ゆっくりいじめ系281 冬眠ゆっくりの子守唄

 冬眠ゆっくりの子守唄


「ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくりしていってね!!!」
 そのゆっくりれいむが通ると、誰もがあたたかな声をかける。
「ゆっくり、していってね」
 答えるれいむは上品だった。物腰たおやかで、そして美しかった。
 魔法の森の誰もがうらやむ、最上のゆっくり、それが彼女だった。
「ゆっくりー……」
 柔らかな草の上に座り、ただゆっくりと日を浴びる、それだけでも花のように絵にな
るゆっくりだった。
「ゆっくりちちぇっちぇね!」
「ゆっくりちちぇっちぇね!」
 小石ほどのちっちゃな赤ちゃんまりさや赤ちゃんれいむたちが、蝶を追ってぴょんぴょ
んと飛んでいく。それを見ると、ぴょんと横から蝶を捕まえ、赤ちゃんたちにやった。
「はい、ちょうちょさんよ」
「ありがちょ、おねーたん!」
「やさしいね、おねーたん!」
 感謝するちびたちに、無言でにっこりと笑いかける。
 ゆっくり特有の騒々しさもなく、控えめで、優しい。本当によく出来たゆっくりだっ
た。
 そのれいむは、一年を母親の下で過ごし、そろそろ一人立ちを迎えようとするころだっ
た。こんなにも器量よしで気立てのよいゆっくりなので、もちろん大勢のゆっくりたち
が彼女を慕っていた。
「れいむとゆっくりつきあってね!」
「まりさとゆっくりつきあってほしいんだぜ!」
「あっあっあアリスと赤ちゃんをつくりましょぉ~~~~~!」
 そんな誘いにも、れいむは頬を赤らめて、つつましく辞退していた。
「もうちょっと、ゆっくりかんがえさせてね」
 彼女が一体誰と付き合うのか、森のゆっくりたちはやきもきしていた。
 れいむの母親は、保守的な考えの持ち主だった。
「れいむはまだまだこどもだよ! 次の春までゆっくりと成長して、それからすてきな
人を見つけるといいよ!」
 れいむ本人も、漠然とそんなふうに考えていた。
 まだまだ、恋というものを遠くの虹のように考えていたのだ。
 だが、恋のほうではれいむを待ってくれなかった。

 ある日のこと、草むらをゆくゆくとしとやかに歩いていたれいむは、隠れていた蛇に
襲われた。悲鳴を上げて逃げようとした時、石をくわえて蛇を叩きのめしてくれたゆっ
くりがいた。
「このあたりは危ないんだぜ。ゆっくりしないで通り抜けてね!」
 そのまりさは、れいむにしばらく目を留めていたが、他のゆっくりのようにれいむの
美貌に惑わされて口説き始めたりはせず、黒い帽子を翻してそっけなく去っていった。
「すてきなひと……!」
 ゆっくりれいむの餡子ハートが、きゅんきゅん鳴り始めた瞬間だった。
 ほどなくそのまりさの素性がわかった。魔法の森のはずれの石地に暮らす、一人身の
ゆっくりだった。
 数日後、れいむはとびきり色艶のいいアマガエルをくわえて彼女に近づき、震えるハ
ートに勇気を奮い起こして話しかけた。
「あの、せんじつはありがとう……いっしょにゆっくりしてね?」
「ゆっ?」
 振り向いたまりさは、しばらくれいむを見つめてから、やがてにっこりとほほえんで
くれた。
「ああ、あのときの……」
 覚えていてくれた。それだけのことで、れいむは天にも昇る心地になった。
「これ、おれいなの。ゆっくりたべてね……?」
 まりさはカエルを見て、べろんと舌を伸ばして食べてくれたが、ふいと向こうをむい
てしまった。
「ありがとう。でも、ゆっくり帰ってね」
「どうして? れいむ、もっと……まりさといたいよ」
「ゆぅぅ、それはだめだよ」
「どうして?」
「だってまりさは……ばつをうけている身だからね」
