ゆっくりいじめ系2639 処刑

 「ありす!お兄さん!ゆっくりしていってね!」


 「…まりさ?」


久しぶりに公園に来た僕等は
あるゆっくりまりさと出会った。
ありすは僕の飼いゆっくり。まりさは見るからに公園に住む、所謂野良ゆっくり。
野良ゆっくりであるまりさは僕のありすに何の用なのか?
そんな疑問にまりさは、ありすに対してとびっきりの笑顔向けながら答えてくれた。


 「ありす!まりさをありすのお嫁さんにしてほしいよ!」



つまり、そういう事のようだ。











       処刑

            作者:古緑











緑色のベンチに腰掛けた僕等の目の前には、
帽子に何らかのべとついた茶色い汚れがついていたり、
帽子からのぞく金髪が埃でくすんでいたり…失礼ながら少々薄汚いゆっくりまりさ。
ありすは突然の事に呆然としている様で、なんら反応を示していない。

ただっ広いこの公園では野良ゆっくりはそう珍しいものでもない。
あそこのベンチの下でもゆっくりれいむが寝ているし、
たこ焼き屋さんの近くに2、3匹集まってお喋りしているのを来る度に見る事が出来る。
多分売ってるオジさんがゆっくり好きで、こっそりあげているのだろう。

そんなゆっくりが数多く住むこの公園で
このまりさはよりによって僕の飼っているありすに求婚して来た。


 「まりさ、どうしてありすなんだ?」

 「ゆゆ?ありすはとってもキレイだからだよ!
  それにお兄さんのお家にも住みたいよ!」


自信満々にぐいっ、と胸を反らせて答えるまりさ。とても正直で好感すら持てる。
ありすも元野良だが、家に住まわす以上ある程度清潔にしているので
外のゆっくり達の目には綺麗に映る事だろう。

しかし勿論、僕が好感すら持てると感じたのはまりさの発言の後半部分だ。

この公園のゆっくり達だけではない。
ゆっくり達は街という、毎日ゆっくり出来ない環境の中で
なんとかしてゆっくりする方法を探している。

その方法の中の一つには人間に拾われる、というモノがある。
野良のゆっくり達は人間と一緒にこの公園に来るゆっくり達の身なりが綺麗で、
いつもニコニコ笑っていることから分かっているのだ。
人間の家に行けばゆっくり出来るという事を。
生ゴミを奪い合う事も無いゆっくりした生活が送れて、カラス等の外敵に襲われる事も無い事を。

勿論それを望む事は間違ったことでは無い。
ゆっくりはゆっくりしたいと思うのが当然なのだから。


 「おじょうずねまりさ!ゆっくりしていってね!」


そんな事を考えているうちに、ありすがハッと思い出した様に返答していた。
そして僕の膝から降りていってまりさに跳ねていくありす。
ちょっと汚くても、元野良のありすにとってあのくらいは慣れっこなのだろう。



 「「ゆっくりしていってね!」」


お互い頬を寄せ合っい、遅くなった挨拶を交わすふたりのゆっくり。
ありすも久しぶりにゆっくりに会えた事で嬉しいのか、
いつもよりも若干頬に力が籠っている様に見える。


人に拾われる話の途中だった、
中には拾われる為には手段を選ばないゆっくりだっている。
これはとても稀なケースだが、飼いゆっくりとの間に子を成す事によって
家族の一員に加わる事が出来ると勘違いし、
飼い主がちょっと目を離した隙に交尾を計ろうとする最高に忌々しいゆっくりがそれだ。

その際に『やり過ぎ』で飼いゆっくりを犯し殺されてしまう事すらある。
被害にあったゆっくりは勿論、飼い主にとっても、…悲惨なケースだ。



しかし残念ながら人間に拾われる方法、それは人のゆっくりを無理に孕ませる事では無い。
その方法をとっても、そのゆっくりの末路はあそこにあるゴミ箱に捨てられるか、
その場で自分の子共々蔦を千切られるかの二択だろう。

