長い間手入れを怠っていたため、畑はすっかり雑草で覆われていた。
倉庫から背負い式の散布機を取り出し、除草剤を散布する。
ひとしきり散布を終えたところへ、草の中から小さな影が飛び出した。
「ゆっゆっゆっ!!なんだかむずむずするよ!」
影の正体は、紅白のゆっくりだった。
農薬によって泡を吹いて朽ちている個体はよく見かけたが、生きているものは珍しかった。
爆発的な繁殖力を持つゆっくりは田畑を群れで襲撃することが多い。
時には花壇さえ食い散らかしていくのだから、害虫より余程たちが悪い。
「おじさんたすけて!むずむずするよ!」
「これじゃゆっくりできないよ!」
散々、人の畑に入り浸っておきながらゆっくりしたいとは図々しい奴だ。
良い機会なので直々に懲らしめることにする。
「どれ、おじさんが診てあげよう。口を開けてごらん」
そう言いながら、散布機のエンジンをかけ直す。
「あ~~ん、ゆぐっ!?ぐぃ!?ぐぃぃぃ!!」
大きな口を開けたゆっくりの中に、むずむずの原因をたっぷり吹き付けてやる。
じたばたと暴れるゆっくりを押さえ付け、最後の一滴まで注ぎ込んでやった。
「さあ、おくすりを飲ませてあげたからもう大丈夫だよ」
「ゆ゛っ……ゆ゛っ……?」
弱い除草剤では農薬ほどの毒性がないのは分かっているが
むずむずするらしいので何か面白い効き目はあるに違いない。
「ゆっ!?あたまがもっとむずむずするよ!?」
ゆっくりに変化が現れ始めた。
じたばたと飛び跳ねる毎に、はらり、はらりと「頭髪」が抜け落ちていく。
「なにかおちてきたよ!」
自分の髪が抜けていることにも気付かないのか、ゆっくりは地面に落ちた髪を見て不思議そうな顔をする。
しばらくして、ついに赤い髪飾りが黒い尾を引いてぼとりと落ちた。
もはやゆっくりの頭部は色白の表皮が光沢を放つのみとなっていた。
「すっきりー!さっぱりー!」
「そうかい、それはよかったよ。気を付けてお帰り」
「おじさんいいひと!ゆっくりかえるよ!」
すっかり元気になったゆっくりは仲間の所へ帰って行った。
予想外に奇妙で興味深い結果が得られて満足したため、食後の農薬は勘弁してやった。
……
…
禿ゆっくりが森の木々の間を飛び跳ねながら進む。
妙に軽くなった体を嬉しく思いつつ、いつもの調子で大きな声で叫ぶ。
「ゆっくりかえったよ!」
するとどこに隠れていたのだろうか、たちまち10体の紅白や白黒のゆっくり達が現れ、声の主を探し始める。
「まりさー!こっちにいるよ!!」
しかし禿ゆっくりがいくら叫んでも、他のゆっくり達は戸惑うばかりだった。
「おーい!みあたらないよ!」
「れいむー!どこにいるの!」
禿ゆっくりには事態が飲み込めるはずもなかった。
「ゆっ!?れ、れいむだよ?!ここだよ!ゆっくりしようよ!」
「なんだこれ!へんなまんじゅう!」
「ほんとだ!おいしそう!」
髪を失ったゆっくりは――同属の目から見ても饅頭でしかなかった。
「ゆ、ゆっ!?ひどいよ!どうして!」
たちまち他のゆっくりの目の色が変わる。
「おーなかすいた♪」
「おーなかへった♪」
「たーべちゃーうぞー♪」
禿ゆっくりを包囲するように10体のゆっくり達が詰め寄って来た。
「ゆっ!?みんなやめてね!たべものじゃないよ!?」
どんなに叫んでも禿ゆっくりの声は届かなかった。
白黒のゆっくりが木の上からジャンプし、禿ゆっくりの真上に落ちる。
ブチュリ。
「ゆ゛っぐり゛い゛い゛い゛ーー!!?」
「ゆっくり しね!!」
下敷きになった禿ゆっくりから勢いよく飛び出した餡子が地面にぶち撒けられる。
「みんなでたべようね!」
「あまあま♪」「うまうま♪」
薄れていく意識の中で、禿ゆっくりはかつて仲間と一緒に食べたまんじゅうの味を思い出した。
しかし、まんじゅうの形だけはどうしても思い出すことが出来なかった。
最終更新:2011年07月28日 00:47