ゆっくりてんこ系いじめ1 愛憎のゆっくりてんこ


※注意
 現代ゆっくりモノ。
 てんこかわいいよてんこ。
 オリジナル設定あり。
 若干の愛で要素を含む。
 変なところに着陸しました。
















 たまの休みに家でごろごろしていたら、午後になっていた。
 寝すぎて頭が痛いので、縁側に出て一服することにする。

 夏の盛り。
 陽射しは激しいが、吹き込む風は気持ちいい。部屋の淀んだ空気を散らしてくれる。
 煙草を一本、灰にし終える頃には頭痛は引き、動き出そうという気分になってきた。



 ところでさっきから気になっていたんだが、
 おれの庭でちょこまかしているあいつは何だ。



『虐待お兄さんとてんこ』



 俺の家は和風の一軒家だ。
 家そのものよりも庭のほうが広い。
 これは俺の趣味だが、実益も兼ねている。
 正門を開けておけば、ゆっくりが迷い込んでくるからだ。

 俺はゆっくりの虐待を趣味にしている。
 特に、家屋のっとりを制裁する名目での虐待が好きだ。
 別に善良なゆっくりをなぶるのも嫌いじゃないが、気分のノリが違う。

 今日も遊び相手にありつけた事を喜びながらしめしめと近寄ってみると、どうも様子がおかしい。 
 普段ならゆっくりれいむかまりさあたり、まれにぱちゅりーかちぇんが混ざる程度なのだが。

 庭に迷い込んでいるそいつには胴体があった。

 胴付きといえばゆっくりれみりゃだが、国家を挙げて絶賛根絶中のあれが街中を歩けるわけがない。
 ではどういうことだろう。俺は注意しながらそいつの背中に忍び寄った。
 そいつは、「おいィ……、おいィ……」と呟きながら、なにやらしゃがみこんでいる。

「おい」

 俺が呼びかけると、そのゆっくりは驚きに体を震わせた。
 ゆっくりとこちらを向く。
 ぱっと見は普通の幼女に見える。
 つば付きの帽子に桃の飾り。エプロンドレスにも似た服装。
 しめ縄の巻かれた岩を模したと思われるポシェットを下げている。
 ただ特徴的な面構えと、冗談のような頭身が、そいつがゆっくりであると告げていた。

 そいつはドレスの前掛け部分を両手で握って、なにやら戸惑っている様子だったが、
 思い直したように絶壁の胸を張ると、短い腕をぱたぱたいわせつつ不機嫌そうに顔を歪めて威嚇してきた。

「なにいきなりはなしかけてきてるわけ?」

 生意気な口を利く。
 俺は腕を組んで高圧的に見下してみた。
 そいつは片手をこちらに向け、ぶんぶんと上下させながら啖呵を切る。

「ふいだまとかあまりにもひきょうすぎるでしょう?
 じぜんにおどかされるとわかっていれば こいきにたいしょできますが、
 わからないばあいびっくりするんですわ? お?」

 何言ってんだこいつ……。
 見たことのないゆっくりだが、順当にむかついてきたぞ。
 こちらが黙っていると、ゆっくりは慌てた様子で言葉を続けた。
 腕を上下させるのはしゃべるときの癖らしい。

「てんこがおもうに、てんこはおこっているのではないか?
 ここですなおにしゃざいできるやつはほんのうてきにちょうじゅたいぷ。
 はやくあやまっテ!!」

 俺は右足を高々と振り上げると、
 殺すつもりで奴の脳天に踵を打ち下ろした。
 ゴムのような感触。奴は一度地面に叩きつけられ、反動で跳ね上がった。

「おいィィィィィィィィィ!!!」

 そのまま仰向きに地に落ちる。
 くぼんだ頭を短い両手で押さえるようにして、足先をぴんとのばして痙攣中。
 よい泣きっ面だ。

「てんこの うちょうてんが ちめいてきなんだが……」

 てんこ。
 聞かない名だ。希少種か?
 もしかしたら学会にも報告されていない新種かも……。
 でもゆっくりの学名に名前残してもなー。

 俺が考え事をしているうちに、てんこは元通りになり、立ち上がっていた。
 おいィ! おいィ! とわめきながら、俺を手で突いてくる。
 てんこの体長は50センチぐらいだし、力はないようでまるで効かないが瑞々しい敵意は感じられた。
 とりあえず詰問する。

