ゆっくりいじめ系1709 三匹のゆっくり 8

その7より

虐待部屋を出た男と、抱えられたれいむ。

「ゆっくりどこにいくの?」
「隣の部屋さ」
「ゆっ?」

隣の部屋?
一体、隣の部屋に何があるのだろう?
男は隣の部屋の扉の前に行くと、徐に扉を開けて、中に入った。
一緒に隣の部屋に入ったれいむは、その部屋を見て、呆気に取られた。

「ゆゆゆゆゆっ!?」

そこはれいむが虐待以外の時間を過ごしていた、あの二畳半の部屋であった。
床にはブルーシートが敷かれ、部屋の隅にはドッグフードと水の張った桶が置いてある。
そして、部屋の中心には、さっきまでれいむが包まって毛布が無造作に投げ捨てられている。

「れいむ。この部屋は誰の部屋だ?」

男がれいむに問いかける。

「ゆっ……ゆっ……」

れいむには答えられなかった。
間違いなく自分がいた部屋である。しかし、部屋なわけがなかった。
れいむの隣にある虐待部屋、そこにはありすが住んでいたはずなのである。

「れいむ、不思議だろう? なんでありすがいるはずの部屋が、虐待部屋になっているんだと思う? 一体、ありすはどこで生活していたんだろうな?」
「ゆっ……」
「まあ、答える前に次に行くか」

男はそう言うと、れいむの部屋を出て、もう一つの隣部屋に入っていった。
れいむは、その部屋にも見覚えがあった。

「ゆゆっ!! ここは!!」
「覚えているか、感心感心。その通り、この部屋はお前たちが初日に箱の中で眠っていた部屋だ」

2か月半もたってはいるが、れいむは未だこの部屋を覚えていた。
何しろこの部屋は、れいむが初めて過ごした人間の家の部屋であり、恐怖を感じた未知の空間だったからだ。
忘れたくても忘れられなかった。
しかし、やはりおかしい。
ここは本当なら、まりさが住んでいたはずである。
それなのに、机や椅子が置いてあり、棚の中には本が置かれている。
それと引き換え、ドッグフードや水の桶は置いていなかった。
まりさは以前、部屋には何もないと言っていた。
それなのにこの空間といったら、物で溢れているではないか!!

「な、なんで……!?」

ポツリと言葉が出ているれいむ。
もう訳が分からなかった。

まりさとありすはゲスでレイパーだった?
でも、れいむの知っているまりさは、ゲスではなかった?
親友のありすは、とても優しかった?
れいむの隣の部屋には、まりさとありすが住んでいた?
隣の部屋は、虐待部屋?
隣は、最初にれいむが来た部屋?


どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている?
どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている?
どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている?
どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている?
どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている?
どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている?
どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている?
どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている?
どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている? どうなっている?








一体どうなっている?









男は放心しているれいむを抱えて、再び虐待部屋に戻ってきた。
れいむを床に置いて、こっちを見ろと、命令してくる。
虚ろな表情で、男を見るれいむ。
男は、ポケットに手を突っ込むと、ゴソゴソと何かを取り出してきた。
男は取り出してきたそれを、れいむの目の前に掲げた。

「ちょうちょさん?」

れいむは、初めそれが蝶々のように見えた。
しかし、目を凝らして見てみると、無機質なそれは、決して蝶々でないことが理解できた。
蝶々のような何かを見せて、いったいどうするつもりなのだろう?
れいむが考えを余所に、男は真っ赤な蝶々を自分の口元に持ってくる。
そして、口を開いた。

『ゆゆっ!! まりさのおよめさんのれいむ!! なんでそんなかおしてるの?』
「!!!」

れいむは、目を見開いた。
突然、どこからか、まりさの声が聞こえてきた。
その声色は、あの優しかったまりさの声その物であった。
れいむは部屋の中を見渡した。
透明な箱の中には、ボコボコにされたゲスまりさが、弱弱しく蹲っている。
こいつが話した訳ではないだろう。
なら、いったいどこから聞こえてきたというのだ?
れいむが、忙しなく体を動かしていると、再びまりさの声が聞こえてきた。

