ゆっくりいじめ系2763 期待外れなゆっくり達

小腹の空いた俺は昼食を取ろうとファストフード店に立寄り
Mサイズのコーラとハンバーガーを注文、
2Fへの階段を上って窓際の列の端に座った。
窓から見下ろせるものは交差点、横断する人、向かいの果物屋、その左隣の眼鏡屋。

ガラス窓の外の声は聞こえない。
聞こえるのは2つ離れた席でお喋りをする、奥樣方2名の楽しそうな会話だけだ。

俺はただただボーッっとハンバーガーの包みをカサカサと開きながら、窓の外に目をやった。
交差点の向こう、果物屋の左隣、眼鏡屋の前の歩道に居るものへ目をやった。


 (ゆっくりしていってね!)


ガラス窓の向こうで恐らくその様な事を言っているのであろう。
眼鏡屋の前に居るあの丸っこいのは"ゆっくり"という生き物。
黒い髪に紅いリボンを巻き、まん丸な輪郭を持つ、
まるで人間の顔をデフォルメしたかの様な生き物。
所謂"れいむ"だ。黒髪のゆっくりは大抵そう呼ばれる。
大きさはバスケットボールくらいだろう。
何処から来たのか知らないが、何処でもいい。どうせその内誰かが処分する。








     期待外れなゆっくり達

              作者:古緑








 (ゆっくりしていってね!)


ガラス窓の外の、ふてぶてしい笑顔を浮かべたゆっくりはきっとそう言いながら
果物屋に向かうのであろうエプロン姿の太ったオバさんに近づいて行った。
眼鏡屋の前の歩道は狭い。
だからオバさんは寄って来るゆっくりを避ける為に少し車道に出て、
迂回する様にしてゆっくりを振り切っていった。


 (…ゆっくり?ゆっくりしていってね!)


その背中に向かって不思議そうに叫ぶゆっくり。オバさんは振り返らない。
少なくともこの辺でのゆっくりに対する対応なんてあんなモノだ。
例え俺があのオバさんでも同じルートを取ってゆっくりを避ける。
どんなに暇だったとしてもゆっくりと一緒にゆっくりなんてしない。


 (ゆっくりしていってね!
  れいむと一緒にゆっくりしていってね!)


オバさんに無視された事で生来の自信に満ちた表情にも陰りが見える。
それでも健気に周りの人間に呼びかけるゆっくり。
次にゆっくりが向かっていったのはだらしない格好をした中年男性。
無論彼も通り過ぎて行くだけ。パチンコにでも行くんだろう。


 (…ゆっくり……
  …ゆっ!ゆっくりしていってね!)


寂しそうに男性を見送った後、また次の通行人に話しかけるゆっくり。
次は杖をつくお爺さんだったが
彼は避ける事もせずに真正面からゆっくりとゆっくりを突破して行った。
本気で気付いていなかったのかもしれない。
その背中を見送るゆっくりの、斜め45°に引かれていた眉はハの時に変わっていた。



ゆっくり。
彼等は俺がまだ子供だった頃、20年以上前だ。
彼等は突然どこからか現れ、世の話題を攫った。
或る人は宇宙人と、或る人は妖精と、悪魔と呼んだ者さえ居た。
なんせあの様にワケの分からない生き物だ。
餡子の詰まった饅頭なのに何故か動けて、人の言葉(日本語)を解し、更に喜怒哀楽の感情を持つ。
話題にならないわけが無い。
あの頃はテレビ、新聞、雑誌、様々なメディアを通して彼等の姿を見る事が出来た。

だがそれも現れてから数年間の間だけ。
俺が成人を迎える頃、世間はとっくにゆっくりに対する興味を失っていた。

研究員だの科学者だの、その辺の人にとっては興味の尽きない存在に違い無いだろう。
しかし俺みたいな好奇心の薄い人間にとって
ゆっくりは次第に『ただ言葉を解し、中身が餡子の生き物』それだけの存在になっていった。
あれだけ不思議生物と騒がれていたのに何の事は無い。
超能力を使えるわけでもない。その体に何か重大な秘密を秘めているわけでもない。

ただ跳ねて叫ぶだけ。ゆっくりしていってね、と。
馬鹿にしてるとしか思えない。

テレビなんかはゆっくりの番組をしつこく流し続けていたが
いい加減飽きられて姿を消すのに大して時間は掛からなかった。

横でお喋りしてる奥様方も、ゆっくりに対する興味なんてもう持ってないと思う。
ガラス窓の下の不思議生物よりも旦那のムカつくところを話してるんだから。



 (ゆっくりしていってね!ゆっくりしていってね!
  ゆっくりしていってね!れいむと一緒にゆっくりしていってね!)



窓の下ではゆっくりが叫ぶ様に人々に呼びかけている。
俺のところにまで声が届くくらいに大きな声で呼びかけている。
その声を聞きつけ、眼鏡屋の中からカジュアルな格好をした店員が出て来た。
ここに居て聞こえるくらいなんだから、下でのあの声は営業の邪魔でしか無い。



 (ゆっ!おじさん!れいむとゆっくりーー

              ーーーーーゆぶっ!)



