ゆっくりいじめ系2217 「さあ、おたべなさい!」のこと(中)


「あー、金と時間損した……ただいまー」
「ゆゆっ!おにいさんがかえってきたよ!!」
「おにいさん、ゆっくりしていってね!!」

玄関のドアが開く音に続いて飼い主の青年の声が聞こえるや、
二個のれいむは押し合いへし合い、お兄さんを出迎えようと玄関に走った。
そんな光景を目の当たりにしたお兄さんは、素っ頓狂な声を上げざるを得ない。

「へっ!? 何で二個!?」
「ゆゆ!おにいさんがたべてくれないからふえちゃったんだよ!!」
「ゆっくりできるれいむがふえて、にばいゆっくりできるよ!!」

れいむ達は、あくまで前向きだった。
お兄さんは「ああ、そういえばこいつ今朝割れたんだっけ」と、どうでも良過ぎて忘れていた事を今思い出した。
ゆっくりが適当な存在であることはお兄さんも承知していたつもりだった。しかしまさか分裂するとは……
頭を掻きながら家に上がり、とりあえず腰を落ち着けるお兄さんに、れいむ達はぴょこぴょこついてくる。

「おにいさん、れいむおなかすいたよ!!」
「れいむもだよ!!ゆっくりごはんをちょうだいね!!」
「これ食い扶持が増えたってことだよなあ……別にそのぐらい困らないけどよ」

お兄さんはブツブツ言いながら、台所にゆっくりフードを取りに行く。
しかしゆっくりフードは買い置きを切らしており、残っていたのはあと一食分ほどだった。
彼は「しまった」と言おうとしたが、よく考えたら勝手に増えたのはゆっくりの方であることを思い出し、やめた。
他に何か作るか……と思うも、ペットショップ店員の言葉が脳裏に蘇る。

「基本的にこれ以外は食べさせないで下さいね。人間の料理などを食べさせると、舌が肥えますから。
 そうすると餌代がかさむようになりますし、ゆっくりも満足出来難くなりますから、どちらにとっても良くないんですよ。
 このゆっくりフードがゆっくりにとって、美味し過ぎず不味くもなく、一番ゆっくり出来るバランス食品なんです」

一度彼もゆっくりフードをつまんでみたことがあるが、何とも言えぬ微妙な味だった。
あれなら自分で作った酒のツマミなどの方が、よほど食べ物として上等と言える。
そんなものを食べさせて食事の水準を上げてしまっては、お互いの不幸を招こうというものだ。
仕方なく彼はゆっくりフードの箱を手にし、わくわくと身体を揺する二個のれいむの元へと戻る。

「おい、悪いけど一人前しかないぞ」
「ゆゆっ!?そんなぁぁぁぁぁ!!」
「れいむおなかいっぱいたべたいよ!!」

当然、れいむたちからはブーイングが噴出。しかし彼にとってこれは初めてではない。
以前にもゆっくりフードを買い忘れてしまい、れいむの晩ご飯が抜きになったことがあった。
確かにその晩は機嫌が悪かったが、翌日買ってきた餌を与えると、ケロリと忘れて上機嫌に戻った。
極端な話、数日抜いたところで別に死ぬようなものでもない。そう彼は楽観視していた。

「まあ明日は少し多めに買ってくるから。今日はそれで我慢しとけ」
「れいむおたべなさいしてつかれたよ!!おなかぺこぺこだよ!!」
「れいむだっていっしょだよ!!」
「だったら仲良くはんぶんこしないとな。それがゆっくりってもんだろ」
「「ゆっ・・・」」

しかしこの問題の根は、空腹とはまた違うところに存在した。
れいむたちは「二倍ゆっくりできる」と前向きに考えていたが、事実はそうではない。
お兄さんが与えてくれる有限のゆっくりを、二人ではんぶんこしなくてはいけないのだ。
それでは充分にゆっくり出来ず、満足な「おたべなさい!」が出来るかどうか解らない。
この「ごはんが足りなかった」という一事は、れいむ達の心にそう印象付けるに至った。
しかし内心はそう感じていても、そこはゆっくり。出来る限り波風を立てず、お互いゆっくりする方向で動いた。

「ゆっ、れいむ、いっしょにたべようね。おにいさんをこまらせないでね」
「ゆゆ、わかってるよ!はんぶんこしようね!」
「れいむはゆっくりしてるね!!」
「れいむもゆっくりしてるよ!!」

二個のれいむは形ばかりのすりすりで一応の親愛を高めると、食事に取り掛かった。
とはいえ、ゆっくりの知能で綺麗に二等分など出来るはずもなく、自然と偏りが生じた。
多く餌を取れた方のれいむは、「むーしゃ、むーしゃ♪」と食事に集中している。
そうでない方のれいむは、まだ咀嚼をしているもう一個のれいむを羨ましそうに見つめている。
そんな手持ち無沙汰の状態だったから、お兄さんがぽつりと呟いた一言に気付けたのだろう。

「くだらねえな……」
(ゆっ!?)

