ゆっくりいじめ系2718 ゆっ♪ゆっ♪れいむはいいゆっくりなんだよ♪

天国と地獄。

その二つの世界はこんなのどかな春の昼下がり、
ぽかぽか陽気の公園のベンチの上と下にも見られる。

ここはある団地の中にある公園。
広くも狭くもなく、ベンチとブランコ、3つの鉄棒、
砂場、そして滑り台があるだけの、ごくごく普通のどこにでもある公園だ。

緑色のベンチの上にはまだ若い、学生風の女性が座っている。
黄色いシャツを着ており、染髪も程々のこれまたごく普通の女性である。
ただそのジーンズの上には不思議な物体が一つ、

…いや、不思議な生物が一匹。
ボールに顔と髪が付いた様な生物である。
紅いリボンを黒髪に結び、丸々とした体はスライムの様。
斜め45°に釣り上がった眉にふてぶてしそうな笑みを浮かべるこの生物。
中身には餡子が。
言わずと知れた"ゆっくり"である。









   ゆっ♪ゆっ♪れいむはいいゆっくりなんだよ♪


                  作者:古緑








 「いい天気ねー、れいむ」

 「ゆっくり!」


女性の言葉を聞いてるのか聞いてないのか
ワケの分からないような返事を返す生首。
あまり賢そうでは無いが、
陽の光を浴びて幸せそうに目を瞑るその姿はどこか愛らしくも見える。
愛する女性の膝の上でお陽様の陽を浴びることが出来るその状況は『天国』
そう言ってもこのゆっくりれいむには過言ではなかった。



 (……ゆ…… …り…?)


女性とゆっくりが座るベンチが天国であれば、
その直ぐ下には地獄が有った。

女性達は薄汚いゴミクズとしか思っていなかったが
ベンチの下には濡れて泥を被った、焦げ茶色のダンボールがある。
そのダンボールの中には女性の膝の上にいるゆっくりれいむと同じモノが寝ていた。


 (お家の上にだれかいるよ…)


ただし、同じなのは『造り』だけ。
体を構成しているものが同じであるに過ぎない。
その見た目はあまりにも異なっているのだ。

天国れいむの髪が卸したての筆に墨汁をつけたような美しい黒髪と例えれば
地獄れいむの髪は小学校のゴミ捨て場にある、
捨てられた事さえも忘れ去られた便所掃除用の竹箒の先っぽである。
それもバナナの皮までこびり付いているモノだ。

天国れいむの肌を、餅つきに手慣れた男達による"つきたての餅"と例えるなら
地獄れいむの肌は、散々こねられた挙げ句に校庭に投げ捨てられ、
砂と皮脂と消しカスをたっぷり練り込まれて黒ずんだ練り消しだ。


 「たいようさんすっごくゆっくりしてるよ!
  たいようさん!れいむと一緒にずっとゆっくりしようね!」


 (………)


高く高く空を見上げてお陽様に笑顔を向ける天国れいむ。
俯いてダンボールハウスの薄汚い底を見つめる地獄れいむ。
まさに天と地程の差、というやつである。

一言で言えば天国れいむは綺麗。地獄れいむは汚い。

天国れいむは女性による丁寧なケアを受けられる飼いゆっくり。
地獄れいむは誰からも必要とされない野良ゆっくりである。

そして天国れいむは女性にとって家族同然。
愛され続け、ゆっくりし続けてきた結果
皆をゆっくりさせられるような笑顔を得るに至った天国れいむは町でも人気者。
通学路を歩けば子供が髪を撫でに近づいて来るくらいだ。

一方、何らかの悪意によって町に捨てられ、
辛酸を舐め続けた結果笑う事も忘れ、卑屈な作り笑いしか浮かべられない上に
身なりも汚い地獄れいむはこの町ではゴミ以下の存在。
通学路を歩けば石蹴りの石の代わりにされ、
女子小学生にはカマドウマを見る視線と同じモノを向けられる。
コレだけの差があれば天国と地獄と例えてもいいだろう。

