ゆっくりいじめ系1554 バッジシステム

 ある日の昼下がり、柔らかな日差しが心地よい里の広場を一人の青年が歩いていた。
太陽が人間にとって恵みであることを実感しながら腹ごなしに歩いていた彼の視界を大小の饅頭が横切る。
ゆっくりの親子だ。
彼はそれを見ても手を出したりなどしなかったが、その理由は満腹による幸福感以外にもある。

ゆっくりはバッヂを付けていたからだ。
先頭の親と思わしきれいむ種はぴかぴかのゴールドバッヂ、後に続く子供たちは渋い輝きのシルバーバッヂ。
大きさからするとシルバーバッヂの取得が難しいであろう年齢なのに所持しているという事はそれだけで目の前のれいむ種が優秀であることを思わせた。

とはいえこの里ではバッヂを付けたゆっくりなど大して珍しくも無いために彼はすぐに視線をはずす。

──おや?
視線をはずそうとしたところで彼はれいむ種のリボンに付いた別のバッヂに気づいた。
少なくとも彼が見たことの無いバッヂだ。
跳ねながら去っていくれいむを彼が目を凝らしてよく見たところ、その見覚えの無いバッヂは4つも付いていた。

流石にゆっくりに聞くのもどうかと思った彼がそのバッヂの正体を考えるのを諦め、踵を返したところで今度はうーぱっくが視界に入った。
八百屋の親父が野菜をいくつか入れてやっている最中だった。
店主の笑顔からするとどうも配達料金と言うわけでもなさそうである事に気がついた彼は何事かと近づいてみる。

近づいたところでうーぱっくも先ほどのれいむ種と同じようなバッヂを今度は5つ付けている事に彼は気が付いた。
一体何なんだろうなと彼が考えているうちにうーぱっくは嬉しそうな声を上げながら飛び去ってしまったが、疑問をぶつける相手はまだ残っていた。
彼は八百屋の親父に聞いてみることにした。

「何なんですか?今の?」
「ン?ああ、兄ちゃん見たこと無いのか。アレはな、『お祝い』だよ。」
「お祝い?」
「そうだ。さっきのうーぱっくに同じバッヂが5つ付いてたのには気が付いたか?」
「ええ、まあ。」
「なら話は早い。あれはだな…」

店主をやっているだけあって親父の説明は要点をとらえた物であり、彼の疑問はこれで解消された。
その説明の内容は…






 太陽が山脈の向こうに隠れ、薄明すら消え完全な闇が訪れたころ。
妖怪の活動時間であるというのに活発に動く人々が居た。
照明を落とされた薄暗い部屋の中で動き回る彼等の顔を長方形状の光る物体がぼんやりと照らす。
その中で一際大きい光る長方形の前に陣取った2人の男、そのうち片方が口を開く。

「今日は来ないんですかね?連中?後1時間で時間切れですよ。」
「だといいんだがな、連中はゆっくりとはいえ知恵が無いわけじゃあない。こちらが油断するときに来るかも知れん。」
「そりゃご勘弁願いたいですね。」

話しかけた方が肩をすくめる。
彼らはこの部屋に居る人々の中で比較的高位に存在するようだ。
最初に口を開いた彼がのどの渇きを覚えてポットからコーヒーを注ごうとした所で事態は起こった。

やかましい警報音、続いて電気的に処理を行われたことが伺える人の声。
陶器を何かに高速で激突させたような音がする。

『こちら北方警戒塔。接近する反応有り。方位0-1-5、高度150。』

通信音声が聞こえるとほぼ同時に一番大きいディスプレイの中央から上よりに赤い光点が灯った。
「UNKNOWN」という同じく赤い文字が添えられている。

「来ましたね。お陰でコーヒーが台無しですけど。」
「だが、連中は襲撃隊ではないだろう。畑を襲うつもりならば数が要るからな、もう少し大きな反応になる。」
「とはいえ、放っておく訳にも行かないと。」
「そうだ。 管制!いくつ出せるか!?」

この場の指揮権を持っていることが人目で見て取れる初老の男がコーヒーでズボンを台無しにしている部下に返答をおこない、続いて別の人物に大声で訊いた。

「一番近いのは広場北部の連中です!うーぱっくが12待機中!」
「よし、6あげろ。」
「了解、迎撃を発令します。」

管制と呼ばれた人物は彼の指揮官に直ちに返答、同時に慣れた手つきで受話器を取り、直通回線へ命令口調で声を掛けはじめた。


───さて、今夜も防ぎきれるかな?