「お前ここで何をやっていた?」
「おいィ! お……、いィ……」

 てんこはおとなしくなった。
 前掛けを握ってそっぽを向く。
 俺はてんこのしゃがみこんでいたあたりを注意して調べてみた。

 何か、もじゃっとしたものが地面から生えている。

 掘り起こしてみるとそれは雑草だった。
 そこらへんに生えていた草を引き抜き、上下逆にして植え直したらしい。
 庭の広範囲にわたって土から根っこが飛び出している光景は、控えめに見てもキモイ。

 俺は振り返りざまのローキックを見舞った。
 側転→側頭部痛打→仰向けに転倒→短い手で頭を押さえて号泣、と美しい経緯を辿るてんこ。
 俺は庭を戻すように言い添えて、家へと戻った。

 苦々しいものだ。
 虐待家として、いたずらをしたゆっくりを見逃すというのは。
 だが体付きを殺るのは気が引けるというか、人っぽさが強くて尻込みしてしまった。
 くそぅ。
 縁側から家に上がり、ちゃんと後始末をしているか振り向いた。

「おいィ……っ、おいィ……っ」

 てんこはすぐそこ、縁側の板にしがみつき、片足を高く上げて縁側にかけ、よじ登ろうとしていた。

 俺はてんこを蹴り落とした。

「おいィィィィィィィィ!!」

 無常にも落下するてんこ。視界から消える。
 立ち上がり、再び視界に入ったてんこは泣きながら地団太を踏んだ。

「たかだいはめとかはずかしくないの? きたないさすがひゅーまんきたない!!
 はやくあやまって! ほとけのかおがさんどまでというめいせりふをしらないのかよ!?
 まじでおやのおくばのけっこんゆびわのねっくれすをゆびにはめてひそうひひそうけんでばらばらにひきさいてやろうか!!」

 すごい剣幕で縁側をバンバン叩きだす。
 相当トサカに来たらしく、たどたどしい滑舌で憤怒の長台詞を矢継ぎ早にまくし立てていた。

「びょういんでえいようしょくをたべるはめになりたくなければわびのひとつもいれるひつようがあるのはかくていてきにあきらか!」

 だいたい次の台詞が想像できたので、俺は居間からお菓子を取ってきた。
 てんこはしめしめ顔になり、俺に向かって短い両手を差し出していた。

「せいじろうねぎとろでいい」
「ごめん。ナチョスしかねーや」

 そういって三角形のチップスとソースの皿を差し出してみる。
 てんこはそれを払いのけた。

「おい!」
「なちょすとかてんこのたべものじゃないんだが?」
「!! 終わったぞテメェ!!」

 けして踏み荒らしてはならない聖域に土足で踏み込んだてんこの頭をわしづかみにして持ち上げる。
 おいィ! おいィ! と暴れまくるてんこを吊ったまま地下の虐待室へ向かう。
 無名といえど『ゆ・即・惨』の理念に集いしゆっくり虐待士の一員。
 ここまでコケにされて黙っていられるかよ!


 ※


 完敗だった。


 ゆっくりてんこ。
 別名『死なないてんこ』

 桃まんで出来た体は極端な弾力性を餅、打撃は通用しない。
 刃物ならば比較的容易に切断できるものの、れみりゃ顔負けの再生能力が瞬く間に傷を癒してしまう。
 中身が白餡であることを確認するのがやっとだった。

 ならばと精神的虐待に切り替えてみれば、再び壁にぶつかることになる。
 ゆっくりてんこは、究極の「かまってちゃん」なのだ。
 それがコミュニケーションであれば、プラスでもマイナスでも構わない。
 怒りも悲しみも痛みも、喜びも楽しみも快感も同じ。数値が大きければ大きいほど良い。
 そのときは苦しんでいるようでも、まるで懲りたようすもなく接してくる。むしろ懐いている。
 ドMに対して虐待はあまりにも無力だった。

