ゆっくりいじめ系3083 一家離散:親子まりさ『役割』(前編)

※この作品はゆっくりいじめ系2912 一家離散:親れいむ『捌け口』 の続きになります
※この物語はフィクションです








今ではバラバラになってしまったゆっくり一家の、始まりである親れいむと親まりさは、幼き頃からずっと一緒だった。
姉妹ではない。親戚でもない。
餡は全く繋がっていないが、二匹は同じ場所で、同じ人間によって育てられたのだ。

親の事は全く覚えていない。
親れいむも親まりさも、気づいたら一緒にいたのだ。
もしかしたら、出会った当時は親のことをまだ覚えていたのかもしれないが、今となっては記憶のどこにもなかった。
少なくとも、思い出せる範囲には。

「ゆゆっ? まりちゃはまりちゃだぢぇ。ゆっくちちていってね!」
「れいみゅはれいみゅだよ! ゆっくちちていってね!」

まだ赤ゆ言葉も抜け切らぬ二匹は出会って一目で意気投合し、周りに家族はおろか他のゆっくりも居ない寂しさにも負けぬほど仲良くなった。
いつ寝たのかさえ定かではない眠りから覚めた二匹の周囲には、お互いの存在以外には何も無かった。
ゆっくりはおろか他の生物も。無機物も含めて。
ただ、生まれて間もないゆっくりにとっては広大すぎるほどの何もない大地が広がっているのみだった。

二匹はまずはその空間の探検を始めた。
出会ったばかりですぐに仲良くなった二匹は揃って跳ね始め、自分達以外の他の何かを探そうとしたのだ。

「ゆゆ~♪ ゆっくち~、ゆ~♪ みんにゃゆっくちちよ~♪」
「ゆゆっ、れいみゅはおうたがじょーじゅだにぇ!」

探検しながら歌った親れいむの歌を、親まりさは心底気に入った。
親れいむが歌うたび、親まりさは賞賛の言葉を少なすぎる語彙を以って浴びせかけ、それによって気をよくした親れいむは更に調子良く歌う。
そんな繰り返しをしながら探検した結果分かったのは、二匹がいる大地の果てには、突如として大地が消えて遥か下に奈落が広がっているという事実だけだった。

「ゆゆ~、まりちゃどうちよぉ……」
「ゆゆ~ん……」

二匹して途方に暮れて大地の果てから奈落を覗き込む。
視線の先には赤ゆっくり何十匹分もの遥か下方に更なる大地があるのが見える。
だが、二匹は今いる場所から飛び降りてそこへと行く勇気は無かった。
生まれたての赤ゆでも分かる。飛び降りたならただでは済まず、最悪死んでしまうかもしれないという事が。

そうして出会って数分という相手に頬を預けあって途方に暮れていた時だった。

「おっ、ようやく目覚めたか」

親れいむと親まりさがいる大地より遥か遠方にあった絶壁が開き、一人の人間が姿を現したのは。

「はじめまして、ゆっくりしていってね。れいむ、まりさ」

その者こそ親れいむと親まりさを育て上げ、親れいむが唯一心を許した人間だった。





















暗闇と冷気の世界に光が差し込む。
親れいむは突如として入り込んできたその光によって、夢の世界から強制的に離脱させられた。

「ゆ、ゆぅ……」

親れいむは冷蔵庫の中の、更に透明な箱の中で眼をしばたたかせる。
親れいむにとって今やゆっくりすることが出来るのは、唯一夢の中だけであった。
そんな無二のゆっくりを奪われて快いわけもなく、親れいむは不満そうな表情を隠しもせずに目を開いていった。

そして直後にその表情は硬直し、親れいむは餡の芯まで震え上がる事となる。
今親れいむがいるのは冷蔵庫の中。そこに透明な箱に閉じ込められた上で収納されている。
それは、親れいむを六百円で買い、その生殺与奪を全て握っている男がそうしたことだ。