 まりさの告白は、衝撃的なものだった。
 彼女はむかし、母親や姉妹たちと大きな家族で暮らしていた。ある日のこと、その家
族がゆっくりれみりゃに襲われた。母まりさが立ち向かい、子供たちも必死に手助けし
たが、空を飛ぶゆっくりには勝てなかった。母も姉妹も体のあちこちをつまみぐいされ、
身動き取れなくなった。
 そのとき、一人だけ無傷だったこのまりさは、家族を捨てて逃げたのだった。
「おかあさんがさけんでいたよ。『まりさだけでも、逃げてゆっくりしてね……!』っ
て」
 だが森のゆっくりたちは、このまりさに冷たい目を注いだ。家族を見捨てたゆっくり
としてつまはじきにし、森のはずれのこんな寒々しい土地に追い出したのだ。
 そこまで聞いた時、やさしいゆっくりれいむの目から、熱いものがあふれ出した。
「どお゛じでぞんな゛目゛にあっでるのぉぉ……!」
 同情が胸を締め付ける。その痛みはすぐに、甘い共感に変わった。
 我知らずれいむは、まりさに頬をすりつけていた。
 強く強く、いっぱいの気持ちを込めて、すりすりと……。
「れ、れいむ……」
「つらかったよね、さびしかったよね……!」
 すり寄るれいむに対して、まりさはとうとう何も言わなかった。
 だが、別れ際に一度だけ、自分からそっと頬を当ててくれた。
 れいむには、それだけで十分だった。

 その日から、二人のひそかな逢瀬が始まった。
 森のゆっくりたちの目をかすめて、石の荒地で、木陰のうろで、滝つぼの陰で、ふた
りは密会を重ねるようになった。
 密会といっても、二人とも前の冬に生まれたばかりで、まだ若い。子作りを求める、
燃え立つような情欲とは縁遠い。れいむが浮き立った調子で日常のことをしゃべり、そ
れにまりさが時折あいづちを打つというような、他愛のない時を過ごしただけだった。
 孤独なまりさはれいむの話を聞くと、ほかのゆっくりが気づかなかったようなれいむ
の苦労を汲んで、ぽつりと同情してくれた。
「ゆっくりは、顔じゃないんだぜ」
「れいむは顔よりも、心がすてきだと思うんだぜ」
 またそんなまりさも、おのれの美貌におごらない、謙虚で正直なれいむに惹かれていっ
た。
「おかあさんや妹たちに、いつまでもゆっくりしてほしいよ」
「まりさのことも、きっとみんなはわかってくれるよ!」
 夏の間、ふたりはそうやって、穏やかに愛をはぐくんでいった。

 秋に入ると、ゆっくりれいむは冬支度を始めた。
 優しいながら芯のしっかりしたこのれいむは、生まれて一年もたたないうちから、一
人で越冬をすると決めていたのだ。
 外敵の近づきにくいイバラのしげみの奥に穴を掘り、着々と食料を貯めて行くゆっく
りれいむの姿に、最初は心配していた母れいむも、許可を出してくれた。
「しんぱいだけど、だいじょうぶそうだね! がんばってゆっくりしてね!」
「うん、れいむがんばるね!」
 幼女期を過ぎて少女期に入ったばかりのれいむではあったが、必要な餌の量や穴の広
さを本能が教えてくれた。れいむは着々と準備を進めていった。
 ひとつ、気がかりなのは、あの仲良くなったゆっくりまりさのことだった。れいむは
まりさと一緒にいたかった。
 だが、結婚の誘いを口にするには、れいむはまだまだ幼かった。
 もしそんな誘いをしたならば、一冬をずっと同じ穴の中で過ごすことになる。まりさ
と夜を過ごしたことは、いまだに一度もなかった。そこで何が起こるのか、少女の活発
な妄想力をもってしてもさすがに考えが及ばず、れいむは一人、顔を赤くして首を振る
のだった。
 ――まだはやい、まだはやいよ! もっとゆっくりなかよくなってから……!
