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129 名前:周瑜の夢 1/11 投稿日:2006/08/09(水) 11:54:38
幻想的な音響と、宝玉のようにキラキラと輝き動く絵、そして頭脳を使って絵の中の四角形を組み消す作業は、曹植を熱中させた。
最初はこの札は何の役に立つのかと思ったが、張遼が読んでいなかった説明書によれば、どうやらこれは遊具であるらしい。
しかしPSPはただの遊具ではなかった。説明書通り、右に付いていた金具を持ち上ると、それまで黒かった部分がいきなり光りだした。
その後の、めまぐるしい光る絵の動きに曹植は圧倒されたが、それは数秒で止まり、淡泊な一絵で止まった。
「え、えっと?」
説明書によれば、ソフトと呼ばれる、盤上のものを札の中へ入れなければならないらしい。張遼のバックを見ると、確かにそれらしきものが多くあった。
「ルミネス モンスターハンター ぼくのなつやすみ ウイニングイレブン9 メタルギアアシッド2 鉄拳ダークリザレクション 脳力トレーナー 三國志Ⅶ……」
三國志、という言葉が少し気になったが、とりあえず真っ先に手に取っていたルミネスを差し込んで、そして今に至る。
曹植がPSPの動く絵のように目を輝かせながらあまりに熱中しているので、傍らにいる張遼が心配して声をかけるのだが、
「子建殿、そろそろやめられた方が……」
「ああ、ちょっと待ってよ、もうすこしで新しいスキンが……」
この調子なので、もう張遼は諦めることにした。
ちなみに曹植の腕の傷はさほどのものではなかったらしく、今ではPSPを12時間ぶっつづけにプレイしていられるほどに回復している。
長く持ってたら乗っ取られるんじゃないのかな、と曹植は言っていたが、なるほど確かにそうだな、と張遼は思った。
現在地は荊州江陵の林中。あたりに人がいる気配はなく、木々は風でゆれて葉音を立てる。
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130 名前:周瑜の夢 2/11 投稿日:2006/08/09(水) 11:55:40
まあ昨日会ったばかりの、弱々しい様子よりかはましではあろう。
それにこの方がこうしていられるのも、自分を頼ってくれている証拠であるのだから、それがしがしっかりしなければな。
と思いつつ横を向くと、曹植はPSPの電池を取り替えていた。
とはいえ、すでに魏の五将軍のうちからでも文謙・公明、呉の猛将からは程普・周泰、袁紹の二枚看板の顔良・文醜が死んでいる。それに孫堅・孫策もだ。
一時たりとも油断はできない。武帝の御子息、自分を素晴らしき詩で謳ってくれたこの方は、なんとしてでも。
と決心をしつつ横を向くと、「やった! 一週できた!」と曹植は喜んでいた。
子供のようにはしゃぐ曹植に、口元が少しほころぶ張遼。
張遼の記憶のかぎりでは、曹植はせわしく国替えをされていた皇族のうちでも、特にひどかった。
武帝生存時の曹丕最大の政敵であったからには当然の措置とも言えるが、おそらく、曹植は自由という言葉からは程遠い身であっただろう。
その時に伝わってきた詩作もまた、悲壮に満ちたものばかりだった。
それが今では、こうも楽しそうにしている。
もちろん、この状況下で心の底から楽しむことはできようはずはない。一種の逃避に近い行為だとは思う。
だが、強いて楽しみを奪う真似はよすことにしよう。
「……調べが、聞こえる」
突然、それまで楽しそうに遊んでいた曹植がそう言った。
「なんだか不思議な、ふわふわした音だけど、優しくて暖かく、繊細だ。でも同時に、内に激しい何かがある……」
「調べ? それがしには聞こえませんが」
「聞いたこともない不思議な音……でも引き込まれる……何の楽器だろう」
曹植はPSPをしまい込み、立ち上がっていた。
「張遼、会いにいかない?」
突然問いかけられたので、張遼は最初、何を言われているのかわからなかった。
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131 名前:周瑜の夢 3/11 投稿日:2006/08/09(水) 11:56:59
「その演奏者に、会いに行こうと? 子建殿、素性もわからない相手に会おうというのは、この状況下、危険極まりないと思いますが」
「こんな優しく奏でられる人は、危険人物ではないと思うよ。それに……」
「それに?」
「父上の演奏に、どことなく似ている」
そうだ、と曹植は思い起こす。父・曹操は戦と狩りに明け暮れる一面を持ちながら、詩に精通し、また音楽を愛した。
政務も戦も狩りも誰かと話すこともない珍しい時には、父は書を読むか何かを考えるか、そうでなければ弦を弾くか笛を吹くかだった。
父の調べは普段からはあまり想像できないほど優しく、繊細で情に富んでいた。
弦や笛の音質とはだいぶ違うし、曲もまったく聞き慣れない異質で斬新なものだった。だけどこれは、父の調べと似ている。
曹植は音のする方角へ歩いた。おそらく林の外からの音だ。江陵は揚・荊・益の三州を結ぶ重大な地域なのだから、下手に出て行っては危ないだろう。
それでも、この調べの主には会わなければならない。
林の木々を縫って、外の光景が見えてくる。調べがよりはっきりし、張遼に耳にも聞こえてくるほどになる。曹植はさらに歩く。いや、走っている。
林を抜け、辺りを見回した。しばらく前は雨雲に覆われていたが、今はくっきりと晴れて、地上をまぶしく照らしている。
その光が特に当たっているかのように見える、何もない、小高い丘の上で、男は音を奏でていた。
その様子は、まるで妖術師のようだった。腕を空間に動かし、揺らめかし、その動きに対応して音色が奏でられる。
張遼は目を疑うように眺めていたが、曹植は側にある立脚に立てられた茶褐色の三角の箱と、箱から突き出ている棒が関係あるのだろうと察した。
男を見る。目をつむり、演奏に集中している、その美しい顔は、それでいて憂愁と苦肉が漂っていた。
そうか、この曲の込められているのは、悲しみだ。
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132 名前:周瑜の夢 4/11 投稿日:2006/08/09(水) 11:58:20
初めて自分を正当に評価してくれたのは、あの人だと思う。
今は不幸にも、またもや自分に先んじて死んでしまった友と、友が死んでから自分が死ぬまで忠節を尽くしたその弟の、二人の父親だ。
周瑜は名家中の名家の生まれであったから、幼いころからちやほやされた。周瑜が何かをするたびに、周りの大人は絶賛を送ってきた。
ただあの人達は、自分を本当に知っていたといえるのか?