場合によっては家に連れて行かれる事もあるだろうが
その先には愛したゆっくりを犯された、
又は犯し殺された人間による凄惨な報復が待っている。
(恐らく野良のゆっくりが上の様な勘違いをするのは
 その際にお持ち帰りされたゆっくりを見た事によるものだ)

拾われる方法は大雑把に言うと一つ。
それは人間が気紛れを起こす事。
たまたま飼ってみたくなった、たまたま可哀想に思った。
たまたま自分のゆっくりのお嫁さんになるゆっくりを探していた…。

僕がその気紛れを起こすかどうかはまりさ次第である。
実のところ、その内ありすの番となるゆっくりを探すつもりだったのだ。丁度いい。


 「まりさはまりさだよ!ゆっくりしていってね!すーりすーり!」

 「ありすはありすよ、ゆっくりしていってね!」


ふたりのゆっくりがすりすりと頬を合わせて
ゆっくり流のスキンシップをとっているところ申し訳ないのだが、
僕は手が汚れるのも構わずにまりさを持ち上げ、
顔の高さにまで持ってくると囁く様に言った。


 「ゆゆ〜!お空をとんでるみたいだよ!」

 「まりさ、実はな、ありすはね…」


もしまりさが本当にありすを想っており、
ありすもまた、まりさを愛するようになるのであれば
ありすに関する不都合な事は予め知らせておいた方がいいだろう。

実は、ありすはの他のゆっくりとの間に子を成す事が出来ないゆっくりなのだ。
相手を妊娠させることも、する事も出来ない。
それは僕があの日、ありすをこの公園で拾って来た事から始まる。

ありすは僕と出逢った時は…、言いにくい事だが"問題のあるありす"だったのだ。
気に入った個体を見つけると無理にでも性交を迫らずにはいられない…。
ありす種の内の僅か数%がその様な個体に育ってしまうそうだが、ありすは"それ"だった。

そんな状態のありすをそのまま飼う人間なんて特殊な趣味を持つ人間しかいないだろう。
僕はこの公園でありすを拾ったその帰り道、その足で高校時代の友人に頼んで『去勢』して貰ったのだ。

そして去勢されたありすは、まるでゆっくりが変わった様に、
多くのありすがそう振る舞う様にお淑やかになった。
まるで憑き物が取れたかの様に。

元野良レイパーのありすはそうして今、僕の側にいるのだ。


 「ゆゆ…!でも今のありすはキレイだし、ゆっくりしてるよ!
  ま、まりさはありすとゆっくりしたいよ!」



僕の話を聞いてまりさは初め、目を見開いて驚いていたが、
直ぐに少しだけ恥ずかしそうに、キッ、と強い視線を僕に投げ掛けながら
強い意志を持ってありすへの愛を主張した。
それを聞いてありすは少し身を捻って、嬉し恥ずかしそうにまりさから目を逸らした。

僕がまりさに今の様な話を聞かせたのはまりさを試す為だ。
愛する相手が子を成せない事を知って、情熱が冷める事があるのはゆっくりも人間も同じ。

しかし、このまりさが『ありすとゆっくりしたい』と言う時の顔を見て、
僕はまりさが本心からありすを気に入ったのだと確信した。
これでもある程度ゆっくりを見る目は確かだと自負している。
勿論野良生活と手を切りたいと言う事もあるのだろうが
僕はまりさの中から、ありすに対するそれ以上の情熱を感じた。
ありす"幸せにする候補"としての資格は十分にありそうだ。


 「お兄さん!ありすも、まりさとゆっくりしたいわ!」


 「分かった、まりさ、
  お嫁さんにするかどうかは分からないけど
  ひとまず僕のお家までおいで」


ちなみに今のありすの『まりさと一緒にゆっくりしたい』は
『仲良くしたい』という意味で、直ぐに結婚したいと言う意味ではない。

ありすもまりさの事が気に入った事は分かったので
僕はまりさには失礼な事だが
候補としてのお試し期間を設け、まりさをお家に連れて帰る事にした。







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 「ゆゆ!いいにおいがするよ!
  お花畑にいるみたい!」


