ゆっくりいじめ系2801 一家離散:姉まりさ『生餌』













「……うん、うん。そう、罠も見破られて。変に賢いのよ。ずっと見張っているのも億劫だしさ。
 篭っているところを殺しても、そのまま中で死体が腐られるのも嫌だし。出来れば引っ張り出してから一網打尽にしたいのよ」

妹れいむが小学生の少年にその命を買われ、新たな生活を始めた日の、夜。
夕食を終えて、風呂あがりの少女が自室のベッドの上で携帯電話越しに相談を持ちかけていた。
相手は家がわりかし近所でもある、ゆっくりに詳しい従兄。今は大学生のはずだ。

「庭の花とか軒並みやられたのよ? トゲのある薔薇や背の高いやつだとかは無事だったけど。それにたまに変な歌とかで五月蝿いし。
 なんかいい方法無い? 引っ張り出して逃げられないようにしつつ捕まえる方法。……うん、捕まえたら駆除するつもりだけど。……だって、気持ち悪いじゃん。喋る生首なんて。ヘビやミミズより嫌い」

ギュッ、と抱えていたクッションに込める腕の力と同様に、語気も強くなる。

「この間だって、蝶をおいかけてたヤツが私の目の前で車に轢かれてさ。餡子が飛び散って高校の制服についたのよ。……あれは本当に気持ち悪かったわ。トラウマ」

電話の相手が乾いた笑いをあげるのを聞き、「笑い事じゃない」とぷりぷり怒って返す少女。
それに対して軽い調子で謝りの言葉を言ってから、電話の相手はようやく相談内容の答えを返した。

「…………え? うん、まぁ、いけるかもしれないけどさ。私、さっきまで嫌いだって言ってたよね? 〝毒をもって毒を制す〟、って……。
 いや、うん。他に方法が無かったら、やってみる。ありがとう。でも、他に方法思いついたら教えてよね?」

相手が望んでいた答えを返してくれたのには感謝をしたが、今一釈然としない様子で少女は電話を切り、携帯電話を折りたたんだ。
携帯電話を充電器に置いてから、少女は南窓からベランダへと出て、庭を見下ろした。
少女の眼下にあるのは、修繕を施してはあるものの未だ荒らされた跡の残る、花壇。
そして少女の耳に届くのは、平和で、呑気で、牧歌的で、人の神経を逆撫でする、調子っぱずれた四重奏。
その歌声の持ち主の絶殺を誓いつつ、少女は部屋へと戻り窓を閉めた。













その頃妹れいむが売られていった一家は、まさしくお通夜のごとき静寂さに包まれていた。
どのゆっくりも皆泣きはらした跡があり、表情も揃って沈んでいる。
今は夕食の時であるが、パサパサした大量安価売りのゆっくりフードでは陰鬱な気持ちは晴らせるわけもなく、ただ義務のように咀嚼するのみだ。
いつもは真っ先に食べ終える姉れいむでさえ、食べ終えるのに四倍近い時間をかけていた。

「ゆぅ……れいみゅがいないとゆっくりできないよ……」

自分の分のゆっくりフードを食べ終えた姉れいむが、ポツリとそう呟いた。
そしてそれが引き金になってしまった。それまでゆっくりフードを口に含んでいた姉まりさが、妹まりさが、親れいむが親まりさが、同時にその目に涙を浮かべたのだ。

「ゆぐっ、ぐじゅっ……れいみゅぅ…………」

妹まりさのぐずぐずと漏らした嗚咽が虚しく響く。
一番の末っ子であり、一家のアイドル的存在であった妹れいむの喪失。
それは一家にとって幸せの中央に風穴を空けられたのにも等しかった。
親れいむがボロボロと雫を頬につたらせ、姉まりさが床に小さな水溜りを作って震えている。
哀しみに耐え切れず、妹れいむが親まりさの髪にその顔をうずもらせた。

「まりさのあがぢゃん……」

しかし、親まりさとて妹まりさの悲しみを受け止められるほど、自分に余裕があるわけではなかった。
最愛の我が子を唐突に、理不尽に奪われてしまった嘆きは、妹まりさに勝るとも劣らない。
もちろん、親れいむも姉れいむも姉まりさも。皆、同じなのだ。

