結論から言うと。
ゆっくりゆゆこは餓死しなかった。
ゆっくりを飼ってる人のほとんどは持っている透明な箱というのがある。
何かといえばそのまま透明な箱なのだが、これが実はバライティにとんだ商品だったりする。
成体用の大きさから子供用の大きさ、子供の頃は充分な大きさだが、成長していくと狭くなり、死なない程度に圧迫されてサイコロゆっくりを作る箱。
さらにサイコロよりもわずかに小さく、所々に穴が空いており、成長したら穴から体がはみ出て最終的に四方八方へ噴水のように餡子が飛び出す命日おめでとう箱など、本当に様々だ。
かく言う俺もゆっくりを飼っているのだが、透明な箱は持っていない。
どうも俺は箱に入れて精神的にいたぶるより、その場で跳ねているのを蹴り飛ばしたり、はっ倒して泣かせるのが好みらしい。ゆっくりの泣き顔を見なかったらその日が始まった気がしないのだ。
だから今まで、あまり興味が湧かなかった。
しかしこの間。
「こーぼねー」
散歩中に、こぼねこぼね言ってるゆっくりゆゆこを見つけた時、ふと思いついた。
こいつ箱に入れて放っておいたらどうなるんだ?
ゆっくりゆゆこ、略してゆゆこはゆっくりの中でも特に大食漢で雑食な種だ。その食いっぷりは自分より大きなゆっくりを平気で一飲みするほどで、小さなブラックホールなんて呼んでいる奴もいる。
そんなゆゆこが、果たして断食するとどういう風に様子が変わっていくのか。
「こぼね?」
常に絶やさないトレードマークの笑顔に、俺は実験結果が楽しみで仕方なかった。
その日、透明な箱を買った俺は。
ゆゆこを入れ、部屋の片隅に置いておいた。
「うーん……」
マウス片手に、俺は画面と睨めっこ。昨日からほぼ徹夜でプレイしている。
どうにも上手くいかなくてついムキになってしまった。
「取りあえず湿度上げるか……」
パラメーターを弄る。
「むしあついよ! はやくゆっくりさせてね!」
湿度30%で文句かよ。どれだけ乾いてるんだこいつの皮は。
それじゃ温度だけ下げてやるよ。
「おなかすいたよ! いそいでたべさせてね! はやくしてね!」
毎回毎回、文句しか言わないのかよ!
今、俺がプレイしているのは、知り合いに借りたゆっくり育成ゲーム「ゆっくりさせてね!」だ。
ゆっくりを普通に飼うと、餡の処理や餌代のことがあり、意外に手間がかかる。
なのでこうやって育成ゲームが販売されたわけだが……。
ディスプレイ越しでは殴れない。
正直、ひたすらストレスが溜まる。コマンドで殴るを選んだぐらいじゃ解消されない。
取りあえず致死量は覚えたので、死なないぎりぎりまで餡子を抜き出してやりたい。
俺が飼ってたゆっくりまりさがまだいたら、死なない程度に壁へ投げつける所だが、前に散歩に行ってくると言ったきり、そのまま帰ってこなくなっていた。多分、車にでも跳ねられたか、野生のありすかゆっくりゃに襲われたんだろう。
俺も一緒にいくと言ったのだが、断られた結果がこれだった。
可愛いものの、愛着が湧く前に自滅するのがゆっくりの特徴かもしれない。
さてと……。
別のゲームをしようと、俺は部屋という名のごみ溜めを漁り始めた。
洗ってない靴下とか服とか、その辺に投げ捨てておいた雑誌とかが積み重なって層になっている。一人暮らしの男の部屋には大抵あるものだ。
こういう所では、たまに化石が出てきたりするが、俺は生ゴミはきちんと捨てているで大丈夫だ。
この下だったかな……?
「……こ」
「うぉおっ!」
言ってる側からなんか出た!?
そこには、干涸らびたコッペパンのような物体が、透明の箱に入って置かれていた。
つーか何だこれ……。
……。
あ。
「……こ、こぼ……」
俺の姿が目に入ったのか、壁にも垂れかけていた体を起こし、ゆゆこらしい化石が近づいてきた。あんな細い体でよく立てるな。
しかしうっかりしていた。置いてそのまま忘れてたな。
えーとあれから……。
……。
月が変わってるし。
「ハフ……ハフ……」
痙攣しながらずっとこっちを見続けるゆゆこ。その熱いというか必死な眼差しに、餌を要求されているのはよくわかる。
しかし問題があった。
ちょうど昨日は燃えるゴミの日、生ゴミは処分している。
さらに俺は料理をしないので、冷蔵庫の中は空っぽ。そもそも飲み物も1リットルのペットボトルを買い、それだけで1日を過ごすので必要以上に冷やすことがない。
普段は冷蔵庫のコンセントを抜いているぐらいの使用率の低さだ。
ぶっちゃけ、餌なんてなかった。
「餌はないぞ」
ゆゆこのタピオカのような目が縦に伸びた。うおっ! キモッ!