れいむたちを見下ろすお兄さんの瞳は、どこか冷ややかだった。
いつもはぶっきらぼうながら、どこか暖かみのある視線を送ってくれていたのに。

しかしそれも無理からぬ。青年は心のどこかが次第に冷えていくのを感じていた。
彼は「自分対れいむ」という限定的に完結した関係性の中に意味、救いを見出していたのだ。
それがもう一個ゆっくりが増えたことにより、「れいむ対れいむ」という異なる関係性が生まれた。
人間は人間同士、ゆっくりもゆっくり同士の方が接しやすいだろう。
となると、彼がそこに食い込んでいくのにはエネルギーを使わなければならない。
それが彼には面倒臭い。それは彼が日頃疎ましく感じていた、社会というものの構図だからだ。
実際にはれいむたちは、お互いを内心嫌っており、お兄さんにゆっくりしてもらうことしか考えていない。
だが客観的に事実を見れば、れいむたちはお互いにゆっくりしており、お兄さんは観察者に過ぎなかった。
彼にはゆっくり同士が仲良く過ごすのを眺めるような趣味は無かった。

(いや、これは自己中心的な考えか……)

そう思いなおしたとて、一度感じてしまったことを撤回することなど出来はしない。
まあ、長く付き合っていれば色々ある。自分もその内、こういった観察の良さが解ってくるかもしれない。
そう自分を納得させながらも、お兄さんは表情を顰めたままれいむ達に背を向け、PCの前に腰掛けた。

(おにいさんがゆっくりできてないよ。きっとこのゆっくりできないれいむのせいだよ)

そんな様を見ていた食いっぱぐれいむは、お兄さんの感情の機微を直感した。
お兄さんは、れいむたちが増えちゃったのを見て、明らかにゆっくり出来なくなっている。
「晩御飯を食いっぱぐれる」という、分裂のデメリットを味わった方のれいむだからこそ出来た発想かも知れない。
このままではお兄さんもゆっくり出来なくなり、れいむの享受出来るゆっくりも、以前の半分以下になってしまうだろう。
まさに負のスパイラル、ゆっくり無き世界。待っているのは絶望だけ。
早急に何とかしなければならない。
ようやく食事を終えたもう一人の自分を見ながら、れいむは決心を固めた。

とにもかくにも、まずはゆっくりしなければならない。
とは言え、れいむ同士では到底ゆっくり出来ない。同じ髪飾りをつけたゆっくりなど気持ちが悪くて仕方がない。
お兄さんが構ってくれなければ、ゆっくり出来ない子と過ごすしかなくなってしまう。そんなの嫌だった。
れいむはネットの巡回を楽しむお兄さんの足下へと縋り付いて行った。

「おにいさん!れいむとあそぼうね!れいむとゆっくりしてね!!」
「えっ? どうしたんだ急に」
「おにいさんとゆっくりしたいよ!れいむとおはなししてね!!」

れいむがこんな風に遊びをせがんで来ることなど、今までほとんど無かった。
珍しいことだとお兄さんが一瞬戸惑っている間に、沢山ごはんを食べた方のれいむが慌てて駆け寄って来た。
お兄さんの足に身体を擦りつけていたれいむを、身体を使って押しのける。

「ゆっ、れいむ!おにいさんのじゃましちゃだめだよ!!」
「ゆゆ、でも、でも・・・」
「おにいさんはゆっくりしてるんだよ!れいむはれいむとゆっくりしようね!!」
「ゆぅぅぅぅ・・・・・」

沢山ごはんを食べて幸せになった方のれいむは、少し心に余裕が出来ていたようで、
「ゆっくり出来ないれいむとでも何とかゆっくり過ごしてやろう」という気概を見せていた。
しかしもう一方のれいむにとって、そんな気遣いはありがた迷惑も良いところであった。

「まあ良いじゃないか、仲良くしてろよ。ゆっくりはゆっくり同士の方が良いだろ」
「ゆゆ・・・おにいさん・・・・・」
「おにいさんもそういってるよ!むこうにいってゆっくりしようね!!」