用が無い時はこの光も温もりも無い世界に閉じ込め、用がある時だけそこから親れいむを取り出す。
そして、男が親れいむにある用といったら、一つしかなかった。

「ゆ゛っ、ゆ゛ゆ゛っ、ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛……」

親れいむは冷気と恐怖から全身を震え上がらせ、歯をガチガチと打ち鳴らし、眦には雫を浮かべた。
度重なる殴打によって薄くなった皮と盛り上がった餡子によって、内出血のように肌に浮かび上がった傷が振動を受けて震える。
親れいむの視線の先には、冷蔵庫の扉を開けた男がいる。

「やべで、やべで……やべでぐだざい……ぼう、れいぶをいじめないで……」

ガタガタ震えながら親れいむは懇願する。涙を流して恐怖に顔を染めて。
男がこの扉を開けて、親れいむを取り出す用事。それは親れいむに暴行を加えてのストレス発散しかなかった。
それ以外の親れいむへの用は、男にはないからだ。あるとしたらせいぜい、ストレス発散した後に、親れいむを殺さないように僅かばかりの生ゴミを与える程度。

殴られるのは嫌だ。蹴られるのは嫌だ。当然だ。誰がそんな事を好き好む。
だから、頼む。祈る。もうそんな事はやめて欲しいと。
もちろん、そんな親れいむの希望が通ったことなど一度も無い。

男の手が伸びる。冷蔵庫の内部へと。

「やだっ! やべでねっ! れいぶいだいのはぼうういやだっ!! やべでっ! やべでっ、やべでぇぇぇぇぇぇ!!!!」

親れいむは半狂乱に陥って泣き叫んだ。
ガタガタと透明な箱が揺れるが、それで壊れたり開いたりするほど柔ではない。
親れいむの行動は全く無駄なあがきとして空気を振動させるのみだ。

男はそんな親れいむの無様な姿など一顧だにせずに、

「がえるっ! でいぶぼうおうぢにがえる! ばりざっ! ばりざぁぁぁぁぁ!!!」

冷蔵庫の中の缶ビールを手に取った。

「………………ゆっ?」

予想に反した男の行動に、親れいむは首を傾げた。
本来、男の行動は不自然でもなんでもないのだが、男が冷蔵庫の中にある親れいむ以外の物を取り出す時、親れいむは大抵痛みで気絶しているか寝ているかだった。
そのため、親れいむは男が冷蔵庫の中から自分以外の物を取り出すことを今まで知らないでいたのだ。

プシュッ、と親れいむの視線の先で男が缶ビールを開けて一気にその中身を呷った。
片手に缶ビールを持ち、もう片方の手で冷蔵庫の扉に手をかける。
親れいむはそれが冷蔵庫の扉を閉ざす仕草と知っていた。そして、それが親れいむには用が無いという意味だと理解した。

途端、親れいむは壮絶な安堵感に包まれた。
痛いのは無い。ゆっくり出来ない事はされない。
そう分かっただけで親れいむにとっては至福だった。

もうしばらくは男は親れいむには用がない。
ならば、もう一度、夢の中へと行こうか。親まりさや最愛の我が子と一緒にすごした、あの幸せな世界へと没頭しようか。
いや、それよりも。直前に見ていた夢の中で、ありしの親まりさがたくさん褒めてくれたあの歌を歌おう。
歌を歌って、あの頃の思い出を取り戻して、そうして、今だけでもゆっくりとした世界に浸ろう。
それぐらいしか、親れいむにはもう“ゆっくり”は残ってないのだから。

冷蔵庫の扉が閉まっていき、世界は再び闇に閉ざされる。
けれど、光がなくとも親れいむはゆっくり出来る。

「ゆゆ~♪ ゆっくり~、ゆ~♪ みんなゆっくり────」

ピタリ、と閉まっていくはずの扉が止まった。あと数センチを残して、扉は完全に閉まりきっておらず、僅かに光が差し込んでいる。
親れいむもピタリと歌を止めた。一体、何事だろうかと。
男が扉を閉めるのを直前で止めるのは、何故なのだろうかと。

