ゆっくりいじめ系1649 まりさなんか死ねばいいのに

「ゆ~♪むーしゃむーしゃ♪しあわせ~♪」

野生のゆっくりが味わえないご馳走を、まりさは口いっぱいに頬張る。
舌に広がる甘さは、自然界のどこでも手に入らないものだった。
まりさは涙を流して、自分の幸せを大事そうにかみ締める。

「ゆっゆ!!れいむにもちょうだいね!!ゆっゆ!!」
「はいはい、そう焦るなって」
「ゆっ!!むーしゃむーしゃ♪しあわせ~!!」

飼い主であるお兄さんは、まりさの隣にいるれいむにも同じように餌を与えた。
2匹が美味しそうに餌を貪り食う様子を見て、お兄さんも和やかな笑みを浮かべる。
食べかすを飛び散らしても、叱りつけるような事はしない。
どんなに食べ散らかしてもいいように、床には新聞紙が敷かれているのだ。

「「ゆっくりごちそうさま!!!」」
「沢山食べたね。そんなに美味しかったかい?」
「ゆっ!!とてもゆっくりできるたべものだったよ!!」
「あしたもたくさんよういしてね!!」

さすがゆっくり。お礼の言葉は無く、図々しい要求も忘れない。
お兄さんは苦笑いしながら、2枚の食器を台所へ運んでいく。その時だった。

ボソッ

“また”だ。
部屋でゆっくりしているまりさの餡子脳に、何かが引っかかった。
お兄さんが小さな声で、何か言っているのが聞こえたのだ。

「ゆっ!おにーさん!!いまなにかいった!?」
「いいや、何も言ってないよ。まりさの聞き間違いじゃないか?」
「ゆぅ?……いわれてみればそうだったよ!ゆっくりごめんなさいだよ!!」

でも、確かに聞こえた。これは今に始まったことではない。
既に半日、まりさは同じような違和感を十数回感じた。偶然とは思えなかった。

ボソッ

まただ。
どうやられいむは気づいていないらしく、遊具で遊んでいる。
気のせいなのだろうか。それとも、お兄さんが嘘をついているのだろうか。
でも、気のせいでないとしたら、それはお兄さんの口から発せられている声だ。

「ゆぅ……きっときのせいだね!!きにしないで、れいむとゆっくりするよ!!!」

まりさは、頭の中から不安感を拭い掃って、遊具で遊んでいるれいむのほうへ跳ねていく。

ボソッ

その声は、今度はまりさには届かなかった。



「……まりさなんか死ねばいいのに」



「ある~ひ!!」
「「あるぅ~ひ♪」」

「もりのなか!!」
「「もりのなか♪」」

「くまさ~んに!!」
「「くまさ~んに♪」」

「であ~った!!」
「「であ~った♪」」


食事の片付けを終えたお兄さんが部屋に戻ってきて、まりさとれいむと遊んでくれることになった。
今は、お兄さんが歌う歌を真似して歌う遊びをしているところだ。
ぱんぱん手を叩いてお兄さんがリズムを取るのに従って、まりさとれいむは座布団の上でニコニコしながら歌っている。

「「「はなさくも~り~の~み~ち~♪♪くまさ~んに~で~あ~あった~♪♪」」」

歌い終えると、お兄さんはうまく歌えた2匹の頭を交互に撫でてやる。

「よーし、2人とも良く歌えたね」
「ゆゆっ!!たくさんれんしゅうしたもんね!!ゆっくりじょうずでしょ!」
「まりさもゆっくりれんしゅうしたよ!!ゆっくりほめてね!!」

お兄さんの指導の甲斐あって、2匹は人間が聞くに堪える歌を歌えるようになっていた。
そんな2匹も飼われ始めの頃は、不協和音を発してお兄さんを激怒させたものだった。

「さて、次は何を歌う?」
「ゆゆ~……まりさはおもいつかないよ!れいむは?」
「ゆんっ!!“だいちさんしょう”がいいよ!!とてもゆっくりしたうただよ!!」

大地讃頌。確かにゆっくりした歌ではあるが……きっと歌詞の意味は理解していないに違いない。
お兄さんは楽譜を開いて、歌う準備をする。ごほんと咳払いをすると、2匹の顔を交互に確認した。