パァっと目を輝かせ、頭を泡だらけにして喜ぶまりさ。
家に着いた僕は、まずまりさを綺麗にして上げる事にした。
もう"野良"は付けない。この家で一緒にいる以上僕たちの家族だからだ。
帽子を取ってからゆっくり用のシャンプーハットを被せ、しっかりと髪を洗いあげる。

ここ最近は体を綺麗にする機会も持てなかった様で
シャワーで髪を流してやると茶色いお湯が頭から流れ出ていった。
肌を綺麗にして上げる時に用いた蒸しタオルも茶色に変色した。


 「さっぱりー!すごいよっ!サラサラだよ!」


ザラザラしてた肌はツルツルになり、脂っこかった髪もサラサラの綺麗な金髪に戻った。
洗濯した帽子からも茶色い汚れは取れた。少しボロッちくなってはいるが綺麗なものだ。


 「ゆ〜ゆゆゆゆ〜ゆゆ〜♪」

 「…お兄さん、ありすも綺麗にしてね!」

 「ん?ああ!勿論、」


お風呂場から出したまりさは居間の座布団の上でゆっくりさせてやる事にして
外出と、先程までのまりさとの頬と頬を寄せ合うスキンシップによって
ちょっとばかし汚れたありすも同じ様に綺麗にした(忘れていたわけでは無い)




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 「お兄さんお兄さん!まりさお腹が空いたよ!ゆっくりご飯を食べたいよ!」


ありすを洗ってお風呂場を出るとまりさが椅子を乗り継いだのか、テーブルの上に乗っていた。
どうやら食べ物を探していたようで、探索中に落としてしまったのであろう
割れたマグカップがテーブルの下に落ちているのを発見して、しまったな、と僕は思った。

まりさは野良の母から産まれ、これまで野良のまま育ったそうだ。
だから人の家に来ても勝手にそこらを探索してはならない等という
人間のルールは知りようも無かった事。故にこのくらいで怒ってはならない。
これから家の中での振る舞いを教えていけばいいことだ。

しかし、なかなかテーブルから降りてこないどころか、
その上で跳ね始めてしまったまりさに対して、
マナーを知っているありすはプリプリと怒り始めた


 「まりさ!!おりなさい!!」

 「ゆゆ?どうして?ありす、ゆっくりしようよ?」



ちなみに先程決めた、まりさをありすのお嫁さん候補にすると言う考えは
僕とまりさの間だけで決めた事なので、ありすはその事は知らない。
だからありすはまりさに変に気を使ったりはしないみたいだし、
逆にまりさは婿養子的な形で来た事もあるのだろうが、少し弱気だ。
このままではもし夫婦になっても尻にしかれる事だろう。

まぁその辺はそんなに気にするところでは無い、追々考えて行こう。
取り敢えずお昼ご飯にしようじゃないか。





 「ししししあわせ〜〜〜♪」

 「今日もすっごくとかいはな味だったわ!ごちそうさま!」



お昼に用意してあげたご飯はオムライス。
ジューシーなチキンライスを砂糖をたっぷり使った卵でとじ、
ケチャップをたっぷり塗ったものを真っ白なお皿に乗せてご馳走した。
僕には濃過ぎると言ってもいい味付けだが、
基本的に分かり易い味を好むゆっくり達にはバカ受けだ。

ありすは一応それなりに躾けてあるので喰い散らかしたりはしない。
口の周りも汚すことなく、飽くまでお淑やかに食事を済ませた。
対照的に、まりさはやはり食べ方が少々…いやまぁ、酷い。床に赤い米粒が撒き散っている。


 「む〜しゃ♪む〜しゃ♪しあわせ〜♪」


でも、口いっぱいにオムライスを含み
頬をチキンライスの米粒で赤くして、お代わりをねだるまりさを見ると
作った僕も嬉しいもので、自然と笑みを浮かべてしまう。
でもそんなまりさの姿はありすの目には良く映らなかったみたいだ。