 冬ごもりの食料は莫大だから、簡単には移せない。つまり、思いつきで移住すること
は出来ない。どちらにしろ、今年は一人で過ごすことが決定していた。
 森の木が色づきだしてからというもの、まりさのほうも冬支度を始めているようだっ
た。ときおり遊びにいったれいむは、石穴での彼女の冬支度が、それなりに順調に進ん
でいるようだったので、ほっとした。
 そのころのれいむは、まりさの視線を感じて小麦粉の頬を熱くすることが増えていた。
 まりさも同じように考えてくれている――そんな確信があった。

 季節が移りゆき、とうとう幻想郷に初雪が降ったある日。
 いよいよ冬篭りの支度をすっかり整えたれいむは、銀世界に顔跡をつけていっさんに
走っていた。
「ゆっ、ゆゆっ、ゆっ、ゆゆっ!」
 今日は三ヵ月を越える冬ごもりを始める日。巣穴の入り口を閉じる前の、最後の逢瀬
だ。
 石地の巣穴にたどり着くと、期待したとおり、その入り口はまだ開いていた。
「まりさ、いる?」
「れいむ? ゆっくりしていってね!」
 聞き慣れた誘いの声。れいむはこの上ない喜びを覚えて、巣穴に入っていった。
「いよいよだね……!」
「ゆっくりと生き延びようね……!」
 感無量で見つめあう顔と顔。自然の厳しさはお互いに知っている。うまくゆっくりで
きなければ、再び会うことは出来ないかもしれない。
 そんな切羽詰まった思いが、若いれいむに思い切ったことを口走らせた。
「あの……あのね、まりさ!」
「ゆっ?」
「もしこの冬篭りに成功したら……わたしとけっこんしてね!!」
 白玉楼から飛び降りる思いでの大胆な告白。もちもちした頬を真っ赤に染めて、れい
むはぎゅっとうつむく。
 期待と不安に餡子が高鳴る。まりさはなんて答えるだろう。孤独なひとだから、断ら
れるかもしれない。実は他に好きな人がいるかもしれない。乙女ゆっくりの想像力が暴
走しかけていく。
「ゆ……ゆぐ……」
 のどに詰まったような不思議な声。おそるおそる声を上げると、まりさは顔を背けて
むこうを向いている。
 まりさを困らせてしまった――その思いに、れいむは足場が消えてなくなったような
絶望を覚える。やっぱり、自分の思い込みだったんだ。まりさは、ただの友達としか思っ
てくれていなかったんだ……!
「ご、ごめんね、まりさ! 変なこと言っちゃった。……ゆっくりしていってね!」
 最後の挨拶を残し、出て行こうとするれいむ。
 涙を見られる前に。
 ところがその後ろ髪が引っ張られる。ころんと転がって振り向いたれいむが見たのは、
真っ赤に染まって、怒っているようなまりさの顔。
「わ……わるかったよ、れいむ!」
「ゆっ?」
「な、なんて言っていいか、わからなかったんだぜ! うれしすぎて!」
 言うが早いか、まりさは寄ってきた。柔らかな肌とふさふさの金髪がれいむの頬に押
し付けられる。
「まりさもだいすきだぜ! きっと、きっとけっこんしようね!」
「ゆ……ゆぅぅぅぅ!!」
 歓喜の声がのどから漏れる。餡子脳をまたたく間に餡内麻薬が満たしていく。押し寄
せる幸福感、高まるヘヴン状態。
「ま、まりさ、うれしいよ……!」
「れいむ、ほんとにだいすきだぜ……!」
 むにむにと頬をこすりつけ、何度も言葉を掛け合う。
 こんなに幸せな思い出があれば、長い冬ごもりもぜんぜん苦しくない。少しの後悔も
なくここを離れて、巣穴に戻ることが出来る。れいむはそう思った。
 が――。
「ゆ、ゆく……ゆふ……」
「ゆぅ……ゆむぅ……」
 押し付けた肌のぬくもりが、あまりに心地よすぎた。
 愛しい人との距離が、あまりに近すぎた。
 いつの間にか二人は言葉を忘れ、短い声だけを漏らして、体をゆすりあっていた。
 そう、それは……二人がまだまだ早いと考えていた、愛の営みのきざし。
 実際、二人はそんなことをするつもりは毛頭なかった。
 ただただ、その心地よく温かい行為を止めたくなくて、じわじわと続けていただけな
のだ。
 しかし、いくら自覚がなくても、幼い餡子体に目覚めつつある官能は、そのまま消え
てくれはしなかった。むしろ二人が押し合うのに合わせて、急速に高まりつつあった。
「ゆっゆっ……ゆっゆっゆぐっゆぐっ」
「ゆは、ゆは、ゆふ、ゆふ、ゆふぅぅ……ま、まりさぁ……へんだよぉ……」
 頬を染め、とろんと溶けた目でつぶやくれいむ。
 ふと相手を見れば、同じように快感に目を細め、唇をゆがめている。
 そのまりさが、はっとれいむの視線に気づき、何か言おうとした。
「れ、れいむ……ゆっくりとやめようね……?」
 彼女はまだ理性を残していた。今このタイミングで営みを始めたら、どんな悲劇的な
結末が待っているか、きちんと想像が出来た。
 結末――それは恐ろしい光景だ。一人で巣穴に帰ったれいむが、腹の痛みを感じる。
そして何日かのあとに子供を産み落としてしまう。
 一人用として準備された、巣穴の中で。
 見詰め合ったまま、二人はわずかに逡巡した。
 だがれいむは、しとやかで相手の望みを慮る性格のために、感じてしまった。
 まりさがこらえている飢えを。芽吹きはじめた欲情を。
 ――まりさがれいむをほしがってる……すっきりしたがってる……!
