「ゆっくりしていってね!」
ゆっくりれいむの声は雑踏の足音にかき消されていった。
「ゆ…?」
ゆっくりしないどころか誰一人見向きもしないことにれいむは首をかしげた。
しかしれいむはめげずに辺りを歩き回りながらみんなをゆっくりさせるために奔走する。
「ゆっくりしていってね!ゆっくりしていってね!」
しかし殆どの人に無視され、構ってもらえてもせいぜい鬱陶しそうにれいむを一瞥するだけだった。
れいむは何度も声をかけようとして振り向きもされず足蹴にされた。
いくら声をかけても忙しそうに人はどこかへいってしまった。
どんなにがんばっても誰もゆっくりしてくれないことにれいむの心は段々と磨耗していった。
「ゆ…みんなゆっくりしていってよ…」
れいむはしょんぼりとしながら路地裏にゆっくりプレイスを求めて入っていった。
「ゆ!いぬさんだ!ゆっくりしていってね!」
れいむは路地裏でゴミ箱をあさる野良犬たちを目撃した。
野生の動物なら人間達と違ってゆっくりしてくれるはずと思ったれいむはうれしくなって思わず声をかけた。
「グルルルル…」
しかし飢えた野良犬たちの目には余裕や穏やかさとは無縁の
野生の獰猛さと、都会で生きていくために獣としてのプライドを捨てて手に入れたしたたかさだけがあった。
その瞳にはれいむは餌以外に映るはずもなかった。
「ゅ、い、いぬさん、ゆっくりして…!?」
「バゥゥウ!」
野良犬の行動は素早かった。
しかし残念ながら都会を生きる野良犬には狩りをするのに必要な経験がたりなかった。
すぐさまれいむに飛びつこうとしたがその殺気をれいむに気付かれ飛び退かれて
餡子に刺さるはずだったキバはリボンを引きちぎっただけに終わった。
「れいむのだいじなりぼんがああああああ!!!」
れいむは白目をむいて泣き喚きながらも走り出す。
野良犬も負けじと追いかけ、すぐに追いつくかに思われた。
「だずげでええええええええ!!!…ゆ?」
れいむが路地裏を飛び出した瞬間、野良犬は口惜しそうに走るのをやめてきびすを返してまた路地裏に帰っていった。
通りで暴れれば危険な野良犬としてすぐに保健所に通報されることを野良犬は知っていた。
仲間の尊い犠牲を経て学習した野良犬の知恵であった。
「ゆ…ゆっくりしたいよ…」
れいむは意気消沈して俯きながら大通りを歩いた。
人々は稀に奇異の視線を向けるだけでれいむのことはあって無いような扱いだった。
そうしている内にだんだんと日が傾き、夜が近づいてくる。
「ゆ…よるになればきっとみんなおねむになってゆっくりするね!ゆっくりしていってね!」
れいむの瞳に再び力が戻った。
れいむはぴょんぴょんとはねながら「ゆっくりおやすみなさい!ゆっくりおやすみなさい!」と声をかけてまわった。
その時は何故看板を持った男の人が舌打ちしたのかれいむにはわからなかった。
「どうぢでゆっぐりならないの゛おおおお!?」
夜が深まるにつれて、町はより煌びやかにその騒々しさを増していった。
看板を持った男たちが忙しそうにするスーツの男達にこれまたせわしなく話しかけ
余裕の無い態度で受け答えをする。
酔っ払った男達は絶え間なく知り合いの悪口を言い合い、女は隙の無い目で男を誘っていた。
そこはゆっくりとは程遠い有様があった。
「ゆっぐりできない…みんなゆっぐりでぎないよおおお…!」
れいむはぽろぽろと涙をこぼしながら町のハズレへと歩いていった。
その方向にはゴミ捨て場があって、とても臭くて汚かったがれいむにはもはやそんなことを気にする気力はなかった。
ぼーっとゴミ捨て場を眺めているとそこにガサゴソと動く黒物体が居るのに気がついた。
「ゆ!まりさだ!」
それはゴミをあさるゆっくりまりさの姿だった。
「ゆっくりしていってね!まりさゆっくりしていってね!」
もはやゆっくり出来る相手は同じゆっくりしか考えられなかった。
れいむは嬉し涙を流しながらぴょんぴょんと歓喜の呼び声をまりさにかけた。
まりさがれいむの方を振り返った。
「ここはまりさのゆっくりプレイだよ!ゆっくりでていってね!ゆっくりでていってね!」
その言葉にれいむは愕然とした。
「どおぢでぞんなごどい゛う゛の゛お゛お!?いっぢょにゆっぐりぢようよ゛お゛お゛お゛!!」
「そんなこといってまりさのごはんをとるきだね!そんなわるいゆっくりはゆっくりしね!!」
「ゆっぐりいいいいいいい!!!!!!」
まりさがれいむを餌場から排除しようと体当たりを始めた。
その時れいむはもはやこの世にゆっくりは無いことを悟った。
ゆっくり出来ないことを理解したれいむはゆっくりと生きることを放棄し、そっと目を閉じた。
最終更新:2008年09月14日 06:35