「よし、それじゃ皆で歌うぞ」

ボソッ(まりさなんか死ねばいいのに)

「じゃあいくぞ。さん、はい!」
「ゆっ!!ゆっくりまってね!!!」

例の小さな声が聞こえた気がして、まりさは声を荒げた。
れいむとお兄さんは不機嫌そうな顔をして、まりさを見ている。

「どうしたんだよ。せっかくいい所だったのに」
「そうだよ!!ゆっくりじゃましないでね!!!」
「で、でも!なにかきこえたんだよ!!ゆっくりきこえたよ!!」

ぴょんぴょん大きく跳ねて、必死に自分の主張を理解してもらおうとするまりさ。
しかし、れいむとお兄さんには通じなかった。

「だから気のせいだって。さっきも言っただろう?」

ボソッ(まりさなんか死ねばいいのに)

「ゆゆっ!またきこえたよ!!きっとおにーさんだね!おにーさんなんていったの!?」
「僕は何も言ってないって。ったく……いい加減にしてくれよ」

お兄さんは、次第に苛立ちを露わにする。
その様子を見たまりさは、これ以上深入りするのは得策でないと感じ、何も言わなかった。

ボソッ(まりさなんか死ねばいいのに)

確かに、聞こえる。
そしてほぼ間違いなく、その声の主はお兄さんだ。
でも、お兄さん本人は“気のせいだ”“聞き間違いだ”と言って取り合わない。

「ははな~る~だいち~の~」「ふ~と~~こ~ろ~に~」

お兄さんやれいむと歌っている間も、その違和感は拭えなかった。
絶対に、お兄さんが何かを言っている。それは間違いない。
分からないのは“何を”言っているのかという点だ。

それがあまりにも気になって、歌い終わった後の遊び時間はあまりゆっくりできなかった。
ゆふぅ~とため息をついて、暗い顔のまま床を見つめるまりさ。
部屋の隅でぐったりしているまりさに、れいむが心配そうな声をかける。

「まりさ?…ゆっくりしてる?」
「ゆ…ゆゆっ?ゆっくりしているよ!!れいむもゆっくりしていってね!!」

ぴょんと飛び上がって、まりさは自分が元気であることをアピールする。
れいむに聞こえていないということは、きっと気のせいなんだ。
まりさはそう自分に言い聞かせて、就寝までの残った時間をゆっくり過ごすことにした。
でも、何故だろうか……とてもゆっくりしているはずなのに、心がゆっくり出来てない気がする。