 それゆえに、れいむは揺すり続けた。
 美しい頬をすりよせ、唇の端をまりさの唇に沿わせ……。
「まりさ、いいよ、まりさ……」
「ゆっ、れいむ、れいむ?」
「れいむはいいの。してほしいの。ねえ、すっきりしていってね……?」
 魔法の森で一番とたたえられた、青いほど若く美しいゆくっりれいむの、健気な誘惑
……。
 それに、長い間孤独にさいなまれ、れいむを慕い続けていたまりさが、抗えるわけが
なかった。
「れっ、れいむ、いいの、ほんとにいいの?」
「いいの、いいのぉ、まりさなら、ゆぅん、いいのぉっ……!」
 まだ幼い、餡子皮もろくに厚くなっていない、青い果実のようなれいむがあえぐ。
「れいむっ、すきだよっ、れいむ、ほんとぉぉぉ!」
 人の情けを知らずにたった一人で生き抜いてきた、飢えたまりさがむさぼる。
 舌を伸ばしてべろべろと舐めあい、湿った頬をぐにぐにとすりつけ、野獣のように汁
まみれで愛し合う。若く未熟だといっても、いや、若く未熟だからこそ、二人の愛はと
どまるところを知らなかった。
「ゆっ、ゆおっ、ゆふっ、ゆむぅっ♪ まりさっ、きもぢいい、ぎもぢいいよぉぉ!」
「れ゛いむ゛ッ、れい゛む゛っ、れ゛いむ゛ぅぅ、だいすきだよぉぉぉほぉぉ!」
「もっどっ、もっどじでっ、ぐるっ、ぐるっ、なにがぎぢゃぅぅぅぅ!!」
「まりざも、まりざもっ、れるっ、れるっ、なにかがれる゛ぅぅぅ!!」
 ずくんずくんと押しつけるまりさの動きが最高に高まった瞬間、れいむは感じた。
 じわじわぁぁっ……! と自分の中に染みとおってくる、まりさの愛のこもった熱い
波を……。
 その途端、真っ白な閃光が丸い餡子体のすみずみまでも走りぬけ、れいむは我知らず
に絶叫していた。
「すっきりーーー!」
「すっきりーーー!」
 同時にまりさも叫び、柔らかい体をべったりとれいむに密着させたまま、ふるふると
硬直した。
 白一色の野原の中、小さな穴倉で人知れず重なり合った二人の上に、新たな冬の使者
が音もなくはらはらと降り積もり始めた……。

 ゆっくりれいむは枯れ草を敷き詰めた穴倉に、じっと座り込んでいた。
 冬篭りを始めて一週間。――食料の消費は予想通りで、念入りにふさいだ入り口から
は雪の一片も漏れてこず、冬篭りはすべて問題なく進んでいるようだった。
 しかしれいむの顔は、心なしか青かった。
 ――だいじょうぶ、だいじょうぶ! ゆっくりしてればいいの!