 「すっごくゆっくり出来るよっ!!お兄さん!もっとちょうだいね!」


 「ま、まりさ…!」

 「はいはい、御代わりって言うんだよ」


不躾な発言に、ありすは少々気分を害した様だ。でもありすも初めはこんなモノだった。
キチンと躾ければまりさだって行儀良く食べられる様になるだろう。



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 「ゆっくりごちそうさま!しあわせー♪」


結局まりさはありすの2倍近くは食べただろうか、
パンパンに膨らんだお腹を隠そうともせず、ころりとその場に寝転んだ。


 「まりさ、そんな…げひんよ」

 「こらまりさ、こんなところで寝転んじゃ駄目だよ
  お部屋まで連れて行って上げるからそっちで寝ような?」


 「ゆーん!ゆっくり理解したよ!」


寝ころんだまま返事をするまりさ。
既に僕の家ではリラックス出来るようになったようだ。

せっかく体を綺麗にしたんだから
こんなところで横になっちゃあまた汚れてしまう。
まだおねむの時間には早いが、僕はまりさを部屋に連れて行ってあげる事にした。

黄色やピンクで彩られた、子供部屋の様なカラフルな部屋だ。
僕はありすを拾って来るよりも前にゆっくりを飼っていた事があり、
この部屋はその子の遊戯室みたいにして使っていた名残なのだが
今ではありすに使わせている。

ゆっくりする時や、眠るとき用のふかふかのクッション、
遊ぶ為のまりさ人形やれいむ人形のクッション、柔らかいボール、小さな滑り台、
お歌を聞いたり、録音する為のラジカセもある(僕しか操作出来ないが)

その部屋まで運ぶ数十秒の内に僕の手の中でまりさは寝てしまっていた。
無防備なその寝顔は幸せそのものの様に僕には思える。
僕はクッションの内のひとつをまりさの下に敷いてやり、おやすみ、と言って部屋を出た。
今までの野良生活、慣れてはいたのだろうが大変だったのだろう。
早くありすとも仲良くなってもっと幸せになってほしいものだ。




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居間に戻るとありすがぷんぷんと怒ってこっちに跳ねて来た。


 「お兄さん!あんないなかものなまりさをお家に住ませるなんて
  全然とかいはな生活じゃないわ!!」


そう言って頬を膨らませるありす。
あのまりさとの同居は都会派な生活ではないそうだ。
先程の不躾な振る舞いが気に入らなかったのだろうか。


 「まぁまぁありす、大丈夫だよ
  あのまりさも直ぐに都会派な子になるから」

 「ゆゆ…、とかいはなお兄さんだったらわかるでしょ?
  あのまりさはきっとお兄さんにめいわくをかけるわ!」


まりさの零した米粒を掃除した時にそう感じたのかもしれない。
ありすの言う通り、初めの内はまりさに手を焼く事になるのは間違いないだろう。
しかしあのまりさがとても良い子だという事を僕には分かってる。
子供の頃から沢山のゆっくりを見てきた僕は
ゆっくりの振る舞い方や、その目を見ればある程度の事は分かるのだ。
(どうでも良い事だが、僕等の住む町は東京都の端っこ。都会派のカケラも無い場所だ)


 「それに、あのまりさと同じ部屋なんてがまん出来そうにないわ!」


そう、ありすとまりさの部屋は相部屋になる。
本来ゆっくりに特別な部屋なんてそう必要なものでは無いのだが、
早くあのまりさと仲良くなって欲しいという僕の願いからの事だ。
そんな僕の思惑を知ってか知らないでか、ありすは赤くなって僕に次の様に抗議した。


 「すっきりしようとしてくるかもしれないじゃない!」

 「大丈夫だよありす、あのまりさはそんな事はしない。
  良い子だよ」


それから15分程もかけて、僕は家の主としての権力を持ってありすを説得した。
ありすも絶対に嫌だ、と言う程でもなかった様で
いくつかの条件の下に最終的に同居する事に同意してくれた。

