その他 辻斬り妖夢譚 ディレクターズカット版 (前編)

  • fuku2664.txt 辻斬り妖夢譚の加筆修正版です。
  • 加筆は後編ですので、既読の方は後編からどうぞ。


  • この物語は、幻想郷の日常を淡々と描写したものです。過度な期待はしないでください。
  • 原作キャラ崩壊、独自設定、パロディーなどなんでもあり。
  • 良いゆっくりは食べられたゆっくりだけだ。
  • 以上に留意した上でどうぞ。










           辻斬り妖夢譚 ディレクターズカット版 (前編)





 Opening. 妖夢




幻想郷の人里離れた上空を、魔法の森の入り口に向かってふわふわ飛んでいく小柄な少女がいた。
ボブカットにした銀髪に、黒いリボンをヘアバンド代わりに結んでいる。
半透明の半霊を連れ、腰に短刀、背中に長刀を背負った姿が印象的な少女の名前は、魂魄妖夢。
半人半霊の二刀流剣術使い。
冥界の管理人、西行寺幽々子の護衛役、兼、白玉楼のお庭番をやっている。
こう見えて結構強いのだが、思春期の少女ゆえときたま不安定な精神状態になったりする。

さて、なぜ彼女が魔法の森に向かっているかというと、幽々子様の命を受けてのことだ。
話は少し前にさかのぼる。





 Stage1. 白玉楼




「フカヒレが食べたいわ、妖夢」

昼食後に食器の片づけをしていた妖夢に、幽々子様が突然言った。

「は?フカヒレですか?」

「そうよ、なんでも外界の海にいるフカという魚の鰭みたいね。中華料理の高級珍味だそうよ?」

またみょんなことを…と妖夢は思った。
中華料理は幻想郷にもあるが、フカヒレなるものは聞いたことがない。
高級珍味というからには、外の世界でも中々手に入らないものなのだろう…

「手に入る気はあんまりしないのですが…香霖堂にでも行ってみましょうか?」

「お願いね~、妖夢~」

なんとも気の抜けた声援に送り出された。
まあ幽々子様の気まぐれは今に始まった事ではない。
最悪見つからなくても、何か別の料理を作ろうと、今晩の献立を考えながらのんびり出発した。
幽々子様にはおやつを用意してきたが、3時まで我慢できるかちょっと心配だ…





Stage2. 香霖堂




目的の香霖堂に着いた妖夢は、ドアを開いて中へ入った。

「こんにちは」

「やあ、いらっしゃい」

香霖堂店主が読んでいた本から視線を上げ、挨拶を返してきた。
同時に、店の奥からひょこっと顔を出す金髪の少女がいた。
この森に住む魔法使い、霧雨魔理沙である。
彼女は暇なときにここへ良く遊びに来ているようだ。

「なんだ、妖夢じゃないか。丁度お茶を用意していたから飲んでいけよ」

そう言うと魔理沙は、テーブルにお茶とお茶菓子を3人分持ってきた。

「それは僕のおやつなんだが、勝手に…」

「今日は加工所直売の揚げ饅頭だぜ」

早速饅頭を頬張っている魔理沙は、咎める店主の言葉などどこ吹く風だ。
皿の上には、一口サイズの丸く小さな揚げ饅頭が幾つか盛られていた。
加工所というからには、これはゆっくりの加工品だろう。

「まあ、泥棒以外のお客様にはサービスしなきゃな」

店主はあきらめ気味に言った。

「では、お言葉に甘えて」

妖夢は席に着くと、揚げ饅頭をつまみ上げ一口かじる。
口の中に餡子の甘みが広がった。

「で、今日は何を買いに来たんだ?」

店主より早く、魔理沙が興味深そうに聞いてくる。
妖夢は店内を見回した。相変わらずごちゃごちゃと良くわからないものが並んでいるが、その多くは外界から
流れて来たものだ。
ここならば何か手がかりが得られるかもしれない…お茶を飲んでから口を開く。