「ゆぅ……なんだかゆっくりできないよ…」

きっと遊び疲れたんだ。そう結論付けたまりさは、ひとりで寝床へと向かった。



ボソッ

「まりさなんか死ねばいいのに」



夜。外は真っ暗。ゆっくりたちも眠る時間である。
まりさとれいむも例外ではなく、寝床でゆっくり眠る準備をしていた。

「まりさ!ゆっくりねむろうね!!」
「ゆ!!あしたもゆっくりしようね!!」
「よーし、電気消すぞー」

お兄さんがスイッチを押すと、室内の照明が落ちた。
まりさとれいむは、互いに寝床の藁を被せあい、ゆっくり目を瞑る。

「ゆぅ~ぐっすりぃ……」
「ゆっくりねむるよぉ……」
「おやすみ、2人とも」

お兄さんも、2匹の寝床のすぐ傍にあるベッドに潜り込む。
隣のれいむは既に眠り始めており、まりさも眠りに落ちるのは時間の問題だった。

「ゆぅ~すやすや~……あしたも、ゆっくりぃ…」

そうして、少しずつ意識が薄れていく……その時だった。


「まりさなんか死ねばいいのに」


「ゆゆっ!?そんなこといわないでね!!」

ぴょこっと身体を起こし、周囲を見回すまりさ。
今、明らかに聞こえた。とてもゆっくりできない言葉が、確実に聞こえた。

「ゆ?……ふたりともねむっているね!」

まりさが周囲を見回すと、れいむとお兄さんは寝息をたてていた。
れいむは藁の中に潜り込んでいるし、お兄さんも頭まで布団の中だ。

では一体誰が?
今まではお兄さんが小声で何か言っているのだと思ったが、そのお兄さんも今は眠っている。
やっぱり気のせいなのだろうか。

「ゆぅ…きっときのせいだね!ゆっくりねむるよ!!」

再び藁の中に潜り込み、目を瞑った時だった。


「まりさなんか死ねばいいのに」


「ゆゆっ!?だれなの!?そんなこといわないでねぇ!!」

先ほどよりも大きな声で、はっきりと聞こえた。
まったくゆっくり出来ない物騒な言葉を、誰かが言っている。
まりさは、何だか怖くなってぶるぶる震え始めた。

「ゆぅ…まりさ?ゆっくりねむってね?」
「おいおい、さっきからうるさいぞ?」

隣の藁から、もそもそっとれいむが顔を出す。同時に、ベッドの上のお兄さんもむくっと起き上がった。
まりさの大声で、れいむとお兄さんが起きてしまったようだ。
れいむはそれほどでもないが、お兄さんの方は眠りを妨げられてかなり苛立っている。

「ゆっ!!だ、だれかが、まままままりさがゆっくりできないことをいってたよ!!」
「はぁ?……お兄さんには全然聞こえなかったぞ?」
「ゆゆん!!れいむもきこえなかったよ!!ゆっくりねむっていたよ!!」

やっぱり。
れいむもお兄さんも、“そんな声は聞かなかった”の一点張り。
こうなると、やっぱりまりさの気のせいだったのでは、という気になってくる。

「ゆぅ…ゆっくりききまちがえちゃったのかな」
「たぶんそうだろう。……いい加減、そういうの止めてくれよな」
「ゆっくりねむるよ!!まりさはじゃましないでね!!」

お兄さんは少し低めの声でまりさに言い聞かせると、バサッと布団を被って寝転がった。
れいむも藁の中に潜り込んで、再び眠りにつく。
一人と一匹のその声にはどこか棘があって、“二度と起こしてくれるな”という気持ちが存分に篭っていた。

「ゆぅ…まりさもゆっくりねむるよ!」

れいむの後を追うように、まりさも藁の中へ潜り込んだ。
早くいい夢を見て、ゆっくり出来ない気分から逃れようという気持ちも、まりさの動作を速めていた。
遊び疲れていたので、ほんの数秒で意識が眠りの中へ落ちる。

