ゆっくりにとりは希少種である。
なぜか?
それは、自然界における弱者だからだ。
あっ、ゆっくりの次点で言うまでもなかったな。
「かっぱっぱー……かっぱっぱー……にーとりー……」
「うぉっ! やけに元気がないにとりだな!?」
まあつまり、このように川上からぐったりしたにとりが流れてくることも、そこそこあることなのである。たぶん。
「……げげっ、にんげんさん……ゆっくりしていってね……」
「いや、まずはお前がゆっくりしろよ」
にとりは水まんじゅうの体を持ち、水中で生活できる。
だが、よく考えてもらいたい。
水中はゆっくりという生物にとって新たなニッチであり、魚を食べてゆっくりできるため一見メリットしかないように思えるのだが、
当然、逆にゆっくりにとりを食べる魚も存在するのだ。
たとえば、アユとかヤツメウナギ。彼らは極めて貪欲かつ凶暴で、野生のコイを殺すこともあるのである。
そんな中にゆっくりがいればどうなるか―――考えるまでもないね?
水中という条件は、このときは逆に不利になる。
なにせ陸に比べて逃げれる場所は限られており、ゆっくりの丸い体だと隠れる場所なんてほとんどない。
つまり野生動物に襲われることに関しては、陸にすむものよりも辛いと言える。
よって、にとりは自然と自分が食物連鎖の頂点に立てる場所にしか生息しないのだ。
「あー、ちょっと陸にあがってこい。あまりにも不憫だからゆっくりフード分けてやる」
「ゆっ……ありがとうにんげんさん……」
「うわっ、まともに跳ねれてないな……お前相当弱ってるだろ」
「……むーしゃむーしゃ……しあわせぇぇぇ!?」
おっ、元気が出てきたようだな。
よしよし。これでこそ虐めがいがあるってもんだ。
「ゆゆっ! めいゆうのにんげんさんはゆっくりしていってね!!!」
「ああ、ゆっくりするよ」
しかしにとりか……
にとりっておもしろい虐待方法あったっけ?
乾燥に弱いからそれ関係で何かできるかもしれんな。
「……なあ、にとり。それだけ食べてもまだ本調子じゃないだろう? どうだ? おにーさんの飼いゆっくりにならないか?」
とりあえず虐待方法はあとで考えることにした俺は、ゆっくりを連れて帰るテンプレを言ってみた。
ちなみに虐待方法を特に決めてない場合、無理やりお持ち帰りはしない派だ。
とりあえず良い印象を与えておけば選択肢の幅が増える。
弱ったところを助ける+
ゆっくりフード+
相手を気遣うようなセリフ+
さりげなくもっと食べさせるような甘言
よしっ完璧!
四重絶……ゴホンゴホン! 四重コンボだ!
ここまでして俺に付いてこなかったゆっくりなんて―――
「ゆっくりごめんなさい」
―――いただと!?
「な、なぜだにとり? これでも俺はゆっくりを飼うのがうまいんだぞ?」
「でも、にんげんさんのおうちはりくさんのうえだからゆっくりできないの」
ああ、こいつ人間の家には水場はないと思ってるのか。そりゃ死活問題だから無理だわな。
にとりを飼う際に絶対に必要なものがある。底の深い水槽だ。
前にも言ったが、にとりは極めて乾燥に弱い。
河童は皿の中の水が乾くと死ぬといわれているが、それに近いようなものなのだろう。
初夏である今頃ならば、普通に丸一日放置するだけでも死ねるはずだ。
つまり、生きるためには最低限でも全身が浸れるくらいの水場が必要というわけである。
まあコンクリートジャングルに人間が住む現代、川の近くに家がある方が珍しい。
ここら辺は田舎だから必ずしもそうとは言えないが。
「しかたない。じゃあ俺はにとりを飼いゆっくりにするのはあきらめることにするよ」
「ゆっ! ごめんねにんげんさん!」
そのにとりの声を背に、俺は潔く立ち去った。
……ようにみせかけて、近くの木の陰に隠れる。
せっかく見つけた獲物だ。そう簡単にあきらめるわけがない。
「ゆぅ……ゆぅ……なんだかゆっくりねむたくなってきた……」
ゆっくりフードに混ぜた睡眠薬が効いてきたのだろう。
俺がいなくなってから程なくして、にとりはそのまま眠ってしまった。
おいおい、いくら眠いからって陸の上で寝るのは自殺行為だろ……
◇ ◇ ◇
「さて、にとりをゆっくり虐待する方法は……」
「むきゅっ! おにーさん、そんなのこーじえんにはのってないわ!!」
自分の部屋で紫魔女のまねをしていたら、ぱちゅりぃに説教された。
何で書斎じゃないかって? ほとんどの部屋がゆっくり関係の部屋だからだよ!!!