「実は、フカヒレなるものを探しているのですが」

「フカヒレ?って何だ?」

きょとんとして聞き返す魔理沙の横から、店主がお茶を飲みながら答える。

「海に住むというサメの鰭だね?
以前読んだ外界の百科事典に載っていたよ。
だが、生憎と僕も見たことはないがね」

「そうですか…」

「いや待てよ、そう言えば知り合いの妖怪が、最近フカヒレらしきものを食べたとか言ってた様な…」

「本当ですか!」

最初がっかりとした妖夢だが、店主のつぶやきにぱっと顔を明るくする。

「その妖怪ってのは紫だろ?あいつなら外界の食い物にも詳しいはずだぜ」

「そう、その彼女が誰かから譲ってもらった珍しい種類のゆっくりが、フカヒレ饅頭っぽい味がしたとか」

店主は紫様が苦手なのだろうか?
彼女の話をするとき、胡散臭いものを見るような表情をした。
彼女の言っていることだから、眉唾だとでも思っているように見える。
確かに冗談や悪戯が好きな方だし、自分も気まぐれでいじられて閉口することがあるが…
しかし魔理沙の言うとおり、紫様なら希少な食材を手に入れる機会も多いだろう。

「なんだ、紫様ですか。では、直接行ってその誰かを確かめたほうがいいですね。
それにしても、ゆっくりですか…」

妖夢は、饅頭の癖に傲岸不遜でうざったいゆっくりが苦手だった。
特に自分そっくりの、ゆっくりみょんと呼ばれる種などは、何故だか大変破廉恥な鳴き声をしており、
思春期の少女には到底受け入れ難いものだ。
だが、と妖夢は自分の食べている饅頭を見ながら思う。
加工所での養殖が始まってから、一般的なれいむ、まりさなどのゆっくりは、以前は幻想郷には乏しかった
甘味として、食材としての地位を確立しつつある。
しかし、野生ゆっくりの生態は未だ謎に包まれており、何処にどれだけの種類がいて、中身は何かなど、
解明されていない点は多い。
この際、希少種のゆっくりの種類と中身について、食材としての研究をしてみるのも良いかも知れない。
師匠も言っていたではないか、「案ずるなかれ、切れば判るさ」と。
冥界の一角でゆっくりを飼育すれば、幽々子様の大食によって高止まりしている西行寺家のエンゲル係数も、
幾許か下げられるかも。

「僕はね、ゆっくりが幻想郷の有名人に似ているのは、彼らの擬態によるものじゃないかと思うんだよ。
ナナフシや蛾の幼虫などの昆虫を知っているかい?
彼らは木の枝そっくりに化けて敵の目を欺いたり、巨大な目玉模様で自分より大きな動物を脅かしたり、
自然に身に着けた能力で身を守ることができる。
同様に、ゆっくりも強い妖怪や人の姿を真似ることで、外敵から身を守っているんじゃないだろうか!?」

妖夢が考え事をしていると、店主は聞かれてもいないのに得意のトンデモ空想理論を繰り出し始めた。
よくわからない理屈で、あさっての方に行ってしまうのはいつもの事だが、それにしてもあれが擬態だったと
して、身を守る役に立っているとはとても思えないのだが…
次の目的地が決まった以上、店主の空想理論にあんまり付き合う気のなかった妖夢だが、お茶を頂いた手前
それでは悪い気もしたので、一言だけリアクションを返してみた。

「な、なんだってー!」

「…」

「をぃ」

「こほん、ではこれにて失礼。私は紫様の所に行ってみます。ご馳走様でした」

店主は目が点、魔理沙はジト目でこちらを見ている。
ちょっと恥ずかしくなった妖夢は、一礼するとそそくさと店を後にした。
何も買わずに。





Stage3. 道中1




マヨヒガに向かって飛び立った妖夢は、暫く行ったところで、人里から森の中へと続く道の上に、
ぴょんぴょん跳ねる丸い物体を発見した。
黒い帽子をかぶった金髪のそれは、ゆっくりまりさだろう。
噂をすれば何とやら。だ。
折角なので、その中身を確認してみようかと近くに降り立つ。

「ゆゆーっ、こっちこないでだぜーっ!」

何やら切羽詰った様子で、涙目で叫んでいる。
と、まりさの後ろから、5、6匹ほどのゆっくりの集団が追いかけてきた。
金髪に赤いカチューシャのそれは、ゆっくりありすだろうか。

「まっでーまりざー!いっじょにずっぎりじようねぇー!」
「にげできをひこうなんで、ざぞっでるのねーーーーー!」
「づんでれなばりざもずでぎよぉーーー!!」
「「「ずっぎりざぜでぇーーーーーー!!!」」」