ちなみにこの町において野良ゆっくりはもう滅多に見られず、
この地獄れいむは数少ない生き残りである。
そしてこの地獄れいむは自分がどのように野良に至ったかを覚えていない。
別段記憶力が特に劣っていると言うわけではなく、
餡子脳欠損と名の極めて稀な症例であった。
これはどうでも良い事なので忘れてしまって構わない。



 「ぽかぽかでしあわせだよ!
  お姉さんもゆっくりしていってね!」


 「んん?言われなくてもゆっくりするよ」


 (れいむも日向ぼっこしたいよ…)


 「ゆ~♪ゆゆゆ~♪ゆっくり~♪」


 (れいむもげんきいっぱいお歌を歌いたいよ…)


地獄れいむは日中はあまり外に顔を出さない。
怖い人間に見つかると危ないからだ。
故に日向ぼっこも、歌を歌う事も出来ない。


 「ねぇれいむ、最近この辺に野良ゆっくりがいたんだって」


 (………!)


地獄れいむのことかもしれない。
地獄れいむは女性の言葉を聞いてビクッと震えた。
何故ならこの街において野良はゴミ以下。
怖い人間には見つかり次第、即永遠にゆっくりが決定するのを知っているからである。


 「ゆっ?ほんとうなの?ゆっくりお友達になりたいよ!」

 「駄目よ、○○さんのまりさちゃんが
  野良に怖い目に遭わされたって言ってたじゃない」


 (………)


その言葉を聞いて、地獄れいむの目にじわっと涙が滲み出て来る。
野良が暴れた前例が一つあるだけで関係の無い野良も危険視されるものだ。
ちなみに地獄れいむは人間や他のゆっくりに特に迷惑をかけた事は無いつもりである。
『視界に入るだけで不愉快』と言われるのであれば、大迷惑な存在だが。

地獄れいむがその汚い体を人前に晒す時、
人はいつだって地獄れいむに冷めた視線を送って来る。
れいむには分かる。
その目の中には『なんでコイツこんな汚いの?早く死んで街から消えろよ』
と言ったような冷たい思いが込められている事を。

そして蔑みの目を向けた後に去っていく人の背中を涙目で見送りながら
地獄れいむはいつも思うのだった。
『れいむも人間さんとゆっくりしたいよ』
『れいむはゆっくりしてるよ、みんなをゆっくりさせてあげたいよ』、と。



 「ゆ~…そうだね…ゆっくり出来なくなっちゃうのは怖いもんね、
  しょうがないから、れいむはお姉さんとだけゆっくりするよ!」

 「フフ、ブッ殺すよ?
  オヤツあげないよ?」

 「ゆっゆっ♪きょうのおやつ、ゆっくり楽しみだよ!
  でもゆっくりひなたぼっこしてからお家に帰ろうね!」

 「聞いてんのかよ」


 (………)


地獄れいむは天国れいむの姿を確認こそ出来ないものの
天国れいむのその口ぶりや、滲み出てベンチから垂れて来る"ゆっくりっぷり"から
自分とれいむは違う存在だと嫌でも認識させられる。


 「ま、兎に角野良ゆっくりには近寄っちゃ駄目よ
  何されるか分からないもの」

 「ゆん、でも、可哀想だよ…お外で暮らすゆっくりも
  ゆっくりできたらいいのにね…」


 (………)


ひっ、ひっ、と嗚咽が漏れそうになるが、
それでも隠さなくてはならない。
人は地獄れいむには冷たいのだから。

そしてこのような場面に遭遇する度に思うのだ。
『どうしてれいむはゆっくり出来ないんだろう?』
『れいむとれいむは何が違うんだろう?同じゆっくりなのに?』
その永らく抱いていた疑問は、女性の言葉によって消える事になった。



 「う~ん…仕方ないわよ、
  野良ゆっくりは悪いゆっくりが多いんだから」


 (………?)