『れいむ!! まりさはここだよ!! ゆっくりりかいしてね!!』

声の聞こえる方に目を向ける。
そこにあるのは、真っ赤な蝶々に口を当てた男の姿だった。
まさか、この男が言ったのだろうか?
いや、そんなはずはない!!
今のは、明らかに男の声では無かった。
れいむの愛するまりさの声だった。
だったのだが……

『ゆゆっ!! ゆっくりまりさのことが、わかったみたいだね!! うれしいよ、れいむ!!』

確実だった。
声は男の口元からしっかり聞こえてくる。
れいむは、益々理解が出来ない。
男はその後、蝶々を口元から離すと、手の中で蝶々に何かを施した。
そして、再び口元に持ってくる。

『ありすとれいむは、いつまでもしんゆうよ!!』
「!!!」

次に男の口から飛び出してきたのは、れいむの親友のありすの声。
もう何が何だか分からない。
れいむの餡子脳は、明らかに処理能力の限界を超えていた。

「わからないよ……」

ゆっくりちぇんの様な事を呟くれいむ。
目は虚ろで、焦点が全くあっていない。
男はれいむの態度を見て、ニンマリ微笑むと、口元から蝶々を離し、れいむに顔を近づけた。

「れいむ、一体何が分からないんだ?」
「……」
「まりさとありすが、ゲスのレイパーだった事か? それとも、隣の部屋が、虐待部屋だった事か? もしくは、俺の口から、まりさとありすの声が聞こえたことか?」
「……」
「まあ全部だろうな。今から順に説明していやるよ」
「……」
「まず、お前が初めてここに来た時、出会ったまりさとありすはこの二匹だ」

男はそう言って、透明な箱をバンバン叩く。
その度に、二匹は恐怖に歪んだ表情を見せてくれる。

「さっきのこいつ等の態度と映像で気づいているだろうが、こいつ等はゲスでレイパーだ。あの日、お前が見た二匹は、全部こいつ等の演技だったんだよ。
俺はこいつ等と契約してな。報酬を与える代わりに、俺のやることに付き合えって言ったんだよ。まりさの報酬は、美ゆっくり100匹。ありすは美ゆっくりに整形してやることだ。
ま、契約といっても、守る気なんてサラサラ無かったがね。こいつ等を釣るために口から言った出まかせだ。
ちなみに、整形ってのは、言ってみれば無理やり人工的に綺麗にするような事だ。お前が見たまりさ、美ゆっくりだっただろ? あれは、俺がしてやったんだ。
まあ、俺がしたというより、金を出して専門家にしてもらったというほうが正確なのだがね。元々は十把一絡げのどこにでもいる汚いゲスまりさだったんだぜ。
全く技術の進歩ってのはすごいよな。それとも、体の構造が単純だから、そんなことも出来るのかねえ?」
「……」
「まあ、そんな訳で、こいつ等は手伝ってくれることになったんだ。田舎者のれいむを思いっきり馬鹿にしてやるって言ったら、二匹ともノリノリだったな。
心底ゲスな奴らだね。まあ、俺も他人のことは言えないんだが、ハハハ」
「……」
「で、映像で見た通り、その日こいつ等は虐待をされなかった。虐待されていたのは、お前一匹だけだったんだ。でもお前は全員虐待されたと思っただろ? なぜだ?」
「……」
「なぜなら隣の部屋にいたまりさとありすも、同じく虐待を受けたってお前に言ったもんな。だから、お前は自分だけでなく、二匹も虐待されていると思い込んだ」
「……」
「もう気づいているんじゃないか、れいむ? あの声の正体に?」
「……」
「言ってほしいか、本当の声の主を?」
「……」
「それでは言ってやろう。あの壁越しに聞こえたまりさとありすの声の正体、それはなんと……」




「俺でした〜〜〜!!!!」




「…………」
「あり? 反応が薄いな。もっと愕然とした表情を見せてくれるかと思ったんだが……まあ、良いや、続けよう。お前が壁越しに話していた二匹は、俺がこいつを使ってしていたことだ」