明らかに目が血走り、よだれを垂れ流した口は呂律が回っていない。

「うわぁ」

発情したありすの集団をはじめて見た妖夢は、あまりのおぞましさにドン引きである。
妖夢の近くまで逃げて来たまりさだが、発情したありすの執念深さは並ではない。
ついにありすにつかまり、前後左右から囲まれてずりずりと体をこすり付けられ始めた。

「だれかーーーだずげでーーだぜーー!!!」

「はぁはぁばりざーーーー!」
「いやがるぞぶりもずでぎぃぃぃー!!」
「いっじょにずっぎりじまじょぉぉぉー!」
「「「ぢゅぱぢゅぱんほぉぉぉぉー!!!」」」

何だか分からない汁が分泌され地面がびしょびしょになると、辺りはピンクの霧に包まれたような状態になる。

「こいつら、昼日向から公衆の面前でなんと言う破廉恥な…」

唖然とし、拳を震わせる妖夢だが、あまりの気味悪さに手を出す気にもならない。
思春期の乙女にとって、饅頭のとはいえネチョシーンは刺激が強すぎるのだ。
この場は見なかったことにして、さっさと逃げ出そうと思った。
しかしその時急に、妖夢の神経にぞっとする感覚が伝わってきた。
肌に直接、ねちょねちょと生ぬるい粘液をこすり付けられる感触。
首筋に荒い鼻息を吹きかけられ、べっとりとした舌で嘗め回されるような…

「ひんっ!!」

慌てて後ろを振り返るが、何も居ない。
もとより、いくらゆっくりの痴態を見て呆然としたからといって、油断をするような妖夢ではない。
しかしおぞましい感触はまだ続いている。
ぞわぞわと背筋を這い登ってくるあまりの気持ち悪さに腰が抜けそうになり、思わず膝を着いてしまった。

「くうっ!」

その時、痴態を繰り広げているありす達のよがり声にはっとなる。

「ばりざーーーずでぎいいいいいーーーー!!」
「いっじょにずっぎりじまじょぉぉぉーーーー!!」

「ゆべぇぇぇーーーやめでぇぇぇだぜーーー!!!」

「ごっぢのずぎどおっだごもがわいいぃぃーーー!!」
「ひんやりじでぎぼぢぃぃーーー!」

「!…!…!…」

「いいのぉぉぉーーー?ごごがいいのぉぉぉーーーーー!!!!」
「ほーっ、ほーっ、ほあぁぁぁーーー!!」

「いやぁぁぁーーーずっぎりじだぐないんだぜぇぇぇーーーー!!」

行為が始まってから、無意識に目をそらしていたありす達のほうを見て、今度は本当に叫んでしまった。

「なっ、なにぃーーーーっ!」

見れば、ありす達に取り囲まれ襲われているまりさの近くで、自分の半霊も2匹のありすにのしかかられて
いるではないか!
盛りの付いたありすには、それがゆっくりであろうとなかろうと、そんな事はどうでもよい状態のようだ。
半霊に、自分の頬と気味の悪い粘液をこすりつけすっかり白目でヘブン状態のありすと、口からよだれと
長い舌を出して半霊をべろべろと嘗め回すありす。
このままこのありすどもがすっきりしてしまうと、乙女としての大事な何かを失ってしまうような気がした。

「あほかーっ!」

あまりのショックに半泣きになった妖夢は、半霊をむんずと掴みありす達を振り払うと、反対の手で背中の
楼観剣を抜きざまに薙ぎ払う。

「ハラワタをぶちまけろ!」

「ゆぶぇ!!」
「ぎょぼっ!」
「あばっ!!」
「ぐべべっ!」
「んぼぉっ!」
「やべでっ!」

神速の剣捌きと、それによる衝撃波によってずたずたにされるありす。
全員が黄色いカスタードクリームを撒き散らし、一瞬にして物言わぬぼろ屑と化してしまった。

「全く!危うく変態饅頭の慰みものになるところだ」

はぁはぁと肩で息をつき、興奮で顔を真っ赤にした妖夢は半霊をたしなめる。
妖夢は目尻に浮かんだ涙を手で拭うと、楼観剣を鞘に戻す。
直接切ったわけではないので、刀身にクリームは一切付いていない。