突然に、前触れも、前振りも、予兆も無く。
同意も勧告も説明も一切無く、妹れいむは人間によって連れ去られた。

「どぼじでなの……?」

姉まりさのその疑問に、答えられるものは一家にはいなかった。
姉まりさは日課である外の世界を眺めることも忘れて、ただただ泣きじゃくり、どうして、なんで、とうわごとのように繰り返す。

どうして、なんで。
理由などこの一家に分かるはずもない。生涯知ることもない。ただ、ありのまま、その運命に身を委ねて滑稽に嘆くだけ。
だが、この一家の疑問に答えられるものが一人、近くに居た。

昼間、少年の接客をした店員だった。彼は今、ガラス越しにお通夜状態の一家を眺めている。
視界に映る値段表は、一家まとめ買いの部分の〝六匹〟に二重傍線が引かれ、『ゆっくり親子五匹セット 2,270円』となっている。
店員は昼間の事を思い出しながら、一家の今後の扱いについて考えている。

少年に妹れいむを渡す時、店員は一家があそこまで泣き叫ぶとは思っていなかったのだ。
店員はゆっくりについてこのペットショップでしか見たことがなかった。だから、ゆっくりの家族観について全然知らなかったのである。
ゆっくりが、あそこまで家族を大事に思っていることに。
勉強不足といえばそれまでだが、あの一家はこのショップでは異端の存在なのだ。あの一家だけだ。同じスペースに複数入れられているのは。

少なくとも、この店では。
あの一家は他の商品のゆっくりとは違う事情がある。それがあの低価格の理由でもあり、同じスペースに詰められている理由でもある。
妹れいむの時はあまりにもダミ声すぎてなんて言っているのか分からなかったが、恐らく家族と引き離されるのを嫌がっている、というのは後から他の店員から聞いて理解した。

一家はまとめ買いで安くなる価格設定をしてはいるものの、別にそれをウリにしているわけではない。
ただ、早く数が減れば良いにこしたことがないだけだ。たとえバラ買いでも、数が減るのだからそれは歓迎すべきこと。
あの一家に関しては、早めに売れたほうが良い。
当然、他のゆっくりについてもそれは同様ではあるのだが。

「だけど、なぁ……」

いくらなんでも、バラ買いの受け渡しの際に毎回あぁして泣かれれば、流石に印象が悪すぎる。
次回から、何かしらの手は打たなければならないだろう。

店員は想起する。夕食用のゆっくりフードを与えた時の事を。
壁を空けて閉鎖的空間を外界とつなげた時、一家は揃って店員に詰め寄った。

「れいむのおぢびぢゃんをがえじでっ!!」
「れいみゅはどこにいっだの!?」
「おにーざん、おじえでねっ!!」
「れいみゅは、れいみゅはっ!?」
「まりざのあがぢゃんをもどにもどしてねっ!!」

グシャグシャになった泣き顔で殺到するゆっくりを跳ね除けながら、淡々と小皿にエサを入れ、何の返答も返さずに扉を閉めた。
その作業を経て思ったのは、ゆっくりへの同情や憐憫の思いなんかではない。
いつまでもあの調子では、安くても売れないのではないかという懸念だ。

事実を教えるべきだろうか。売れなければお前達は死ぬのだと。
いつまでも泣いて、笑って、怠惰に暮らす生活が約束されているわけではないのだということを。
それを教えれば、必死になって買われようと表面だけでも笑顔を取り繕うだろうかと。

「いや……」

詮無き考えだ。それは自分が決めることではない。
少なくとも当面は、何も知らせずありのままにさせるというのが、店長の方針だ。教えるにしても、店長と相談してからだ。
店員はふと時計へと目を移し、閉店時間であることを確認すると店を閉める作業へと移った。
店の電気を消し、店内のゆっくり達が次々眠っていくその中で、店員は悲しみを補うかのように一箇所に寄り添って眠るあの一家の姿を見た。















「いやいや、野良って探してもすぐ見つかるものじゃないでしょ」

学校帰りに少女は従兄に教えてもらった方法を実践しようと野良ゆっくりを探しているのだが、見つからない。
どうでもいい時には目にするのに、いざ探すとなると見つからない。

「まるで野良ネコね」

もっとも、数は野良ネコより少ないが。
とりあえずいつだったか従兄が言っていた野良ゆっくりがよく出るスポットを一通り見て回ったが、目当ての存在はなく、ただ疲労だけが募った。
もう今日は諦めよう、と肩を落として歩道を歩いている時だった。