何かをするたびに絶賛するというのは、しかし、行き過ぎたものではなかった。
周瑜には全てにおいて才能に恵まれていた。
彼は言葉を覚えるのも早かった。五、六歳のころには、そこらの知識家ぶっている若者よりかはずっと字を書けたと自負している。
古語も十歳になるまでは理解し、あらゆる書を読み尽くした。文章も弁舌も並の名士以上だった。
人付き合いもよくできた。どうすれば友達を多く作れるのかも、大人に愛されるのかも、女の子にもてるのかも、彼は知っていた。
絵や音楽などの芸術にも長じていた。特に音楽にはこだわりを持ち、自分なりに曲を使ったりもした。それを聞く者は、たとえ音楽的才能がなくとも、感嘆し、聞き入った。
このような調子なので、周りがこの上ない絶賛を送るのも無理はない話だった。周瑜にとっては、やや鬱陶しかったが。
孫堅が周家に来客してきたのは、いつだったか。
「ほう、あなた様が、舒の名高き周朗か。なるほど端正、女の子には人気であろうな」
と、孫堅は周瑜に会って、からかっていった。周瑜はむくれたりせず、万人が気に入るであろう社交的で完璧な返事をこなし、孫堅に言った。
「あなたのお子は、高貴な相を持ち、君主の風があるとか。次に来るときは、ぜひお連れになって会わせてください」
おそらくこの時、自分は自惚れていたと周瑜は思っている。自分ほどの人間は、他にはいないと。表面には決して出さなくとも、心底ではそう思っていた節がある。
孫堅の息子のことも、俺を差し置いて生意気だ、などと思っていたのだろう。
だから孫堅が本当に息子の孫策を連れて来たときに、周瑜は考えを改めざるをえなくなった。
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133 名前:周瑜の夢 5/11 投稿日:2006/08/09(水) 12:00:34
周瑜と孫策が瞬く間に仲良くなったのを見て孫堅は、周家を訪れるときには必ず孫策を伴うようになった。
孫策と周瑜がまるで兄弟のようになると、孫堅もまた周瑜を息子みたくに扱い(訪問先の御曹司だったのだから、今思えば無礼だ)、よくこう言った。
「伯符には臆病さが、公瑾には果敢さが足りないから、伯符は司令官になってひたすら進み、公瑾は軍師になって伯符を止めるんだな」
孫堅は反董卓のため中原へ赴くとき、自分の一族をもう独立していた周瑜に預け、孫策とともに進軍していった。
その帰還時の劉表との戦いで、突出したところを襲われ、孫策が父の遺骸を持って帰ってきた。自分が付いていけば、彼を止められたのに、と何度も悔やんだ。
生き返ったかと思えば、殺し合いに放り出され、わけがわからないまま孫策と孫堅は再び死んだのだ。
なんと不条理で、身勝手なのであろう。
周瑜は孫堅と孫策を送るために、悼むために、ひたすら奏でていた。
その曲は、周瑜が知ってもいないはずの曲だ。中華のものとは違う、異世界の音楽。
先に奏でた二曲もそうだった。知るはずのない曲。
それでも周瑜の頭の中を、自然と楽譜が駆けめぐる。今の自分の心情を現わすには、ぴったりだと思う。
これを聞いていると、まるで夢でも見るかのように、孫堅と孫策のことが思い出される。孫堅にふたりして怒られたこと、二喬をめとったこと、孫策が一人で散歩したがるのを止める自分……
思い出はかくも美しい。
やがて、ゆっくりとした調べも、終わりを向かえた。余韻にひたりながら、これから先の事を考える。
仲謀様だ。彼だけは、絶対に、絶対に死なせられない。
目標は決まった。目を見開く。
まぶしい光とともに、二人の男の姿が目に入った。
一瞬、孫堅と孫策に見えたが、錯覚だった。
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134 名前:周瑜の夢 6/11 投稿日:2006/08/09(水) 12:01:54
「揚州の人ですか?」
文人風の優男が、第一声で言い当ててしまったので、周瑜は驚いた。
「なぜそれを?」
「音色が、南東の方に近いかな、と」
ほお、と周瑜は感心する。見たところ、自分と同じく育ちがよさそうな出で立ちである。
しかし右腕の袖が一部破け、血に染まっているのが気になった。もう血は止まっているようで、あまり問題はなさそうだが、袖の血は争いがあったという事実を示していた。
一方もう一人は、まさに武骨と現わすのに相応しく筋骨隆々であり、顔も角張っている。片手に持っている武器はいかにもその容姿にふさわしいものだった。
「私は周瑜。周瑜公瑾。孫家に仕えていた身です」
武人風の方は顔に警戒色を強めたが、文人風の方には顔に喜色が浮かべ、
「江東の美周朗! 呉の初代大都督! そんな人に出会えるなんて、感激です! ぜひあなたで詩を……
あ、演奏、とても見事でした。まったく斬新で、なんだか幻想的で、優しくて、感動しました。曲名は、なんていうのですか?」
と大げさと思えるはしゃぎっぷりを見せつけた。
「そうだな、『夢』 とでも」
適当なことを返す。
「それで、あなた方の、御名前は?」
「あ……すみません! こちらから名乗るべきでしたね」
と文人風の男は心から失態を恥ずかしがるように頬を紅くする。
「僕は曹植。曹植子建。あっと、その、曹丞相の三男に当たります。で、こちらが」
「張遼でござる」
ぶっきらぼうに武人風の男は答えた。俺はお前なんか信用してないぞ、と言わんばかりだ。
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135 名前:周瑜の夢 7/11 投稿日:2006/08/09(水) 12:04:26
