阿求×ゆっくり系5 阿求の竹林遠征記

「阿求×ゆっくり系3 稗田阿求アドベンチャー」「ゆっくりいじめ系103 短い話3つ」の流れが面白かったのでその辺から話を膨らましてみた。



来客を告げられた八意永琳が客間に行くと、そこには一人の少女が座っていた。
「おまたせしました。私が八意永琳です。」
座りながら永琳が言うと、少女は心持ち頭を下げながら挨拶した。
「初めまして。私は稗田阿求と申します。突然の訪問をお許しください。」
見た目幼いが随分と礼儀正しい。
永琳も稗田阿求の事は大体承知している。
「お名前は伺っていましたが、稗田様は随分とお若いのですね。
貴方の、先代の書物は随分役立たせて頂きました。何しろ今までは、あまり表には行かなかったものですから。」
「それは光栄です」
「そうそう、お茶も出さずに。」
家人を呼んで茶を求める。
「それで、今日はどの様なご用件で?」
言いながら永琳は、庭に妹紅が居るのに気付いた。彼女に案内されて来たらしい。
永遠亭まで客人を案内しても、普段の妹紅は門前で帰るのが普通なのだが、珍しいことに今日は庭園など眺めている。
「はい、実は私が代々手がけている『幻想郷縁起』の事なのです。」
目の前の阿求に意識を戻した。
「あれは主に里の人達の見聞を集めただけのものですから、得られる記録には限界があります。後は推測によるしかありません。」
最近私が興味を持った対象があるのですが、未だ満足する程には資料が集まっていないのです。」
「それでうちに来たと。」
「はい。八意様は薬師に止まらないお方と聞き及んでおります。今日はそのお力を拝借したいのです。」
「で、何について調べているのでしょう。」
「ゆっくりです。」
「…」

ゆっくりかー。永琳は微妙な表情になった。
確かにアレが現れたのは最近の事で、当然ながら「幻想郷縁起」には載ってはいない事柄だ。しかし、あんなもの載せる必要があるのだろうか?
永琳の疑問を察したのだろう、阿求はやや熱意をもって語った。
「安全面では人間にとってもなんの驚異にはなりません。しかしあのものは、里の作物を荒らします。
現在の、家族単位程度の規模なら大したものではありませんが、万一大発生した場合、それは蝗などとは比べものにならないもの驚異になるでしょう。」
「確かにそうですね。直接生命の危険が無くとも、生活を脅かされる可能性がある以上、警戒する必要はあります。」
「駆除の結果でしょうか、ここ一月のうちに里の近辺にゆっくりが殆ど見られなくなりました。
それ自体は良いことなのですが、調査という点では問題です。先ほど言ったように今少ないからといって油断出来る物ではないのです。
里のうちで被害を被り結果的に詳しい農家の方々を回ったところ、
その中の一人に、兎づてに八意様から助言を頂いたという方がいまして、随分と熱意をもって研究なされているようだとお聞きしました。
それで今日参ったのです。」
「成る程。大体承知しました。」
「どうかその研究の一端でもご教授願えないでしょうか。」
未だ子供だというのに大した使命感だ。永琳は阿求に協力する気になった。
「分かりました。そう言うことでしたら喜んで協力しますわ。」
「有り難うございます!」
そう言って破顔すると阿求の顔は年相応に見える。

茶が運ばれてくる。二人はしばしそれを味わった。
永琳は考える。
研究内容を教えるとは言ったが、これは見せられたものではない。
賢いとはいえ何しろ相手は子供だ。あまり刺激の強すぎるものは避けたほうが良いだろう。
研究室につれてゆくのもまずい。
大量のゆっくりによる凄惨な生体実験が今だ行われているのだ。
『餡符「壺中の大ゆっくり」』と名付けられたそれに何の意味があるのか、永琳自身良く分かっていない。
そこまで考えてはたと永琳は気付いた。そういや自分はゆっくりについて、まともな基礎データを持っていない。
あまりに適当な生命体だったので、正確な測定値など求めても仕方がないと思ったのだ。

永琳は提案した。
「じゃあこれから研究に協力してもらうゆっくり達を探しに行きましょう。」
「協力ですか。」
意外そうな顔をする阿求。
「ええ。ゆっくりとはいえ、言語を解する生物…のようなもの。実験動物のように扱うのは気が引けます。
ちょっと手荒な実験を行う事もありますが、まあ治療は私の専門ですし、ご馳走すれば機嫌良く帰ってもらえます。
うちの兎によると近くに大きな巣があるそうです。
そんなに時間は掛かりませんし、生態も含めて、ご自分の眼で確かめるのが一番良いのではないかしら。」
「それは願ったりです。」
阿求もうれしそうに頷く。
ゆっくりを捕まえてくる間に研究室の片付けをさせよう。その上で阿求に言ったような穏便な「実験」をすれば良い。
普段は鈴仙がゆっくりを捕まえて来るのだが、てゐが片付け役では、ほったらかして遊びに行く可能性がある。
もし『秘術「ゆっくり密葬法」』でも見てしまったら、この子は気絶してしまうのではないか。
清掃は鈴仙に任せて、場所を知っているてゐに案内させよう。

