ゆっくり加工場系25 ゆっくり農園

 こんにちは、真実を常に追い求める孤高の記者、射命丸文です。
 今回の取材にいきますのは、人間たちの畑。
 最近、話題になったある作物に関する畑です。
 おっと、「文々。新聞」は別に農業の業界紙ではないですよ。
 私が出向くのは、そこに読者の興味を引く異変があるがゆえ!
 これから赴きますのは、家屋内にある大農園。それも、場所はあの知る人ぞ知る加工所です。
 どうです、少しは興味がわいてきたでしょう。
 では、興味がわきましたら、この「文々。新聞、購読申込書」へサインをどうぞ。まずは六ヶ月間購読でいかがでしょうか。
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 ……はい、まいどありー。



『射命丸の突撃リポート、ゆっくり農園の謎』

「量産化の成功が、業績悪化のきっかけとなってしまいまして」
 ため息混じりにそう語ったのは、今回、我々を案内してくださるゆっくり加工所の主任さん。
 その指し示すグラフを見ればわかるとおり、ゆっくりの繁殖と効率のいい餡子の収穫方法で潤沢な在庫を抱えることになりましたが、そのために単価が暴落。気候で収穫量が激変することから、かつては赤いダイヤモンドとまで呼ばれた小豆市場も見る影もなしという有様で、バランスシートを見るまでもなく採算割れがうかがえます。
「甘味だけでは需要の限界があるのですよ」
 在庫の山を見た記憶が蘇ったのか、主任さんは若干青ざめた顔色。
 確かに甘味というのは嗜好品。その上、ゆっくりの案は腐敗します。需要を上回るだけ生産しても、消費されずに損が増えて単価を押し下げるだけ。
 生産調整をするのが一般的だとは思うのですが……
「ゆっくりは繁殖が簡単ですから、うち以外にも生産者がたくさんおりまして……正直、把握しきてれいないために音頭をとって調整とはいかないのです」
 なるほど、中々利害関係の絡みそうな話で大変面白そうですね。
 その辺のこと、詳しく。
 ……あ、今日の取材とは関係ないですか。
「もちろん、うちもただ手をこまねいているわけではなく、いろいろと新商品の開発で需要の掘り起こしを狙っているのですが」
 あ、今年はゆとり線香に大変お世話になりました。
 ゆっくり羊羹、大変おいしゅうございました。水羊羹、この時期には堪りません。インスタントゆっくり汁、椛の哨戒の必需品です。
 はい、ヒモ付き取材なのですいません。でも私、嘘は申しません。真実の報道記者、射命丸ですから。
 そんなことを考えながら、文花帖にペンを走らせていますと、主任さんのため息が聞こえてきました。
「とはいえ、焼け石に水といった有様で、ついに資金繰りに窮してゆっくりの買取も中止したこともあります」
 覚えています。加工所のゆっくり買取の中止は、野良ゆっくりの放置と生息数の拡大、人間社会への被害をもたらしました。
 完全にゆっくりを駆除する選択肢も検討されましたが、結局は補助金がついて、かろうじて存続できた制度。
 それがこのところ、急にゆっくり需要が高まってきました。
 益獣から害獣となって絶滅すら視野に入ってゆっくりを救う、突然の需要増。当然、裏には加工所の存在がありました。
 それこそが、私が今回こちらに取材に参りました最大の理由です。
 さて、おとなしく吐いて下さいね。
「それは、発想の転換でした。私たちは餡から野菜に生産をシフトすることで、苦境を乗り越えたのです」
 野菜?
 ゆっくり加工場から野菜とは面妖な話です。
「まあ、百聞は一見に如かず。ちょうどこれから作業が始まるところですから、行ってみましょう。農園へ」
 頭をかきながら立ち上がる主任さん。
 私はその後姿を追いかけて、加工所の最深部へと向かいます。