しかし、曹植に張遼か。曹植は本人の言うとおり曹操の三男で、噂では後継者として期待されていたという。
張遼は呂布から曹操へ降った猛将だ。赤壁の時に孫権の合肥進軍を退けたのは確かこの男だった。
その後、少しの間3人で話し込んだ。
このゲームにはなるべく触れずに、趣味がどうとか、土地の風習だとか、あるいはこのテルミンについてだとか、他愛もない話だけだった。
曹植が嬉しそうに話す様子からは何かをたくらんでいる、ということは絶対にあり得ないように見えたし、
張遼は不信感はあるものの、曹植を深く慕っているようだから、曹植の意に逆らって自分に危害を加えるということはないだろう。
周瑜は決断した。
「あなた方、もしよろしければ、わたしと共に揚州へ行きませんか?」
曹植はますます喜色を浮かべ、張遼はますます警戒色を強めた。と思えば、その警戒色が一瞬にして解け、代わりに訝しむように、丘の下の林を見やった。
「………誰かいる」
と言われ周瑜は林のほうを見たが、特に誰かがいる気配は感じられなかった。
「どうしたのさ。誰もいないけど」
「あなたが音に敏感なように、それがしは気配に敏感なのです。特に、殺気の類は……」
殺気、といわれて周瑜は全身の毛が逆立った。たぶん曹植も同じだろう。
その後すぐ、大殿は伯符を殺したのは、そいつではないのか? と思い浮かんだ。
「とりあえず、林の逆へ丘を降りましょう。相手は飛び道具を持ってるかもしれません。
ここらは林のほかは平原だけですが……とにかく逃げるのが得策でしょう」
いや、ちょっと待て。周瑜は心の中で反論する。あいつが二人を殺したのかもしれないのに?
あるいは、程普や呂範や周泰や朱然もそうかもしれない。
もっと言えば、殺されたすべての参加者も、あいつのせいではないのか?
体が熱くなってくる。全身から汗がにじみ出てくる。
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136 名前:周瑜の夢 8/11 投稿日:2006/08/09(水) 12:05:58
いやそんなはずない。一人であの数を殺すなんて、不可能だ。乗っている人間は、もっといるはずだ。悲しいことだが。
突っ立っている周瑜に対し、曹植が「早く!」と急かす。鬼気迫った表情は、実際に被害を受けたことから来ているのかもしれない。
地面に置いていたテルミンとその付属機器を両腕で抱える。大きさのわりには大して重くはない。
抱えたまま丘を降ろうとすると林の方から、かすかに破裂音らしきものが聞こえた。途端に、右肩に熱い痛みが走った。
危うく、テルミンを落としかけるが、痛みに耐えて、右腕に力を入れた。しかしあまり力が入らない。
肩から血があふれ出るのが、視界に入った。そういえば元の世界では、この江陵で左肩に矢が刺さったものだ、と唐突に思い出す。
曹植は顔を青くさせ、「そんなものはいいから、早く!」と叫んだ。そんなものとはなんだ。さっきは感動してたくせに。音楽は、生きるためには大変重要だ。
周瑜の気持ちを察したのか、張遼が向かっきて、テルミンを取り上げ、代わりに持った。
「走るぞ!」
三人は走り出した。もう一度、破裂音が聞こえた気がしたが、何も起こらなかった。
いつかきっと、あの男は殺してやる。そう周瑜は思う。それは献帝の思う壺のような気がするが、とにかく殺してやらなければ気が済まない。
しかし今は仲謀様に会うことが何よりも先決だ。会って、何としてでも死なせないようにしなければならない。
丘を駆け下り、平原を走り行く。途中、破裂音が何度も聞こえた気がしたが、かまわず走った。今度は左肩に当たった気がするが、とにかく走った。
待っててください。私は大殿と伯符は、守ることができませんでした。死に行こうとするのを、私はまたもや止めることができませんでした。
しかし、仲謀様、あなたは、私が……
破裂音がまた聞こえた。腹部に猛烈な痛みが生じた気がするが、走らなければならなかった。
しつこく破裂音が聞こえ続ける。胸や、腕や、脚にも当たった気がしたが、走り続けた。
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137 名前:周瑜の夢 9/11 投稿日:2006/08/09(水) 12:08:23
何度目の破裂音か。いや、これは曹植の声か。男のわりには高い声だな。「周瑜さん、死なないで!」
死なないで? 何を言っている。私は仲謀様を守るためにいるのだから、まず死ぬはずがないのに。
なんだか視界が見えていない気がしてきた。走っている感覚がなくなっている気がしてきた。まあ、走っていることには違いないが。
「子建殿! もうだめです! 我らだけで、行きましょう!」
これは曹植の声? さっき高いな、と思ってたのにいきなり低くなっているな。
もうだめって何がなのだ? 私は残念ながら、走っていることに手一杯で曹植達を確認することができない。
まあ彼等は彼等でなんとかするだろう。私は生きて仲謀様の元へ行かなければならず、もはや彼等にかまっている余裕はないのだ。
破裂音だ。体のどこかを、何か通り抜ける感じがした気がする。そういえば痛みがさっぱり消えている。ああでも、視界は戻ってきた。
おや、伯符がいる。死んだのではなかったのか? 大殿も……程普も、呂範も、周泰も、朱然も。
なんだ。死んではいなかったのか。私はたちの悪い勘違いをしていたようだ。
おお、仲謀様もここにおられたのですか。それに子敬、子明、あと陸遜。陸遜、その子供は誰だ? 孫?