「ゆぅ~…すやすや~……ぐっすり~……ゆぅ~」

「ゆぅ~……ゆぅ~……」




誰もが寝静まった部屋の中。
皆眠っているのに、誰かがこんな声を発している。

「まりさなんか死ねばいいのに」

しかし、とても小さな声なのでまりさを覚醒させるには至らない。

「まりさなんか死ねばいいのに」

「まりさなんか死ねばいいのに」

「まりさなんか死ねばいいのに」

「ゆぅ~……ゆぅ~……」

「まりさなんか死ねばいいのに」

「ゆぅ~………う゛ぅん……」

呪文のように繰り返される言葉のせいなのか、まりさは時折寝苦しそうに身体を動かす。
それでも目を覚ますことはなく、まりさは眠り続ける。

「まりさなんか死ねばいいのに」

「ゆぅ~……ゆぅ~……う゛ぅぅぅ…」

「まりさなんか死ねばいいのに」

「まりさなんか死ねばいいのに」

低い声で、繰り返し、一定の間隔で、その声は発せられている。
それは、まりさが朝目覚める直前まで続いた。



ボソッ

「まりさなんか死ねばいいのに」



翌朝。
朝食を食べ終えた2匹は、ボールで遊んでいた。
まりさが顎の下でボールを蹴飛ばし、それをれいむが受け止めて同じように蹴飛ばす。

「ゆっくりぃ~!!」「ゆゆっ!!ゆっくりぃ~!!」

ぼいんぼいんと、弾力のある身体でボールを蹴飛ばしていく2匹。
その度にぶるんぶるん身体が震えて、発する声も微妙に震えるのだった。

「ゆふぅ~!ゆっくりつかれたね!!」「ゆっくりやすもうね!!」

ボールをたった4,5往復させただけなのに、まりさとれいむは疲労を感じているようだ。
これが野性だったら、おそらく真っ先に捕食種の餌食になるだろう。
2匹はゆふぅっと息を吐きながら、藁の上で並んでゆっくりしている。
その穏やかな顔は、抱きしめたくなるぐらい、あるいは握りつぶしたくなるぐらい、愛らしいものだった。

「ゆっくりたのしいね~!」「もっとゆっくりしようね~!」

互いに呼びかけあって、さらにゆっくりすることを約束する2匹。
しかし、まりさはれいむに黙ってはいるが、あまりゆっくり出来ない気分だった。
どうしてなのかわからない。わからないけど、心の中にもやもやがあって、それのせいでゆっくりできない気がするのだ。
それが一晩中聞かされ続けた“呪文”のせいであることに、まりさは気づいていなかった。

「ゆっ!!こんどはすべりだいでゆっくりしようね!!」
「ゆゆん!!いいかんがえだね!!れいむがさきにゆっくりすべるよ!!」

れいむに悟られないよう、努めて元気を出すまりさ。
そんなまりさを後ろから追い越して、れいむが滑り台の階段を一段ずつ跳ね登っていく。その時だった。


ボソッ(まりさなんか死ねばいいのに)


「ゆゆっ!?れいむ!!そんなこといわないでね!!」
「ゆ?まりさ?どうしたの!?」

声を荒げるまりさの元へ、れいむは滑り台を滑って降りていく。
事情が分からずぽかんとしているれいむに、まりさはぷんぷんと頬を膨らませながら詰め寄った。

「れいむ!!どうしてそんなことをいうの!?まりさがゆっくりできないよ!!」
「ゆゆ!?どうしたの!?れいむはなにもいってないよ!?」

そんなはずはない。今、確かに聞こえたのだから。
声はれいむのとはちょっと違う気もするけど、この場にれいむしかいないのだから、れいむ以外に考えられない。

「しねっていわないでね!!ゆっくりあやまってね!!まりさはゆっくりおこってるよ!!」
「ゆゆぅ!?わからないよ!?ゆっくりせつめいしてね!!」

れいむの方は、まるで状況が把握できていない。
そもそもれいむには、まりさが聞いたという声などまったく聞こえていないのだから。
それについて謝れといわれたところで、はいごめんなさい、と謝るほどれいむは呆けていない。

「ゆゆー!?あやまらないならゆるさないよ!!ゆっくりこらしめるよ!!」
「いいかげんにしてね!!れいむはなにもわるいことしてないよ!!」

一触触発の状態。ほんの些細なきっかけでも、2匹は取っ組み合いを始めてしまうだろう。
そこへ、騒ぎを聞きつけたお兄さんが朝食のカップラーメンを啜りながらやってきた。

「おいおい、さっきから騒がしいけどどうしたんだ?」
「ゆ!!れいむがゆっくりできないことをいったんだよ!!ゆっくりしかってね!!」
「れいむはそんなこといってないよ!!ゆっくりしてただけだよ!!」

2匹の言葉を聞くや否や、お兄さんは「またか」とため息をついてカップラーメンをテーブルの上に置いた。
割り箸だけを左手に握ったまま、まりさの目の前にお兄さんはしゃがみ込む。