 自分に言い聞かせつつも、思い返してしまうのは、あの日のことだ。
 生まれて初めての衝動に押し流されるまま、自分の体のすべてを与え、恥ずかしい痴
態をさらしてまりさとひとつに溶け合った。それ自体は例えようもなくすばらしい愛の
出来事だった。
 だが、終わったあとに残ったのは、取り返しのつかない愚行をしてしまったのではな
いかという、巨大な不安――。
「れ、れいむ……」
 おろおろとうろたえながら、まりさが何かを言おうとした。
「……こっちでゆっくりしていく? まりさはかまわないよ」
 だが、出てきたのはこんな益体もない台詞だけ。もとよりまりさの巣穴にはまりさの
分の食料しかない。たとえまりさが身を投げ打ってくれたところで、来るべき事態の解
決にはならない。
 れいむにまりさを責める気はなかった。あの流れの中で、自分は確かに、人生の分岐
点をこちらへと渡ったのだ。
 一時の快楽に押し流されて……。
「ありがとう、まりさ。れいむはおうちにかえるね」
 にっこりと笑って、れいむはそう言った。
 まりさが好きだった。だから心配をかけたくなかった。
 ただ、どうしたわけか、涙だけは目じりからぽろぽろとこぼれた。
「ゆっくりしていってね、まりさ。れいむはだいすきだったよ!」
「れ、れいむぅぅぅ……」
 同じように涙を流し、何度も抱擁して、まりさは送り出してくれたのだった。
「春になったらむかえにいくからね! ぜったいいくからね!」
 ……そんな声を背に、れいむは巣穴に帰ってきたのだ。
「ゆっ、ゆゆっ、ゆんっ!」
 ふるふると頭を振って、自分に活を入れる。
「ゆっくりできるよ、ゆっくりしてるよ!」
 すべては杞憂なのだ。こうして座って、辛抱強く食料を食いつないでいけば、やがて
は春が来るのだ。
 そうして、ある暖かな一日に薄暗い穴の中で目を覚ますと、入り口を掘りあけてまり
さが来てくれるはずなのだ。
「ゆっくりしすぎたぜ、れいむ!」
 そうやって、微笑んで……。
 ぐりゅ、と頭皮の上で何かが動いた。
「……!」
 れいむは頭をふる。何度も何度も振る。
「ゆっくり、ゆっくりしていくよ……!」
 聞くものとてない冬山のイバラの茂みの奥に、そんな小さな叫びが響く。

 だが――。
 運命の神は――。
 二人の愛の結晶を、無慈悲にも――。

「ゆぐっ、ゆぐっ、ゆゆぎぃぃぃ……!」
 吹雪の吹きすさぶ厳冬の一月。
 分厚い雪に振り込められた巣穴の奥に、異様な光景があった。
 それは膨れ上がったゆっくりれいむ。――ただ縦方向に伸びているだけでないのは、
その口の下にみちみちと開きつつある穴から、明白だ。
 産道が穿たれつつある。
 一歳に達しないゆっくりれいむが、枝をつけずに胎児を孕むのは、きわめて異例なこ
とだ。だがこれは、彼女自身が引き起こしたことだった。
 その原因は、れいむが己の妊娠を徹底的に否定し続けてきたことにあった。
 まりさとのあの日から一週間を過ぎたあたりから、れいむの体調は確実に変化してい
た。食欲が異様に増え、食べても食べても物足りない。頭がうずき、何かが生えつつあ
るような感覚が湧いた。
 頭から枝が生えたら、子供が実る。――その程度のことは、うぶなれいむでも知って
いた。
「は、はえないでね! ゆっくりはえないでね!」
 頭の上に少しでも何かが突き出そうになると、壁にこすり付けて削り落とした。
 だがゆっくりの体の作りは、ゆっくりであるれいむ本人にも想像もつかない神秘を秘
めていた。
 枝が生えなくなってほっとしていると、今度は十日過ぎから、腹の中に違和感を感じ
るようになった。
 みちみちみち……。
 みちみちみち……。
 腹が圧迫されていく。
 内側から。
 まるで新しい何かが形成されているかのように。
「ゆ、冬太りになってきちゃったよ!」
「ゆっくりしてるの、ゆっくり一人ですごすのぉぉ!!」
 食料の食べすぎだ、運動不足だと自らをあざむいても、詮無いことだった。
 茎を作って生まれ出ることのできなかった生命が、行き場をなくして腹の中に宿って
しまったのだ。
 以来、それは育ちに育ち、一ヵ月半が過ぎた今では、かつてのれいむ自身に匹敵する
ような何者かが腹の中にいることは、明白になってしまった。
 それが今――。
 いよいよ胎児としての成熟を迎え、外の世界に生れ落ちようとしている。
 ふくれあがり、中からミチミチと押し開かれる産道に、れいむは懸命に力を込める。
「だめっ、だめぇぇぇ……生まれちゃ、生ま゛れ゛ぢゃだめぇぇぇ……!