男はそう言って、真っ赤な蝶々をれいむの目の前に掲げてくる。

「これはな、以前香霖堂という店で手に入れた物だ。このようにダイヤルを合わせると、好きな声を出すことが出来るんだ。
『まりさのおよめさんのれいむ!! そんなかなしそうなかおをしないでね!!』
『しんゆうのれいむ!! ありすがすりすりしてあげるわ!! ゆっくりなかないでね!!』とまあ、こんな風にな」
「……」
「何でも外の世界から流れてきた本を参考に、かっぱが制作した物らしい。それを香霖堂の店主が、ツケの代わりに貰ったそうだ。
高かったんだぜ。それ以上に非売品でな。店主もこれは商品じゃないと、中々売ってくれなったんだ。しかし、俺の努力の甲斐あってな。ようやく売ってくれたんだ。
一週間毎日のように通い詰めたもんだから、向こうもいい加減嫌気がさしたんだろうな。悪いことしたよ」
「……」
「で、これを使って、二匹のふりをしていたという訳だ。両方の違う壁から声が聞こえてきただろ。それには、このスピーカーを使ったんだ」

男はポケットに手を突っ込むと、丸い物を二つ取り出し、れいむの前に置いてやった。

『ああ、ああ、聞こえますか? 聞こえますか?』
『とかいはのありすよ!! ゆっくりへんじしてね!!』

男が出した丸い物体から、声が飛び出してくる。
最初のセリフは右側の丸から、後のセリフは左側の丸から聞こえたものだ。

「これをありすのいた部屋というか、この虐待部屋の壁に貼り付けていたんだ。で、もう一つの方は、本当はまりさがいるはずだった部屋に貼り付けた。
まりさの声を出す時はこっちのスピーカーから、ありすの声を出す時は、もう一つのスピーカーから声を出していたという訳だ。
だから、お前には両壁から、声が聞こえてきたという訳だ。だいたい分かってきたろ」
「……」
「つまりだ。お前が二か月半もの間、毎日のように話をしてきた相手は、なんとこの俺だったというわけだ」
「……」
「虐待部屋とお前の部屋を往復する時、木箱にお前を詰めただろ。それはな、これを知られないためだったんだよ。隣が虐待部屋だって気付かれたら、計画がすべておジャンだからな。
最初からお前だけが、虐待されていたんだよ。架空のまりさとありすは、どこにもいなかったという訳だ」
「………………」

れいむはようやく理解できた。何もかも理解出来てしまった。
れいむは、ひたすら男の掌の中で踊っていたということが。

「ここに来てまりさに出会い、一目で惚れたよな。横から見ても、アリアリと分かったよ。でどうだ、今の気分は?
実際のまりさはゲスで、美しさも作られた物だと知ってしまった気分は? そんなゲスまりさと婚約した気分は?
悔しいかい? 悲しいかい? どうなんだい?」
「……」
「それからありすもね、本当の姿はレイパーだったんだよ。あ、ちなみにこいつの親がレイパーだってのは本当の話だぞ。
ただ、嘘だったのは、こいつがレイパーを憎んでいるって話な。こいつ自身、生粋のレイパーだから。むしろ、親以上だろって言いたくなるほどのな。
どうだい。そんなありすと親友になれて? 君たち、確か親友だよね? これからも親友でいようって約束したよね?
レイパーと親友になった気持ちは? 教えてくれよ!!」

男はニヤケ顔を止めず、れいむに言ってくる。
何を馬鹿な事を言っている。
自分が大好きだったのは、あの勇敢で凛々しいまりさだ!!
自分の親友は、優しく本当の都会派であったありすだ!!
決して、この透明な箱の中で醜い姿を曝している二匹ではありはしない!!