「…………あっ」

その店を見つけたのは。
視線の先、十数メートル前方に見えるはペットショップ。それも、ゆっくりも扱う店だ。
少女は足を止め、しばし逡巡した。どうせ見つからないのだから、あそこで調達するかと。
しかし、ゆっくりの相場なんて知らない少女は自分の財布の中身を思い出して、果たしてそこまでして手に入れるものかと思い直す。

だが、いつまでもあいつらをのさばらせおくのも精神衛生上甚だしくよろしくないし、またゆっくりを探すために歩き回るのも業腹だ。
とりあえず幾らぐらいするのかだけでも見よう、とそう決めると、少女はペットショップへと入っていった。

が、一歩踏み入れた途端少女は後悔した。
店に入って右側、及び左側奥には普通の犬猫などやペット関連グッズがある。それは別に良い。
だが、左側手前。そこはゆっくり専用スペースとなっていた。
何段とあるガラス張りスペースの中にはゆっくりれいむやゆっくりありす、ゆっくりまりさ等が各々呑気そうにゆっくりとしている。
それが、少女が店内に入った時に何匹かが少女の方を向いて何か喋ったのだ。

何と言っているかは聞こえなかったが、十中八九『ゆっくりしていってね!!!』だろう。
自分にその言葉が向けられただけでも嫌なのだ。声が聞こえなくて本当に良かったと少女はガラスに感謝した。
すぐさま引き返して外に出ようかと思ったが初志貫徹。値段だけ確認しようと中に入っていった少女は、値段表を見て絶句した。

「うっそ……なんで饅頭なんかがこんなにするのよ……」

桁数を一つ、二つほど間違えているだろうとげんなりしながら、一番安いのはどれかと視線をめぐらす。
しかし、どれもこれも高い。ゆっくりにこれだけ金を出す人の気がしれない、と会ってもいない人物を軽く否定しながら少女は眉をひそめた。
一番安いゆっくりでもCDが三枚は買えるじゃない、思い自分の考えの浅はかさではなく饅頭にこんな値段がつく世の中を罵倒しながら諦めて店を出ようとした。

と、その動作を途中で停止。ふと視線を戻す。
視線の先にあるのは他のゆっくりと違って同じスペースに複数詰められたゆっくり達。
そして、そこ貼られた値段表。


『ゆっくり親子五匹セット 2,270円
       親子セット 1,000円
        親ゆっくり 600円
        子ゆっくり 500円』


「これよ!」

即決。少女はそのゆっくりを買うことを決意した。
そうよ、この値段よ。子供一匹ワンコイン。そのぐらいが身分相応なのよ、と直前見て幻滅した現実を否定するかのように歓喜する。
常の少女ならばこの値段でもゆっくりに金を出すことを渋っただろうが、先ほど見た値段で金銭感覚が鈍っていたのだ。
少女はすぐさま店員を呼び、子ゆっくり一匹を買う旨を伝えた。

「どれでもいいからまりさ種一匹。あ、やっぱり安い方で」

店員は一応まとめ買いを勧めてみたが少女は頑として拒否。
財布から五百円硬化一枚を取り出した。
















「さて、と」

一旦バックヤードに引っ込んだ店員はあるものを取り出した。
それは透明の液体が入った小さな注射。それを手に持って店員はゆっくり一家がいるスペースへと向かった。
壁を空け、ゆっくり一家のいる空間が外界と繋がる。一家は揃って店員の方へと顔を向けた。顔は未だに陰鬱だ。

「ゆぅ……ごはん?」

姉れいむが小さくそう訊ねたが、店員はいつものゆっくりフードの袋を持っていない。
どころか、何も無い手を一家に伸ばした。
瞬間、一家によぎるのは昨日の悪夢。成す術もなく攫われた妹れいむの記憶。

「ゆっ、ゆっ、ゆゆうぅぅぅぅぅぅ!?」
「おぢびぢゃん、にげでぇぇぇぇぇぇ!!」
「やめでねぇぇぇぇ!! ばりざのあがぢゃん、づれっでじゃだめぇぇぇぇぇぇ!!!」

一家は涙を撒き散らし、錯乱した。
姉れいむは我先に店員から逃れるようにスペースの隅へ行き、妹まりさは親れいむの後ろに隠れてガタガタ震えだした。
そうして頼られた親れいむは頬に空気を溜めて膨らみ、我が身を盾にしようと前に出る。