趣味にここまで金賭けると、生活も割ときつい。
知ってるか? 俺のデスクトップパソコン、段ボール箱の上に乗っけてるんだぜ……
ちなみに先ほど連れてきたにとりは、とりあえず我が家で飼っているにとりの水槽に入れておいた。(ものすごく嫌な顔をされた)
念のために言うが、にとりを二匹も飼う気はない。
(そもそも希少種の特徴を使って虐待するのって、中身を利用したのじゃなければ観察系にならざるを得ないよな……)
というわけで、とりあえず観察用の虐待部屋――普段は遊具を置いて遊び場にしてる――にいるゆっくりを追い出すことにした。
「じゃじゃーん! おにーさん、ゆっくりしていってね!!!」
「ああ、ゆっくりするからとりあえずおりんはゾンビと一緒に二階へ行け」
「いやだよ! このまえもおりんのゆっくりプレイスをつかったでしょ!」
「じゃあ強制連行だ。ふらん! ゾンビゆっくりを二階に運んでくれ」
「うー! ゆっくりしね!! ……ゆっくりしんでる?」
「ゾンビだからな……」
両腕でおりんと一緒にゾンビを何匹か抱えると、フランと共に二階に上がる。
我が家の二階は二部屋しかないが、ゆっくりの雑多スペースとなっているのだ。
おりんは一応ゴールドバッチなのでこうして抱えている間は暴れることはないが、それでも割とうるさかった。
「ゆっくりやめてね! おりんの……おりんのゆっぐりぶれいすがぁぁぁ!!!」
「はいはい、ゆっくりゆっくり」
「ゆっぐりじでないぃぃぃ!!!」
「……やっぱりあのおりんを飼ってた方が良かったかな」
「ぞんなごといわないでぇぇぇ!!!」
◇ ◇ ◇
「……ゆ?」
にとりが目を覚ますといつもの山の中ではなく、なぜか『かべ』さんに囲まれた知らない場所にいた。
周りにあるものを見渡すと、眠っているれいむとまりさが一匹ずつ。あとは『おみず』さんが入った大きなもの(子供用プール)があるだけだ。
なぜこうなったのか考えてみるが、にんげんさんから別れた後の記憶がない。
「とりあえずにとりはゆっくりでていくよ!」
とりあえずこの閉め切った場所から出ようと思うが、にとりが出ていけそうな場所は一つもなかった。
一か所だけ『そら』さんや『き』さんが見える場所があるが、そこはとても高くて、にとりのジャンプでは届きそうにない。
「かっぱっぱー……」
にとりは残念そうにそこを眺めるが、眺めるだけではどうしようもない。
とりあえず、近くで寝ているれいむとまりさを起こすことにした。
「れいむ! まりさ! ゆっくりおきてね!!!」
「ゆぴー……ゆぴー……」
「ゆぅ……ゆぅ……ゆゆゆ? げげっ! にとり!!」
「それはにとりのせりふだよ!!」
「ゆぴー……まりさ……うるさいよ……」
れいむはまだ眠そうだったが、まりさは完全に起きたようだ。
とにかく話を訊くだけなら片方だけでも問題ないと思ったので、まりさに何か知っていることはないかと訊いてみる。
「にとりはきがついたらここにいたの。まりさはなにかしらない?」
「まりさはなにも……ゆゆっ!? れいむ、はやくおきるんだぜ! こいつがじじいのいってたにとりだぜ!」
『じじいのいってたにとり』……?
やっぱりまりさたちは何か知っているらしい。
でも、『じじい』って……?