永琳が思案していると縁側から妹紅が阿求に声を掛けた。
「話は付いたようだね。私はちょっと用事があるからもう行くよ。夕刻に迎えに来るがそれでいいかい?」
「ええ、お願いします。藤原様、案内有り難うございました。」
「じゃあ永琳、よろしくな。」
今まで残っていたのは、どうやら阿求に妙なものを見せるのではないかと気になっていた為らしい。
余計な心配をする。去って行く妹紅を永琳は苦笑気味に見送った。

永琳・阿求・てゐの一行が竹林を進んでいた。
「巣まではどのくらいなのかしら。てゐ?」
半刻程度で往復出来るとの答えが返ってきた。
鈴仙に聞くところによると、そこは巣といっても相当大きな洞窟で、鈴仙が集めてきた様々なゆっくりが住み着いているそうだ。
近辺に小川があり、野菜・植物など豊富で、ゆっくり達にとって理想的な生活環境になっているという。
それは鈴仙によって作られた人工的な環境なのだが、阿求には伝えていない。
「もう少しですね。因幡様、もっと早く歩まれても私は平気ですから。」
阿求が言う。永琳が見たところ、体はさほど丈夫でなさそうだが、好奇心の為だろう、元気よく進んでいる。
「随分熱心なのですね。でも疲れてしまっては後で差し障りになりませんこと?」
「いえいえ。幻想郷の資料を編纂するのが御阿礼の子の務めですから。このくらい何ともありません。」

その時前方から人影が近付いてきた。人間にしろ妖怪にしろ、こんなところには滅多に来ないはず。
永琳は阿求を自分の後ろに下げた。用心にしくはない。

人影が近付いてくる。巫女装束を纏った少女。紅白ではない。どうやら最近山に住み着いたという巫女のようだ。
「八意永琳…様ですね。」
あまり好意の感じられない声で少女が言った。他の二人には一瞥もくれず、永琳だけを見ている。
「そうです。貴方は山の巫女さんかしら?こんなところでお会いするとは奇遇ね。」
「貴方を捜していたのです。行けども行けども竹林で、随分疲れました。」
今日は来客が多いな。思いつつ永琳が聞いた。
「どんなご用件かしら。」
「申し遅れました。私は東風谷早苗。貴方の所業を改めるために参ったのです。」
「所業?」
「はい。聞けば八意様はゆっくりで実験を行っているとか。あんなかわいい子達を人体実験の材料にするなんて許しません!」
人体じゃないだろう。それにかわいい…あれが?永琳は思ったことをそのまま口に出す程愚かではない。後ろの阿求に悟られては困る。うまく話をそらさなくては。
「実験と言ってもごく穏やかなテストですわ。それに…」
「いいえ!私はそこの兎さんに聞いて全部知っているのです。かわいそうなゆっくり達を助けなければなりません!」
てゐか…。永琳が振り向くとてゐが手を頭の後ろに組んでニヤニヤしている。完全に状況を楽しんでいる顔だ。
「この子は人をからかうのが好きなだけ。貴方のは誤解ですよ。なんならこれからご一緒します?」
「誤魔化すつもりね?ならば力尽くでも理解してもらいます!」
早苗の目には明らかな決意が宿っている。元々が短気なのか、それとも余程思い詰めているのか。
本気で実力行使に及ぶらしく、どこからかテーマ曲まで聞こえてきた。「信仰は儚きゆっくりの為に」…妙に間延びしていて、人を苛つかせる曲だ。
さてどうしよう?倒してしまっても良いが、阿求と一緒に実験に加われば疑惑も氷解するはず。しかし「誤解」されたまま連れて行ってゆっくりに何か吹き込まれても面倒だ。
躊躇する永琳の脇を物凄い早さで阿求がすり抜けた。どこから取り出したのか、何か長いものを両手でブン回す。
「むん!」
「ぬ゛っ」
何かの一撃を脇腹に喰らい、くの字の姿勢で横に二十尺程も吹っ飛ぶ早苗。
阿求の手に握られた物、それは巨大なげんのうだった。
それはげんのうというにはあまりにも大きすぎた。大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。それはまさに鉄塊だった。
「Baaaaaaaaaaaaaaa!」
苦悶してのたうち回る早苗を見下ろしつつ、げんのうを掲げた阿求が高らかに宣言した。
「邪魔する者は、たとえ神の御使いであろうと許しません!稗田のスペルは如何でしたか?探求心は信仰にも勝る力なのです!」
げんのうだろ。永琳は突っ込みたいのを我慢した。
「ぶはっ」
血の塊を吐いて早苗は意識を失った。永琳があわてて駆け寄る。
「どうやら命に別状は無いようね。さすがは現人神だけのことはある。…行きましょうか。時間をくってしまったわ。」
「はい!ゆっくりを調べるのが御阿礼の子の務め。ぐずぐずしているわけにはいきません。」
答える阿求の手にはげんのうが無い。どこにしまったんだろう。それに随分と苛烈な。
浮かんだ疑問を、しかし永琳は打ち消した。永遠亭までやってきた行動力をはじめ、探求心が少女を駆り立てているのだろう。
三人は再び歩み出した。白目を剥いて気絶する巫女が後に残された。