初老の男は己の白髪交じりの髪に手をやりつつ、ディスプレイを見上げながらそう思った。






 けたたましい警報が鳴る部屋の中へ、一人の人物がせわしない様子で入ってきた。
早歩きで入ってきた彼は、その部屋の壁面に取り付けられたロッカーの様な棚へと向かう。
棚一つ一つの扉に取り付けられた番号札を確認すると、その中から奇数番号の物を選んで次々と開けていく。

防音効果のある扉が開かれたために、当然ながら棚の中にも警報装置の大合奏が入り込み、それにたまらず住人が飛び出してくる。

「うー!うー!」

出てきたのはうーぱっく。
睡眠中だったのか、飛び出した勢いそのままに反対側の壁へ激突する者もいたが、すぐにこの部屋唯一の人間の前に集まる。

彼は自分の前に集まった段ボール箱が開けた扉の数と揃っているかすばやく確認すると、壁面に取り付けられたスイッチ押し口を開く。

「よし、全員聞け。」

その言葉でうーだのいーだの騒がしかったうーぱっく達は黙りこくる。
ここでこうしなければどうなるか、それを知っているからだ。
警報が止まったこともあり、幻想郷の夜においてもっとも自然な静寂が訪れた。

「たった今、ここから北で畑への侵入を企てる悪いゆっくりが発見された。」

彼はそこでいったん言葉を切り、うーぱっくの表情を見回す。
いつでも笑顔というマヌケな顔ではあるが、これらと付き合いの長い彼はそこにうーぱっくなりの真剣さを見出す。

───うん、これなら大丈夫だろう。

「君たちはこの連中を何とかしてもらう。装備積み込み後直ちに向かえ、いいな?」

「「うー!うー!」」

彼の言葉にうーぱっくは勢い良く返事。
急ぎの状況であるので、彼はすぐに扉へと向かい開け放つ。

と、同時にうーぱっくが次々と猛烈な勢いで突進、扉の外へと飛んでいく。
扉から飛び出すと同時に、その横に積まれた装備を器用に自分の体内へと入れていく。
先に飛び出したものたちは上空で旋回しつつ他の仲間を待っていたが、全員、すなわち6匹揃うと見事な雁行隊形を作り北へと飛び去った。






 「広場北部よりうーぱっく6、上がりました。」

ディスプレイに緑の三角形が6つ灯る。全てディスプレイの上、つまり北を向いていた。


「これで、とりあえずは安心だな。」

初老の男は彼に割り当てられた指揮官用の席に座りつつ言った。

いつの間にか数が4つへと増えた赤い光点──接近により観測精度が上がったためだ──と6つの緑の光点が重なるまでに暫く時間がある。
彼の経験から言うと暫くは安心できる時間の筈だった。



再び警報音、続いて通信回線越しの音声。

『東方警戒塔より指揮所。緊急事態、当方の電探に大規模な感有り。方位0-9-1、高度100。』

ディスプレイ右端に赤色の光点が次々と灯っていく。
通信音声が途切れるか途切れないかのうちにディスプレイ右側が赤く塗りつぶされてしまった。


「まずいぞ、こりゃあ。」

白髪交じりの頭をかきながらそうこぼす指揮官。
が、セリフの内容とその態度は全く逆のものだった。

「噂の東の群れですかね、連中。」

いつの間にかズボンを交換してきた部下が言う。

「そこまではまだ分からん。死体なり捕虜なりを調べてみない事にはな。だが、その可能性は高いだろう。」

ディスプレイを見つめつつ返答する。



───さて、どうする?