条件とは、必ずまりさよりも先に自分の名を呼ぶ事や、まりさよりも先にご飯をくれる事…、
つまり自分を第一に考えてほしいと言う事だろう。
プライドの高いありすらしい条件だ。

他にも、まりさが自分に襲いかかって来た時は直ぐに助けに来る事。
そんな程度の簡単なモノだ。
ゆっくりはすっきりする時の声も大きいから、隣の部屋で眠る僕は直ぐに気付くだろうし、
仮に気付くのが遅れても、ありすは去勢済みなので数時間ぶっ続けですっきりされ続けなければ
すっきり死する心配も無いのだ(子を成さなければそこまで養分を取られる事は無い)
そもそもあの痩せっぽっちなまりさが、そうしようとしたところでとても無理だろう。







 「そんなゆっくり出来ないことぜったいしないよ!
  ゆっくりりかいしてね!」


その後まりさにもその事を言っておいたが、
頬を膨らませながらそんな事は決してしないと言った。
僕だってまりさがおよそ他のゆっくりを傷つけられるゆっくりではないと分かっていた。
まぁ、念の為だ。



 「ありす!ゆっくりしようね!」

 「ゆん、勝手にゆっくりしてればいいわ」


そんなこんなで前途多難ながら
僕はありすのお嫁さん候補の教育、
まりさはありすの心を捉える為の同居生活が始まった。




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家に帰るなりまりさに悪印象を抱いてしまったまりさは
同居生活の中でこの先どうなる事やら、
と心配だったが、まりさはやっぱり良い子だった。


 「ゆゆうー!ありす!おいかけっこしようよ!」

 「やめなさいまりさ!危ないでしょ!」


暫くはバタバタと落ち着き無く、部屋のものをよく散らかしたものだが
毎度僕だけでなく、ありすも叱ってくれるので、今ではとても落ち着いてゆっくりしている。
怒られて直ぐにしゅんと反省するので、思っていたよりも手はかからなかった。


 「お兄さん!ゆっくりおはよう!ゆっくりしていってね!」


朝はありすよりも早く起き、ドアの向こうで静かに僕を待っているし
ご飯をこぼさない食べ方も僅か5日間でコツを掴めた。
今ではありすと同じくらい綺麗に食べる。
歌の才能も有ったのかもしれない。
テンポの遅い歌だけだが、これはありすよりも上手に歌える様になった。



 「ワンワン!ワン!」


 「まりさ、もっと離れましょうね…」

 「ゆゆ…いぬさん、ゆっくりしようよ…」


散歩に出掛けても近所の人や飼い犬に威嚇なんて事はしないし、
教えた通り僕から過度に離れるような事もしない。



 「しゃんぷーはゆっくり出来るよー…!お花畑にいるみたいだよ」

 「目をつむってないとしみるわよ、まりさ」


体の汚れにも気にする様になった。今ではしっかり栄養も取れている事から
飾りも肌も髪の毛も綺麗な、立派な美ゆっくりになった。
特にシャンプーが好きなようで、二日に一度はお願いしてくる様になった。



 「ゆゆ…いつのまにかまりさ、とってもとかいはになったわね…!」


そんなまりさの絶え間ない変化を見て、ありすはとても驚いていた。
確かに1週間前までは痩せっぽっちの、汚れた野良まりさだったのだから。


それが今や、天に向かってどこまでも真っ直ぐに立つ漆黒の帽子、
それに絡む存在感たっぷりな純白のリボン。
綺麗に手入れをされたその金髪はまるで輝くかのように。
まるでペットショップで大切に扱われてきたゆっくりのようだ。