おお、お前そっくりだな。これは将来大物になるだろう。
他には、太史慈に、諸葛瑾、虞翻、甘寧、凌統、潘璋、朱桓、弓腰姫様。
む? 張昭殿もいる。あなたは参加されてはなかったのでは……参加? なんだかよくわからんな。
さて、今は何をしていたのでしょうか。そう、そうでした、益州侵攻の軍議ですね。
大殿、劉璋は惰弱であり、悪政をしき、多くの優秀な家臣をないがしろにしてるとはいえ、その軍と天険の防御は侮りがたく、
はい、そう、おお、さすが仲謀様。伯符もほんのちょっとでも、仲謀様の深謀遠慮を見習えたらいいのだがな。
ああ、軍議の途中にこのようなことを言うべきではありませんでした。失礼、張昭殿。
では、具体的な策を述べますと……
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138 名前:周瑜の夢 10/11 投稿日:2006/08/09(水) 12:09:53
曹植は半分連れ去られるかのように、張遼に走らされた。
周瑜は腹を撃たれて脚がもつれ、胸を撃たれて倒れ込んだ。
その後も何発も弾丸が周瑜を襲い、着々と周瑜は死体へ近づいていった。
もう少しでも生きていられる状態ではなかったのは明らかだったが、それでも曹植は立ち止まって、呼びかけられずにはいられなかった。
「周瑜さん、死なないで!」
周瑜とはたいした時間、たいした話もしなかったが、その話の内容には、彼の機知と、人を引きつける魅力を感じ取れた。
そんな人がこうもあっけなく死ぬとは、戦をほとんど知らない曹植には信じられなかった。
「子建殿! もうだめです! 我らだけで、行きましょう!」
張遼に言われても、すぐにはそうしなかった。ほとんど泣き声で周瑜に呼びかけたが、もはや彼には声すら届いていなさそうだった。
張遼に腕をとられ、仕方がなく曹植は走りだした。
小さな破裂音が、再び耳に聞こえた。曹植は振り向きたかったが、しかし恐怖で振り向けなくて、そのまま走り続けることしかできなかった。
長い長い時間が過ぎ、曹植たちは見つけた小城の中に身を潜めた。弾は当たることはなかった。
張遼がテルミンを地面に置く。それで、曹植はまだテルミンがあったことに気が付いた。
テルミンの棒に手を伸ばす。周瑜の調べで聞いた、不思議な音がなった。
そのまま周瑜のように、何かを奏でたいと思う。しかし張遼に止められた。今音を立てることは、しないほうがいいです、と。
曹植は思った。敵は、周瑜の調べを聞いて、あの場所に来たのかもしれない。自分がそうして来たように。
周瑜ほどの人物が、それを予期していなかったことはないだろう。
それでも彼は、奏でずにいられなかったのだ。
周瑜は最後まで、テルミンを持って逃げようとした。
きっと、テルミンを奏でることで、彼はこの狂ったゲームに対して、不満や、怒り、そして悲しみを発散させ、自分を保とうとしてたのだ。
もしテルミンがなければ、周瑜はあの敵のように、殺人鬼と化していたかもしれない。激情を解消しきれなかった人物がそうなっても、不自然ではないように思える。
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139 名前:周瑜の夢 11/11 投稿日:2006/08/09(水) 12:12:36
そこで、父親にまで考えが及んだ。
父は激情の人と言われてきた。あの人が、激情を解消しきれずにいたら、そうなってしまうのだろうか?