彼はディスプレイの一部を赤く染める元凶にどう対処するか考えていた。
頭の中に対処方法を次々と展開していく。
何か思いついたのか手元の操作ボタンを使い、指揮官用にメインの物とは別に取り付けられたディスプレイの表示を変える。

点線で形作られた円がいくつか現れる。
ディスプレイの範囲殆どを多い尽くす円が一つと、それの四分の一程の中央付近に固まる円が4つ。


前者は地対空ミサイル──幻想入りしたターター・システム──であり、後者は対空砲──同じく幻想入りした様々な対空砲──だった。

ターゲットとなる赤い光点は東に存在し、ここからそこまでの空間には草原と林以外何も存在しない。
すなわち全力で射撃が可能ということだ。
もし、妖怪だとか妖精の住む山や森があったならばそうは行かない。
流れ弾はもちろん、ターター・システムの電探が放つ電磁波ですら妖怪や妖精には不愉快な物だからだ(流石に死にはしないが)。

一度、ターター・システムの電探──怪しげな手段で入手されたイルミネーターだった──試験のとき、最大出力の電磁波をたまたま飛行していた烏天狗に照射して危うく電子レンジ状態にしかけたという事があったからだ。
不幸中の幸いか、電磁波を食らった烏天狗はかの有名な<文々。新聞>の記者兼カメラマンでは無く、もっとマイナーな技術系新聞の記者であった為にこの事件は比較的好意的に報道され、システム丸ごと破壊されるなどという憂き目にはあわなくて済んだ。
もっとも、体中から水蒸気を上げる烏天狗が「この機械について教えてくれ!」などと言いながら乗り込んできたときは生きた心地がしなかったそうだが。


ともかく、指揮官たる彼は命令を下す必要がある。

「付近のAAAは全て射撃体勢を取らせろ。ここのSAMもだ。」
「了解、射撃体勢取らせます。」

何人かが受話器をとり、よどみない口調で指令を伝えていく。


「MiGは出られないのか?」

一機だけの飛行機械の存在を思い出した彼は部下に確認を取らせる。
やや年かさのある部下が受話器を上げ、ボタンを押して直通回線を開き確認を取る。
通話はすぐに終了し、指揮官のほうを向いて口を開く。

「出られんそうです。エンジンの定期オーバーホール中だとかで。」
「分かった、ありがとう。出られないなら仕方ないな。他のを上げよう。付近で上げられるのは?」

別の部下が手元の入力機器を操作し、ディスプレイに現れた表示を確認する。

「東門にうーぱっくとまりさが各6、東部の畑でうーぱっくとちぇんが8待機中です。」
「よし、うーぱっく・ちぇんを4組残して全部あげろ。」
「了解、指令を出します。」

やはり淀みない動きで受話器をとり、指令を出していく管制。



しばらくすると、ディスプレイ上の中央やや右寄りに緑の光点が二集団現れた。
赤い塊の上と下から斜めに接触する進路を取っている。






 距離の関係から、先に会敵したのは後から上がった連中だった。

闇の中を大量のうーぱっくが飛行している。
指揮官の予想とは違い、東の群れとは全く無関係なゆっくりたちであったが、人間の畑を襲撃するであろうという予想のほうはいささかの狂いもなく的中していた。

「「うー!うー!」」
「さむいよ! ゆっくりしたいよ!」
「もうすこしでつくからね、みんなでゆっくりしようね!」

断熱性に定評のあるダンボール製のうーぱっくボディとはいえ、それなりの速さで飛行しているために隙間風がゆっくりを襲っていた。
ガタガタとふるえ、歯をガチガチ鳴らしながらそれでも『しあわせー!』な未来を夢見て耐えるゆっくりたち。
しかし、その努力はついに報われることは無かった。


