あんまり熱いので川辺で涼しんでいたら、やたら甲高いカエルの声が聞こえてきた。
「ケローっ! ケローっ!」
なんだか泣いているらしい、生えた草を踏みつぶしながらこっちに向かっていく。
よく見ると、その後ろから水色のゆっくりが追いかけていた。
「アタイったらゆっくりね!」
どう見てもゆっくりだね。
どうやらゆっくりカエルはあのゆっくりに追いかけられているらしい。
ゆっくりカエルはぴょんぴょん跳ねて逃げ回るが、水色のゆっくりは上下に動かず、そのまま平行に動いて追いかけてる。どうやって移動してるんだ、こいつ?
「アタイったらゆっくりね!」
「ケローっ!」
突然、水色のゆっくりが一回り大きく膨らむと。
口から冷気を吐いて逃げてたカエルを凍らせてしまった。
……おぉっ、そんなこと出来るのか。
「やっぱりアタイったらゆっくりね!」
「……あ、あ~う~……」
体が冷凍されてカエルの動きが止まっている。水色のゆっくりはそのままカエルに近づいていって……。
あ、食べた。
「あぁあああぁぁあぁあぁあっ!」
「ガジガジ」
「やめっ……たずっ……」
カエルシャーベットはあっという間に水色のお腹に収まっていった。水色の大きさは大体30センチぐらい、カエルも同じぐらいだったんだが……スゲェ喰うな。
「アタイゆっくりだよっ! ゆっくりしてるよ!」
食べ終わると高らかに周りに宣言し始める水色ゆっくり。周りには誰もいないのに誰に言ってるんだ。
水色の体は宙に浮き、その辺を行ったり来たりしている。
こいつ、飛べるのか。
飛べるゆっくりなんて肉まんかあんまんぐらいかと思ったが、他にもいるんだな。
……。
暴れ回っている水色を見て思う。
こいつがいたら、部屋も涼しくなるんじゃね?
……。
取りあえず話しかけてみた。
「ゆっくりしていってねっ!」
「ゆっ? アタイゆっくりだよっ!」
……それが挨拶なのか?
「ああ、見てたよ。見事にゆっくりしていたな」
「そうだよ! アタイったらゆっくりだからねっ!」
おまえの言ってることはよくわからん。
「なるほど。でもやっぱりゆっくりなら、よりゆっくり出来る場所に行きたいものじゃないか?」
「ゆっ? アタイゆっくりしてるよ?」
「ここもゆっくり出来るけど、俺はもっとゆっくり出来る所を知っているんだ。興味ないか?」
俺の言葉に、水色は眉間に皺を寄せて考えている。よくわかってないらしい。
……ゆっくりは馬鹿だ馬鹿だと思っていたが。
こいつは、輪をかけて馬鹿だな。
あまりに話が通じないので、掴んで持っていくことにした。
「ゆっ! アタイに何するのっ!」
「冷てっ!」
水色に触った瞬間、手に走る冷たさ。手がくっつくかと思った。こいつ氷で出来ているのか?
急に触れて機嫌を損ねたらしい。冷気を出した時のように顔が膨らんでいた。
「おじさんはゆっくりじゃないね! どっか行ってね!」
いつ俺がゆっくりだって言ったんだよっ!
……ちょっと腹立ってきたぞ。
「お前だって、ゆっくりじゃねぇよ」
その言葉は心外だったらしい。凄い形相でこちらを睨みつけてきた。
「アタイはゆっくりだよっ! ゆっくりしているよ!」
「どこがだよ! 全身氷のゆっくりなんて聞いたことねぇよ! あんこ吐けあんこっ!」
「ムッキーっ! ゆっくりったらゆっくりだよ!」
「だったら付いてきて証明してくれよ。お前がゆっくりだって」
「いいよ! ゆっくりしにいくよ!」
売り言葉に買い言葉。
気づいたら、水色が家へ来る流れになっていた。
俺にとっては願ったり叶ったり……なのか?
なんだか間違えた気が……。
家に連れてきて3時間もすれば、自分がどれだけ間違えていたかがよくわかった。
畳の上を歩いたら畳が凍りつく、冷気を吐かせて涼しくしようと思ったら「アタイやすうりはしないよっ!」と言われる始末。それじゃ西瓜でも冷やすかと水色の上に置いたら凍りつき、後々「なにするのさっ!」と怒られる始末。
そして何よりも。
「アタイったらゆっくりねっ! アタイったらゆっくりねっ!」
意味もなく騒いでいるのが最高に鬱陶しかった。
こんなに使えないなんて……。
俺は頭を抱える。正直とっとと放り出したいところだが、体が冷たすぎて触れない。それじゃ勝手に帰るのを待とうと思ったら、どうも家が気に入ったらしく、まるで帰る気配がない。
他のゆっくりなら食べれば済む話だが、正直、30センチの氷を食べるなんて考えたくもなかった。
まさか力ずくで相手に出来ないゆっくりがこんなに扱いづらいなんて……どうしたものか。
……ん?