家に来た時はまりさの事を良く思っていなかった様子のありすだったが、
最近ではそんな美しくなったまりさを頬を赤らめて、ぼうっと眺める事が多々ある。

ありすがまりさの事が好きになったのは最早、明らかだった。






_____________________________






そんな日々がまた数日間続き、
ありすが僕の部屋を訪ねて来たのは珍しくまりさがありすよりも早く寝た夜。
時計の時刻は22時を示していた。


 「お兄さん…」


その頃僕は自室で映画を見ていたところだったのだが、その声を聞いて僕はテレビを消した。
ぺたんぺたん、という間の抜けた2回のノックの後に
ドアの向こうから聞こえてきたありすの声は、今にも消えてしまいそうだった。


 「どうしたの?ありす」


ドアを開けた先にいたありすは、何か思い詰めたような、
どこか申し訳なさそうに俯いていた。
あの顔は今になっても鮮明に思い出す事が出来る。


 「お兄さん…ゆっくり聞いてね…
  ありすね…」

 「うん、」


頬を赤らめたありすの顔を見て、
僕はありすがこれから僕に何を相談したがっているか大体分かっており、
その予想は的中する事となった。



 「まりさの事が好きになっちゃったみたいなの…」


 「そうか!」



大きな声で返された返事を聞いて、ありすはビクッ、と驚いたように丸い体を固まらせた。
ありすがまりさの事を好きになったという事は両想い。
予想通り、ありすは家の主である僕の承諾を得られれば
まりさとずっと一緒になれると考え、僕の部屋に相談に来たのだ。

ありすがまりさを好きになる。それは僕にとっても嬉しいことだ。
ありすが出来るだけ幸せになるのが僕の望みなのだから。


 「どうしたのお兄さん、大きな声を出して…
  とかいははいつでも落ち着いているものよ」

 「いいんだありす、そうか、まりさが好きになったか!」


 「え…ええ!まりさが好きよ!
  まりさと…ずっとゆっくりしたいの!
  いいかしら…?」


あんなに本気になったありすを見るのは久しぶりだった。
あの日まりさが見せた様な目で、ありすは僕にその意思を訴えかけていた。
当然、どんな返答を返すかは決まっている。


 「勿論だよ!おめでとうありす!
  まりさもありすの事が大好きなんだ、幸せになるんだよ!」


何もかも上手く行った。
ありすは僕の返事を聞いた瞬間、緊張が解けたのか
強い意志を表していた眉をハの時に曲げ、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。

そして僕に向かって、微笑みながら言った。




 「お兄さん…ありがとう…!
  お兄さんも、ずっと、ずっと、ありすと、ゆっくりしていってね…!」







































感謝と親愛の『ゆっくりしていってね』を聞いた途端
瞬きする事も忘れて、呆然とした視線をありすに向ける青年を見て、ありすは戸惑った。

見開かれた目、微笑みを消した唇。僅かに歪んだその眉。
何か重大な事に気付いてしまったかの様な顔だった。
ありすはその顔を見て、まさか急に体の具合が悪くなったのではないかと心配になった。


 「お兄さん…?だいじょうぶ!?ゆっくりしていってね!」

 「………」

 「…お兄さん?」


ありすの必死の問いかけは、暫くの沈黙の後
ありすの頬に手を添えて持ち上げられるという行為で返された。
いつもの様な、優しい力で。


 「ありがとう…ありす…
  僕と、僕たちと一緒に…………ゆっくり、していこう…」

 「お兄さん…?」


 「僕は大丈夫だよ、ありす
  明日、まりさと、その話をしよう…
  だから、今日はもう、おやすみ」


言葉一つ一つはいつもの青年だったが
努めて気取られないように振る舞うその言葉遣いも、
いつもとは明らかに違ったそのぎこちない足取りも、青年は明らかに動揺していた。

青年はその手の中から送られて来る、ありすの心配そうな視線にも答えずに
ありす達の部屋まで歩いていく。

青年はまりさが既に寝ている、電気が消えた暗い部屋まで辿り着くと
まりさの隣のクッションにそっとありすを乗せ、その髪を撫で始めた。
それはまりさがお家に来る前には良くしていた事、
ありすが心地よく寝られる為の行為だった。