「「うー!?うー!?」」

先頭集団のうーぱっくたちが一斉に声を上げる。
人間にはうーぱっくの鳴き声の違いなど分からないが、乗り込んでいるゆっくりにはそれで十分だった。

「どうしたの? なにがみえるの?」
「ゆっくりおしえてね!」

うーぱっくの疑問の声にゆっくりたちも応える。

「うー!うー!」

うーぱっくのその「あっちを見ろ」という意図の鳴き声を聞いて、ゆっくりは吹きすさぶ冷たい風に耐えながら屋根──つまりうーぱっくの上部──を開けて周囲を見回す。

それを見たのは他のゆっくりの上に乗せてもらい、上を見上げたゆっくりまりさだった。
まりさの視界には箱が幾つかあった。

「ゆっ!みんな! あっちにもうーぱっくがいるよ!」

まりさが声を上げる。
それに気づいた他のゆっくりたちも上空へと体を向ける。

「ほんと!? れいむたちといっしょにいきたいのかな!?」
「ゆっくりあいさつしてみようね!」
「うーぱっく! あっちのうーぱっくにちかづいていってね!」

うーぱっくの方は何か嫌な予感がしたが、しかしクライアントの意向に逆らう事などできず仕方なく高度を上げていく。




 「まずい!きづかれたのかだぜ! うーぱっく、いまからこうげきするんだぜ!」
「うー!うー!」

一方、目標の群れが上昇してくることに気づいた迎撃隊のリーダーまりさは焦っていた。
彼女たちの攻撃方法は十分な高度差を生かした物だったからだ。

「いくんだぜ!」

リーダーの乗るうーぱっくが右へ左へ交互に何回か傾斜し──バンクを振ると──、次に急角度で高度を下げていく。
他のまりさが乗る残り3つのうーぱっくもリーダーに一糸乱れぬ動きで付いていき、ちょうど四つ箱が急降下する形を取る。

途中で散開してそれぞれの獲物とする箱にうーぱっくの進路を変えると、次の瞬間リーダーが合図を出す。

「いまなんだぜ!」

うーぱっくが進路を急上昇の角度へと変え、同時に底部を開いてまりさたちを放り出す。
高速で空中へと躍り出たまりさたちは膨らんだり空気を吐き出したりしながら最後の微調整を行い、目標へとまっしぐら。

口を大きく開けてうーぱっくの翼ダンボールを食いちぎった。
目標集団をそのまま通り抜けると、いつのまにか下へと回っていたうーぱっくが待っており、まりさたちは無事に再搭乗できた。

リーダーが後ろを振り返ると、片方の翼を失って不安定になったうーぱっくが螺旋を描きながら落下していくのが見えた。




 うーぱっくが突如急降下したと思ったら、そこから何かが落ち、あっというまに仲間の乗るうーぱっくが落下していくという目まぐるしい展開に、畑襲撃集団のリーダーであるれいむは混乱していた。

「むきゅ、いまのままではやられるわ。れいむ、みんなばらばらににげるのよ。」

れいむの副官たる同乗していたぱちゅりーが声を掛ける。

「う、うん、そうだね、ゆっくりできないね。」
「わかったらはやくしじをだすのよ。」

それでもれいむは混乱していたが、ぱちゅりーは構わず喋る。

「みんな゛ー!ゆ゛っく゛りしないでばらばらになってね!かたま゛ってるとやられち゛ゃうよ!」

あわてて声を張り上げたために所々ひどく濁ってしまったが、れいむは何とか散開指示を出すことができた。
近くにいるうーぱっくから順に進路を変え、四方八方へと飛んでいく。
れいむの声が届かない範囲に居る群れのうーぱっくも、前方の仲間が散開するのを見て自分たちも次々と右へ左へ散っていった。



 「まりさはむりしないでやすんでるんだよー。」

続いて到着したちぇんたちが、その後再攻撃のために上昇していたまりさたちの横に並び声を掛ける。

「ゆっ!わかったんだぜ! まりさがこんらんさせるからちぇんがおとしていってね!」
「れんけいこうげきだねわかるよー。」

ちょっとした作戦会議をするまりさとちぇん。
作戦というほどの物でもないが、しかし話し合って役割分担するだけでもバラバラに攻撃するのとはだいぶ違う。

「さきにしたでまってるんだぜ! ゆっくりきてね!」

そういうとまりさたちは散開しかけた群れの真ん中へと再び急降下していった。


「ちぇんたちもいくよー。」

まりさたちが目標の群れに到達したのを見計らって、ちぇんたちも急降下する。
目標を定め、そこまで急降下していくのはまりさの攻撃方法と全く同じだったが、その後が違った。

うーぱっくが群れよりやや高い高度で再度の水平飛行に入ると同時に、ちぇんがその底面から飛び出した。

二本の尻尾をグルグルと回転させながら目標のうーぱっくへと後ろからゆっくり近づいていく。
目標の真上に占位すると、尻尾の回転をすぐさま停止しうーぱっくの中へと落下。
重力を利用して搭乗中のゆっくりを気絶させ、うーぱっくを乗っ取る。