そう不思議そうにした親れいむに、再び光が当たった。
そして今度は、男の意識も同時に親れいむへと向かっていた。

「歌とはお前、ずいぶん余裕じゃないか。そんな耳障りな雑音を俺に聞かせて、さぞご満悦か。えぇ、おい」

再び親れいむの表情が恐怖に染まり、今度こそ暴力が親れいむの体に叩き込まれた。








終わってみれば、親れいむの生涯において、親れいむの意志通りに事が運んだことなど、全くといっていいほど無かった。
全て人間の思い通りにされてきたゆん生だ。
親れいむの命はまだ尽きていないが、命運は既に尽きている。


























妹まりさが目を覚ました時、そこは知らない場所だった。
同時に、自分が知っている存在が周囲に無かった。
眠る前に離れ離れになった妹れいむと姉まりさは当然の事として、眠る前には一緒だった親れいむも姉れいむも、親まりさもいなかった。

「ゆっ? ……ゆゆっ? ゆっ?」

妹まりさは不安そうに表情を翳らせて、慌てて周囲を見回す。
家族の中で一番寂しがり屋の妹まりさにとって、傍らに誰かがいないという状況は当然ゆっくり出来るものではないからだ。
生まれてからこれまで、側に誰かがいないなんて状況は無かった。
いつでも、誰かの温もりがあった。あの狭い“おうち”の中には、何時だって“ゆっくり”があった。
それが今は無い。そんな事、妹まりさにとっては耐えがたき事であった。

「おねーちゃん? おかーしゃん? どきょ? おかーしゃぁぁぁぁぁん!!!」

グズグズと嗚咽をこらえながら、妹まりさはグルグルとその場で体を回す。
何故かは分からないが、今妹まりさがいる場所はわずか十センチ四方しかなく、それより外側には何故か水が満たされていたからだ。
それも、妹まりさにとっては湖のように感じる深さと広さの水が。

内側にいる妹まりさには分からないが、妹まりさが今いる場所は水槽の中であった。
熱帯魚を飼うかのような水槽に張られた水の上にわずかに浮かんだ浮き島の上。そこに妹まりさは置かれていた。

寂しさと焦りで混乱する頭と、涙が溜まって視界が滲む目で家族の誰かを探す妹まりさ。
何週回ったかも分からないほどその場で回って、ようやく妹まりさはそれに気づくことが出来た。

「……ゆっ? おかーしゃん!」

回転を止めた視線の先、水槽の外にあるその姿は親まりさだった。
親まりさは妹まりさのいる水槽よりも位置的には下にいる。だから妹まりさもすぐには気づかなかったのだ。

「おかーしゃん、おかーしゃん!!」

妹まりさは必死に親まりさに呼びかける。
本当ならば今すぐにでも駆け出して親まりさの元に行きたい。しかし、辺りにある水がそれを阻む。
水の中に長時間いれば死んでしまう恐れがある。短時間ならば大丈夫だが、手も足も無いゆっくりが水中で泳げるはずもないため、一度水に落ちればそれは死を意味するのだ。
その事は親から受け継がれた餡子に刻まれた知識で妹まりさも知っていた。だから、駆け出せない。
死を意味する大量の水が、妹まりさの希望を阻止しているのだ。

親まりさは妹まりさに背を向けている。
妹まりさから見えるのは親まりさの後頭部だ。大好きな親まりさの、綺麗な金髪が揺らいでいるのが見える。
親まりさの髪も好きだが、やはり顔を見せて欲しかった。
今のこの不安な気持ちを和らいでくれるのは、親まりさの笑顔だ。温もりが得られぬのなら、せめて、こちらを向いて微笑んで欲しいと思った。

「……ゆっ? おかーしゃん……?」

だというのに。親まりさは一向にこちらを向いてくれない。
どうしてだろうか。こんなに何度も呼びかけているのに。いつもなら親まりさは、妹まりさが呼べばいつでも振り返って微笑んでくれたのに。

「あが……ぢゃん……」
「ゆっ! おかーしゃん!」

ようやく親まりさから返事があった。しかし、様子がおかしい。
振り返らずに後頭部を妹まりさに向けたままだし、何より声が変だ。まるで、必死に何かを押し殺しているかのようだった。
一体どうしたことかと、妹まりさは親まりさを注視する。