 「ゆっくりおやすみなさい…、ありす…」

 「………」


ありすはその髪を撫でられながら青年にまた何か言おうとしたが
一大告白の緊張感による疲れと、久しぶりに髪を撫でられる気持ち良さから
間も無く夢の中に入っていってしまった。


 「おやすみなさい…おにいさん……」


青年が瞬きもせずにありすを見つめていた事にも、
青年の手が震えていた事にも、ありすは気付かなかった。





_____________________________







ありすが寝息を立てるまで髪を撫で続けていた青年は
ふらふらと自分の部屋に帰ると、そのまま膝から床に崩れ落ちた。
ポタポタと涙が玉になり、床に押し付けた腕の側に水滴を付けていく。

青年はその顔を、まるで別人の様な形相に変えて泣いていた。
いつでも微笑みを絶やさないその口は食いしばられ、ギリギリと音を立てて鳴り、
その眉間には深い溝を作り、柔和そうだった目は限界まで見開かれ、
頬には幾筋もの涙が伝っていた。


その涙は、ありすが幸せになる喜びからの涙ではなく、
ありすが自分から離れていってしまう寂しさからの涙でもない。



それは、ありすを殺せない苦しみからの涙。
青年はこの次の日にでもありすを殺すつもりだった。



これまで青年がしてきた事。
ありすを公園で拾い、その身を清め、立派な飼いゆっくりとしての作法を教え込み、
ありす好みの美味しいご飯を食べさせ、公園に行っては一緒にゆっくりした。
そして格好の恋人となるであろうまりさを見つけては
ありすの満足する程に洗練された、美しいまりさに磨き上げた。


全てはありすを幸せの絶頂から叩き落とす為の下ごしらえ。
青年の飼っていたゆっくりれいむを、あの公園で犯し殺したありすを処刑する為にした事。
絶望の淵に叩き込んでから、幸せの絶頂から叩き落としてから殺してやる為にした事。
その為にここまでしてきた。
ありすを犯し殺させる為のゆっくりまで用意していた。


青年はありすにも味わわせてやりたかった。
無理矢理犯し殺されたれいむの苦しみも、幸せな生活を壊された自分の苦しみも。


しかし分かってしまった。
ありすが自分に向かって涙を流しながら
ありがとう、ゆっくりしていってね、と言った時の顔を見た瞬間、青年は分かってしまった。

ありすに他の全てをなげうってでも残酷な死を与えてやりたいと思う、その一方で
ありすに対する愛情がその中にひとかけら混じっている事を。
ありすが幸せになる未来を、他でもない自分自身が願い始めてしまっている事を。
青年の涙は、そんな葛藤の中での苦しみの涙だった。


青年はそのまま、床に這いつくばった格好で数十分程泣くと
壁に手をついて立ち上がり、机のある方向に向かって行った。
そして机の上に飾ってある写真立てーー
ーー青年の頭の上で、穏やかな微笑みを浮かべるゆっくりれいむの写真ーーを取ると
それを胸に抱き、ベッドに座り込んでから、また俯いて静かに泣いた。


青年にはありすを殺せない。
青年には、れいむを殺したありすを処刑する事は出来ない。

そして、もうありすとは一緒に居る事は出来ない。
殺意だけだったから、絶望の中で殺してやるという目標があったからこそ
同じ家の中に居られたのだ。
もしもその中に愛情があったら、決して、一緒には居られない。
愛するありすを殺してしまうかもしれない。
一緒に居たら青年はおかしくなってしまうだろう。


部屋からすすり泣く音が消えた頃、
青年は写真立てを枕に伏せ、袖で目元を拭った。
そして机の上の車のキーをジャラリと取り、
ありすとまりさの眠る部屋まで足音を立てないように、静かに向かって行った。



青年はゆっくりの事が大好きだった。
最初から殺せるわけが無かったのだ。
たとえ、どんなに憎かったとしても。






_____________________________








 「…ゆ?さむい…」


それから5時間程経ち、ありすが目覚めた場所。
そこはあの公園、青年に拾われたあの場所だった。
周りを見渡してもまだ暗い、白み始めた空や花壇、無人のベンチやブランコがあるばかり。