「れいむのおちびちゃんをつれてかないでねっ!!」

しかし、店員はそちらを相手にしていない。
店員が腕を伸ばしたのは、ただ滝のような涙を流して木偶の坊状態の親まりさの横に居た、姉まりさ。
一番近くにいたそれであった。

店員は姉まりさを乱暴に鷲づかみにすると、すぐさま腕を引っ込めた。
その腕に喰らいつくように、涙目の親まりさが追いすがったが、それを鬱陶しそうに店員は手で払うと、無慈悲に扉を閉める。
そうして、また一匹減った。連れ去られた。

五匹から、一匹減って四匹。
またしても、またしても成す術無く家族が連れ去られた。何の説明も無く。
大事な、大事な家族がまた一匹。

「ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛んや゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
「ばりざのっ、ばりざのあがぢゃん……がえじでぇぇぇぇぇっぇ!!!」
「おねぇぢゃん……おねぇぢゃんがぁ…………」
「どぼじでっ!! どぼじでごんなごどずるのぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!」

連日して一家を襲う不幸。理不尽な搾取。
それに対して一家が行なえるのは、泣き寝入りのみ。四匹なってしまった家族達は、失われた家族を思い、泣き喚く。
だが、それも防音加工のおかげで遠く外には届かない。少女は既にレジへと向かっていた。

誰にも届かず、誰にも聞き入られない嘆きの声は、ただ虚しく一家の〝おうち〟の中で反響する。
姉まりさ。一家の中で一番の美貌を持っていた、同じ茎から生まれた姉妹の二番目の子。
いつもガラスから、外の世界を眺めていた。外のゆっくりに視線を注いでいた。
物憂げに外を見つめるその表情が、一家は大好きだった。一家は知っていた。姉まりさが外に憧れを持っていることを。
だが、それ以上に自分達家族の事が大好きな事を。

そんな、自分達も大好きな姉まりさは、もういない。妹れいむと同じように、連れ去られた。
もう、あの顔が見られない。あの声が聞こえない。もう、一緒に寝ることも遊ぶことも出来ない。
きっと、二度と会えない、帰ってこない。妹れいむと同じように。

そう思うと、泣かずにはいられない。悲しまずには、いられない。
そんな一家の無様さを嘲笑うかのように、不幸に見舞われた一家に誰も彼も視線を向けていない。
誰も、一家を見ていなかった。


















「…………これで良し」

ペットショップでもらったビニール袋に五百円でその命を買った姉まりさを入れて、少女は家路へとついていた。
今、姉まりさは眠っている。店員が用意したあの注射の中身はゆっくり用の即効性睡眠薬だったのだ。
眠ったままの姉まりさは、やはり店員が外に出した時イヤイヤと涙を流しながら暴れた。

人間に対してその抵抗は無意味でしかないのだが、やはり引き渡す時に泣き叫んでいられると評判が下がったり面倒な事になりかねない。
そのため眠らされた姉まりさは、少女に聞こえない程度の小声で「おかぁしゃん……」と小さく寝言をほざいていた。

自宅へと到着した少女は早速従兄に教えてもらった策を実行しようと必要な物の準備を始めた。
姉まりさを適当に玄関の下駄箱の上に置くと、屋外に置いてある倉庫へと向かった。
倉庫の中から取り出したのは、青いビニールシートが二枚と十数個のレンガ。それに埃を被った父親の釣竿と釣り針だ。

少女は取り出したうち、青いビニールシートを一枚手に取るとまず庭へと向かった。
外縁が少女の趣味で手入れをされていた花壇である芝生の庭に、少女はビニールシートを広げて敷く。
しっかりと広がっているのを確認した後、レンガ十数個も庭へと運んでおく。

そして、最後の準備。姉まりさの出番である。
ビニール袋を引っくり返し、乱暴に手の平へと姉まりさを落とした少女は、そのふにっ、とした手触りに鳥肌をたてつつも、自制。
ボテッ、と少女の手の平に転がり落ちた姉まりさは、そこでようやく目を覚ました。

「ゆぅ……? おにゃかすいた……、おかぁしゃんは……?」

しょぼしょぼと少女の手の平で眠気眼を開かせる姉まりさは、すぐには自分の状況が理解できずにいた。
そして、理解できるだけの暇も与えられなかった。姉まりさが言葉を放った直後、姉まりさの後頭部にぶっすりと釣り針が刺さったからだ。