そして、ようやく気づいた。
なんで親まりさが振り返ってくれないのか。なんで返事が変なのか。その理由に。

「お、おがーしゃんがぁぁぁぁぁぁ!!!」
「おぢびぢゃん……みぢゃ、だべぇ……!!」

親まりさが必死になって妹まりさを制止する声を上げる隣。そこに何者かがいた。
妹まりさから見れば親まりさを挟んで向かい。親まりさに真正面から張り付いている何者か。
それは同じゆっくりだ。それもまりさ種と同じく金髪を持つゆっくり。ゆっくりありす。
そのゆっくりありすが今、親まりさに激しく体を擦り付けていた。

「ゆふっ……ゆふっ、ゆひゅ……っ!!」

体から艶かしい砂糖水を垂らしながら親まりさに頬を擦り付けるゆっくりありす。
親まりさはそれに対して必死で抵抗している。体をよじって、少しでもありすと触れ合わないように、と。
しかし、おかしな事がある。
抵抗するのならば、それを拒むというのなら、なぜ逃げ出さないのか。なぜ、ありすを弾き飛ばさないのか。

「おがぁぁぁじゃん、にげでよぉぉぉぉぉ!!!」

何かは分からないが、ゆっくりできないありすが大好きなお母さんを襲っている。
その事実だけは認識できた妹まりさが、水槽の中から床にいる親まりさに涙交じりのダミ声を上げた。
しかし、出来ない。逃げられない。ろくな抵抗も出来ない。

何故ならば、親まりさは動けないからだ。他者の意思によって。
妹まりさを人質にとられているわけでも、脅されているわけでもない。
ただ、物理的に動けないのだ。
そう、親まりさの底部は既に、真っ黒な炭と化していた。自然治癒が不可能なレベルにまで、焼き尽くされている。
もう、二度と親まりさは自力で跳ねることは出来ない。

「ゆぐっ、ありず……ぼう、やべで……」

親まりさは我が子の視線を後頭部に感じながら、涙をボロボロと流してありすに懇願する。

「ごべんね……ばりざ、ごべんね……」

親まりさへのありすからの返答は、親まりさと同じように涙を零しながらの、謝罪であった。
それはこの状況をよく見る者からすれば奇異に思えるだろう。
嫌がるまりさ種にありす種が無理矢理肌を通わせる。そんな光景はゆっくりに精通する者ならばよく知るものだ。
“レイパー”と呼ばれるありすによって犯されるゆっくり。ありふれた光景である。

しかし、普通被害者のゆっくりが加害者のレイパーありすに止めて欲しいと頼んだところで、返ってくるのは意味不明の主張か喘ぎ声ぐらいだ。
謝罪が返ってくることなど無い。
だが、このありすは親まりさに謝罪した。謝罪しつつも、行為は止めないでいたが。

妹まりさは訳が分からなかった。なんでこんな場所にいるのか。なんで大好きなお母さんがありすに襲われているのか。なんで抵抗しないのか。
親まりさは訳が分からなかった。なんで寝ている間に“おうち”ではないところにいるのか。なんで底部を焼かれて起こされるのか。なんでありすは泣きながらこんなことをするのか。

そんな親子の疑問に答えられるものが、現れた。

「おい、ありす。終わったか?」

ガチャリ、と。
妹まりさと親まりさとありすがいる部屋に、青年が現れた。
年齢二十歳前後に見えるその青年は、誰であろう、ペットショップから妹まりさと親まりさを買った人間だ。
二匹あわせて、たったの千円で。

「ゆぐっ、えぎゅ、おにぃざぁん…………」

青年が部屋に現れた途端、ありすは親まりさに頬を擦るのを止めて振り返った。
背後、部屋に入ってきた青年へと体を向ける。青年と向き合ったありすの目には涙があった。

「ありず、もういやよ゛……。むりやり、すっきりー! ざぜるなんで……」

しゃくりあげながら、ありすは青年へと頼み込む。こんな事はしたくない、と。
青年は黙ってありすの言葉を聞いている。

「なまごみ、ぢゃんど、だべまずがら……ゆぐっ、もう、あまあまだべだいっでいわないがら……」

ゆぐっ、えぐっ、と泣くのを必死にこらえながら、ありすは言う。
よく見れば肌は薄汚れ、金髪には小さなゴミが無数に絡み付いている薄汚いありすが、心だけは綺麗であろうと、都会派であろうという決意をもって。