「お兄さんに聞かせてみろ。お前はれいむが何て言ったと思ってるんだ?」
「ゆっ?!ゆゆゆ…“ゆっくりしね!!”っていってたよ!!すごくゆっくりできなかったよおっ!!」
「…………はぁ」

お兄さんは、がっくりとうな垂れて大きなため息をつく。
そして、テーブルの上に置いといたカップラーメンを手にとって、そのまま台所へ引き上げてしまった。

「ゆっ!?ゆっくりもどってきてね!!れいむをゆっくりしかってね!!」
「まりさ。何度でも言ってやろう。それはお前の聞き間違いだ。気のせいだ。OK?」

カップラーメンを全て食べつくし、ゆっくり2匹分の食器も持ってもう一度台所に向かうお兄さん。
まりさは自分の主張を受け入れてもらうべく、必死にお兄さんを追いかける。

「ゆ゛っ!ゆっぐりまっでね!!ま、まりざば…ほんどうにっ!!」
「はいはい、お前には聞こえたのかもな。僕とれいむには聞こえなかったけど」
「ゆ゛うぅぅぅぅ……!!!」

2枚の食器を洗いながら、お兄さんは抑揚のない声で頷く。
お兄さんがまったく信用していないことに気づいたまりさは、口をへの字に歪めながらじんわりと目を潤ませる。
そして、後からやってきたれいむにもう一度問い詰めるが、れいむは謝るどころかお兄さんに同調した。

「れいむはなにもきこえなかったよ!!きっとまりさがうそをついてるんだよ!!」

ぴょんぴょんと跳ねるれいむの隣で、まりさは「うそじゃないよ!」と反論しようとする。
しかし、それを遮るようにお兄さんは声のボリュームを上げた。

「この通り、そのゆっくり出来ない声とやらを聞いたのは、お前だけなんだ。
 ということは……お前の気のせい、という結論以外ありえないんだよ」

ガチャっと、洗い終えた食器を重ねた、その瞬間。

ボソッ(まりさなんか死ねばいいのに)

「ゆ゛っ!!またきこえたよ!!!まりざなんかじね゛ばいいのに、ってぎごえ゛だよ゛お゛お゛ぉっ!!」
「はいはい、そうですか。まりさは誰かに嫌われるようなことでもしたのかな」

食器を拭き終えたお兄さんは、呆れかえった表情のまま米研ぎを始める。
まりさは「ゆ゛うううぅぅぅ!」と唸りながら、すりすりお兄さんの足元に顔を擦りつけ、必死に気を引こうとするが…
お兄さんは、足元に押し付けられる軟らかい感触を完全に無視して、作業を続けた。

「どぼぢでむぢずるのおおおぉぉぉ!!!ほんどうにぎごえだんだよ゛お゛お゛お゛ぉぉぉ!?」
「うーん、ちょっと多く研ぎすぎたかな……まぁいいか」

お兄さんからのお墨付きをもらって無罪となったれいむは、とっくにその場から離れて部屋でゆっくり遊んでいる。
まりさは何度も何度もお兄さんに向かって叫んだが、お兄さんが反応を返してくれることは、ついになかった。

「ゆううぅぅぅ……ごれじゃゆっぐり゛でぎないよ゛お゛お゛お゛お゛ぉぉぉ……!」

叫び疲れたまりさは、ずりずりとお兄さんから離れてれいむのいる部屋に向かい……寝床の藁の中に潜り込む。
そしてぎゅっと目を瞑ると―――

「ゆ゛わぁ!!!ゆわ゛ぁ!!!なに゛もきこえ゛ない゛っ!!!ま゛りさはなにもきこえ゛ないよ゛っ!!」

いきなり大声で叫び始めた。こうすることで、例のゆっくり出来ない声を打ち消そうとしているのだ。
まりさには、耳を塞ぐ手も耳自体も存在しないから、音には音で対抗するしかない。
突然の大音量に驚いたれいむは、まりさに負けないぐらいの大音量で文句を言う。