青年は『元に戻した』のだった。
青年や青年のれいむ、そしてありすとの間には何も無かった事にして。


 「お兄さん…?まりさ…?どこなの…?」


ありすは何が起こったのかも分からず、ただ呆然とした後
あの日からの事は全て夢だったのではないかと思い始めた。
でも違う。青年に洗ってもらった髪からは花の匂いがするし、
肌だってあの頃ではありえない程に綺麗だからだ。


 「お兄さん…!?どこかに隠れているの!?お願いだからでてきて!」


公園は完全に寝静まっており、返事は無い。
青年は今、自宅のまだ暗い居間の中、電気も付けずに座って俯いているだけだ。
ありすは不可解な事態に恐怖し、愛するまりさよりも、
母がわりに自分と一緒にゆっくりしてくれた青年を求めて
泣きながら公園内を跳ね回り始めた。


 「お兄さん!お兄さん!おにいざん…!おにいさぁん…!!」


青年はもう来ない
まりさとはもう会えない
ふたりとの関わりの中で得られた幸せは、もう二度とありすの目の前には現れない。





_____________________________






 「おにいさん、ありすがいないんだよ…
  …おにいさん?」


 「………」


その頃青年は何もせず、暗い居間の椅子に黙って座っていた。
片手で目元を覆い、もう一方の手にはれいむの写真を持っていたが、
考えるのはありすとの日々の出来事ばかりだった。

始めは殺意を抑える事で精一杯だった。
出来る事なら顔も合わせたくもなかった。
しかし、その頃の記憶はもう霞んで思い出せなくなってしまってすらいた。

ただ暖かい春の日に、公園のベンチで青年の膝の上に乗るありすの姿が、
恥ずかしそうにオムライスをお代わりするありすの姿が、
歩道を散歩する中で、頑張って青年の歩調に付いて来るありすの姿が、
撫でているうちに寝てしまうありすの姿が、
その手でどんなに強く目を覆っても、目の前に浮かんできた。


青年はれいむを殺したありすの事をもう憎まなくなっていた。
しかしそれでも、ありすを再び家に迎え入れるわけにはいかなかった。
愛するありすに殺された、かつて愛したれいむの為にも。


次第に青年は暗い部屋の中
もうその嗚咽を隠すことすら、出来なくなっていった。





_____________________________






 「…おにいさん…、どこなの…おにい…」


涙で頬にその金色の髪をはりつけながら
青年を求めて跳ね続けるありすは、想像すらしていなかった。


青年以上の優しさをその身に受ける事は、もう無いということを。
その身が汚れても、花の香りをかぐ事は出来ないことを。
真っ白なお皿に乗った、温かいオムライスはもう見る事すら出来ないことを。
寝る時には、あのお陽様の匂いが香るクッションはもう無い事を。
まりさのような綺麗で、優しいゆっくりにはもう会えない事を。
髪を撫でてくれる、青年の大きな手に触れる事は二度と無いことを。


ありすは最後まで、青年が自分を捨てたなんて事は考えもしなかった。








 「お兄さん…?泣いているの…?」


 「………」


歯を食いしばり、目もとを覆ったその左腕に
涙を伝わせる青年には想像する余裕すら無かった。


人間の常識に染まったありすが、ゆっくりの常識の中でどんな思いをするかを。
自分のした事が、単純にありすを殺す事よりも遥かに残酷だった事を。
ありすが、これから死ぬまで嬉し涙を流さないということを。
ありすが、これから死ぬまで自分を待ち続けることを。
ありすが、これから死ぬまで自分を愛してくれていた事を。







緑色のペンキで塗られたベンチの上でありすの新しい生活は幕を開けた。
その先には何もかもを失ったありすにとって、何も無かった。

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最終更新:2009年05月18日 15:30
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