曹植は体をブルリと震わせた。
そんなわけがない。そんなわけがないのだ。
父は激情であると同時に自分なりの秩序に生きた人だった。だから、そんなわけがないのだ。
張遼に賛同を求めたくて、張遼を見た。彼は厳めしい顔つきで、誰か来るものはいないかと、周囲に睨んでいる。
それで曹植は、少し安心ができた。
この人がそばにいるかぎり、何もかもが大丈夫な気がする。
根拠はとくにないが、曹植はそう信じずにはいられなかったのかもしれない。
とにかく、張遼が見張ってくれているおかげで、曹植はその晩を安心して眠れた。
<<フライングディスクシステム搭載/2名>>
曹植【PSP テルミン】張遼【歯翼月牙刀】
※方針は未定。現在地は麦城。
@許褚【スナイパーライフル、大斧】
益州を抜けて荊州に出たようです。現在地は江陵。
【周瑜 死亡確認】
演目はシューマン『トロイメライ』
129 名前:周瑜の夢 1/11 投稿日:2006/08/09(水) 11:54:38
幻想的な音響と、宝玉のようにキラキラと輝き動く絵、そして頭脳を使って絵の中の四角形を組み消す作業は、曹植を熱中させた。
最初はこの札は何の役に立つのかと思ったが、張遼が読んでいなかった説明書によれば、どうやらこれは遊具であるらしい。
しかしPSPはただの遊具ではなかった。説明書通り、右に付いていた金具を持ち上ると、それまで黒かった部分がいきなり光りだした。
その後の、めまぐるしい光る絵の動きに曹植は圧倒されたが、それは数秒で止まり、淡泊な一絵で止まった。
「え、えっと?」
説明書によれば、ソフトと呼ばれる、盤上のものを札の中へ入れなければならないらしい。張遼のバックを見ると、確かにそれらしきものが多くあった。
「ルミネス モンスターハンター ぼくのなつやすみ ウイニングイレブン9 メタルギアアシッド2 鉄拳ダークリザレクション 脳力トレーナー 三國志Ⅶ……」
三國志、という言葉が少し気になったが、とりあえず真っ先に手に取っていたルミネスを差し込んで、そして今に至る。
曹植がPSPの動く絵のように目を輝かせながらあまりに熱中しているので、傍らにいる張遼が心配して声をかけるのだが、
「子建殿、そろそろやめられた方が……」
「ああ、ちょっと待ってよ、もうすこしで新しいスキンが……」
この調子なので、もう張遼は諦めることにした。
ちなみに曹植の腕の傷はさほどのものではなかったらしく、今ではPSPを12時間ぶっつづけにプレイしていられるほどに回復している。
長く持ってたら乗っ取られるんじゃないのかな、と曹植は言っていたが、なるほど確かにそうだな、と張遼は思った。
現在地は荊州江陵の林中。あたりに人がいる気配はなく、木々は風でゆれて葉音を立てる。
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130 名前:周瑜の夢 2/11 投稿日:2006/08/09(水) 11:55:40
まあ昨日会ったばかりの、弱々しい様子よりかはましではあろう。
それにこの方がこうしていられるのも、自分を頼ってくれている証拠であるのだから、それがしがしっかりしなければな。
と思いつつ横を向くと、曹植はPSPの電池を取り替えていた。
とはいえ、すでに魏の五将軍のうちからでも文謙・公明、呉の猛将からは程普・周泰、袁紹の二枚看板の顔良・文醜が死んでいる。それに孫堅・孫策もだ。
一時たりとも油断はできない。武帝の御子息、自分を素晴らしき詩で謳ってくれたこの方は、なんとしてでも。
と決心をしつつ横を向くと、「やった! 一週できた!」と曹植は喜んでいた。
子供のようにはしゃぐ曹植に、口元が少しほころぶ張遼。
張遼の記憶のかぎりでは、曹植はせわしく国替えをされていた皇族のうちでも、特にひどかった。
武帝生存時の曹丕最大の政敵であったからには当然の措置とも言えるが、おそらく、曹植は自由という言葉からは程遠い身であっただろう。
その時に伝わってきた詩作もまた、悲壮に満ちたものばかりだった。
それが今では、こうも楽しそうにしている。
もちろん、この状況下で心の底から楽しむことはできようはずはない。一種の逃避に近い行為だとは思う。
だが、強いて楽しみを奪う真似はよすことにしよう。
「……調べが、聞こえる」
突然、それまで楽しそうに遊んでいた曹植がそう言った。
「なんだか不思議な、ふわふわした音だけど、優しくて暖かく、繊細だ。でも同時に、内に激しい何かがある……」
「調べ? それがしには聞こえませんが」
「聞いたこともない不思議な音……でも引き込まれる……何の楽器だろう」
曹植はPSPをしまい込み、立ち上がっていた。
「張遼、会いにいかない?」
突然問いかけられたので、張遼は最初、何を言われているのかわからなかった。
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131 名前:周瑜の夢 3/11 投稿日:2006/08/09(水) 11:56:59
「その演奏者に、会いに行こうと? 子建殿、素性もわからない相手に会おうというのは、この状況下、危険極まりないと思いますが」
「こんな優しく奏でられる人は、危険人物ではないと思うよ。それに……」
「それに?」
「父上の演奏に、どことなく似ている」
そうだ、と曹植は思い起こす。父・曹操は戦と狩りに明け暮れる一面を持ちながら、詩に精通し、また音楽を愛した。
政務も戦も狩りも誰かと話すこともない珍しい時には、父は書を読むか何かを考えるか、そうでなければ弦を弾くか笛を吹くかだった。
父の調べは普段からはあまり想像できないほど優しく、繊細で情に富んでいた。
弦や笛の音質とはだいぶ違うし、曲もまったく聞き慣れない異質で斬新なものだった。だけどこれは、父の調べと似ている。
曹植は音のする方角へ歩いた。おそらく林の外からの音だ。江陵は揚・荊・益の三州を結ぶ重大な地域なのだから、下手に出て行っては危ないだろう。
それでも、この調べの主には会わなければならない。
林の木々を縫って、外の光景が見えてくる。調べがよりはっきりし、張遼に耳にも聞こえてくるほどになる。曹植はさらに歩く。いや、走っている。
林を抜け、辺りを見回した。しばらく前は雨雲に覆われていたが、今はくっきりと晴れて、地上をまぶしく照らしている。
その光が特に当たっているかのように見える、何もない、小高い丘の上で、男は音を奏でていた。
その様子は、まるで妖術師のようだった。腕を空間に動かし、揺らめかし、その動きに対応して音色が奏でられる。
張遼は目を疑うように眺めていたが、曹植は側にある立脚に立てられた茶褐色の三角の箱と、箱から突き出ている棒が関係あるのだろうと察した。
男を見る。目をつむり、演奏に集中している、その美しい顔は、それでいて憂愁と苦肉が漂っていた。
そうか、この曲の込められているのは、悲しみだ。
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132 名前:周瑜の夢 4/11 投稿日:2006/08/09(水) 11:58:20
初めて自分を正当に評価してくれたのは、あの人だと思う。
今は不幸にも、またもや自分に先んじて死んでしまった友と、友が死んでから自分が死ぬまで忠節を尽くしたその弟の、二人の父親だ。
周瑜は名家中の名家の生まれであったから、幼いころからちやほやされた。周瑜が何かをするたびに、周りの大人は絶賛を送ってきた。
ただあの人達は、自分を本当に知っていたといえるのか?