 不毛な虐待の最中、てんこ種が悪戯を好むことを発見した。
 悪戯は極めて些細な、子供の悪戯にも満たないものだ。
 それをとがめると逆切れして、謝罪と賠償を要求するのがパターンらしい。
 だが、そこで反応してしまっては相手の思う壺。
 やつが真に求めるものは、コミュニケーションなのだ。




 夏が終わりに差し掛かった頃、俺はゆっくりてんこをリリースした。
 打つ手を失ったためである。

 それでも、てんこは俺の家にたびたび訪れた。
 かまってくれるおじさんと認識されたためか、足元にいる事が多くなった。
 蹴り飛ばせば「おいィ!」が聞けるが、すぐ機嫌を直して戻ってくる。
 つかず離れずの距離をぐるぐる走り回っていたり、隙を見せたこちらの股下をくぐっていくこともある。

 時には小脇にタッパーを抱えてやってくることもあった。
 タッパーには肉じゃがだったり、芥子レンコンだったり、おかずが入っていた。
 てんこの差し入れだ。どうやって調達したのかはわからない。
 なめるんじゃねぇ、と叩き落とすと、

「おまえにてんこの辛子煮のなにがわかるっていうんだよ!」

 といって地団駄を踏みつつ示談に持ち込もうとする。

「ほうぎょくでいい」

 蹴った。



 もういろいろと限界だった。
「おいィィィィィィィ!」が耳から離れずに寝不足になった。
 縁側で茶を啜りながら、俺は知人のゆっくり虐待の名士にてんこを引き取ってもらおうと考え始めていた。
 俺の庭を我が物顔で歩き回るてんこ。
 忸怩たる思いでそれをにらみつける。

 てんこはどこからか調達してきたゆっくりをししおどしの下に固定しようと試行錯誤している。
 同類という意識はないらしい。「やめてね! やめてね!」の哀願もどこ吹く風だ。
 ゆっくりを固定する道具をさがして、庭をうろつきまわる。
 てんこは植木台のそばを通り過ぎる際、大げさなほどに遠回りをした。

 思わず立ち上がり、湯飲みを落とした。
 愛用の湯飲みが割れたが、そんな事はどうでもいい。



 天啓が舞い降りた。



 ゆっくり虐待神は俺を見捨てはしなかったのだ。
 汗ばむ掌を強く握りこみ、はやる気持ちを押さえ込んで再び座る。
 てんこが何事かと俺を見て、おいィ……? と呻いた。
 見ていろ。
 俺のゆっくり虐待人生の集大成ともいえる虐待をお前に味あわせてやる!



 ※


 数日後の昼過ぎ。


 俺が息を潜めて待っていると、おいィ、おいィ、と呻きながらてんこが現れた。
 てんこはてくてくと家のほうに向かって庭を横切り、その途中であるものを見つけた。

 庭の地面から縦に生えた丸太の上に、普通はゆっくりの監禁に使う透明ボックス。
 その中には、ねぎとろの軍艦巻き。





 そう。
『せいじろうねぎとろ』である。

「おいィィィィィィィ!? おいィィィィィィィ!?」
 駆け寄るてんこ。透明な箱をカリカリしてなかのネギトロを手に入れようとする。
 その動きが止まった。
 注意書きに気づいたようだ。



『てんこへ
 おたんじょうびおめでとう
 これはおじさんからのぷれぜんとだよ
 でもおじさんがかえってくるまでさわらないでね
 やくそくだよ』




 あそこにはそう書かれている。
 ゆっくりに誕生日があるかどうかはしらないが、どうでもいいことだ。
 さあ、さっさとあけてトラップを発動させるがいい……!