「ゆ~ん……ゆ? にとり! にとりがいるよ!」
「そうなんだぜ! こいつをころせばじじいがもっとあまあまをくれるんだぜ!!」
「ひゅい!?!」
にとりは驚いた。突然まりさがにとりのことを殺すといってきたのだ、驚くなという方が無理である。
同族殺しは禁忌なので、それが脅しか本当に殺すのかはいまいち解らなかったが、どちらにしろここでにとりがとる行動は一つしかない。
「にとりはゆっくりにげるよ!!!」
「ゆっくりまつんだぜ! いまならいっしゅんでころしてあげるぜ!」
「そうすればれいむたちはゆっくりできるんだよ! ゆっくりりかいしてね!!!」
にとりの後ろをまりさたちがすごい勢いで追ってくる。
その目は完全に獲物を見る目になっており、どうやら本気でにとりを殺す気らしい。
ゆっくりにとりは水まんじゅうで水に強いが、少々脆い。
つまりゆっくり同士の肉弾戦に、戦いに弱い体をしている。にとりの技術力が高いのも、道具がなければ勝つこともできないからだ。
ましてや道具も何もない状況での二対一。にとりに勝算は全くなかった。
「……ゆっ!」
逃げている途中で、にとりはある事に気が付いた。
おみずさんがいっぱい入っているあの中に入ればよいのだ。そこならまりさたちも襲ってこれない。
にとりはすぐにそこに飛び込んだ。
「ゆわぁぁぁ!! めにおみずさんがぁぁぁ!!!」
「れいむ、そのくらいがまんするんだぜ!」
「いだいよぉぉぉ!!!」
「れいむはおおげさなんだぜ……。にとり! にとりははやくそこからでてくるんだぜ!!!」
「かっぱっぱー♪」
いまや、状況は一転していた。唄を歌う余裕もある。
水中ならまりさたちは絶対に襲ってこれない。
これならにとりが勝つことはなくても、負けることもないのだ。
◇ ◇ ◇
「むきゅ、あのにとりきづくのがおそいわよ」
「そうか? ゆっくりにしては並だと思うぞ」
ここはにとりたちがいる部屋の隣にある観察部屋。
そこでぱちゅりぃと俺は、膠着状態に入ったにとりとまりさたちの戦いを眺めていた。
「でも、どうして『ぷーる』さんをあそこにおいたの? こうなるのはゆっくりりかいできるじゃない」
「ああ、俺も理解しているよ。そこまで馬鹿じゃない」
「……おみずさんに、なにかしかけがあるのね?」
「おっ、よく気づいたな。頭なでてやる」
そう、あのプールに入っている水には、一本100円のアルカリ性漂白剤を何本か入れてあるのだ。
そんなのに入ったらどうなるか……まあ、にとりでも溶けるよな。人間でもやばい。
ちなみにあの部屋のエアコンは、にとりが逃げ回り始めたところで『ドライ』にセットした。
プールに入らなくて逃げ回るだけでも、すぐに饅頭の表面が乾いて行動が鈍くなるだろう。
この戦いは最初からにとりの負けで決まっているのだ。
「むっきゅっきゅ。もっとほめてもいいのよ?」
「ああ、褒めてやる。よ~しよしよしよし! 後で角砂糖を三つやろう」
「むきゅ~♪」
おお、ぱちゅりぃがヘブン状態になった。
……胴付きって頭なでるだけでも発情するのかな?
「うぅー! ぱちゅりぃはずるいどぉ!!! れみぃもいいこいいこしてだどぉ~☆」
そこにオレンジジュースの給仕にきたおぜうさまがやってきて、こっちに頭を付き出してなでろと注文する。
おい、そうするならせめて手にもったオレンジジュースを机に置いてからにしろ。畳が汚れたらどうするんだ。
……しかしこのれみりゃ、こう嫉妬するところがかわいいんだよな。ぱるすぃほど酷くないし。
「だが断る」
「な……なぜだどぉー!?」
「お前は今回、まだ何の役にも立ってない!」
「お……オレンジジュースもってきたどぉ~!?」
「馬鹿だな、まだ手にオレンジジュースを持ったままだぞ?
―――次にお前は『れみぃ、やっちゃったどぉ~☆ ニパー☆』という」
「う……うー? あっ」
れみりゃは次の瞬間を、スローモーションのように見ていた。
元からとろい動きなのにスローモーション? などと突っ込んではいけない!