「まりさ!!うるさいよ!!ゆっくりしずかにしてね!!」
「ぎごえないよぉ!!!まりざはなにもぎごえないよ!!!だれもはなしかげないでねっ!!!」

それでもれいむの抗議がまりさに伝わることはなく、まりさは喉を痛めるほどの音量で叫び続ける。
藁の中に潜り、目を瞑り、大声で叫び、何もかもを遮断して……そうまでして、まりさは“ゆっくり出来ない声”から逃れたいのだ。
だが、そんなまりさの努力はいとも簡単に打ち砕かれた。

「まりさなんか死ねばいいのに」
「ゆ゛っ!?ゆ゛う゛う゛う゛ぅ゛ぅぅぅぅぅ!!??」

藁の中、自ら発する雑音を掻い潜り、その囁き声はもはや囁きではなく、確かな殺意としてまりさの心を傷つける。
他の誰も聞いていないのに、自分には聞こえる。聞こえているのに、お兄さんもれいむも信じてくれない。
挙句の果てに無視されて、まりさの存在すらも嘘だといわんばかりの扱い。

「ゆがぁっ!!!ぎごえないっ!!!ぎごえないよっ!!まりざのぎのぜいなんでしょ!!?だがらぎごえないよっ!!!」

聞こえるという事実を否定しようとするまりさだが、それは聞こえるという事実を認めているということに他ならない。

「まりさなんか死ねばいいのに」
「まりさなんか死ねばいいのに」
「まりさなんか死ねばいいのに」

「ひっぐ……しにだぐない……まりざはじにだぐないぃ…ゆっぐぢじだいよ゛おぉ……!!」

誰か信じて。まりさは本当に聞こえるんだよ。
「まりさなんか死ねばいいのに」って誰かが言ってるのが、本当に聞こえるんだよ。
だから信じて。まりさの話を聞いて、ゆっくり出来ない声を聞こえなくして!
お願いだよ。まりさを信じてね! まりさを無視しないでね!!

「まりさなんか死ねばいいのに」

まりさを…ゆっくりさせてね……

「ゆ゛ぁっ……ゆ゛ぅっ……」

喉が潰れて叫び疲れたまりさは、気づかないうちに眠り始めていた。
昼食のときも藁の中から出てこず、夕食時にお兄さんに引っ張り出されるまで、まりさは眠り続けた。

それが、まりさにとって最後の安らぎだった。



「まりさなんか死ねばいいのに」



夕食。

「ゆ~♪もゅもゅ♪しあわせ~♪」

賞味期限が切れてから一ヶ月経ったお菓子を、とても幸せそうに頬張るれいむ。
その隣で、まりさはお菓子の山を見つめたまま、ずっとびくびく震えている。
いつ“あの声”が聞こえてくるのか分からない。それが怖くてゆっくりできない。
ゆっくりできない“あの声”が、まりさの心をここまで蝕んでいるのだ。

ボソッ(まりさなんか死ねばいいのに)

「びっ!?い゛や゛っ!!……ぎぎだぐない゛……ゆっぐりざぜでぇっ!!」

食事すらままならない状態。
声が怖い。声が聞こえてくるのが怖い。怖くて怖くて、ゆっくりする余裕がない。
まりさの両頬には既に涙の通り道が出来ており、それに沿って新たな涙が流れていく。

「ゆっぐりぃ……ゆっぐりでぎないいいぃぃ……!!」

好物のお菓子に口をつけることなく、まりさはその場ですすり泣いている。
れいむは心配そうなまなざしでまりさを見つめるが、すぐに視線をお菓子の山に戻す。
今のところ、興味は目の前のお菓子のほうに向いているようだ。
まりさの顔を見て若干表情を歪めたりしたが、すぐにむーしゃむーしゃと幸福を噛み締めながら微笑む。

「ったく、本当にどうしちゃったんだ?」

台所から、呆れ顔のお兄さんがやってきた。
れいむごとお菓子の山を部屋の隅に押しのけて、まりさの正面に腰を下ろす。
さっき無視したのがよくなかったのか、と心配しているのだ。