「悪・即・斬!」

気を取り直して辺りを見る。
真ん中にいたまりさは、カスタードの海の中で口から泡のような黒い餡子を吐いて気絶している。

「おい、大丈夫か?」

カスタードの海に踏み込むのを躊躇した妖夢は、半霊でつんつんとまりさをつついてみた。

「ぶくぶくぶく…ゆっ?ゆゆっ?」

気が付いたようだ。
何とかすっきり寸前で助けられたまりさは、蔦を生やしてはいない。
だが、先程までのありすの激しい攻めに意識は朦朧とし、ぜえぜえと肩で息をしている。
焦点の合っていない目で、やっとのことで周りを見回すと、自分が無事だと分かったようだ。

「み、みょんがたすけてくれたの?ありがとうだぜ…」

と、まりさが向き直り話しかけてきた。みょん?
そこにいるのはまりさを心配そうに見守る自分の半霊。
まりさの霞んだ目は潤み、顔が赤くなっている。
何故か先程よりも息が荒い。

「みょおぉぉぉーーん!!ごわがっだよぉぉぉぉーーー!!!
ざっぎのいやなごど、わずれざぜでほじいんだぜーーーー!!!」

急に目を輝かせると、半霊に向かってぴょーんと飛び掛ってきた。
妖夢は、まさかと思っていた嫌な予感が的中したショックで叫ぶ。

「お前もかーーーーーっ!」

「うへへへへぇ、かわいいぜみょーーーん!!!
まりさといいことしようぜぇぇぇーーーーーーーーぷべらっ!!!」

妖夢は素早く半霊を引き寄せると、予め手をかけていた腰の白楼剣をなぎ払う。
衝撃波で吹っ飛んだまりさは、黒い餡子の破片になって飛び散った。

「成仏しろよ」

ありすに襲われたショックで興奮しておかしくなったのか、それとも吊り橋効果という奴だろうか?
とにかくまりさまで叩き切ってしまったが、白楼剣は人の迷いを断つ剣。
ゆっくりも迷わず成仏してくれるだろう。
それよりも妖夢は、いくら相手が混乱していたとはいえ、半霊がゆっくりみょんに間違われた事がショックだ。
おたおたしている半霊を見る。

「こいつ、ゆっくりからみると魅力的なんだろうか?」

妖夢はZU-Nと落ち込みそうになるが、こんな所で油を売っている場合ではないと思い直した。
ありすもまりさも、ただのカスタードクリームと粒餡。
中身の変わった突然変異などではないようだ。

「つまらないものを切ってしまった」

興味を失った妖夢は、今の出来事を早く忘れたくなり、先を急ぐことにした。





Stage4. マヨヒガ




マヨヒガへと到着した妖夢は、不思議な刺激臭がかすかに漂ってくるのに気づいた。

「これは…もしかしたら、八雲家の夕食の準備だろうか?」

妖夢はこの香りに覚えがあった。
確か、昔、三蔵法師が印度から持ち帰って伝えたといわれるあれか?いや、英吉利経由だったか…
八雲家の近くまで来ると、次第にスパイシーな香りが強くなってくる。
と、八雲家の前に居る橙を発見した。
八雲紫の式である、九尾の狐八雲藍の、さらにその式、猫又の妖怪だ。

「あっ、妖夢お姉ちゃん、いらっしゃい」

「こんにちは、橙。紫様はおいでかな?」

「ええと…紫様は今お休みになってると思いますよ」

「そうか…ところで、藍殿は夕食の用意を?」

「はい、藍様はおでんを作っていますよ」

「おでん?そうか、伽哩風味の鍋とは、なかなかハイカラだね」

「いいえ、普通のおでんなんですけど…確かにさっきからカレー臭がするんで、見に来た所なんです」

なるほど、先ほどからのオリエンタルな香りは伽哩で間違いないらしい。
しかし、藍殿の献立ではないとすると一体?