お兄さんにまで言われては仕方がない。ここでゴネてお兄さんにまで嫌われたらどうしようもない。
部屋の隅に置かれたれいむ用のゴムボールに向かって、意気揚々と跳ねていくれいむと、
後ろ髪を引かれる思いで渋々その後ろについていくれいむ。
お兄さんはその背中をどこか寂しげに見送ると、PCに向き直り、面白動画サイトを見てアハハと笑っていた。

れいむとれいむは交互にゴムボールに体当たりし、キャッチボールのような遊びをしていた。
何だかんだで身体を動かす遊びは楽しいし、遊び相手がいるというのも悪くない。
それでもやはり、相手が自分と全く同じものだと思うと、両者とも良い気持ちはしなかった。
これからお兄さんが仕事に行っている間、ずっとこんな思いをしなければならない……
一方のれいむは「その内慣れるさ」と自分に言い聞かせていたが、ごはんを少ししか食べられなかった方のれいむは
空きっ腹を抱えながら、来るべき憂鬱な生活を想像して、そんなのは耐えられないと感じていた。

「ゆっ!れいむ、ゆっくりしてる?」
「ゆっ・・・?れいむはゆっくりできてるよ!!」
「いっぱいゆっくりして、おにいさんをゆっくりさせてあげようね!!」

そんなものは欺瞞だ。れいむが二人もいる限り、お兄さんはきっとゆっくり出来ない。
空きっ腹のれいむはボール遊びを中断し、もう一方のれいむの傍に駆け寄った。

「ゆ?どうしたの?れいむもっとあそびたいよ!!」
「れいむきいてね。あしたになったらまたおたべなさい!しようね」
「ゆゆ!?でもまたたべてもらえなかったらたいへんだよ!もっとゆっくりしてからじゃないとだめだよ!」
「だいじょうぶだよ。れいむにいいかんがえがあるよ」
「ゆゆ・・・ほんとう?さすがれいむだね!!」

自分の分身の考えた作戦なら、きっと素晴らしいものに違いない。
疑いもなくそう確信したれいむは二つ返事で承諾し、二人はゆっくりと明日の打ち合わせを始めた。
ヘッドホンを付けて動画を見ていたお兄さんがその密談に気付くことはなかった。
もしかするとそれは、れいむ達が楽しそうにしている声をむざむざ聞きたくないという、ある種の防衛行動であったのかもしれない。
それぞれがダラダラと時間を過ごし、夜は更け、やがて一人と二個は深い眠りについていった。


運命の朝。
お兄さんがいつも通りの時間に起きて来ると、居間のテーブルには二個の饅頭が行儀良く並んでいた。

「「おにいさん、ゆっくりしていってね!!」」
「ああ……おはよう。そういえばお前増えたんだっけ……」

そこ邪魔だからどいとけよ、とれいむたちに言い、流しに顔を洗いに行こうとするお兄さん。
しかしそんなお兄さんを、れいむたちは「ちょっとまってね!!」呼び止める。

「ん……何だってんだよ?」
「おにいさん!きょうこそれいむをたべてもらうよ!!」
「ふたりになったからにばいゆっくりできるよ!!」
「またその話か。だから俺は要らないって」
「えんりょしないでね!いっぱいあるからたべていってね!!」
「あのなあ……」
「れいむ!あれをやろうね!」
「ゆゆっ、わかったよれいむ!!」
「おい、ちょっとは聞けよ」

れいむたちの打ち合わせ。それはお兄さんのおいしい朝ごはんになること。
いっせーの、で二人同時に「さあ、おたべなさい!」をする。
そのまま放っておいてしまえば、可愛そうなれいむは四人に増えてしまう。
れいむが増えるとお兄さんはゆっくり出来なくなるのだから、今度こそ食べるしかあるまい。
お兄さんを脅かすようで気が引けるやり方だが、食べてもらいさえ出来ればゆっくりしてもらえるのだ。
その結果を得るためには、仕方の無い妥協だった。
れいむたちは互いに頷きあい、お兄さんにの顔をきりりと見つめる。そして……

「「いっせーの、」」
「「さあ!」おたべなさい!!ゆっ!?」
「ああ、また……あれ?」

「さあ!」までは二人同時に発声した。しかし肝心の「おたべなさい!」を行ったのは一方だけだ。
作戦立案をした空きっ腹のれいむの方は、割れたれいむの隣で平然と、丸々と構えている。
お兄さんへの親愛は衰えていなかったため、「おたべなさい!」は痛みもなく上手くいった。しかしこの状況は何だ?