「なぁ、しっかりしろよ。きっと気のせいだって。まりs―――
「うわあああぁあぁああぁぁぁ!!!やめでやめでやめでぇぇぇ!!!ゆっぐじでぎないいいいいいぃいいいぃ!!!」

頭を撫でようとしたお兄さんの手を払いのけて、まりさは一目散に寝床へと跳ねていく。
そしてがくがく震える身体を藁の中にねじ込んで、完全に姿を隠してしまった。

「おーい、まりさー!!」
「いぎゃあああぁあっぁぁぁあ!!!まりざはまりざじゃないの!!!まりざじにだぐないいいぃいいぃぃ!!!」

その言葉の内容は、完全に支離滅裂。
だが、お兄さんには分かった。まりさは“まりさ”と呼ばれることをも恐れているのだと。
寝床の藁に潜り込み、帽子を深く被って、音という音を遮断しようとするまりさ。
それでもどうやら例の声が聞こえるらしく、びくびくっと震えながら泣いているのが藁の外からでも見てとれた。

“まりさなんか死ねばいいのに”
もはや、まりさが恐れているのはこの言葉ではない。



“まりさ”



名前を呼ばれるだけで泣き叫ぶほど、まりさは心を病んでいた。
この調子で行けば、いずれは“ま”という声に怯えるようになり、最終的には聞こえてくる音全てに反応するようになるだろう。
音というのは、普通に生活していくうえでは絶対に遮断できないものである。
どんなに叫んでも、どんなに耳を塞いでも、音を完全に拒絶することは出来ない。

だから。

「まりさ」
「うがああじゃおあおあおあおあおあ!!!やべでおあおああおあおあおあお!!!」

暴れる。藁の中で、暴れる。

「まりさなんか」
「おにーざんだじゅげでえええぇぇぇええぇ!!!まりざなにもぎぎだぎゅないいいいぃいいぃぃ!!!」

とうとう寝床から飛び出し、出鱈目に跳ね回り始める。

「まりさなんか死ねば」
「うあああおああいううあおいあいおあいおあおいあ!!!うべええじぇおげじじえええおええじえいお!!!」

壁にぶつかっても、まりさは跳ね回るのを止めない。

「まりさなんか死ねばいいのに」
「あああああぁぁぁぁぁぁ!!!!ゆっぐじじゅぜでえいえいえおえ!!!
 じねっでいわないでええいえいえおえおえおえおえおえおえお!!!!!!」」

まりさは一生ゆっくりできない。
まりさは一生怯え続ける。
一生聞こえ続けるであろう、ゆっくりできない音に。

そして、壁に50回以上体当たりして……ついにまりさは気を失った。

「あぁ、こりゃもうダメかもしれないな」
「ゆゆっ!?おにーさん!!まりさがおかしいよ!!ゆっくりたすけてあげてね!!」

お菓子の山を半分ほど残して、れいむがお兄さんの足元へ這ってくる。
まりさの変貌を見て、さすがに食事どころではなくなったのだろう。

お兄さんは、動かなくなったまりさの頬をつまみあげて、ぶらぶら揺すってみる。
頬の痛みにも、不気味な浮遊感にも、まりさは反応しない。
まりさが反応するのは音だ。意味を成さない声をあげて、その度に顔を歪ませている。

「ゆ゛っ!………ゆっぐっ!!……っび!?……」

意識は取り戻していたが、完全に壊れていた。
たった一つの言葉に、まりさの心は完全に壊されていた。
すりすりもすっきりも、きっと出来ないだろう。音が聞こえる限りは。
お兄さんは、ペットを心配する飼い主のような顔をして、れいむに告げる。

「まりさは病気になっちゃったんだよ。病院に連れて行ってあげよう」
「ゆっ!!ゆっくりなおしてあげてね!!」



悲しそうに叫ぶれいむを背に、お兄さんはまりさを摘んだまま台所へと向かう。
流し台の横で、まりさをまな板の上に横たわらせる。
帽子をつまんで脱がせるが、『ぼうしをかえしてね!!』などと叫んだりしない。
ただただ震え、意味のない声を上げるだけだ。