「────ゆびっ!?」

突然の、激痛。生涯感じたことのない鋭い痛みに、姉まりさは短く悲鳴を上げた。目には反射的に涙が浮かんでいる。
しかし、釣り針を刺した当人である少女はそんな姉まりさに気をつかうわけも無く、ずぶずぶりと釣り針を更に奥深く差し込んだ。
根元までしっかりと。体の半分近くの深さで体内を蹂躙する釣り針は、返しの効果もあってもう容易には抜けないであろう。

「ゆびぃぃぃぃぃぃ!! いじゃい゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!」

当然、たまらないのは姉まりさだ。産まれて初めて感じる痛みに、家族と引き離された悲しみを感じる余裕もない。
涙を浮かべてイヤイヤと身を捩るが、その結果は釣り糸で釣竿と繋がって宙に浮くその身をプラプラと揺らすだけだった。
少女は暴れる姉まりさを見てしっかりと釣り針が刺さっていることを確認すると、姉まりさを生餌として付けた釣竿を持って庭へと向かう。
従兄に相談し、姉まりさを買ってまで少女は殺したい相手。それはゆっくりありすであった。
数は恐らく四匹。四匹のゆっくりありすだ。
そのありす達は、何時からか少女の家の軒下に住み着いていた。

しばらくは家族の誰も気付かなかった。家族が皆家を出払ってから軒下から出て、帰ってくる前に軒下にまた潜り込むからだ。
そして、最初に気付いたのは少女だった。ある日学校から帰ると大切に育てていた庭の花が無惨に荒らされていたのだ。
誰がこんな事を、と呆然としていたが、直後に聞こえてきた調子っぱずれな歌声に導かれて軒下を覗いた時、犯人を確信した。

「ゆゆんゆゆ~♪ とっかいはな~くらし~♪ とっかいはな~ありす~♪」

軒下に住む成体ありす一匹と子ありす三匹。恐らく一家であろうその一家が、己の食欲を満たすために食い漁った。
現場を見ておらず、状況証拠でしかないが、少女にとってはゆっくりを殺す理由はそれだけで充分であった。
しかし、軒下に篭られてはなかなか手が出せない。

殺ゆ剤をぶち込んでも良かったが、死体を我が家の軒下に放置しておくのは我慢がならなかった。
ゆっくりホイホイという粘着シートを庭に設置してみたが、ものの見事に回避された。
その他にも色々と、思いつくかぎりの罠をしかけてみたのだが、どれもこれも回避されている。
なんと甘味にもつられなかったのだ。

そうこうしている間にも、日に日に庭の花々は食い散らされていく。
もう自分ではどうしようもならない。そう判断した少女は、ゆっくりについて詳しい従兄に相談をもちかけたのだった。
そうして従兄が提案した方法が、

「ゆっくりまりさという生餌の使っての、釣り」

ごくごく単純な事だ。ゆっくりの中でもまりさ種が比較的好きなありす種の特性を突いた物である。
死体ではダメだ。ありす達は呑気でバカっぽいが、やけに賢い部分がある。見抜かれる恐れがあるからだ。
だから、生餌。生きた状態のゆっくりまりさを、エサとして、おびき出す。

従兄の見立てでは、生餌であるまりさの自由を奪っておけば十中八九レイパー化して出てくると言っていた。
本当だろうか、と少女は訝しんだ。

視線の先では青いビニールシートの上の中空でプラプラと揺れて泣き叫ぶ姉まりさ。
底部が地面についていないため、自由に動くこと叶わないのだ。更に暴れるために後頭部から突き刺さった釣り針が姉まりさの内部を刺激し、更なる痛みを産んで、

「ゆびゃぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!! いぢゃいよ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛、ごれどっでぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!」

無限ループ。泥沼だ。
こうしてまりさの声を回りに撒き散らせばありすは寄ってくる。
そう従兄は言っていたような気がするが、ありすが出てくるより先に自分が音をあげそうだと少女は思った。
耳障りだ。それにあまり長くやるとご近所の目も気になるし。

もういっそ口を閉じさせてやろうかと少女が苛ついた時であった。

「あっ」


「んっ、んほぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ばっ、ばりざぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ざぞっでいるのね゛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「とってもきれいなまりざね゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!」

