ゆっくりいじめ系924 ゆっくり姉妹 前編

(注)何の罪も無い、純粋で心優しいゆっくりが酷い目に遭います。



 ゆっくり姉妹 前編



ある秋の休日、僕は自宅の庭でデッキチェアに寝そべり、のんびりと過ごしていた。
夏が終わった事を実感させる爽やかな風が心地よい。
すぐ側のテーブルに用意しておいたクッキーを食べながら紅茶を飲む。

とても穏やかな時間。だが、同時に孤独な時間でもあった。
誰か、訪ねて来てくれないかな、と思っていると、突然やかましい声が響いてきた。

「ちょうちょさん! ゆっくりまってね!」

子供のように甲高く、キンキンと頭に響く声。声の主はゆっくりまりさだった。
どうやら蝶を追いかけてここまでやって来たらしい。『まって、まって』と騒ぎながら、蝶の後ろを飛び跳ねている。
僕の家は森に囲まれているので、リスや鹿が庭に迷い込んでくることはあったが、ゆっくりは初めてだった。

小さく溜息をつく。確かに先程、来客を願ったが、こんなのが来るとは。
僕は騒がしい奴や、むやみやたらに動き回る奴が嫌いだった。
だが、身体を起こして追い払うのも億劫だったので静観することにした。
そのうち蝶と一緒に庭から出て行くだろう。

しかし、そんな僕の思惑とは裏腹に、まりさは僕の存在に気がついたようだ。
ヒラヒラと逃げていく蝶を放って置いて、ぴょんぴょんと僕の方に向かって来る。
そして、太陽のように輝く笑顔でお決まりの台詞を言う。

「ゆっくりしていってね!」

まりさは『してやったり』と言わんばかりの達成感に満ちた顔で僕を見つめている。
勝手に人の庭に入ってきて、ゆっくりしろとはどういう事だ。
鬱陶しい、と思ったが、相手をするのが面倒なので、僕はただ冷ややかにまりさを見下ろしていた。
相手にされないと分かれば何処かへ行ってしまうだろう。

「ゆゆぅ…」

まりさは何らかの反応が返ってくる事を期待していたのだろう。
僕の顔を上目遣いに見つめながら、寂しそうにしている。
『ゆっくりしていってね!』とでも言い返して欲しかったのだろうか。

さあ、もう行ってくれ。僕はお前の言うとおりゆっくりしたいんだ。静かにね。
だが、その時。まりさはテーブルの上にあるクッキーを発見した。

「ゆ! おいしそうなクッキーだね! まりさ、クッキー大好き!」

だからどうした。早く消えてくれ、だんだんイライラしてきた。

「いいなあ…たべたいなあ…」

まりさは、ちらちらと僕の顔に甘えた視線を投げかけてくる。
これは駄目だ。何らかの行動で拒絶の意思を表さないと、こいつはここでクッキーをねだり続けるだろう。
そこで僕は、この甘ったれた人面饅頭の顔に、飲みかけの紅茶を無言でぶちまけた。

「ゆ゙ぎゃあ゙あ゙あ゙!!あづい゙!!!!あづいよ゙お゙お゙お゙お゙!!」

淹れたてではないが、それでも80度くらいの熱い紅茶を突然浴びせられ、まりさは苦痛に転げまわる。
そして、泣きながら庭の外の森に逃げていった。
これでゆっくりできる。僕はそう思いながら、高く見える秋の空を仰ぐ。
青い空に映える、ふかふかの絨毯のようなうろこ雲が美しかった。



まりさが森に消えてからも、僕は何をするでもなくデッキチェアの上で過ごしていた。
僕には、仲の良い友人や恋人などはおらず、熱中するような趣味もなかったので、休日はいつもこんな調子だった。
こうやってのんびりと過ごす事は好きなので、まあまあ幸福だったが、時々、無性に寂しくなる事があった。

『犬でも飼えば、寂しさを感じなくなるのかな』

そんな事を考えながら目の前に広がる森を眺めていると、不思議なものが見えた。

ぽよんぽよんぽよん

木々の間を縫って、二つのボールがこちらに跳ねて来ているのだ。
目を凝らしてよく見ると、それはボールではなく、二匹のゆっくりである事が分かった。

顔面にうっすらと赤い火傷の跡がある、金髪に黒い帽子のゆっくり。
こいつは先程のまりさだろう。そしてもう一匹は黒髪に赤いリボンのゆっくり、ゆっくりれいむだ。
なるほど、仲間を連れて仕返しにやって来たということか。