 多少ためらうかとも思っていたのだが、
 てんこは右、左、右と周囲を確認すると、何の躊躇もなく箱を取った。


 かたん。

 透明箱に仕掛けられていた罠が発動した。


 てんこはネギトロの箱を抱え、何とかあけようと四苦八苦している。
 その背後で、ネギトロ台になっていた丸太が垂直に持ち上がっていく。
 高く、ゆっくりと、3メートルほど持ち上がり、丸太は停止した。
 てんこが、影に気づいて顔を上げた。
 いつの間にかそびえ立つ丸太に首をかしげる。

「おいィ?」

 その間に、丸太はゆっくりと倒れていった。
 てんことは逆の方向へ。
 そこには植木鉢の並んだ台があった。

「おいィィィィィィィィィィィィィィ!!?」

 慌てて止めに入ろうとするてんこ。
 その目の前で、丸太が植木台を真っ二つに叩き折る。
 けたたましい破壊音と共に、弾丸のように打ち出される植木鉢。
 多くは家屋敷のほうへ。

「おいィ! おいィィィィィ!!」

 今度は鉢を追うてんこ。
 間に合うはずもなく、植木の砲弾は直線、あるいは放物線を描いて家屋に着弾した。
 ある鉢は引き戸を打ち砕いてガラス片を撒き散らし、
 ある鉢は壁面をしたたかに打ち据えて砕け散り、 
 またある鉢は屋根を抜いて室内へ。

「おいィィィ! このままではてんこのじゅみょうがすとれすでまっはなんだがあああああああ!?」

 てんこはすでに泣きが入り、顔面蒼白で帽子をかきむしっている。
 だが崩壊の連鎖は終わらない。
 ガラスが割られたことで防犯装置が働き、大音量の警報が鳴り響いた。
 警報は庭中に響き渡り、塀の外にも聴こえているはずだ。

「おいィィィィィ……。おいィィィィィィィィ……ィィ……」

 てんこは過呼吸をおこし、家を前に膝から崩れ落ちる。
 瓦が一つ、滑り落ちた。
 それを皮切りに、植木鉢の着弾を受けた周辺の瓦が雪崩を打って滑りだした。

「おいィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!」

 瓦の集団投身自殺。
 機関銃のような連続的な破壊音。
 地に落ち、砕け散った残骸が砂利の如く敷き詰められる。

「あ……、ああ……。おじさんのおうちがぁぁぁ……」


『てんこ……』

 俺の声が響き渡り、てんこは身を震わせた。
 事前に録音しておいた台詞がスピーカーから流れ出す。

『残念だよ。言いつけを守れなかったんだね……』
『そんな悪い子には、プレゼントはあげられない』

 ぷしゅん、と空気音がして、てんこの持っていた透明箱が開いた。



 ネギトロが、

 空へと。



「おいィ……」

 透明箱から打ち出されたネギトロの皿が、

 昼過ぎの黄色がかった青空を飛んでいく。

 きれいに、くるくる回りながら。


「あっ、あっ…………」

 てんこは操られるように立ち上がり、空を見上げたまま数歩、歩いた。

 その視線の先で、空を駆けるネギトロの皿がゆっくりと傾いていき、
 バランスを崩した皿は急激に失速して高度を落とし、
 その動きによって皿から離れたネギトロは風圧に負け、空中分解した。


 遠くで皿が割れる音がした。

 立ち尽くしていたてんこは頭を抱え、

 糸が切れたように、

「あーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」 

 絶叫を残して、そのまま後ろに倒れこんだ。

「いいいよっしゃああああああああああああああああ!!」

 俺もまた叫んだ。

 しげみから飛び出し、学生時代ぶりの全速力でてんこの元に駆けつけた。

 地面に転がるてんこを指差して、思い切り笑った。

 てんこは足先を痙攣させ、口からはネクターの泡を吹き出していた。

 傑作だった。
 膝を叩いて笑い、のけぞって笑い、最終的には地面を転がりまわって笑った。
 やったのだ。
 あの強敵を、ゆっくりてんこに文字通り一泡吹かせた。

『てんこのささいな悪戯を、大事に発展させる。』

 俺が思いついた対てんこ用の虐待だった。
 ちゃちな悪戯でびくびくしているてんこの小胆さを突く作戦。
 極めて痛みを伴うやり方ではあったが、効果は抜群だ。
 ゆっくり虐待士としての俺の手腕も捨てたものではなかった。
 俺はかすかに感じる後味の悪さを押し流すために必要以上にはしゃぎまわった。