「アタイったらゆっくりねっ!」
相変わらず叫ぶゆっくりは放っておいて、俺は思考を走らせ始めた。
そういえば……。
立ち上がり、押し入れを漁り始める。ここに確か……お、あった。
俺は鉄のかたまりを持ち上げると、水色の目の前に置いた。
「ゆっ?」
鉄のかたまりを指さして、水色に言う。
「ここに平べったくて乗れそうな所があるだろう」
「アタイゆっくりだよっ!」
……まぁ理解したってことだろう。
「お前ここに乗れるか? 無理かなぁ、狭いかなぁ?」
「ゆっ! アタイゆっくりだもん! のれるよっ!」
案の定、挑発に乗って移動する水色。普通のゆっくりなら苦戦しそうだが、空を飛べる水色はあっさりと上に乗ってみせた。
「ほらねっ! アタイったらゆっくりでしょっ!」
「はいはい、そうだね」
乗るのはすげぇ速かったけどな。
俺は鉄のかたまりの頭についているレバーを回していく。
ほどなくして、水色が上から押さえつけられた。
「ゆっ!」
さてと。
用意しておいた器を下に置く。
「何するのおじさん、アタイゆっくりだよっ!」
はいはい。
横のレバーを回し、かき氷を作り始めた。
「あ、ああ゛あ゛あ゛ぁあ゛あ゛ぁっ!」
水色が回転し、器に削られた氷が乗せられていく。
「あ゛がががががっ!」
シャリシャリと音が鳴りながら、あっという間にかき氷が出来上がった。
「あっ……あっ……」
おおっ、普通に食えそうだな。えーと……。
出来上がったかき氷を手に俺はふと気づく。
そういえばシロップがなかった……。
俺はかき氷を一端置くと、そのまま外へと出る。
どうせその辺に……お、いたっ!
「みんなゆっくりしてねっ!」
「ゆっ!」
「うん、ゆっくりするよっ!」
そこにいたのは、ちょうど手のひらサイズの子供達3匹を遊ばせようとしていたゆっくりれいむの家族だった。
取り合えず親れいむを蹴り飛ばす。
「ゆ゛ぐっ!?」
変な叫び声を上げて飛んでいく親れいむ。こいつらってよく歪むから、あまり遠くまで飛ばないんだよなぁ。
「お、おかあさんっ!?」
「なにするのおじ──」
有無を言わせず、その場にいた子供れいむをかっさらっていく。
「うわあ゛あ゛ぁあ゛ぁぁっ!」
「なにずるのっ! ゆっぐりざぜでっ!」
「おがあざーんっ!」
子供の声に活性化されたのか、いきなり親れいむが起き上がってくた。元気だなこいつ。
「れいむのあがじゃんがえじでぇえぇぇぇっ!」
シュートッ!
「めぎゃっ!?」
ゴーーーールッ!
綺麗な放物線を描いて、親れいむが飛んでいく。……我ながら綺麗に飛んだな、体歪んでるのにぜんぜん減速してねぇや。
あ、誰かの家に飛び込んだ。
「いやぁあ゛ぁぁあ゛ぁあ゛ぁぁぁあ゛あ゛っ!」
「おがあ゛ざあぁぁあぁあぁぁんっ!」
邪魔者を排除して、俺は家へと戻ってきた。
「あっ! どこ行ってたの! アタイをむしするなんておじさんゆっくり──」
煩いのでレバーを回す。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃっ!!」
水色を黙らせて、俺はかき氷を確認する。よかった、まだ溶けてないな。
「おじさん! 早くれいむたちをかえしてね!」
「おじさんとはゆっくりできないよっ!」
「ゆっくりしねっ!」
手に抱えていた子供れいむたちを、そのまま手のひらで丸めていく。
「うぎゃぁあ゛ぁぁあ゛っ!」
「うぷぷぷぴゅっぷぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅっ!」
「やめでうぶあおじあぶげまぜうぎゃっ!!」
しっかり混ざったあんこを、そのままかき氷の上に乗せた。
氷宇治あずきの出来上がりと……。
一口食べてみる。
……うーん。
普通の氷宇治あずきより喰いづらいが、そのまま氷を食べるよりマシか……なにより甘いしなっ!