手から滑り落ちるコップ!
そのコップは大きな音とともに床に落ち!
そして、畳の上に散らばる一滴一滴の雫まで見て……その大惨事を見過ごした!
「…………」
「…………」
「……れみぃ、やっちゃったどぉ~☆ ニパー☆」
「れみりゃ、これ終わったら『おしおき』な?」
「うわぁぁぁぁぁ!?!」
◇ ◇ ◇
にとりに変化が起こったのはすぐだった。
「……?」
なんだか目が痛い。視界がぼんやりしてきた気がする。ゆっくりできない。
まるで、泥水の中にいるときに目をあけたみたいだけど、ここのおみずさんは透明だ。
肌もピリピリしてきた。ゆっくりできない。
このおみずさんはゆっくりしてないの?
そのとき、にとりは何か青いものが水の底に沈んでいくことに気づく。
いったいどこから落ちてきたんだろうかと上を見るが、上にはなにも無い。
あの時見えた『き』さんの葉っぱが風に乗って落ちてきたのだろうか?
とりあえずなにが落ちてきたのか水の底を見たとき……にとりは大量の青い髪の毛を見つけた。
「かっぱー……?」
何でこんなに髪の毛が落ちてるんだろう? ゆっくりできない。
誰の髪の毛だろう?
誰の……
にとりはそのとき、その髪の毛が誰のものだったか気が付いた。
「ひゅいぃぃぃ!?!」
「ゆゆっ!? にとりがでてき……うわぁぁぁ!!!」
「ゆぅ……いたい……れいむおめめさんがいたいよ……ぼんやりしてるよ……」
まりさが叫ぶのも無理はないと思った。
だってにとりは今、髪の毛があちこちごっそり抜けおちているんだから。
「ゆぎぃ!?」
だが、にとりは床にあんよをつけた瞬間、すさまじい痛みを感じた。
皮の表面が溶け始めていたため、感覚が異常なほど鋭敏になっているのだ。
それはまさしく激痛。
にとりの生涯で今まで感じたことがないほどの痛みだった。
「ゆっくりできないにとりはしねぇぇぇ!」
「ゆゆっ……ゆぐっ!!」
かろうじて体当たりをよけたにとりだが、再びあんよに激痛が走る。ついでに髪の毛もいくらか抜けた。
だが高く跳ねたわけではないので、さっきおみずさんから飛び出たときよりはましだ。
逃げることができる。
……でも、どこに逃げればいい?
「―――っ!?!」
その時、声なき叫びがにとりの口から響いた。
今感じている痛みは言い表すことのできないほどの痛みだからだ。
一瞬の間の後で地面に落ちた時、にとりはまりさに体当たりされたのだとわかった。
体当たりで、ただの体当たりでこの痛み。
にとりは信じたくなかった。
だが、体当たりされた後に感じたのはそれだけではなかった。
鋭敏になった神経がまだ何かを感じている。
何らかの身の危険を感じている。
(……はだが……かわいてる……?)
それは、肌が一気に乾燥しているかのような感覚だった。
全身が乾いていく感覚―――それはつまり、死への緩やかなカウントダウン。
普段はにとりも気にも留めないほどの微々たる感覚であるはずなのだが、鋭くなった感覚がそれを増幅させていた。
特に乾いているわけでもないのに、本能が水分を要求してくる。
おみずさんのなかにはいらなくちゃいけないと、体全体が渇望している。
「ゆっくりしねぇぇぇ!!!」
だから、まりさが襲ってきたとき。
にとりはもう一度ゆっくりできないおみずさんに飛び込むしかなかったのだ。
◇ ◇ ◇
「おー。根性あるな、あのにとり。自分がボロボロなのは水のせいだと気づいてるだろうに」
「……あくしゅみね。あそこまでひどいおみずさんだとはおもわなかったわ」
「それに比べてれいむは根性ないな。目に入っただけで完全に戦意喪失してやがる」
ちなみに、理由もわかる。
ゆっくりも人間も、基本的に目の痛みに対する体制は少ないのだ。
あのれいむだって肌に水がかかっても大したことはないだると感じるが、目に水が入る痛みは別次元の感覚である。
にとりみたいに目が水に慣れていなければ、ただの水が入っても痛むだろう。
「とりあえず一番おもしろいところは過ぎたから、あとは終わるのを待つだけかな。結果はもう見えきってるし」
「むきゅっ。そうしたのはおにーさんだけどね」
「うー! おわらないどぉー! たたみさんおおきすぎだどぉー!!!」
ちなみに今現在、れみりゃはこぼしたオレンジジュースを俺の命令によって舌で舐めとっている。
何を勘違いしたのか畳全体を舐めようと頑張っているが、作業はあまりはかどってないようだ。
俺はそんなれみりゃを見て暇をつぶすことにした。
「むきゅ、でもたたみさんをなめたらカビさんがはえるわよ?」
「……知ってたよそんなこと! ほら、この乾いたぞうきん使え。そのあと口を濯いでこい。……知ってたんだからね!」
◇ ◇ ◇
にとりは考えていた。
ゆっくりできない水の中で、眼球が痛まないよう目をつぶりながら、まるで瞑想のように考えていた。
どうすればまりさに勝てるだろう?