 出だら゛死ん゛じゃう゛の゛お゛ぉぉぉぉ!!!」
 かつて誰よりも美しかったまぁるいあごの線は、無様にふくれ、見る者見る者に舐め
てみたいと思わせた滑らかな餅肌には、脂汗が玉のようにびっしり浮いている。
 若く美しいゆっくりだったれいむが、今は腹の膨れた妊婦となって、おのれの恥ずか
しい穴を必死に引き締めているのだから、グロテスクを通り越して滑稽ですらあった。
「ゆぎい゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!」
 顔の下部に熱した金属棒を突っ込まれ、グリグリとこじ開けられるような壮絶な痛み
が、れいむを苛む。れいむは歯を食いしばってそれに耐える。
 最初のうちは外に出すまい、奥に戻してやろうという力みだったが、自然の巨大な力
の前に、そんな愚かな努力はたやすく圧潰した。今ではもう、腹の出口に宿る凶悪な痛
みの塊を、ただなんとか処理したいということしか、考えられない。
「ぎぎぎっぎゅぃいいぃいい! いだっいだっだっ、いだいよぉぉぉぉ!」
 体内の餡子という餡子がマントルのように煮え返り、循環するような猛烈な苦痛が襲っ
ている。その最悪の瞬間、れいむは痛みから逃れることしか考えていなかった。この痛
みをもたらしたすべての者を憎悪した。生まれつつある胎児自身、それを種つけたゆっ
くりまりさ、種を受け入れた昔の自分、そしてそんな自分を世に送り出した母親までも
を憎みぬいた。
「ゆっぐりじだいぃぃぃ! みんなみんなゆっくりじねぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!!」
 誰一人助けてくれるものもない、孤独な苦痛が最高に高まった瞬間――
  きゅぅぅぅ……ぽんっ!
 軽快な音とともに、一瞬で腹が軽くなった。たちまち、どっと音を立てそうな勢いで
安堵があふれ出し、れいむは至高の快楽に浸る。
「ゆっくりー!」
「ゅっ」
 だが、彼女の安堵は、小さな小さなうめきを聞いた瞬間、絶望に転じた。
 目を開ければ、薄暗い巣穴の床に、小さな丸いものが落ちている。
 黒い帽子、濡れて波打つ金髪、ちょっぴり世をすねたような唇、まだ開いていないま
ぶた……。
 それは、愛したゆっくりまりさに生き写しの、自分の子供だった。
 ――生まれてしまった……!
 ひたひたと押し寄せるその事実に、れいむは押しつぶされる。聡明な彼女には、この
ことの帰結がはっきりと理解できた。
 巣穴には一人分の食料しかない。
 子供と二人では、間違いなく足りなくなる。
 だから当然、今しなければいけないのは――間引き。
「……ゆ、ぐ、ぅ……」
 それは子供を自らの手で殺すこと。大丈夫、生まれて間もない赤子はまだ世界のもの
ではない。あちら側、死者の側の住人なのだ。殺すといっても、そちらへ送り返すだけ。
そう、これは「お帰し」なのだ――。
 ゆっちゅりーだったか、あるいは他の誰かだったか。昔聞いたそんな理屈が、頭の中
でぐるぐると回った。
 れいむはぶるぶるとおこりにかかったように震えながら、前へ進む。あれほどわが身
を痛めつけてくれたのに、子供の大きさは桃の実ほどもない。スイカ並みの大きさがあ
る今の自分なら、のしかかるだけで片をつけることが出来る。
 やるのだ。
 やらねば。
 やらなければ!