何かをするたびに絶賛するというのは、しかし、行き過ぎたものではなかった。
周瑜には全てにおいて才能に恵まれていた。
彼は言葉を覚えるのも早かった。五、六歳のころには、そこらの知識家ぶっている若者よりかはずっと字を書けたと自負している。
古語も十歳になるまでは理解し、あらゆる書を読み尽くした。文章も弁舌も並の名士以上だった。
人付き合いもよくできた。どうすれば友達を多く作れるのかも、大人に愛されるのかも、女の子にもてるのかも、彼は知っていた。
絵や音楽などの芸術にも長じていた。特に音楽にはこだわりを持ち、自分なりに曲を使ったりもした。それを聞く者は、たとえ音楽的才能がなくとも、感嘆し、聞き入った。
このような調子なので、周りがこの上ない絶賛を送るのも無理はない話だった。周瑜にとっては、やや鬱陶しかったが。
孫堅が周家に来客してきたのは、いつだったか。
「ほう、あなた様が、舒の名高き周朗か。なるほど端正、女の子には人気であろうな」
と、孫堅は周瑜に会って、からかっていった。周瑜はむくれたりせず、万人が気に入るであろう社交的で完璧な返事をこなし、孫堅に言った。
「あなたのお子は、高貴な相を持ち、君主の風があるとか。次に来るときは、ぜひお連れになって会わせてください」
おそらくこの時、自分は自惚れていたと周瑜は思っている。自分ほどの人間は、他にはいないと。表面には決して出さなくとも、心底ではそう思っていた節がある。
孫堅の息子のことも、俺を差し置いて生意気だ、などと思っていたのだろう。
だから孫堅が本当に息子の孫策を連れて来たときに、周瑜は考えを改めざるをえなくなった。
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133 名前:周瑜の夢 5/11 投稿日:2006/08/09(水) 12:00:34
周瑜と孫策が瞬く間に仲良くなったのを見て孫堅は、周家を訪れるときには必ず孫策を伴うようになった。
孫策と周瑜がまるで兄弟のようになると、孫堅もまた周瑜を息子みたくに扱い(訪問先の御曹司だったのだから、今思えば無礼だ)、よくこう言った。
「伯符には臆病さが、公瑾には果敢さが足りないから、伯符は司令官になってひたすら進み、公瑾は軍師になって伯符を止めるんだな」
孫堅は反董卓のため中原へ赴くとき、自分の一族をもう独立していた周瑜に預け、孫策とともに進軍していった。
その帰還時の劉表との戦いで、突出したところを襲われ、孫策が父の遺骸を持って帰ってきた。自分が付いていけば、彼を止められたのに、と何度も悔やんだ。
生き返ったかと思えば、殺し合いに放り出され、わけがわからないまま孫策と孫堅は再び死んだのだ。
なんと不条理で、身勝手なのであろう。
周瑜は孫堅と孫策を送るために、悼むために、ひたすら奏でていた。
その曲は、周瑜が知ってもいないはずの曲だ。中華のものとは違う、異世界の音楽。
先に奏でた二曲もそうだった。知るはずのない曲。
それでも周瑜の頭の中を、自然と楽譜が駆けめぐる。今の自分の心情を現わすには、ぴったりだと思う。
これを聞いていると、まるで夢でも見るかのように、孫堅と孫策のことが思い出される。孫堅にふたりして怒られたこと、二喬をめとったこと、孫策が一人で散歩したがるのを止める自分……
思い出はかくも美しい。
やがて、ゆっくりとした調べも、終わりを向かえた。余韻にひたりながら、これから先の事を考える。
仲謀様だ。彼だけは、絶対に、絶対に死なせられない。
目標は決まった。目を見開く。
まぶしい光とともに、二人の男の姿が目に入った。
一瞬、孫堅と孫策に見えたが、錯覚だった。
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134 名前:周瑜の夢 6/11 投稿日:2006/08/09(水) 12:01:54
「揚州の人ですか?」
文人風の優男が、第一声で言い当ててしまったので、周瑜は驚いた。
「なぜそれを?」
「音色が、南東の方に近いかな、と」
ほお、と周瑜は感心する。見たところ、自分と同じく育ちがよさそうな出で立ちである。
しかし右腕の袖が一部破け、血に染まっているのが気になった。もう血は止まっているようで、あまり問題はなさそうだが、袖の血は争いがあったという事実を示していた。
一方もう一人は、まさに武骨と現わすのに相応しく筋骨隆々であり、顔も角張っている。片手に持っている武器はいかにもその容姿にふさわしいものだった。
「私は周瑜。周瑜公瑾。孫家に仕えていた身です」
武人風の方は顔に警戒色を強めたが、文人風の方には顔に喜色が浮かべ、
「江東の美周朗! 呉の初代大都督! そんな人に出会えるなんて、感激です! ぜひあなたで詩を……
あ、演奏、とても見事でした。まったく斬新で、なんだか幻想的で、優しくて、感動しました。曲名は、なんていうのですか?」
と大げさと思えるはしゃぎっぷりを見せつけた。
「そうだな、『夢』 とでも」
適当なことを返す。
「それで、あなた方の、御名前は?」
「あ……すみません! こちらから名乗るべきでしたね」
と文人風の男は心から失態を恥ずかしがるように頬を紅くする。
「僕は曹植。曹植子建。あっと、その、曹丞相の三男に当たります。で、こちらが」
「張遼でござる」
ぶっきらぼうに武人風の男は答えた。俺はお前なんか信用してないぞ、と言わんばかりだ。
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135 名前:周瑜の夢 7/11 投稿日:2006/08/09(水) 12:04:26