四匹のありすが軒下から出てきたのは。
少女は、それを確認した途端。

「よしっ!」

釣竿を、地面に置いた。
そして、もう一枚のビニールシートへと、その手を伸ばす。

















「ゆびっ!!」

これまで中空に浮いていた体が地面へと落下した。それによる底部への痛みと、釣り針が体内を抉る激痛に姉まりさは身を引きつらせた。

「ゆぅ……いちゃいよ……」

ズキズキと体を襲う痛みに姉まりさはボロ、とまたも涙を流した。体中の水分が全部体外へ出ていきかねない程、もう涙を流した。
訳が分からなかった。突然〝おうち〟が開いておにいさんが現れたかと思ったら、家族から引き離されて、気付いたら体が痛くて……。

「ゆっ」

そうだ、皆。皆はどこだろう。
姉まりさは咄嗟に両親や姉妹を探して顔を振った。が、体内を襲った痛みにうめくはめにはる。

「ゆぎっ!!! い゛、いぢゃい、いぢゃいよ……」

頬をビニールシートにつけるようにこてん、と横になる姉まりさ。痛みでろくに動くこともままならないのだ。
と、横になった視線の先に。

「あ、ありす……?」

こちらへとやって来る、ゆっくりありすの姿があった。

「ゆっ、ゆぅ…………!」

姉まりさは、体の痛みも一時忘れて歓喜に包まれた。
姉まりさはずっと夢見ていた。家族以外のゆっくりとも、いつか会って、お話しして、遊んで。
友達になって、一緒にゆっくりする。

言葉を交わせない距離からいつも見ていた、姿。夢。
それが今、何も隔てる物のない場所にある。その事実に、姉まりさは胸躍り、痛みも一時忘れて笑顔で呼びかけた。

「ゆっ、ゆっぐりしていってね!!!」

笑顔で若干ひきつりながらも元気一杯に見せた笑顔。この挨拶はゆっくりがゆっくりである所以の原初の本能だ。
きっと、相手も笑顔で返してくれるはず。
そんな、姉まりさの希望は裏切られる。粉々に粉砕される。
姉まりさの夢は、最悪の悪夢となってその身に襲い掛かった。

「ばっ、ばりざぁぁぁぁぁぁ!!!!! ゆっぐりじでいっでねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「ありじゅはゆっぐりじでるわよ゛ぉぉぉぉぉぉ!!!」
「とっちぇもかわいいまりしゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「いっちょにしゅっきりしまちょぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

何か、様子が変だ。いつも見ていたありすと違う。
姉まりさがそう違和感を覚えた時には、もう既に姉まりさは四匹のありすに囲まれていた。
どれもこれも、ペットショップにいたありすとは似ても似つかない、醜悪な表情をしていた。
体中薄汚れて、髪にはゴミや虫の死骸が絡まっている。とてもではないが、姉まりさが夢見ていた相手では、無かった。

「ゆ……? ありしゅどうした────」

の、という言葉は声にならなかった。一匹の子ありすがその口で姉まりさの口を封じたからだ。
途端、姉まりさを襲う怖気。悪寒。嫌悪。醜悪な匂い。
口を封じられ顕在されぬを悲鳴をあげながら、姉まりさは必死で逃げようとした。

襲い掛かる激痛。体内を蹂躙する釣り針が、姉まりさを苛む。
そうして崩れかけた姉まりさの体勢を支えるように、いや押さえ込むように、残った三方から成体ありす及び子ありす二匹が襲い掛かった。

「ゆびっ……やべっ、やべでっ──!!! ぎぼぢわりゅいよ゛ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

姉まりさは本能から感じる嫌悪感から泣き叫んだ。目の前にいるゆっくりがこれまで夢想してきたありすとは全然別物に感じられた。
姉まりさはレイパーと化したありすから逃げようとした。しかし、既に四方向全てを包囲され、その汚らしい体を押し付けられている。
逃げるのは、不可能であった。

絶望。それしか無かった。希望など、夢など、全て打ち砕かれ最初から無かったかのよう。
それを証明するかのように、姉まりさの頭上の空が覆われた。上からビニールシートが被せられたのだ。
つまり、発生するは密閉空間。上から覆いかぶさったビニールシートの端に加重がかかり、上から押さえつけられるようになる。

上下をビニールシートで挟まれ、前後左右をレイパーありすによって囲われた醜悪結界。
逃げ道などなく、姉まりさは四匹の襲撃と釣り針の痛みで苦しむしかない。

姉まりさは叫びたかった。叫んだ、泣いて、少しでも苦痛を紛らわしたかった。
しかし、それも出来なかった。子ありすの一匹が姉まりさの口を封じてその口内を舌で蹂躙しているからだ。
汚物を詰められたかのような嫌悪感に姉まりさは餡子を吐き出したかった。しかし、身を捩るたびに感じる激痛でそれも叶わず。