「……」
……。
……あれ?
まるで動かなくなったゆゆこ。痙攣も止まり、瞳は明後日の方向を向いている。
もしかして……ショック死した?
ゆゆこを餓死させようと思ったらショック死させてしまった。な…何を言ってるのかわからねーと思うが──と俺の頭の中で浮かんだ時、異変は起こった。
乾いた音が、部屋に響いたのだ。
「げっ!?」
見ると、透明な箱にヒビが入っていた。
この箱は防弾ガラスなんて上等なものじゃないが、少なくとも成体のゆっくりが体当たりしても潰れない厚さで出来ている。その箱にヒビが入るなんて……。
何が起こっているのかわからない俺の目の前で、さらにガラスは音を立て、ヒビが入っていく。
こりゃ拙い、割れる──!
今までで一番高い音と共に、箱が砕け散った。
同時にゆゆこに吸い込まれていった。
……ってなにぃ!?
「ハフ、ハフハフ」
こ、こいつ……まさか無機物も喰うのか!?
「がりがりがり」
ガッ○ゃんか何かかお前は!
しかし無機物を食べるとは……これじゃいよいよゆゆこを餓死させるなんて……。
「いだい゛い゛い゛ぃい゛い゛ぃいぃっ!!」
……。
口を押さえてもがき苦しんでいた。そりゃ痛いよねー。
「うー……こぼねーっ!!」
憎たらしそうにこっちを見ながら、大口を開けるゆゆこ。
途端、大きな風をゆゆこから感じた。
な、なに?
バランスを崩しそうになり、慌てて立て直す。
見ると、部屋にあった雑誌やら服やらがゆゆこの口の中へ吸い込まれていく。
……おいおい、本当に小型のブラックホールかよ。
これ拙いんじゃないか?
「こぼねぇえぇぇぇっ!!」
うおっ!!
さらに出力を上げたのか、さっきとはまるで違う強い力で引っ張られる。
ヤバイッ! 取りあえず壁に手を!
手を……っ。
手が届かねぇっ!!
「ハフ、ハフハフッ!!」
「うわっ!」
無理矢理に手を伸ばしたのが悪かったのか、足を滑らせてしまう俺。
向かう先に見えるのは、ゆゆこの漆黒に包まれた口の中。
「いやじゃぁぁあぁああぁあぁっ!!」
「こぼねーっ!!」
抵抗する間もなく。
俺はゆゆこに飲み込まれてしまった。
「……ゲップッ」
End
「って、そんなわけあるかぁああああぁっ!!」
「あぐっ!?」
口に引っかかっていた両腕に力を込めて、ゆゆこからどうにか脱出した。
あ、あぶねぇ……片足がなんか溶けかけてたぞオイっ!
「~~っ!! ~~っ!!」
強引に出たからか、ゆゆこはまた口を押さえて転げ回っている。
……あ、そういえば。
思いっきり歯を蹴り飛ばした気がする。
「……うぅーーっ!!」
見ると、ゆゆこの目に憎悪が込められていた。
ええぃっ!!
「わ、わかったわかった! エサやる! エサやるから!」
ピタッと。
時ごと止められたかのように、ゆゆこの動きが止まった。
「こーぼねー♪」
先ほどまでとは打って変わって、飛び跳ねながら喜ぶゆゆこ。
……というか、化石みたいだった体がいつの間にか治っているんだが……箱の欠片喰ったからか?
ともあれ、エサをやらないと死にそうなので、今日の飯用に買っておいた食材を棚から取り出し、投げ渡した。
「ハフ、ハフハフッ!!」
脇目も振らず食っていく。
ああ、俺の飯が……しかし命には変えられない。
ほんの好奇心で始めたことだったが、まさか箱を破壊した上、喰われかけるとは思わなかった。
もうこれに懲りたら、もう変なことを考えるのは止めよう……。
「こぼねー!」
飯をあっという間に食い終わり、鳴きながら飛び跳ねている。久しぶりの食事に思わず体が動いてしまうんだろう。
……。
さて、こいつどうしようか?
