ゆっくりいじめ系1601 第一回命乞い選手権

 ルールは簡単。
 種族ごとに分類されたゆっくり達がお兄さんに命乞いする。
 お兄さんを感動させる命乞いの口上を述べられたゆっくりだけがおうちに帰ることを許され、ゆっくりすることができる!!


「というわけで第一回命乞い選手権開催を開催致します! では早速参りましょー。出場者の皆さんのご紹介です」
 お兄さんの目の前には透明な箱に詰められたゆっくり達の姿。
 れいむ、まりさ、ありす、ぱちゅりー、ちぇん、みょん、めーりん、れみりゃ、ふらん。
 九匹のゆっくり達がそれぞれ自分のサイズぎりぎりの透明な箱に閉じ込められており、身動き一つできない。
 まるでゆっくりできていないゆっくり達にお兄さんはTENGAのオナホを向けた。マイク代わりである。
「それでは意気込みをどうぞ」
 れいむから順番にTENGAを向け、尋ねた。
 捕獲の段階から酷い目に遭わされたのだろうか、すっかり恐慌状態のれいむは涙と涎を撒き散らしてぶるぶると震えている。


「れいむはなにもわるいことしてないよお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!?
 はやくここからだじでねえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!」


 次はまりさ。


「ばりざもっどゆっぐりじだいよお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!
 でいぶだぢはずぎにじでいいがらごごがらだじでねえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!」


 ありす。


「こんなのとかいはじゃないわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」


 ぱちゅりー。


「むぎゅううううううううううううううう!!」


 その他大勢。


「わがらないよお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!」
「ちんぽお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!」
「じゃお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!」
「ざぐやあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
「ゆっぐりじねえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!」


       ▼


「……えー、なんていうか、皆さん豊富な語彙をお持ちになってらっしゃるっていうか、期待できないっていうか、ある意味期待通りっていうか」
 思わず渋い顔になってしまうお兄さんだったが、とりあえず当初の予定通りにことを運ぶことにした。
 ゆっくりたちが命乞いをするべき状況であることを理解させるための下拵え的な虐待は既に施してある。
 ルールも既に説明済み。
 後は怯えきっているゆっくり達の悲鳴混じりの命乞いを聞けばいいだけ。何も問題はないのだ!
「そんじゃあ、気を取り直して参りましょう。ではエントリナンバー6番のゆっくりみょんさんからです!」
「ちんぽっ!?」
「それでは命乞いをどうぞ!!」
 TENGAを向けてやると、みょんは表情を慌ただしく変化させつつ泣き喚く。
「ち、ちーんぽお!! そうろうほうけいぺにす、まら? ぜんりつせん!? たんしょう……」
 上目遣いになりながら懇願するように口上を述べる。
 普段使わない頭をフル回転させているのだろう、様々な単語を使って巧みに命乞いしている姿勢が見られる。
 ゆっくりにしてはなかなか殊勝な心がけであった。
「はーい、ありがとうございましたー!」
 お兄さんは傍らに置いてある包丁をみょんの頭頂部にさっくりとぶっ刺した。
「べにすっ!!」
 びくびくと痙攣するみょんをそのまま解体し、中身の餡子をぐちゃぐちゃに混ぜてから掻き出し、箱の中を餡子塗れにしてやる。
 人間に変換すれば血塗れの赤い箱となっているも同然のそれを、ゆっくり達全員が認識できるように頭上に掲げる。