れいむは無視していい。さっきから襲ってこない。
この状況で、道具も何もなく弱り切った自分で、どうすればまりさに勝てるだろう?
そういえば、どうしてれいむは襲って来ないのか。
たしか、最初に目に水が入った時からずっと静かだ。
普通に目に水が入ってもそこまでひどいことにはならない。
ということは、たぶんこのゆっくりできないおみずさんは、まりさたちもゆっくりさせないのだ。
そこまで考えた時、にとりはこの状況を打開する一つの方法を見つけた。
「ゆゆっ! ようやくあきらめたんだぜ?」
再び激痛と共に床に着地したにとりは、魔理沙の言葉など聞いていなかった。
目を必死に細めて、ぼんやりとした視界の中で狙いを決める。
確実なチャンスは一回。失敗されたら警戒されて、次はないと思ったほうがいい。
そしてにとりは口を一気にすぼめて―――勢いよく水を放った。
にとりの目立たない特技として、水鉄砲がある。
口に水を含んで、ちょっと遠くに水を放つだけの一発芸。
ゆっくりを倒すことなんて不可能な技。
だけど、口に含むのがゆっくりできない液体なら……凶器になる。
「ゆんぎゃぁぁぁ!?!」
その水はきれいな放物線を描き、まりさの目に当たった。
だが、よかったなどと言ってられない。このまりさは好戦的だ。
生かしておくと大変なことになる。
「まりさはゆっくりしんでね!」
「――ゆべっ!!!」
痛みにひるんでいたまりさを、力の限り踏み潰す。
自分の足も痛いが、そんなことは言ってられない。ここで殺さねば殺されるのだ。
しかたない。
しかたない。
しかたないから、悪く思わないで。
なんだか、おかしな気持だった。
自分がゆっくりできないことをやっていることは理解している。
でも、これをやめてもゆっくりできないのだ。
結局どちらにしろ、にとりはゆっくりできていなかった。
「ゆっぐり! ゆっぐりじんでね!」
「…………」
気がつけばにとりは涙を流しながら、ただの餡子になったまりさを踏みつぶしていた。
にとりはまた肌が乾いていく感覚に襲われていたが、そんなのはもうどうでもよかった。
禁忌を犯した。正当防衛とはいえ、まりさを殺したのだ。
「ゆっくりかったよ……」
これで、安全になった。にとりはそう確信した。確信できるのが悲しかった。
さて、これからどうしようか。
肌が乾くからまたゆっくりできないおみずさんの中に入ろうか?
でも、さっきまでそのおみずさんのなかにいたのだ。本当はまだ体が濡れているのを知っている。
なら、ここでゆっくりするのもいいかもしれない。
ここにいれば、きっとなんとかなるだろう。
ご飯もおうちもないけれど、お空が見えないから雨は平気だし、ご飯にはまりさを食べればいい……ちょっといやだけど。
うん、きっとなんとかなる。
「ゆっくりできないにとりはしねぇぇぇ!!!」
にとりは勢いよくつぶされた。
そして、うめき声も一切上げることなく動かなくなった。
◇ ◇ ◇
『ゆっふっふ。さいしょのおみずさんはいたかったけれど、ずっといたいわけないでしょ? ばかなの? しぬの?