そんな事を考えているうちに、二匹のゆっくりは庭に侵入し、僕のすぐ側まで接近していた。
遠くから見ると二匹とも同じ大きさに見えたが、こうして近くで観察するとれいむの方が一回り大きい。

まりさはれいむの陰に隠れて、不安げに僕の様子を伺っている。
それかられいむに向かって、小さく『おねえちゃん…』と呟いた。この二匹、どうやら姉妹らしい。
れいむは自分の後ろで縮こまっている妹に優しく微笑み『大丈夫だよ』と言った後、僕の方に向き直る。

「おにいさん!」

れいむは、大きくは無いが良く通る声で僕に話しかけてくる。
『まりさにあやまってね!』とか『ゆっくりしね!』なんて罵詈雑言を吐くつもりだろうか。
さて、どうしたものかな、と思っていると、れいむの口から意外な言葉が発せられた。

「まりさが勝手にお庭に入ってごめんなさい!」

ゆっくりが謝罪してくる、なんて事はまったく予想していなかったので、思わず目が点になる。

「もうこんな事が無いように、よく言って聞かせるから、まりさを許してあげてね!」

れいむはそう言うと僕に向かって深々と頭を下げた。僕は驚いた。そして、ただ純粋に感心した。
ゆっくりは、どれもこれも自分勝手で、品性の欠片も無い頭の悪い生き物だと思っていた。
だから、今まで僕はゆっくりがどんなに話しかけてきても、まともに相手をしたりしなかった。
不愉快な思いをすることが分かりきっていたからだ。だが、このれいむの殊勝な態度はどうだ。

人間の能力に個人差があるように、一口にゆっくりといっても、
頭の良い者や、運動能力に優れる者など、固体差があるのかもしれない。
僕は、この利口なれいむに強い関心を持った。

「君は、わざわざそのことを僕に伝えるためにここに来たのかい?」

「ゆ! おにいさん 話せたの?」

まりさは、僕がれいむに話しかけるのを聞いて、驚いていた。
先程、自分がどんなに話しかけてもまったく喋らなかったので、僕が言葉を話せないと思っていたらしい。
だが、こんな奴の事はどうでもいいので無視する。

「うん! そうだよ! 悪いことをしたら、謝らなくちゃいけないんだよ!」

れいむが、人間のテリトリーを侵す事が良くない行為である、と理解している事に嘆息する。

「でも、僕の庭に勝手に入ってきたのは、君じゃなくてまりさだよね?」

僕がそう言いながらまりさを冷たい瞳で睨むと、まりさはれいむの陰にあわてて隠れる。

「や、やめてね! まりさをいじめないでね! まりさをいじめるなら、かわりにれいむをいじめてね!」

れいむの大きな瞳がまっすぐに僕を見つめている。
真剣な眼差し。妹が苛められるくらいなら、自分が身代わりになる、と本気で言っているのだ。
僕はこの妹思いの優しいれいむに、心から感動していた。良い子にはご褒美をあげよう。

「れいむちゃん。クッキー食べる?」

妹が苛められるかもしれない、と警戒しているれいむに、僕は柔らかく微笑んでクッキーを差し出す。
その甘い香りの力で、れいむの緊張は幾分か解けたようだ。そろりそろりとこっちに近づいてくる。

「わあ! 美味しそう! 食べてもいいの?」

れいむはすぐにクッキーに貪りつく様な真似はせず、僕の顔を見上げて尋ねる。

「遠慮しなくていいよ。沢山あるから好きなだけお食べ」

「うん! むーしゃ♪ むーしゃ♪ しあわせー♪」

美味しそうにクッキーを頬張るれいむの姿を見ていると、自然と頬が緩む。
可愛い。ゆっくりとはこんなに可愛い生き物だったのか。
今までゆっくりの事を真剣に見たことなど無かったので、気がつかなかった。

それに、必要以上に大騒ぎせず、落ち着いている所も良い。
僕は『このれいむと友達になりたい』と思った。
そうすれば、時折僕を襲う寂しさから救われるような気がする。
ぼんやりとそんな事を考えているところに、耳障りな甲高い声が響く。

「ま、まりさも食べたいよ!!」

こいつ、まだいたのか。すっかり忘れていた。
まりさは、僕の周りをスーパーボールのように飛び跳ねながらクッキーを催促している。
それにしても、でかい声だ。おまけに、ラッパのようにトーンが高いので、頭が痛くなる。