店員はゆっくりのリボンを摘んで持ち上げ、反対側の歩道に放り投げた。
反対側の歩道には何の店も無く、工事中なのでスチール製の真っ白い壁がそびえ立っている。
気絶したのか、れいむはピクリとも動かない。顔から落ちたんだから無理も無いだろう。

ゆっくりは痛い目に遭ったら何処かに消え失せるのが通常だ。
だからあのれいむも起きたらきっと何処かへ行く。
そしてその先で何時か死ぬ。


別にここが駅前だから、ゆっくりの事が嫌いだからという理由から
人はあの様な冷たい態度を取るわけではない。
さっきも言った事だが、もう誰もゆっくりに対する特別な興味を持っていないのだ。




少し前は違った。
喋るペット、元気なペット、モチモチと柔らかい体をした、可愛いペット、
そんな魅力的な特徴に皆が惹かれ、ゆっくりがペットとして大流行した時代も有った。
しかし今じゃペットゆっくりの人気もガタ落ち。かつての大人気っぷりは見る影も無い。


その理由は"喋れる"ゆっくりに対して人々が期待を持ち過ぎた事に有った様に思える。
自分の言う事を理解してくれるから手が掛からない。暇な時は楽しくお喋り出来る。
初めゆっくりを飼った人はそんな風に都合良く考えていた者が多かったのだろう。
しかし逆だったのだ。

何故ならゆっくりは人間にとって都合のいい事ばかりを喋るぬいぐるみではなく、
人間と同じ様に聞き、感じ、思考して喋る生き物だったから。
しかも人間並みに、或いは人間以上に喜怒哀楽の激しい正直な生き物だったからだ。

そんな生き物と上の様な期待を抱いていた人間が一緒に暮らして食い違いが起こらない筈も無い。
飼えばゆっくりは無条件で自分に懐き、何の文句も言わないなんて事も有り得ない。
そして多くの飼い主を落胆させたのは
言葉が通じるのに中々ゆっくりが言う事を聞いてくれないだけでなく、
不平不満、そして要求している事を自分に分かる言葉で持ちかけてくる事。
これは飼い主にとって面倒臭い事この上無く、"時と場合"に応じて非常に不快なものにすらなる。
手がかからないと期待してた人達からすれば尚更の事だ。

手の掛かり具合は腕白盛りな人間の幼児と遜色無いものなのかもしれない。
そんな本当は手のかかるゆっくりを上手に躾けられた飼い主がどれだけ居たか。
それは現状が物語っている。


そして肝心のゆっくりとのお喋りも、多くの人が『思っていたより』楽しくないと言う。
理由は人とゆっくりの知能の程度には一定の開きが有る為、会話がし難い事。
そしてその知能の差故に各々が持つ関心も異なるからだ。
ゆっくりは美味しいご飯が好き、楽しい玩具が好き、『ゆっくり』の話が好きだ。
だが人間側のちょっと難しい話になるとあまり興味を示さず、嫌がってしまう。
よく分からないからだ。愚痴なんかは当然嫌い。
しかし多くの人が望んだのは後者の様な会話だったんじゃないだろうかと思う。

また当然の事ながら知識や語彙も少ない為、出来る会話の幅も広くない。
大抵の場合ペットゆっくりは家の中でお留守番だから知識も語彙も碌に増えないだろう。
飼い初めの頃はまだ良いだろうが、そのうち話す事も尽きて会話をしなくなるかもしれないな。
『ゆっくり』の話がしたくて飼ったワケでは無いのだろうから。

兎に角、人語を解するから飼ったという人は拍子抜け。
勝手な事だが人は喋るゆっくりの事を『期待外れ』と感じたのだ。

小さくて可愛いと考えてた人の期待も外れる。
人の元では平均寿命8年と長生き。最終的に体高だけで60cmを超えるのも珍しくない。
デカくなったゆっくりは俺から見てもあんまり可愛くない。というか怖い。
ちなみに食う量も増えてゴールデンレトリバー並に食費がかさむ。

デカくなったのは更に重くノロくなる為、家の中での様々な面において邪魔になる。
かと言って庭なんかで飼うと寂しがり、大きな体をしてゆんゆん泣く。
それでも外に放って置くと知らないうちに死んでたり
いつの間にか恋仲になった他のゆっくりと子を成していたりもする。
これが悪夢ってヤツだろう。とてもじゃないが笑えない。
手が掛からないとの期待はこんなところでも裏切られる。

人々の勝手に抱いていたゆっくりへの多大な期待はことごとく裏切られ、
ペットとしてのゆっくりへ関心も次第に薄れていった。
その結果かなりの数のゆっくりが無責任にも街に捨てられ、未だに問題になっている。
捨てる主な理由は仲違いしたから。反抗されたから。二匹飼いしたら自分と話さなくなったから。
妊娠したから。意外とつまらなかったから。どれも最高に無責任なものだ。

今ではもう、そんな面倒なゆっくりを飼う人間は
ゆっくりの事が本当に好きな僅かな人達だけになった。
そして俺はゆっくりが何の為に人間の前に現れたのかを心の底から理解出来ていない。