「失格者はこのようにとってもゆっくりしてもらいまーす! せいぜい頑張ってくださーい!」


「「「「「「「「ゆっぐりでぎない゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!」」」」」」」」


 八匹の悲鳴が綺麗にハモる。
 命乞い選手権なんかよりゆっくり悲鳴楽団でも結成すればよかったかな。それとも饅頭ボーカロイドとして売り出すか……次はそっち系を試そうか。
 などと考えながらも、お兄さんは右手に握ったTENGAをめーりんに向ける。
「では次、エントリーナンバー7番のゆっくりめーりんさん! 命乞いをどうぞ!!」
「じゃおっ!? じゃお、じゃおじゃおっ、じゃ――」
 包丁をぶっ刺す。
 しかし、皮を少し抉っただけで留まり中身には届かなかった。
 めーりん種の表皮は通常のゆっくりとは比較にならないほど頑丈という証明だった。
「あら、硬いのねえ」
「じゃお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!」
 泣き喚くめーりんを他所に考え込むお兄さん。
 達した結論は、産道の最奥にさっくりと達した包丁だった。
 表皮の硬さなど関係なく、容易く内部へと差し込まれた包丁の先端をぐりぐりとかき回してやる。
「んじゃっ、じゃおっ、じゃう、じゅ、じゅび――」
 途切れ途切れの悲鳴を上げつつ痙攣するめーりん。効果は抜群のようだ。
「じ、じぇ、じゃじゅ……じょ……お…………じゃお……」
 ぎょろぎょろと忙しなく動く目玉の動きが完全に停止するまで丹念にかき混ぜてやり、絶命を確認すると再びTENGAを持ち直す。
「はーい、失格でーす♪」
 これで邪魔ものはいなくなった。
 ちんぽ、だの、じゃおーん、だのとしか抜かせない二匹は“見せしめ”に用意したに過ぎない。
 命乞いができなければ無残に殺されるということを印象付けるための舞台装置。
 あるいは命の危機に瀕すれば人間の言葉を話すかも――とか期待したが残念ながら殺した二匹にそういう能力は備わってなかったようだ。
 何はともあれ、前座は終わり。
 ここからが命乞い選手権の本番である。


「もうおうちかえる!! ここからだじで!!」
「うあ゛ー!! ざぐや゛ー!!」
 案の定箱の中はフィーバー状態、もとい、パニック状態である。
 涙を垂れ流してジタバタ動くから、箱がガタガタとポルターガイストみたいに揺れている。
「ではサクサク進んでいきましょう。エントリーナンバー5番のちぇんさん!」
「ゆひいっ!!」
「命乞いをどうぞ!!」
 歯を食いしばりながらガタガタと震えているちぇん。こわいんだねー、わかるよー。
 TENGAを向けると一層震えが激しくなるが、覚悟を決めたのか、すぐに口を開く。
「わ、わかるよー……わかる、わかるよー!! おにーさんはちぇんたちをいじめてゆっくりしたいんだねー!! そ、そのきもちすっごくわかるよー!!」
「うん、それで?」
 既に包丁に持ち替えているお兄さん。
「……み、みんなでゆっくり……」
 ちぇんの身体はまたガタガタ震え始めているが、それでも口上は止まらない。止めればその時点で死ぬからだ。


「お、おにーざんはちっともわるくないよー!! ゆっくりしたいだけだもんね、ね、ね? わっかるよー! ちぇんもゆっぐりじだいもん!!
 でも、ち、ちぇんもおうちにかえって、りゃ、らんしゃまとおちびちゃんたちともゆっくりしたいんだよー!!
 ……みんなでゆっくり、ひぐ、したいんだよー!!
 もうちぇんたちをいじめるのはやめてみんなでゆっぎりじようよーーーーー!!!!
 みんないっしょでゆっくりできたらみんなしあわせになれるよーーーーー!!!!」


 泣きじゃくりながらみんなでゆっくりしようと呼びかける姿はまさに無邪気。
 誰かを犠牲にするでもなく、自分だけがゆっくりしたいと主張するでもなく、みんなでゆっくりしたいと声高に叫ぶ。
 まさにゆっくりの中のゆっくり。
 たかがちぇん種ごとき、最初の方に切り捨てていくだけのゴミのようなゆっくりと侮っていたお兄さんにとってその口上はまさに不意打ちだった。
 思わず尋ねてしまう。
「ちぇん……? 君はこんなにも残虐な仕打ちをした僕を許してくれるのか? 僕みたいなしょうもない虐待お兄さんと一緒にゆっくりしてくれるのかい……?」
「ゆ、ゆっぐりずるよー! みんないきてるんだから、みんないろんなかたちでゆっぐりじだいのはとうぜんだよー!! わかるよー!!」
 一切の打算も媚びも余裕もなく、泣きじゃくりながら無様に必死に“ゆっくり”を叫ぶちぇん。
 素晴らしい。そう思っているのはお兄さんだけではない。
「ゆゆー……ちぇんはとってもゆっくりできるゆっくりだよ……」
「まりさがまちがってだよお!! みんなゆっくりできるのがいちばんだもん!!」
「こんなとかいはのちぇんはみたことないわ!! いっしょにすっきりしてこどもをつくりましょう!!」
「むきゅー! ごほんのしゅじんこうみたいにすてきなゆっくりだわ!」
「うー……ちぇんはやさしいあまあまだどぉ……! おぜうさまがいいこいいこしてあげたいんだどぉ♪」
「ゆっくりしね!!」
 などと他の饅頭共も感化されている。
 しかし、この場で一番深い感動に包まれているのはゆっくりよりも遥かに高い知能を持つ人間であるお兄さんだ。
 深いため息をついて宣言する。