「ゆっ………ゆゆっ!!…ゆぐぶ!……」

お兄さんは、まりさの帽子の中から小型の音楽プレーヤーを取り出した。
一度記録した音を、何度も何度も再生することの出来る、とても便利な機械である。
ちょうどお兄さんがプレーヤーをまりさに見せつけた時、それは音を発した。

まりさが今まで恐れ続けた、例の声を、はっきりと発した。


「―――まりさなんか死ねばいいのに」


「っ……!!!」


まりさは叫ばなかった。叫べなかった。
事の真相を頭では理解しても、身体がその声を恐れていた。
その結果、まりさの頭と身体は連携できず、暴れることも叫ぶことも出来ない。

「なぁ、今までこんなこと言われて、どんな気持ちだった?」
「いっ……ど……ぅ゛…じ………で……?」
「って、壊れた状態じゃ答えられないか、アハハハ」

まりさにできたのは、目の前の真相を、目の前の現実を、目に焼き付けて、“耳に焼き付ける”ことだけ。
何が原因なのか、誰が犯人なのか、それがわかっても……全ては手遅れだったのだ。

「お前の反応、すごく楽しかったよ。今までありがとう……そしてさようなら」

グジャッ!グシャッ!グシャッ!

お兄さんはつまらなそうな顔をして、まりさを麺棒でぐちゃぐちゃに潰した。無表情のまま、淡々と潰し続けた。
原形を留めないぐらい潰して餡子と皮の残骸と化したところで、無造作にゴミ箱へと流し込む。
普通なら潰す過程も楽しめるものだが、反応がなくてつまらないので、さっさと終わらせてしまった。

その動作に、何の躊躇いもない。
壊れたおもちゃに、興味は微塵も湧かないから。




「まりさは病院に連れて行ってあげたよ。早く治るといいね!」
「ゆゆん……まりさとまたゆっくりしたいよ!!!ゆっくりなおってね!!!」

口の周りに食べかすをつけたまま、れいむは寂しそうに呟いた。
れいむは知らない。まりさがもう二度と戻ってこないことを。
まりさがどんな風に苦しみ、どんなことを思いながら、潰れ死んだかを。

そして、自分がまりさの後を追うことになるということを……れいむは知らない。



ボソッ

「ゆゆっ!?おにーさん!!いまなにかいった?」
「いいや、何も言ってないよ。れいむの気のせいじゃないか?」
「ゆゆゆ……ゆん!!いわれてみればそうだったよ!!れいむがゆっくりまちがえちゃったよ!!」

あはははと笑いあう一人と一匹。
れいむは、お兄さんが小さな声で呟いた気がしたのだが、すぐに気のせいだと思い込んだ。

それかられいむとお兄さんは、気が済むまで遊んだ。
まりさが居ない寂しさを紛らわしてあげるために、お兄さんはひたすら遊んであげた。
れいむはとても楽しかった。まりさが居ないのは寂しいけど、お兄さんが遊んでくれるから。
しかし……

ボソッ

まただ。
どうやらお兄さんは気づいていないらしい。
気のせいなのだろうか。それとも、お兄さんも気づいていて嘘をついているのだろうか?
れいむには確かに聞こえている。何だかゆっくりできない、心に引っかかる声。
お兄さんの声にとても良く似ている、ゆっくり出来ない声が……微かに聞こえるのだ。

「……ゆっ!きっときのせいだね!!れいむはおにーさんとゆっくりするよ!!」

れいむは、頭の中から不安感を拭い去って、お兄さんの懐へと飛び込んだ。


ボソッ


その声は、今度はれいむには届かなかった。







「……れいむなんか死ねばいいのに」




作:避妊ありすの人

作者当てシリーズ


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最終更新:2022年01月04日 11:00
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