「ここか」
「ここだよ! ここに入っていったよ!」
「これで嘘やったらタダじゃすまさへんど」
あん?
玄関の方で声がした瞬間、大きな音を立てて扉が開かれた。
「ゆっくりっ!」
なんだ、さっきの親れいむじゃないか。……あれ?
「ちょっと失礼しますよ」
親れいむの後ろには男が付いてきていた。何だ?
「なんか用ですか?」
「いや、さっきこのゆっくりが窓から飛び込んで来てな。ふざけるなと怒鳴ったら、吹き飛ばしたのは兄ちゃんやって言うんで話聞きにきたんや」
ガラ悪っ!
つーかこのゆっくり、あれだけけっ飛ばしたのになんで生きてるんだよ……。
「そう言われても、俺今日ここから出てないですし……」
「なにいってるのさ、さっき──」
レバーを回す。
「あぎゃがぎゃがっ! も、もうやめでよ゛っ!」
余計なことを言うからだ。
「それにゆっくりをけっ飛ばすなんて誰だってやるでしょ、俺だっていう証拠がないじゃないですか」
「まぁそうなんやけどな……」
俺の言葉に面倒くさそうに頭を掻く男。どうも泣きつかせて儲けようという考えだったらしいが、引く様子がないので迷っている。
そもそもガラス代も、この親れいむを加工所に連れていけばちょっとは金になるし、大きな騒ぎにしたくないのが本音だろう。
「ゆっ! そんなことないよっ! れいむを蹴ったのはおじさんだよっ!」
……煩いのがまだいたか。
「だから証拠がないだろう。何かあるのかよ」
「れいむの子供どこにやったのっ! あの子たちがいる筈だよ!」
「この部屋のどこに子ゆっくりがいるんだ?」
周りを見渡す男と親れいむ。もちろん子ゆっくりなんて影も形も見あたらない。あるのはかき氷に乗ったあんこだけだ。
「ゆっ! そ、そんなはずないよ! どこにいるのぉっ!」
呼び掛ければ返事をしてくれると、親れいむが叫び始める。
その間に、男と目があった。
「……」
手に持っていたかき氷を見せる。
「……」
男は頷くと、そのまま親れいむを片手で鷲づかみにした。どうやら伝わったらしい。
「ゆっ!? な、なにするのお兄さん!!」
「どうやら嘘だったみたいだな……」
その言葉に、親れいむは饅頭肌を青くして震えた。
……どうやって色変えてるんだ、この不思議生物。
「ち、ちがうよ、れいむうそなんて」
「それじゃ約束通り、加工所いこか」
「いや゛ぁぁぁあ゛ぁぁあ゛あ゛ぁぁっ! かごうじょばい゛や゛だぁぁぁあ゛あ゛ぁっ!!」
暴れ回るが、ゆっくりが人の力に逆らえるわけがない。
食い込む親指の感覚に震えながら親れいむは連れて行かれる。
……。
出て行く瞬間、俺は親れいむが見えるようにかき氷を食べ始めた。
「あ゛あ゛っ!!」
扉が閉められる。
親れいむの暴れている声が聞こえていくが、もう俺には関係ない。
……やれやれ。
ため息をついてその場に座る。予想してなかった騒ぎに疲れがたまった。
……。
俺は最後の光景を思い出し、思わず顔がにやけてしまう。
あの絶望で満ちた顔に、俺は溜飲が下がる思いだった。
さて。
業務用かき氷機の方を見る。
「おじさんゆっくりじゃないねっ! 早く外してねっ!」
さっきは喋らなかったので、ちょっとは学習したかと思いきや、時間が経つとまた水色は喚き始めた。
……やっぱり、馬鹿だから数分で忘れたんだな。
それだけ忘れられたら、人だと幸せに生きられるんだろうが、水色が忘れても鬱陶しいだけだ。
しかし、どうするか。
全部削って食べるのは流石に辛い。
いっそ、削ってそのまま流しに捨てるか。
水色を処分する方法を考えながら、取りあえず腹が減ったので俺は洗い場の方へ向かう。
「ちょっとむししないでよっ! アタイはむしたべるんだからねっ!」
……。
一瞬、無視なんて知っていたのかと思ったが、やっぱり馬鹿は馬鹿だった。
何かないかと食材を探し始める。
えーと、何か食えるものが……。
……あ。
「だからむししないでっ! アタイたべちゃうよっ!」
……うん、面白そうだな。
俺はその場から離れると、今度はかき氷機に近づいていった。
「ゆっ?」
「わかったわかった助けてやるよ」
頭についたレバーをゆるめ、水色を動けるようにする。
途端、水色は俊敏な動きで逃げ出していた。