 「ゆ?おねえさん、悪いゆっくりってなぁに?
  ゆっくり理解させてね!」


地獄れいむの嗚咽は無くなり、ベンチの上の会話に注意を傾け出す。
長年の疑問が今解決されようとしている。


 「え?そーね…悪いゆっくりってのはね…、
  ゴミ捨て場の袋を破っちゃって中身を散らかしたり」

 「うんうん、」


 (れいむそんな事してないもん…)


この時れいむは第一関門突破、とか考えていた。
地獄れいむはその辺の草花を啄んで生き長らえている。
ゴミ捨て場にはいつもゆっくり出来ないカラスや、
時には怖い人間が来るのだから。


 「人のお家に入ろうとしちゃったり、
  うっかり人の悪口を言っちゃったり、
  いきなり車道に飛び出して車をビックリさせちゃったり
  あとは…う~ん…まぁ、そんなトコね」

 「おねえさん!"しゃどー"ってなぁに?」

 (しゃどーってなぁに?)


最後のものはよく分からなかったが、
取り敢えずここまでの悪ゆっくりの条件は満たしていない。
地獄れいむは淀んだ心が少しずつ透き通っていく様な心地がした。


 「ホラ、私がいつも『行くな』って言ってるトコの事よ
  ま、兎に角人間のゆっくりプレイスで
  何も考えずに自己中心的なゆっくりをしちゃうゆっくりが"悪いゆっくり"」

 「じこちゅーしんてき!」

 (むずかしい言葉はゆっくりできないよ…
  でも、れいむは今までぜんぜんゆっくりしてこなかったよ…
  だかられいむはきっと悪くないよ…)


 「まぁいいのよ、れいむは良いゆっくりだもの
  さ、そろそろお家に帰ろっか!」

 「ゆえー!もっと太陽さんとゆっくりし…

 「今日のオヤツはれいむの好きなクッキーさんだよ」

 「いそいでかえろうね!」

 「ゆっくりしていってね」



  (れいむは悪いゆっくりじゃないんだ…)



ジャリジャリと地面を踏んで
楽しそうにベンチから離れていく天国れいむと黄色シャツの女性。
こっそりダンボールから覗いてその背中を確認する地獄れいむ。


そんなれいむが、女性の話を聞いて思った事、
それはー



 「れいむは…ゆっくりだよ…」



それは、自分もあのれいむも変わらない。
自分は良いゆっくりであり、ゆっくり出来るゆっくりであり、
人をゆっくりさせられるあのれいむと何ら変わらない存在だと言う事だった。



 「れいむは良いれいむだよ…!良いゆっくりなんだよ!」



1週間と少し振りに口から出した言葉は少し掠れている。
分かってもらいたい。このれいむの喜びを。
れいむのこの先のゆっくりは約束されたも同然である。

髪を綺麗にしてもらって、肌を綺麗にしてもらって、
人間さんの膝の上でゆっくり出来る!

れいむはハの字に垂れていた情けない目つきを
生まれつきのふてぶてしい笑顔に戻した。
(れいむは永い事笑っていなかったので、
 永い時間を掛けてこびり付いた糸くずが頬の動きでペロッと剥がれた)

そしてダンボールを捨てて公園を跳ねて出ていった。
ゆっくりする為に。
ゆっくりさせて上げる為に。

れいむは自由に、何の心配も無く、
笑顔でとってもゆっくり跳ねていった。

勘違いをしたまま、とってもゆっくり跳ねていった。





____________________________________






 (ありがとーございましたー!)


 「ご馳走様ー!」



旨かった。
久しぶりにラーメンを食った後の、この満足感が堪らない。
さぁラーメンを食ったら
いつもの様にあそこの人気の無いベンチで一服しようじゃないか。



 「ふー」


それにしても今日はいい天気だ。
やっぱり釣りに連れて行ってもらえば良かったのかもしれないな。
眠いからと断ったのが悔やまれる。
次は連れていってもらおう。…次があったらの話だが…。
…ん?アレは…。


 「ゆっ!ゆっ!ゆっくり~!」



なんか臭いと思ったら野良ゆっくりか。
きったねぇなホント、誰か殺さねーかな。


 「ゆっ!ゆっくしていってね!」



人気の無い、駅近くにあるアルミのベンチに腰掛けた
俺の目の前には野良らしき薄汚さ満開のゆっくりれいむ。
バカ面下げてその辺を跳ね回っていた様だが
春の陽気に誘われた御陰で少し気が触れているのかもしれない。
私は一刻も早くあの汚いのが
この街から消え失せるのを望むばかりである。