「おかあさんがんばって!」
「もうすこしだよおかあさん!」
「おかーしゃん、いそいでがんばってね!」
「うんまかせておいて! ゆっくりしないでつくるよ!」
親ゆっくりれいむは子供達に力強く返事をすると、また地面に顔面を押しつけた。
腕はない、足はないのゆっくりにとって、土に穴を掘って巣にするためには、口で掘っていくしかない。
しかしゆっくりの歯はそれほど丈夫ではなく、力もさほどないので、進んでいくうちに親れいむの顔は変形していく。
口に土を含んで捨ててを繰り返し、休憩とばかりに親れいむは子供の方を向いた。
「ゆっ!?」
「お、おかぁしゃん、かおが!」
「おかあさんがおかあさんじゃなくなったよ!」
長く押しつけ酷使したために、全体的に体が平べったく、波打つようにシュールな形へ変形していた。
「……ゆ、ゆゆっ、だいじょう、ぶだよ」
「お、おかあさん……」
まともに言葉も話せなくなった親れいむに押し黙る子供達。
親れいむは作業を再開しようと、また土へ顔を近づけていった。
それも、これも、子供達を守ってあげたい一心だ。
今は住処のないれいむたち。そのおかげで昨夜、子供が1人ゆっくりゃの手にかかって絶命してしまった。
もう、あんな想いはしたくない。
親れいむの口に激痛が走った。
「ゆぐっ!?」
それは前歯の取れた痛みだが、それでも親れいむは立ち止まらず、必死に掘り出していく。
長い時間が流れ、そろそろ夕方にさしかかった頃。
ようやく、親れいむの手によって新しい巣が完成した。
「……ゆっ」
疲労のせいか、地面から顔を上げるとそのまま親れいむは、液体のように地面に伸びきってしまった。
「やったねおかあさん! これでゆっくりできるね!」
「おかーしゃんもゆっくりしてね! わたしたちもゆっくりするね!」
「さっそくはいってみようとみんな!」
疲れている親れいむを置いて、子供達は中へ入っていく。
疲労困憊な体だが、僅かに見える子供達の喜びようは、疲れをほぐしてくれる。
親れいむは体を起こすと、子供達の跡を追う。
必死になって掘った穴の中で、家族が団欒と過ごしていた。
一部始終を見て、取り合えず俺たちは草むらから抜け出した。
距離があるからか、中にいるからか、れいむ達が気づいた様子はない。
ゆっくりが巣を作ることを見たのは、これで2回目だ。
1度目は出来たと家族が喜んでいる所に出くわし、大喜びしている瞬間、石を投げて掘った巣を埋めてやった。
出来たと思った穴が一瞬で埋まり、その場にいた家族全員が言葉を失い、目を見開いたまま飛んできた石を見続けていた。
その放心とした姿は、あまりにも滑稽で可愛かった。
今回もそうしてやりたい気持ちに駆られたが……まぁ仕方ない。
俺は手に持っていたゆゆこを、ちょうど入り口の穴を塞ぐようにして置いてやった。ゆゆこの口は、巣の中へと向けられている。
さぁ、腹一杯食べてね。
「こぼね~っ!」
ゆゆこのお掃除教室、始まり始まり。
「ゆゆっ!?」
「おかあさん! なんだかすいこまれるよ!」
「すぎょい~すぎょい~、きゃは」
「だ、だいじょうぶだよ! おかあさんがいりぐちにふたするからね!」
「やった! すいこまれなくなったよ」
「さすがおかあさんだね!」
「……むぅ、つまんない」
「まかせてね! みんなはわたしがしっかりまもるよ!」
「こぼね~っ!!」
「ゆゆっ!?」
「お、おかあさん!」
「かおが、おかおが凹んでるよ!」
「わぁ~! おかあさんおもちろいーっ!」
「むぎゅおあぁぁぁああぁっ!!」
「お、おかぁさーんっ!!」
「お、おかあさんがとんでいっちゃったよぉおおぉおっ!!」
「きゃっきゃっ!」
「ハム、ハムハム」
「も……もっといっしょにゆっくりしたかっむぎゅがっ!?」
こうして、ゆっくりゆゆこの脅威は去った。
だがまだ安心してはいけない。第2、第3のゆっくりはすぐ側に生息している。
全てのゆっくりを堪能するまで、負けるな俺! 頑張れ俺!
……次は気丈って噂のゆっくりゆうかを愛したいな、拳で。
「うわぁぁああぁぁっ!!」
「おねぇちゃ、いやだぁぁあぁっ!!」
「うわーぃ、おそらを飛んでるみた」
「ハムハムハム……こぼねー」
End
やあ (´・ω・`)
ようこそ、このSSへ。
このれいむ家族虐待はサービスだから、まず味わって落ち着いて欲しい。
うん、「餓死させるつもりが食べられそうになった」んだ。済まない。
幽々子様の我慢も0食までって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。
でも、このタイトルを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない
「嗜虐心」みたいなものを感じてくれたと思う。
ゆっくりとした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい、そう思って
このSSを書いたんだ。
じゃあ、虐待に戻ろうか。
by 762
最終更新:2008年09月14日 05:41