「あれね。」
てゐが示す先にちょっとした崖が見える。その下に洞窟があるそうだ。
「ああ、遂に会えるんですね!」
言うが早いか走って行く阿求。
「あらあら、あんなにはしゃいじゃって。大人びて見えても未だ子供ね。てゐ、付いていって。」
永琳は走って行く二人を微笑ましげに見つめた。


「むーしゃ♪むーしゃ♪しあわせー!」
一匹のゆっくりまりさが人参を頬張っている。
今日は天気も良いので、一人で外で日向ぼっこをしながらの食事である。
洞窟には一〇〇匹前後の沢山のゆっくりが、入り口から直ぐの広い空間や寝床用に自分で掘った小穴で思い思いにゆっくり食事をとっていた。
洞窟の外はちょっとした広場になっていて、中央を小川が流れ、端のほうには人参や大根、美味しい花の生る草が沢山植わっている。
大量のゆっくりでも十分な生存環境が整っていた。
鈴仙苦心の成果である。

鈴仙は考えた。師匠が欲する研究材料を速やかに供給するのは自分の役目だが、飼っておくのは面倒。ゆっくりの相手をするのはストレスが溜まる。
しかし実験の都度探しに行くのも矢張り面倒。見つからない場合もある。
そこで鈴仙は、探し出した材料のうち性質の良さそうなものを、天敵がおらず、生活環境の整っている此処に放しておいた。
居住地があり、水があり、食料となる植物も十分植えたから同族同士で争うこともない。回りを竹で厳重に囲っておいたから逃げる可能性もまず無い。
後は必要なときに此処に来て、数匹ずつ連れてくれば良かった。
仲の良い物同士を慎重に選んだので、後に残ったゆっくりは差ほど気にせず暮らしていた。

食事が終わったのか、沢山のゆっくりが洞窟から出てきた。
今日は何をしようか、誰と遊ぼうか。まりさが考えているとゆっくりれいむとゆっくりちぇんが近付いてきた。
「ゆっくりしていってね!」
「「ゆっくりしていってね!」」
ゆっゆっとその場で飛び跳ねぐるぐる回る三匹、そのうち蝶を追いかけだした。心底楽しそうに蝶を追うが、食べるつもりなどではなく戯れているのだ。まさにゆっくり。
三匹が広場の端まで来ると、一人の人間が現れた。阿求である。

息せき切って駆けつけたため、しゃべれない阿求を見ても三匹は不審がらない。
何しろ此処に連れてきてくれた鈴仙以外の生き物を知らないうえ、ずっと危険に遭わず過ごしてきたのだ。
「おねーさんだれ?」「ゆっくり出来る人?」「分かる、分かるよー。」
呼吸を整整える阿求を見て、ゆっくりしようとしていると思ったのだろう、
「ゆっくりしていってね!」
三匹は声を上げた。
「ふうふう。はい、ゆっくりさせて頂きます。私は今日皆さんとゆっくりしに来たんです。」
「ほんと?」「一緒にゆっくりしてくれるの?」「分かる、分かるよ-。」
その光景を見て他のゆっくりもぞろぞろ集まってきた。
「ゆっくりしていってね!」
「何して遊ぶ?」
「だっこしてくれる?」
「はいはい。さあどうぞ。」
近付いてきた最も小さなゆっくりてんこーを阿求は抱き上げた。そのまま放り上げる。
「高ーい高ーい!」
ぽんぽんと舞いながらはしゃぐてんこー。他のゆっくりは自分も自分もとせがむ。
「つぎはれいむもやって!」
「違うわ。ありすの番よ!」
「分かるよ、ちぇんだよー。」
言い争ってはいるが我を張っている風ではなく、そのやり取りも楽しんでいる。此処のゆっくりは本当にのどかなゆっくりなのだ。