 「ゆっくりしていってね!」


バナナの皮が目にかかってて良く見えなかったが、
どうやら俺に向かって言っている模様。
言われなくてもこのポカポカ陽気の昼下がり、大好物のラーメンを食べた後に
日向ぼっこ中の俺は最高にゆっくりしている。
この汚れいむ、実に余計なお世話である。





 「失せろ」



冷たく言い放ち、俺は視界から汚物を排除する。
本当は火のついたタバコを投げつけてやりたいところだが
綺麗な街作りの為にここは我慢の子。


 「ゆっくりしていってね!
  ゆっ♪ゆっ♪れいむはいいゆっくりなんだよ♪」


そう言ってポヨンポヨンと右に左に身を踊らせる野良ゴミ。
頭に被っているバナナの皮の御陰でどこか間違ったアロハダンサーの様でもある。
もっともこんな汚いのと比較されては本場のダンサーに失礼千万ではあるのだが。
親切に失せろと言ってやったのに聞いてるのかどうかも分かりゃしねぇ。


 「………」


ジュッ、とタバコを灰皿に突っ込み、俺はベンチを立つ。
汚れいむが消え失せないようだから俺が消え失せるのだ。
ゆっくりさせようとするどころか、ゆっくり出来なくさせるコイツは
そのうち加工所による裁きの鉄槌が下る事であろう。



 「ゆゆ?ゆっくりしていってね!
  れいむはいいゆっくりなんだよ!悪いゆっくりじゃないんだよ!」


 「近づくな」



俺はゆっくりの事が"ある意味"好きだが、臭くて汚いのには我慢がならない。
それにしてもヤケに突っかかってきやがるこの野良れいむ。
何かよく分からない事も言っている。



 「待ってね!ゆっくりしようよ!
  れいむはいいゆっくり”な”のに”ぃ”!!」



 「………なにぃ?…いいゆっくり?」

 「…ゆっ!そうだよ!
  れいむはいいゆっくりなんだよ!」


そう言って泣き顔を一転、ふてぶてしい笑顔に変えて
ぐっと胸を張るゆっくりれいむ(ズルッ、とバナナの皮が後ろに流れ落ちた)
その自信満々っぷりにイラっとするが、気になるところもある。
なので俺は汚いのが届かないところまで十分に避難してから訊いてみた。


 「"いいゆっくり"って何だ?
  どういうつもりで言ってんだ?ソレは」

 「れいむはゴミ捨て場を散らかしたりしないんだよ!」


野良は『ドーン』と書かれた字幕が
バックに持ち出されそうな口調でそういい放った。
何が言いたいのか分からない。
ゴミ捨て場が何だと?


 「それで?」


 「ゆっ!他にももっとあるよ!」
  れいむは人間さんにゆっくりできない事もいわないし、
  人間さんのお家だって盗らないよ!
  いいゆっくりでしょ!」



 「………」





俺が中3の時、テレビ前にあるソファで寝てたというだけの理由で
3つ上の兄貴に顔面を蹴られた事が有る。
鼻血は寝る前まで止まらなかった。鼻骨も右に歪んだままだ。
親父に告げ口したら兄貴は殴られて歯を一本無くした。

相手によっては『そこにいるだけで邪魔、悪』と見られる事もある。
そして町において野良ゆっくりは"総じて"邪魔な存在だ。少なくとも俺にはな。
なんせその辺で野垂れ死んで転がっていてさえ邪魔なんだから仕方が無い。

ゴミ捨て場を荒らす、それはまぁ…勿論良くは無いが分からなくも無い。
しかし家に侵入、人に暴言を吐くなんて想定外のバカしかやらない。
人間からすりゃ"しなくて当然の事"だ。
故にそれらの悪行を犯さず、何もしないでただ転がっていても
誰もソイツが善良だなんて思ってくれない。