「ここが、ゆっくり農園です」
 主任さんの肩越しに見える室内。
 まず、驚いたのはその広さです。
 私の速さをもってしても向こう側の壁まで、分単位を要するでしょう。紅魔館の図書館を移設できそうなほど。
 次に目を引いたのは床の構造ですね。その床には向こう側の端まで続く長方形の四角い窪み。それが何列か並んでいます。
 四角い溝が何本もの入った床とだだっ広い空間。この部屋を端的に言い表すと、そうなります。
 思わず写真を一枚。
 薄暗い室内に輝くフラッシュの光。
 そういえば、この暗さで植物が育つのでしょうか?
「射命丸さん。あちらの区画で今から栽培を始めます」
 主任が指し示した一角は、不思議な光景となっていました。
 前述の四角の窪み。
 ですが、よく目をこらすとその溝はぎっしりと肌色の何かで覆い尽くされています。
 あれこそが、この加工所の秘密なのでしょう。
 私は主任さんに案内されるのを待つことすらもどかしく、その傍らに降り立ちました。
 その窪みに詰め込まれた肌色を覗き込もうとして、私は気づきます。
 いえ、正確にはそいつら自身から答えが聞こえてきました。
「ゆっぐり……ざぜでええ……」
「ゆゆゆ……」
「おねーさん、ここからだして……おうち、かえる……」
 それらは、なんと巷で話題のゆっくりたちでした。
 れいむ種、まりさ種などの雑多な種類のゆっくりたちが、天井を向けられた体勢で隙間無く四角の窪みに敷き詰められ、気色の悪いゆっくりプールができあがっています。
 上を向いて身動きもとれず、お気に入りの帽子もリボンもひしゃげたまま、ただ流れる涙。
 その珍妙な姿に、私の部下カラスの文々丸も興味を引かれたのでしょう。
 いつの間にか、ゆっくりの絨毯をきょろきょろと動き回っていました。
 こらこら、商品を傷つけたらだめじゃないですか。
「ゆぐっ!」
「づめが、いだひいいい!」
 ……まあ、いいような気がしてきたのはなぜでしょう。
 ともかく、私たちがいるこの空間は、果たして何なのでしょうか。敷き詰めたゆっくりの意図は一体?
「それは、苗床です」
 疑問に応えてくれたのは、私に追いついてきた主任さん。
 苗床という言葉の意味を確認しようとしたその時でした。
「あ」
 短い主任さんの声。その視線は私の後方、『苗床』の位置で固まっています。
 なんでしょうか。
 振り向く私。そして、その視線も固まります。
「カラスさん、まりさをゆっくりもちあげてね!」
「ずるいよ! れいむも連れてってね!」
 苗床のまりさの口に足でも突っ込んだのか、噛み付かれている文々丸。
 ばたばたと翼をはためかせて逃げようとする文々丸を離すものかと、真っ赤な顔でしつこく食い下がっている。
 あの腐れ饅頭野郎、私の可愛い文々丸になんてことを!
「ガア!」
 無論、文々丸はゆっくりごときにどうにかできるようなカラスじゃない。だって、私の部下なんだから。
「まりざのおめめがあああああああ!!」
 一際高いまりさの悲鳴。
 文々丸のくちばしには、たった今えぐりとったばかりのまりさの眼球らしきものが。
「まりさのきれいなおめめがあああ!?」
「からすさん、か゛え゛し゛て゛ええええ!」
 ひたすら泣き叫ぶまりさに代わり、隣のれいむの絶叫。夫婦なのだろうか。
 まあ、そんなことは文々丸には興味がないことだろう。
「ゆぐううう! 今なら許すから、かえじでぐだざいいいい!」
 そんなこと言われても、文々丸はもう目玉をのみこんでますよ、ごくんと
「どうじでぞんなごどするのおおおおっ! まりさを怒らせたら、からすさんもただじゃおかないよおおお!!」
 えらい剣幕ですが、毛づくろいにふける文々丸に耳に届いたかどうか。
 代わりに私が怖がってあげましょう。
 おお、こわいこわい。