「れいむがおよめさんになったのは、このげすまりさじゃないよ!!!! れいむのしんゆうは、こんなれいぱーありすじゃないよ!!!!」

れいむは今までも鬱憤を晴らすかのように、盛大に叫んだ。
しかし、男は一向にニヤケ面を改めようとしない。
寧ろ、男にとっては、その言葉を待っていた節すらあった。

「そうか、こいつ等は婚約者でも親友でもないか。それなら、お前の本当の婚約者と親友は、一体どこにいるんだ?」
「ゆっ!?」
「ああ、そうか。お前の本当の婚約者は俺か!! 本当の親友は俺なんだな!!」
「ち、ちがうよ!! ゆっくりごかいしないでね!!」
「誤解も何もそう言うことだろ? お前が2か月半も一緒に生活してきたまりさとありすは、全部俺の演技だったんだから」
「ぢがうよおおおおぉぉぉ――――――――!!!」
「本当にいろいろな事を話したよな。一緒に俺の悪口を言ったり、作戦会議をしたり、ここから出られたらどうするか話し合ったり」
「やめでええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――!!!!」
「途中、お前の居場所が無くなってきただろ。あれはな、俺がそうなるように仕向けたんだよ。まりさとありすを演じて、お前が一匹除け者にされるようにな。お前の焦りっぷりったら、止められなかったぜ」
「いうなああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――!!!!!」
「そう言えば、ありすというか、ありすを演じた俺の告白はどうだったよ? 迫真の演技だっただろ? あれでお前はまりさに告白する決意を固めたんだもんな」
「やめでええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――――――――!!!!」
「しかもその後自分から虐待まで受けるとは。プププ、そんなにまりさと対等になりたかったのかい? その為に、怖い怖い虐待を進んで受けたのかい? 俺が相手だとも知らずに、プププ。おお、愚か愚か」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――――――――!!!!!!」
「ありすを出し抜いた気分はどうだい? 優越感に浸れただろ? でも、今思えばとても恥ずかしいよね? 何しろ、俺に告白して、俺に優越感を感じているんだから」
「ゆぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――――!!!!!!」
「そもそもさ、おかしいと思わないのかねえ。自分から進んで虐待を受けたがる奴なんて、いるはずがないじゃん。
家族の為ならまだしも、他ゆっくりの為に自分から進んで痛い目に会うって、いったいどんなマゾよ。
それにさ、ありすにしても変だろ。
お前のしたことって完全に裏切りじゃん。それなのに許すばかりか、いつまでも親友でいようねなんて、いったいどこの聖人君子よ。
真に都会派のありすなんて者がいたら、一遍お目にかかってみたいわ。まあ、そんなもん、いないだろうけどな」
「……もう、やめでよ」
「れいむ、お前は最高のゆっくりだったよ。お前を選んで本当に良かった。
森の中で伸び伸びと暮らし、呑気で疑うということを知らない無垢なゆっくりが、少しずつ負の感情に染まっていき、狡猾で計算高くなっていく様をしっかりと見させてもらったよ。
俺としては、お前の性格の変化によっていくつかの結末を考えていたんだが、その中でも最高に近いエンディングを見せてもらったよ。本当にお前は名タレントだった。
俺の掌の中で遊ばれているとも知らず、自分の作戦が順調に進んでいると思っている姿を見たら、途中で何度本当のことを言い出してしまいそうになったことか。
いやはや、危なかったよ。しかし、我慢したおかげで、こんなに素晴らしい喜劇を制作することが出来た。ありがとう、れいむ!!」
「……やめてよ」
「ただ、一つ失敗したのは、あのゲスとレイパーをボコボコにしてしまったことだな。本当なら、万全な姿でお前に会って欲しかったんだが。
その方が、お前にとってこみ上げるものがあるだろ。何しろ、虐待をされてるのは、正真正銘お前だけなんだから。
同じ虐待をされる仲間がいるからこそ、今まで耐えられてきたのに、実は自分だけが虐待されていると分かったら。
良ゆっくりであるお前だけが虐待されて、ゲスとレイパーはそれを見て笑ってるんだから。どうだ、想像しただけで、来るものがあるだろ?」
「……」
「しかし、こいつ等はあまりにもゲス過ぎた。俺の神経を逆なでしすぎたんだな。映像を見ればわかるだろ。じじいとか言ってくんだぞ、こいつ。
いやはや、すっかり我慢できずに、こんな姿にしちまったよ。ゲスの虐待なんて、やりすぎてもう飽き飽きなんだがね。はあ、惜しいことをした……」
「……」
「れいむ、また口が止まったぞ。会話はキャッチボールだ。お前も何か言えよ」
「……」
「おい、何か言えって」
「……ゆっくりここからだしてね」
「はあ?」
「……ゆっくり、このおうちからだしてくれるっていってたよ……ゆっくりまもってね……」