「……ああ、なんということだ……!! 
 こんなにも慈悲深いゆっくりがいるなんて……想定外だ……。
 ちぇん、君は…………合格だ……」


 たまらずその場に膝をついてうなだれるお兄さんだったが、すぐに合格者であるちぇんの箱を会場から運び出した。
 そこは物置小屋である。特に虐待の道具らしきものも虐待の痕跡も見当たらない。
 純粋に外にほっぽり出しやすい位置にあるから隔離したようにも思える。
「しばらくここで待っててね。他の合格者がいたら一緒に解放してあげるからね」
「……わかったよー」
 他のゆっくりは殺さないで、とは言わない。
 折角助かる見込みができたのに下手に口を滑らせて殺されたくはないのだろう。なかなか空気が読めているゆっくりだった。
 お兄さんは会場へと戻ると、けだるそうに言う。
「さて、それじゃあ次……と言いたいところだが、もうお前ら殺しちゃっていい? どうせ大したこと言わないだろうし」


「「「「「「どぼじでぞんなごどいうのお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!」」」」」」


「んー? そんなのお前らが糞みたいな命乞いしかしないからに決まってんじゃん。つか、もう飽きた。あのちぇんだけ合格で終わりにしようよ、な?」
「ぞんなのだめにぎまっでるでじょお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!?」
「まりざをゆっぐりざぜでがらおわっでねえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!」
「とかいはじゃないわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
「むぎゅううううううううううう!!」
「でびりゃをごごがらだずどお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!」
「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!! ゆっぐりじねえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!」
 やれやれ、と肩を竦めると、お兄さんはTENGAを拾って適当なゆっくりに向けた。
 それは体つきのゆっくりれみりゃであった。
「はい、じゃー、エントリーナンバーいくつだっけお前? 忘れた。の、なんだっけ? ゆっくりでびるまん? おう早くしろよ」
「う!? おぜうさまはのうさつだんすができるどおー♪ これをみてゆっくりするといいんだどぉ♪」
「馬鹿かお前。箱の中で身動き取れねえのにダンスなんて踊れるわけねえだろ」
「うあ゛っ!?」
 TENGAをほっぽって包丁に持ち替える。
 にこにこ顔のれみりゃから冷や汗がどんどん垂れていく。
「じ、じゃあ、おうたをうたうんだどぉー♪ かりすまのびせいによいしれてゆっくりしていくんだどぉ♪」
「おうたなられいむもうたえるよ!! ゆーゆー♪ ゆっぐーりー♪ じーでいっでーねー♪」
 勝手にデュエットを始めるれいむまで出てくる始末。
「ああ、もういいよ、君たち。はい、ありがとう」
 手早くれみりゃの頭部をさっくりと包丁で貫く。
「うぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
 それが終わると、勝手にでしゃばってくれたれいむもすぐに始末する。
「やめてね!! まだでいぶのばんじゃないよ!! やめ、ゆぎぇえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!」
 殺した後にいちいち中身をぶちまけて箱を汚すようなことはしない。もう恐怖心を煽るような演出をする必要性がないからだ。
 さっきのちぇんを合格させてしまったことでお兄さんのやる気はマッハで損なわれていた。
 さっくりと中枢餡子を刺してそれで終わり。
「あー、次、まりさとありすとぱちゅりーとふらん。さっさと死んでね」
 TENGAをマイク代わりにすることもなく、包丁を向けて催促する。
 もはやそれは言葉を聞きとるというよりは死刑宣告を象徴しているように見える。
「ま、まりさはゆっくりできるきのこさんとゆっくりできないきのこさんをみわけられるよ!! ゆっくりしていってね!!」
「ありり、ありすはっ、むれのなかでいちばんすっきりしたことのあるとかいはありすなのよ!! おにいさんのすっきりをてつだえるわ!!」
「むぎゅーむぎゅー!! ぱちゅりーは、ぱちゅ、むぎゅぶ!!」
 緊張と興奮の余りにクリームを吐いて勝手に死んだ。
「ふらんはあまあまをたくさんおにいさんのためにとってくることができるの!! ゆっぐりざぜでね!!」
 もはやそれは命乞いではない。
 自分の特技を披露して役に立てることをアピールする面接じみたものになっていた。
 お兄さんは最初からそんな悲鳴に耳を傾けてない。
 一通り喚き終わったらしい饅頭達の様子を見て呟く。
「……あ、ごめん。聞いてなかった」
「「「どぼじでぞ――」」」
「――ごめんね、もういいから。言い直さなくていいから死んで」
 そして餡子塗れの包丁が閃いた。