「いうこときかないとあばれるよ、わかるねー?」

体内からうーぱっくを脅して言うことを聞くようにする。
底部を半分だけ開けさせ、気絶中の饅頭を地面への小旅行に強制参加させた後、べつのうーぱっくの上空へと移動させた。
ふたたび空中へ躍り出て、登場中のゆっくりを気絶させ落っことし、乗っ取る。
後はこの繰り返しだった。

ほかの仲間がハイジャック犯を撃退しようと近づいてきても、そのたびに絶妙なタイミングで急降下するまりさに邪魔されてしまう。

いつのまにか群れは2割のゆっくりとうーぱっくを失い、散り散りに飛ぶ烏合の衆へと変化していた。






 ディスプレイ中の緑の三角は、まるで赤い集団を切り裂くはさみであるかのような働きをしていた。
緑色が縦横無尽に赤い集団の中を駆けた結果、赤の光点はひどく散開してしまっている。
相当の混乱振りが現場から遠く離れたここでも見て取れた。

「航空、敵集団はどれぐらいの距離だ?」
「あと5分でSAM射程内です。」
「よろしい、総員対空戦闘配置。対空火器使用自由。」

指揮官の指示を受けて各所で復唱が行われ、続いて火器の使用準備がなされる。

「総員対空戦闘配置、総員対空戦闘配置」
「対空砲弾、信管取り付け確認、装填良し、対空砲準備よろしい。」
「ターター誘導弾チェック完了、SAM準備よろしい。」
「防空システム異常なし、対空戦闘準備よろしい。」

彼は部下の働きに満足を覚えると、次に手元の受話器をとり備え付けられたボタンを操作する。

「こちら指揮所、まりさ聞こえるか?」
『ゆっ!きこえるんだぜおじさん!』

受話器の向こうから風交じりの声が届く。

「そろそろ連中から離れたほうがいいぞ、地面を歩いて帰るか。そこで待つか選べ。」
『ゆっ!じゃああるいてかえるんだぜ!』
「よし、何かあったら呼べ。」

まりさたちは特殊な訓練を受けたゆっくりでありそれなりに金が掛かっている為、誤射で失うのは惜しい。
ゆえに攻撃前に退避するよう指示を下した。

もっとも、指揮官たる彼は、ゲスのような口調であるのに中身はゆっくりとしてはかなり真面目な部類にはいるリーダーまりさを気に入っていた事もあり、死なせたくなかったというのもあった。



 「敵集団、防空圏に入りました。」
「よし、打ち方はじめ!」

赤い光点がディスプレイのもっとも大きな円の内側に侵入を始めていた。
彼は部下のその報告を受け、直ちに攻撃を開始するよう伝える。

部下が受話器をとって一分もたたないうちにディスプレイ上に青い光点が現れた。
ディスプレイの中央辺りから数秒おきに光点が現れては右へと移動していく。
合計で3つとなったところで光点の発生は終わる。
強制的に幻想入りさせるだとか、日本政府に退役したDDGの物を秘密裏に無縁塚へ流してもらうだとか、とにかく怪しげな方法で揃えたイルミネーターが3つしかない為だ。
改修後のターターDシステムでSM-2スタンダードを利用するならば4倍程度、つまり12発撃てるのだが無い物は仕方が無かった。
大体、これでも大抵の非AEGIS・DDGより同時交戦能力は上なのだ。
ここ幻想郷でそれ以上を望むのは贅沢というものだろう。

ターターが目標と接触したのはそれから30秒後だった。






 群れをズタズタに切り裂いていたまりさやちぇんが乗ったうーぱっくは何時の間にかどこかへ消えてしまっていた。

群れのゆっくりたちはその事に気づいてからやっと、畑への進撃を再開しており、今ではつい先ほどの惨劇など忘れたかのようにはしゃぎだす始末。
脅威がすぐそこまで迫っていることに気づいていない辺り、かつてファルクラムに撃墜されたゆっくりたちと全く同じ運命をたどっているが、もちろんそんなことにも気づいていない。