「ゆゆ、れいむどうしたの!?ちゃんとおたべなさいしてね!!」
「・・・・・・」

何か失敗したのだろうかと、割れたれいむが必死に呼びかける。
だが残ったれいむは何も言わず、割れいむが予想もしていなかった行動に出た。

バクンッ

「むーしゃ、むーしゃ・・・しし、しししししあわせーーー♪」
「ゆあああぁぁぁぁぁ!?どうしてれいむがたべちゃうのおぉぉぉーー!!」

れいむが「おたべなさい!」をしたのは、お兄さんに美味しく食べてもらうため。決して他の人間や動物には食べられたくない。
なのに何故かれいむを焚き付けたれいむの方が、お兄さんのためのれいむの身体をむしゃむしゃと食べ始めた。
こんな結末、苦痛と絶望以外の何者でもない。「おたべなさい!」を冒涜されたれいむは、その全生涯を否定されたのだ。

「むーしゃ、むーしゃ♪」
「やめてね!!れいむをたべないでね!!れいむをたべていいのはおにいさんだけだからね!!」

空きっ腹れいむがどんなにゆっくり食べたとしても、一度誰かに口をつけられてしまった以上、
割れいむが「ふえちゃうぞ!」で再生する事は最早無い。同胞……いや、自分自身の裏切りを甘受し、このまま消えていくだけだ。

「どうじてごんなごとするの!!れいむやめてね!!これじゃゆっぐりでぎないよ!!
 やべてよおぉぉぉぉぉ!!!ゆっぐ」
「むーしゃ、むーしゃ、しあわせーーーーー♪」

残された半身の口も食べられてしまい、断末魔の叫びが途絶える。
もう一人の自分の身体を跡形も無く食べつくしたれいむは、一回りほど大きくなり、心身共に満たされていた。
れいむはやっぱり、ものすごく美味しかった。こんなれいむをお兄さんが食べたら、一生分のゆっくりが味わえることだろう。
更にそんなれいむを食べたれいむには、ゆっくりが二人分乗算されている……これこそがこのれいむの、真の作戦だったのだ。
でっぷりと膨れた身体を引きずり、残ったれいむはお兄さんに向き直る。

「おにいさん!!れいむはやっぱりすごくおいしいんだよ!!おにいさんもきっとすごーーくゆっくりできるよ!!
 れいむはゆっくりできるれいむをたべたから、きのうよりもなんばいもゆっくりしてるよ!!
 こんなにゆっくりしたれいむならおにいさんもたべてくれるよね!!さあ・・・」
「あー、ちょっと待て」

お食べなさい、と言おうとしたれいむを、お兄さんがその手で制止する。
お兄さんは一連の光景を眺めて、どん引きしていた。この上食べてもらえないと泣き叫ばれては敵わない。

「俺、甘いもの嫌いなんだよ」
「ゆ・・・・?」
「食べたらオエッて吐いちゃうぐらいな。だからお前は食えん。悪いが」

れいむの頭は真っ白になった。
どうして? あんな裏切り紛いのことを働いてまで、お兄さんにゆっくりしてもらおうとしたのに……
どうして甘いものが嫌いなのに、れいむのことを飼ってたの?
れいむと一緒にいっぱいゆっくりしたら、最後には甘い甘いれいむを食べるって決まってるのに。
れいむのゆっくりは、お兄さんに食べてもらうためにあったのに。
れいむは自分を食べてもらう以上に、お兄さんをゆっくりさせてなんてあげられないのに。
じゃあれいむは、本当はゆっくりできない、いらない子だったの?
次から次へと溢れてくる疑問が、そのまま涙となったかのように目からこぼれて来た。

「ゆっ・・・・ゆぐっ・・・・どうじで・・・・・・・・ゆぐっ・・・・」
「はぁ……別に食べてもらう以外にも付き合い方は色々あるだろ。そう落ち込むなよ」

お兄さんは事も無げにれいむを一瞥すると、洗面所に顔を洗いにいってしまった。
れいむははっと我に返り、お兄さんのあとを必死な顔でついていく。

「おにいさん!まってね!!れいむをたべなくてもいいよ!!だかられいむをきらいにならないでね!!
 れいむゆっくりできないゆっくりじゃないよ!!おにいさんといっしょにゆっくりしたいよ!!
 もうあんなことしないからね!!だからあんしんしてゆっくりしていってね!!ずっといっしょだよ!!」
「…………」

バシャバシャと水を顔にかけながら聞いていたお兄さんには、返事は出来なかった。


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最終更新:2009年02月24日 19:30
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