ましてコイツは少なくとも俺のリラックスタイムに
クソを投げつけたと言う悪行を既に犯している。



 「ゆっくりしていってね!」


何を期待しているのかふてぶてしい笑みを崩さないゆっくり野良汚れいむ。
別にコイツは善良なゆっくりなどではない。
俺にとっては都合のいい存在でなければ善いゆっくり足り得ないのだ。
だから俺にとって善良なゆっくりとは田舎のお土産屋で売られている
美味しい焼き子ゆっくりぐらいのもの。他は『ただのゆっくり』
何もしないで町に転がる野良汚ゆっくりなど論外も論外である。


そもそもなんだ?
『れいむは善いゆっくりなんだよ』だと?
だから何だって言うんだ?何もしないでねとでも?
何かしてくれとでも?何か出来るとでも?
ムカつくぜ舐めやがって。


 「勘違いしてんじゃねぇぞゴミ
  お前は善いゆっくりなんかじゃねぇよ」

 「ゆっ♪れい…」

 「乞食同然のクソ野良が舐めた事抜かしやがって
  だったらどうしたってんだ?お前に何が出来んだよ」

 「…れ、れいむはゴミ捨て場を散らかしたりしないよ!
  人間さんの悪口も言わないよ!」

 「オウムか、テメェは。
  それは"しない事"だろうが
  お前が"善いゆっくり"だとしたなら、何を出来るのかを訊いてるんだよ」

 「ゆ…」


れいむは言葉に詰まってしまった。
言われてみれば確かに、れいむはまだ何もしていない。
だがれいむには殆ど本能レベルで分かっている『自分に出来る事』が一つある。


 「れいむはゆっくりできるよ!」


 「………」



それを聞いてヒクッと頬を釣り上げる男。
フヒッ、と僅かに怒りさえ混じった嘲笑が唇から出ていく。
正直予想は出来ていた展開だったが"クる"ものはくる。
ゆっくりなんてゆっくりじゃなくても出来るのだ。
それこそサルでも豚でもアメーバにだって出来る。


 「…お前だけゆっくりしてどうするんだ?
  もっと有るだろ?ホラ、考えろ考えろ」


凶暴な態度から一変、れいむの脳の活性化に協力し出す男。
この暇を持て余す男の目的は
目の前の根拠の無い自信をブチ壊す事であった。
だからこそれいむに促したのだ。
『あの言葉』を言う事を。


 「ゆゆ…れいむはいいゆっくり、いいゆっくりだから…」

 「だから?」


 「れ、れいむは、誰かをゆっくりさせてあげられるよ!」


れいむはコレを言ったら負けであった。
どうしてかはこの後の展開が語ってくれることであろう。
れいむはこの時点では上手く主張出来た、と言わんばかりに胸を張る。




 「だったら俺をゆっくりさせてみろよ」


 「――――」



れいむは目の前のゆっくり出来てなさそうな人間に
そう言われた瞬間、何故だか知らないが頭の中が真っ白になった。

そう言われてみるとれいむは知らないのだ。
どうすれば自分は誰かをゆっくりさせられるかを。
そもそも自分は気付いた時には独ぼっちで草をはんでいた。
持っていた記憶は"何がゆっくり出来ないモノか"だけ。
誰かをゆっくりさせる方法なんて全然知らないのだ。


 (いそいでかえろうね!)

 (ゆっくりしていってね)


その時れいむの脳裏に浮かんだモノは
先程見た天国れいむの横顔。
天国れいむは満面の笑みを黄色いシャツの女性に向けていた。

れいむが唯一知っている、誰かをゆっくりさせて上げられる方法は
あの天国れいむが黄色シャツの女性に向けた、太陽の様な笑顔だけである。
天国れいむが笑うと女性も笑う、女性はとってもゆっくりしている様に見えた。
天国れいむが笑うと誰かがゆっくりする。
天国れいむとれいむは同じ。
れいむが笑うと誰かがゆっくり出来る。
れいむが笑えばお兄さんもーーー