れいむはもうすべてどうでもよかった。
男の話は、しっかり理解した。自分がピエロだったことは、十分理解出来た。
もうどうでもいい。
まりさがゲスだったことも、ありすがレイパーだったことも、男がずっと自分を騙していたことも、どうでもよかった。
ただただ今はこの家を出たい。
外の空気を思いっきり吸い込みたい。
すべてを忘れたい。
れいむは、何度も「ここからだしてね」と繰り返した。

「……タレントなら、最後までしっかりと責任を持ってほしいものだがな。まあいいだろう。お前の消沈ぶりを見せられれば十分だ。家から出してやるよ」

男は虐待部屋の扉を開けると、「ついてこい」と、れいむに顎をしゃくる。
れいむは、虚ろな目をしながら、ただただ男の後に続いて行った。
男は玄関前にやってくると、ドアノブにてを掛けた。
しかし、そこでピタリと手を止めてしまう。

「れいむ、本当に帰るんだな?」
「……ゆっくりはやく、ここからだしてね」

男は「確認したぞ」と言いながら、玄関のドアを開けた。

これで帰れる。
これでこの辛い暮らしともオサラバ出来る。
森に帰ったら、すべてを忘れよう。なかったことにしよう。
そうだ、お母さんの所に帰ろう!!
きっとこの悪夢は、お母さんの言葉を聞かなかった自分に天罰が下ったのだ。
これからは、お母さんの傍で、ずっとゆっくりしよう。
友達といっぱい遊ぼう。

無限の可能性を秘めた玄関のドアが開けられた。
れいむは、勢いよくそこに飛び込んでいく……が、




「ゆっ……ゆゆ………ゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆっ!!!!!」




れいむの目に真っ先に飛び込んできたのは、白だった。
見る物触る物すべて白一色に染まっていた。
それは、ゆっくりを決してゆっくりさせてくれない大自然の猛威。
一面の銀世界に、れいむは言葉を紡げなかった。

「ああ、一つ言い忘れてた。実は昨日、この冬一番の寒波が来てな。雪が積もりに積もったんだわ」
「ゆっ……」

2か月半。
れいむが男に虐待されている間に、季節はすっかり移り変わり、本格的な冬が到来した。
れいむは気付きもしなかった。
そもそも、れいむのいた部屋には窓がないし、その日を生き抜くのに精いっぱいで、そんなことに頭を回している余裕もありはしなかった。
男が巧みな話術で、それを思い出さないように仕向けていたこともある。
また、ゆっくりの巣と違い、人間の家は防寒に優れており、毛布も与えられていたため、気温の変化も気付きにくかったのだ。

「こりゃあ、雪かきが大変だな。全く嫌になるよ。森の方もさぞかしすごいことになってるだろうな。一面雪が積もって、巣の場所なんて分からないだろうね。
それに、餌はあるのかなあ? 動物も昆虫も冬眠してるだろうし、草も花も木の実だってもうあるわけないよねえ」
「ゆ……ゆ………」
「たいへんだな、れいむ。これからこんなところで生きていかなきゃならないなんて。でも、俺は応援しているよ。
ゆっくりお家を作って、ゆっくり餌を集めて、ゆっくり冬眠していってね!!」

何を馬鹿な事を言っているのだ!!
こんなところで暮らせるはずがないだろう。
男の言葉通り、森は雪で埋まり、どこに巣があるかも分からない状態だろう。
今から巣を作るなんて言語道断だし、餌なんてあるはずがない。
その以前に、こんな雪の中を歩いて森に帰れるはずがない。
道中、空腹で死ぬか、寒さで凍え死ぬかが落ちだろう。

れいむは男の顔を覗き込んだ。
男はそんなれいむを見て、ニヤニヤとうすら笑いを浮かべている。
知っていたのだ。
れいむがここから出られないことを。
ここから出ても、待っているのは死だけであると。
れいむが助かる方法はただ一つ。男に助けてもらう以外、方法がないのだと。