 ……て、我に返ってみると、これはまずいですね。
 取材対象の財産を損壊したことになります。
 ちらりと主任さんの顔を見てみます。
 私に向けられていたのは請求書ではなく、なぜか笑顔でした。
「いや、別にゆっくりは生存していればどんな状態でもいいんですよ……おや、準備ができたようです。さ、作業開始ですよ」
 言いながら、部屋の隅に向かって手を振る主任さん。
 気がつけば、そこに作業服姿の従業員さんが数人。それぞれ、その両手に抱えるのは柵。手馴れた動作で、ゆっくりの苗床を囲むように
柵を立てていきます。
 ただし、完全には囲みません。
 一方に出入り口をつくって、そのまま部屋の片隅へと柵で通路をつくっていきます。その通路の先は、壁面に小さく張り出した扉へと。
 こうして出来上がったのは、扉から苗床までをぐるりと囲む柵の通路。
 主任さんは準備が整ったのか、こほんと咳払い。
「まずは、種まきからです」
 種まき。
 主任さんの言葉に、私は籠に種籾を入れた農家の姿を思い浮かべますが、それから始まった光景は、まったくそれとは似ても似つかぬものでした。
 主任さんの合図に合わせて開放される通路に接した扉。
 同時に、加工所を揺るがした凄まじい振動でした。
「まっまっまっ、まりさああああ!!!」
「まりさはどこおおおおお!!!」
「れいありもいいよねええええ!!!」
「ぱちゅありも、じゃすてぃいいいいっす!」
 扉の向こうには、地鳴りを響かせてゆっくりありすの、顔、顔、顔。
 何十匹いるのでしょう。
 魔法の森のアリスさんとは似ても似つかぬゆっくりアリスの群れが、性欲にテカテカと輝くアリスの瞳が、次から次と扉の向こうから姿をあらわします。
 共通するのは発情しきって上気した赤みと、血走ってまりさを求めるその眼。
 すごいです。
 そういえば、先日うっかり毒きのこを食って寝込んでしまった魔理沙さんを、文句を言いながらも看病を続けたアリスさん。
 深夜二時頃、熱にうなされ、胸元をはだけて荒い寝息を吐き出す魔理沙さんをじっと見下ろすアリスさんの相貌を、なぜか不意に思い出しました。
 もちろん、それは本件とはまったく関係ございません。上海人形に八つ裂きにされたネガも戻ってきませんし。

 さて、ゆっくりありすの集団は後続に押し出されるように、通路を前に前に進んでいきます。
 向かう先は、ゆっくりの苗床。
 その待ち受けるゆっくりたちは怒涛のように押し寄せるアリスの足音には気づいていますが、なにせ天井しか見えない体勢のため、何が起こっているのかわかりません。
 歯を食いしばり、流れる涙を増やすばかりです。
 ですが、足音が止んで見えるのは、覗き込む同じゆっくりの顔。通常なら、親切な性質を持つゆっくりありすのものです。
 助かったと思ったのでしょうね。
「ゆっくり、ひっぱりだしてね!」
 髪の毛や装飾品すらも詰め込まれて、唯一相手が噛んで引っ張り出せる舌を伸ばします。
 けれど、ありすの受け止め方は違いました。
「いきなり、でぃーぷなんて、まりさは焦りすぎよ!」
「でも、大丈夫! ありすがきちんとリードしてあげるね、まりさああああ!」
 数十匹のアリスが、ゆっくりの苗床にびっしりと圧し掛かり、下を向くなりいきなり響きわたる湿った音の大合唱。
 くぐもった下のゆっくりの絶叫と、とろけたようなアリスたちのあえぎ。
 新しい拷問のようで、思わず私は耳を塞ぎたくなるものの、加工所の方々はまったく平気な顔。
 顔色一つ変えず、今回の予想収穫量なんかを話しています。
 人間の主な特徴、適応性というものは一種の狂気ですね、ほんと。
「まりさまりさまりさああああああ!!!」
「やめでええええ!!! すっ、すっきりしちゃううううう!」
「やめては、とかいではやめないでということよおおお、いぐううううううんほおおおおおおお!」
「ひぎいい、隣にれいむがいるのにいいいいい、いぎだぐないいひぎいいいいいい! ずっぎりいいいい!」
 最後の抵抗の声もむなしく、まりさたちの悲鳴をバックに種まきは終わりました。
 いや、終わったと思ったのですが。
「あと、2セット」
 冷静な主任の言葉に応じて、一斉に苗床に向かう職員たち。
 ご丁寧にも、すっきり満足していたアリスたちを揺らし、再び発情へとのぼらせていきます。
 こんな変態生物の発情を助けるぐらいなら馬でも種付けでもした方が100倍マシだと思うのですが、そこはプロ根性。匠の技です。
「だめだよおおお! あかじゃん、ごんなにでぎだら、じぬのおおおおお!!」
 ねとねとの粘液に覆われたれいむの顔が、目を血走らせて必死に叫んでいます。
「そんなことより、アリスをちゃんとすっきりさせてね! きっと、愛があればだいじょうぶなの!」
 ですが、そんな愛の足りない戯言はアリスに通じません。すぐさま、欲情の囀りにかき消されるばかり。
 結局、アリスが職員に引き離されて扉に蹴りこまれるまで「種まき」は続きました。


