにしろ、相当上達したはずだ。飛ぶ鳥だって落とせた。だから、撃てる。 そう黄忠は信じつつ、前方上空に銃口を向けて撃った。 光が空を覆い尽くした。 ---- 124 名前:故郷へ 8/15 投稿日:2006/11/01(水) 07:28:24 冷たく体を打つ夜風に、馬岱の意識は覚醒した。 急いで起きあがり、周囲を見渡す。 「アニキ?」 どこを向いても暗闇があるばかりで、返事はない。 「アニキ、寝ているの?」 立ち上がり、周囲を歩き回る。馬超の姿は見当たらなかった。そればかりか、馬超の荷物までもが見当たらない。 手榴弾の入った荷物。 あるのは無造作に置かれたジャベリンと、投げナイフが抜き取られた馬岱の荷物だけだった。 まさか――― 時計も見れば、時刻は馬岱が寝始めた時間からそう経ってはいなかった。 アニキが強引に俺を休ませようとしたのは、すでに迫ってきていた敵を倒すため? そのことを、俺に心配させないため? ―――俺を守るため? ジャベリンを背負いシャムシールを握って、馬岱は走り出した 「アニキぃ!」 どこにいるかなんて、当然わからない。それでも走った。 馬超はこのままでは、また自分のために人を殺してしまう。 だけど、自分の力じゃ馬超を止めることはできない。 だから武器を持った。 アニキが俺のために手を汚すくらいなら、その前に俺が――― 馬岱の思考は、数時間前に聞いたばかりの連続音に遮られた。 ---- 125 名前:故郷へ 9/15 投稿日:2006/11/01(水) 07:29:24 赤い光が空に満ち、馬超は目が眩んで引き金から指を離した。 敵がいるはずの位置を見てみれば、その姿が赤く映し出されていた。 岩の後ろ、岩から太い首と銃持つ両手を覗かしている老人。同じ五虎大将の黄忠だった。 知った所で、馬超は驚きもしなかったが。 機関銃を黄忠に向け、引き金を引こうとした。 「アニキぃ!」 忘れもしないその声に呼びかけられて、馬超は即座に横を向いた。 遠くの、光がかすかに差している場所に、従弟の姿があった。 「戻れ!」 光が消え、馬岱の姿も消える。 撃ち遅れた―――急いで馬超は岩陰に戻ろうとしたが、渇いた銃声が暗闇に響き、右腿に衝撃と熱を受けた。 よろめきながら、岩陰に伏せる。 目がくらんだせいで、正確な狙いをつけられなかった。 胴体を狙ったつもりだったが、ちゃんと当たっただろうか? 馬超の姿はもう岩陰に隠れて見えない。 その代わりか、はっきりとさらけ出されている無防備な姿があった。 姿は黄忠の方に近づいてきていた。 岱、岱はどこだ? 腿が痛く、大きな異物感がするが、今は気にしている場合ではない。 馬岱も賢い。下手に出るような真似はしないだろう。そう思いたい。 だけど、俺に向かってきている気配が、ない……? 本当に戻ってくれていればいいが、俺の言うことを正直に聞くほど馬岱は素直じゃない。どこだ……? とりあえず、黄忠をさっさと済ましてしまおう。それが一番いいはずだ。 音を聞く。臭いを嗅ぐ。気配を感じ取る。 黄忠の気配は、馬超から弧を描くように移動していた。 手榴弾を一つ取り出し、ピンを外す。 黄忠のいるであろう場所に向けて、投げようとして―――黄忠の気配のそばから、慌ただしい足音が聞こえてきた。 「―――!!」 手榴弾は別の彼方へと飛んでいき、大きな爆発を起こした。 ---- 126 名前:故郷へ 10/15 投稿日:2006/11/01(水) 07:29:59 馬超の機関銃が向いていた先、そこに敵はいるはずだ。 馬岱は推測し、急いで進んでいった。 俺が、俺が殺さなきゃ、アニキが殺してしまう。アニキはもう、もうこれ以上殺しちゃったらダメなんだ。 シャムシールをしっかり握りしめ、暗闇を闇雲に進む。 「そんなに急いでどこに行くつもりで?」 急に、前から老人の声が聞こえた。どことなく、聞き覚えのある声だった。 「貴様が―――」 馬岱の声は、途中から爆発音に遮られた。光が馬岱の元にも届き、馬岱と、馬岱に声をかけた人物が照らし出される。 馬岱は目を見開いた。 数歩先に老人が立っていた。 「黄忠殿……」 「お久しぶりですのう」 右手に鎌を持っているが、奇妙にも鎌からは鎖が伸び、途中で左手に持たれている。 左手は小刻みに動いて、左手からの先の鎖は宙を回って円盤のように見えた。鎖の先端には、分銅らしきものが付いているようだ。 辺りが暗闇に戻った瞬間、黄忠の左手から鎖が放たれた。 それがあまりにも速く、馬岱はまったく反応できなかった。結果、シャムシールがあっという間に巻き取られてしまう。 急いでジャベリンを抜く。だが構える間もなく、大きな皺だらけの手の平がぬっと伸びてきて、馬岱の首を掴み引き寄せた。 左手で馬岱を引き寄せた黄忠は、右手を銃に持ち替えていた。