 ――と、そのとき目を開いた小さな子供が、きょろきょろと辺りを見回したかと思う
と、輝く瞳にいっぱいの希望を浮かべて言った。
「ゆっくちちぇっちぇね!!!」
 一撃だった。
 それはれいむの脆い殺意を突き崩し、深い深い愛を呼び覚ますに十分な一撃だった。
 幼い母親であるれいむの心に――幼いからこそ、純粋な愛がこんこんと湧き出した。
愛したまりさとの子供、自分の腹を痛めた子供だという思いが、あっという間に心を満
たした。
「ゆ゛っ……」
 れいむは、その言葉を口にした。
「ゆっぐり、ぢでいっで、ねぇ……!!!」
 そして滝のように涙を流し、わんわんと声を上げながら、赤ちゃんまりさに頬ずりし
た。
「ゆっ? おかあたん、どうちたの? まりさがちゅいてるよ!
 何もわからない幼いまりさが、早くもそんなことを言って、母に頬を擦り付けた。

 母子はずっと一緒にゆっくり暮らした。
 狭く暗い穴倉の中で、せいいっぱいゆっくりと……。
 出産が済んだれいむは、いくらもたたないうちに、元のように丸く美しい体形を取り
戻した。子供と二人、彼女は毎日を楽しく暮らした。
 子まりさも、満足しきっているようだった。
「おかーたん、ゆっくちおととにでたいよ!」
「おそとは寒いのよ。暖かくなったらね」
「おととにはどんなものがあるの?」
「きれいなお花や、可愛いちょうちょや、すてきなまりさかあさんがいるのよ」
「ゆっ、おかーたんがもうひとりいるの? まりさ、たのしみだよ!」
 子まりさの幼すぎる餡子脳は、結末をまったく想像できなかった。
 彼女はただ、外敵のいない快適な穴倉で、寝てもさめてもそばにいてくれる、若く美
しい母親と、壁一杯に積まれたたっぷりのごちそうに囲まれ、明るく広い未来を想像し
て、至福のときを過ごしていた。
「ゆぅ・ゆ・ゆー ゆぅ・ゆ・ゆー ゆーゆゆぅゆ ゆーゆぅ……」
 柔らかなアルトの子守唄を聴きながら寝かしつけられると、子まりさはついついこん
なことを言ってしまうのだった。
「おかーたん」
「なぁに? まりさ」
「まりさ、とってもちあわちぇ!」
 ちゅっ、と頬にキスして目を閉じる娘を、れいむはこの上なく幸せな顔で、だが滂沱
の涙を流しつつ、見守るのだった。
 時が流れ、日々が過ぎていった。吹雪の音は収まることがなかったが、壁に積まれた
食料は少しずつ減っていった。
 れいむにはひとつだけ迷いがあった。それは自分を犠牲にしてこの子を助けようかど
うかということ。自ら招いた過ちである以上、そうすることもれいむは真剣に考えた。
 だが、出た結論は、そうしたくないし、そうするべきではないと言うものだった。
 母の肉体を食い荒らして育った娘が、幸せになれるだろうか……。
 恋人の肉体を食い荒らして巣穴から出てきた娘を、母まりさが許してくれるだろうか
……。
 そう考えれば、答えはとても簡単であるような気がした。

 三月、冬の終わりを告げる最後の地吹雪が巣穴をとどろかしているころ。
 食べるものが何一つなくなった、空虚な巣穴の中で、頬がこけ、げっそりと衰弱した
れいむ親子が、夢うつつの境をさまよっていた。
「ゆぅ……ゆぅ……」
「ゅぅ……ゅぅ……」
 寄り添った二人は、もはや苦鳴すら漏らしていなかった。おなかがちゅいた、と子ま
りさが文句を言っていたのも、すでに一週間も前のことだった。
 今では細い息を漏らしながら、迫り来る死を待っているだけだった。
「ゆぅ……ゆぅ……ゆっ・ぐ」
 薄れる意識を漠然とたもっていたれいむは、ある一瞬、確かに自分の生が途切れたの
を感じた。人間にたとえれば、弱りきった心臓が短い間、停止したというところだろう
か。ともかく、死はすぐそこまで迫っているとわかった。
 ――れいむ、しぬんだ……。
 ――がんばったけど、ここで死んじゃうんだ……。