 ゆっくりの生態の神秘は、やはりこの生殖後の反応でしょう。
 犯されつくしたゆっくりたちから、次々と発芽する茎たち。
 通常茎が生える頭の上は他のゆっくりや壁に塞がれているので、唯一の隙間、天に向けてにょきにょきと伸びていきます。
 これが、種まきの成果。
 この伸びた茎が、加工所の新たな生産物とのことです。
 出産後、親が朽ちても赤ちゃんをしばらく育てられるほどに栄養価が高く、人間にとっては煮ると口当たりのよい、ほのかな甘味が野菜嫌いのお子様にも人気の新商品。ゆっくりの茎。
 まさか、ゆっくりから野菜がとれるとは驚きです。
「次は、肥料ですね」
 ですから、各工程の呼び名が農業のような呼び名になるのでしょう。 
 確かに、アリスに蹂躙されて黒ずみ始めたゆっくりたちの様子からすると肥料は必要なように思えますが、さて何を与えるのでしょうか。
 応えは、手押し車に詰まれた黒い物体でしょう。
 植物であれば、まず間違いなく腐葉土の黒土でしょうが、相手はゆっくり。
「あれは、餡子ですか?」
「そのとおりです」
 私の問いかけににっこりと応じる主任さん。
 こうしている間にも、「むーしゃ……むー……」「……しあわせー」「めっちゃ……うめ……」と、かすれた声が響いてきた。
 ゆっくりの中身も餡子だけに、効果は抜群といったところでしょうか。
「餡子は、繁殖もできなくなった末期のゆっくりや、商品にならなかったもの、間引きした子供らを与えています。化学肥料を使わず、コストにも気を配っています」
 主任さんの淡々とした説明に、経営不振を乗り越えたこの加工所に培われたコスト意識が伺えます。
 こういう企業は力があります。株を上場するときは教えてください。けして、私はインサイダーなど行いません。
 それはともかくとして、ゆっくりたちはその栄養満点の肥料に元気を少しだけ取り戻していました。