それを、馬岱のこめかみに突きつける。 「黄忠殿……なんで……」 「ゲームに乗ることにした。それだけじゃよ」 寒気がするほどの冷徹な声だった。 黄忠は馬岱のジャベリンを捨てさせると、馬超がいるであろう暗闇の先に向かって叫んだ。 「銃をその場に置け! それとも、大事な従弟ごとワシを撃つつもりかね!?」 自分には暗闇にしか見えないのだが、どうやら黄忠には馬超の姿が見えているようだ。機関銃をこちらに向けている馬超が。 少しして、金属が地に叩きつけられる音が聞こえてきた。 「持ってる武器すべて捨てろ。そしてこっちに来るんじゃ。ゆっくり、いや、速くは来れんか」 重い沈黙がしばらく訪れる。 その間、馬岱は一心に願っていた。 アニキ、俺のことなんかいいから、ここに来ないで…… ---- 127 名前:故郷へ 11/15 投稿日:2006/11/01(水) 07:30:34 淡い願いは、徐々に近づく、地に何かが引きずられる音に破られる。 「アニキ……!」 馬岱の眼前に、右足を引きずりながら歩く馬超の姿が見えてきた。 撃たれてしまったようだ。血が右足から流れ落ち、辿ってきた地面に色をつけていた。 それがあまりにも悲痛で、馬岱は自分を呪った。 俺のせいだ。 俺のせいで、アニキは傷付けられたんだ。 「止まれ」 言われた通り、馬超は止まった。 「ワシの目的は、あなたが持っていた武器だ。大人しくしてくれれば、ワシは武器を回収して離れるさ」 馬超はしばらく、黄忠を見ていた。嘘はついてないか、気が変わらないか、それらのことを見定めているように。 「岱には手を出さない、と約束してくれ」 「約束しよう。馬岱殿は後から解放する。あなたは馬岱殿が戻るまで動かないでいてくだされ」 黄忠は馬岱を連れて、移動する。馬超の周りを迂回し、馬超の血痕を辿り始めた。 途中で振り返る。 暗闇に消え入りそうな先に、馬超が立っている。 じっと、馬岱を見つめて立っている。 ふと、馬岱はこめかみの硬い感触が消えていることに気が付いた。 代わりにそれは、馬超へと向けられていた。 皺のついた指が、引き金を引いた。 ---- 128 名前:故郷へ 12/15 投稿日:2006/11/01(水) 07:31:44 馬超は黄忠に言われた通り、全く動かなかった。 黄忠は約束を守る男だということは、よく知っている。ゲームに乗っても、狂気に染まったわけではないだろう。自分が動かないかぎり、馬岱は無事だ。 だから。 銃を向けられても、馬超は動こうとしなかった。 ただじっと、馬岱を見つめていた。 だから。 銃声が鳴ったのに、自分が生きているとわかった時。 銃声から少し遅れて馬岱が倒れた時、いったい何が起こったのか、馬超は即座に理解できなかった。 時が遅くなったかのように、ひどくゆっくりと前に崩れていく様子を、ただ眺めていた。 「た……い…………?」 馬岱は倒れる途中で、何かを伝えたそうにこちらを見て、そして倒れた。 馬超は危険すぎる。 その手練れや能力もそうだが、もっと恐ろしいのは、平然と、涼しい顔で人を殺せるということだ。 人を殺すことを、なんとも思っていない―――殺意だとか、躊躇だとか、快楽だとか、そんなものは微塵も存在しない。 殺すべくして殺すだけ。あるいは、殺す意味すら考えてはいないのかもしれない。 今のうちに排除しなければいけない。じゃなければ、必ず厄介な存在になる。 銃を向け、その額に狙いを付ける。 予想通り、馬超は動こうともしない。 あんたの志は、誰かを守るために命を尽くすというのは、心から賞賛しよう。ワシには、それができなかった。 約束は守る。さよらなじゃ、馬超――― 引き金を引こうとする。 突如、視界に入り込んでくる影。 馬岱が腕を伸ばしながら、黄忠の右腕に飛びついてきていた。 両手が黄忠の右腕を掴み、抱え込むように引き寄せる。 不意なことに大きく腕が動き、銃口は馬岱の方へと向く。 引き金が引かれる。 馬岱の胸に赤い穴が空いた。 ---- 129 名前:故郷へ 13/15 投稿日:2006/11/01(水) 07:32:31 俺が死ねば、アニキは『岱を守る』ということから解放される。 『岱を守る』ために、人を殺す必要はなくなる。 無意識に、そう思っていたのかもしれない。 じゃなければ黄忠の腕を、大きく引き寄せて自分に向けさせることなんてしなかっただろう。 “アニキに当てさせないため”には、そこまで動かす必要は明らかになかったのだ。 アニキは……? 馬岱は倒れながら、必死に前方を見た。 馬超と目線が合う。 一緒に帰ろうだなんて、俺が愚かだった…… 俺が一人で死ねばよかったんだ……そうすればもう、アニキは自由だから…… ありがとう……ごめん…… 黄忠は驚きはしたが、すぐに行動を再開をしようとした。