 「…オイ、ゆっくりだからって何時までもゆっくりしてんなよ
  ゆっくりさせられないんなら帰るからな」


5分近くも俯きっぱなしのれいむを見下していた男。本当に暇そうである。
しかしいくら彼が暇だとしても休日を全て無為に過ごす気にはならない。


 「………」

 「……んん?」


飽きた男が踵を返して自宅へと向かおうとしたその時、
ゆっくりれいむはその顔を上げた。




ニタァ、と笑いながら。




それは一言で言うと、醜悪。

天国れいむの笑顔ーまるで春風に吹かれる草原の中、想いの人と踊りを踊る乙女の様な笑顔ー
ーを真似たつもりの地獄れいむの笑みを何かに例えるなら、
高潔な貴族への裏切りの制裁を受ける寸前に
大金を積んで命乞いをしながら浮かべる、
媚びへつらう脂性の小太り商人の卑屈な笑みである。

実はこのれいむ、真剣である。
碌に笑い方を知らないのだ。

れいむはその醜悪な笑みを浮かべながら
『どう?ゆっくり出来るでしょ?』といった思いを
熱い視線に乗せて男に向けた。
向ける寸前、頬を少し釣り上げる事を忘れない。
その所為で頬がピクピクと痙攣した。

れいむの意思を100%そのまま受け取ってキレかける男。
れいむは頬を、男はこめかみの血管をピクピクさせる。
あと少しれいむがその笑顔を続けたら
この道に黒い花が咲いた事であろう。


男が"もういい"と言う意思を込めて顎をしゃくる。
それを十分理解したれいむは笑顔を止めた。変なところで察しがいい。



 「どう?お兄さんゆっくりできた?」

 「出来たと思ってんのか?」



変わらず無愛想なままの男。
流石のれいむも今の自分が誰かをゆっくりさせるのは難しい事に気が付く。
黙りこくる男とれいむ。


 「………」

 「…ゆ…ゆぅ…」


男が言わずともれいむは分かっている。
まだテストは続いているのだ。
しかしれいむの知るゆっくり技は天国れいむのモノマネしか無い。
れいむは必死にその中からゆっくりさせる方法を模索する。


 (いそいでかえろうね!)

 (ゆっくりしていってね)


その時れいむの脳裏に浮かんだモノは
先程見た天国れいむの横顔。
あの天国れいむは凄く綺麗だった。
綺麗なのはゆっくり出来る。
れいむをぺーろぺろしてくれる人は居ないけど…。

れいむは男を舌で舐めて綺麗にしてあげようと決意したが
一歩跳ねて近づいた瞬間、手で制される事で思い留まる。
やはり察しがいい、割と賢いのかもしれない。
れいむは第2の手段として、
男の居るところをゆっくり出来るプレイスに変えようとした。


 「ゆっくりきれいにするよ!
  ゆっくりきれいになってね!ぺーろぺーろ!」


そう言ってベンチの周りの石畳を舐め始めるゆっくりれいむ。
それを見て男の目から段々と光を消えていく。
怒りすらも消え失せていく。


 「…もういい、分かった」

 「ゆっ?お兄さんゆっくり出来たの?」

 「出来たと思ってんのか?」


死人の様な顔を見せる男。
ラーメンを食した後の満足感はとっくのとうに消え去ってしまっている。
れいむはれいむで何となくそれを察し、ただただ俯くばかりである。
このままではれいむが"いいゆっくり"だという事を分かってもらえない、と。
そんなれいむにとどめを刺す様に、男の冷酷な一言が襲いかかった。


 「…お前、ちょっと"ゆっくりしてみろ"」

 「―――」


れいむはまた頭の中が真っ白になった。

よく考えるとれいむの記憶の中には
誰かをゆっくりさせて上げた事はおろか、
本心からゆっくり出来ると思った事すら無かったのだ。


 「どうした?ゆっくりするくらいならお前にだって出来るだろ?
  考える必要も無いだろ?」

 「………」


焦ったれいむは辺りをキョロキョロと見回した後、ベンチの有る男の方向へ跳ねていった。
男はまた手で制したが止まる気配は無し。
仕方無くベンチから飛び退く様にどいた男は
眉間に皺を寄せてれいむを睨みつけた。