ゴチャゴチャ考えてるうちにハンバーガーはもう食い終わった。
あとは尽きるまでコカコーラをズルズルやるだけ。
兎に角ゆっくりはもうペットとしてさえ人の関心を惹かない。そもそもあまり向いてなかったのだ。
久しぶりに見たから気になったが、そろそろどうでもいい存在になってきた。
保健所の人間が来ないうちにとっとと消え失せる事をお勧めしておく。


 (ゆっく…り…ゆっぐり”ぃ…)


永らくガラス窓の下でダウンしていたゆっくりだが
ようやく起きたようで、泣きながら体を起こした。
泣いてるのはゆっくりしていって貰えないのが辛い為だろう。


 (ゆっぐり”じでいっでね”!ゆっぐじじでいっでね”ぇ!!)


涙混じりのガラガラ声で叫び出すゆっくり。周りには誰も居ないのに。
あれだけ痛い目に遭わされたのに消え失せないとは。
何がそんなにあのゆっくりを駆り立てるのか?
どうして人をゆっくりさせたがるのだろうか?
俺は彼等と"ゆっくり"した事が一度だけ有るが、それも未だ謎だ。

ゆっくりの『ゆっくり』と言えば俺は俺で期待を裏切られた事が有る。
随分前に駅前のベンチで本を読みながら友人を待ってたら
ゆっくりが近寄って来た事が有ったのだ。
『ゆっくりしていってね!』とお決まりの言葉を言いながら。
俺はちょっと困ったが、当時はまだゆっくりに興味が残っていたので
読んでいた本をカバンに仕舞ってゆっくりと『ゆっくり』する事にした。

『ゆっくり』と名乗るくらいなんだからとんでもなくゆっくりしている筈だ、
もしかしたら他人をリラックスさせる力を秘めているのかもしれない、と期待しながら。

しかしなんの事は無い。ゆっくりは空いたベンチに乗って日向ぼっこをしてるだけ。
普通にゆっくりするだけだったのだ。
勝手に期待しておいてこんな事を言うのもなんだが、ガッカリした。
ゆっくりの『ゆっくり』なんてゆっくりじゃなくても出来るし
別に俺が居なくても出来る、ごく普通の事だったのだ。
期待外れもいいところだった。
その日を境にゆっくりは俺にとって完全に無価値な存在に変わった。



 (お、おにいさん…れいむと、れいむと一緒にゆっくり…)


窓の下では汚れたれいむを避ける様に、また一人通り過ぎて行く。
彼はipodらしき物を弄りながら歩き去って行った。
どうでもいいのだ。ゆっくりとの『ゆっくり』なんて。
それこそ何十回も聞いていい加減飽き気味のポップス以上にどうでもいいのだろう。




 「あれ、○○さん、あそこに居るのゆっくりじゃない?」

 「あらホント、いまどき珍しいねぇ。
  そう言えばね、この前○○さんが電話で話したことなんだけどーーー」



隣の奥様方が今更ゆっくりに気付いたように話題に上げる。
ずっと俺と同じ方向見ながら話していたのに(ガラス窓に反射して丸わかりだった)
会話のクッション程度のものにゆっくりを使ったのだ。
そんなモンだ。例えゆっくりが少しくらい泣いてたとしてもな。


 (ゆっぐり”ぃ…… ゆ”っぐ りぃ” ぃ”い”ぃ”!!)


コーラを飲み干して立ち上がると、
俯いて本格的に泣き崩れるゆっくりの姿が見えた。
あそこで泣いてる分にはまだ良いが、果物屋の店員がボソボソ何か喋っている。
もしも交差点を超えてアッチ側にいったら
動けなくなるくらい強く蹴られるかもしれないな。
俺等人間の中でも、彼等にとってゆっくりは特に邪魔なんだから。


もう休み時間は終わりだ。
俺は紙コップの底にヘバりつく氷を4、5個口に放ってガリガリ噛み砕きながら、
トレイの上のモノをゴミ箱に捨てて店を出た。

生暖かい風が頬を撫でる。近所に予備校があって高校生が良く通る所為だろうか
この歩道は黒ずんだガムやらツバやらがこびり付いてて汚い。
こんな小汚い歩道でゆっくりとゆっくりするくらいなら
今みたいな店の中で一人でゆっくりしてた方がずっと良い。誰だってそう思う。



 「ゆっ、ゆっくり!ゆっぐりしていっでね!」


交差点で信号を待つ間、左から嬉しそうな声が聞こえて来た。
左方向に視線をやるとあのゆっくりが居た。
頬を涙でベショベショに濡らしているが笑顔満面。嬉しそうだ。
立ち止まっている俺を見て勘違いしたのかもしれないな。
"ようやくゆっくりしていってくれる"って。



 「ゆっくりしていってね!」



ビデオ屋に寄って帰ろう。
最近ずっと行ってなかったから新作テープの取れたのが沢山有る筈だ。
そんな事を考えながら、信号が青になったのと同時に俺は歩き出した。
口の中の氷はもう無くなっていた。




                          ーENDー

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最終更新:2011年07月27日 23:25
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