しかし、曹植に張遼か。曹植は本人の言うとおり曹操の三男で、噂では後継者として期待されていたという。
張遼は呂布から曹操へ降った猛将だ。赤壁の時に孫権の合肥進軍を退けたのは確かこの男だった。
その後、少しの間3人で話し込んだ。
このゲームにはなるべく触れずに、趣味がどうとか、土地の風習だとか、あるいはこのテルミンについてだとか、他愛もない話だけだった。
曹植が嬉しそうに話す様子からは何かをたくらんでいる、ということは絶対にあり得ないように見えたし、
張遼は不信感はあるものの、曹植を深く慕っているようだから、曹植の意に逆らって自分に危害を加えるということはないだろう。
周瑜は決断した。
「あなた方、もしよろしければ、わたしと共に揚州へ行きませんか?」
曹植はますます喜色を浮かべ、張遼はますます警戒色を強めた。と思えば、その警戒色が一瞬にして解け、代わりに訝しむように、丘の下の林を見やった。
「………誰かいる」
と言われ周瑜は林のほうを見たが、特に誰かがいる気配は感じられなかった。
「どうしたのさ。誰もいないけど」
「あなたが音に敏感なように、それがしは気配に敏感なのです。特に、殺気の類は……」
殺気、といわれて周瑜は全身の毛が逆立った。たぶん曹植も同じだろう。
その後すぐ、大殿は伯符を殺したのは、そいつではないのか? と思い浮かんだ。
「とりあえず、林の逆へ丘を降りましょう。相手は飛び道具を持ってるかもしれません。
ここらは林のほかは平原だけですが……とにかく逃げるのが得策でしょう」
いや、ちょっと待て。周瑜は心の中で反論する。あいつが二人を殺したのかもしれないのに?
あるいは、程普や呂範や周泰や朱然もそうかもしれない。
もっと言えば、殺されたすべての参加者も、あいつのせいではないのか?
体が熱くなってくる。全身から汗がにじみ出てくる。
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136 名前:周瑜の夢 8/11 投稿日:2006/08/09(水) 12:05:58
いやそんなはずない。一人であの数を殺すなんて、不可能だ。乗っている人間は、もっといるはずだ。悲しいことだが。
突っ立っている周瑜に対し、曹植が「早く!」と急かす。鬼気迫った表情は、実際に被害を受けたことから来ているのかもしれない。
地面に置いていたテルミンとその付属機器を両腕で抱える。大きさのわりには大して重くはない。
抱えたまま丘を降ろうとすると林の方から、かすかに破裂音らしきものが聞こえた。途端に、右肩に熱い痛みが走った。
危うく、テルミンを落としかけるが、痛みに耐えて、右腕に力を入れた。しかしあまり力が入らない。
肩から血があふれ出るのが、視界に入った。そういえば元の世界では、この江陵で左肩に矢が刺さったものだ、と唐突に思い出す。
曹植は顔を青くさせ、「そんなものはいいから、早く!」と叫んだ。そんなものとはなんだ。さっきは感動してたくせに。音楽は、生きるためには大変重要だ。
周瑜の気持ちを察したのか、張遼が向かっきて、テルミンを取り上げ、代わりに持った。
「走るぞ!」
三人は走り出した。もう一度、破裂音が聞こえた気がしたが、何も起こらなかった。
いつかきっと、あの男は殺してやる。そう周瑜は思う。それは献帝の思う壺のような気がするが、とにかく殺してやらなければ気が済まない。
しかし今は仲謀様に会うことが何よりも先決だ。会って、何としてでも死なせないようにしなければならない。
丘を駆け下り、平原を走り行く。途中、破裂音が何度も聞こえた気がしたが、かまわず走った。今度は左肩に当たった気がするが、とにかく走った。
待っててください。私は大殿と伯符は、守ることができませんでした。死に行こうとするのを、私はまたもや止めることができませんでした。
しかし、仲謀様、あなたは、私が……
破裂音がまた聞こえた。腹部に猛烈な痛みが生じた気がするが、走らなければならなかった。
しつこく破裂音が聞こえ続ける。胸や、腕や、脚にも当たった気がしたが、走り続けた。
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137 名前:周瑜の夢 9/11 投稿日:2006/08/09(水) 12:08:23
何度目の破裂音か。いや、これは曹植の声か。男のわりには高い声だな。「周瑜さん、死なないで!」
死なないで? 何を言っている。私は仲謀様を守るためにいるのだから、まず死ぬはずがないのに。
なんだか視界が見えていない気がしてきた。走っている感覚がなくなっている気がしてきた。まあ、走っていることには違いないが。
「子建殿! もうだめです! 我らだけで、行きましょう!」
これは曹植の声? さっき高いな、と思ってたのにいきなり低くなっているな。
もうだめって何がなのだ? 私は残念ながら、走っていることに手一杯で曹植達を確認することができない。
まあ彼等は彼等でなんとかするだろう。私は生きて仲謀様の元へ行かなければならず、もはや彼等にかまっている余裕はないのだ。
破裂音だ。体のどこかを、何か通り抜ける感じがした気がする。そういえば痛みがさっぱり消えている。ああでも、視界は戻ってきた。
おや、伯符がいる。死んだのではなかったのか? 大殿も……程普も、呂範も、周泰も、朱然も。
なんだ。死んではいなかったのか。私はたちの悪い勘違いをしていたようだ。
おお、仲謀様もここにおられたのですか。それに子敬、子明、あと陸遜。陸遜、その子供は誰だ? 孫?