突然パン!という音と共に、ゆっくりてんこーの姿が消えた。
何処に行ったのかと周りを見回した何匹かの視界に入ったのは、ひしゃげた形で遙か向こうを飛翔するゆっくりてんこー。
皮が破れ餡を撒き散らしながら放物線を描き、最後は四散して消えた。周囲に散った九つの尻尾だけが原型を留めている。
残りのゆっくり達は阿求を凝視している。テニスのサーブを打ち終わった様な姿勢で静止している阿求の右手には、巨大なげんのうが握られていた。
それはげんのうというにはあまりにも大きすぎた。大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。それはまさに鉄塊だった。
てんこーの尻尾と阿求を交互に見つめるゆっくり達。げんのうから滴る餡を見て、何が起こったのかようやく理解出来た。
「どどどどどおしたのおおおおおおねえさあああああん」
口々に悲鳴を上げるゆっくり達。絶叫のコーラスを聴きながら阿求は悶えた。
「んんんんんーッ♪…やはり、イイ!最高です!久しぶりのゆっくり!さあ皆さん!ゆっくりしましょう!」
「「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」」」
洞窟目指して逃げて行くゆっくり達。
「一人として逃がしませんよ!」
まだだ、まだこれからだ。祭りは始まったばかり。げんのうを構え直す阿求は歓喜に身を震わせていた。

まりさは全力でゆっくり走っていた。
いったい何が起こったのか?あのおねえさんは?優しそうだったのにどうして?れいむとちぇんはちゃんとついてきているだろうか?
「れいむもちぇんも大丈夫!?」
「後ろにいるよ!」
「わかるよー。逃げるよー。」
ああ無事だ。まりさは少しだけ安心する事が出来た。とにかくおうちまで逃げなければ。
後方からは阿求の声と、逃げ遅れたゆっくりの断末魔の絶叫が聞こえる。
その場にへたり込みそうな恐怖を必死で抑え、まりさは二匹に声を掛けた。
「ゆっくり急いでね!おうちまで逃げればゆっくり出来るよ!」
まりさにとっては無限に思える程の時間の後、ようやく入り口にたどり着いた。
これで助かる!おうちのみんながいればもう安心だ!二匹に声を掛けようとしたまりさ、それより先に声が聞こえた。
「Fever!」
突然まりさの横を何かが飛んでいった。入り口脇の崖にぶつかる。破裂して斜面をずり落ちるモノの中心に、白目を剥いたちぇんの顔があった。
「な゛に゛こ゛れ゛え゛え゛え゛え゛え゛」
「酷いですねえ。お友達の顔を忘れたのですか?それにこの子も見捨てるつもり?」
満面の笑みを浮かべる阿求と、その手に捕らわれたれいむ。
「ま゛り゛さ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛た゛す゛け゛て゛え゛え゛え゛え゛え゛」
「ゆ゛っ、おねーさん!れいむをゆっくりはなしてね!その手を開いてね!」
まりさは勇気を振り絞って叫ぶ。
「手を開けばよいのですか?」
「そうだよ!はやくしてね!」
「分かりました。お友達ですものね。」
にっこり笑う。
「はやくしてね!」
助けてくれる!一瞬安堵したれいむだったが、まさに一瞬だけのことだった。
「Show time!」
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛…ゆべし!」
絶叫するれいむの口や、目、両頬、頭が裂け、阿求の指が出てきた。阿求の手はれいむを握っていたのではなく、手刀の形で下から体を突き刺していたのだ。
ゆっゆっと最早痙攣するだけのれいむ。己の手と一体化したそれを見る阿求は心底楽しそうだ。
「ヒ ド イ ヨ マ リ サ レ イ ム ヲ コ ン ナ メ ニ ア ワ セ ル ナ ン テ」
下手くそな手つきで爆ぜた体を操りながら、下手くそな腹話術を行う阿求。そんなものでも錯乱したまりさには本当にれいむが言っているように見えた。
「ごごごごごめんなさあい゛い゛い゛い゛い゛ゆるじでえ゛え゛え゛え゛え゛!」
「本当に酷いゆっくりさんですね。お友達をこんな目に遭わすなんて!」
言いながら腕を振る。皮だけになったれいむがまりさの目の前に叩き付けられた。
「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛れ゛れ゛れ゛れ゛れ゛い゛い゛い゛い゛い゛む゛う゛う゛う゛う゛う゛」
「さあお仕置きです!」
泣き喚くまりさの目に映ったのは、餡にまみれたげんのうだった。
恐怖の中でも本能が口を開かせる。お決まりの台詞を吐こうとしたが、阿求に先を超された。歓喜の声が響き渡る。
「ゆっくりした結果がこれだよ!」