「おにいさあん!! まりさも食べたいよお!!」

まりさは再び金切り声を上げる。それでも僕が無視していると、
我慢が限界に達したのか、テーブルに飛び乗って勝手にクッキーを食べようとする。
下品な奴だ。とても、利口なれいむの妹とは思えない。それに、お前には食べていいなんて言ってないよ。
まりさと同じように、我慢の限界に達した僕は、無言でまりさの身体を掴むと地面に向かって叩きつけた。

「ゆ゙ぎゃっ!!」

まりさはグシャという音と共に顔面から地面に激突し、口から少量の餡子を吐き出す。
僕はあまり力が強い方ではないので、死にはしないだろう。別に死んでしまっても構わないが。

「いだい゙い゙い!! いだい゙よ゙お゙!! うあ゙あ゙あ゙ん!!」

まりさは地面に突っ伏したままの姿勢でわんわん泣き出した。やかましい奴だ。少しは賢いお姉さんを見習え。
そう思いながられいむの方を見ると、れいむは『信じられない』といった表情でぶるぶると震えていた。
しまった、と思った時には遅かった。ぱっちりとした綺麗な瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。

「ひ、ひどいよ! おにいさん! どうしてこんな事するの!? まりさ! 大丈夫!?」

れいむは倒れているまりさに駆け寄り、その体を起こした後、悲しそうな表情で僕を見つめる。
その視線に心が痛みながらも、僕はある事に驚いていた。

このれいむは、感情が高ぶっても『ひどい゙い゙い゙い゙い゙!!』と発音が濁ったり、
『どぼじでごんなごどずるのぉぉぉ!?』といったような間抜けな言葉を発しないのだ。
この事で僕は、ますますれいむが好きになった。

だが、このままではそのれいむに嫌われてしまう。
うるさいまりさに腹が立ったとはいえ、もう少し良く考えて行動すべきだった。
まったく、短気は損気とはよく言ったものだ。

「ご、ごめんね、れいむちゃん。まりさがテーブルに飛び乗ろうとしたから、止めさせようと思って…そしたら…その…手が滑って…」

我ながらなんと苦しい言い訳。地面に叩きつけておいて手が滑ったもクソも無い。
もっとも、そこらに雲霞のごとくいる馬鹿なゆっくりなら、これでも納得したかもしれないが。

「お゙ね゙え゙ぢゃあ゙ん! いだい゙! いだい゙よぉ!」

まりさは濁った目玉から汚水を垂れ流しながら、まだぎゃあぎゃあ喚いている。
クソ饅頭が、黙ってろ。れいむの僕に対する印象が、ますます悪くなるだろうが。

「た、確かにテーブルに飛び乗るのはお行儀が悪いけど、これはやり過ぎだよ…」

れいむはまりさの
傷を舐めながら、そう呟く。やはり、手が滑ったなどという戯言は通用しないらしい。
人間の嘘を見抜く事が出来る、賢くて可愛いれいむ。まったく、惚れ惚れする。

「まりさ、歩ける?」

「う、うん…」

まりさがよろよろと動き出すのを見て、れいむは安心したように、ほっと息を吐く。

「おにいさん…れいむ達、もう帰るね…」

「え!? ちょっと待って、もっとゆっくりしていきなよ」

僕は、まりさを体で支えながら庭から出て行こうとするれいむを引きとめようと手を伸ばす。
しかし、れいむは僕の指先が体に触れそうになると、びくっと身をすくませた。
れいむの瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。そんなに僕の事が怖いのか。

このまま森に帰してしまったら、二度と僕の前には姿を現さないかもしれない。
そう思った途端、僕はれいむを捕まえていた。

「は、はなして! おうちかえる!」

僕に抱えられているだけでも恐ろしいのか、れいむはぶるぶると震えている。
まったく、嫌われたものだ。少し、悲しい気持ちになる。
だが、僕はこのれいむが気に入ったのだ。どうしても、友達になりたい。

そのために僕が思いついた方法は、れいむを誘拐する事だった。
今は怯えているが、美味しいものを食べさせ、たっぷりと可愛がってやれば、三日ほどで今日の事など忘れてしまうだろう。
賢いと言っても、所詮ゆっくりの餡子脳だ。たかが知れている。


もう少しソフトなやり方もあるだろうが、
ゆっくりという生き物の単純な性格を考慮すると、これがベストだと思う。
僕は、あやすようにれいむの頭を撫でながら、家に向かって歩き出す。