「ふむ、ではこの伽哩臭はどこから…」

「ゆっ、ゆっ、ゆっ、ちょっと、だれが加齢臭ですって?ぷんぷん!ゆっかりんは少女臭よ!!」

いきなり、物陰から丸いものが飛び出してきて喚きはじめた。

「あっ、珍しい!ゆっくりゆかりんだ!」

橙が指差す。
これが希少種、ゆっくりゆかりんか。直径は30-40センチほどの成体だろうか?
なるほど、紫様と似たババ臭い帽子をかぶっている。

「そこのおばさん!無視してないで早く訂正しなさい!ゆっかりんは加齢臭じゃなくて少女臭なのよ!!!」

自分を少女扱いせよと要求する割りに、こちらはおばさん扱いですか。
妖夢はすっと目を細めると、腰の刀に手をかけた。
ゆかりんが喚くたびにスパイシーな香りが漂ってくる。
妖夢は、確信を持って白楼剣を抜くと、横一閃居合い切りを行う。

「切捨て御免!」

「ズギマ!!!」

目にも留まらぬ早業で白楼剣を戻すと、ちんっと鞘に収まる音と共に、ゆかりんの帽子から上がずるりと
横にずれる。
それと共にスパイシーなカレー臭がいっそう強くなる。
妖夢は帽子を掴み、ぱかっと蓋のように開けると、予想通り頭の中身はまさしくカレー饅の具のようだ。
橙が近寄り、ゆかりんの頭の中から具を一掴み取り出す。

「ぴぎゅぎゅっ!!」

痛みを感じていないように呆然としていたゆかりんだが、流石に具を取られるときには奇声を発した。

「やっぱりカレー饅ですよこれ、あ、美味しい!」

橙はぺろりと舐めると、にっこりと顔を綻ばせた。
ふむ、ゆかりんの中身は納豆だという説もあるようだが、何分希少種ゆえ正確な実態は分かっていない。
伽哩饅頭なものも一部に存在しているのかもしれない。
オリエンタルな香辛料入りの辛いゆっくりか。
確かに、境界を弄る混沌の妖怪をモチーフにした種らしいと、妖夢は思った。

「で、誰がババ臭いですって?」

いきなり背後から甘い香りと強烈な妖気が漂ってくる。
妖夢は先ほどのあの出来事よりもぞっとすると、慌てて背後の気配に声をかけた。

「いや、あれは心の声といいますか、ババ臭いのはこの子の帽子であって、紫様のではないですよ!
カレー臭も伽哩臭であって加齢臭ではありません!っていうか何で聞こえてるんですか?!」

「あなた小声で口に出していたわよ?まあそれはいいんだけどね」

振り返るとそこには、案の定スキマから上半身を乗り出した紫様が居る。

「あっ、紫様、起きたんですね!」

橙がうれしそうに声をかけた。

「家の前が騒がしいやらカレー臭やらで、ついね。で、この子がその食欲をそそる良い匂いの元ってわけ?」

「ぎゅっぎゅっぎゅっ…」

ぴくぴくと痙攣している饅頭を指差す。

「そうなんですよ紫様、ここでゆっくりを見かけるのは珍しいですよね?」

橙が答えている間に、妖夢はゆかりんの帽子を頭皮ごと再び頭に乗せる。
ぴったりと合ったそれは、まるで継ぎ目が無いかのようだ。
すると、今まで痙攣していたゆかりんが突然喋りだした。