 一生分笑ってすっきりした俺は、てんこを起こしにかかった。
 俺には考えがあった。
 こいつを、ゆっくり虐待の助手にしようと考えていた。
 ゆっくりてんこは他のゆっくりほど悪さを働くわけではないし、ペットのように世話をしなくてもいい。
 虐めていれば懐くのだ。こんなに扱いやすいやつはいない。おれによし、おまえによし、だ。
 世にも珍しい、ゆっくりてんこをつれた気鋭のゆっくり虐待士。
 そのイメージに胸を膨らませながら起きないてんこの頬を叩いた。








 てんこは死んでいた。



 ※



 たまの休みに家でごろごろしていたら、午後になっていた。
 寝すぎて頭が痛いので、縁側に出て一服することにする。

 夕陽に染まる秋の雲。
 庭の木々も紅葉し、一面の秋模様だ。
 もう少しすると落ち葉の始末に追われることになる。
 そうなったら焼イモでもするか。
 集めた落ち葉にホイルで包んださつま芋を仕込み、火をつけるさまを思い浮かべる。
 俺はそこに、あのてんこの姿を幻視した。

 てんこの死因はショック死だった。
 些細な悪戯を好んだてんこだが、それは本人にとってはギリギリのスリルだったらしい。
 意に反して深刻化した悪戯の被害に、限界を著しく超えたストレスを受けてしまい、寿命がマッハだった。
 そういうことのようだ。

 あの後、駆けつけてきたセコムの人にゆっくりの悪戯だと説明したが、
 てんこの遺体を回収しようとしたので、あわてて嘘をついた。
 こいつは自分の飼いゆっくりなんです、と。
 軽く怒られたが、てんこを持っていかれずにすんだ。
 しばらく待っても生き返らなかったので庭の隅に埋葬した。


「ゆ! とってもいいおにわだね! ここをれいむたちのゆっくりプレイスにしようね!」
「しゅごいしゅごい! れいみゅたちゆっくりできるね!」

 開けっ放しにしていた正門から、野良ゆっくりが庭に入り込んだ。
 俺はゆっくり用ごみ袋を持って近寄った。

「ゆ? おじさんだれ? ここはれいむたちのゆっくりぷれいすだからね! さっさとでていってよね!」
「うしぇろ♪ うしぇろ♪」

 ニヤニヤしているゆっくり親子をゴミ袋に放り込むと、袋の上から踏み潰す。

「いやめでえええぇぇぇぇぇぇぇぇ! どうじでごんだごど!」
「むぎぃ! ぷぎょい! いだいいいい!!!」
「もっどゆっぐりじだがっだよおおおおおおお!!」

 透明な袋の中、角の部分に追い詰められた赤ゆっくりがひしゃげていくのを見る。
 ほんの少し、心が晴れた気がした。ずいぶん久しぶりな感情。

 ――てんこを埋葬してからというもの、とんと虐待欲が湧かなかった。
 どうやら俺は、てんこを失ったことが少しだけショックだったらしい。
 なにも死ぬ事はなかった。
 そう思わせる何かが、てんこにはあったのだろう。

 煙草の灰が落ちて、我に返った。
 どうしてしまったんだ俺は。
 いまさら悔やんでも仕方がない。ゆっくりに負わされた傷はゆっくりに癒してもらうことにしよう。
 袋の中で生きていた子ゆっくりを手に取る。家族の餡子にまみれて酷い様だ。
 俺に対して見当違いの恨み言をまくし立てるそいつを、死なない程度に握り締める。
 こみ上げる餡子を吐き出すまいと、泣き顔を赤黒くして耐える様はなんとも滑稽で、
 それでも俺は、どこか楽しみきれないでいた。


 ふいに夕陽が赤みを増す。
 西の空を仰げば遠く、山の端に太陽が沈むところで。
 鮮やかな夕映えの中に、ゆっくりのうめき声がささやかに響いていた。





<愛憎のゆっくりてんこ 終>

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最終更新:2008年10月05日 17:43
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