"ゆっくりしろ"と言ったのに俺を急いで退かせるなんてどういうつもりなのか。
コイツは誰かを急かせる事でゆっくり出来るのか。

そんな事をイライラと考えているうちにれいむはベンチ下で動かなくなった。
覗き込むとれいむはベンチの足に隠れてこっちを見ている。
そう、れいむにとっての"ゆっくり"とは
外敵に見つからない様な場所に身を隠し、ただ僅かな安息を得るだけの事だったのだ。

男と目を合わせ、また"あの笑み"をニヘラッ、と浮かべる醜れいむ。
男はもう怒っていなかった。
と言うよりも限界を超えて自分の感情が分からなくなっていた。


 「分かったろ…?」

 「ゆ…?な、なんのこと…?」

 「お前は善いゆっくりなんかじゃない」



5歳は歳をとった様に見える男。
れいむはそんな男の目を見て、考える事を拒否し始めた。

誰にも愛されないどころか誰とも話さず、何も出来ず、向けられるのは冷たい視線だけ。
そんなれいむが"ゆっくり"なんて初めから出来るわけが無かったのだ。
れいむは善いゆっくりどころか、ゆっくりですら無かったのかもしれない。


 「お前は善いゆっくりどころか、
  誰かをゆっくりさせる事はおろか
  ゆっくりする事さえ出来ない駄ゆっくりだ」

 「ちっ…ちが…」

 「分かったら家に帰れ
  あぁ、そこのバナナの皮を処分してからにしろよ
  お前自身がゴミなのはしょうがないけど町まで汚すなよな」

 「…ちっ…ちがう”もん”!」

 「…なにぃ?」


流す涙は頬の汚れを落とし、茶色い涙へと変わって石畳を染める。
ゆっくりれいむは認める事が出来ないのだ。
それを認めたら、あの人気の無い公園の片隅、
緑色のベンチの下の薄汚いダンボールの中で独ぼっちで雑草をはむ
落ちぶれた生活に逆戻りだからである(といっても最初から落ちぶれっぱなしだが)

肌も髪も綺麗にして貰い、お膝の上で人間さんとゆっくりしたい。
れいむはいいゆっくりだからそれが出来る。
その考えは、れいむをもう引き返せないところまで追いやってしまった。 


 「れぇむはいいゆっぐりだもん!
  間違っているのはお兄さんだよ!」

 「…お前なぁ」


俺はこの無能極まりない上に聞き分けまで悪い
クサレ野良汚ゆっくりに心底ムカついーー



 「聞き”たぐないよ!もうお”う”ち”がえる”!!
  お兄ざん”はゆ”っぐりし”ね”!」


 「………」



私は余りにもこのゆっくりが哀れに感じられたので
ご自宅の確認も兼ねて、送って上げる事にした(10m程後ろから)
哀れなれいむのお家はここから10分程歩いた先、○○公園の緑色のベンチの下だったが
その道中いくつかの事件があったので簡単に記しておく。



 ー○○通りー



 (ブブーー!!!キキィ!!)



黒い車がけたたましい音を上げて急停止する。クラクションである。
驚いた事にれいむは自宅の階段を降りるかの如く、気軽に車道を横断しようとした。
玉突き事故に至らなかったのは後続車の無かった幸運からである。


 「ゆゆ!しずかにしてね!ゆっくり出来ないよ!
  れいむは怒ってるんだよ!?ぷくううう!!」


普段のれいむなら逃げるばかりであったが
男により堪え難い現実を突きつけられる事によって
気が立っていた為、車に向かって威嚇までしてしまう。

運転席から青いシャツを着た中年男性が静かに出て来る。
そして目の前で膨れるれいむの髪を掴み上げー
ーようと思ったが汚いので手を引っ込め、
れいむを歩道に蹴り飛ばしてまた車に乗り込んで消えた。
とんでもなく寛大な処置である。