「みんな! ゆっくりあつまってね!」

群れのあるまりさが寂しさに駆られたのか、他の仲間を呼び寄せた。
怖い人間でもみんなで襲えば必ず勝てる、必ずお野菜を取り返せる。
そういう考えの元、仲間たちと一丸となって進撃する事にしたまりさはそれなりに頭が回る方なのだろう。
彼女の不幸は、かつて誘導兵器で撃墜されたうーぱっくの存在、それを知らなかった事から始まっている。



 まりさは自身の視界に妙な物が見えることにふと気がついた。
人間であれば「皆既日食」のようであると判定しただろうそれ、つまり漆黒の円とそれを取り囲む光のリングは刻々と巨大化している。

──なにかな?あれ。

まりさがその短い生涯の最後にそう思った直後、真正面からでは「皆既日食」のように見える、ターター・ミサイルが彼女の乗るうーぱっくとすれ違い、近接信管を作動させて起爆した。
密集状態のうーぱっく、その中央で起爆したターターの破片は4匹のうーぱっくを粉々に粉砕し、6匹を飛行不能状態に陥らせた。
散開したままならばうーぱっくの被害せいぜい2匹か3匹といった所だったが、まりさの提案で密集していたことが被害を拡大していた。
かつて同じような目にあって撃墜されたゆっくりは生還していない為、この事態はまりさの責任という訳ではないが、しかしそれは何の慰めにもならなかった。

残り2発のターターも次々に群れの中で起爆し、さらに11匹が粉砕され、17匹が飛行できなくなって落下していった。
当然だが中に乗っていたゆっくりの生存は絶望的である。



 地上をのそのそと進むリーダーまりさの眼前で爆発が三回起きた。
最初の一回目でまりさとちぇん、それにうーぱっくたちは足を止め、上を見上げて「友軍」が「敵」を撃墜する様を眺めていた。
リーダーまりさの胸中の過半は敵が次々と落とされていく事による高揚感に支配されていたが、別のごく一部では一応同種の生き物であるゆっくりが殺戮される事に憤りと恐怖を感じていた。

自然で生きる事を諦め、人間と手を組んで生き残る事に成功した新世代のゆっくりであるリーダーにとっても、やはり人間は恐ろしいものだ。
まりさは下腹部に何か冷たい物を感じながら帰途についた。






 「スプラッシュ・ダウン!全弾命中!」

ディスプレイ右側、中ほどのいくつかの赤い光点が、撃墜を示す二本の棒が交差した光点に変化する。
右側の集団を構成していた光点は半分ほどがこの光点に変化し停止しており、残りは互いに離れて動いていた。
第二波三発の光点が再び現れ、今度は上から下へ広がりつつ移動していく。
散開したターゲットを照準しているためだ。


「SAMに伝達、打ち方やめ。」

赤い光点は未だターターの迎撃範囲を抜けておらず、やろうと思えば第三波以降も放てるが、彼は指揮官として誘導弾をこれ以上射耗できないと判断した。
いかに推進機関と誘導装置の一部をお札だとかで構成したパチ物ターターとはいえ値が張るからだった。

───後は対空砲で料理できるだろう。

そう思う彼の目の前では、ディスプレイ上の赤い光点が同じくディスプレイ上の中くらいの円へ接触していた。






 れいむは迷っていた。
群れのリーダーたる母親れいむが目の前で爆死した為に散り散りバラバラに逃走した挙句、現在位置が分からなくなってしまったのだ。
れいむ自身は家族を連れて来ているため、リーダーの母とは別のうーぱっくに乗っていたのが幸いして現在まで生き残る事が出来たが、母を失った悲しみはそんな事では到底補いきれなかった。

「おかーちゃん! さむいよー!」
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛」
「ゆっくりしたいー!」

強引な回避機動により眠りから覚めたれいむの子供たちが不満を訴える。
おまけに防寒用に持ってきた藁を殆ど落としてしまい、寒さに震えている。

───どこかでやすまないとこごえちゃうよ!

そう思ったれいむだったが、この辺りの地理には詳しくない。
どこかにその辺り詳しい仲間がいないか、周囲を見回したれいむの判断は真に適切であったといえる。

右をみるれいむ。不気味なほど静まり返った草原が月明かりに照らされている。
背筋が寒くなったが構わず今度は左を見る。

判断できるか出来ないかギリギリの大きさのうーぱっくが見えた。

───とりあえずちかづいて、きいてみようね!