両頬から襲い掛かるレイパーありすの頬。にっちょ、にっちょと、汚く擦り付けてくるそれが、姉まりさにはこの世の物とは思えなかった。
恐ろしきは子ありすだ。およそ姉まりさと同じぐらいの子ゆっくりであろうに、既に一人前のレイパーと化している。
恐らく、潜在的に存在した欲が鬱屈としら野良生活で蓄積され、突如前に出された美まりさによって一気に解放されたのだろう。

しかし、そんな事は姉まりさにとってどうでも良いことだ。
ただ、姉まりさが思い望むのはこの最悪な地獄からの脱出。それだけだ。
そのために思うは

────おかぁしゃん!! おねぇちゃん!!!

最愛の家族。つい先刻まで一緒にいた家族の存在。
想起するは幸せだった思い出。いつも聞かせてくれた親れいむと姉れいむの歌声。決して今聞こえてくる醜悪なありすの声ではない。
想起。親まりさの頬。妹まりさの頬。妹れいむの頬。家族とのすりすり。幸せを噛み締めるスキンシップ。
決して、今感じるありすの汚い頬などではない。

ボロボロ、と姉まりさの目から大粒の涙が零れた。ゆっくりと頬を伝うかと思われたそれを、両側のレイパー子ありすがベロリ、と舐め取った。
沸き起こる鳥肌。襲い掛かる絶望。こいつらは、ただ泣くことも許さない。
にっちょにっちょ、と後ろのレイパーありすが身をこすりつけてくる。自慢の、姉まりさ自慢の髪を汚している。
一片たりともこちらを思っていない、自己の快楽だけを求めた運動。自分の体を姉まりさの髪にこすりつけるそれは、ただの自慰に等しい。

姉まりさは逃げたかった。ありすを突き飛ばしてでもこの場から逃げたかった。
けれども、それは許されない。一センチたりとも動けぬこの地獄。姉まりさはただ、レイパーありす達に弄ばれる人形でしか無かった。
醜悪で、汚らしい。

姉まりさは夢見ていた。いつか家族以外のゆっくりと友達になって遊ぶことを。
いつか、恋をして、愛のあるすっきりをして、両親や姉妹に負けず劣らずのゆっくりとして家族を作ることを。

そうして初めて間近で出会った家族以外のゆっくり。それが今、目の前にいるありす達だった。
それを認識した瞬間、姉まりさは涙をまた流し、ありすに舐めとられた。
未だ蹂躙される口で叫びたかった。助けを呼びたかった。両親を。姉妹を。

────たじゅげでぇぇぇぇぇぇぇ!!! ぎぼぢわりゅいよ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!

だけど、届かぬ。誰にも。決して。
姉まりさの嘆きは、思いは、助けの声は、誰にも届かない。誰も、聞くことが出来ない。
ただ、この狭い空間の中で、

「ゆびっ!?」

今、ビニールシート越しに上空から重量物を落とされて、潰れて中身を撒き散らして絶命した子ありすのように、醜く死に絶えるだけだ。

びちゃり、と姉まりさの顔にカスタードクリームがかかった。
それは、さっきまで姉まりさの前面で襲い掛かっていた子ありすの中身だ。つまりは、ゆっくりのハラワタである。

「ゆ゛……ゆ゛あ゛ぁ……」

人間にとっての、血肉、内臓。生涯で初めて見る、死体、スプラッタ現場。
原型を無くす程グチャグチャな死体となったお陰で自由となった口で、姉まりさは震える声を出す。
両隣及び背後のレイパーありすは子ありすが死んだことにも気付かないのか、未だに体を動かしている。

いや、今また一匹動かなくなった。頭上からの攻撃で潰れたのだ。
グチャリ、また一匹。子ありすが全部、死んだ。重くて、硬い一撃によって。

死。万物に等しく訪れる最後の時。姉まりさはそれを、本能的に感じた。
姉まりさは、今度は死の恐怖に襲われた。

理不尽に襲い掛かる暴力からなる、恐怖を。
まるで訳も分からぬまま立て続けに襲ってきた質の違う恐怖。姉まりさは、もう、既に。
正常な思考を保っていられなかった。

叫んだ。泣いた。もはやダミ声と化した、言葉になっていない音を振り搾りながら、姉まりさは駆け出した。
ビチャ、と子ありすだったものを踏みつけて、転びそうになりながらも、駆けた。
背後では成体ありすが、子達と同様に質量爆撃を受けて四散した。