「ゆっ! ようやくアタイがゆっくりだってわかったみたいね!」
だから、その速さのどこがゆっくりなのかと。
「でもおじさんはゆっくりじゃないねっ! アタイそろそろかえるよっ!」
「ああ、帰るのか?」
「ええ! ゆっくりじゃないおじさんはとっととれいとうはそんされてね!」
破損してどうする。
「残念だな。せっかくエサを用意してたんだが……」
言った瞬間、水色がこっちを見ていた。凄い食いつきだな……。
「エサっ? アタイしたにはうるさいよっ!」
「ああ、ゆっくりには美味しいって絶賛されているものがあってね。それなら満足できると思ったんだ」
ゆっくりに絶賛と聞いて興味が惹かれたらしい、さっきまでとは打って変わって瞳が輝いている。
「いいよっ! ゆっくりたべてあげるねっ!」
「そうかい、それじゃちょっと待ってな」
俺はまた洗い場へ引き返す。
水色に与える食材を手に取り、そのまま引き返してきた。
「それじゃ今から目の前に置くから、ちゃんと凍らせろよ」
「もちろんだよ! アタイに任せておいて!」
顔を張って自信満々に言う。
俺は手を開き、素早く食材を置いた。
水色の顔が膨らみ、瞬間冷凍しようと冷気を吐く。
しかし、食材が凍ることはなかった。
「ゆっ?」
「なんだ、凍らないみたいだな」
食材は水色よりも小さいながら同じゆっくりだ。しかしゆっくりカエルを食べていた水色には特に疑問はないらしい。特に気にせず、どうして凍らなかったのかを考えている。ああ、馬鹿でよかった。
「まぁいいじゃないか。そのまま食べてみたらどうだ?」
「もちろんアタイそのつもりだよっ! おじさんはだまってて!」
はいはい。
言われた通り黙っておくと、水色は躊躇せず大きく口を開けて、そのゆっくりを飲み込んだ。
「もぐもぐ」
「……」
「もぐもぐ……っ!?」
突然、口を開いたまま水色が痙攣し始めた。
「どうした? 美味しくないかっ?」
「ちがうよっ! アタイゆっくりだよっ!」
なんか慣れたな。
「お、おじさんっ!」
「なんだ?」
「あ、熱いよっ! すっごくあつじっ!?」
水色が最後までいい終わらないうちに、食べたゆっくりは水色の頭を通って中からはい出てきた。
「もこーっ!」
それは、ゆっくりもこうだった。
やっぱり、中で燃えると溶けるもんなんだな。
「あ、あああああああああっ!」
水色の痙攣は止まらない。もこうはそのまま水色の頭に乗って燃え続けている。
「もっこもこにしてやるよっ!」
「とける、アタイとけちゃうっ!」
もう頭の上部分は完全に溶けて、俺の家の床を水浸しにしていた。あとで掃除しないとな……。
「おじさんっ! 水っ! 水ちょうだいっ!」
「水ならそこの壺に入ってるぞ」
言い終わった途端、壺に向かって飛んでいく。
しばらくして、水色の大きな声が聞こえてきた。
「なかからっぽだよぉおおぉおおおぉおおぉっ!」
そりゃな。もったいないじゃないか、水が。
俺は両手でしっかり抱え、そのまま壺に向かっていく。
中を覗き込むと、もう半分近く溶けきった水色がそこにいた。
「お……おじさ……アタイ……」
「何だかさっきよりゆっくりしてるなっ!」
「……ち、ちが……」
「そんなお前にプレゼントだ。受け取ってくれっ!」
水色の上へ抱えていたものを落としていく。
抱えていたのは大量のゆっくりもこうだった。
「あ……」
「もこたんいんしたおっ!」
全員が一斉に炎を纏う。
「……あた……」
あっという間に、水色は溶けきって水に変わっていた。放っておけば蒸発し、跡形もなくなくなるだろう。
俺は安心と落胆でため息をついた。
やれやれ、もうちょっと使えると思ったんだがなぁ……。
もこうは一定時間炎を纏う。出せる時間に制限があるものの、物を燃やす時はかなり便利だ。
俺は使えるゆっくりはちゃんと使っていくが、使えないゆっくりほど邪魔なものはない。
いいゆっくりは、使えるゆっくりだけだ。
さて……。
改めて飯を食おうと、洗い場へ近づいていく。
「もこーっ」
そこに残っていたゆっくりもこうが、元気な声を上げていた。
End
ゆっくりちるのをゆっくりもこたんで溶かしたかった。
すっきりー。
by 762
最終更新:2008年09月14日 05:40