何もしないよりは聞いてみるべきだと考えたれいむはうーぱっくに指示を出して進路を変えさせる。
ダンボールの床が左へ傾き、ガチガチ震えている子まりさがズリズリと滑っていく。
ゴロゴロと転がった子れいむが壁に当たって妙な声を上げ、餡子を吐き出す。
れいむは親としてその事に気づくべきだったが、自身も寒さで余裕がなくなっている為に気がつかない。

れいむ一家を乗せたうーぱっくはもう一つのうーぱっくへとまっしぐら、接近する二つのシルエットが夜空にぼんやりと浮かんでいた。



 近づいたところでれいむはある事に気がついた。
視界の中でだいぶ大きくなったうーぱっく、その右半身に大きな穴が開いておりそこから何かがぶら下がっていた。
その垂れ下がっている植物の蔓のような物体、その先になにやら丸っこい物体が付属している。

「…!…だよ!」
「……ちゃ…よ!」
「……てね!」

うーぱっくの中にいる子ゆっくりが何かを叫んでいる。
蔓の先に子ゆっくりが必死にしがみついていた。
叫んでいるゆっくりたちはその子が落ちないよう必死に応援しているのだった。
蔓をそろそろと揺らさないように引き上げているのは親ゆっくりだろう。

「うーぱっく! あのこのしたにいそいでいってね!」
「うー!」

見捨てるという選択肢は初めから思いつかない。
リーダーの子だけありこのれいむもまたリーダーの素質にあふれているのだろう。
れいむは子ゆっくりが万が一落下しても受け止められるよう、うーぱっくに頼んだ。


その時、れいむの視界右側で何かがチカリと煌く。
ほぼ同時に目の前のうーぱっくが破裂した。
ゆっくりだった物がバラバラに弾けとび、れいむの乗るうーぱっくに当たって水っぽい音を立てる。
ぶら下がっていた子ゆっくりは爆発の勢いで地面へと高速移動、上空でも聞こえるほどの衝撃音を上げた。
これでは形が残っているかどうかも怪しいだろう。

爆発はさらに二度三度と三秒おきに発生し、それにより発生した煙でれいむとうーぱっくの視界は完全に閉ざされた。

目の前の惨劇に思考停止していたれいむは、次は自分の番だと直感的に気づくとうーぱっくに指示を出そうとした。

その瞬間、超音速で飛来した砲弾により、れいむも、うーぱっくも、凍えていた子ゆっくりも粉々に粉砕された。






 時を少しさかのぼる。

東からやってきたゆっくりの集団に第一波のターターが到達しようとしていた時、広場から飛んでいったうーぱっくが北の集団と接触した。

南下する侵入者は3匹。
これに相対するうーぱっく6匹はその上空、後方からゆっくりと滑空して近づいていく。
先頭を行くうーぱっくがタイミングを見計らって己の底部を少し開放する。
うーぱっくの中に積み込まれた装備──といっても単なる石ころであるが──がボロボロと下へ落ちていく。
後続のうーぱっくも次々に底部を少しだけ開け、石ころの雨を降らせる。

雨の向かう先は当然、南下する“悪い”ゆっくりとうーぱっくだ。

うーぱっくの上面は多少の水なら物ともしないが、石が雨霰と降ってくるのではどうしようもない。


「ゆっ!なにかあたってるよ!」

自分の上のダンボールが鈍い音を立てて振動するのにまりさが気づいた。


最初の一個二個はうーぱっくの上面に防がれたが、代償として上面のダンボールが歪んでめくれあがる。


ボゴッっとダンボールに穴を開けて飛び込んできた石がまりさに当たる。
衝撃でまりさは少し変形したが、すぐに持ち前の弾力で元に戻る。

「ゆっ? ぜんぜんいたくないよ!」


三個目以降は防御力の低下したダンボールを貫いたが、その時点で運動エネルギーを殆ど失い搭乗ゆっくりにまでダメージを及ぼさなかった。


石は次々に飛び込んできてはまりさに命中する。
最初はなんとも思ってなかったまりさだったが、そのうち痣が増えていき出餡も見られはじめた。
石が当たるたびにまりさの体が激しくへこみ、傷に黒っぽい液体がにじむ。