嫌だ、死にたくない。怖い。気持ち悪いのはもう嫌だ。痛いのも嫌だ。ゆっくり出来なくなるのも嫌だ。
そして、こんな地獄から抜け出して、帰りたかった。家族の許へと。

「ゆぐっ、えぎゅっ……どぼじで、どぼじで……!! おがぁ、ざ……おねぇ、ぢゃ……!」

上から被さるビニールシートに引っかかって帽子が落ちたが、それすら気にならないほど、姉まりさは恐慌状態に陥っていた、
底部についたカスタードクリームと涙で滑りそうになりながらも、必死で走って、目前に光を見た。
ビニールシートの端。その向こうに広がる世界。

そこへ、あそこへ行けば希望がある。
あそこへ出れば、また皆に会える。
姉まりさは根拠もなくそう信じた。少なくとも、この閉鎖された地獄からは脱出できる。

そう、希望を胸に抱き、激痛を感じる体に鞭打って走って。
グチャリ、とあっけなく、惨めに、レイパー達と同じ運命を辿った。
























姉まりさにレイパーありす達が殺到するのを確認した少女は上からもう一枚のビニールシートを被せた。
下に敷いたビニールシートと重なるように被せたビニールシートの上から、更に重しとしてレンガを置く。
まずは四隅。そして念のため四辺の真ん中にも。

計八個のレンガで上下を挟む結界を構築し、容易に逃げられないようにしたのだ。レイパー達は姉まりさに夢中でこの作業の間も逃げ出す気配は無かった。
そして、最後の仕上げ。

少女は積み上げたレンガのうちの、一個を掴むと、もぞもぞと膨らんで蠢いているビニールシートの中央へと向かった。
そして、両手でレンガをその膨らみの直上に持っていって、投下。
地球の重力によって落下したレンガは、その質力と速度を持ってレイパーありすの一匹を抹殺した。

潰れて蠢きが小さくなったのを確認すると、続けて二個レンガを投下した。立て続けにレンガに襲われたゆっくりが、絶命していく。
その様に胸がすっとなるのを感じながら、少女は成体ありす用にレンガを三個ほど積んで持ち上げた。
残った蠢く膨らみの、大きい方へと狙いを定めて投下。ぶちゅり、と潰れて大きな膨らみが動かなくなる。
少女はそれでも、念のためなのかこれまでの恨みなのか、足でだんだん、とトドメを刺すようかのように成体ありすの死体をビニールシート越しに踏みつけた。

何度か踏んで、ようやく動くもの無くなったかと安堵した時、目の端で動くものを確認した。
もぞもぞと小さい膨らみが外へと動いている。一匹逃したかと少女は慌ててレンガを拾い上げると、その膨らみを追った。
そして、その膨らみが外へと出るその直前にレンガを下投げで放り投げる。逃がすまいと放ったその一撃は、しっかりと逃亡者を捕らえていた。

少女にはそれが姉まりさだとは分からなかった。けれども、姉まりさだけを生かす気も少女は無かったのだ。
姉まりさに恨みはない。確かに殺す気はなかった。だが、生かす気も無かったのである。
どちらでも良いのなら、手間の無い方を選ぶ。わざわざ手間かけて選別して救出するよりも、皆殺しの方が、早いし楽なのだ。

少女はビニールシート越しに動くものがないか今度こそ確認すると、被せたビニールシートを剥がし、庭のホースでビニールシートの汚れを流し始めた。
ゆっくりの死体を洗い流す少女の顔は、ようやく訪れた庭の平穏を噛み締めて笑顔そのものだ。
ザァ、と最後に洗い流された黒い帽子は、ひたすらに家族へと助けを求めた饅頭の、最後にこの世に残った名残であった。






さて、では。
最後まで姉まりさが助けを、会うことを望んだ残りの家族は一体、如何様な運命を辿るのだろうか。






つづく


─────────────────────
あとがきのようなもの

Q:前回の妹れいむ、小学生に何度も蹴られて丈夫すぎじゃね?

A:衝撃に強い球形と弾力のある皮。そして石蹴りのように殺すのではなく蹴り飛ばす蹴りのおかげで命は助かりました




byキノコ馬

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年08月19日 12:03
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。