悔しかった。
ようやく抜け出せると思っていたのに、結局最後の最後まで、男の手の上で踊っていただけの自分が。
あれほどの仕打ちをしてきた男に助けてもらえなければ、生きていくことも出来ない脆弱な自分が。
れいむは悔しかった。

それでも、れいむは死にたくなかった。
死ぬことが怖かった。

「……おにいさん。ゆっくりれりむをおうちにいれてね」
「なんだ、森に帰りたいんだろう? 遠慮するな、れいむ」
「……ゆっぐりおねがいじまず。れいむをおうぢにいれでぐだざい」
「ふーむ……ま、良いだろう。何しろ俺のお嫁さんだしな。どうだ、前に言ったろ。“まりさ”の家は、人間の家と同じくらいデカイって。
ははは、当り前だよな、俺は人間だもん。大きなお家で暮らせて嬉しいだろ。これからも精々可愛がってやるよ。なあ、れいむ」





「……ありがとう……おにいさん」












おまけ


男は里の道を歩いていた。
生活用品の買い出しと、香霖堂への贈り物を買うためである。
今回の虐待は、香霖堂の店主があれを譲ってくれなければ完成しなかった。
半ば無理やり譲ってもらったような品だ。あの店主は人が出来ているので受け取ってくれないかもしれないが、贈り物でもしないとこちらの気が済まない。
あれだけ壮大な虐待が出来たのも、すべて店主のおかげだ。受け取ってくれなければ、無理にでも置いてくるつもりだった。
男は、幼馴染がやっている和菓子屋に入っていく。

「いらっしゃい……って、なんだお前!! その格好は!!」

馴染みの店員が、男の恰好を見て唖然とする。

「ん、なんかおかしいところでもあるのか?」
「お、おかしいって、お前、寒くないのか?」

男が来ていた服。
白いシャツに、青いジャケット。水色の短パンに、極めつけは赤い蝶ネクタイ。
七五三で男の子が着るような恰好である。
格好のみならず、脛毛がとても痛々しい。

「ああ、寒い」
「寒いって……分かってて、何でそんな恰好してんだよ!? 変態か? 変態なのか? だいたいその眼鏡はなんだ、視力2.0!!」
「誰が変態だ!! 最近、ちょっとしたことにハマってたんだが、この格好のほうがやる気が出てくんだよ。
変態じゃねえよ!! 仮に変態だとしても、変態という名の探偵だ!! ちなみに眼鏡は伊達な」
「探偵って……ああ、もういいわ。お前が変人なのは、昔からだもんな」
「なんだと、この野郎!!」
「まあ、それはさて置き、いいところに来たよ。近々、お前の家に行こうと思ってたんだよ」
「用事でもあったのか?」
「この前みんなで集まってな。今度の春に合わせて、演劇でもしようと決まったんだ」
「へえ」
「でだ、お前も当然参加するだろ?」
「ああ、させてもらうよ」

男は里の劇団員の一人である。
劇団といっても本業でしているわけではなく、趣味の合う者が集まって作られたサークルである。

「ところで、どんな演目をするんだ?」
「まだ決まってないよ」
「ならゆっくりの役を取り入れたらどうだ?」
「ゆっくり? ゆっくりって、饅頭のゆっくりのことか?」
「ああ。自慢じゃないが、俺はゆっくりを演じさせたら、幻想郷一という自信があるぜ」
「……本当に自慢じゃないな」

店員は呆れているようだ。
男はとりあえず、店主への贈り物を選び包んでもらう。

「ところで練習場所はいつものところだな?」
「ああ、そうだ」
「いつから始めるんだ?」
「遅くとも来週には取りかかりたいな」
「分かった。予定をあけとくよ」

男は用事も終わったので、店を後にしようとした。

「おい」
「まだ何か用事があるのか?」
「どうでもいいが、そんな恰好で練習場所にくるなよ。みんな引いちまうぞ」
「うっせえ、俺の勝手だろ」



「バーロー」
















〜fin〜






久しぶりだね、兄弟(・∀・)ノ 
何が書きたかったかというと、最後のセリフを書きたかっただけである




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最終更新:2008年12月11日 00:25
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