「ゆ゛っ! いた゛いよ!ゆっく゛りし゛た゛いよ!」


当たる石が増えていくうちにダンボールの穴が増加していき、ついには開いた穴を通過して直接搭乗ゆっくりに命中する石が出るようになった。


石の雨を浴びたうーぱっくはあっという間に上から下まで貫通する大穴を作られスッキリとした姿になって落ちていった。






 ディスプレイには大量の赤いバツ印が表示されていた。
侵入者が全て撃退された事を表している。

指揮所の扉が開き、ゆっくりが数匹入ってきた。

「ただいまもどったんだぜ!」

そのまりさの大きな声に、人間たちが一斉に振り向く。

「ご苦労、それでは戦果確認をしようか。」

顔だけ向けた初老の男は落ち着いた様子で入ってきたゆっくりを呼び寄せる。
ゆっくりはのそのそと移動して、彼の前に整列した。


「では、戦果発表だ。今回は目標も多かったからね、皆よく頑張った。まず、一番多いのは…」

整列したゆっくりがゴクリと唾を飲む。

「ちぇん02だ、おめでとう。撃墜4匹だ。」

「ほんと!やったよー!」

呼ばれたちぇんは飛び跳ねて喜んだ。
ゆっくりとまわりの人間が今回の主役を祝福する。
一気に騒がしくなるが、まだ発表は残っていることに気づき、すぐに静まる。

「では次だ。二番目は…」




「以上だ。では撃墜数に応じたバッヂを受け取りなさい。」

彼はデスクの引き出しを開け、同じデザインのバッヂを数十個取り出した。
名前、というか種族と番号を組み合わせた個体識別呼称でゆっくりを呼び、バッヂを何個かつけてやる。

その場のゆっくり全ての飾り(うーぱっくは外皮に直接だが)に新たなバッヂが取り付けられた。




 廊下をまりさとちぇんが跳ねながら移動していた。

「こんかいはおめでとうなんだぜ! よっつもおとすなんてすごいんだぜ!」
「ありがとうだよー。 でもまりさもすごいよー。」

まりさの方はリーダーまりさであり、ちぇんは今回最も活躍したちぇんだった。

「まりさはこれで10こめなんだよー。 すごいよー。」

ちぇんの言うとおり、まりさの帽子には茶色い箱を象ったバッヂが10個付いている。

「まりさはなんかいもたたかってるからなんだぜ!」
「がんばりやさんなんだねわかるよー。」

まりさが言うには、一回の出撃でいつも一匹ぐらいしか落とせていない。
自分は出撃回数が多いだけでちぇんの方が凄いという事だった。

「どっちもすごいよ!」
「うー!うー!」

後ろのまりさとうーぱっくにとっては、どちらも別次元の話だ。

「おっ、おじさんが『しゅくしょうかい』してくれるからはやくいくんだぜ!」

リーダーまりさは自分がほめられるのが恥ずかしいのかそんな事を言って駆けていく。
他のゆっくりもあわてて追いかけていき、廊下の角に消えた。






 「ところで、SAMが20匹、AAAが17匹墜としてるんですがそっちには何もないんですか?」
結局、コーヒーをこぼしたズボンを取り替えただけの部下が聞く。

「人間がゆっくりを墜としただけで貰える訳無いだろ…常識的に考えて…。」
初老の指揮官はあきれた顔で答えた。

「ですよねー」


__Das Ende__



バッジシステムと聞くとBADGE Systemにしか思えないから困る。
今回書いたのは全然違う物にしかできなかったけどね。

by sdkfz251



今回のターター・システムについて

存在が予言されるドス級うーぱっくの襲撃に備え調達された。
ベースとなったのは幻想入りしてきたチャールズ・F・アダムズ級DDG(艦番号不明)の装備一式。
そこに謎の方法で日本政府に横流ししてもらった<あまつかぜ>のイルミネータを強引に追加したという想定。

本当なら速攻で消えた=幻想入りしてそうなテリアとかタロスにすべきなんだろうけど流石にデカすぎてダメだろうと。
で、ターター・システムにしました

どうでもいい話だNE!



業務連絡
ドロワの出演許可ってここでやって良いのだろうか。
是非ネタにしてやって下さい。



by sdkfz251


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最終更新:2008年11月17日 15:54
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