じつはれいむは、ずいぶんまえからへいきだったんだよ。じっとしてにとりのすきをうかがっていたんだよ。
むのうなまりさもいなくなったし、ゆっくりせいこうだね!!!』
俺はカメラの向こうにいるれいむをみながら、愕然としていた。
さっきまでにとりがまりさに勝つという予想外な結果を見ていたら、次の瞬間にはれいむがとつぜんにとりを潰したのだ。
にとりはさっきから声もなく全く動いてないため、たぶん死んだのだろう。
「……まあ、結果的には予想通りか」
「それじゃ、ぱちゅりぃはごほんをよみにもどるわ。あとしまつはゆっくりできないもの」
「ここまで見たら手伝うのが筋じゃないのか? まあいいか。俺は約束通りあまあまを持っていくよ」
俺は台所からゆっくりフードの箱を持ってくると、れいむのいる部屋へと入って行った。
「うっ……」
漂白剤を何本も使ったので当然だが、部屋の中では漂白剤独特のにおいが充満していた。
正直なところ、この空気吸ってるだけでも体に悪いんじゃないかと思う。
……換気が大変そうだ。
「ゆっおじさん!! れいむはかったよ! あまあまはどこ!?」
「はいはい、そう慌てんな、ここにあるよ」
そう言いつつ、俺は足もとにゆっくりフードをばらまく。
「ゆゆゆっ! それだけじゃたりないよ! もっとだよ!」
「もっとかよ……ほれ」
何度も『もっと』と言われると面倒なので、俺は箱をひっくり返した。
結果、俺の足元にはれいむ一人では食べきれないほどのゆっくりフードの山ができる。
「ゆゆんっ! なかなかききわけのいいおじさんだね! れいむのどれいにしてもいいよ!」
「ああそうかい。食べたきゃ早くしろよ」
れいむも待ちきれなかったのだろう。
俺の一言がきっかけになったのか、すぐにゆっくりフードの山に飛びついた。
―――もちろん、食べられる前に潰したが。
「悪いな。でもちゃんと『持ってきた』だろう?」
ちなみに、このゆっくりフードは後で拾って箱に戻しておく。もったいないし。
……この部屋の床は毎回洗っているビニールシートだから、特に問題はないはずだ。
◇ ◇ ◇
「ゆ……ゆぅ……」
俺が子供用プールを片付けていると、なぜか部屋からゆっくりのうめき声が聞こえてきた。
まりさ……じゃないな。あれは完全につぶれた饅頭になってる。
となると、にとりか。
「にとり、俺がわかるか?」
「ゆっ……そのこえは、めいゆうのにんげんさん……」
よく見ればつぶれた頭もだいぶ丸く戻っているし、話しかけられるぐらいには元気らしい。
おそらくれいむが潰した時に、痛みで気絶でもしていたのだろう。
「にとりは……ゆっくりできないの……」
「そうだな。見た目もところどころ禿げてるし」
「もうらくになりたいよ……」
「そうか、なら楽にしてやる」
「ありがとう、にんげんさん……これからもゆっくりしていってね……」
俺はにとりをつぶすために拳を振り上げた。
「まあ、にとりがゆっくりできないのは俺のせいだけどな」
「え―――」
その時の表情は、俺がゆっくりするには十分すぎるほどだった。
あとがき
チルノの裏でおだてられたので二作目です。
にとりが乾燥に弱いのはオリ設定になるのかもしれない。
でも、そうしないと陸上で生活できちゃうんだ……しかたなかったんだ……
序盤に出てきたおりんのセリフは、前作を読めばわかると思います。
でも読まなくても楽しめるように作ったつもりです。……楽しめる、よね?
ちなみに、自分の脳内の水に対する強さ
水中で生活できる:にとり
雨に強いけど水中無理:すわこ、チルノ、レティ、ドス
水にちょっと強い:まりさの帽子
とける:その他のゆっくり
この表からアルカリ水溶液いじめはにとりしかできそうにないと思ったんだ……
他のゆっくりだと水で充分溶けるしね。
……このSSを読んで不快にさせてしまったらごめんなさい。
前に書いたもの
B級ホラーとひと夏の恋
最終更新:2022年01月31日 03:00