「むりやり、すっぎりー! ざぜるのは────」

そんなありすの言葉を青年は断ち切った。
ありすの横っ面を、思いっきり蹴り飛ばすことによって。
ありすの頬がめりこんだ青年の足の形にへこむ。多大なる運動エネルギーを受けたありすの体が吹き飛んで、壁に叩きつけられる。
バチン、とありすの後頭部が壁と奏でる音が部屋に響き渡り、妹まりさと親まりさは突然の光景に絶句した。

「黙れ。やれ。殺すぞ」

短く三つ。青年はありすの願いを暴力とその言葉で棄却した。
ありすは冷たく突き刺さる青年の言葉を浴びせられ、床にうずくまっていた体を無理矢理起こした。
右頬は腫れ上がり、中身のカスタードクリームの色に濁っている。
目は悲しみと、恐怖に染まっており、さっきまで屹然とあったありすの決意が、いとも容易く折れたことを示している。

この青年は知っていた。
ゆっくりを行動させるのに最も有効なのは、道理を説くことでも褒美を与えることでもなく、罰を与えることなのだと。

「ごべんなざい、ごべんなざい…………」

うわごとのように謝罪の言葉を呟きながら、ありすは親まりさの元へと戻り、再び体を擦り合わせ始めた。その言葉はどちらに向けたものなのかは、親まりさには分からなかった。
にちょ、にちょ、とありすの頬を親まりさの頬が音を紡ぎだす。
そうして、触れ合うありすの頬から、親まりさはありすの悲しみを感じ取っていた。

だから、親まりさは尋ねた。
自分達親子だけではない、このありすの分も含めた質問を。

「おにいざん……どぼじで、ごんなごどずるの……?」

その言葉を聞いて、青年は、にやりと唇の端を吊り上げた。
まるで、その言葉を待っていたかのような反応。

「どうして、か。まぁ、いい。聞かせてやろう。お前たちが理解できるかどうかは差し置いてな」

ずっと、誰かに話したかったのかもしれない。
誰かに今の喜びを伝えたかったのかもしれない。
或いは、ただ単純に自慢したかっただけかもしれない。
いずれかは分からず、もしくは全てが混ざった感情なのかもしれないが、青年は喜んで親まりさの質問に答えた。
その内容は、まりさ親子にとって到底理解できぬものであったが。

「俺の従妹にな、ゆっくりの被害に悩んでいたやつがいたんだよ。この間そいつから相談があってな、どうすればあいつらを駆除できるか、ってな。
 まぁ、折角の従妹の頼みだしな。その解決法を伝授してやったわけだよ。ゆっくりありすを確実に殺す方法をな。
 そしたらその後、そいつからまた電話が来たんだよ。うまくいった、ありがとう、とな。
 だけどな、成功の報告だけじゃなかったんだよ。従妹は俺がゆっくり好きなのを知っているからな、同時にこんな事も教えてくれたんだ。
 『あるペットショップでゆっくりが格安で売られていた』とな。成体一匹六百円、赤ゆ一匹五百円。ペットショップでは普通考えられない安さだ。
 それを聞いて俺は出向いたわけだ。そのペットショップに。そうしてその安いゆっくりを確認して、その場で買ったんだ。親一匹子一匹。
 そう、お前らだよ、まりさ。二匹揃ってたったの千円。あまりにお得な買い物だろう? 笑っちまうぜ。たとえろくに躾も受けていない野良同然だろうとな。
 今じゃ野生のゆっくりを捕まえるのも、まぁ、一苦労なんだ。その苦労が千円で買えたなら安いものだ。
 俺は丁度、まりさ種が欲しかったところなんでな」