馬超を撃つということを。 だが、馬岱の両手は撃たれてなお黄忠の右腕を固く掴んでおり、左腕を使ってようやく解くことができた。 馬岱が崩れていくのを視界に認識しながら、銃口を馬超に向け直す。 人体が地面に倒れる音を聞くとほぼ同時に、馬超に向けて第二撃を放った。 その時に、すでに馬超は動いていた。 撃たれる直前にしゃがんでかわし、落ちていた槍を拾うのを黄忠は見た。 黄忠はろくに標準を定めずに三発目を撃ち出した。 焦っていた。 なんだ、この巨大なる負の何かは。 濃く強く、全身にまとわりつく気配のようなもの。 押し潰されてしまいそうで、毛が立ち肌が張り詰める。 先程まで戦っていた時は、不気味なくらい殺気も何もなかったのに――― 弾丸は馬超の脇腹を、削って通り抜けた。それでも馬超はひるまず、槍を肩に担ぎ上げた。 黄忠が急いで隠れようと思った時には、馬超は一歩踏み出しながら立ち上がり、同時に豪腕をうならせ槍を投擲していた。 ―――ああ。 槍が、風を切りながら黄忠に迫っていた。避けるには、もう遅かった。 ―――もうこれで、誰も殺さなくてすむのか。 胸を風が吹き抜けていくような感覚を最後に、黄忠は事切れた。 ---- 130 名前:故郷へ 14/15 投稿日:2006/11/01(水) 07:54:45 銃弾は心臓近くに撃ち込まれていた。 大して大きくない穴から、大量の血液が湧き出てくる。目は馬超の顔を見てはいるが、焦点が合っていない。腕も足も、まったく動こうとしない。 もう死ぬ。 すぐにわかったことだった。 馬超は馬岱の体の下に腕を通し、頭と上体を抱え込んだ。 「こうちゅ……ど……は……?」 かすれた声が、かすかに開けた馬岱の口から聞こえてくる。 殺した、と答えそうになって、喉に留める。 「去った。弾切れになったのかもしれん」 黄忠は馬超達のすぐそばで、胸に槍を生やして横たわっているが、馬岱は知らないようだ。銃声も、朦朧とする意識の中ではよくわからなかったのだろう。 「……よかった……」 馬岱は目を閉じて、顔を安らげると、そのままの表情で言った。 「も……れで…れの…めにひと……ろさないで……」 馬岱の声は、かすれてとても聞き取りにくかったし、聞き取れない部分をあった。馬超はそれでも、馬岱が何を言っているのかわかっていた。 「……んおれ……き……れ……」 「岱」 馬岱を呼びかける馬超の声は、どことなく、脆い響きを持っていた。 「すまなかった」 「え………?」 驚いてかすかに表情を広げる馬岱に、馬超は同じ言葉を続けた 「すまなかった」 「あや……なんて……きらしく……よ……」 「俺は、岱を苦しませていた」 「あにきは…るくな………なにもわ………い……れ…みが…て……」 「すまなかった。本当に」 馬岱の閉じた目から、静かに涙が溢れ出ていく。それらは頬を流れ落ち、馬超の手のひらに溶け込んでいく。 「あり………あに………れ……………た……に……から……」 「岱」 馬超がもう一度呼びかける。呼びかけることしかできなかった。 「…いてるのあ………………」 ---- 131 名前:故郷へ 15/15 投稿日:2006/11/01(水) 07:55:59 それから徐々に、馬超の腕の中から温もりが消えさっていく。 完全に消えてなくなったときに、馬超は立ち上がった。 岱はいなくなった。 岱を守るために、一緒に西涼へ帰る必要もなくなった。 もう“これ”は、岱ではないのだから。 だけど 人殺しを繰り返す気ももうない。 岱が見たら、悲しむだろうから。 岱を二度と、悲しませてはいけないから。 「岱、続けよう……俺達の旅を……」 馬超はすべての武器を地面に捨て、冷たくなったそれを背負い上げた。 背負ってから、よろめき倒れかける。脇腹と腿の傷。そして血が流れすぎていた。 「もうすぐ先だ。俺達の故郷は……」 ゆっくりと、前へ歩き始める。 途中で何度も倒れかける。何度も支える手が重さに負けてしまいそうになる。 そのたびに馬超は歩みを止めて、すぐに足を踏み出す。進むほどに、何度も足を止める。足を止めるだけ、また足を進める。 また一度、馬超が止まる。 いつの間にか、東の空が明るくなっていた。 「覚えてるか? 休と鉄と、俺と岱とで馬を駆り競った日々のことを…… もう一度、あの日々に戻ろう……あの平和な日々に……」 そして進み始める。 血の道筋を、跡に残していきながら。 【黄忠 馬岱 馬超 死亡確認】 ※高威力手榴弾×2、MP5、ダガー、ジャベリン、シャムシール、サバイバルナイフ、グロック17、鎖鎌は魏興に放置。 ※投げナイフ×20、狼牙棍は壊れました。

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