おお、お前そっくりだな。これは将来大物になるだろう。
他には、太史慈に、諸葛瑾、虞翻、甘寧、凌統、潘璋、朱桓、弓腰姫様。
む? 張昭殿もいる。あなたは参加されてはなかったのでは……参加? なんだかよくわからんな。
さて、今は何をしていたのでしょうか。そう、そうでした、益州侵攻の軍議ですね。
大殿、劉璋は惰弱であり、悪政をしき、多くの優秀な家臣をないがしろにしてるとはいえ、その軍と天険の防御は侮りがたく、
はい、そう、おお、さすが仲謀様。伯符もほんのちょっとでも、仲謀様の深謀遠慮を見習えたらいいのだがな。
ああ、軍議の途中にこのようなことを言うべきではありませんでした。失礼、張昭殿。
では、具体的な策を述べますと……
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138 名前:周瑜の夢 10/11 投稿日:2006/08/09(水) 12:09:53
曹植は半分連れ去られるかのように、張遼に走らされた。
周瑜は腹を撃たれて脚がもつれ、胸を撃たれて倒れ込んだ。
その後も何発も弾丸が周瑜を襲い、着々と周瑜は死体へ近づいていった。
もう少しでも生きていられる状態ではなかったのは明らかだったが、それでも曹植は立ち止まって、呼びかけられずにはいられなかった。
「周瑜さん、死なないで!」
周瑜とはたいした時間、たいした話もしなかったが、その話の内容には、彼の機知と、人を引きつける魅力を感じ取れた。
そんな人がこうもあっけなく死ぬとは、戦をほとんど知らない曹植には信じられなかった。
「子建殿! もうだめです! 我らだけで、行きましょう!」
張遼に言われても、すぐにはそうしなかった。ほとんど泣き声で周瑜に呼びかけたが、もはや彼には声すら届いていなさそうだった。
張遼に腕をとられ、仕方がなく曹植は走りだした。
小さな破裂音が、再び耳に聞こえた。曹植は振り向きたかったが、しかし恐怖で振り向けなくて、そのまま走り続けることしかできなかった。
長い長い時間が過ぎ、曹植たちは見つけた小城の中に身を潜めた。弾は当たることはなかった。
張遼がテルミンを地面に置く。それで、曹植はまだテルミンがあったことに気が付いた。
テルミンの棒に手を伸ばす。周瑜の調べで聞いた、不思議な音がなった。
そのまま周瑜のように、何かを奏でたいと思う。しかし張遼に止められた。今音を立てることは、しないほうがいいです、と。
曹植は思った。敵は、周瑜の調べを聞いて、あの場所に来たのかもしれない。自分がそうして来たように。
周瑜ほどの人物が、それを予期していなかったことはないだろう。
それでも彼は、奏でずにいられなかったのだ。
周瑜は最後まで、テルミンを持って逃げようとした。
きっと、テルミンを奏でることで、彼はこの狂ったゲームに対して、不満や、怒り、そして悲しみを発散させ、自分を保とうとしてたのだ。
もしテルミンがなければ、周瑜はあの敵のように、殺人鬼と化していたかもしれない。激情を解消しきれなかった人物がそうなっても、不自然ではないように思える。
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139 名前:周瑜の夢 11/11 投稿日:2006/08/09(水) 12:12:36
そこで、父親にまで考えが及んだ。
父は激情の人と言われてきた。あの人が、激情を解消しきれずにいたら、そうなってしまうのだろうか?
曹植は体をブルリと震わせた。
そんなわけがない。そんなわけがないのだ。
父は激情であると同時に自分なりの秩序に生きた人だった。だから、そんなわけがないのだ。
張遼に賛同を求めたくて、張遼を見た。彼は厳めしい顔つきで、誰か来るものはいないかと、周囲に睨んでいる。
それで曹植は、少し安心ができた。
この人がそばにいるかぎり、何もかもが大丈夫な気がする。
根拠はとくにないが、曹植はそう信じずにはいられなかったのかもしれない。
とにかく、張遼が見張ってくれているおかげで、曹植はその晩を安心して眠れた。
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曹植【PSP テルミン】張遼【歯翼月牙刀】
※方針は未定。現在地は麦城。
@許褚【スナイパーライフル、大斧】
益州を抜けて荊州に出たようです。現在地は江陵。
【周瑜 死亡確認】
演目はシューマン『トロイメライ』