青年は一旦、そこで話を区切った。
当然、続きがある。ここまで話したのは、なんでまりさ親子がここにいるかの説明ぐらいだ。
肝心なのは、この先。

「なんでまりさ種が欲しいかって? 俺の趣味はな、ゆっくりを使った実験なんだ。最初は衝撃にどれだけ耐えられるかの実験だったり、どれだけ絶食したら死ぬか、のような実験だったんだが。
 今ではどうすればゆっくりに変化を与えられるかの実験がテーマだな。そして、俺の次の実験のテーマは『水上まりさの作成』だ。
 それにはやはり、多数の実験台となるゆっくりまりさがいる。どうすれば水上まりさになれるか。どうすれば水上で生活できるゆっくりになれるのか。
 ありとあらゆる方法を試行錯誤して、少しでも良い結果を出せたゆっくりを母体にして子を産ませ、その子にも同様に試行錯誤を重ねる。
 だからな、そのためには、最初に多数のゆっくりまりさを生む母体が必要なわけだ。…………分かるか? まりさ、お前のことだ」

ニタリ、と下品な笑みを浮かべて、青年は親まりさを指差した。
親まりさは青年の話の内容を全て理解することは出来なかった。
だが、肝心の内容である、親まりさがたくさんの子を生む役を与えられた、という所は理解できた。
しかし、それでもなお理解できぬ事がある。

「だっだら、おぢびじゃんはいいでじょ!? おぢびじゃんはがえじであげでっ!」

親まりさは叫んだ。必死に。
頬に触れるありすの感触も忘れて、ただ、己の子の幸せを望む親として。
そんな、我が子を守る崇高な親の願いを、青年は一笑に付した。

「わざわざ赤ゆが手に入ったのに、なんでお前から子供が生まれるまで待たなきゃならん? あそこの水槽にいるのは実験台第一号だよ。
 良かったな。もしあいつが上手く水上生活になじむことができたら、お前はもう子供生まなくていいぜ。代わりにあいつを母体にするがな」
「やっ、やべでね! おぢびぢゃんにひどいことしないでね!」
「嫌だよ」

嘲りの笑いと共にかえってきた返答にも、親まりさは挫けず、涙を堪えて青年に問う。

「じゃ、じゃあありずは!? ありずはどぼじでごんなっ、ひどいごど…………っ」
「あぁ、そいつは俺のゴミ箱兼繁殖用饅頭。俺の所有物。俺の命令で、そのありすはお前を孕ませるんだよ。命令拒否は当然却下でな」

それで、親まりさは遂に押し黙ってしまった。
青年の言い分に納得したからではない。
ただ、青年の言葉から感じ取った感情から、この青年の意志を捻じ曲げてこのえげつない行為を止めさせることは、自分では無理だと悟ったからだ。

どうして、どうしてこんなことになったのだろうか。
きっと眠っている間にここに連れてこられたのだろう。なんで自分は眠ってしまったのだろうか、と親まりさは後悔してもしきれなかった。
せめて、自分さえずっと起きていればこんな事にはならなかったかもしれない、と。

当然、そんなことはないのだが、親まりさはそう思わずにはいられなかった。
今頃れいむはどうしているだろうか。残された子供のれいむは悲しんでいないだろうか。
それを思うといてもたってもいられず、今すぐにあの家族が揃っていた“おうち”に帰りたかった。
それは当然叶わない。親まりさはもう自力で跳ねることは出来ない。
たとえ跳ねることが出来たとしても、青年がそれを阻むだろう。

ならば、ここから戻ること叶わぬのならば。
自分がする事は、自分が案じるべきことはただ一つ。

「おかーしゃん! おかーしゃん! やべでっ、おかーしゃんがらはなれでっ!」

今、自分の背後から我が身を案じてくれている、近くにいる子の幸せのみだ。

「おにーざん、おねがい……」
「ん、なんだ」

一通り話し終えて満足気味だった青年に、親まりさは、せめてもの譲歩を頼み込む。
下手に出て、相手の慈悲を乞い、相手の寛容さに託すだけの懇願だ。

「ばりざがっ、たぐざん、あがぢゃんうむがら……、まりざのあがぢゃんには、ひどいごど、じないで……っ」
「お゛かーしゃん!」
「ばりざ……」

親まりさの発言に妹まりさとありすが驚愕する。
それは、望まぬ相手との望まぬ子作りを許容するということ。それは、まともなゆっくりの価値観で言えば到底信じられぬことだった。
好き合った相手と合意の上で愛情のある子作りをして、愛情がたんと詰まった結果生まれた子達と、情愛に満ちた生活を送る。
それこそ、ゆっくりが一生をかけて叶えようとする至上命題。
それを放棄して、望まぬ相手との子作りをよし、とする。一体、どれだけの理由があればそんな決断を下せるのか、普通のゆっくりでは想像もつかない。