 「ゆ”っ…ゆ”っ…れ”いむは…いいゆっく”り”なのに”…」


 「………」


10m後ろから見ていた男は拳を握りしめる。
握りしめたその両拳からはポタポタと鮮血が滴り落ちていた。
"善いゆっくり"と言ったのはどの口か。





 ー公園前の○○さん宅周辺ー



 「ゆ…誰もいないよ…草さん、お花さん、ゆっくりお昼ごはんになってね…
  む~しゃむ~しゃふしあわせー…」


 「………」


民家の周りに飾られている草花を啄むれいむ。
その近くにいた姉弟らしき子供2人の内、弟らしきベージュ色の短パンっ子が
れいむに悪戯しようと走って向かって行ったところ
姉らしきピンクのワンピースの子に腕を掴まれて止まる。

急接近してきた人間に驚いたれいむは公園の中に逃げていった。
ズザーッと滑る様に緑色のベンチの下に入り込むれいむ。とても慣れている。
暫く監視していたが出てくる様子は無し。
どうやらあのベンチの下の小汚いダンボールが御自宅らしい。
(この時短パンワンピース姉弟が不審者を見る様な目で男を見ていた)

別に君達には興味が無い、と心で呟きながら男はジーンズから携帯電話を取り出した。
町中に餡子の花を咲かせるのはあの様な子供達にとっても良い事では無い。
餅は餅屋。男は餅屋にあのれいむの処分を任せる事にしたのだ。

その時、御自宅のダンボールハウスかられいむがにゅっ、と顔を出す。
5分程前に怖い目に遭ったと言うのにふてぶてしい笑顔のまま出て来た。
とうとう本当に気が触れたのかもしれない。
何処へ行く気だ、と思ったが何処にも行かず水たまりの前で止まる。

その時、この暇人であり告げ口が得意な男は
或るものを見たショックで思わず携帯電話をアスファルトに落としてしまった。




 「ゆ…ゆっくり~…♪ゆっ…♪ゆっ♪」


 「………?」


 よく考えてみたら、れいむはいいゆっくりなんだから
 さっきの人間さんからも逃げる事はなかったんだ。
 だからお陽様の下で元気いっぱいにゆっくりお歌を歌えるし
 いくらでもひなたぼっこ出来る。
 ゆっくりした笑顔と、お歌の練習をして人間さんのお膝の上でゆっくりしたお歌を歌おう、
 ゆっくり、ゆっくり。


 「ゆ~ゆゆゆ~ゆっくり~♪
  れいむはかわいくうたえるよ♪」




れいむは歌を歌いながら、公園内ベンチ近くに溜まった水たまりに
顔を写して笑顔の練習していた。

歌いながら"あの笑み"をニヘラッと浮かべては消し、浮かべては消し。
その様は本物の妖怪の様でかなり怖い。
気の弱い者が夜にそれを見るようなら失神しかねないくらいだ。

初めに私はれいむの事を"春の陽気の所為で気が触れている"と思ったが
短パンワンピース姉弟も同じ様な事を感じたらしく、
姉の方が泣き出してしまった。
ヤンチャだが心優しそうな弟が姉を宥めていた。




液晶に傷がついてしまった携帯を拾いながら俺は思う。



世に有る全ての存在はきっと、何らかの使命を受けてこの世界で命を授かったのだ。
その使命が何であるのか、それは正確には分からない。
国をひっくり返す革命を起こす為に命を授かる人間の魂が有る一方で
ただただ自然の循環を守る為に生まれる虫の魂も有る。
それぞれがかけがえの無い大切なものであり、
そしてきっとそれは善悪を超えた純粋なものなのだ。

俺の魂が何に必要とされて生まれたものなのかは分からない。
死ぬまでに分かる機会があるかもしれないし、無いかもしれない。
そんな不確かな世界でただ一つだけ分かる事がある。




 (もしもしー、○○市○○町加工所の○○です)


 「もしもし、お忙しいところ恐れ入りますー




あのれいむの魂は、きっと加工所送りにされる為に生まれたのだ。



                      ~happy end~

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最終更新:2009年06月04日 02:26
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