「今日からここがれいむちゃんのお家だよ。とっても広いし、食べ物も沢山あるから、ゆっくりできるよ」

その時、僕の足に何かが猛烈な勢いでぶつかってきた。まりさだ。

「お゙ね゙え゙ぢゃんをがえ゙じでぇぇぇ!!!」

こいつにはなんの興味も無い。しかし、まりさを殺してしまえば、れいむは僕の事をさらに恐れるようになるだろう。
それは避けたいので、僕はしつこく体当たりしてくるまりさを軽く蹴飛ばして、素早く家の中に入り、扉に鍵をかける。
ゆっくりの力では、どんなに頑張ってもこの家に入ることは出来ないだろう。

「まりさあ! たすけてぇ!!」

れいむの悲痛な叫びが聞こえたのか、扉の外でまりさが狂ったように騒いでいる。
だが、家の奥に進むとその耳障りな声も聞こえなくなった。

「まりさぁ…まりさぁ…」

れいむは僕の腕に抱えられたまま、うわ言のように妹の名を呼んでいる。その顔は、悲しみと恐怖の涙でぐしょぐしょだ。
可哀想なれいむ。でも心配しなくてもいいんだよ。これからは今までよりもっとゆっくりさせてあげるからね。



六日後。

夕刻。僕は仕事から帰ると、一目散にれいむの部屋に向かう。
ポケットから部屋の鍵を取り出し、シリンダー錠に差し込んで回す。
かちり、という小さな音がした後、ドアを開ける。

この部屋は、ほとんど使っていなかった客間を、れいむがゆっくりできるように、改装したものだ。
ふかふかのベッド、輝くガラステーブル、革張りの椅子、全てゆっくり用のサイズに合わせてあつらえた逸品だ。
だが、れいむはその豪華な設備をどれも利用せず、冷たい床の上にぽつんと座っていた。

「ただいま。れいむちゃん」

「お、おかえりなさい。おにいさん…」

僕が声を掛けると、れいむはひきつった笑顔で挨拶を返す。ゆっくりらしくない、不自然な作り笑顔。
六日前、れいむはこの部屋に連れてこられてから、しばらくの間は『外に出して欲しい』『まりさに会わせて欲しい』
と泣きついてきたが、僕にまったくその気が無い事を悟ると、すぐに大人しく、従順になった。
しつこく喚いて、まりさのように暴力を振るわれることを恐れたのだろう。れいむは、いつも僕の顔色を伺ってビクビクしていた。
「今日は美味しいケーキを買ってきたよ。ほら見て、苺が乗ってるんだよ」

僕は小脇に抱えた箱から、大きなショートケーキを取り出し、
ケーキナイフで食べやすいサイズに切って、れいむの前に置いてやる。
れいむは、葬式のように沈痛な面持ちでケーキを口に含むとゆっくりと咀嚼する。

「むーしゃ…むーしゃ…しあわせ…」

そう呟くれいむの顔は、少しも幸せそうじゃなかった。
六日前、クッキーを食べさせた時のれいむの笑顔を思い出して、あまりの違いに、少しイラっとする。
そのケーキは、あんな安物のクッキーとは違う、一流の洋菓子店で買った高級品だぞ。なんだ、その態度は。

それに、この六日間、毎日美味しい食事を与えて、風呂にも入れてやり、こんなにも上等な部屋に住まわせてやってるのに、
まったく僕の事を好きになろうとしない。三日で誘拐された事を忘れると思っていた僕の計画は、既に破綻していた。
れいむは僕が思っていたよりもずっと賢く、そして臆病だったのだ。

れいむと僕の関係は、友達と言うには程遠く、奴隷と主人のようであった。

僕はこんなにもれいむのことを可愛く思っているのに、れいむが僕に抱いている感情は恐怖のみ。
そのことが、たまらなく不愉快だった。

「ねえ、れいむちゃん…」

「ご、ごめんなさい!」

どうやら、れいむにも僕が不快を感じていることが伝わったらしい。
僕の表情と声色が変わった事を敏感に察知して、謝罪の言葉を述べる。
怯えた瞳と卑屈な態度がますます僕をイラつかせた。