「直ぐだと思ったけど意外に掛かるのね。」
飛べば一瞬だが、たまには良いか。永琳は竹林を歩いていた。
「さてどんな実験にしようかな。」
走力・跳躍力といった運動能力を個体ごとに計測し、それぞれの種の大体の限界値を出す。
ゆっくりは巣穴を掘るから、どんな質の土をどの位の深さまでといったデータも人間にとって重要だろう。
なにしろ畑を柵で囲っても下を掘り潜られたら叶わない。直接聞ければ楽なのだが。
考えながら進む永琳の視界が開けてきた。薄暗い竹林を抜け日差しの中眩しそうに広場を見渡す。

「ぶー!ジェノサイド!」
広場には大量のゆっくりの骸があった。どれも餡を撒き散らし、殆ど皮だけの状態で死んでいる。洞窟まで続くそれはまるで道の様。
まずい、阿求が心配だ…いやこれは今しがた死んだもの…まさか…。
沸き起こる不安の中洞窟に急ぐ永琳。そこで見たのは、逃げ惑うゆっくりの集団、てゐ、そしてげんのうを振り回す阿求だった。
「逃げる奴はゆっくりだ!逃げない奴はよくゆっくりしたゆっくりだ!」
意味不明の叫びを上げながらゆっくりを叩き潰してゆく。
「ホント、幻想郷は地獄だぜ。」
新たな贄が何かに捧げられてゆく。
「やめて!おねえさんやめて!」「落ち着いてゆっくりして!」「もうやだ!ここから出る!」
泣きながら逃げ惑うゆっくり達の数は既に半減している。
「駄目です!ゆっくりを殺戮するのが御阿礼の子の務め!お楽しみはこれからです!」
永琳が叫んだ。
「こら、やめなさい!てゐ、貴方も何やってんの!木槌を仕舞いなさい!」
てゐも飛び跳ねながら木槌を振り回している。
「さあてゐさん!二時方向から包み込むんです!」
知り合ったばかりと思えない見事な連携で形成されてゆく片翼包囲に思わず見とれた永琳だが、しかし束の間の自失から回復して阿求を羽交い締めにした。
「やめなさい!やめれ!話を聞け!」
「殺す。まだ殺す。」
人間の子供とは思えない力で振り解こうとする。
「てゐ!あんたも手伝うのよ!阿求!これじゃ研究出来ないでしょうが!」
その言葉に動きが止まる。言語を解する程度には理性が残っていたらしい。
「ああ、またやってしまいました…。」
またなのかよ。これが本性か…。永琳は呆れ顔で羽交い締めを解いた。しおしおとする阿求に反省の色を見て、永琳は静かに諭す。
「ゆっくりに苛立つのは分かるけど、目的を取り違えては駄目よ。」
「色々研究しなきゃいけないのに。撲殺なんて、生ぬるいやり方じゃ駄目なのに。」
「…」
永琳は額に手をやった。
こいつそのつもりで…人形遣いの魔女とか他に適任者はいるだろうに、何だってうちに来たんだ…。
理由は明らかだったが永琳は考えるのを止めた。
松明を掲げたてゐがニヤニヤしながら寄ってくる。どうやら始めから気付いていたらしい。