 ――おかあさん、ごめん。まりさ、ごめん。子まりさ、ほんとにごめん……。
 いつ死んでもおかしくない、と思った瞬間、れいむは細い決意を抱いた。あれほど考
え抜いて決めたことなのに、土壇場で再び母性本能がうずきだしていた。
「まりさ……まりさ」
「ゅぅ……ゅ?」
「今から、ごはんをあげるからね……いっぱいたべて、ゆっくりしてね……」
 そう言って、子まりさから離れ、壁際の石へよろよろと這いずっていった。石の角で
自らを切り裂き、餡子を与えるつもりだった。
 だが、その作業を始めて痛みに顔をしかめていると、ちっちゃな子まりさがゆむゆむ
と必死にはいずってきて、細い声で取りすがった。
「おかーた、おかーたん、いたいいたいしちゃ、だめ!」
「いいのよ、まりさ……」
「だめなの、まりさはおかーたんがちゅきなの! おかーたんいっしょにいて!」
 餡子の味を知らないから、そんなことを言うのだろう。いったん餡子を食わせてやれ
ば、我を忘れてむさぼるだろう。
 そうとわかってはいても、れいむは愛しいわが子を、泣かせたくなかった。
 れいむは石から離れた。そしてまりさにゆっくりと寄り添って、歌い始めた。
「ゆぅ・ゆ・ゆー ゆぅ・ゆ・ゆー ゆーゆゆぅゆ ゆーゆぅ……」
 眠れ眠れ母の胸に。
 歌の歌詞そのまま、眠るように子まりさは静かになった。
 ほどなくその静かな歌も途切れ、あとには吹雪のとどろきが残った。

 汗ばむほどの陽気に包まれ、根雪が盛大に溶け流れている。
 四月。魔法の森には急激な春が訪れ、すべての生き物たちがいっせいに目覚めていた。
「ゆっ、ゆゆっ、ゆっくゆっく!」
 雪解けの地面を、全身泥まみれになりながら駆けていくゆっくりがいる。
 黒い帽子のゆっくりまりさだ。もう五日も前から巣穴を防ぐ石版をぐいぐいと押し続
け、今日やっと、上に乗っている雪が溶けたために出てこられたのだった。
「ゆっくり、ゆっくりーっ!」
 それは訪れた春を歌い上げる歓喜の声であるとともに、愛する人に聞かせる呼びかけ
の声だ。皮よ破れよ帽子よ落ちよとばかりに、出せる限りの速度でまりさは跳ね飛んで
いく。
 イバラの茂みは、秋に記憶したとおりの場所にあった。そこは雪がまだ溶けていなかっ
たが、そんなことは問題ではなかった。まりさの頭の中は、四ヶ月前に激しく愛し合っ
た、美しく愛らしいゆっくりれいむのことだけが占めていた。
 ――れいむ、れいむ! いま掘り出してあげるぜ!
 冷たい雪を口にくわえて横手へ吐き出しながら、まりさは冬ごもりの間に数え切れな
いほど繰り返した至福の想像を、再び頭の中で組み立てる。
 雪をどけて扉を崩せば、待っていたれいむが涙ながらに飛び出してくるはずだ。
 いや、慎み深いれいむのことだから、久しぶりの出会いにためらって、もじもじして
いるかもしれない。
 まさか眠っているってことはないはずだ!
 どれにしろ、まりさの言うべきことはひとつだけのはずだった。
 ゆっくりしていってね!
 これからずぅっとずうっと、死ぬまで一緒にゆっくりしようね……!
 ゴソッ、と雪が抜けた。巣穴を閉ざす石と枝が現れた。
「れいむ! まりさだよ、ゆっくりしないで来てあげたよ!」
 石と枝をくわえることすらもどかしく、もぞもぞと顔を突っ込んでまりさは入り口を
掘り抜いた。ずぼっと穴が貫通し、湿った巣穴の匂い、懐かしいれいむの甘い香りが、
ふわりと漂いだしてきた。
「れいむ!」

 まりさは三日、遅かった。



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最終更新:2008年09月14日 05:10
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