「何で謝るの? 僕、まだ何も言ってないよ」

「で、でも…おにいさん…怒ってる…」

「怒ってないよ」

「ご、ごめんなさい…」

「謝らないでよ」

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

「謝るなって言ってるだろ!!!」

僕は思わず、れいむの頬を平手で打ちつけていた。パシーンという乾いた音が部屋の中にこだまする。
しばしの静寂の後、れいむはふるふると震えだす。

「いたい…いたいよぉ…まりさ…助けて…まりさぁ…」

れいむは全身の水分が無くなるんじゃないかと思うほどに大量の涙を両の瞳から溢れさせ、
ただひたすらに、ここにはいない妹に助けを求めていた。
まりさ、まりさ、か。この六日間、れいむは何かにつけてその名を口にした。

食事の時は『まりさ、お腹すかせてないかな』
雨が降れば『まりさ、濡れてないかな』
寝る前には『まりさ、ひとりでも寂しくないかな』

まりさまりさまりさまりさまりさ…

六日前、僕はまりさに何の関心も無かった。
生きていようが死んでいようが、どうでも良かった。
だが、今は違う。僕は、まりさに嫉妬していた。

「ねえ、れいむちゃん。そんなにまりさに会いたい?」

ぼくの言葉により、れいむの憂いに満ちた泣き顔が、驚きと期待を含んだ笑顔に変わる。

「会いたいよ! 会わせてくれるの!?」

僕はれいむの問いを無視して、さらに尋ねる。

「まりさの事、好き?」

「うん! 大好きだよ! だって、れいむの可愛い妹だもん!」

ひまわりのような笑顔。まりさの事を話しているだけでも幸せらしい。
僕がどんなに笑わせようと努力しても、下手糞なな作り笑いを浮かべるだけだったれいむが今、楽しそうに笑っている。
でも、れいむを笑わせたのは僕じゃない。まりさだ。僕の心の中に、何かドス黒い感情が渦巻きだす。

「そうなんだ…じゃあ、まりさが死んじゃったら悲しい?」

『まりさ』と『死』。れいむにとって決して結び付けたくない二つのキーワードが同時に現れた事により、
晴れ晴れとしていた表情が、急に雨模様になる。

「ま、まりさが死ぬなんて、考えたくないよ!」

「でも、考えておいた方がいいと思うよ」

「そんな必要ないよ! まりさは元気だし、足も速いから、れみりゃにだって捕まらないんだよ!」

胸を張って誇らしげにそう言うれいむ。妹の自慢をするのが楽しいのだろう。
『れみりゃ』というのは、確か、空を飛ぶゆっくりで、れいむやまりさの天敵だったと思う。

「それはすごいね。じゃあ、人間にも捕まえられないのかな?」

「そ、それは無理だよ…。でも、まりさはとっても可愛いから、人間も意地悪なんてしないよ!」

「そうかな? 少し前、その可愛いまりさを地面に叩きつけた人間がいなかったかな?」

れいむはぎょっとして僕の事を見上げる。その顔は、死人のように青ざめていた。

「お、おにいさん…さ、さっきから…どうしてそんな事ばっかり聞くの?」

れいむの声が震えだす。本当に賢い奴だ。
『まりさ』『死』『人間』この三つのヒントで、僕の質問の真意に気がついたらしい。

「どうしてって? れいむちゃんは頭がいいから、もう分かっているんじゃないのかい?」

「し、しらないよ! れいむには、全然わからないよ!」

れいむは涙目で、いやいやと左右に首を振る。
分からないんじゃない、分かりたくない、の間違いだろう?
仕方が無い。駄々っ子のれいむちゃんにも分かるように、はっきりと言ってやろう。

「じゃあ教えてあげるね。僕、まりさを殺そうと思うんだ」

れいむの時間が止まる。僕は、じっとれいむの顔を見つめ続ける。まるで、この部屋の全てが凍りついたようだった。
壁掛け時計の秒針がカッチコッチと時を刻む音だけが、無情に響いている。

カッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチ

10秒ほど経ったところで、れいむの時間が再び動き出す。

「やめてぇぇぇぇぇぇええええええええ!!!!!! まりさを殺さないでぇぇぇえええええ!!!!!!」

魂の慟哭。この世の悲しみと苦しみ、そして恐怖をごちゃ混ぜにして塗り込んだような瞳。
そして、そこから溢れる絶望の涙を見た瞬間、小さな復讐を達成した暗い喜びが、僕の全身を駆け巡った。