永琳は気を取り直して状況を確認する。表からの光とてゐの松明だけが光源だが大体は分かる。
此処は入り口から直ぐ傍で広間のようになっている。中央にゆっくりの死骸が…二十二。
表に三十程死んでいたから半分残っていれば良いほうか。
その生き残りは隅のほうで震えている。何匹か枝道や小穴に隠れているかもしれない。
「とにかく殺すなんて酷いことは駄目よ。分かった?」
生き残りに聞こえるように大きな声で言う。阿求に目配せも忘れない。
「はい…すみません。もうこんな事はしません。」
どうやら伝わったようだ。
「みんな、聞いた?もう大丈夫よ。出てらっしゃい。」
ゆっくり達に安堵の色が浮かぶのがはっきりと分かる。
「おねーさんありがとう。」「ほんとに大丈夫?」「怖いおねーさんはゆっくり近付かないでね。」
まだ隅から動きはしない。警戒するのは当然だ。
「いい阿求?ちゃんと『ゆっくり』してるのよ?」
言い置くと、永琳は惨殺されたゆっくりの残骸の中に分け入り、運良く生きている一匹を見付け、虫の息のそれに注射器で餡を注入しさらに治癒の術を施した。
「…ゆ、ゆっ、すっきりー!なんという生命力、強いさすがてんこ強い。」
「なおったー!」「すごいー!」「おねえさん他のゆっくりもなおせる!?」
「他の子は…此処では難しいけど、うちでなら出来るわ。ちゃんとみんな治してあげます。
あなたたちもいらっしゃい。驚かせてしまったお詫びにご馳走するわ。お花や人参よりもっと美味しい物が沢山あるわよ。」
「ゆっ?」「ほんとおねーさん!」「人参より美味しいの?」
「ほんとよ。嘘は言わないわ。この子もちゃんと治ったでしょ?はいこれ食べて元気出しなさい。」
言いながら永琳は治ったばかりのゆっくりに上等の菓子を与えた。
「むーしゃむーしゃ!何という幸福感、甘いさすがお菓子甘い。」
「ゆっ!」「おねーさんわたしにもお菓子ちょうだい!」「わたしも!」「わたしも!」
元気になったてんこと食べ物を見てようやく安心したのか、わらわらと寄ってくるゆっくり達。小穴に隠れていた何匹かも併せて全部で五十二匹。
永琳は阿求が激発したら即座に弾幕を叩き込むつもりだったが、どうやら自制出来たようだ。
「お菓子はもう持ってないの。私のうちに行きましょう。たっぷり食べられるわよ。」
口から出任せを言う。流石に死滅したゆっくりを「元通りに」蘇生させる事など永琳にも出来ないし、するつもりもない。
このゆっくり達は夜にでも全部「処理」してしまおう。ゆっくりを一から集め直す羽目になる鈴仙が怒るに違いないが、永琳はもう面倒になってきた。
「じゃあ出発しましょう。てゐ、あなたたは潰れてしまった子を集めて後から来なさい。」
本気で命令したとしてもどうせやりはしないだろうが、その場さえ取り繕えばいいのだ。それを理解したてゐも素直に頷く。
「ごちそう、ごちそう!」「みんななおったらまたゆっくりしようね!」「ゆっくりはやく歩いてね!」
先頭に阿求を行かせ、少し離れて永琳が歩く。その後をゆっくりの行列が続いていった。


「むーしゃ♪むーしゃ♪おいしい!これおいしい!」「おかし、おいしーい♪」
「「「しあわせー!」」」」
永遠亭の地下深い広間にゆっくりの大合唱が響き渡った。元々は一家族規模のゆっくりを長期間観察する為の部屋である。
自然に近い環境を作るための広い空間であり、ただゆっくりするだけなら五十二匹という大集団にも十分なスペースがあった。
流石に水場や植物、十匹程度の寝床ではこれだけの数が長期間生活するには窮屈だが、玩具を持ち込んでおいたので一日遊ぶ程度なら問題無いだろう。
「此処でなら放って置いてもゆっくりしいてるでしょう。後は少しづつ連れ出せば騒がれないわ。」
「こんな施設があったんですね。流石は八意様です!」
隅の方で永琳と阿求が話し合っている。ゆっくりに悟られないよう小声で。
地上から鈴仙とてゐが大量の食料を抱えて入ってきた。
「お師匠様、どうでしょう?」
「これだけあれば十分ね。いいわ。入れておいて頂戴。」
二人が部屋の中央に行くと、それに気付いたゆっくりが集まってきた。
「うさぎのおねーさんそれなに?」「おいしいにおいがする!」
「お菓子だけじゃお腹膨れないでしょ。ちゃんとしたご飯よ。ご馳走はまだまだ沢山あるからたっぷり食べてね。」
鈴仙が猫撫で声で微笑む。心なしか顔が引きつっているようにも見えるが、食料を前にしたゆっくりは気付かない。
「ほんと!」「ありがとう!」「ゆっくり食べるね!」
「お腹一杯になったらその辺で遊んでてね。お夕飯はもっと美味しい物用意するから、ゆっくりしていってね!」
「「「ゆっくりしていってね!」」」

二人が引き返してくると、四人は休息用にもなっている資料室へと入った。ソファに座った永琳は、取り敢えず阿求に聞いてみる。
「ゆっくりの食事量・間隔などは種族ごとに大体の資料はそろっているわ。それから生殖形態もね。後こちらの手元にあるのは…鈴仙、ちょっと出してみせて。」
鈴仙が棚から出した資料に阿求は目を通した。多くの種について、その行動原理・理念、家族間・集団間・交友関係、竹林内の大体の個体数など詳細が記されていた。まずそうなものは先に省いてある。
「凄い…精神面ならこれで十分過ぎるほどです。」
「それはありがとう。」
「薬剤の耐性や治癒能力についても相当ですね。」
「それは私は薬師だもの。まあ未だ十分だとは思ってないけど。
それに侵入を防ぐための習性や方法なんかは全然なのよ。何しろ私達は人間と違って、結界を張れば済むことだから。
貴方は何から調べるつもり?」
「まずは身体能力、特に耐久力からです。」
「確かに私はその方面の研究はあまりやってなかったわね。
分かったわ。てゐ、用意して。鈴仙はゆっくりを。…阿求はげんのうを仕舞いなさい。」