 さっくり♪ さっくり♪ さっくりー♪







 ……こうして第一回命乞い選手権は完膚なきまでに綺麗さっぱり終わった。




       ▼


 結果として、ちぇんだけはおうちに帰ることが許された。
 だが、この聡明とも言えるちぇんをおうちに帰してしまうのは勿体ないと思い、お兄さんはちぇんに尋ねる。
「なあ、ちぇん。よかったら僕の家の飼いゆっくりにならないか? 何なら家族ごとここに来てもらってゆっくりさせてもいいし」
「ありがとー、おにーさん! でも、ちぇんたちはおにいさんにめいわくをかけちゃうよー。ちぇんたちはちぇんたちでゆっくりくらしていきたいんだよー。わかってねー!」
 ゲスゆっくりにせよ、飼いゆっくりにせよ、人間の領域に入ったゆっくりの末路はどれも無残なもの。
 今回の虐待のように飽きられたらあっさりと捨てられて殺されてしまう。
 ちぇんにはそれが良く分かっているのだろう。実に賢明な選択であった。
「そうか、残念だな……まあいいや、ちぇんのおかげでゆっくりの尊さを学ぶことができた気がするよ。ありがとう。もう帰っていいよ」
「わかったよー! ありがとうおにーさん!!」
 しかし、ちぇんはその場を立ち去ろうとはしなかった。
 ただじっとお兄さんを見つめる。
 お兄さんもまた、ちぇんのことを見つめている。
 ちぇんはじっとお兄さんを見つめ続ける。
 そこには名残惜しさだとかそういう感情は秘められていない。
 懇願めいた感情があった。
「どうしたんだい? ちぇん。もう君はおうちに帰ってゆっくりしていいんだよ。お前の大好きならんしゃまと子供たちが待っているんだろう?」
 お兄さんは首をかしげる。
「お、おにーさん……」
 ちぇんは恐怖に震えてこそいないが、青ざめているような感じがする。
 嫌な予感を察知しているかのような、そんな表情だ。
「何かな?」
「おにーさん……?」
「何だよ」


「どぼじでちぇんをこのはこからだじでぐれないのお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!?」


 そう。
 ちぇんはおうちに帰ることを許されはしたが、閉じ込められている透明な箱からは出してもらえなかった。
 身動き一つ取れないままおうちに帰ることを許された所で何の助けにもならないのだ。
「? 何を言ってるんだ? そんなもの勝手に出てくればいいじゃないか?」
「でられるわげないでじょお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!
 はやぐごごがらだじでねえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!」
「えー。でもちぇんは飼いゆっくりじゃなくて野生に帰るって言っちゃったし、僕関係ないもんなー」
「わがっだよー!! ぢぇんはおにーざんのがいゆっぐりになるよー!! だがらごごがらだじでねー!!」
 しかし、お兄さんは踵を返して残念そうに首を横に振るだけだ。
 名残惜しそうに肩を落として言う。
「ああ、悲しいな。野生に帰ってしまったちぇんはもう僕の目と耳の届かない所に行ってしまった。実に残念だ。
 きっとあのちぇんとなら楽しく仲良く暮らして行けただろうになー。でももう会えない。残念だ。
 ……大丈夫だよな。あのちぇんは家族とゆっくり暮らせる賢いゆっくりだろうしな! 僕は僕で頑張って生きていくさ!」
 立ち直ったお兄さんはその物置小屋から足早に去って行った。
「わがらないよお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!
 おねがいじまずがらごごがらだじでぐだざあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛い゛!!」
 虐待の道具が置いてあるわけでもなく、虐待の痕跡すら残されていない物置小屋。
 それはお兄さんにとって重要性がないことの証明であり――半永久的に放置される運命にあるという証明でもあった。
 そこに置いてけぼりにされた一匹のちぇんは、これからとってもゆっくりすることができることであろう。
 お兄さんは物置小屋を背にし、野に帰ってしまったちぇんに別れの挨拶を呟く。


「透明な箱というおうちの中で、せいぜいゆっくりしていってね――」







 あとがき

 TENGAのかっこよさは異常

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最終更新:2008年12月06日 07:40
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