「れいむちゃんが悪いんだよ。まりさの事ばっかり喋って、いつまでたっても、僕の事を好きになってくれないから」

「そんなことないよおおおおお!!!!!! れいむ、おにいさんのことが大好きだよおおおお!!!!!!」

れいむは必死に僕の脹脛に擦り寄ると、足の甲にキスをする。そして、哀願するような瞳で僕を見つめる。
この嘘つきめ。そこまでしてまりさを殺されたくないのか。

「本当かい? 嬉しいなあ。それじゃあ、僕とまりさ、どっちの方が好き?」

「ゆっ!?」

僕の意地悪な質問により、れいむが固まり、小刻みに震えだす。
どう答えればまりさを救う事が出来るか、懸命に考えているのだろう。額から滝のような汗が流れ落ちている。
時折、誰かに助けを求めるように視線を左右に動かすが、もちろん誰も助けてはくれない。
やがて、れいむは意を決したかのように、ゆっくりと口を開く。

「お、おにいさんの方が好きだよ!」

「そうか。れいむちゃんの気持ちは良く分かったよ」

にっこりと微笑んで、頭をよしよしと撫でてやると、れいむは大きく安堵の溜息をつく。
その顔には、自分は正しい答えを選んだんだ、という達成感が浮かんでいた。

僕は、そんなれいむの様子を見ながらほくそ笑む。
分かってないな。正しい答えなんて、最初から無かったんだよ。
その事を教えてやるために、僕はれいむに語りかける。

「僕の方が好きなら、まりさは殺してもいいよね?」

れいむの表情が一瞬で凍りつく。
こんな展開になるとは、まったく予想していなかったのだろう。
しばし口をパクパクと開閉させ、再び叫びだす。

「だめだよおおお!!! なんでそうなるのおおお!?」

なんでもクソもない。れいむがどんな答えを選ぼうと、
最初から僕はまりさを殺すつもりだった。これはもう決定していた事だ。

泣き叫ぶれいむを無視して、庭に向かうためドアノブに手をかけようとすると、
れいむがジャンプしてドアノブに噛りついた。なんとしても僕をこの部屋から出さないつもりらしい。
凄まじい執念、いや、妹を思う姉の情愛、と言うべきか。恐れ入った。

「困ったなあ。これじゃ、外に出られないよ」

涙を流しながら、必死にドアノブに噛み付いているれいむを見ながら、僕はにやにやと笑う。
もう『れいむをゆっくりさせてやろう』とか『れいむに嫌われたくない』などという気持ちは無くなっていた。
その代わり、僕の心の中に、暗く歪んだ欲望が蛇のように鎌首をもたげ始めていた。

『大好きなれいむの顔を、苦しみや悲しみでもっと歪ませてやりたい』

こういうのを、サディズムと言うのだろうか。
思えば、それ程悪い事をした訳でもないまりさに乱暴したり、怯えるれいむを無理やりさらったりしたのも、
僕の心中深くに埋もれていた、サディストとしての才能の片鱗がそうさせたのかもしれない。

まりさに対する嫉妬も、もうどうでもよくなっていた。
僕が今、まりさを殺そうとしているのは、ただ純粋にれいむを苦しめてやりたいからだ。
目の前で、最愛の妹をズタズタに切り刻まれて殺されたら、れいむはどんな顔をするだろうか。
その素晴らしい光景を想像して、僕は勃起していた。

「ゆぐぐぐ…うがぐぐ…」

やがて、れいむが苦しそうにうめきだした。
ゆっくりには鼻が無い、つまり、息を吸うのも、吐くのも口だけである。
れいむは、その唯一の呼吸器官をドアノブで塞いでいるのだ。当然、息が出来ない状態である。

無呼吸状態をいつまでも続けられる生き物などいない。
僕が何もしなくても、後数秒もすれば、れいむはドアノブを放すだろう。

「ぷはぁっ!」

思ったとおり、酸欠で紫色になったれいむが床に落ちる。一分間は呼吸を止めていただろうか。
ゆっくりとしては驚異的な時間、無呼吸で過ごしたれいむは、時々ひきつけを起こしながら荒い息を吐いている。
僕は、頑張ったれいむの背中を優しくさすってやる。

「お疲れ様。それじゃ、行ってくるね」

「ま、まって…ごほっ! やめ、やめて…げほっ! ごほっ!」

まだ呼吸が回復していないのに、無理に喋ろうとして激しく咳き込むれいむ。
僕は、動けないれいむを残して部屋の外に出ると、一応鍵をかける。
それから、庭に向かって歩き出した。





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最終更新:2008年09月27日 16:33
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