「ちゃんと相手してやってるんだろうな…。」
「えーりんですもの。心配要らないわ。」
ここは永遠亭の客間。妹紅が用を終えて戻ってきたら、起きたばかりの輝夜が暇そうにやって来たのだ。
「だいぶ日が傾いてきたなあ。そろそろ帰らないと里に着く頃には夜になっちゃうぞ。わたしが付いてるから問題無いけど、親御さんは心配するだろう。」
「まあお茶でも飲みなさいよ。お菓子もあるし。」
「お菓子ねえ。」
透明な容器にいくつか、親指大のゆっくりが入っている。
「おねーさんここからだして!」「まりさおもいよ!ゆっくりどいてね!」「つぶれちゃうよ!ゆっくりしてね!」「ゆ゛っ!ゆ゛っ!」
上のゆっくりが飛び跳ねるが、容器は深く滑り出る事は叶わない。そうして飛び跳ねる度に底のゆっくりが叫びにならない声を上げる。
妹紅はそのうちの一つを手のひらに載せた。
「おねーさん、たすけてくれてありがとう!」
「どーいたしまして。」
瞬間、炎が生まれ、小さなゆっくりは瞬時に絶命した。
容器に残されたゆっくりが何か叫んでいるが、妹紅は特に興味を持った風もない。焼き饅頭を口に運ぶ。
輝夜もゆっくりを口にした。そのまま口の中で転がす。
「おおおおおねーさん、めめめめめがまわるよよよよよ!はははははやくだしてねねねねねゆぐっ!」
柔らかくなったところで噛まずに嚥下する。輝夜の体から聞こえる絶叫が、だんだんと小さくなりやがて消えた。

「この辺はゆっくりが沢山いるのかな?まあ永琳が確保してるんだろうな。さっき聞いてきたんだが、里ではここ二月のうちに急激に数が減ったそうだよ。
なんでも良く野原に大量の潰れたゆっくりが放置されてるらしい。タチの悪い奴が面白半分に殺してるんだろう、ってけーねが言ってた。」
「けーねってあなたのよく言う白澤?」
「ワーハクタクな。駆除するにしても方法がある。子供の教育に悪いってさ。
子供と言えば今此処に来てる阿求もけーねの生徒だな。まあ里の子供はみんなけーねの生徒みたいなもんだけど。」
「あらそう。」
輝夜は再びゆっくりを摘む。噛みしめると絶叫と共に甘酸っぱい苺大福の味がした。
妹紅は二三匹口に放り込んだ後、熱いお茶を含んで一気に飲み込む。
「なんでも阿求というのは、けーねがみたなかで一番出来の良い生徒らしい。教えた事を一発で全部記憶出来るんだってさ。
もっとも稗田家にはけーね以上の知識が蓄えられてるから、それ程教えることも無い。
だけど知識を貯めただけじゃ役に立たないってんで、阿求には知識を知恵に育てる教育を施したんだって。
理解が足りなければ頭突きして、考察が疎かなら頭突きして、結論があやふやなら頭突きしたんだと。
とにかくいくら頭突きしても記憶が飛ぶ心配が無いから徹底的に頭突きしたらしいよ。
おかげで三月もしたらけーねが何か言った瞬間に結論が返ってくるほどに成長したそうだ。
その時は性急に結論出すのは間違いの元だって、念入りに頭突きしたらしいけど。
今日の事話したら、阿求が自分の務めを立派に果たしているのに喜んでたよ。
ここ一年ぐらい忙しそうでご無沙汰してるが、仕事が一段落した頃に会ってどれだけ成長したか確かめようって言って、頭ぐるぐる回してた。」
「その子単に頭突きが怖くて近寄らないだけじゃないの?」
「けーねは教育になると人が変わるんだよ。私も何か教えてもらうときは頭突きされまくるんだから。満月の夜なんか何度リザレクションしたか分からない。」

妹紅は残り少なくなったゆっくりを眺めながら呟いた。
「こいつら一体なんなんだろう。魂とかあるのかな?」
「さあ?閻魔様にでも聞いてみたら?」
「いいよ。こないだ見かけたけど、あの人私には興味無いみたいだし。『貴方は死なないから説教してもツマラナイ。』だって。失礼しちゃうわ。乙女に向かって。」
「乙女は関係ないと思うけど。」
「山田さんは今、冥界の幽霊にご執心だよ。成仏させて法廷で一千年分説教してやるって息巻いてた。あの人絶対道楽でやってるよ。」
「人生楽しそうでいいじゃない。」
「そういやあの時、灰か何か沢山抱えてたけどどうするつもりだったんだろう。」
「あらえーりん。やっと終わったのね。」