それも全て、我が子のため。唯一残った我が子の幸せのため。
自分は、きっともう幸せは掴めない。だから、託すのだ。ゆっくり出来ない自分の分まで、ゆっくりして欲しいと、願いと善意を込めて。
親まりさは、妹まりさに、託したのだ。我が身を捧げて。

「バカかお前。お前が子供生むのは当たり前だろうが。なんだそれは、譲歩のつもりか? これだから餡子脳は」

親まりさの、そんな決意の元の懇願を、青年はいとも容易く打ち砕いた。
譲歩とは、自分の主張をひっこめて相手の主張を受け入れることだが、そもそもひっこめた主張によって相手が得をしなければそもそも成立しない。
親まりさが引っ込めたのは『子供を作りたくない』という主張。

しかし、そんなもの青年にとっては拒否しようがしまいが関係のない規定事項だ。
それを今更受け入れたところで、青年には何の得もない。
親まりさがたとえ折れたところで、青年が親まりさの頼みを聞く理由は、何一つないのだ。

「ぞ、ぞんな……」
「まぁ、同意したのならそれにこしたことはねぇ。せいぜい頑張って生むんだな」

絶句した親まりさに青年は慈悲なき言葉をたたきつけた。
駄目だ。もう、終わりだ。
自分だけじゃない、妹まりさもゆっくり出来なくなる。

「お゛かーしゃん! お゛かーしゃん! だいじょうびゅ?」

あんな、可愛くて、ゆっくりした子が、ゆっくり出来なくなる。
何をされるかは分からないが、きっと自分と同じぐらいひどいことをさせられる。
そんな事があっていいのか? そんな事を許していいのか?

「おぢびぢゃん…………」
「お゛かーしゃんっ!」

背後に振り返ることは出来ない。それでも、我が子の声は届いている。思いも、届いている。
きっと、寂しい思いをしているだろう。離れたところで一人いるなんて、寂しがり屋のあの子では耐えられないだろう。
それでもこちらの身を案じてくれた。それだけで、親まりさのは温もりに包まれる思いだ。

「おぢびぢゃん……ゆっぐり、していっでね……」
「おっ、お゛きゃーしゃんっ、ゆっ……ゆ゛っくぢぢでいっでね!」

親まりさの声に、湿った妹まりさの返答が来た。
顔は見れなくても、親まりさには妹まりさが今どんな顔をしているのか分かる。きっと、涙でだらしなく顔を歪ませているのだろう。
親まりさと妹まりさの親子は、今なお絶望に包まれている。
けれども、そんな絶望の中でも、この親子の絆があれば、きっと、どんな地獄でも大丈夫。

そう、親まりさは確信した。
不幸中の幸い。地獄に仏。ゆっくり出来ない中に、わずかばかり見つけた希望。





そんな希望を、人は簡単に踏みにじる。

「あぁ、もうっ! さっきからキャンキャンうるせぇな!」

我慢の限界なのか、妹まりさの声が癇に障った青年が、怒りを露に親まりさを掴みあげた。その際ありすは邪魔だったのでベッド下へと蹴りこんだ。
自慢の金髪を無造作に掴み上げられ、みちみちと自重で頭皮が引っ張られる痛みに親まりさは顔をしかめた。

「ゆびっ、いだいっ! いだいよっ! やべでねっ、ばりざのかみのげ、ひっばらないでねっ!」
「うるせぇよ、ちょっと来い」

青年は親まりさを掴み上げたまま、親まりさを連れて部屋を後にした。
バタン、と扉が閉じられて一人と一匹が去っていく様子を、妹まりさとありすはただ見ていることしか出来なかった。



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年07月29日 02:45
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。