 そんな中、主任さんは次の指示を伝えます。
「さて、次はお水をあげましょう」
 水?
 見れば、桶に汲まれたオレンジ色の水がめを台車にのせて、従業員たちが押してきます。
 はてさて、あれは一体なんなのでしょうか。
 膨らむ私の期待でしたが、私の期待は報われません。
 本当に、主任さんの言葉とおり、染料でオレンジ色に着色されただけのただの水でした。
 ですが、それを知るのは私と職員の方々だけ。当然、ゆっくりは知りません。
「ほうら、口を開けろ。オレンジジュースだぞー!」
 棒読みの職員の台詞を耳にするなり、一斉に口を開くゆっくりたち。
 ひしゃくで注ぐそのオレンジ色の液体を一滴ももらすまいと、食虫花のようにぱっかりと大口を開けています。
 その間抜けな光景に脱力の私ですが、ゆっくりたちの反応は、さらに私の足腰から力を奪うものでした。
「うっめ、これ、めちゃうめ!」
「しゅっごく、おいしい♪」
「あんまあああああい!」
 なんですか。
 ゆっくりとはいえ、蒙昧すぎるでしょう。
「プラシーボもあるでしょうが、たっぷり口に水を含んだせいで、口の中の餡子が溶けているんですね」
「でも、それじゃあプラマイ0では」
「いいんです。これは、ゆっくりたちの心のケアですから」
 ゆっくりの心なんか、ケアする必要があるのでしょうか。
 それならば、霊夢さんに「印刷してある文字が邪魔だから、今度から白紙で頂戴。森近さんに売るから」と、凄まじい要求をされた私の心をまず最初にケアしてほしいところですが。その日の夜のお酒は、ひどくしょっぱい涙酒。霊夢さんは時々、無意識に萃香さん以上の鬼ですよね。
 そんな感じに私がちょっぴりブルーになっているというのに、ゆっくりたちからは案の定な能天気な声が沸き始めます。
「すっきりしたよ」
「この子のために、がんばれるね!」
 顔面から伸びていく茎も色艶がよく、その先に鈴なりにふくらみつつある子供の実。
 実ってしまえば、可愛いわが子なのでしょう。
「ゆー……♪ ゆゆーゆー♪」
「ゆっくりそだってね」
「まりさの赤ちゃんが、いちばん大きくてゆっくりしているー♪」
 歌ったり、話しかけたり、自慢したり、ゆっくりたちはたちまちのうちに元気を取り戻していきます。
 もうすぐ、この実がぷっくりと膨らんで子供をなすのでしょう。


「では、次は害虫駆除と茎の手入れです」
 主任さんの宣言に、不意に私はリグル・ナイトバグさんを思い出します。なぜでしょうか。
 ともかく、確かに害虫というのは問題ですね。
 風見幽香さんなら、リグルさんの首に腕を回しながら耳元にそっとお願いすれば済む話でしょうが、人間はそうもいきません。
 まず、職員が最初のまりさと向き合うように覗き込みます。
「ゆ? お兄さん、まりさのこどもゆっくりしているでしょ♪」
「れいむの方がもっとゆっくりしているよ! とくべつに、お兄さんもゆっくり見ていっていいよ!」
 対抗するれいむたちの声は、おそらく職員の方にとって耳朶を吹き抜ける風のうねりのようにしか感じていないのでしょう。
 無言でその手を茎へと、その茎に実る赤ちゃんへと伸ばしていきます。
「ゆ! 赤ちゃんを、いいこいいこしてあげ……」

 ブチャ。

 湿った破裂音が響きました。
 職員の方は一瞬で至福から白目をむいた表情の親を気にもとめず、その手を次の実へ。

「お、おにいさん?」
 ブチ。
「なっ!?」
 ブチ。
「やめ……」
 ブチャ。
「あがちゃ……!」
 ブチャ。

 ろくな台詞言えないまま、瞬く間に手馴れた手つきで赤ちゃんを全て潰された親まりさ。
 もう、口を開いたまま固まってしまっているが、やがてぷるぷると震えだします。
「ま、まりさのあがぢゃんがあああああああああ!!!」
 その言葉がゆっくりたちの間を漣のように駆け巡っていく。
「どうじだの、まりさああああ!?」
 不安と恐怖にまみれた仲間たちの声も、あえぐような嗚咽が応じるのみ。
 再び始まる身動きできず、周囲の様子も伺えない狂乱のゆっくりタイム。
 特に、その隣で赤ちゃんの顛末を視界の端に捕らえていたれいむは、笑顔がひきつって今にも崩れだしそう。
 そのこわばった笑顔は、やがて媚びの色彩をともなって職員の方に向けられるのですが。