ようやくやってきた永琳は妙に疲れた顔をしていた。部屋を見回してゆっくりの入った容器に目を遣る。
「…ああ、ここにも!」
訝しげな顔で妹紅が尋ねる。
「なんだってそんな顔してるんだ。おっとこれを阿求に見られるのはあまり良くないな。」
そう言って妹紅は残りのゆっくりを急いで食べる。輝夜もそれに倣った。ゆっくり達は叫ぶ気力も最早無かったのだろう、想像より静かな最後を迎えた。
永琳はいやなものを見たかのように顔を背ける。
「…姫。貴方最近ストレスとかあって?」
「私は心身共に健康よ?」
「それは良かったわ。」
言いながら永琳は座った。随分と疲れ果てているようだ。近くに阿求の気配が無いのを確認して妹紅がからかう。
「お子様の実験で疲れたんだな。刺したり潰したりしないと物足りないんだろう。」
「そんな生易しいものじゃないわ。貴方、とんでもない子を連れてきてくれたわね。」
さっきまでの光景が永琳の脳裏によぎった。


一匹の固定されたゆっくりに、重りとなる平たいパネルが乗せられていた。
どの位の重量に耐えられるのか負荷を計測中の事、乗せられたパネルが増えてゆくごとに苦悶の形相を増すゆっくりを見て、遂に阿求が切れた。
「モウガマンデキナイ!」
永琳はすかさず弾幕を叩き込むが、それは虚空を虚しく通り過ぎ壁に当たって弾けた。阿求は既にゆっくりを押し潰している。
「ゆ゛ーっ、ゆべし!」
パネルの下から絶叫と共に餡が飛び出してくる。一緒に連れてこられた数匹のゆっくりが恐怖の叫びを上げる。
「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」「もうかえる!おうちかえる!」
その光景を指刺しながら涙まで流してゲラゲラ笑う鈴仙。ひたすらニヤけ続けるてゐ。
「次は強伸度の測定です!ゆっくり伸びていってね!」
阿求は別のゆっくりを捕まえると、てゐと共に皮を引っ張る。計測する鈴仙。
「や゛め゛で゛え゛え゛え゛え゛え゛」
鈴仙とてゐにとって、精神的にじっくり追い詰める傾向の強い永琳の実験は、ストレスの溜まるものだったらしい。
阿求と共にゆっくりを殺戮してゆく二人の表情は、それまで永琳が見たこと無い程、開放感に満ち溢れていた。
途中からは数匹ずつ連れてくるなどという悠長をせず、全てのゆっくりに仲間が惨殺されてゆく様を見せつけた。
地下室に絶叫が響き渡る。
結果が出るならいいや。三人の好きなようにさせよう…。永琳は傍観者に徹した。

個体調査の実験が一通り終了すると、阿求は集団行動の実地調査を行うべく、生き残ったゆっくりを全て永遠亭から解きはなった。
ゆっくり達が大急ぎで逃走に移り、時間を置いて三人が追う。
バラバラに逃げたゆっくり達の行動を予測し、計画的に逃走経路を誘導する。
思い思いに逃げるゆっくりを、三人は見事な連携で集めてゆき、最終的に完璧な両翼包囲を完成させた。
ゆっくりの集団が外側から徐々に削られるように小さくなってゆく阿鼻叫喚の光景に、流石の永琳もお腹一杯になった。


「お師匠様、此方にいらしたのですね。鈴仙さんとてゐさんは片付けに暫く掛かるそうです。」
晴れやかな顔で阿求が入って来た。見知らぬ人物を認め挨拶する。輝夜が口を開いた。
「満足いく結果は出せたの?」
「お陰様で。資料も揃ったし、これで当分は楽しめます。やっぱり撲殺だけじゃ芸がないですよね。」
「そう。」
一つ咳払いして妹紅が立ち上がった。
「そんなら早く帰ろうか。親御さんが心配するよ。」
「はい。お師匠様。今日は有り難うございました。とても楽しかったです。鈴仙さんやてゐさんともお友達になれましたし。」
お師匠様じゃねえよと思いつつ永琳が言った。
「それは良かったわね。もう貴方に教えることは何も無いと言っても過言ではないわ。」
もう来ないでくれと言外にほのめかしているのだが阿求は気付かなかったようだ。
「いえいえ、未だ未だです。お師匠様、今後ともお願いいたします。では今日はこれで。」
阿求と妹紅の去りゆく姿を、また来るつもりかと頭を抱える永琳と、それを見て妙に楽しそうな輝夜が見送っていた。

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最終更新:2008年09月14日 11:35
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