「ぎゅっぎゅっぎゅっ…はっ!ゆっかりんはかわいいのよ!!少女臭が!少女臭がっががっが!!」

頭部がぴったりと乗っているうちはいいが、動くことでずれるととたんに口調もおかしくなる。
全く出鱈目な生物だ…妖夢は改めてあきれるしかない。

「藍様の所にもって行きますねこれ」

「そうね、今日のおやつはカレーまんにしましょう」

橙と紫様は、ゆっかりんに聞こえないようにこっそり打ち合わせる。
ゆっかりんは、橙に持ち上げられると藍殿のいる台所に連れて行かれてしまった。

「印度人もびっくりだわ」

紫様が見送りながら言った。

「マヨヒガにも出没するとは、何処から迷い込んだんでしょうか?ゆっくり恐るべし…」

「ところで妖夢、何のようかしら?まさかおやつを食べに来たわけじゃないわよね」

「そうでした。紫様、香霖堂店主から話を聞いたのですが、最近フカヒレ饅頭のようなゆっくりのようなもの
を手に入れられたとか」

「あら、あれね、もう全部食べちゃったわよ?」

妖夢は内心期待していたのだが、紫の台詞を聞いてちょっと落胆した。
まあ、ここにくれば簡単に手に入るという訳ではなかったのだが。

「それは仕方が無いのですが、そのフカヒレ饅頭とは、一体誰から手に入れたのですか?」

「まあそう焦らないでも教えてあげるわよ。それにしても幽々子の気まぐれに付き合わされて大変でしょう。
うちでお茶でも飲んで行きなさいな」

「では、お言葉に甘えて」

幽々子様の命令だというのは、紫様は先刻ご承知のようだ…まあそれ以外ありえないのだが。
八雲家に入ると、藍殿と橙が迎えてくれた。
先ほどのゆっくりを小さく切り分けて、普通の饅頭サイズにするらしい。
居間で待たせてもらっていると、台所の方が賑やかになっている。

「ズギマ!」

「よし橙、皮を引っ張って丸めて、10cm位の大きさにするんだ」

「はい藍様!」

橙も手伝っているらしい。

「ところで、フカヒレらしき饅頭だけど」

紫様がお茶を飲みながら口を開いた。

「萃香から貰ったのよ。なんでも天界付近にしか居ないゆっくりだそうで、あの永江衣玖に似ていたわね。
食感はこりこりとしたゼラチン質の鰭の含まれた肉まん、まさしくフカヒレまんのようだったわ。
あ、本物のフカヒレまんは外界で食べたことがあるのだけれどね。」

「竜宮の使いですか。しかし、天界にもゆっくりが居るというのが驚きですが…」

天界にゆっくりのような煩悩の塊が生息しているとは。
尤も、天界のゆっくりは地上のそれとは格が違うのかもしれないが。
天界というのは、全ての煩悩を捨て去ったものが行く所の筈だ。
しかし最近の天人を見ると、その前提自体が怪しい気もするが…
それは兎も角として、もしかして天界まで行って捕ってこなくてはならないのだろうか?
妖夢は文字通り天を仰いだ。

「まあ、とりあえず萃香に聞いてみるといいんじゃないかしら?
あの子、ゆっくり衣玖以外にゆっくり天子も持ってたわよ。
そんなに食べきれないだろうから、まだ残ってるかもしれないわね」

「天子のゆっくりまで?ううむ、ゆっくりとは一体何なのでしょうか?」

「さて?まあ、あまり考えても分からないものは分からないわよ。悩むだけ無駄ね」

紫様はくすくすと面白そうに笑う。
もしかして、あれは紫様のイタズラなんじゃないかと、ふと思った。
饅頭と生き物の境界(そんなものが存在するのかは別にして)をちょっと弄ってみたとか…
妖夢は怖い考えをぶるぶると振り払った。

「出来ましたよ、カレーまん!」

そう言う橙の後を、お皿を持った藍殿が入ってきた。
10cm大に丸められた数個の饅頭は、ふかし直してあり湯気と香ばしい伽哩臭を漂わせている。

「「「「頂きます」」」」

全員で手を合わせると、それぞれ饅頭をつまむ。

「熱々で美味しいわね」

「橙は熱いの駄目だから、私が冷ましてあげよう。ふーっ、ふーっ」

「ありがとう藍様!」

妖夢も一口かじってみる。

「これはなかなか。この辛さが食欲をそそりますね」

中身は肉まんに似た具だが、伽哩スパイスで味付けされており程よい辛さだ。
ちょっと疲れていたが、すぐに1個平らげてしまった。

「しかし、こんな辺境にまで現れるとは。しかもカレー饅頭は聞いたことありませんでしたね」

「カレー臭がするし辛いから、うちの猫達には食べられずにすんでたのかもしれませんよ」

藍殿の疑問に橙が答える。
橙には辛すぎるのだろうか?ぺろっと舌を出しながら、一口ごとに冷ましたお茶を飲んでいる。

「まあ、突然変異かもしれないわね。次に発見されるのは、納豆カレー饅頭かしら?」

紫様が楽しそうな笑みを浮かべた。
香霖堂店主が見れば、胡散臭いと思うであろう様な。
妖夢は先ほど否定した疑惑が、またちょっと大きくなったのを感じた…









後編に続く…



by 神父

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最終更新:2011年07月28日 00:46
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