「れ、れいむの赤ちゃんは大丈夫だよね! だって、こんなにかわい……」

 ブチ。ブチャ。ブチャ。プチ。
「がわいいのにいいいいい、なんでええええええっ!?」
 職員の指先は熟練の動きでした。
 一息に、れいむに芽生えた命をこそぎ落とします。
 あとはもう、流れるような作業の連続でした。

「こどもだけは、ゆっぐりさせ……ああああああああああ!!!」
「早く、うまれでええええええ……っ! ゆっくりしないでえええ、ゆぎいいいいいいい!!」 
「初めてのこどもなのおお、もってかないでえええ……むきゅううううううううん!」

 職員の方が一歩進むたび、茎の成長を阻害する害虫たちは的確に駆除されていきます。
 食の安全が叫ばれる今、このように薬品に頼らず、手作業で剪定していく細やかさに思わず感動してしまいます。


「さて。この作業はしばらくかかりますので、一足先に収穫間際の畑をごらんにいれましょう」
 私が一通りその様子を写真に収めると、それを見計らって声をかけてくれる主任さん。
 案内されて行ったのは、今の畑とは反対側の一角。
 青々とした茎は豊かで、かすかに揺れる様子はまるで湖畔の波のよう。圧巻の光景。
 害虫をきっちり駆除して手入れをすれば、ゆっくりの茎ですらここまでに実りを結ぶのでしょうか。
「これでも、本職の農家さんに比べるとまだ素人仕事なのですが」
 主任さんの言葉は明らかに謙遜ですが、新規事業として進出しただけに農家への兼ね合いもあるのでしょう。
 私も余計なことは言わず、ただその鮮やかな緑に見蕩れていました。
 とはいえ、私には記者としての役目があります。しゃがみこみ、その茎を一本もちあげてみますと、ずっしりとした手ごたえ。
「おもい……よ……」
「ちぎれえ……」
「あかちゃん……あかちゃん……」
 かすかに聞こえるのは、ゆっくりのうめき。
 新鮮なはずです。苗床すら生きているのですから。

「実は、先ほどの状態からここまで育つのに十日もたっていません」
 主任が自負と、ちょっぴりの自慢を秘めた口調で話し始めます。
 ゆっくりの生命力は、まさに恐るべし。
 けれど、脅威の生命力に驚くにはまだ早い。
「それどころか、数日おけばまたこの畑で連作が可能なのです。」
 それは、人間生活にどれだけの恩恵を与えることでしょう。
 うまく流通にのれば、博麗神社の貧乏人ですらビタミンB2やベータカロチンを摂取できます。もう、障子の紙を食べる必要はありません。
 ……ごめんなさい、一部悪意に基づいた偏向記事がありました。

 それはともかく、ゆっくり農園。
 実に魅力的な存在ではないでしょうか。
 おかげさまで、取材当初の思惑を超えて実に有意義な取材となりました。
 そのことを、快く取材に応じていただきました関係各位に深く謝意を表し、今回の取材の終わりの言葉と代えさせていただきます。

 以上、現場の射命丸文でした。


PS:
以前のゆっくりの単価暴落で一時は捕獲者がいなくなり、触れすぎた野生ゆっくりたち。
有益性も低い害獣のために全面駆除が検討されておりましたが、今回の発明と、ゆっくりを
愛好する諸氏及びゆっくりを虐待する諸氏の嘆願により、全面駆除は見合わせとなりました。
ゆっくりは、いつ幻想から消え去るかわからない、儚いもの。
息の長いお付き合いを、節に望むところであります。




by小山田
茎トークから、妄想拡大。
あと、地霊殿の委託までちょっとだけお休みします。

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最終更新:2008年09月14日 04:52
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